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異世界料理道  作者: EDA
第九十五章 さらなる再会
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城下町の晩餐会①~下準備~

2025.6/10 更新分 1/1

 建築屋の面々を晩餐にお招きしてから、二日後――青の月の七日である。

 その日が、城下町におけるフェルメスとの晩餐会であった。


 本当にたまたまの巡りあわせであるが、このたびは一日置きに何らかのイベントが開かれることになったのだ。しかし、イベントの内容と参加メンバーがすべて異なっているため、俺としてはきわめて新鮮な心地であった。


 その日も屋台の営業日であったので、俺たちは業務をやりとげたのちに護衛役の狩人たちと合流して、いざ城下町に向かう。その道中でふてぶてしく笑いながら発言したのは、ゲオル=ザザであった。


「それにしても、自ら貴族のもとに参じるとはな。お前たちがそうまでフェルメスを慕っているとは思っていなかったぞ」


「慕っているというか、お別れする前に少しでも絆を深めておきたかったんです。ゲオル=ザザにまでお世話をかけることになってしまって、どうもすみません」


「城下町はひさかたぶりなので、べつだん文句があるわけではない。……トゥール=ディンとて、オディフィアと会えるのであれば文句はなかろうしな」


 ゲオル=ザザに笑いを含んだ眼差しを向けられたトゥール=ディンは、気恥ずかしそうに微笑みながら「はい」とうなずいた。このたびの晩餐会にはオディフィアも招待されたので、トゥール=ディンにも手伝いをお願いしたのだ。


 ただ今回はあくまでフェルメスと個人的な交流を深めるための催しであるので、可能な限り少人数に留めてほしいと要請している。その結果、城下町からは調停役の補佐官であるポルアースとメリムの夫妻、そしてオディフィアとエウリフィアの母娘だけが招待されることになったのだった。


 森辺の民も人数を絞って、男女五名ずつの編成となる。その顔ぶれは、俺とアイ=ファ、ララ=ルウとガズラン=ルティム、ユン=スドラとチム=スドラ、トゥール=ディンとゼイ=ディン、スフィラ=ザザとゲオル=ザザというものであった。


 今回は貴族との社交が主軸であるということで、ララ=ルウとスフィラ=ザザが真っ先に名乗りをあげたのだ。あとは調理の戦力を補充するため、俺がユン=スドラを指名させていただいた。フェルメスとジェムドを含めれば参席者は十六名ということになるが、この五名であれば問題なく立派な料理を仕上げられるはずであった。


「それで、ティカトラスが出しゃばることもなかったのだな。さすがのあやつも、フェルメスには遠慮が出るということか?」


「遠慮というか……フェルメスの側が、ティカトラスに対してちょっと複雑な気持ちを抱いているようですからね。ティカトラスはそれを察して、身をつつしんでいるのかもしれません」


「ふふん。あやつでも、身をつつしむことがかなうのだな。二日前にザザの集落に招いた際には、祝宴のように浮かれきっておったぞ」


「あはは。ザザのみなさんもティカトラスと親睦が深まっているなら、何よりです」


 そんな言葉を交わしている間に、城門に到着した。

 するとそこには、ルウルウの荷車が待ちかまえている。ララ=ルウとスフィラ=ザザは城下町の屋台の当番であったため、ここで待ち合わせをしていたのだ。


「どうも、お疲れ様です。何も問題はありませんでしたか?」


「ええ。ちょうど定刻に、すべての品を売り切ることができました。……真っ先に売り切れたのは、トゥール=ディンの菓子でしたよ」


 スフィラ=ザザの言葉に、トゥール=ディンはもじもじとする。俺やルウ家の面々の手前、恐縮する気持ちが先に立ってしまうのだろう。


「それじゃあ、バルシャ。ララ=ルウとスフィラ=ザザはこちらでお預かりしますので、そちらの荷車はよろしくお願いします。……ジルベも、お疲れ様。フォウの家で、ブレイブたちも待ってるからね」


 ジルベは「くうん」と甘えるような声をあげながら、俺とアイ=ファの姿を見比べる。祝宴ではなく晩餐会であったので、ジルベには帰宅してもらうことになったのだ。テーブルについての晩餐会では、ジルベにとっても面白みがないはずであった。


