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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1621/1695

親睦の祝宴④~異国の宝~

2025.5/5 更新分 1/2

 祝宴のさなかであった広場の片隅に、大変な人垣ができあがっている。

 もともとそちらのスペースでは、《青き翼》の荷車と四頭のリュウバたちが保管されていたのだ。鉄灰色の鱗に包まれたリュウバたちはまだ眠る刻限でないらしく、人垣の上から鉄の兜を思わせる頭部をひょこりと覗かせて、目のない顔で周囲を見回していた。


 ここまで行動をともにしていたマドたちは人垣をかきわけて荷車のほうに向かっていったが、俺やアイ=ファは大人しく後方から様子をうかがっている。

 するとそこに、ダリ=サウティの声が響きわたった。


「アイ=ファとアスタは、いるだろうか? よければ、こちらまで来てもらいたい!」


 俺はアイ=ファと顔を見合わせてから、ダリ=サウティの言葉に従った。

 もとよりリミ=ルウはアイ=ファの腕を抱きしめていたので、ルド=ルウも後をついてくる。そうして四人で人垣を抜けると、荷車の手前のスペースには各界の要人が寄り集まっていた。


《青き翼》のメンバーは全員集合しており、森辺の民はダリ=サウティ、バードゥ=フォウ、ガズラン=ルティム、ツヴァイ=ルティム、ジザ=ルウ、ララ=ルウ、ラウ=レイ、ヤミル=レイ、貴族はメルフリード、ポルアース、メリム、フェルメス、ジェムド、ティカトラス、ヴィケッツォ、デギオンといった顔ぶれだ。もともとドゥルクと同じ敷物に陣取っていたメンバーに、ティカトラスと行動をともにしていたメンバーが合流した格好であった。


「おお、来たか。森辺でもっとも豊かであるのはルウとファの家であるので、とくと検分してもらいたいという申し出であったのだ」


 ダリ=サウティの説明に、アイ=ファは納得した様子で「そうか」と応じる。


「しかし、より多くの富を有しているからこそ、我々は森辺における規範とならねばならんだろう。軽々に銅貨をつかう気はないということを、あらかじめわきまえてもらいたい」


 すると、したり顔のギーズが「ええ、ええ」とうなずいた。


「森辺のみなさんは、つつましさで知られてるようでやすからねぇ。誰であっても無理に銅貨をつかう理由はありゃしませんので、話のタネとでも思って楽しんでもらえたら幸いでさあ」


 そのように語るギーズのもとに、マドたちが荷台から大きな木箱を運び込んできた。

 角の部分が金属で補強されており、蓋には鍵穴があいている。古びているが、宝箱と称していいような立派な造りだ。にこにこと笑うドゥルクの手によって、その鍵が開かれた。


「こいつに詰め込まれているのは、みんな竜神の王国から運び込まれた商品でございやす。ここまでの道中でも多少ばかりは売りさばくことができやしたが、どうしても値が張るもんで、まだ半分以上は残されてるんでさあ」


 そのように語る間に、第二第三の木箱が運びこまれる。そして、箱に収まりきらない長物は立派な織物に包み込まれて、団員たちが大事そうに抱え込んでいた。


「それじゃあ、ひとつずつ紹介させていただきやすが……まずは、そっちの品からでやすねぇ」


 と、ギーズはかたわらのバルファロを振り仰ぐ。

 誰よりも大きな図体をしたバルファロは、その分厚い胸もとに奇妙なものをぶら下げていた。玉虫色に照り輝く、巨大な法螺貝のごとき品である。


「さきほどお騒がせしたのは、このメィルワ貝の笛でさあ」


「笛? その馬鹿でっけーのが、笛なのかよ?」


 ルド=ルウがうろんげに問い返すと、ギーズはバルファロに目配せを送る。

 バルファロはごつい指先で大きな貝を持ち上げると、口金をくわえこんだ。


 先刻と同様に怪獣のうなり声めいた音が、夜の集落に高々と響きわたる。

 その迫力に、人垣の人々が感心したようにどよめいた。


「とまあ、こんな具合でさあね。赤ん坊の眠りを妨げねえように、これでも加減して吹いてるんでやすよ」


「へーえ。でも、そこまで音が馬鹿でけーと、使い勝手が悪そうだなー。それにさっきから、おんなじ音しか出てねーんじゃねーの?」


「ええ、ええ。こいつは曲を奏でる楽器じゃなく、ひたすらでけえ音を鳴らすための品なんでやすよ。笛ってよりは、太鼓と同じように使われてまさあね」


「なるほど」と反応したのは、メルフリードである。


「確かにその品は、太鼓にも負けないぐらい遠方にまで音を届けることがかなうようだ。なおかつ、太鼓とは比較にならないほど小ぶりであるので、持ち運びにも利便があるのであろうな」


