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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1620/1701

親睦の祝宴③~交流~

2025.5/4 更新分 1/1

・明日は2話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

「おかげさんで、ジャガルで商売をする目処も立ちそうでさあ。みなさんのご親切に、心から感謝を捧げさせてもらいやす」


 ギーズのそんな言葉とともに、俺たちはいったん解放されることになった。

 俺たちとは、俺とアイ=ファ、おやっさんとアルダスの四名である。先日の晩餐会と同じように、《青き翼》の他の面々も俺やアイ=ファとの交流を望んでいるので、どうかそちらの相手をしてほしいと願われたのだ。


 フェルメスはちょっぴり名残惜しそうな様子であったが、ガズラン=ルティムがあらかじめ同席していたのは幸いな話である。そして、俺たちの穴を埋めるように、ジザ=ルウとララ=ルウとツヴァイ=ルティムがやってきて敷物に腰を下ろすことになった。


 今日も商売がらみの話が多く出るだろうということで、ツヴァイ=ルティムはダリ=サウティから名指しで招かれることになったのだ。余所の氏族の祝宴に参ずる機会が少ないツヴァイ=ルティムは可愛らしい宴衣装の姿で、相変わらずのぶすっとした顔をさらしていた。


「やれやれ。やっぱり貴族様が真正面に居座ってると、ちっとばっかり肩が凝っちまうな。気を取り直して、祝宴を楽しませていただくか」


 敷物を離れるなり、アルダスが笑顔でそのように告げてくる。

 俺も笑顔で「そうですね」と応じた。


「ただ俺たちは、《青き翼》の方々の面倒を見てほしいと言い渡されてしまいました。お二人も、ご一緒していただけますか?」


「ま、今さらあいつらを避ける理由はねえさ。おやっさんは誰が一緒だろうと、アスタのそばにいたいだろうしな」


「やかましいわ」


 そんな言葉を交わしながら広場に繰り出すと、遠からぬ場所に鉄灰色の頭がにゅっと覗いている。ひときわ大きな体躯をした竜神の民は、このような人混みでも見分けるのに便利なことこの上なかった。


 それで俺たちが近づいていくと、小さな人影が「わーい!」と突撃してくる。これも母なる森のお導きか、マドたちを案内していた森辺の民にリミ=ルウも含まれていたのだ。


「アイ=ファも動けるようになったんだねー! 一緒に宴料理を食べよーよ!」


「うむ。バランたちにも、了承をもらえるだろうか?」


「はは。リミ=ルウにこんな笑顔を見せられたら、断れないさ」


 ということで、俺たちはその組と合流することになった。

 竜神の民はマドともう一名で、リミ=ルウの付き添いはルド=ルウ、それにディック=ドムとモルン・ルティム=ドムも加わっている。本日はフォウとサウティの主催であるが、他なる族長筋もこうして力を添えているのだ。