 バルシャとジルベ、ガズとレイと研修中であるマァムの女衆を乗せた荷車は、宿場町を目指して駆け去っていく。それを見送ってから、俺たちはフェルメスが準備してくれたトトス車に乗り換えた。


「マァムの女衆は、今日が研修の最終日だったっけ?」


「うん。まったく問題はないみたいだから、次回からは普通に働いてもらうことにするよ」


 研修が無事に終了して、ララ=ルウは満足そうな面持ちである。これにてルウの血族も城下町の屋台を受け持つかまど番が六名となり、次回からは新たなローテーションが組まれるわけであった。


「……それにしても、このように少人数の会で俺などが加わるのは、不相応なのではないだろうか?」


 と、トトス車で合流したチム=スドラが、むすっとした顔でそのように言いたてる。俺が返事をするより早く、ゲオル=ザザがそれに答えた。


「それが不相応な話ならば、族長たちが他の狩人をあてがっていただろうよ。そうされなかったということは、不相応ではないということだ」


「うむ……しかし、せっかくの会合であれば、ルウの長兄や族長ダリ=サウティなどのほうが……」


「そういった手立ても検討された上で、必要なしと見なされたのです。どうぞ心置きなく、血族たるユン=スドラの仕事を見守ってあげてください」


 ガズラン=ルティムもゆったりと声をあげると、チム=スドラは「そうか」と頭をかいた。


「だが、族長たちは家長ライエルファムが参じると期待していたのではないだろうか? だから俺も、いくぶん居たたまれない心地であるのだ」


「くどいやつだな。ライエルファム=スドラが必要ならば、族長たちも名指しで呼びつけていただろうよ。お前とて、かつては名指しで城下町に招かれていた身であるのだから、堂々と貴族たちを相手取るがいい」


 チム=スドラはかつてマルスタインを襲撃した賊を捕らえたことで、祝宴に招待された経験があったのだ。それ以降、伴侶のイーア・フォウ=スドラともども、ジェノスの貴族とはそれなりに交流を深めているはずであった。


「今日はあくまで、親睦の晩餐会だからね。俺と一緒に小さき氏族の代表として、頑張っておくれよ」


「アスタと並べられては、いっそう肩身がせまくなるばかりだな。……しかし、アスタやユンにばかり苦労を押しつけるわけにはいかんか」


 チム=スドラがはにかむように笑うと、ユン=スドラもにっこり微笑んだ。血の縁はそれほど濃くないようであるが、兄妹のように絆の深い二人であるのだ。俺としては、この少数精鋭にまったく不足のない両名であった。


 そんなこんなで、トトス車は目的の地に到着する。

 本日の会場は、白鳥宮である。少人数の晩餐会ということで、こちらが会場に選ばれたのだろう。俺にとってはちょっとひさびさの会場であるが、そもそも城下町の宮殿で腕を振るうのが一ヶ月以上ぶりであるので、新鮮な心地に変わりはなかった。


 まずは、お馴染みの浴堂だ。

 男女に分かれて控えの間に踏み入り、森辺の装束を脱ぎ捨てたところで、ゲオル=ザザが「そういえば」と発言した。


「今日は、デルシェアも参じないそうだな。あやつこそ、ティカトラス以上に奮起しそうなところだが」


「ああ、そこはフェルメスが策謀を巡らせたそうです」


 策謀といっては言いすぎかもしれないが、フェルメスはデルシェア姫が《銀星堂》に招待されている日を狙って、晩餐会の日取りを決定したのだ。《銀星堂》は予約を取るのもひと苦労な人気店であるため、デルシェア姫もそちらをキャンセルしてまでこちらの晩餐会に参じようとは考えなかったようであった。


「やっぱりデルシェア姫を招待すると、主賓あつかいになってしまいますからね。デルシェア姫にはお気の毒ですが、フェルメスとしても気楽な晩餐会に仕立てたかったのでしょう」