「仰る通り。竜神の王国では、戦で重宝されてるそうでやすよ。そら、アムスホルンでも戦なんかでは、太鼓で命令を伝えたりするでやしょう? 戦場では持ち運びの簡単さってのが、いっそう重宝されるんでしょうねぇ」


「そうか。しかし、ジェノスは戦とも無縁であるし……その品は、明らかに工芸品としての価値が先に立っているのであろうな」


「これまた、仰る通り。なんせ、宝石のように美しくて頑丈なメィルワ貝の大物でやすからねぇ。お代は、白銅貨七十枚となりやす」


 そこでもまた、大きなどよめきがわきおこる。

 白銅貨七十枚といえば、俺の感覚では十四万円という価格であり、猟犬一頭よりも高額であるのだ。活用の場もない工芸品にそれだけの銅貨を出す人間が、森辺に存在するわけはなかった。


「まあ、こいつはほんの小手調べでさあ。まずは、ひと通りご覧いただきやしょう」


 ギーズはおごそかな手つきで木箱を開くと、そこから美しい織物の包みを取り出した。

 それが開かれると、またあちこちからどよめきがわきおこる。このたびは、おおよそ女衆が反応したようであった。


「こいつは、金の飾り物でさあ。これこそ、四大王国ではお目にかかることのないお宝でさあね」


 ギーズが言う通り、それは黄金色に輝く飾り物であった。

 おそらくは、首飾りの類いだろう。燃えあがる翼を連ねたようなデザインで、数メートルの距離を置いても彫刻の精緻さが察せられる。かがり火に照らし出されるその美しさは、息を呑むほどであった。


 そしてさらに、同様の品が次々にお披露目される。腕輪に髪飾りに耳飾りに指輪と、すべてが金の装飾具だ。それらをすべて身に纏ったならば、どれだけ豪奢な姿になるかも想像がつかなかった。


 貴族と森辺の民の区別もなく、若い女性の過半数はうっとりとした眼差しになっている。

 そんな中、ラウ=レイが疑問を呈した。


「確かに見事な飾り物だが、金とは何だ? 金というのは、色の名前であろう?」


「ええ、ええ。この大陸でも三年にいっぺん、金の月ってもんがやってきやすねぇ。それでもって、金の月は銀の月の次にあてがわれてるでしょう? 金も銀と同様に、もともとは貴金属の名前なんでさあね」


「ふむ。銀飾りというものは城下町で目にするようになったが、金飾りというのは聞いた覚えもないな」


「それもそのはずで、大陸アムスホルンでは金がほとんど採れねえんでやすよ。それが理由で、閏月に選ばれたのかもしれやせんねぇ」


 にまにまと笑いながら、ギーズはそのように言いつのった。


「そんなわけで、大陸アムスホルンには金の売り値ってもんが存在いたしやせん。売り買いされるほどの量がねえんだから、しかたねえこってすね。だから、これらの品は竜神の王国の売り値がそのまま持ち込まれたわけでやすが……いまだに、買い手がつかねえんでさあ」


「ふん。それだけ立派な飾り物なら、さぞかし値が張るのであろうしな」


「へい。この一番ちっこい指輪でも、銀貨二枚の値になりやすねぇ」


 今度のどよめきは、これまでの比ではなかった。銀貨は白銅貨百枚の価値であり、それが二枚であれば四十万円という価格であるのだ。これこそ、森辺の民に手の出る値段ではなかった。


(だけどまあ、ここの銀貨は不純物が多そうだし……その銀貨が二枚で金の指輪ひとつってことは……俺の感覚的には、ぼったくりって感じでもないのかな)


