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異世界料理道  作者: EDA
第九十五章 さらなる再会
1625/1695

歓迎の祝宴②~開会~

2025.5/21 更新分 1/1

 そして、日没――祝宴を開始する刻限がやってきた。

 無事に宴料理を仕上げた俺は、シュミラル=リリンやラダジッドたちとともに広場の中央近くに控えている。そうして儀式の火のために組まれた薪の山の前にドンダ=ルウが進み出ようとしたタイミングで、一時離脱していたアイ=ファもやってきた。


「危うく、遅参するところだった。まあ、それで私が叱責されるいわれはないがな」


 そのように述べるアイ=ファは、壮麗なる宴衣装の姿である。《銀の壺》にまつわる祝宴では、宴衣装を纏うのが通例であったのだ。客人の立場であるアイ=ファには拒否権が存在するはずであったが、リミ=ルウやジバ婆さんの強い要望によって、その権利を放棄しているわけであった。


 アイ=ファの宴衣装はちょっとひさびさであったので、俺はひそかに胸を高鳴らせてしまう。

 そんな中、薪の山に儀式の火が灯されて、人々に歓声をあげさせた。


「それでは祝宴に先立って、今日の客人を紹介する!」


 そのために、俺たちは広場の中央近くに待機していたのである。

 まずは《銀の壺》の九名に、ティカトラスとヴィケッツォとデギオン、セルフォマとカーツァ、プラティカとニコラ、しんがりが俺とアイ=ファだ。


 百名近くに及ぶルウの血族たちは、期待の眼差しで客人たちの姿を見守っている。

 どの客人もそれぞれ絆を深めてきた相手であるので、今さら気負うことはないだろう。ただやっぱり、《銀の壺》との関係性がないに等しいティカトラスが堂々と参じていることに、多少の違和感が生じるていどであった。


「今日はあくまで、我々の血族たるシュミラル=リリンの同胞である《銀の壺》と交流を深めるための、歓迎の祝宴となる! 他なる客人たちは節度をもって、おのおの交流に励んでもらいたい!」


 ドンダ=ルウにじろりとにらみつけられると、ティカトラスは悪びれた様子もなく「うん!」とうなずいた。


「……では、祝宴を開始する! 母なる森と父なる四大神に、祝福を!」


「祝福を!」の合唱とともに、凄まじいばかりの熱気がわきかえる。

 先日の祝宴ではフォウの集落に百六十名もの人間が集められていたが、過半数が血族で固められていると一種独特の迫力や一体感というものが生じるものである。そして、血族だけで三ケタの人数を集められる氏族は、森辺において族長筋しか存在しなかった。


 よって本日も、ルウの祝宴ならではの熱気と活力が渦を巻いている。

 俺がそれを満身で味わっていると、笑顔のシュミラル=リリンが近づいてきた。


「私、ラダジッド、案内します。アスタとアイ=ファ、ご一緒できれば、幸いです」


「そうしてもらえたら俺も嬉しいですけれど、でも、いいんですか? 今日の主役は、ラダジッドたちでしょう?」


「はい。ですから、ラダジッド、希望、優先です。そして、ラダジッド、アスタたち、同行、望むこと、明白です」


「はい。シュミラル=リリンほど、洞察力、鋭くなくとも、推察、容易でしょう」


 ラダジッドが気安く応じると、シュミラル=リリンはいっそう楽しそうに口もとをほころばせる。《銀の壺》の中でも、こちらの両名はとりわけつきあいが長くて縁が深いのだ。そんな二人の再会の喜びをすぐそばで見守れるのならば、それにまさる喜びはなかった。


「それじゃあわたしは、他の団員諸君とご一緒できるかな? 情報交換に不足がなければ、無理に団長殿とご一緒する必要はないだろうからね!」


 と、ティカトラスがにゅっと首をのばしてきた。


「もちろんいずれは団長殿ともじっくり語らせていただきたいところだけれども、一ヶ月も滞在するならば急ぐ必要もないからね! あっ! あと、アイ=ファの美しき姿を堪能する時間も、のちほどじっくり作っていただきたいところだね!」


