試食と送別の祝宴①~下準備~
2025.7/23 更新分 1/1
そうして、あっという間に日々は流れ過ぎ――青の月の十六日がやってきた。
東の王都の使節団の、送別の祝宴である。五日前にやってきた使節団は、明日の朝にジェノスを出立してしまうわけであった。
屋台の商売を臨時休業とした俺たちは、朝の早くから城下町に向かうことになった。
けっきょく今回は参席者の上限である十五名のかまど番で取り組むことにしたので、その人数でも問題なく仕事を果たせるように作業の開始時間を可能な限り早めたのだ。もちろん、前日にもかなう限りの下ごしらえを完了させていた。
その日の精鋭部隊に抜擢されたのは、俺、レイナ=ルウ、ララ=ルウ、リミ=ルウ、マイム、ヤミル=レイ、ルティム分家の女衆、トゥール=ディン、スフィラ=ザザ、モルン・ルティム=ドム、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、フェイ・ベイム=ナハム、サウティ分家の末妹という顔ぶれになる。
それと対になる狩人は、アイ=ファ、ジザ=ルウ、シン・ルウ=シン、ルド=ルウ、シュミラル=リリン、ラウ=レイ、ガズラン=ルティム、ゼイ=ディン、ゲオル=ザザ、ディック=ドム、ライエルファム=スドラ、ラヴィッツの長兄、ガズの長兄、モラ=ナハム、ダリ=サウティという面々であった。
シュミラル=リリンは名指しで招待されていたため、ジーダの代わりにマイムのパートナーに選出された。マイムの身を案じるジーダはいくぶん不本意そうな顔をしながら、しぶしぶその座を譲ったようであった。
また、この人数では料理と菓子できっちり班分けするのも難しいため、中天までは全員で料理に取り組み、午後からは五名のかまど番で菓子に取り組むという時間割にさせていただいた。
朝方の最低限の仕事を片付けたならば、すぐさま城下町に出立する。
その行き道でも、かまど番の意気は揚々であった。短い期間で集中的に準備を進めたので気合が入りっぱなしという面もあろうし、そうでなくとも城下町の祝宴というのはずいぶんひさびさであったのだ。十日ほど前には白鳥宮で晩餐会の厨を預かっていたし、宿場町のサトゥラス伯爵邸では《青き翼》の送別の晩餐会も開催されていたが、城下町での正式な祝宴というのはリーハイムとセランジュの婚儀までさかのぼるのだった。
「あの婚儀の祝宴は、黄の月の終わり頃でしたもんね! ひと月半以上も間があくなんて、これまでそうそうなかったように思います!」
同じ荷車で揺られていたレイ=マトゥアは、にこにこ笑いながらそんな風に言っていた。
「こちらは城下町で屋台の商売を始めたところでありましたし、新たな宿場の見物に出向いたり、そうかと思ったら《青き翼》の方々がやってきたりで、ずいぶん慌ただしかったですものね。ジェノスの貴族の方々も、きっと気づかってくれたのでしょう」
ユン=スドラもレイ=マトゥアに負けないぐらい朗らかな笑顔で、そんな風に答えている。
すると、本日の相方であるライエルファム=スドラもうっそりと発言した。
「その分、宿場町のサトゥラス伯爵家の屋敷に招かれる機会が多かったようだな。あの屋敷を活用したいというリーハイムの思惑と、うまく合致したというわけか」
「はい。あの屋敷でしたら行き来の時間も短縮されますし、気楽な部分もありますからね。今後も何かと活用されるのだろうと思いますよ」
「かまど番の苦労が減じるのは、何よりのことだな。今回は、俺たちも同じ苦労を背負うことになってしまったが」
と、ライエルファム=スドラが目を向けたのは、ジルベの背中にうずまったサチである。東の王都がらみということで、勲章を授かったライエルファム=スドラとジルベも族長から名指しで参席を命じられたのだ。
「まあ、アスタたちばかりに苦労を背負わせるわけにもいかん。不満の思いは呑み込んで、せいぜいつつましく振る舞うとしよう」
ライエルファム=スドラのそんな呼びかけに、サチは「なうう」と不満げな声をこぼす。ひとり上機嫌なのは、祝宴好きのジルベのみであった。
その後はルウの血族とも合流して、いざ城下町である。
本日も日中に語らいの場が作られるとのことであったが、そちらは中天の食事を済ませたのちにという話であったので、この早朝の出立では四名の狩人しか同行していない。それは、アイ=ファ、ライエルファム=スドラ、ルド=ルウ、ラウ=レイという顔ぶれであった。
「これでようやく、シムの一件は片付くのだな! 残るは、女衆を供にした家長会議だけだ!」