 俺がそのように考えていると、ずっとうずうずしていたティカトラスがこらえかねたように声を張り上げた。


「それだけ立派な品であるならば、まとめて買いあげたいところだけれどね! ただ……デルシェア姫は、如何でしょうかな?」


 ティカトラスの呼びかけに応じて、三名の武官に警護されたデルシェア姫が進み出た。

 そのエメラルドグリーンの瞳はどこか神妙な輝きをたたえて、ギーズの手の品を見つめている。その白い面にも、王家の人間らしい厳粛さがわずかに見え隠れしていた。


「ジャガルにおいては、金が至高の存在とされているのでしょう? 王家の方々の飾り物も、銅を加工して金色に仕上げているぐらいでありますからね!」


 そこでラウ=レイが、「おお」と手を打った。


「そういえば、デルシェアやダカルマスは黄色く光る飾り物をさげていたな。あれが、金色であったのか」


「そう! ジャガルを象徴するのは黄色だけれども、それも金色が転じた結果なのだろうね!」


 ティカトラスはにこにこと笑いながら、デルシェア姫に向きなおった。


「如何でしょう? これこそ、ジャガルの王家に相応しい品なのでは?」


「そうですね……でも、父様の許しもなくそれだけの銀貨をつかうことは許されませんし……わたしがジェノスに持ち込んだ銀貨だけでは、すべての品を買い求めることもかなわないでしょう」


 そう言って、デルシェア姫もにこりと微笑んだ。


「ですから、わたしがこの場で名乗りをあげることは許されません。ティカトラス様は、ご遠慮なくどうぞ」


「いやぁ、ジャガルの姫君を差し置いて、金の装飾具を買いあさる気にはなれません! そこで、ひとつうかがいたいのだけれども……この先も、金の装飾具をアムスホルンに持ち込む予定はあるのかな?」


 ティカトラスに笑顔を向けられたギーズは、「へへ」と笑ってドゥルクのほうを見た。


「ドゥルクの親分に確認しますんで、ちょいとお待ちを」


 そうしてギーズが語りかけている間、ドゥルクはどこか取りすました面持ちである。ティカトラスに対する心情はどのような形に落ち着いたのか、傍目にはまったくうかがい知れなかった。


「なるほどなるほど。……お待たせいたしやした。十ヶ月も先の話なんで確約はできやしませんが、今回の行商で買い手がつくようなら、この先も金の装飾具を売りに出してえそうでやすよ」


「そうかそうか! であれば、今回の品はわたしが買いつけて、ジャガルの方々に次の機会を準備させていただくというのが妥当かな!」


「いえ、ですが、ジャガルには竜神の王国の方々と交易するすべもありませんし……」


「そこはダームに根を張るわたしが、取り次ぎましょう! かつてはミソの件でお世話になりましたし、何もご遠慮する必要はありません!」


 ティカトラスは以前に大量のミソを買いつけて、南の王都に運んでもらったのだ。そして、自分の商船を南の王都に向かわせて、ダームに持ち帰らせたのだという話であった。


「十ヶ月も先であれば、デルシェア姫も南の王都に戻っておられるでしょうからね!  それでダカルマス殿下を説き伏せて、銀貨を準備していただけばよろしいでしょう!」


「……ありがとうございます。ティカトラス様のご厚意に、心からの感謝を捧げさせていただきますわ」


 そのように応じるデルシェア姫は、やはり神妙な眼差しである。ただ美しい飾り物に魅了されたわけではなく、王家の人間として何らかの感慨を抱いているのだろう。それを察したティカトラスが、あれこれ気を回したのだろうと思われた。