「アスタ、アイ=ファ、おあい、こうえいです」


 と、マドは本日も熱っぽい笑顔で出迎えてくれる。森辺の祝宴の熱気にあてられて、これまで以上に頬を火照らせているようだ。


「どうも、お疲れ様です。森辺の祝宴は、如何ですか?」


「はい。みなさん、しんせつです。りょうり、びみです。わたし、しあわせです」


 西の言葉ではボキャブラリーが足りないようであるが、マドの熱意はひしひしと伝わってくる。そしてマドはさらなる熱意を込めて、かたわらのディック=ドムを振り返った。


「ディック=ドム、ちからくらべ、おねがいしました。のちほど、しょうぶです。わたし、たのしみです。アイ=ファ、ちからくらべ、おねがい、どうですか?」


「力比べか。そういえば、今日は袋剣も準備しているという話であったな」


 アイ=ファは、鷹揚にうなずいた。


「そちらが望むのであれば、受けてたとう。客人の要望には、なるべく添うべきであろうからな」


「ありがとうございます」と、マドはいっそう瞳を輝かせた。

 しかしまずは、腹ごしらえだ。あちらの敷物では会話が弾んで、俺たちもまだ献立の半分ていどしか味わっていないはずであった。


「俺はあの、バルファロってやつに挑んでみてーんだよなー。上手くやれば、勝てる気がするんだよなー」


「うむ。ルド=ルウとバルファロは、おおよそ五分の力量であろうな」


「ちぇーっ。アイ=ファやディック=ドムは、余裕って顔だなー。ま、お前らだったらバルファロに負けることもねーんだろうけどよー」


 簡易かまどを目指しながらそんな会話が繰り広げられると、アルダスが感心しきったように声をあげた。


「あんなでかぶつを相手に、大したもんだね。あらためて、ディック=ドムのほうが小さいってことにびっくりだよ」


 マドともう一名の団員も、ディック=ドムより十センチ以上は長身であるのだ。さらに体格も、ひと回り以上は大きいのだった。


「それがひとりやふたりならまだしも、六名全員なんだもんな。アイ=ファやルド=ルウが強いのは承知してるけど、あんなでかぶつと向かい合う姿を見ただけでぞっとしちまいそうだ」


「でけーやつは、たいてい強いからなー。こいつらは、見かけ倒しでもねーしさ」


 そんな言葉が交わされている間も、マドたちはにこにこと笑っている。アイ=ファやディック=ドムがバルファロよりも強いと言われても、まったく気分を害することはないようだ。彼らは強さを誇りにしているという話であったが、小さな見栄や体面とは無縁なようであった。


(これは、南の民に通ずる大らかさなのかな。《青き翼》だったら、ジャガルでもいい商売ができそうだ)


 そうして簡易かまどに到着すると、そちらではダダの長姉とドーンの末妹が配膳係を受け持っている。もちろんどちらも、華やかな宴衣装の姿であった。


「やあ、お疲れ様。これは、ジャガルのみなさんが喜びそうな料理だね」


「はい! ユン=スドラはそのために、こちらを今日の献立に選んだのだろうと思います!」


 まだ年若いドーンの末妹が、満面の笑みで告げてくる。このような祝宴を取り仕切る側に回されて、とても誇らしそうな様子であった。


 そんな彼女たちが担当していたのは、『ギバの角煮』のアレンジ料理である。おやっさんとアルダスも、すぐさま瞳を輝かせることになった。


「こんな料理もあったんだな! こいつは、楽しみだ!」


「はい! どうぞ、お召し上がりください!」


 こちらの料理はタウ油にミソに魚醤に貝醬、花蜜にマホタリ酒にドエマの出汁など、実にさまざまな調味料が駆使されている。ファの家の勉強会において、香草を使わずにどれだけアレンジできるかというテーマで取り組んだひと品だ。決して奇抜な味わいではなく、『ギバの角煮』が持つ純朴な力強さにかなう限りの彩りを添えるというのが眼目であった。


