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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1622/1698

エピローグ ~告白~

2025.5/5 更新分 2/2

・今回は二話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

 商品のお披露目会が終了した後は、そのまま力比べの余興になだれこむことになった。

 竜神の民たちと一部の森辺の狩人たちは、この時間を心待ちにしていたのだ。アイ=ファも真っ先に引っ張り出されてしまったため、俺は敷物に腰を落ち着けてその勇姿を見守ることにした。


 同じ敷物には、リミ=ルウやヤミル=レイやツヴァイ=ルティム、それにギーズやドゥルクも座している。ドゥルクはティカトラスが贈った品によって心を乱されてしまったため、しばし休息の時間が必要であったのだ。


 そんなティカトラスを筆頭とする貴族たちは、少し離れた敷物で力比べの余興を楽しんでいる。次なる交流の時間が始められる前に、仲間内で意見交換しているのだろうか。メルフリードやポルアースやフェルメスたちも、みんなそちらの敷物に座していた。


「竜神の民って、やっぱりすごいねー! さっきは、ルドが負けるかと思っちゃった!」


「うん。竜神の民に負けないルド=ルウやアイ=ファは、もっとすごいよね」


 アイ=ファやルド=ルウは袋剣をもちいた剣技の勝負で、バルファロに勝利することができた。

 また、ディック=ドムやダン=ルティムは素手の闘技で、バルファロに勝利している。今のところ、バルファロに勝利できたのはその四名のみであった。


 その他の狩人たちは、バルファロ以外の相手にいい勝負を見せている。ラウ=レイやラヴィッツの長兄も、バルファロ以外の相手には全勝であるようだ。

 そして、勇者ならぬ身であるガズの長兄やヴェラの家長などは、勝ったり負けたりだ。バルファロやマドには勝てなくとも、それ以外の三名とは実力が拮抗しているようであった。


(リャダ・ルウ=シンは、森辺の勇者じゃないとかなわないっていう見立てだったけど……他の氏族も、着実に力を上げてるってことだよな)


 リャダ・ルウ=シンはすでに狩人ならぬ身であるためか、ルウの祝宴にしか参席の機会がない。よって、小さき氏族の狩人たちの成長具合は、なかなか目にする機会がないのだ。俺が見たところ、勇者クラスでない狩人も、十分に健闘できていた。