「それは、約束しかねるな」


 アイ=ファが素っ気なく応じると、ティカトラスはからからと笑いながら首を引っ込めた。


「では、こちらの団員たち、同行させます。如何なる話、求めているか、不明ですが、不足、ないはずです」


 ラダジッドの指示で、三名の団員が進み出る。

 すると、どこからともなく宴衣装のララ=ルウとシン・ルウ=シンも近づいてきた。


「それじゃあこっちは、あたしたちが案内するよ。ティカトラスが何を聞きほじろうとしているのか、ちょっと気になるところだしね」


「おお、ララ=ルウか! うんうん! 君も宴衣装では、見違えるよね! その炎のごとき赤髪や海のごとき碧眼と相まって、なかなかに創作意欲をかきたてられてしまうよ!」


 ということで、ティカトラスの一行と三名の団員は、ララ=ルウとシン・ルウ=シンが案内することになった。

 もう三名の団員は、ギラン=リリンとウル・レイ=リリンと六歳ぐらいの長兄である。ひときわシュミラル=リリンに懐いている長兄も、朗らかな笑顔で《銀の壺》の面々と相対していた。


 そうして俺たちのもとに残されたのは、ラダジッドと最年少の団員、そして星読みを得意にする最年長の団員である。以前の送別の祝宴でも、俺たちは彼らと行動をともにしていたはずであった。


「それじゃあ、こっちはこの六人で――」


 と、俺がアイ=ファのほうを振り返ると、いつの間にかリミ=ルウがアイ=ファの腕を抱きかかえてにこにこと笑っている。二人そろって宴衣装なので、微笑ましさも倍増であった。


「もとい、この七人だね。シュミラル=リリン、よろしくお願いします」


「はい。むしろ、案内、リミ=ルウ、相応かもしれません」


「うん! それじゃあ美味しい宴料理を目指して、しゅっぱーつ!」


 祝宴では客人の責任者を敷物に招くのが通例であるが、ラダジッドはいつも最初から自分の足でかまどを巡っているのだ。ドンダ=ルウも、《銀の壺》の気風を尊重していた。


「あとで、ジバ婆のところにも行かないとねー! あ、ヴィナ姉の赤ちゃんにはもう会ったの?」


「はい。先刻、挨拶しました。宝石のごとき、愛らしさでした」


 ラダジッドがこらえかねたように目を細めると、シュミラル=リリンも嬉しそうに微笑んだ。


「迷惑、なければ、のちほど、再度の挨拶、希望します」


「うん! お菓子を出したら、家にも持っていくからさ! エヴァ=リリンはまだちっちゃいから、お菓子も食べられないけどねー!」


 ひさびさとなるルウの祝宴で、リミ=ルウも存分に舞い上がっているようだ。もちろんそれも、祝宴の大事な彩りであった。


 広場にあふれかえった熱気も、刻一刻と高まっている様子である。今日の祝宴を遠慮したのは乳飲み子を抱える女衆や幼子や老人などであるため、若年から壮年の男女が主体となる。それでも百名近い人数であれば、活力のほどに不足はなかった。


「来訪、二日目、森辺の祝宴、幸福、限りです」


 最年少の団員は、リミ=ルウに負けない勢いで頬を火照らせている。

 いっぽう最年長の団員は落ち着いたたたずまいであるが、その黒い瞳はとても満足そうに祝宴の様相を見回していた。


「ところで、ティカトラス、同行、強要しませんでした。ティカトラス、強引、聞いていたので、少々、意外です」


 ラダジッドがそんなつぶやきをこぼしたので、ティカトラスとご縁の深い俺が「はい」と応じることにした。


「確かにティカトラスは強引な人柄で、だからこそ今日の祝宴にも名乗りをあげたわけですけれど、要所要所では退くことができる人でもあるのですよね。俺の印象としては、優秀な商売人としての才覚なのだと思います」


「はい。優秀、商売人、才覚ですか?」


「ええ。今日のティカトラスは商売人として、《銀の壺》との交流を求めておられるようですからね。商売においては、強引なだけでは通用しないでしょう? だから、アイ=ファに同行したい気持ちをぐっとこらえて、身を引いたものと思われます」