ルウの集落で合流したラウ=レイは、嬉々とした様子でそんな声を張り上げていた。まあ、それが済んだらいよいよヤミル=レイとの婚儀が企画されるのである。ラウ=レイの喜びは、察して余りあった。
十五名のかまど番と四名の狩人で、荷車の数は四台だ。
その四台で早朝の宿場町を通過して、城下町の城門にまで辿り着くと、そちらには三台の立派なトトス車が待ちかまえていた。
二台は人間用、一台は下ごしらえをした食材の運搬用である。何せ二百五十名分の宴料理であるから、そちらの質量も生半可ではなかった。
そうして本日の会場である紅鳥宮に到着する。
本日も市井の人間を数多く招待しているため、ジェノス城ではなくこちらが選ばれたのだろう。屋台の商売を休んでも、おやっさんやラダジッドたちに会えるのは喜ばしい限りであった。
「でも、《銀の壺》や建築屋の連中も、全員が招かれてるわけじゃねーんだろ?」
浴堂で身を清めながら、ルド=ルウがそのように問うてくる。
熱い蒸気の中で垢すりに励みながら、俺は「うん」と応じた。
「《銀の壺》は二人、建築屋は四人だってさ。あんまり貴族の席を削るわけにはいかなかったんだろうね」
「今日は二百五十人しか呼ばねーって話だったもんなー。ま、それでもたいそうな人数だけどよー」
「うん。それ以上の人数だと俺たちの負担が大きすぎるっていう判断なんじゃないかな」
何せこちらは五日前に手にしたばかりの食材で宴料理を仕上げなければならないのだ。過去に例がなかったわけではないと言っても、指折りで過酷な試練であることに疑いはなかった。
それでも苦労がつのればつのるほど、やりがいは増していくものであるし、今回も俺なりに満足のいく品を準備することができた。あとは、参席者の方々にどれだけ喜んでいただけるかであった。
そんなこんなで身を清めたならば、調理着に着替えていざ厨だ。
午前中は二組、午後は三組に分かれて作業を行う手はずになっている。まずは二手に分かれて、片方の組はレイナ=ルウに取り仕切り役をお願いすることにした。
「それじゃあ、よろしくね。何かあったら、すぐに声をかけておくれよ」
「はい。不備のないように力を尽くしますので、どうぞおまかせください」
きりりと引き締まった面持ちをしたレイナ=ルウとともに、六名のかまど番と二名の狩人が別なる厨に移動していく。こちらに居残るのはルウの血族とモルン・ルティム=ドムを除く八名のかまど番に、アイ=ファとライエルファム=スドラであった。
その顔ぶれで厨に踏み込むと、こちらが持参した食材と下ごしらえの必要がなかった食材がどっさりと山積みにされている。
それらの仕分け作業を進めている間に、本日の見物人たちも到着した。こちらの厨にやってきたのは、セルフォマとカーツァ、プラティカとニコラの四名である。
「おはようございます。今日もセルフォマは自由に動けるのですね」
「は、はい。な、為すべきことはすべて果たしましたので、行動の自由を許されました。ソ、ソム様も、この見学の重要性を理解してくださっているのだと思われます。……と、仰っています」
カーツァはいつもの調子で、そんな風に通訳してくれた。
こんなやりとりも、今日限りであるのだ。しかしまた、今日はこんな朝方から行動をともにすることができる。俺は寂寥感ではなく、充足感を胸に下準備を進めることができた。
いっぽう、アイ=ファである。
俺は三日前の勉強会でも二人と会うことができたが、アイ=ファは吟味の会以来であったのだ。また、吟味の会でも言葉を交わす機会はなかったので、間近から接するのは《青き翼》の送別会までさかのぼるはずであった。
「そちらもついに、ジェノスを出立するのだな。まだ別れの言葉を口にするのは早かろうが、名残惜しく思っているぞ」
アイ=ファもセルフォマたちのことを憎からず思っているので、その眼差しや口調は穏やかだ。それでもやっぱり、セルフォマの優雅なたたずまいとカーツァの恐縮しきった様子に変わりはなかった。
「は、はい。ほ、本日の祝宴をともにできることを、ありがたく思っております。ま、また、森辺の多くの方々とは別れの挨拶を交わすこともかないませんでしたので、くれぐれもよろしくお伝えいただけたら幸いに思います。……と、仰っています」
「うむ。森辺において、あなたがたを忌避する人間はひとりとしておるまい。誰もが二人の健やかな行く末を願っていることであろう」
「きょ、恐縮の限りです。……と、仰っています」
そんなやりとりが終わったところで、こちらの仕分け作業も完了した。