「俺から見りゃあ、竜神の民も森辺のみなさんも、同じぐらいの化け物でさあ」


 と、ギーズが俺のほうに鼻面を寄せてきた。


「こんな非力な身で竜神の王国に乗り込むってのは、不安が尽きねえところでやすが……アスタの旦那も、剣の心得なんざはありゃしねえんでしょう?」


「ええ。俺の取り柄は、調理だけです」


「立派なもんでやすねえ。俺もアスタの旦那を見習って、せいぜい励むといたしやしょう」


 そう言って、ギーズは酒杯を傾けた。

 商売の話が一段落したので、彼もようやく息をつけたのだろうか。そのネズミに似た顔は、常になく安らいでいるように感じられた。


「おっ、マドのやつが、また負けちまいましたね。あれも、名のある狩人さんなんで?」


「ええ。あれは、スンの家長ですね。あのお人も、五氏族合同の収穫祭で闘技の勇者になっていました」


 クルア=スンの父たる家長も、本日の参席者であったのだ。

 マドに勝利するとは、さすがの手腕である。俺がそれを誇らしく思っていると、ギーズが「へえ」と神妙な声をあげた。


「あれが、スンの家長さんでやすかい。でも、スンの本家ってのはお取り潰しになったんでやしょう?」


「あ、はい。あのお方は分家の中から、新しい本家の家長に選ばれたんです」


 この場にはヤミル=レイとツヴァイ=ルティムが控えているため、俺も神妙な心持ちになってしまう。

 するとギーズは「ほうほう」と言いつのった。


「かえすがえすも、スン家の澱みは本家だけにわだかまってたってことでやすねぇ。そいつが浄化されたってんなら、何よりのこって」


「……ええ、そうですね」


「で、もとの本家のみなさんは、息災にやってるんで? 罪を背負った家長さんと、魂を返したお二人の他は、みんな余所の氏族に移されたって話なんでやしょう?」


「……ええ。誰もが心を入れ替えて、立派な森辺の民として過ごしています」


 すると、宴衣装の姿で仏頂面をさらしていたツヴァイ=ルティムが「あのサ」と声をあげた。


「そんな話を聞かされたって、こっちは挨拶に困っちまうヨ。まるで盗み聞きでもしてるような気分じゃないのサ」


「ごめんごめん。そんなつもりは、なかったんだけどね」


 俺がそのように答えると、ギーズはきょとんと目を丸くした。


「そいつは、なんの話でやすか? 俺が何か、失礼な言葉でも吐いちまいやしたかねぇ?」


「いえ、決してそういうわけではなく……こちらのお二人は、もともとスン本家の家人だったのですよ」


 ギーズは「えっ」と固まってしまった。

 ツヴァイ=ルティムはとげのある眼差しで、ヤミル=レイは探るような眼差しで、それぞれギーズの姿を見返している。そして、ヤミル=レイのほうがゆっくりと口を開いた。


「あなたはダームという地で暮らしていた頃から、スン家の悪評を耳にしていたそうね。わたしたちの悪行は、そんなに西の王都で鳴り響いていたのかしら?」


「あ、いえ、決してそういうわけじゃありゃしませんが……そうですかい、お二人がスン本家のご家族で……」


 ギーズは二人の姿をまじまじと見比べながら、ふいに立派な前歯を剥き出しにして笑った。


「言われてみりゃあ、納得でさあ。じゃ、あんたさんが長姉で、あんたさんが末妹ってこってすねぇ」


「……わたしの存在は傀儡の劇で語られているけれど、ツヴァイ=ルティムは傀儡すら作られていないはずよ。それでどうして、察しをつけることができるのかしら?」


 ヤミル=レイの切れ長の目が、ひさびさに毒蛇のごとき眼光を放つ。

 ギーズは「へへ」と笑いながら首をすくめた。


「おっかねえおっかねえ。さすが、あのザッツ=スンていう化け物みてえなお人に、次期の族長と見込まれていたお方でやすねぇ」


「そんな話は、傀儡の劇でも語られていなかったはずよ。いい加減に、あなたが隠していることを白状してもらえないかしら?」


「なんにも隠しちゃいませんや。俺は、あんたがたに出会えるときを心待ちにしてたんでさあね」


 そのように語りながら、ギーズはおもむろに右の袖をまくった。

 貧相な小男かと思いきや、意外に逞しい腕をしている。そして、黄褐色をしたその上腕から前腕にかけて、白くまだらになっていた。


「かがり火の明かりでも、見えやすかい? こいつは、罪人の刻印を消された痕でさあ」


「罪人の刻印? それじゃあ、あなたは――」


「へい。恥ずかしながら、俺は苦役の刑を科されておりやした。その刑場で、あんたがたのおっとさんと……ズーロ=スンの旦那と巡りあうことになったんでやすよ」


 俺は愕然と、言葉を失うことになった。

 ヤミル=レイとツヴァイ=ルティムも、それは同様である。にこにこ笑っていたリミ=ルウも、きょとんと目を見開いていた。


「しかも、ただ巡りあっただけじゃござんせん。俺は旦那に、生命を救われたんでやすよ。二年ほど前の地震いで、俺らが働いていた坑道が崩落して……それで、でっけえ岩の下敷きになった俺を、ズーロ=スンの旦那が生命がけで助けてくれたんでさあ」


「そんな……本当に? どうして今まで、そんな話を黙っていたんですか?」


 俺が思わず詰め寄ると、ズーロは袖をおろしながら「へへ」と笑った。


「そいつは森辺でズーロ=スンの旦那がどんな扱いなのか、わかりゃしなかったためでやすねぇ。どんな大罪人でも、俺にとってのズーロ=スンの旦那は生命の恩人なんでさあ。俺はこうして背中がひん曲がっちまいやしたが、ズーロ=スンの旦那がいなかったら魂を返していたところなんでやすよ」


 確かにズーロ=スンは刑場が『アムスホルンの寝返り』に見舞われた際、数多くの看守や罪人を救助したという話であったのだ。そのせいで、自分自身も生命を失いかけるほどの重傷を負ったのだった。