 余計な言葉を付け加えたため、俺はアイ=ファに頭を小突かれることになった。

 いっぽうラダジッドは「なるほど」と納得している。


「確かに、ティカトラス、ジェノスにおいて、数々の商談、成功させている、聞き及びます。それほど、優秀な商売人、あるならば、私、興味、引かれます」


「はい。《銀の壺》はマヒュドラとも商売をしていますから、その辺りで何か絡んでくるかもしれませんよ」


「なるほど。ますます、興味深いです」


 そうしてラダジッドが首肯したところで、最初の簡易かまどに到着した。

 いきなり、レイナ=ルウが陣取る簡易かまどである。やはり本日も、レイナ=ルウは自ら配膳の仕事に励んでいた。


「どうもお疲れ様です。よろしければ、こちらの料理もお召し上がりください」


 美々しい宴衣装の姿で、レイナ=ルウはきりりと表情を引き締めている。

 そしてその背後には、セルフォマとカーツァの姿もあった。


「ああ、セルフォマたちもこちらでしたか。でも、どうしてそんなところに?」


「は、はい。レ、レイナ=ルウに料理の感想を伝えていました。こちらは、ひときわ立派な宴料理でしたので……と、仰っています」


 レイナ=ルウが受け持っていたのは、カレーうどんである。カレーも麺類も東の民の好物であるため、真っ先に献立に加えたのだろう。鉄鍋から匂いたつカレーの芳香に、若い団員が瞳を輝かせた。


「香り、素晴らしいです。期待、かきたてられます」


「ありがとうございます。少々お待ちください」


 鉄鍋を攪拌していたレイナ=ルウがレードルで小皿に取り分けていくと、相方の女衆がうどんの玉を投入していく。うどんはあらかじめ茹でたものが、一食分ずつ保管されていたのだ。一食で満腹になってしまわないように、ふた口サイズのささやかな量であった。


「お手数をおかけしますが、うどんを少々ほぐしてからお召し上がりください」


 レイナ=ルウの指示に従って、みんなで先割れの匙でうどんの麺をほぐしていく。まだ茹であげてからそれほど時間は経っていないらしく、うどんの白い麺はすぐにほどよくほぐれてくれた。


 それをすすると、うどんらしい弾力が心地好い。それに、カレーのつゆも申し分ない味わいだ。今回は寒天のごときノマでとろみを加えたとのことであったが、そちらの加減も万全であるようであった。


 最年少の団員は「ああ」と感嘆の息をもらして、その後が続かない。彼もずいぶん西の言葉が流暢になってきたものの、まだまだボキャブラリーが不足しているのだろう。しかしまた、先日の竜神の民たちと同様に、その満足そうな様子だけで気持ちは十分に伝わってきた。


 ラダジッドも満足そうに目を細めており、シュミラル=リリンは笑顔でそのさまを見守っている。

 そして、最年長の団員が落ち着いた眼差しのまま小首を傾げた。


「私、知らない食材、入っています。肉、野菜、異なる、不思議、食材です」


「ああ、そちらは凝り豆の油揚げという品になります。南の王都から伝えられたタウの凝り豆という食材を、アスタが油で揚げることで作りあげた品ですね」


《銀の壺》の面々は、南の王都やゲルドから届けられた第二陣の食材を知らないのだ。屋台ではいくつかの食材を味わっているはずであるが、すべてを網羅するにはそれなりの期間が必要になるはずであった。


「私、食感から、肉、誤認していました。こちら、食感、独特です」


「はい。凝り豆の油揚げはうどんの料理に調和すると聞き及び、加えることにしたのです。お気に召したら、幸いです」


「はい、美味です。何もかも、美味です。我々、アスタから、カレー、作り方、学びましたが、これほど美味、料理、再現、不可能です」


 そんな風に答えてから、ラダジッドは温かい眼差しを俺に向けてきた。


「ですが、家族、カレーの素晴らしさ、伝えること、かないました。感謝、伝える、遅くなり、申し訳ありません」


「いえいえ。故郷のご家族に喜んでいただけたのなら、俺も本望です」


「また、ジェノス、復興し、あらゆる食材、復活したこと、祝福します。古い話、恐縮ですが、ジェノス、復興、伝えられるまで、我々、不安、抱えていたのです」


 ダレイムの田畑が復興したのは、《銀の壺》が帰国してから数ヶ月後の話であったのだ。確かに懐かしい話であるが、ずっとジェノスを離れていたラダジットたちにしてみれば二の次にできない話なのだろうと察せられた。


