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異世界料理道  作者: EDA
第九十六章 青天の日々
1639/1695

森辺の家長会議②~論議~

2025.7/1 更新分 1/1

 挨拶を終えたユーミ=ランが退室すると、家長会議が厳かに再開された。


「では、次に……飛蝗の被害を受けた狩り場について確認させてもらおう。もっとも被害の大きかったフェイとタムルは、如何様であるのだ?」


 昨年は飛蝗の災厄の影響で、家長会議も二十日間の延期を余儀なくされたのだ。狩り場の被害についてはその家長会議で報告されており、森辺の狩人たちは深甚なる怒りをあらわにしていたものであった。


「飛蝗に食い荒らされた場所は、予想通りに新たな実りが宿されることもなく、荒れ地と成り果てた。フェイとタムルは、さらに東方に狩り場を広げることになった」


 フェイの家長が落ち着いた口調で応じると、親筋たるダリ=サウティが補足した。


「それは森辺に切り開かれた街道の、北側に沿う位置取りとなる。そちらまで足をのばすのが難儀なようであれば、街道に荷車を走らせて送り迎えをする算段であったのだが、そこまでの措置はせずに済んだようだ」


「そうか。しかし、狩り場が遠くなったことに変わりはなかろう。移動に時間を割くならば、ギバの収獲にも影響が出るのではないか?」


「以前のままであれば、そうであったかもしれん。しかし、ギバ寄せおよびギバ除けの実を使った新たな狩りの作法によって、問題なく仕事を果たすことができている」


 そのギバ狩りの新たな作法も、この一年で確立された話である。

 グラフ=ザザは硬そうな髭に覆われた下顎をまさぐりながら、「そうか」と応じた。


「ギバ狩りの新たな作法についても、取り沙汰したいところだが……まずは、狩り場についてだな。多くの樹木が立ち枯れると地盤がゆるむ恐れがあるという話であったが、そちらのほうは如何様であろうか?」


「葉を食い尽くされた樹木は立ち枯れるのを待つばかりであるようだが、まだ根が腐り果てるまでには至っていない。地盤がゆるむとしても、まだ先のことであろうと思う」


「そうか。では、他なる氏族は如何様であろうか? 狩り場を荒らされた影響で、多少なりとも支障をきたしている氏族はなかろうか?」


 おおよその家長は、折り目正しく沈黙を保っている。その中で、腰の低いダイの家長が恐縮しながら発言した。


「ダイとレェンも、問題なく仕事を果たしている。しかしやはり、それもギバ狩りの新たな作法があってのことであろう。あれがなければ、町で売る生鮮肉の準備にまでは手が回らなかっただろうと思う」


「うむ。町での商売に関しても、語らねばなるまいな。……本当に今日一日で会議が終わるのか、頭の痛いところだ」


 そのように語りながら、溜息をつくでもなく、グラフ=ザザは威風堂々と言葉を重ねた。


「狩り場について問題がなければ、ギバ狩りの新たな作法について話を進めようかと思う。ファおよびサウティの尽力によって、すべての氏族にギバ狩りの新たな作法が伝授された。それでさらなる収獲があげられていることはたびたび耳にしているし、俺もこの目で見届けているが、何か弊害はなかったであろうか?」


「弊害というと、ギバ寄せの実を扱うことで危険が生じなかったかという話であろうか?」


 ギラン=リリンが穏やかに応じると、グラフ=ザザは「そうだ」と即答した。


「ギバ寄せの実の香りは人間の匂いと絡み合うことで、よりギバを凶暴化させるとされている。それでかつては数多くの氏族が使用を取りやめたことは、誰もがわきまえていよう」


「うむ。ゆえに、誰もが慎重に取り扱っていたはずだ。ザザでは何か、危険な事態でも生じたのであろうか?」


「……見習いの狩人がうっかり我が身に香りを移してしまい、凶暴なギバを招き寄せることになった。まるで、いにしえの『贄狩り』さながらにな」


 と、グラフ=ザザは毛皮のかぶりものの陰からアイ=ファを横目でにらみつける。アイ=ファがかつて危険な『贄狩り』に取り組んでいたことは、もちろん把握しているのだろう。