「だから俺は旦那のご家族を探し当てて、こっそりお礼を言うつもりだったんでやすが……こうなっちまったら、是非もありやせん。アスタの旦那はズーロ=スンの旦那に恨み言を吐くような人間じゃねえって、信じることにいたしやしょう」


「も、もちろんです。俺は、ズーロ=スンを恨んだりはしていません」


「そいつは、何よりのこってす」と、ギーズは目もとに皺を寄せて微笑んだ。

 これまで彼が見せたことのない、子供のような笑みである。それは竜神の民に負けないぐらい、屈託のない笑顔であった。


「俺はもともとズーロ=スンの旦那と同じ牢屋だったんでやすが、最初の頃はなかなか話をしてくれやしませんでした。それでも執念深く聞きほじっていたら、ようやくぽつぽつと口を開くようになって……それで、あんたがたのことを知ることができたんでやすよ」


「……ズーロ=スンが、わたしたちのことを語ったというの?」


「ええ。大した話は、聞けやしませんでしたがね。上の姉貴はびっくりするぐらいの切れ者で、次期の族長と見なされていた。末の娘は金勘定にばかり熱心だが、性根は優しいやつだった。ってな具合でね。そんな話をするときは、どこにでもいそうな親馬鹿の顔になってたもんでさあ」


 俺は、胸が詰まる思いであったが――ヤミル=レイたちは、その比でなかっただろう。俺などはズーロ=スンと何回か顔をあわせただけの間柄であるが、彼女たちにとっては実の父親であるのだ。たとえ血の縁を絶たれようとも、その事実は永久に動かないのだった。


「旦那は何より、ご家族の身を案じておりやしたよ。とりわけ、性根の据わってない息子さんたちを案じてたようでやすが……そちらのみなさんも、ご息災で?」


「はい。みんなそれぞれの家で、立派に狩人としての仕事を果たしています」


「そいつは、よかった。やっぱり立派なお人には、立派なお子が生まれるもんでやすねぇ」


「何が……何が立派だってのサ? 立派じゃないから、アタシたちは大罪人に成り果てたんだヨ」


 ツヴァイ=ルティムが文句をつけたが、その声はわずかに震えている。

 ギーズはとても優しい眼差しで、そちらを見返した。


「どんなに立派なお人でも、道を間違えることはありまさあね。肝要なのは、その後のこってしょう? あんたさんもルウ家の代表に選ばれて、立派に商売の話を担ってたじゃねえですか。あんたさんが噂の末っ子だっただなんて、俺は夢さら思っちゃいませんでしたよ」


「…………」


「ズーロ=スンの旦那も、ご同様でさあ。旦那に救われた人間は、十人じゃききやしませんからねぇ。それで自分は一年がかりの深手を負っちまったってんだから、言葉も出ませんや。それで俺なんざはお礼を言うこともできないまんま刑場をおん出されることになっちまったんで、ずっと心残りだったんでやすよ」


 そんな風に語りながら、ギーズはドゥルクのほうを振り返った。


「で、刑場をおん出された俺は、ダームの港町で親分がたと出会うことになって……あとは、ご存じの通りでさあ」


「……ドゥルクたちも、ズーロ=スンのことをご存じだったんですか?」


「いえいえ。ただ、刑場で森辺のお人に生命を救われたって話をしたぐらいでやすねぇ」


 すると、仲間たちの力比べを見守っていたドゥルクがこちらを振り返り、白い歯をこぼした。


「どうちゅう、もりべのたみ、うわさ、たくさんでした。ギーズ、はなし、あったので、いっそう、きょうみ、もちました」


「そんなわけで、ジェノスを目指すことになったんでさあ。こいつはもう、西方神やらモルガの森やらのお導きだとしか思えないところでやしょう? 人生、どう転ぶかわからねえもんでやすねぇ」


 ギーズは居住まいを正して、ヤミル=レイとツヴァイ=ルティムと向き合った。


「俺はあと十ヶ月で竜神の王国に向かう身ですし、ズーロ=スンの旦那にはまだ何年も刑期が残されてるんで、生きてお会いする機会はもうねえでしょう。だから、ご家族のみなさんにお礼を言わせてくだせえ。本当に、ありがとうございやした」