「それでは、調理を開始します。お二人を招いた後にあれこれ微調整された部分もありますので、楽しみにしていてください」
かくして、本日の大仕事が本格的に開始された。
とはいえ、序盤は食材の切り分けである。おおよその食材は前日に切り分けると鮮度が落ちてしまうため、どうしても当日に仕上げなければならなかった。
かまどに設置された鉄鍋には、山のようなダドンの貝が準備されている。二百五十名分を水で戻すのは大変な手間であったので、城下町の誰かが受け持ってくれたのだ。あとはそちらも切り分けたのちに、適切な調理を施すのみであった。
「そういえば、今日はソムは見学に来られないのですか?」
レイ=マトゥアがざくざくと野菜を切り分けながら問いかけると、カーツァがセルフォマとの間に入って「は、はい」と応じた。
「が、元来、貴き身分にあられる方々が調理の見学をされるというのは稀な話でありますので、先日の見学は異例の事態であったのでしょう。ま、また、ソム様に限っては、如何なる宴料理が供されるかを祝宴の開始まで楽しみにしておられるという面もあるかと思われます。……と、仰っています」
「なるほどー! ソムは美食家というお話でしたものね! それでカーツァも東の王都では、ソムの晩餐会に招かれたわけですか!」
自分自身に質問が飛ばされたため、カーツァはいっそうあわあわしながら「は、はい」と応じた。
「ソ、ソム様は高名な料理番をお屋敷に招き、頻繁に晩餐会を開催されているようです。た、貴き身分にあられる方々にとって、晩餐会というのは大事な社交の場でもありますので……」
「ふむふむ! そういうところは、アルヴァッハよりもダカルマスに似ているのかもしれませんね! ……あ、南の王族を引き合いに出すのは、さけるべきだったでしょうか?」
「い、いえ。に、西の方々がどのように判じようとも、私などが文句をつけることはできませんので……た、ただ、私はダカルマスという御方を存じあげませんので、適切なお言葉を返すことができず、申し訳ございません」
「何も謝る必要はないですよー! デルシェアとも、あまり語らう機会はなかったのですか?」
「は、はあ……に、西の方々を介して、セルフォマ様に調理の質問をされることはありましたが……か、顔をあわせる機会は、あまりなかったように思います」
「そうですかー! それじゃあ今日は、ひさびさに祝宴をともにするわけですねー!」
と、レイ=マトゥアはあくまで屈託がない。
また、ジャガルとの戦で両親を失ったというカーツァも南の王族を憎む気持ちはないようなので、俺はひそかに安堵していた。
(そもそもダカルマス殿下のほうだって、東の民を忌避する気配はなかったもんな。よくも悪くも、王族の方々は戦と関わりが薄いってことか)
きっとリクウェルドのもとで暮らすカーツァも、そういう現状を実感することになったのだろう。東と南の戦に関しては、どちらも王都が戦場から離れているために、最高権力者たる王族が戦と縁遠いようであるのだった。
それに比べると、西の王都はずいぶん事情が違っているらしい。
何せあちらはマヒュドラやゼラド大公国との戦において、王都の軍隊を派兵しているのである。かつてジェノスにやってきたダグやイフィウスたちも、何度となく戦場で刃を振るった身であったのだった。
(ちょっと前にはマヒュドラとゼラドを同時に相手取ることになって、ジェノスのことが二の次にされてたんだもんな。今の王都は、どういう状況なんだろう。新しい外交官は、もうジェノスに向かってるのかな)
俺がそんな思いに沈んでいると、プラティカがぐっと身を乗り出して手もとを覗き込んできた。
俺が扱っていたのは、新たな食材たるヴィレモラの身である。今はそちらに香草で下味を施しているさなかであった。
「どうしました? 何か、プラティカの関心を引きましたか?」
「はい。先日、来訪の際、ヴィレモラの身、扱っていなかったので、関心、引かれます」
「ああ、そうか。あの日はダドンの貝で時間を食ったから、ヴィレモラの身には手をつけなかったんですよね。こちらは前日の段階で、けっこう研究が進んでいたのですよ」
「はい。ヴィレモラの身、さまざまな料理、活用できる、思います。その中から、アスタ、如何なる献立、選出したか、気にかかります」
「俺としては、そんなに気をてらったつもりもありませんけれどね。プラティカのお気にも召したら、嬉しく思います」
プラティカは紫色の瞳を山猫のように光らせながら、無言でうなずく。その隣では、ニコラも負けじと眼光を鋭くしていた。
そうして随所でおしゃべりを楽しみながら、俺たちは作業を進めていく。
