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異世界料理道  作者: EDA
第九十五章 さらなる再会
1635/1695

送別の晩餐会②~開会~

2025.6/14 更新分 1/1

 下りの五の刻の半――無事に調理を終えた俺たちは、列を成して大広間に向かうことになった。

 本日は、着飾らないことがドレスコードだ。ただし、刀や外套は預けることになるので、ゲオル=ザザも若々しい素顔をあらわにしている。そして、女衆の身でありながら町用のショールやヴェールを纏わないアイ=ファがもっとも軽装であるという構図であった。


 何も仰々しい会ではないため、身分を紹介されることなく大広間へと通される。すると、すでに居揃っていた参席者たちが歓呼の声で出迎えてくれた。

 どうやら貴族たちの入室はこれからのようで、大広間には雑然とした熱気があふれかえっている。その中から、まずは建築屋の面々が押しかけてきた。


「みんな、お疲れさん! あらためて、今日はよろしくお願いするよ!」


 日中には不明瞭な顔を見せていたメイトンも、すっかりご機嫌の様子である。それにおそらく浴堂で身を清めることになったのだろう。朝から肉体労働に励んでいた疲れも見せず、誰もがさっぱりとした顔であった。


 森辺の民は十八名、建築屋は二十名、《銀の壺》は九名、《青き翼》は七名――これだけで、五十四名である。あとは宿場町の区長や宿屋の商会長タパスなども招待されているはずであった。


「よう、シュミラル=リリン。今日はお前さんが、架け橋の役目を担わされそうだな」


 アルダスが陽気に呼びかけると、シュミラル=リリンは「はい」と微笑んだ。


「ですが、あなたがた、《銀の壺》、関しては、もはや、架け橋、不要、思います」


「ふふん。そんな油断をしていると、何が起きるかわからんぞ? アスタの奪い合いでもめたりとかな」


「そんな不埒者がおったら、俺が尻を蹴り飛ばしてくれるわ」


 そんな風に言ってから、おやっさんは親指で後方を指し示した。


「お前さんの同胞は、あちらの隅に固まっているはずだ。お前さんのことを待ちわびておるのではないか?」


「はい。お気遣い、感謝します。……私、どのように、振る舞うべきでしょう?」


 シュミラル=リリンの問いかけは、ジザ=ルウに向けられたものである。

 ジザ=ルウは糸のように細い目で大広間の様相を見回しながら、「そうだな」と思案した。


「森辺の民はこれだけの人数であるのだから、シュミラル=リリンが別行動を取っても支障はあるまい。むしろ《銀の壺》のもとにおもむき、そちらの補佐をするべきかもしれんな」


「承知しました。森辺の女衆、同伴、どうしますか?」


「うむ……ララは、どう考える?」


 名目上、シュミラル=リリンの同伴者はララ=ルウであるのだ。

 ララ=ルウは兄に負けない思慮深さで「そうだね」と応じた。


「貴族の中にも《銀の壺》に関心を持ってる人間は少なくないみたいだから、とりあえずあたしもシュミラル=リリンにひっついておこうかな。あんまり意味がないようだったら、ひとりで動いてもいい?」


「うむ。必要があればシュミラル=リリンに同行を願うか、あるいは近場の同胞に声をかけるがいい」


「わかった。それじゃあ、また後でね」


 ということで、ララ=ルウとシュミラル=リリンは早々に離脱していった。

 すると今度は、《青き翼》の面々が接近してくる。俺にとっては馴染みの深い、ギーズと団長ドゥルク、ひときわ巨漢のバルファロという顔ぶれである。


「どうもどうも。今日はひときわ盛況でやすね。こんな立派な送別の会を開いていただけるなんざ、恐縮の限りでさあね」


「どうも、お疲れ様です。あっという間にお別れの日になってしまって、何だか物寂しいですよ」


「へへ。そんな風に言ってもらえる内に退散するのが、花ってもんでさあね」


 ネズミによく似た顔つきで、ギーズはにんまりと笑う。いっぽうドゥルクは厳つい顔でにこにこと笑っており、バルファロはむすっとした顔でアイ=ファに異国の言葉をぶつけた。