「なるほど。ですが、フェルメスはそちらの晩餐会に同行しなくてもいいのでしょうか?」


 ガズラン=ルティムの問いかけに、俺は「はい」と首肯する。


「デルシェア姫は、もう何ヶ月も滞在されていますからね。フェルメスも、つきっきりで同伴しているわけではないようです」


「そうですか。きっとフェルメスも、アスタとの交流を心待ちにしていたのでしょうね」


「あはは。フェルメスは、ガズラン=ルティムにもご執心でしょうけどね」


 俺たちは楽しく語らいながら、蒸気のあふれかえった浴堂で身を清めた。

 ゼイ=ディンはひたすら寡黙であるが、その眼差しは和んでいる。きっとトゥール=ディンとオディフィアが早々に再会できることを喜んでいるのだろう。オディフィアを森辺に招いた祝宴から、まだ十日と少ししか経っていないはずであった。


 そうして浴堂を出たならば、俺には白い調理着が準備されている。

 それを着込んで回廊に出ると、少し遅れて女衆も姿を現した。やはりアイ=ファだけが森辺の装束で、かまど番は調理着だ。


「それでは、厨にご案内いたします」


 侍女の案内で、本日の作業場たる厨に案内される。

 そちらには、もはやお馴染みのカルテット――プラティカとニコラ、セルフォマとカーツァという顔ぶれに、カルスを加えた五名が待ちかまえていた。


「どうも、お疲れ様です。カルスが見学されるのは、ちょっとひさびさですね」


「は、はい。こ、これまでに学んだことも、まだまだ身につけているさなかですので……」


 ころんとした体格をした若き料理番カルスは、相変わらずの調子でぺこぺこと頭を下げる。彼はずっと主人たるアラウトに付き従っていたが、こうして調理の場にお招きするのはずいぶんひさびさのことであった。


「プラティカたちも、お疲れ様です。みなさんが味見できるように取り計らいますので、よければご感想をお願いします」


「はい。アスタ、厚意、深く、感謝します」


 一同を代表して、プラティカが頭を下げる。今日は彼女たちも晩餐会まではご一緒できないので、すべての品を味見してもらうつもりでいた。


「けっきょく、大層な人数だな。何名かは、扉の外で待機するべきか」


「そうですね。私は外でかまいません」


 ガズラン=ルティムが真っ先に名乗りをあげると、ゼイ=ディンもそれに続いた。

 かまど番は五名、護衛役と見学者の合計が八名という編成だ。少人数の調理であったが、賑やかさには事欠かなかった。


「お前たちは、熱心なことだな。スン家がらみの晩餐会ばかりでなく、《銀の壺》がらみの祝宴にまで招かれていたそうではないか」


 ゲオル=ザザがさっそく声をかけると、プラティカが「はい」と応じた。


「祝宴、晩餐会、料理、豪華ですので、得るもの、大きいです。見学、許していただき、感謝、絶大です」


「ふふん。まあ、お前たちは身をつつしむことを知っているので、族長たちも文句をつけることはないのであろうよ」


 そんなやりとりを聞きながら、俺たちは粛々と下準備を進める。その間も、あちこちから検分の眼差しをひしひしと感じた。


「きょ、今日は魚介の料理が主体であると聞き及び、とても興味深く思っています。……と、仰っています」


 と、通訳のカーツァがおずおずと声をあげたので、俺は「はい」と笑顔を返した。


「何せフェルメスは獣肉を食せないので、魚介を主体にせざるを得ないんです。俺もなかなか、新鮮な心地ですよ」


「は、はい。ラ、ラオの王城においても魚介の料理は主体となることが多いので、とてもありがたく思います。も、もしも次なる使節団が新たな食材を持ち込むとしたら、魚介の食材も数多く含まれるのではないかと思われます。……と、仰っています」


「そうですか。魚介の食材は交易頼りですので、ありがたいことですね」


 シムの王都ラオリムは海に面している上に、海辺の領地ドゥラとも交易が盛んであるという話であるのだ。前回もノマやゼグやドケイルなど海産物が充実していたので、次なる品も楽しみなところであった。