「うん、こいつは美味いな! 祝宴に相応しい、豪勢な味わいだ!」


 この料理の開発にはそれなりの労力がかけられていたが、アルダスたちの満足そうな表情で報われた。

 それに、マドともう一名の団員も、子供のようにはしゃいでいる。


「こちら、びみです。なつかしいあじ、みしらぬあじ、りょうほうです」


「懐かしいのは、魚介の風味でしょうね。おおよそはゲルドの食材ですが、海の幸であることに変わりはありませんしね」


「ゲルド? わたし、しりません」


「ああ、ゲルドはご存じじゃなかったですか。シムの、北寄りの領地です。マヒュドラも、深い交流があるそうですよ」


「マヒュドラ、ぜんにん、おおいです。ゲルド、しんよう、できます」


 そんな風に言ってから、マドは子供のように慌てふためいた。


「マヒュドラ、ほめてしまいました。みなさん、ふかいなら、しゃざいです」


「いえいえ。西と北は敵対国ですが、ジェノスの民はマヒュドラと関わりが薄いため、忌避する気持ちも薄いんです。どうかお気になさらないでください」


「そうそう。俺たちだって、東の連中が賞賛されても眉を吊り上げたりはしねえよ」


 アルダスも笑顔で言葉をはさむと、マドはほっとした様子で息をついた。


「かんだい、はからい、かんしゃです。にしのたみ、マヒュドラ、きらうにんげん、おおいので、はいりょ、ひつようです」


「ああ、みなさんは北回りで大陸を巡ってきたのですもんね。北方の領地ではマヒュドラを忌避する気持ちが強いと聞きますので、ご苦労も多かったんじゃないですか?」


「はい。きたのたみ、まちがわれること、おおかったです。そのたび、せんせいです。せんせい、べんりです」


 と、マドはそこでまた慌てふためく。


「せんせい、しんせい、ぎしきです。かろんじる、ありません。ふかいなら、しゃざいです」


「いえいえ、どうぞお気になさらず」


 俺はむしろ、マドの率直さと純真さを好ましく思っていた。

 すると、無言で肉をかじっていたディック=ドムが重々しい声で発言する。


「そちらが王国の掟や法を重んじようとしていることは、痛いほどに伝わってくる。こちらも同じように、竜神の存在を貶めないように心がけているつもりであるのだが……これまでに、何か礼を失することはなかっただろうか?」


「はい。しつれい、ありません。もりべのたみ、れいせつ、かんぺきです」


「では、宿場町でも問題はなかったであろうか?」


 すると、マドは逞しい首を傾げたのち、にこりと微笑んだ。


「もんだい、ありません。ただ、たびのあいだ、ひとつ、きになること、ありました。アムスホルン、りゅう、あくやく、おおいです」


「竜が、悪役? とは、どういうことであろうか?」


「おとぎばなしです。りゅう、あくやく、おおいです。りゅう、しんせい、そんざいなので、ふしぎです」


 そこで「ああ」と声をあげたのは、アイ=ファであった。


「リコたちが見せる傀儡の劇にも、竜なる存在は敵として描かれることが多かった。それはかつて竜神の民が大陸アムスホルンを脅かしていた影響なのではないかという話であったな」


「オビヤカシテイタ……きょうふ、あたえる、いみですか?」


「うむ。かつて竜神の民は海賊として、大陸アムスホルンに乗り込もうとしていたのであろう? それで竜というものが恐怖を与える役割に据えられたのだという話を耳にした覚えがある」


 そういえば、俺もそんな話を聞いた覚えがあった。御伽噺にまつわる話であるから、フェルメスやリコたちと知り合って以降の話であろう。たしか俺たちはフェルメスが企画した仮面舞踏会に参席したことで、初めて竜の存在を意識したのだ。


「そうですか。りゆう、あるなら、なっとくです」


 と、マドは屈託なく微笑んだ。


「りゅう、あくやく、かなしいですが、りゅうじんのたみ、おおむかし、きょうふ、あたえていた、じじつですので、しかたありません。でも、いま、てきたい、ちがうので、うれしいです」


「うむ。竜神の民と大陸の民は悪縁を乗り越えて、絆を結んだのであろうからな。私もその一助になりたいと願っている」


 アイ=ファが真情のこもった声で告げると、マドはいっそう嬉しそうに笑みくずれた。赤銅色に焼けた厳つい髭面であるのに、どんどん幼子めいた印象が強くなっていくようである。


「でも、大陸アムスホルンにおいても、竜の名はもともと存在したのですよね?」


 特別仕立ての角煮を食して、次なる簡易かまどを目指す折に、モルン・ルティム=ドムがそんな言葉をこぼした。


「んー? いきなり、なんの話だよ? 竜なんて獣、俺は知らねーぞ?」


「でも、かつてジェノスを脅かした邪神教団は、竜の星と称されていました。わたしもそれで気になって、シュミラル=リリンに聞いてみたら……もともと竜というのは、シムにおいて星図というものを形づくる獣の星のひとつであったそうなのです」