「ふんふん。出立の前に、もういっぺんアイ=ファの姐さんと手合わせを願いたかったなんぞと言っておりやすよ。あれだけぶん投げられておきながら、懲りないこってすねえ」


「そうか。バルファロも、素晴らしい力量を持っているからな。森辺でも、バルファロの強さに感服している人間は数多く存在するはずだ」


 アイ=ファが穏やかな面持ちで応じ、ギーズがそれを通訳すると、バルファロは嬉しそうに口もとをほころばせた。《青き翼》の中ではもっとも愛想のない御仁であるが、彼も真っ直ぐな気性をしたラキュアの民であるのだ。


「でも本当に、あっという間だったよな。あんたがたも、半月以上は居座ってたんだろう?」


 まだ同じ場に留まっていたメイトンが声をあげると、ギーズは気安く「そうでやすね」と応じた。


「これでもう、二十日以上は経ってるはずでやすよ。俺らにしてみれば、十分な長っ尻でさあね」


「そうかい。それで明日からは、ジャガルを目指すんだよな。ネルウィアに寄る予定はあるのかい?」


「確たることは言えやしませんが、できることならみなさんのご家族にも挨拶したいところでやすね。ギバ肉の美味さを知ってるお人が多いってんなら、商売の上でもうってつけでさあね」


「ああ。うちの女房なんかは銅貨を出ししぶるだろうが、高台に住んでる連中なら興味を示すだろうよ」


 そんな風に言ってから、メイトンは俺に笑顔を向けてきた。


「あ、銅貨を出ししぶるってのは、また復活祭でジェノスに乗り込む算段だからだよ。せっかくのギバ肉を買いつけたって、アスタたちほど立派な料理は作れっこねえからな」


「そうですか。今から復活祭が待ち遠しくなってしまいますね」


 俺がメイトンに笑顔を返したとき、小姓のひとりが澄んだ声を張り上げた。


「ご歓談の最中に、失礼いたします。貴き方々がご入室いたします」


 熱気や活力はそのままに、ざわめきだけが控えられる。

 そんな中、まずは見知らぬ貴族たちが踏み入ってきた。これがおそらくは、《青き翼》から装飾品を買いつけた人々であるのだろう。中には、竜神の民やティカトラスによく似た豪奢な織物を肩に掛けている貴婦人も見受けられた。

 その総勢は、おおよそ二十名ほどだ。若年から壮年までの年代で、いずれも男女のペアであるようであった。


 その次に、見知った面々が入場してくる。セルフォマとカーツァ、プラティカとニコラ、ディアルとラービス、占星師のアリシュナ――フェルメスとジェムド、ティカトラスとデギオンとヴィケッツォ、アラウトとサイとカルス――ポルアースとメリム、リフレイアとサンジュラ、リーハイムとセランジュ、エウリフィアとオディフィア――そして、デルシェア姫である。


 城下町の陣営も、意図的に東と南の民が集められているのだ。さすがにデルシェア姫だけは四名の武官にぴったりと付き添われており、東の面々とは距離が空けられていた。


「お待たせした。それではこれより、《青き翼》の出立を見送る送別の晩餐会を開始する」


 と、この会の責任者であるリーハイムが堂々たる態度で宣言した。

 普段のような粗雑な物言いとも、公の場における丁寧な口調とも異なる、立派な貴族らしい立ち居振る舞いだ。婚儀を挙げて以来、リーハイムはどんどん風格が増していくようであった。


「また、事前に通告した通り、本日はあえてジャガルとシムの客人を分け隔てなく招待させていただいた。こちらにおわすデルシェア姫を筆頭に、城下町においてはさまざまなお歴々がジャガルとシムの代表として規範を示しておられる。宿場町を中心に活動しているジャガルの建築屋および商団《銀の壺》の面々も、それにならっていただきたい」


 そんな風に言ってから、リーハイムは彼らしい不敵な笑みを見せた。


「とはいえ、我々もジャガルやシムの客人がたに笑顔で手を携えよと命令できる立場ではない。それぞれの立場で、おたがいを尊重しながら晩餐会のひとときを楽しんでもらえれば、それで十分だ。くれぐれも、こちらが武官を呼びつけるような事態だけは、回避していただきたい。……では、《青き翼》の団長ドゥルクは、こちらに」