それから一刻ほどが経過すると、ついに別なる見物人たちが押し寄せてきた。
「お邪魔するねー! そろそろ場所を入れ替えてみたら、どうかなー? あっちもなかなか、興味深かったよー!」
入室するなりそんな声をあげたのはちょっとひさびさのデルシェア姫で、そのかたわらにはカルスも控えていた。
セルフォマは優雅に一礼してから、無言のまま退室していく。残る三名もそれに続き、こちらにはデルシェア姫とカルスと護衛役のロデが陣取ることになった。
「いやー、ようやくアスタ様に挨拶できるね! アスタ様がどんな具合に新しい食材を使いこなしてるのか、気になって気になってしかたがなかったんだよー!」
ひさびさの対面であるためか、デルシェア姫は元気があふれかえっている。東の王都の使節団が到着してからは顔をあわせる機会もなかったので、やはり《青き翼》の送別会以来の再会であったのだ。
しかしまあ、あれは七日前の出来事であったので、ことさら長い別離なわけではない。だからやっぱり、新たな食材こそがデルシェア姫を昂揚させているのだろう。デルシェア姫のエメラルドグリーンの瞳は、最初から煌々と輝いていた。
「まだまだ下準備の範疇だろうけど、やっぱり森辺のみんなはすっかり手馴れてるよねー! これは、期待しちゃうなー!」
「あはは。一部の人たちは、この二日間ぐらいで集中的に手ほどきすることになりましたけどね。でも、問題はないと思います」
初日から勉強会に参加していたのは九名のみであるので、残る六名は二日間の突貫工事であったのだ。そちらの面々にはなるべく既存の食材を扱ってもらい、不備が出ないように取り計らったつもりであった。
「デルシェア姫のほうは、如何ですか? もちろん毎日、新たな食材の扱い方を研究していたのでしょう?」
「もっちろーん! ただ、今回の食材はどれも扱いやすいよねー! だから逆に、人並み以上の料理に仕上げるのは、けっこうな時間がかかっちゃいそうだよー!」
「やっぱり抱く印象は、同じみたいですね。あまり研究に時間を割けない宿場町の方々にとっては嬉しい限りでしょうけど、凝った料理を目指そうとするとひと苦労ですよね」
「うんうん! だから、アスタ様の手際を楽しみにしてるよー!」
デルシェア姫はそんな風に言ってから、やおらアイ=ファのほうを振り返ってぶんぶんと手を振った。
「アイ=ファ様も、ひさしぶりー! 元気そうで何よりだよー!」
「うむ。そちらも元気が有り余っているようだな。しかし、私などにはかまわず、かまど仕事の見物に励むがいいぞ」
「それでも、挨拶ぐらいはしておかないとさ! 今日はどんな宴衣装なのか、楽しみにしておくねー!」
「……そんな話は捨て置いて、せいぜい美味なる料理を楽しむがいい」
アイ=ファは苦笑をこらえているような目つきで、そんな風に答えていた。デルシェア姫があまりに無邪気であるために、毒気を抜かれてしまったのだろう。
すると、隣のライエルファム=スドラが声をあげた。
「今日の祝宴は、南の民も招かれているそうだな。しかしこちらは宿場町の数名しか聞き及んでいないのだが、他にも招かれている者はいるのであろうか?」
「うーん? ディアル様は当然として、あとは城下町に滞在する商人が五、六人ってところかなー!」
「では、総勢でも十数名といったところか。まあ、デルシェアの供として考えれば、十分なのであろうかな」
「あはは! わたしなんかに気をつかう必要はないのにねー! でも、せっかくのご厚意だから、ジャガルのみんなにも楽しんでほしいなー!」
「……いちおう確認しておくが、南と東の民で諍いを起こす恐れはないのであろうか?」
ライエルファム=スドラがいくぶん口調をあらためても、デルシェア姫の無邪気さに変わりはなかった。
「うん! 城下町に滞在するような商人は、そういう礼儀もわきまえてるしね! それで宿場町から招かれるのは、バラン様とかデルス様とかなんでしょ? だったら、心配は無用さー!」
「そうか。まあ、ダカルマスが開いた試食会というものでも、南と東の民はさんざん招かれていたという話であるしな」
「そーそー! みんなジェノスが大好きだから、追い出されるような真似は絶対にしないはずだよー!」
それはきっと、デルシェア姫自身の思いでもあるのだろう。二人のやりとりを聞きながら、俺も心から安心することができた。
そうして歓談を楽しみながら、作業は粛々と進められていく。
やがて中天に至る頃には、予定していた段階まで滞りなく作業を完了させることができた。