「そういえば、東の王都に竜神の民が姿を現すことはないという話であったか?」


 と、ゲオル=ザザが横から会話に加わってくる。今日の護衛役には物静かなタイプが多いので、彼の声を聞く機会が増えるようである。


「は、はい。りゅ、竜神の民というのは北氷海を越えて東玄海にやってくるようですので、南寄りに位置する王都ラオリムにまでは足をのばさないようです。……と、仰っています」


「東の王都は、南寄りにあるのか。南の王国と角突き合っているのに、難儀なことだな」


「は、はい。で、ですが、ジャガルと近い位置にあるのはリムですので……ラオの王城が脅かされることはありません。……と、仰っています」


 すると、ゲオル=ザザが「うむ?」とうろんげな声をあげた。


「なんだ。俺は何か、お前の気を沈ませるようなことを言ってしまったか?」


「あ、いえ……決して、そのようなことは……」


 俺が思わず振り返ると、カーツァは人目を避けるように顔を伏せていた。

 そしてアイ=ファがゲオル=ザザに目配せを送ったのち、耳打ちする。おそらくは、カーツァの境遇――ジャガルとの戦争で両親を失ったという逸話を告げているのだろう。森辺において、そんな事実を知っている人間はごく限られているのだ。


 アイ=ファが身を離すと、ゲオル=ザザは毛皮のかぶりものの上から頭をかく。ゲオル=ザザは豪放な気質であるが、ダン=ルティムやラウ=レイほど規格外ではないのだ。異国間の戦争や両親を失った悲しみについて、気安くコメントすることはできないのだろうと思われた。


「それで、そちらの方々も竜神の民と交流を深めることはかなったのでしょうか?」


 と、スフィラ=ザザがふいに発言した。

 もしかしたら、俺と同じ光景を目にして、場を取りなそうとしたのかもしれない。それに「いえ」と答えたのは、プラティカであった。


「私たち、部外者ですので、身、つつしんでいました。無用、言葉、交わしていません」


「そうですか。あちらもシムの方々を忌避する気持ちはないようですが」


「はい。ですが、ジェノス、竜神の民、交流の邪魔、許されません。また、我々、交流、深めても、再会の可能性、低いので、益、少ない、思われます」


「なるほど。あなたが損得を考えて交流に励む人間だとは思えませんが……確かに異国の地にあっては、身をつつしもうという意識が働くのでしょうね。あなたがたの考えを、尊重しようと思います」


「はい。スフィラ=ザザ、賛同、得られて、ありがたい、思います」


 スフィラ=ザザとプラティカの会話によって、ひとまずカーツァの変調はやりすごされた。

 すると今度は、ユン=スドラが穏やかな面持ちで声をあげる。


「では、《銀の壺》の方々は如何でしょう? あちらはまぎれもなく同胞なのですから、交流に励む甲斐もあるのではないですか?」


「はい。ジギの民、誠実な人間、多い、印象ですが、《銀の壺》、ひときわです。シュミラル=リリン、残留、願った、納得です」


「それなら、よかったです。カーツァとセルフォマは、如何ですか?」


 カーツァはわたわたと慌てながら、ユン=スドラの言葉をセルフォマに通訳する。セルフォマは俺の手もとを一心に見つめながら、落ち着いた声で返事をした。


「そ、そちらの祝宴でも交流のお邪魔をしてはならないと思い、身をつつしんでいました。で、ですが、最初の挨拶の場だけでも、あの方々の誠実な人となりは理解できたように思います。……と、仰っています」


「そうですか。では、カーツァは如何ですか?」


「わ、私はその、出しゃばる立場ではありませんので……で、でも、みなさんお優しそうで、安堵いたしました」


 と、カーツァは恥ずかしそうにもじもじとする。その様子に、ゲオル=ザザはかぶりものの下でほっと息をついたようであった。


「ですが、私、森辺の民、懐の広さ、再確認しました」


 と、プラティカが自分から発言した。


「森辺の民、あらゆる相手、まんべんなく、交流、深めています。東の民、南の民、竜神の民、気質、それぞれですが、過不足ない、対応、見事です」


「ふむ。我々は、かつて外界の民をひとくくりで忌避していた身であるからな。よくも悪くも、生まれ素性で人を分ける気風が薄いのであろうと思うぞ」


 と、他ならぬプラティカの言葉であったため、アイ=ファが率先して口を開いた。


「以前にも、誰かに同じようなことを言われた覚えがあるのだがな。貴族であろうと宿場町の民であろうと、我々にとって大きな違いはない。よって、東や南や竜神の民で差をつける理由もないということだ」