 そのように語りながら、モルン・ルティム=ドムは記憶を探るように頭上を見上げた、


「ええと、たしか……竜 蛇 獅子 猫 猿 鷹 鴉 牛 鹿 犬 亀 兎 山羊……ですね。牛というのはカロンのこと、山羊というのはギャマのことであるそうです」


「ふーん。カメってのは、たしか《ギャムレイの一座》にいたよなー。タカってのは、でっけー鳥のことだっけ? シカってのは、なんなんだ?」


「わかりません。ただ、太陽神アリルというものは、鹿の足を持っているそうですね」


「へーえ。ま、犬やら猫やら獅子やらだって、最近になって知ったわけだからなー。いつかは竜やらシカやらウサギやらに出くわすかもしれねーってことか」


 そんな風に言ってから、ルド=ルウはふいに口をとがらせた。


「ところで、なんで俺にまでそんなよそよそしい喋り方なんだよ?」


「ごめんごめん。もうこっちのほうが普通になっちゃったからさ」


 と、モルン・ルティム=ドムは気恥ずかしそうに微笑む。俺にとっては違和感のない口調であったが、そういえば彼女もルウ家の幼馴染に対しては気安い口調であったのだ。


「とにかくね、シムの星読みっていうのは四大王国が生まれる前から存在する技だから、もともとアムスホルンにも竜の名前はあったんだよ。……竜神の王国には、竜という獣が存在するのですか?」


「いえ。りゅう、でんせつのそんざいです。かみがみ、ともに、てん、のぼったので、ちじょう、そんざいしません」


「そうですか。でも、大陸に竜の名が伝わっていたということは……竜神の民も、もともとは同胞であったのかもしれませんね」


 そう言って、モルン・ルティム=ドムはにこりと微笑んだ。


「竜神の民と北の民が似ているのも、祖を同じくするためであるのかもしれませんし……そうだとしたら、みなさんと手を携えられたことを、いっそう得難く思います」


「うんうん。それでもって、南の民は北から分かれた一族なんじゃないかって伝承もあるからな。もしかしたら、俺たちも遠縁かもしれないってわけだ」


 と、アルダスも気安く口をはさんだ。


「北と西は残念な関係になっちまったが、竜神の民と懇意になれたのは幸いな話だ。その調子で、遠慮なくジャガルにも乗り込んできてくれよ」


「はい。ギーズ、ジャガルのしょうばい、ねっしんなので、きっと、かないます。わたし、たのしみです」


 マドはすでに、南の民に対する偏見も解消されているようだ。その場の全員がにこやかな面持ちであったので、俺も一緒に笑うことができた。


「アスタ、お疲れ様です」


 そうして次なる簡易かまどに到着すると、レイナ=ルウとフォウの女衆が待ちかまえていた。つまりこれは、俺たちが準備した料理である。


 配膳はフォウで受け持つという話であったのだが、レイナ=ルウも手伝うと言って譲らなかったのだ。どうやらレイナ=ルウはその場に留まることで、料理の評判をより耳にしたいという考えでいるようであった。


「こちらの料理は、どなたにもご満足いただけているようです。さすが、アスタの作りあげた最新の宴料理ですね」


 と、美々しい宴衣装に身を包みながら、レイナ=ルウはきりりと引き締まった面持ちだ。俺がこちらの料理を開発した段階で、レイナ=ルウは強い関心を抱いていたのだった。


「おお! 敷物でも出された、あの料理か! さっきの量じゃまったく足りなかったから、ありがたいよ!」


「ありがとうございます。みなさんのお気にも召したら嬉しいです」


 俺が本日準備したのは、煮込み肉団子であった。

 唯一これまでと異なっているのは、ギバ肉のミンチにカニのごときゼグの身を練り込んでいることであろう。ギバとゼグの相性がそれほど悪くないことは汁物料理で証明されていたので、もっと直接的に混合させることはできないものかという思いつきから発案された献立であった。