 ドゥルクがのしのしと歩を進めると、ギーズも当然のように追従していく。

 その間に、こちらでは酒杯が配られた。森辺の同胞の過半数は、お茶の杯を選んで手にする。


「簡単に、ひと言だけでも挨拶をいただきたい」


「へい。僭越ながら、まずは俺からお願いしまさあ。……このたびは、俺たちみてえに素性のあやしい人間を快く迎えてくれたばかりか、こんな盛大な会まで開いていただいて、恐縮の限りでさあ。おかげさんで、実りのある商売に取り組むことができやした。《青き翼》の団員一同、心よりの感謝を捧げさせていただきやす」


 口調は伝法だが、如才のないギーズの挨拶である。

 そしてドゥルクは、にこやかな面持ちで酒杯を掲げる。


「ジェノス、らいほう、さいわいでした。よんだいしん、みちびき、おもっています。みなさん、すこやかなゆくすえ、ねがっています」


 野太い声音でたどたどしい口調というのは愛嬌があるものであるし、何よりドゥルクは飾り気のない真っ直ぐな気性が表情や態度にあらわれている。大広間の人々は、誰もが好意的な面持ちで拍手を送っていた。


「竜神の民という珍客を迎えて、我々も有意義なひとときを過ごすことができた。別れは惜しいが、心残りのないように今日の晩餐会を楽しんでいただきたい」


 リーハイムのそんな言葉が開会の宣言となり、参席者たちは酒杯を掲げた。

 酒杯を打ち鳴らす習慣はないので、俺は隣のアイ=ファに笑いかけてから甘い香りのするアロウの茶に口をつける。そうして、送別の晩餐会は賑やかに開始された。


「今日はお前さんも、引く手あまたであろう。俺たちばかりにかまいつける必要はないぞ」


 おやっさんがそのように告げてきたので、俺は「お気遣い、ありがとうございます」と笑顔を返した。


「ただ、俺もどのように振る舞うべきか、指針が立っていないのですよね。何せ、懇意にさせていただいている方々が大勢いらっしゃるので」


「ふん。放っておいても、あちらから近づいてくるだろうさ」


 と、おやっさんが横合いに目を向ける。俺もそちらを振り返ると、鉄灰色の髪をした若者マドがどすどすと小走りで近づいてくるところであった。


「ドゥルクとギーズ、はなれたので、バルファロ、しんぱいでした。アイ=ファとアスタ、おあい、こうえいです」


《青き翼》の中でも最年少と思しきマドは、誰よりも屈託のない笑顔を向けてくる。バルファロは西の言葉がほとんど扱えないので、それを案じて駆けつけたのだろう。それもまた、マドの純真な人柄をあらわしていた。


「アイ=ファとアスタ、ごいっしょ、かのうですか? かのうならば、しあわせです」


「えーと……引き受けちゃって、いいのかな?」


 俺が視線を送ると、アイ=ファは別の人物に視線をパスする。それを受け止めたのは、ダリ=サウティであった。


「《青き翼》とは今日でお別れなのだから、存分にもてなすがいい。貴族への挨拶は、こちらで受け持つからな」


 見ると、大広間の奥に座席の準備があり、貴族の過半数はそちらに腰を落ち着けていた。最初から貴族が動き回ると庶民が恐縮してしまうと考えてのことだろう。

 ダリ=サウティとサウティ分家の末妹、ジザ=ルウとレイナ=ルウ、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ、そしてトゥール=ディンとゼイ=ディンもそちらに向かうようである。残りのおよそ半数が、行動の自由を得たわけであった。


「それじゃあ俺たちは、マドとバルファロをご案内しようか」


「うむ」と応じるアイ=ファの腕に、「リミもー!」とリミ=ルウがしがみつく。そちらのパートナーは、もちろんルド=ルウであった。


「それでは我々は、ドゥルクのもとに向かうとしましょう」


 ガズラン=ルティムとツヴァイ=ルティム、ラウ=レイとヤミル=レイが大広間の奥に向かっていく。ドゥルクたちは貴族の座席の手前で、ティカトラスの一行と相対していたのだ。ヤミル=レイとツヴァイ=ルティムはギーズに挨拶をするべきであろうし、ラウ=レイはティカトラスとともに騒ぐのを好んでいた。