「……それじゃあティカトラス様が、これらの品をまとめて買いあげてくださるんで?」


 ギーズがすくいあげるような眼差しを向けると、ティカトラスはまたにっこりと笑った。


「さっきはああ言ったけど、それほど立派な品であればしっかり吟味させてもらわないとね! 後日、じっくり拝見させていただこうかな!」


「承知しやした。こいつは親分がたにとってもとっておきの品なんで、どうぞお気の済むまで吟味してくだせえ」


 ということで、金の飾り物の一式は大切に仕舞いこまれた。


「さあて、お次は……ちょいと気分を変えて、こっちのこいつにしましょうか」


 ギーズに目配せを受けて、マドが進み出る。彼が抱えていたのはあまり飾り気のない包みで、一メートル以上の長さがあった。


「こいつは装飾品や工芸品じゃなく、実用品でさあ。森辺の狩人のみなさんに、如何でしょう?」


 マドが包みをほどくと、その中から現れたのは立派な大刀である。

 鞘は革製で、鍔や柄には立派な彫刻が施されているものの、確かに実用品のようだ。これまで他人顔で眺めていた狩人たちが、わずかばかりに身を乗り出した。


「刀か。しかし俺たちも、刀には不自由しておらんぞ」


「ええ、ええ。だけどこいつは竜神の王国においても、特別な仕立てだそうでさあ。……アイ=ファの姐さん、ひとつ使い心地を確かめてくれやせんか?」


「私が?」と、アイ=ファはけげんそうに首を傾げる。

「ええ、ええ」と応じるギーズは、どこか悪戯小僧のような眼差しになっていた。


「俺じゃなくって、親分がたのご希望でさあね」


 確かに竜神の民たちは、誰もが期待の眼差しになっていた。

 アイ=ファはそれらの表情を確認してから、「よかろう」と進み出る。


「値の張る刀など、買いつける気にはなれんがな。それでもよければ、私が検分させていただこう」


「ええ、ええ。どうぞよろしくお願いいたしやす」


 幼子のように笑うマドが、刀の柄をアイ=ファに差し出す。

 それをつかんだアイ=ファは、一瞬だけうろんげに眉をひそめた。


 そしてアイ=ファが刀を引き抜くと、冴えざえとした輝きが生まれ出る。その美しさに、また多くの人々がどよめいた。


 刃渡りはおよそ一・二メートル、身幅はおよそ十センチ――アイ=ファが普段使用している刀よりも、五割増しで長いようだ。

 そしてその刀身は、黒々と照り輝いている。刃の部分は白銀であるが、峰は日本刀のような色合いであるのだ。その黒と銀の対比が、とてつもなく美しかった。


「これは……奇妙な刀だな」


 アイ=ファは人気のない奥のほうに歩を進めると、その刀を一閃させた。

 白銀のきらめきが虚空を斬り裂き、また人々にどよめきをあげさせる。そして今回、もっともどよめいているのは竜神の民たちであった。


 さらにアイ=ファが演舞のような流麗さで刀を振るうと、竜神の民たちはいっそう騒ぎたてる。

 ドゥルクやマドはきらきらと瞳を輝かせており、バルファロは驚嘆に目を見開いていた。


「なんかこいつらは、ずいぶん感心してるみてーだなー。その刀の、何が奇妙だってんだ?」


 ルド=ルウが問いかけると、アイ=ファは左手で差し招いた。


「この刀は、異様に重いのだ。ルド=ルウも、試してみるがいい」


「ふーん? ま、俺たちが扱うには、ちっとばっかりでけーよなー」


 そうしてアイ=ファから刀を受け取ると、ルド=ルウは「お?」と目を丸くした。

 そしてアイ=ファと同じように、ひゅんひゅんと刀を振り回す。その姿に、竜神の民たちは感嘆の声をあげた。


「森辺のみなさんは、さすがの腕力でやすねぇ。俺なんざ、そんな刀は持ち上げるだけで精一杯でさあ」


「そいつは大げさな物言いだけど、重てーことは確かだなー。普通の刀の倍ぐらいあるんじゃねーの?」


「ええ、ええ。そいつは竜骨とかいう特別な鉱石で打たれた業物でやして、岩を打っても刃こぼれひとつしねえそうでやすよ」


「へーえ。でも、ここまで重いと使い勝手が悪いよなー」


「そうでやすかい? アイ=ファの姐さんもルド=ルウの旦那も、見事に使いこなしてるように見えますがねぇ」


「全然だよ。これじゃー、ギバの素早さに追いつけねーなー」


 すると、好奇心を剥き出しにしたラウ=レイも進み出た。


「では、俺も試してみよう! 腕力は、俺のほうが上だからな!」


 ラウ=レイも細身の部類であるが、その体格としては規格外の怪力であるのだ。

 そんなラウ=レイはアイ=ファたちを上回る勢いで刀を振り回してから、「ほうほう!」と声を張り上げた。


「確かにこいつは、馬鹿のように重たいな! これだけ重くて頑丈でもあるならば、ギバの首を叩き落とすこともできるかもしれんぞ!」


「へへえ。お気に召しやしたかい?」


「いや、気に入らん! ギバの首を叩き落としたら、血抜きも上手くいかんだろうからな!」


 世にも満足げな笑顔で、ラウ=レイはそのように言い放った。


「かといって、こんなに重くては加減もきかん! こんな重たい刀を自由に扱えるのは、ディック=ドムぐらいのものであろう!」


「あー、ディック=ドムなら、まともに扱えるかもなー」


 ということで、周囲の狩人たちに背中を押される格好で、ディック=ドムも進み出てきた。

 そうしてディック=ドムが刀を取ると、感心したようなざわめきがわきおこる。刀身だけで一・二メートルもある刀は、ディック=ドムぐらい立派な体格をした人間にこそ相応しいようだ。