 ゼグの他には、長ネギのごときユラル・パとレンコンのごときネルッサとシイタケモドキを具材にしている。ユラル・パは香りの調和、ネルッサは食感の向上、シイタケモドキはさらなる香りの複合を狙ってのことだ。なにせギバ肉とゼグは風味が強いので、それらを無理なく調和させつつさらなる彩りを目指そうというのが最初からのテーマであった。


 そちらの風味を活かすために、調味料は控えめにしている。肉団子の下味に使っているのは塩とピコの葉とショウガのごときケルの根のみで、つなぎには卵を使っている。それを煮込むスープのほうも、タウ油を主体にしたシンプルな味付けであった。


 あとはスープのほうの具材で、ハクサイのごときティンファとチンゲンサイのごときバンベを使っている。そちらは、肉団子の添え物という意識であった。


「こちら……びみです」


 と、マドは感じ入ったように息をついた。

 西の言葉が覚束ないという面もあるのだろうが、もとより料理の寸評に言葉を連ねるタイプではないのだろう。それでもマドの満足そうな表情は、アルヴァッハの長広舌に負けないぐらい俺の心を満たしてくれた。


「へー。なんだか、おもしれー味だなー」

「うん、おいしーよねー! リミもこの料理、大好き!」


「ゼグとかいうやつはまだそんなに食べ慣れてないけど、ほっとする味だなぁ。やっぱりアスタは、タウ油の扱いが上手いよ!」

「ふん。こういう簡素な味付けでこそ、腕の差が出るのであろうな」


 森辺とジャガルの陣営にもご満足いただけたようで、俺はいっそう満たされた心地である。

 すでにファの家の晩餐で食した経験のあるアイ=ファも、無言のままにやわらかく目を細めている。ハンバーグをこよなく愛するアイ=ファは、肉団子も好物であるのだ。


「……さまざまな食材が増えたことで、多くのかまど番はそれらを如何に掛け合わせるかに力を尽くしています。そんな中で簡素な味わいを目指しつつ、ゼグで新たな魅力を添えることもできるアスタの手腕は、本当に素晴らしいと思います」


 と、レイナ=ルウがこらえかねたように身を乗り出した。


「やっぱりわたしは、まだまだアスタの足もとにも及びません。どうかこれからも、指南をお願いいたします」


「そんなことはないと思うけど、指南の件は了承したよ。それと同時に、俺もレイナ=ルウの手際を見習わせていただくからね」


 レイナ=ルウは凛々しい眼差しのまま、「はい」と笑ってくれた。

 そこに、派手派手しい一団が乗り込んでくる。それは、二名の竜神の民に、ティカトラスとデギオン、ラウ=レイとヤミル=レイ、ジョウ=ランとユーミ=ランという顔ぶれであった。


「おお、アイ=ファ! 宴衣装でないのは、残念の極みだ! もちろん君は着飾らなくとも、輝くような美しさだがね!」


 アイ=ファは文句をつける手間をはぶいて、横目でティカトラスをねめつける。

 すると、マドが不思議そうに小首を傾げた。


「もりべのにょにん、うつくしい、たたえる、ゆるされますか?」


「いや。外見をむやみに褒めそやさないのが、森辺の習わしとなる。しかしティカトラスは、どれだけ言っても聞かぬのだ」


「そうですか。おどろきです」


 マドは、ひたすら呆れているようである。

 しかし、ティカトラスと同行していた二名の団員は、何を気にする風でもなく土瓶の果実酒をあおっている。彼らは先日の晩餐会でもティカトラスと長きの時間を過ごしていたためか、すっかり耐性がついてしまったようであった。


 そして、その一団に少し遅れて、メルフリードにリーハイムにセランジュという貴族のトリオがやってくる。ドゥルクの組をポルアースに任せたメルフリードは、ティカトラスの世話役を買って出たようだ。こちらはこちらで、責任重大であるはずであった。