「それじゃあ、おやっさんたちは、またのちほど」


「ああ。どうせ明後日からも屋台で顔をあわせるのだから、気をつかう必要はないぞ」


 かくして、俺とアイ=ファ、リミ=ルウとルド=ルウの四名で、マドとバルファロの案内を受け持つことになった。

 まあ、片っ端から料理の卓を巡って、歓談を楽しむだけのことである。あとは行く先々で、さまざまな出会いが待ち受けていることは明白であった。


「それにしても、立派な晩餐会ですね。俺も、嬉しく思っています」


「はい。わたしたち、いろいろなとち、いきましたが、これほど、かんげい、はじめてです。ジェノス、だいすきです」


 ボキャブラリーが少ないがために、マドの言葉はダイレクトに真情を伝えてくれる。その若年ながら厳つい髭面にも、子供のように無邪気な笑みがたたえられていた。


「これも、マドたちが心正しく振る舞った結果だと思いますよ。お別れするのが、寂しいですね」


「はい。さびしいです。でも、であえたよろこび、おおきいです。アスタ、アイ=ファ、ひときわです」


 と、マドはアイ=ファにも笑顔を向ける。竜神の民は誰もがアイ=ファの力量に感服していたし、若いマドはいっそう熱心であったのだ。思えば、マドは初対面の頃からアイ=ファのことを意識していたのだった。


「ひとつ、ざんねんです。ディック=ドム、いないです」


「ああ、けっきょくディック=ドムは、そちらから刀を買ったのですよね。きっと今日も、あの刀でギバを狩ったことでしょう」


「はい。ディック=ドム、りっぱ、かりうどです。ラキュアのかたな、つかう、こうえいです」


 ディック=ドムは北の一族の協議の末、彼らの売り物であった特別仕立ての刀を購入することになったのだ。そのために、朝早くから宿場町まで出向いた姿を、俺も屋台から見届けていた。


 それ以外に《青き翼》から飾り物などを買いつけた森辺の民はごくわずかであったが、その代わりに大量の品を売り渡している。ギバの干し肉と腸詰肉、牙と角、毛皮と骨――それらが見知らぬジャガルの地で商品にされる日が楽しみなところであった。


「アスタ、アイ=ファ、お疲れ様です」


 と、最初の卓に到着するなり、嬉しい面々が待ちかまえていた。シュミラル=リリンとララ=ルウ、ラダジッドと最年長の団員の四名である。シュミラル=リリンは、すぐさまマドたちにも笑顔を向けた。


「ご挨拶、ひさびさです。私、リリンの家人、シュミラル=リリンです」


「はい。おぼえています。おあい、こうえいです」


 マドは、ラダジッドたちにも笑顔を向ける。《青き翼》と《銀の壺》は同じ行商人として、あれこれ情報交換することになったのだ。おたがいにジェノスと西の王都を行き来するルートを辿るため、有意義な語らいを持てた様子であった。


「ラダジッドたちも、お疲れ様です。まだまだ始まったばかりですが、本日の晩餐会は如何ですか?」


「はい。貴族、商談の機会、ありますが、晩餐会、招待、初めてですので、新鮮です。……そして、驚愕、甚大です」


「はい。驚愕ですか?」


「驚愕です。理由、こちら、料理です」


 無表情のまま、ラダジッドは卓上を指し示す。そちらに並べられているのは、サトゥラス伯爵家の料理長の心尽くしであった。


「ああ、そうか。城下町で食事をする機会は、あまりなかったのですよね」


「はい。屋台、食堂、時おり、出向きますが、こういった料理、初めてです」


 屋台や食堂で売られるのは庶民のための料理、こちらは貴族のための料理であるのだ。俺は逆に城下町の屋台や食堂で料理を食した経験がなかったが、その差異は小さくないのだろうと察せられた。