「まあ、同行していた狩人および猟犬のおかげで事なきを得たが、やはり未熟な狩人には用心が必要であろう。他の氏族でも被害が出ていないのなら、幸いなことだ」


「そうか。リリンには、そうまで若年の狩人もいないのでな。もっとも経験が浅いのはこちらのシュミラル=リリンだが、むしろ誰よりも巧みにギバ寄せの実を扱っているぞ」


「はい。香草、果実、扱い、慣れていますので」


 シュミラル=リリンは、やわらかな微笑みをたたえている。商人としての経験が狩人としての仕事に活かされたのなら、何よりの話であった。


「ガズの家でも、危険な事態には至っていない。ただやはり、若い狩人はギバ寄せの実の危うさをわきまえていないようであったので、厳しくたしなめることになった」


「うむ。ギバ寄せの実はなまじ芳しい香りをしているものだから、用心を忘れがちであるのかもしれんな。ギバ除けの実などは鼻が曲がってしまいそうな香りであるから、誰でも最初から用心するのであろう」


 他なる家長たちも、そこかしこで雑感をぶつけあう。

 それをしばらく見守ってから、グラフ=ザザが場を取り仕切った。


「では、今後も引き続き、ギバ寄せの実の扱いには注意をうながしてもらいたい。それで、次は……やはり、町での商売についてであろうな。こういった話には女衆が必要ではないかという提言がされたが、まずはこの場の人間だけで論じたく思う」


「うむ。まずはアスタの力を頼らずに、どこまで語れるかだな」


 ダリ=サウティが笑顔で口をはさむと、グラフ=ザザは「ふん」と鼻息を噴いてから言葉を重ねた。


「まずは先日の《青き翼》との取り引きに関してだが、そちらはルティムの家の尽力もあって滞りなく果たすことがかなった。もともと商売の当番であった氏族にとっては小さからぬ苦労であったかと思うが、いずれも問題はなかったであろうか?」


 問題があったと述べる家長はいなかった。そちらの仕事に関してはファとルウの血族を除くすべての氏族で受け持つことになったが、いずれの氏族も本来の業務と同時進行で特別注文の干し肉と腸詰肉を準備することがかなったようである。


「では、もともとの商売に関しては、どうであろうか? 生鮮肉についても腸詰肉についても大きな問題が生じていないことは報告されているが、どのように些細な問題でも包み隠さず打ち明けてもらいたい」


「そうだな……ベイムとダゴラにおいては、些細な問題も生じていない。ただ、《青き翼》からの仕事を受け持つことで、限界が見えたように思う」


 平家蟹に似た顔にいかめしい表情をたたえつつ、ベイムの家長がそう言った。


「ちょうどベイムは、城下町に売り渡す干し肉と腸詰肉を受け持つ当番であったのでな。眷族たるダゴラの力を借りながら、追加の仕事も果たすことがかなったが……その数日は、女衆がファの家の勉強会に加わることがかなわなかった。屋台の商売の下ごしらえを手伝っていた女衆も、真っ直ぐ家に戻ることになったのだ」


「ふん。それが、不服であると?」と皮肉っぽい言葉を返したのは、デイ=ラヴィッツである。ベイムの家長は横目でそちらを見やりつつ、さらに言いつのった。


「勉強会は、手の空いた女衆が取り組めばいい。いずれの女衆もすでに十分な力を身につけているのだから、数日ばかり勉強会に参加できずとも支障はないだろう。だから、ここまでが限界だと感じたのだ。これ以上の仕事を受け持つとしたら、今度は家の仕事がおろそかになってしまおうからな」


「うむ。ダイやレェンは当番から外れていたので、何も支障はなかったが……そうでなければ、限界を超えていたかもしれん」


 ベイムよりも家人の少ないダイの家長も、恐縮しながら発言する。恐縮しても、発言するべき場面で口をつぐむような家長はいないのだ。


「まあその場合は、追加の仕事を断るだけであろうが……そうすると、他の氏族に負担をかけることになってしまおうな」


「その負担が限界を超えていなければ、それでいい。また、すべての氏族の限界を超えるような仕事を受け持つことはありえん」


 重々しい声音でダイの家長の憂慮を粉砕してから、グラフ=ザザは並み居る家長たちを見回した。


「他に、負担を感じた氏族はなかろうか?」


「うむ。取り立てて、家の仕事に不備が出るようなことはなかった」

「こちらの女衆も、滞りなく仕事を果たしていたぞ」

「こちらは生鮮肉の当番であったので、なかなかの苦労であったようだ。まあ、限界まであと二歩ていどといったところであろうかな」


 やはりそういった苦労に関しては、家人の人数や受け持っていた作業量に大きく左右されるようである。それらの言葉をすべて聞き終えてから、グラフ=ザザは「うむ」とうなずいた。


「やはり、今回の仕事で限界の線が見えてきたようだ。もとより我々はさまざまな仕事を抱え込んでいるし、最近では城下町の屋台の商売というものも加えられた。これだけの仕事を抱えながら、まだ余力があるというのは心強い限りだが……新たな仕事を受ける際には、入念な吟味が必要となろうな」