「ティカトラスは、まだ広場を巡っていたのだな。ヴィケッツォと合流するという手はずだったのではないのか?」


「それは、これからの話だよ! わたしなどはなるべく遅参したほうが、ドゥルクもじっくりヴィケッツォと語らえるだろうからね!」


 アイ=ファは溜息をつきながら、ユーミ=ランのほうに向きなおった。


「それで、ユーミ=ランもティカトラスの案内役を担っているわけか」


「うん。まあ、婚儀に招待できなかった埋め合わせってところかな。そちらの貴族様は、ヤミル=レイさえいれば満足みたいだけどさ」


「そんなことはないよ! でもやっぱり、宴衣装でないのは残念なところかな!」


 ユーミ=ランは既婚者であるため、平常通りの装束であるのだ。そんなユーミ=ランに、俺も笑いかけることにした。


「たしかユーミ=ランはずいぶん前の祝宴で、婚儀を挙げた女衆も着飾っていいんじゃないかって提案してたよね。もうその主張は、取り下げたのかな?」


「うん。いざ自分が婚儀を挙げると、気が引けちゃうもんだね。これから伴侶を探そうっていう娘さんたちを差し置いて、着飾る気にはなれないんだよ」


 そう言って、ユーミ=ランは屈託なく白い歯をこぼした。

 あくまでユーミ=ランは、自らの感性に忠実であるのだ。森辺に嫁入りを果たした現在も、その一点に変わりはないようであった。


 そんな中、マドたちは四人の同胞で輪を作り、異国の言葉で語らっている。おのおの、祝宴の感想をぶつけ合っているのだろう。誰もが明るい笑顔であったため、俺はひそかに安堵した。


(ティカトラスも、他の団員には嫌われてないみたいだな)


 それも、ティカトラスの人徳であるのだろう。とにかくティカトラスはひたすら無邪気であるため、どんなに素っ頓狂であってもどこか憎めないのだ。その無邪気さが竜神の民の大らかな部分と呼応しても、なんら不思議はなかった。


 そして、リーハイムとセランジュは笑顔でレイナ=ルウに語りかけている。レイナ=ルウはずっとかまど仕事に取り組んでいたので、これまで交流の機会がなかったのだろう。それなりの人数である二つのグループが行き会ったことで、その場にはこれまで以上の熱気がわきたつことになった。


 そうして俺がその熱気にひたりながら、ひと息ついていると――どこからともなく、聞き覚えのない音色が響きわたる。


 まるで怪獣のうなり声じみた、野太い音色だ。森辺の狩人たちはすぐさま表情を引き締めて周囲を見回したが、それをなだめるようにダリ=サウティの声が聞こえてきた。


「祝宴のさなかに、失礼する! 酒が進みすぎない内に《青き翼》の商品を見てもらいたいという話であるので、興味がある者はこちらに集まっていただきたい!」


「おお! ついに竜神の王国のお宝が披露されるのだね! さあさあ、拝見に行こうじゃないか!」


 子供のようにはしゃぐティカトラスを先頭に、デギオンやラウ=レイたちが移動を始める。メルフリードたちがそれを追いかける姿を横目に、俺はアイ=ファへと呼びかけた。


「俺たちは、どうしようか?」


「うむ。商品そのものに、興味はないが……竜神の民をよく知るためには、見届けておくべきやもしれんな」


「うんうん! みんな行くみたいだから、リミたちも行こーよ!」


 ということで、俺たちもおっとり刀で移動を始めた。

 おおよその人間は同じ気持ちであるようで、広場に大きなうねりが生じている。その最果てには、《青き翼》の派手な荷車と奇妙な姿をしたリュウバたちが粛然と立ちはだかっていた。

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― 新着の感想 ―
ティカトラスにはもう罰与えた方が良いんじゃないか? 人が嫌がることを平気でするような奴は見ていてイライラしてくるわ。 存在そのものも。
竜神の王国のお宝に有用な食材や調味料、調理具が有ると良いな。
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