「なるほど。ですが、感服の思い、変わり、ありません。公正な目、得難い、思います」


 すると、二人の会話を通訳されたセルフォマも口を開き、カーツァがその内容を伝えてくれた。


「そ、そこには森辺の方々が持つ魅力というものも関わってくるのではないでしょうか? も、森辺の方々が魅力的であるからこそ、どのような相手でも心をひかれて、交流を深めたいと願うのではないかと思います。……と、仰っています」


「それでは、セルフォマも森辺の民に魅力を感じてくださっているのでしょうか?」


 ユン=スドラが無邪気な笑顔で問いかけると、セルフォマは優雅なたたずまいで返答した。


「も、もちろん私も森辺の方々には魅力を感じています。で、ですが、私が王都に戻る際には今生の別れになるのでしょうから、必要以上に交流を深めても寂寥の思いにとらわれるだけだろうと考えています。……と、仰っています」


「そうですか。やはりセルフォマは、そう簡単に王都を出られる立場ではないのでしょうか?」


「は、はい。む、むしろ、今回のように一介の料理番が使節団に組み込まれることのほうが、異例中の異例だと思われます。……ええ? い、いえ、そんなことはないかと思うのですが……」


 と、カーツァがいきなり動揺を見せたので、多くの人間の視線を集めることになった。

 カーツァは黒い頬を赤く染めながら、おずおずと声をあげる。


「つ、通訳の途中に失礼いたしました。……わ、私は今生の別れであっても、外務官の養子たるカーツァはこの先もジェノスを訪れる機会が生じるかもしれません。どうか私にはかまわず、カーツァと交流を深めていただけたらありがたく思います。……と、仰っています」


 すると、ゲオル=ザザが愉快そうに笑い声をあげた。


「よりにもよって本人にそのような言葉を語らせるとは、珍妙な話だな。それではこちらの娘も、羞恥を覚えるのが当然であろうよ」


「まったくですね。ですがまあ、セルフォマには西の言葉を扱うすべもないので、致し方ないのでしょう」


 と、スフィラ=ザザも穏やかな眼差しでそのように告げた。


「何にせよ、セルフォマのお言葉は承りました。わたしたちはセルフォマともカーツァとも正しい絆を結びたいと願っていますので、どうぞご安心ください」


「は、はい。ありがとうございます。……と、仰っています」


 あちこちから温かな視線を向けられて、カーツァはいっそう縮こまってしまう。

 そうして話が一段落したところで、いよいよ本格的な調理の開始だ。見学者の料理人たちはいっそう真剣な眼差しとなったが、こちらは調理中でも会話を楽しむのが常であった。


「シムの方々に話題が集中してしまいましたが、ニコラやカルスは如何ですか? どちらもそれぞれ、交流の機会がありましたよね」


 カルスは宿場町のサトゥラス伯爵邸で行われた晩餐会とフォウの集落で行われた親睦の祝宴において、《青き翼》の面々と同席しているのだ。いっぽうニコラはそちらの二件には参席できず、ルウの祝宴と晩餐会に参じた身であった。


「……わたしも立場としては、シムの方々と同様です。みなさんの交流のお邪魔にならないように、身をつつしんでおりました」


 まずはニコラが仏頂面で、そのように言いたてる。まあ、彼女は常にプラティカと行動をともにしているので、プラティカと同じような心境であるのかもしれなかった。


「ぼ、僕もアラウト様の従者として参席を許された身ですので、しゃしゃり出ることは許されません。た、ただ……アラウト様が《青き翼》やジャガルの方々と交流を深めるさまを、ひそかに見守っていました」