「色々な人たちの尽力で、無事に復興することができました。そういう話も、ジギまで伝わっていたのですね」


「はい。ですが、年、明けてからです」


「ダレイムの畑が完全に復興したのは、復活祭の直前ぐらいでしたからね。おかげで、復活祭では滞りなく好きな料理を準備することができました」


「では、復興、半年ほど、かかったのですね。アスタたち、苦労、偲ばれます。また、邪神教団、脅威、完全、払拭されたこと、心より、祝福します」


「ええ。あれ以降、邪神教団にまつわる騒ぎが起きることはありませんでしたからね。みなさんの仰る通り、邪神教団は町に近づくことも少ないようで、ほっとしました」


 俺がそのように答えると、カレーのつゆをすすっていたアイ=ファがぴくりと肩を震わせた。

 その目が妙に鋭い光をたたえて、ラダジッドではなく最年長の団員を見やっている。俺がそれを不思議に思っていると、アイ=ファが肘で脇腹を小突いてから耳もとに唇を寄せてきた。


「のちほど、語りたい話がある。しかし今は、追及するな」


「うん、わかったよ」


 何か込み入った話がしたいのならば、場所とタイミングを選ぶべきであろう。俺はアイ=ファの言葉を受け入れて、大人しく口をつぐんでおくことにした。


「それじゃー。次の料理を食べにいこー! レイナ姉、頑張ってねー!」


「うん。半刻が過ぎたら、菓子のほうもよろしくね」


 俺たちはセルフォマたちにも挨拶を告げてから、その場を離脱した。

 いきなりカレーの料理に行き当たって、最年少の団員はご満悦の様子だ。しかしラダジッドは、くつろぎながらもやや神妙な眼差しになっていた。


「祝宴、楽しい、限りですが、まだまだ、語り尽くせていないこと、実感しました。やはり、十ヶ月、長いです」


「まったくですね。ラダジットたちは、無事に過ごされていたのですか?」


「はい。ジギの草原、平穏です。ゆえに、我々、旅、求めるのでしょう」


 すると、ゆったりとした笑顔で歩を進めていたシュミラル=リリンも発言した。


「王家にまつわる騒乱、ジギ、伝わっていた、聞きますが、やはり、ジェノス、行き来する、行商人からですか?」


「はい。ただし、ラオリム、布告、一度だけ、ありました。第五王子、第二王妃、叛逆罪、捕縛された、一件です。その際、西の地、騒乱、及んだ、聞き及び、ジェノス、可能性、考えて、不安、思っていましたが……不安、的中しました」


 ジェノスはもっともシムから近い領地であるのであろうから、ラダジッドが不安に思ったのも当然であろう。俺がそれを申し訳なく思っていると、アイ=ファが引き締まった面持ちで口を開いた。


「それがジェノスであったことを知ったのは、王都ラオリムからの布告ではなくジェノスから戻った行商人の伝聞であったということだな? では、ずいぶんな時間が経過してからということか」


「はい。布告、赤の月。行商人、伝聞、黄の月。二ヶ月以上、空いていました」


「二ヶ月以上も、ラダジッドたちを不安にさせてしまったのだな。私が詫びる筋合いではないが、心労をかけたことを申し訳なく思う。……それで、やはり王都からの布告ではアスタの名も伏せられていたのだな?」