「はい。このたび《青き翼》から持ちかけられた仕事に関しても、内容をしっかり把握した上でそれぞれの氏族に受け持つことが可能であるか事前に確認をさせていただきました。今後も、同じように取り計らうべきでしょう」


《青き翼》との商売の責任者であったガズラン=ルティムが声をあげると、グラフ=ザザは「その通りだ」と力強く応じる。


「そういった段取りは、族長筋が整える。よって、こういった話が回された際にはよくよく吟味して返答してもらいたい。銅貨に目がくらんで家の仕事をおろそかにすることはなかろうが、目測を誤って支障が出たならば結果に変わりはないからな。……また、目測を誤った際には決して隠し立てをせず、族長筋に報告するのだ。血族ならぬ相手を頼ることを恥と考えず、家の安寧を一番に考えてもらいたい」


「うむ。それで家の仕事に支障が出たならば、町での商売が毒となってしまうからな。現在の豊かな生活を維持するためにも、くれぐれも油断しないことだ」


 ダリ=サウティも、穏やかな面持ちで言葉を添える。

 ドンダ=ルウはすっかりなりをひそめているが、その青い瞳は何も見逃すまいとばかりに炯々と輝いていた。


「……ただ、いずれにせよ町がらみの仕事を受け持っているのは、女衆だからな。実情を知るには、やはり本人たちの言葉を聞くのが一番であるということか」


 と、ギラン=リリンものんびり声をあげた。


「それを思えば、バードゥ=フォウの提言ももっともなところだ。家長会議に女衆を参席させるというのは、有効な手立てであるように思うぞ」


「しかし俺たちも仕事を女衆まかせにすることなく、きちんと実情を見届けている。今も過不足なく語らって、正しい答えを導きだせたのではないか?」


 そのように反論したのは、同じ血族であるマァムの家長だ。息子のジィ=マァムほどではないが、長身で立派な体格をした男衆である。


「だがそれも、傍から検分しての知識であろう? たとえば、女衆がギバの収獲について過不足なく語ることはできようかな?」


「うむ? 女衆はギバ狩りの仕事を果たしていないのだから、何も語ることはできまい」


「いやいや。女衆は商売がらみの仕事を果たす都合から、ギバの収獲量について正確に把握しているはずだ。月にどれだけの収獲をあげているか、俺たちよりもよほどしっかりとわきまえているはずだぞ」


 柔和な表情を保持したまま、ギラン=リリンはそう言いつのった。


「しかしもちろん女衆は、ギバ狩りの機微をわきまえていない。それで女衆がギバ狩りの何たるかを語っていたら、我々も憤懣を抱いてしまうのではなかろうか?」


「それは、当たり前の話だ。ギバは、俺たちが生命をかけて狩っているのだからな」


「であれば、俺たちが町がらみの商売について易々と語るのも、同様であろうよ。むろん、女衆の代弁者として語ることは必要であろうが、何もかもを十全にわきまえているなどと考えるのは傲慢の極みであるように思うぞ」


 マァムの家長が口をつぐむと、同じく血族たるミンの家長が発言した。


「何にせよ、実際に仕事を果たしている人間がもっとも実情をわきまえているというのは、揺るぎない事実であろうな。なおかつ、生鮮肉や腸詰肉の商売に関しては、ファの家のアスタですら又聞きの状態であるということか」


「うむ。女衆同士で語らえば、俺たちが見過ごしていた不備などを見つけることもかなおう」


 ギラン=リリンは返答を求めるように、族長たちのほうを見る。

 グラフ=ザザは逞しい腕を組みながら、「うむ……」と初めて悩ましげな声をあげた。


「リリンの家長の言わんとすることは、理解できたように思う。バードゥ=フォウからの提案は、やはり一考に値するのだろう。しかし、女衆を家長会議に参席させるには、数々の問題を解決する必要があろうな」


「ふむ。供の男衆を女衆にすげかえるだけでは、済まないのであろうか?」


「そのように簡単な話ではあるまい。たとえば、寝る場所はどうするのだ? 昨今の家長会議では多数のかまど番を招いているが、その寝場所を確保するだけでも難渋したのだぞ」


 男衆はこの祭祀堂で雑魚寝であるが、女衆はスンの家屋を拝借しているのだ。そちらでは、広間で雑魚寝をしているはずであった。


「すべての氏族が女衆を供にしたならば、それだけで三十八名――いや、ファの家を除けば三十七名か。ともあれ、晩餐の準備をするかまど番だけでも二十名近くを招いているのだから、これ以上の人数はスンの家に収まるまい」