 そして、ディック=ドムが刀を振ると、俺の背筋が粟立った。

 アイ=ファたちの斬撃も物凄い迫力であったが、ディック=ドムは桁違いであったのだ。その風圧だけで木の葉ぐらいは寸断できそうなぐらい、ディック=ドムの斬撃は迫力に満ちみちていた。


「これは……確かに、立派な刀だな」


 重々しい声で言いながら、ディック=ドムは刀を眼前にかざした。


「これぐらい重いほうが、俺の手には馴染むようだ。……しかし、一本の刀にそこまでの銅貨をかけることは許されん」


「へえ。そいつの値段はメィルワの貝笛と同じく、白銅貨七十枚でやすねぇ」


「そうか。やはり、俺たちの手には余るな」


 ディック=ドムが刀をマドに返そうとすると、ゲオル=ザザが「待て待て」と人垣をかきわけて現れた。


「白銅貨七十枚ならば、俺たちが使っている刀の倍ていどの値ではないか。だったら、一考の余地があるのではないか?」


「なかろう。二本の刀を買える銅貨を、一本の刀に注ぎこむ理由はあるまい」


「しかしお前は、その刀が手に馴染むと言っていたではないか。それでお前がこれまで以上の収獲をあげれば、無駄にはならなかろうよ」


 そう言って、ゲオル=ザザは毛皮のかぶりものの下でにやりと笑った。


「だいたい、お前は怪力すぎて、しょっちゅう刀を折っているではないか。それでかつては狩りのさなかに刀を失い、拳でギバを殴りつけることになったのであろう? お前の生命を守るためにも、頑丈な刀は有用ということだ」


「いや、しかし――」


「ああ、わかったわかった。あとの判断は、親父に任せよう。慌てなくとも、そんな刀が早々に売れるとは思えんからな」


 ゲオル=ザザは同じ表情のまま、ギーズのほうを振り返った。


「ということで、俺たちはこの話を集落に持ち帰らせていただく。明日か明後日には、返事をすることができよう」


「承知しやした。森辺の方々に自慢の刀を買っていただくことができたら、親分がたも大満足でさあ」


 そう言って、ギーズは竜神の民たちを見回した。


「ただそれ以上に、そっちの旦那と力比べをしてえってうずうずし始めちまったようでやすねぇ。その前に、商売の話を進めさせてもらいまさあ」


 その後も、矢継ぎ早に竜神の王国の品がお披露目されていった。

 そのおおよそは、やはり装飾品の類いである。かさばらずに高値がつく品といったら、やはり装飾品が定番であるのだろう。宝石類に織物など、さまざまな品が女性陣を陶然とさせることになった。


「竜神の王国では、赤や青の生地に金や銀の糸で刺繍をするのが定番でやすねぇ。ティカトラス様の御召し物は、そういった品を模したものなんで?」


「うん! 竜神の民から買いつけた織物は、屋敷で保管しているよ! それを見本として、こういった装束を仕立てているわけだね!」


 やはりティカトラスの装束は、竜神の王国由来であったのだ。ドゥルクたちが纏っている装束も同じ系統の派手派手しさであったので、俺は心から納得することができた。


(となると……ギャムレイの装束なんかも、同系統だよな。やっぱり海辺の領地で、そういう品と出会うことになったのかな)


 時にはそんな想像を巡らせながら、俺も数々のお宝を拝見させていただいた。

『竜眼石』なる宝石などはなかなかの逸品であったし、価格もほどほどであったので、ジェノスの貴婦人がたばかりでなく森辺の女衆も心を動かされた様子である。もしかしたら彼女たちも、それぞれの家長たちにおねだりをすることになるのかもしれなかった。