「ああ、アラウトもそれなりに建築屋の方々と交流を深められたようですね」


「は、はい。ア、アラウト様は普段から、市井の方々と懇意にされておりますので」


 と、カルスが珍しくふにゃんとした笑顔を見せた。彼が料理以外の話で心情を覗かせるのは、なかなか稀なことである。


「アラウトは建築屋や《青き翼》の方々に対して、自ら身分を明かしていましたね。それでいっそう、交流を深められたように見受けられます」


 スフィラ=ザザが凛然と声をあげると、アイ=ファがけげんそうに振り返った。


「自らの身分とは? それでどうして、交流が深まるのであろうか?」


「アラウトは、傀儡の劇でも語られたバナーム侯爵家の使節団の団長の子です。スン家の大罪人に害された人間の遺児ということで、さまざまな相手の興味をかきたてるのでしょう」


 そのように告げてから、スフィラ=ザザは目もとで微笑んだ。


「そうして相手の興味をかきたてた上で、森辺の民とも正しく和解することがかなったと告げるのです。アラウトにしてみれば、森辺の民にもはや罪はないと告げたい一心なのかもしれませんが……その誠実にして熱情的な人となりが、アラウトの人望を築いているように見受けられます」


「なるほど。アラウトらしい逸話だな」


 アラウトの誠実な人となりは、俺たちも十分に理解しているつもりであるのだ。アイ=ファもスフィラ=ザザと同じように穏やかな眼差しになっていたし、カルスは嬉しそうに微笑んでいた。


「スフィラ=ザザはあのように騒がしい祝宴の場で、そのような話まで聞き及んでいたのか。さすが、族長たちに目をかけられているだけはあるな」


 と、チム=スドラが感心したような声をあげる。フォウの集落で行われた親睦の祝宴は、彼もフォウの血族として参席していたのだ。


「わたしとて族長グラフ=ザザの子なのですから、自らの役割を果たしたまでです。今日も、そのために参じたつもりです」


「うむ。お前のような人間こそ、交流の場に参ずるべきであるのだろう。だから、俺のような人間は肩身をせまく感じるのだ」


 そのように語りながら、チム=スドラも落ち着いた面持ちだ。自分を卑下しているわけではなく、スフィラ=ザザに敬意を表しているのだろう。それを感じ取ったらしく、スフィラ=ザザは言葉を重ねずに目礼を返した。


「やはり、森辺の民、立派です。だからこそ、さまざまな相手、交流、深められたのでしょう」


 と、プラティカがひさびさに声をあげる。巡りめぐって、また同じ心情に至った様子である。アイ=ファは同じ眼差しのまま、そちらを振り返った。


「すべての森辺の民が、スフィラ=ザザのように立派なわけではないぞ。私などは、他者との交流をひときわ苦手にしているからな」


「いえ。アイ=ファ、アスタともども、さまざまな交流、深めている、思われます」


「そーそー。アイ=ファの場合は、放っておいてもうじゃうじゃ人間が集まってくるからねー」


 ずっと聞き役に徹していたララ=ルウが朗らかな声をあげると、アイ=ファはけげんそうにそちらを振り返った。


「それは貴族の若い娘たちに関してであろうか? そのような話をララ=ルウに揶揄されるとは思っていなかったぞ」


「べつに揶揄してるつもりはないし、若い娘に限った話でもないよ。この前なんかは、竜神の民がアイ=ファに夢中だったじゃん」


「あれは……あくまで、闘技や剣技の力量に思うところがあってのことであろう」


「それだって、人をひきつけてることに変わりはないさ。アイ=ファやアスタが人気者だから、あたしたちが相手の懐にすんなり入り込めるって面もあるんだからね。森辺の民は、みんなでそれぞれの役割を果たしてるってことだよ」


 そう言って、ララ=ルウは白い歯をこぼした。

 そんな風に語ることができるララ=ルウも、やっぱり只者ではないのだろう。これからフェルメスという難しい相手を迎え撃つにあたって、心強い限りであった。


 そうしてその後も俺たちは有意義な会話に励みながら、二刻半ばかりの時間を過ごし――そうしていよいよ晩餐会の刻限を迎えることに相成ったのだった。

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