「……わたしたちは血の縁を絶たれているのだから、何も礼など言われる筋合いはないわよ」


「ええ。こいつは俺の、自己満足でさあ。でも、ズーロ=スンの旦那もいつかは森辺に帰ってくるんです。そのときに、俺みたいなチンケな男のことをちっとでも思い出してもらえたら、嬉しいこってすねぇ」


「……一年がかりの深手を負って、残り何年もの苦役をやりとげられるのかしら」


「ズーロ=スンの旦那なら、やり遂げまさあね。こんな俺でさえ、十年の苦役をやり遂げたんですからねぇ」


 ヤミル=レイはシニカルな態度を取り戻して、妖艶に微笑んだ。


「あなたはズーロ=スンと同じだけの罰を科されたというの? いったいどれだけの大罪を働いたのよ?」


「へへ。貴族様の屋敷に盗みに入って、そちらの家族さんをうっかり傷つけちまったんでさあ。生命までは奪っちゃおりやせんが、貴族様を傷つけちまったのが運のつきでさあね」


 悪びれる様子もなく、ギーズはそう言った。

 しかし彼は死罪よりも重いとされる苦役の刑を十年もやりとげて、再び俗世に戻ってきたのだ。その終わり際に、同じだけの刑を科されていたズーロ=スンに生命を救われたというのは――本当に、何らかの運命を感じてやまなかった。


「森辺のみなさんと商売ができて、俺は感無量でやすよ。どうぞ明日からも、よろしくお願いしまさあ」


 そう言って、ギーズは会話を締めくくろうとした。

 すると、ヤミル=レイは妖艶な流し目で、ツヴァイ=ルティムはきゅっと唇を噛みながら、俺のほうを盗み見てくる。

 彼女たちは、口にすることのできない望みを抱えているのだ。そうと察した俺は、あらためてギーズに呼びかけた。


「ギーズ、ぶしつけなお願いかもしれませんが……みなさんがジェノスを出立する前に、また森辺にお招きさせていただけませんか?」


「へい? 森辺にお招きされるのは光栄の限りでやすが、いったいどういったご用向きで?」


「かつてスン本家の家人だった三人の男衆は、それぞれシンの家とドムの家で暮らしているんです。その三人にも、ズーロ=スンの話を聞かせてくれませんか?」


 ギーズは小さな目をぱちくりとさせたのち、また幼子のように微笑んだ。

 ひそかに胸を詰まらせながら、俺も笑顔を返してみせる。その脳裏には、ズーロ=スンのだらしなくたるんだ顔がまざまざと浮かびあがっていた。


 一年がかりの深手を負ったズーロ=スンも、今はまた刑場で働かされていることだろう。大神の寝返りに見舞われてから、あとひと月ていどで二年に達するのである。

 それでもズーロ=スンの刑期は、まだ七年以上も残されている。

 だが――家族と引き離されることで人間らしい心を取り戻したズーロ=スンならば、きっとすべての苦難を乗り越えて戻ってくるはずであった。


(ズーロ=スンが戻ってきたとき、俺やアイ=ファはもう二十七歳か)


 そんな想念を胸に抱きながら、俺は力比べの場に向きなおった。

 アイ=ファは再び、バルファロと向かい合っている。今度は、闘技で対決するようだ。


(アイ=ファにも、早く伝えてあげたいな。それに、ミダ・ルウ=シンたちも……ミダ・ルウ=シンは、また泣いちゃうかな)


 俺の感慨など知らぬげに、祝宴の場は大変な熱気にわきかえっている。

 それを心地好く感じながら、俺はアイ=ファの勇姿を見守ることにした

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― 新着の感想 ―
可能性として思っていたがやはり。 これは刑期が終わった後の話が楽しみだ(そこまで時間経過あるかどうかだが)
石の下敷きになったってとこからやはりなとは思いましたが、いざこの話が出ると泣けますね。 ギーズが道を違えることはきっと二度とないであろうことだけは確信できました。
ギーズがズーロになってるとこがありますね
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