「なるほど。そこまでは考えていなかった。さすが族長は、ぬかりがないな」


 と、ギラン=リリンは楽しそうに笑い皺を深めた。


「まあ、年に一度の家長会議のためだけに新たな家を建てるというのも難儀な話であるし……いっそ、この祭祀堂に区切りの幕でも準備したら如何であろうか?」


「区切りの幕?」


「うむ。旅芸人の天幕も、そうして区切りの幕を張って部屋や道を作っていたのだ。この祭祀堂を二つに分ける幕を張って、それぞれの寝場所とするわけだな」


 グラフ=ザザはいっそう難しげな面持ちで「ううむ」とうなった。


「それで三十七名もの女衆が、ひとつところで眠るのか。どうにも、想像しがたい光景だな」


「べつだん、不満を申し述べる人間はいないように思うぞ。そうして寝場所をともにすれば、いっそう絆も深まるだろうからな」


 俺はギラン=リリンの提案に心から納得することができたが、多くの家長たちはグラフ=ザザと同様の様子を見せている。どうもそれは、森辺の習わしとあまり合致しない行いであるようであった。


「供の男衆は家長の安全を守りつつ、家人の代表として家長会議を見届けるという役割も存在する。まあ、以前のように対立する氏族もなく、荷車の移動であれば危険もあるまいが……男衆の供をそのまま女衆に切り替えるというのは、どうであろうな」


「ふむ。女衆には家人の代表になる資格がないということであろうか?」


「誰もそのようなことは言っていない。しかし、家長会議では女衆にとって無縁の話も多く語られる。狩り場の様相やギバ狩りの新たな作法について、女衆がそうまで深く知る必要はあるまい。そのような場に女衆を呼びつけるのは、不相応ではなかろうか?」


「では」と、ガズラン=ルティムが発言した。


「いっそ、家長会議を二回に分けては如何でしょうか? そうして商売がらみの話に関しては、女衆を供とするほうで語らうのです」


「いや、しかし――」と反論しかけたジーンの家長が、途中で思案深げな顔つきになった。


「家長会議を二回に分けては、労力がかさみすぎる。……と、言おうと思ったのだが……荷車があれば、さしたる労力ではないし……この近年は猟犬のために休息の日を増やしたので……そういう意味でも、仕事のさまたげになることはあるまいな」


「はい。いずれの氏族においても、五日にいっぺんぐらいは休息の日をはさんでいるのでしょう? 年に一度の家長会議を二度に増やしても、それほど支障はないように思います」


 すると、気難しい家長の代表格であるデイ=ラヴィッツが「ふん」と鼻を鳴らした。


「一度きりである家長会議の供を女衆に切り替えるよりは、家長会議を二回に増やしたほうが、よほど支障は少ないようだな」


「はい。またそれは、古来の習わしを守りつつ新たな習わしを取り入れるという意味でも、望ましいように思います」


 穏やかに微笑みながら、ガズラン=ルティムはそのように言いつのった。


「なおかつ最近では、ルウの次姉が独自に貴族からの仕事を取り仕切ったり、ザザの末妹およびルウの三姉といった面々が貴族たちと有意義な交流を深めたりといった行いに及んでいます。すべての氏族の女衆が一堂に会するば、そういった話を手本にしたいと願う人間も増えるのではないでしょうか?」


「うむ! 何にせよ、普段は顔をあわせることの少ない相手と語らうのは、誰にとっても有意義であろうよ!」


 元気な声で同意したのは、ダン=ルティムに似たところのあるリッドの家長である。リッドの家長は愛嬌のあるどんぐりまなこをきらきらと輝かせながら、グラフ=ザザのほうを振り返った。


「と、俺などはそう思うのだがな! 親筋の家長にして族長たるグラフ=ザザは、如何であろうか?」


「うむ……おそらく、手間をかけるだけの甲斐はあるのであろうな」


 グラフ=ザザは迷いを振り切るように、頭をもたげた。


「では、ここでいったん決を取る。家長会議を二回に分けて、その片方の供を女衆にするという案に反対する家長はあろうか?」


 反対する者は、いなかった。

 しかし、グラフ=ザザが口を開こうとしたタイミングで、ドンダ=ルウがうっそりと挙手をする。


「俺もその案に、反対するものではない。ただ、ひとつ追加の提案がある」


「ほう。追加の提案とは、どのような?」


「ここ最近は氏族間の交流も深まって、族長筋をむやみに恐れる気風は減じたことだろう。しかし、俺やグラフ=ザザに恐れ入る人間はまだ少なくないように思う。女衆を供とする家長会議においては、家長の跡継ぎを代理人とすることを許してもいいのではないだろうか?」