 まあとりあえず、今日はお披露目の会であるため、実際の売買は行われない。すべての結果は、明日以降の話である。

 そうしてギーズは、ついに最後の木箱に手をかけた。


「それじゃあ最後は、とっておきの品でございやす。アスタの旦那も、とくと検分してくだせえ」


「え? 俺もですか?」


「ええ、ええ。最後のこいつは、食材なんでやすよ」


 そうして取り出されたのは、黒みがかった紫色の表皮に赤い筋が入った、不気味な外見の果実である。


「ああ……それは、竜の玉子(フェルノ=マルテ)ですね? 申し訳ありません。その品は、もうジェノスに流通しているんです」


「ええ? どうして竜神の王国の品が、ジェノスに?」


 ギーズは俺と出会って以降で、もっとも驚いた顔をしていた。


「東の王都との、交易の品ですね。たしか、ドゥラという海辺の領地から東の王都に送られた品であったかと思われます」


「シムですかい……いやぁ、シムの港町にまでこいつが出回ってるなんざ、驚きでさあ。北氷海を踏み越えて東玄海まで出向く商船は、そうそう存在しないって話なんでやすけどねえ」


 ギーズが異国の言葉でその旨を伝えると、ドゥルクもたいそう驚いていた。


「アスタ、よろこぶ、おもっていたので、ざんねんです」


 と、ドゥルクが本当に残念そうにしていたので、俺は「いえいえ」となだめることになった。


「そのお気遣いだけで、十分に嬉しいです。素晴らしい品々を、どうもありがとうございました」


 俺の気持ちが伝わったのか、ドゥルクもはにかむように笑ってくれた。

 そこに、ティカトラスの甲高い声が響きわたる。


「本当に、素晴らしい品々ばかりであったね! わたしはもう、すべての品を買い占めたいぐらいであったよ!」


 ドゥルクは笑みを消すと、取りすました顔でティカトラスのほうに向きなおり、異国の言葉で何か語った。


「そのお言葉はありがたい限りでやすが、おひとり様に買い占められちまうと、商品の素晴らしさが世に伝わりにくくなっちまいやす。今後の交易も前向きに考えさせていただきやすので、ちっとばっかり加減をお願いできやすかい?」


 ギーズがドゥルクの言葉を通訳すると、ティカトラスは無邪気に「うん!」とうなずいた。


「わたしとしても、ジェノスや森辺の面々を優先してもらいたく思うよ! そののちに、余った商品をじっくり吟味させていただくとしよう!」


「ありがとうございやす。まだしばらくはジェノスに留まることになるでしょうから、腰を据えて商売をさせていただきたいところでやすね」


「うんうん! それじゃあ次は、わたしの番だね!」


 と、ティカトラスは長羽織めいた装束の裾をぱたぱたとそよがせた。

 それが合図であったらしく、ティカトラスの背後にたたずんでいたデギオンが進み出る。その手には、一メートルもの長さを持つ筒が携えられていた。


「これを、ドゥルクに贈らせていただくよ! 友好の証として、受け取ってくれたまえ!」


 ドゥルクは存分に眉をひそめていたが、俺にはうっすらと見当がついた。

 そして、デギオンの手で筒の蓋が開かれて、その中身が開帳されると、俺の推測は的中した。


 それは一幅の、肖像画であったのだ。

 黒い塗料で仕上げられた、モノクロの絵画である。それは、黒い髪と瞳と肌をした美しい女性の肖像画であり――その正体は、聞くまでもなかった。


 ドゥルクは「おお……」とうめきながら、巨体を揺らす。

 そしてその海のように青い目から、また大粒の涙がこぼされた。


「五日間しか猶予がなかったので、簡素な仕上がりになってしまったけれどね。彼女の美しさは、過不足なく描けているはずだ」


 穏やかな声で言いながら、ティカトラスはやわらかく微笑んだ。


「わたしの屋敷にも、もちろん彼女の肖像画を飾っているよ。十ヶ月間の旅を終えたら、こちらの肖像画を君の故郷まで持ち帰ってくれたまえ」


 ドゥルクは返事をすることもできないまま、その場にくずおれてしまう。

 肖像画とそっくりの顔をしたヴィケッツォは、子供のように口もとを引き結びながらその姿を見下ろしていたが――その黒い瞳には、ティカトラスに負けないぐらい温かな光が灯されていた。

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― 新着の感想 ―
もともとディック=ドムにはベルセルクのガッツみたいな印象を抱いていましたが、大剣を持つとなるとさらに…!
竜の玉子しか食材なしか残念。
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