「俺も初めてこういった料理をいただいたときは、心から驚かされました。……そういえば、マドたちは城下町に招かれた際、食事を口にしましたか?」


「いえ。じょうかまち、ちゃ、のみです」


「そうですか。それなら、マドたちも心の準備が必要かもしれませんね」


「あー、ここのかまど番の料理も、けっこう素っ頓狂だからなー。俺はレイナ姉の付き添いでちょいちょい出向いてるから、ずいぶん慣れてきたけどよー」


 そんな風に言いながら、ルド=ルウが卓上の料理をつまみあげる。こちらで準備されていたのは、フワノの生地に具材がのせられた軽食であった。


「あー、やっぱ素っ頓狂だなー。ま、ヴァルカスほどじゃねーけどよー」


「うん。サトゥラス伯爵家の料理長は、けっこう我が道をいく人柄みたいだからね」


 同じ城下町の料理人でも、ヤンやニコラは森辺の料理に大きな影響を受けているし、最近はティマロも少しずつ要素を取り入れている印象がある。そんな中、レイナ=ルウに接する機会の多いサトゥラス伯爵家の料理長は、頑なに自分の味を守っている印象であった。


 マドはむしろ好奇心を刺激された様子で、バルファロはうろんげな表情で、それぞれ料理をつまみあげる。

 そして料理を口にした後は、どちらも驚愕の表情になっていた。


「こちら……たいりくのことば、せつめい、できません」


「あはは。やっぱり、びっくりしてしまいましたか」


 遅ればせながら、俺も同じ料理を口にした。

 外見からはわからなかったが、こちらの具材の主体となっているのはカニに似たゼグであった。そこにさまざまな調味料と香草が詰め込まれて、実に複雑なる味わいを完成させていた。


 甘くて辛くて苦くて酸っぱいというのは、ヴァルカスに通ずる作法である。おそらくサトゥラス伯爵家の料理長は、ヴァルカスを追い求めて研鑽を積んでいるのだ。

 しかし、ヴァルカスの模倣では終わっていない。端的に言って、ヴァルカスよりも強い味付けを目指しているのだろう。それが、ある種の乱暴さと派手派手しさを生み出していた。


 こちらの料理に限って言えば、酸味が際立っている。白ママリア酢を基盤にして、調味液を配合したのだろう。そこに果汁の甘さや香草の辛さや炒った豆の香ばしさが入り混じり、なんとも刺激的な味わいであった。


 しかし決して、不出来なことはない。ゼグの風味もきちんと活かされているし、ゼグと酸味は調和するのだ。これだけ豪奢な味わいであるのにどこか清涼な風味もあって、意外にすんなりと咽喉を通っていく。また、生地は黒フワノが使用されており、その軽めの食感も心地好かった。