「それじゃあ午後からは、三組に分かれよう。トゥール=ディンも、頑張ってね」
「は、はい。五人も人手を割かせてしまって、申し訳ありません」
「この人数でこなせるように段取りを組んだんだから、何も気にする必要はないさ。それもこれも、ポルアースたちのおかげだね」
不足分の料理はジェノス城の料理長たるダイアが引き受けてくれるという話であったので、三割ていどの分量をお願いしたのだ。それでこちらもこの人数で作業を完了させる目処が立ったわけであった。
ともあれ、午前の部が終了したならば中天の軽食である。
簡単な汁物料理と焼きポイタンの食事であるが、朝からみっちり働いた身にはいっそう美味しく感じられる。同じ場にお招きしたセルフォマたちと語らいながら、俺たちは午後からの仕事に向けて英気を養うことになった。
それを食べ終えた頃合いで、残る十一名の狩人たちも到着する。
そこで、護衛役の交代が行われた。ラウ=レイとライエルファム=スドラにお呼びがかけられたため、モラ=ナハムとガズの長兄が護衛役を受け持つことになったのだ。
「護衛役なら俺が受け持とうと志願したのだが、語らいの場にはオディフィアも参じるのでゲオル=ザザに同行するように言い渡されてしまったのだ」
ゼイ=ディンが柔和な面持ちでそのように告げると、トゥール=ディンは嬉しそうな笑顔で「うん」と応じた。
「オディフィアも、きっと喜ぶよ。こっちは何も心配いらないから、オディフィアとたくさんしゃべってあげてね」
「うむ。俺などでは、トゥールの代わりは務まるまいがな」
「そんなことないよ」と、トゥール=ディンはいっそうあどけなく微笑む。いつも礼儀正しいトゥール=ディンが家族にだけ見せる気安い姿は、いつも俺の胸を温かくしてやまなかった。
そんな一幕を経て、調理の再開である。
菓子の組に振り分けられたのは、トゥール=ディン、スフィラ=ザザ、モルン・ルティム=ドム、リミ=ルウ、ヤミル=レイの五名で、俺のもとに残されるのはマルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、フェイ・ベイム=ナハム、サウティ分家の末妹という顔ぶれだ。新たな食材を扱うには普段以上に調理スキルが要求されるため、レイナ=ルウの組にはもっとも信頼の置けるユン=スドラを派遣したわけであった。
こちらの組では、フェイ・ベイム=ナハムとサウティ分家の末妹が三日目から勉強会に参加した顔ぶれとなる。しかし彼女たちも堅実な手腕を身につけているため、きちんと指示を送れば不備が出る恐れもなかった。
「あらためて、このように短い期間で新たな食材を使いこなすというのは、ずいぶんな試練ですね。貴族たちは本当に、この苦労の大きさをわきまえているのでしょうか?」
フェイ・ベイム=ナハムが厳しい面持ちでそのように発言すると、サウティ分家の末妹が朗らかな笑顔で答えた。
「アスタはいつでも滞りなく結果を示しているので、確かに苦労のほどは伝わりにくいのかもしれませんね! それでもポルアースたちはアスタに深く感謝していますし、アスタがものすごいことをしていると理解しているようですよ!」
彼女はいつもダリ=サウティと行動をともにしているため、そういった実感を抱くことになったのだろう。フェイ・ベイム=ナハムはわずかに表情をゆるめながら、「そうですか」とうなずいた。
「まあ、ジェノスの貴族がアスタを粗雑に扱うことはないのでしょうね。その一点は、信じられるように思います」
「はい! 何せアスタは、ジェノスで一番の料理人であるのですからね! わたしたちと同様に、ポルアースたちもアスタの存在を誇らしく思っているはずですよ!」
「あはは。目の前でそんな言葉を聞かされると、どんな顔をしたらいいのかわからないね」
俺がおどけた調子で答えると、他のみんなも楽しそうに笑ってくれた。
それを見守るアイ=ファもとても穏やかな眼差しであるし、モアイのように無表情なモラ=ナハムもどこか安らいでいるような雰囲気だ。そして、俺の手もとを一心にうかがっていたプラティカも、ふいに声をあげた。
「森辺の民、団結力、秀でています。ゆえに、大きな仕事、果たすこと、かなうのでしょう。本日、成果、楽しみにしています」
「はい。この調子なら、無事にすべての品を仕上げられるはずです。あとは、みなさんにご満足いただけるかどうかですね」
祝宴の開始は下りの五の刻の半であるため、浴堂とお召し替えの時間を差し引くと、午後の作業時間は四刻ていどとなる。その時間も、俺たちは大いなる熱気の中で過ごすことになったのだった。