「わっはっは! 確かにまあ、ドンダ=ルウやグラフ=ザザの迫力は際立っているからな! お前たちが黙って座っていても、縮こまってしまう女衆はいるやもしれん!」


 と、恐れを知らないラウ=レイが真っ先に反応した。


「しかし! そうだからこそ、ドンダ=ルウたちが恐ろしいだけの人間ではないと知らしめるべきではないか?」


「ふん。俺たちが余所の女衆と絆を深めても、さしたる益はなかろうよ」


 ドンダ=ルウは気分を害した様子もなく、そのように答えた。


「理由は、もうひとつある。おそらく供に選ばれるのは、さまざまな仕事を受け持っている若めの女衆が多かろう。そういった者たちは城下町の祝宴などに招かれることも多いかと思うが、その際に同行するのはおおよそ若い男衆であるはずだ。町での商売や外界との交流について論じ合うならば、同じ場を経験している男衆がともにあったほうが有意義ではないか?」


「ふむ。確かにそういった場に同行するのは、おおよそ跡継ぎたる本家の長兄であろうな」


 そのように応じたのは、ラッツの若き家長である。


「しかし俺などは、自らの目で城下町の様相を見届けている。そういう氏族は家長が参席してかまわん、ということか」


「ああ。サウティやルティムやドムなど、若き家長が自ら城下町に出向いている氏族は少なくなかろう。また、たとえそういう立場になかろうとも、自分の目で家長会議を見届けたいと願う家長もいるはずだ。家長と跡継ぎのどちらを参席させるかは、氏族ごとの判断に任せればいい」


「うむ……代理人として家長会議に参ずるのは、跡継ぎたる男衆にとってもいい経験になるやもしれんな」


 そのように言ってから、グラフ=ザザはまた頭をもたげた。


「では、もうひとたび決を取る。ドンダ=ルウの提案に、反対する家長はあろうか?」


 こちらでも、反対する家長はいなかった。

 ただ、デイ=ラヴィッツはひょっとこのように額の皺を寄せながら、何やら考え込んでいる。その家長会議には自分が参ずるべきか長兄を代理とするべきか、早くも思い悩んでいるのかもしれなかった。


「それではあらためて、女衆を供とする家長会議について論じ合いたく思う。まずは、仕切りの幕というやつを準備せねばならんな」


「うむ。それに関しては、敷物を縫い合わせればどうにかなるのではないだろうか? おたがいの姿さえ隠せれば、ひとまず用事は足りようからな」


「では、期日は何とする? 狩人の仕事を果たすために、五日以上は空けるべきであろうが……明日には、東の王都の使節団というものが到着する予定になっているはずだ」


 グラフ=ザザに視線を向けられたアイ=ファが、初めて「うむ」と発言した。


「すでに他なる氏族にも通達されているかと思うが、そちらの使節団がまた新たな食材を運び入れるため、アスタに使い道を考案してほしいという願い出が届けられている」


「うむ。それでゆくゆくは、使節団の者どもに美味なる料理をふるまうべしという申し出であったな。そちらの話が落着しない限り、アスタはもちろん他なる氏族の女衆も手が空かないのではないか?」


「そうだな」と応じたのは、ゆったりと微笑むダリ=サウティである。


「こちらの日取りが先に決まっているのなら、二の次にすることはできまいが……このたびは、貴族からの申し出のほうが早かった。こちらは何も急ぐような話ではなかろうから、日取りを決めるのはそちらの話が落着してからでも問題はないように思う」


「ええ。新たな仕事を受け持てば、それもまた家長会議の議題に成り得るのでしょうしね」


 ガズラン=ルティムが同意の声をあげると、他なる家長たちもそれぞれ首肯した。


「では、まずは明日の使節団を迎えてからだな。そちらで新たな騒ぎが起きないことを祈るとしよう」


 それで、女衆を供とする家長会議についてはひとまず決着がついたようであった。

 ここまで、俺はひと言も発言していない。しかし、いずれも森辺の行く末に関わる重要な案件ばかりだ。俺は気をゆるめることなく、残りの議題と向かい合う所存であった。

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― 新着の感想 ―
森辺の習わしも、時代や人種、人間関係に沿って柔軟に考慮されるようになってきたなぁ。
このような穏やかで進取的な家長会議を見ていると、ごく初期の険悪というかピリピリしていた頃を思い出して妙に懐かしくなってしまいますね。 女衆の扱いも大きく変わってきましたし、またひとつ大きな変わり目でし…
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