「うーん、面白い味だよねー。リミも昔だったら、びっくりしてただろうなー」


「うむ。私は発言を差し控えるとしよう」


 どうやら、アイ=ファはお気に召さなかったようである。しかし、不味いとまでは思っていない様子であった。


「我々にとっても、決して食べやすい料理ではないのだ。マドたちも、難渋しているようだな」


「はい。ですが……ゆかい、ここちです」


 と、マドは無邪気な笑顔を取り戻して、同じ料理を口に運んだ。


「こきょう、みやげばなし、ふえました。たび、よろこびです」


「そうか。以前の我々よりも、よほど懐が深いようだな」


 アイ=ファが穏やかな眼差しを送ると、マドは嬉しそうに笑った。

 いっぽうバルファロは口直しとばかりに、がぶがぶと酒をあおる。同じ竜神の民でも、やはり感想はさまざまであるようだ。


「さっき、お仲間たちが若い貴族に囲まれてたよ。竜神の民は、貴族とも上手くやってるみたいだね」


 ララ=ルウの言葉に、マドは「はい」とうなずいた。


「ジェノス、いいきぞく、おおい、おもいます。ほかのとち、いいきぞく、すくなかったです」


「ふうん? 何か、嫌な目にあったとか?」


「はい。しんよう、されるまで、ざいにんあつかい、おおかったです。がまん、ひつようです」


「そっか。やっぱり異国とつきあいの多いジェノスは、異国人の扱いに手馴れてるのかもね」


 またひとつ、ララ=ルウの見識が深まったようである。きっと彼女の学ぼうという姿勢が、成長をもたらしているのだろう。

 俺がそんな感慨を噛みしめていると、最年長の団員がひっそりと語りかけてきた。


「先刻、占星師アリシュナ、挨拶されました。あなたたち、彼女、懇意、聞きました」


「うむ? まあ、アスタは昔から懇意にしているようだな」


「いやいや、特別に懇意にしてるわけじゃないってば」


「……彼女、星読みの力、卓越しています。おそらく、星見の域、達しているのでしょう」


 そんな言葉に、アイ=ファはすぐさま眼光を鋭くした。


「というと? あなたも何か、勝手に星を読まれてしまったのであろうか?」


「いえ。星読み、たしなんでいると、相手の力量、伝わるのです。あれほど、力ある、占星師、現存する、驚嘆です」


 初老の団員は、むしろアリシュナに同情しているような目つきになっていた。


「また、彼女、アスタ、思いやっている、聞きました。あれだけ、力、卓越していれば、アスタ、特異性、痛いほど、伝わるのでしょう。アスタ、彼女、忌避していなければ、幸いです」


「ええ。アリシュナにはさんざんお世話になっていますし、忌避する理由はありませんよ」


 俺がそのように答えると、最年長の団員は安心したように目を細めた。


「それなら、幸いです。星読み、卓越した力、孤独、招きます。アスタ、アリシュナ、出会い、祝福します」


「……はい。ありがとうございます」


 俺はむしろアリシュナよりも、チル=リムのことを思い出していた。彼女こそ、卓越した星読みの力――もはや魔術の域に達している星見の力によって、人生を台無しにされた立場であったのだ。


 そしてまた、アリシュナも祖父が同じ力を持っていたため、シムを追放された身となる。それを思えば、アリシュナもチル=リムと同様に苦難の人生を歩んでいるはずであった。


「あとで、アリシュナにも挨拶をしないとな」


 俺がそのように呼びかけると、アイ=ファはすねた山猫のような風情で「ふん」とそっぽを向いた。どうしても、アリシュナに対しては素直になれないアイ=ファなのである。


 ただそれは相性の問題であり、アイ=ファもアリシュナに対しては感謝の思いを抱いているはずだ。チル=リムや邪神教団の一件でも、アリシュナにはさんざん世話になっていたし――さかのぼれば、ダバッグへの小旅行や『アムスホルンの寝返り』の際にも、アリシュナは俺を心配して厄除けの護符を準備してくれたのだった。


(アリシュナはフェルメスやガーデルみたいに執着してるわけじゃないし、昔のチル=リムみたいにすがってるわけでもない。ただ、星を持たない俺のことを心配してくれてるんだもんな)


 俺がそんな風に考えていると、賑やかな集団が接近してきた。つつましい衣装を要求される本日の晩餐会で、かなう限り華やかな格好をした若き貴婦人の一団だ。人数は三名のみであったが、人数以上の賑やかさであった。


「アイ=ファ様、おひさしぶりです。本日参席されると聞いて、この瞬間を心待ちにしていましたわ」


 どうやらそれは、普段の祝宴でもアイ=ファを包囲している貴婦人たちであるようであった。

 その内の一名は豪奢な肩掛けを羽織り、残る二名は輝かしい首飾りや耳飾りをつけている。いずれも、《青き翼》が売りに出していた商品だ。


「うむ。《青き翼》から飾り物を買いつけたというのは、あなたがたであったのか」


 アイ=ファがクールなポーカーフェイスで応じると、貴婦人のひとりが「はい」と肩掛けをひらめかせた。


「父様に無理を言って、買いつけていただいたのです。わたくしなどには分不相応なぐらい、見事な品でしょう?」


「うむ……気を悪くしないでもらいたいが、まるでティカトラスのようだな」


「あは。天下の洒落人たるティカトラス様と並べられるだなんて、恐縮の限りですわ」


 まったく気を悪くした様子もなく、貴婦人はころころと笑う。

 そして彼女はさりげなくアイ=ファに身を寄せながら、おずおずとマドの巨体を見上げた。


「あの……こんなに素敵な品をジェノスにもたらしてくださって、心より感謝しておりますわ」


「はい。あなた、よろこび、うれしいです」


 マドがにっこり笑うと、貴婦人もぱあっと顔を輝かせた。二メートル超えの巨体で厳つい容貌をしたマドであるが、その笑顔にはそれだけの魅力があるのだ。


 確かにララ=ルウも語っていた通り、《青き翼》の面々は貴族たちとも健やかな関係を結べた様子である。

 それを喜ばしく思いながら、俺は派手派手しい味をした料理をもうひとつまみすることにした。

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