「はい。ジェノスすら、名前、出されませんでした。第七王子殿下、アスタ、求めて、ジェノス、出向いた、聞き及び、驚愕です」


「うむ。ポワディーノは家族の身を案じるあまりに、正常な判断力を失っていたのであろう。しかし、災厄を退けたのちには、王子として相応しい器量を見せていたぞ」


 すると、ラダジッドは「ああ」と目を細めた。


「アスタたち、王子殿下、拝謁したのですね。それもまた、驚愕です」


「うむ。ポワディーノは、森辺の集落にも何度か足を運んでいたからな。それだけの責任を感じていたということだ」


「王子殿下、森辺の民、正しい存在、認められて、誇らしい、思います」


「うむ? 東の民であれば、森辺の民が東の王子に正しい存在と認められたことを誇るべきではないだろうか?」


「はい。ですが、東の王家、遠い存在です。また、王家から、大罪人、出しています。すべての王族、正しい、わけではない、証拠でしょう。ジェノス、訪れた、第七王子殿下、正しい心、持っていたこと、得難い、思っています」


「そうだな。我々も、ポワディーノに出会えたことを幸いに思っている」


 凛々しい表情であったアイ=ファが目もとを和ませると、ラダジッドや若い団員も嬉しそうに目を細めた。

 そのタイミングで、次なるかまどに到着する。そちらでは、ちょっとひさびさであるタリ・ルウ=シンや年配の女衆が働いていた。


「あ、どうも。おひさしぶりですね、タリ・ルウ=シン」


「ああ、アスタにアイ=ファ。うちの下の子たちも、お二人に会いたがっておりましたよ」


 ちょっとふくよかな体型をしたタリ・ルウ=シンは、とてもにこやかな笑顔を返してくる。すっかり顔をあわせる機会が減ってしまったが、シン・ルウ=シンとシーラ=ルウの母にしてリャダ・ルウ=シンの伴侶たる、俺にとっては大切な存在であった。


「それに、ミダ・ルウもねぇ。ギーズとかいうお人と会える日が近づいているそうで、たいそう喜んでおりましたよ」


「はい。その日はぜひ、俺とアイ=ファもご一緒させてくださいね」


「そうしたら、ミダ・ルウの喜びも増すばかりですねぇ。ひさしぶりに大泣きしてしまわないか、心配なところですよ」


 今となっては、ミダ・ルウ=シンも彼女の家族であるのだ。つくづくシン本家には、俺にとって大切な人々が寄り集まっていた。


「よかったら、こちらの料理もお召し上がりくださいな。どれもレイナ=ルウの指示で作りあげたんで、味は保証いたしますよ」


「ええ、もちろんです。人数分お願いします」


 タリ・ルウ=シンたちが受け持っていたのは、どっしりとした肉料理である。分厚く切り分けられたギバ肉が照り焼きに仕上げられており、つやつやと照り輝いていた。

 それが小皿に取り分けられると、後掛けで暗灰色のパウダーが振りかけられる。その芳香に、最年少の団員が高い鼻をひくつかせた。


「香草、香り、芳しいです。ですが、知らない、香りです」


「こいつはアンテラっていう香草だか茸だかを細かく挽いた品ですよ」


 アンテラもまた、東の王都の食材であるのだ。小皿を受け取ったラダジッドも、興味深そうにその香りを確認していた。


「アンテラ、名前、聞き及びます。さまざまな香草、掛け合わせたかのような、複雑、芳香です」


「はい。香草としても、ずいぶん複雑な香りですよね。でも、色々な料理と調和するので、重宝しています」


 それでこのたびは、シンプルな照り焼き肉に活用されることになったのだ。いざ食してみると、照り焼き肉の甘辛い味とトリュフめいたアンテラの芳香が、楽しい調和を果たしていた。


「素晴らしい、味です。見知った料理、見知らぬ香り、加えられて、新たな魅力、生まれています」


「私、同意です。タウ油、料理、ジャガル風、聞きますが、香草、加わると、シム風です。ジャガル、シム、要素、重なる、新鮮、楽しい、思います」


 最年少の団員も、語彙を駆使してそんな感想を伝えてくれた。

 それを温かな目で見守っていたタリ・ルウ=シンが、「そうそう」と声をあげる。


「分家の家長ディグド・ルウ=シンから、言伝があったんですよ。送別の祝宴には参じるので、どうぞそれまで息災にとのことです」


「はい。ディグド・ルウ=シン……古傷、多い、精悍、狩人ですね? 分家の家長、参席、優先、聞いていましたが、不都合、ありましたか?」


「いえいえ。ディグド・ルウ=シンは、こういう集まりに関心の薄い人間なんでねぇ。それよりも、関心の強い人間に機会を譲るべきっていう考えなんですよ」


 タリ・ルウ=シンの説明に、シュミラル=リリンが補足した。


「また、ディグド・ルウ=シン、家人、慈しむ気持ち、ひときわ、強いです。幼子、老人、置いて、集落、離れる、望んでいない、思われます」


「なるほど。森辺の民、誰もが、家人、慈しむ気持ち、強い、思われますが、ディグド・ルウ=シン、ひときわですか?」


「はい。ひときわです」


 シュミラル=リリンの返答に、ラダジッドは「なるほど」と繰り返す。


「やはり、ルウの血族でも、人柄、さまざまです。新たな発見、喜ばしい、思います」


「はい。私、いまだ、ルウの血族、網羅、できていません。日々、新たな発見、幸福です」


「……シュミラル=リリン、幸福な生、祝福します」


 ラダジッドが優しく目を細めると、シュミラル=リリンは遠慮なく微笑んだ。

 やっぱりこの二人には、特別な絆が存在するのだろう。それを間近から見届けられて、俺も感無量であった。


「おお、アスタにアイ=ファではないか! やっぱりお前さんがたは、シュミラル=リリンと一緒であったか!」


 と、次なるかまどに足を向けると、そちらの手前に敷かれていた敷物にダン=ルティムが待ちかまえていた。

 ジィ=マァムやディム=ルティムなどの若い狩人に、宴衣装の女衆なども居揃っている。その中には、ぶすっとした顔のツヴァイ=ルティムも含まれていた。


「どうも、お疲れ様です。こちらも客人の立場なのに、団長のラダジッドを独占してしまって申し訳ありません」


「何を堅苦しいことを言っておるのだ! それが望ましくない話であるのなら、アスタたちが祝宴に招かれることもなかろうよ!」


 果実酒の土瓶を振り上げながら、ダン=ルティムは呵々大笑する。ダン=ルティムは先日のフォウの祝宴にも招かれていたが、あまり言葉を交わす機会はなく、竜神の民を相手にした力比べのさまばかりが印象に残されていた。


「《銀の壺》の面々も、好きに振る舞うがいい! 腰を落ち着ける気になったら、いつでも歓迎するぞ!」


「はい。ありがとうございます」と、ラダジッドたちは一礼する。

 ここでもまた、ルウの血族でも人それぞれという感慨を抱いているのかもしれない。ダン=ルティムはずいぶん社交的なタイプであったが、祝宴の場ではおおよそ敷物に腰を据えて、ひたすら待ちの態勢を取る流儀であったのだった。


「ガズラン=ルティム、行動、別ですか?」


「うむ? ガズランは、ティカトラスのもとに参じたはずだな! しかし、案内役はララ=ルウたちが受け持って、すぐさまラウ=レイたちも呼び出されるだろうから、自分が割り込む隙があるかどうかを探るなどと抜かしておったぞ! 祝宴だというのに、いちいち頭を巡らせんと気がすまんようだな!」


 それを自慢するかのように、ダン=ルティムは分厚い胸をそらしている。

 ラダジッドは目を細めつつ「そうですか」と応じた。これでまた、人それぞれのレパートリーが追加されたことだろう。


(そりゃあ百人の人間がいたら、百通りの考えが存在するはずだからな)


 きっとドンダ=ルウはジバ婆さんと同じ敷物に腰を落ち着けているのだろうし、ジザ=ルウはひそかに客人の動向をうかがっているのだろう。ダルム=ルウあたりは、さっそく伴侶や我が子のもとに向かっているのかもしれないし――どのように祝宴を楽しむかは、人それぞれであった。


(何にせよ、祝宴で言葉を交わせる相手はごく限られちゃうからな。同じ場で同じ喜びを分かち合うのが重要なんだろう)


 そんな中、俺はシュミラル=リリンやラダジッドたちと行動をともにすることが許されている。それがどれだけ恵まれた話であるかを噛みしめながら、俺は祝宴の熱気に身をゆだねることにした。

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