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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1619/1695

親睦の祝宴②~開会~

2025.5/3 更新分 1/1

「それでは間もなく日没となるので、今日の祝宴に招いた客人の紹介をさせてもらいたく思う!」


 そのように宣言したのは、バードゥ=フォウであった。

 ダリ=サウティはそのかたわらで、泰然とたたずんでいる。今日はフォウとサウティの共同企画であるが、会場がフォウの集落であるためバードゥ=フォウに取り仕切り役を任せたのだろう。


 そんなバードゥ=フォウが、森辺の外から招いた客人たちをざっくり紹介していく。

 まずはジャガルの王族デルシェア姫、ジェノス侯爵家のメルフリード、エウリフィア、オディフィア、トゥラン伯爵家のリフレイア、従者のサンジュラ、ダレイム伯爵家のポルアース、伴侶のメリム、サトゥラス伯爵家のリーハイム、伴侶のセランジュときて、その次がダーム公爵家のティカトラス、デギオン、ヴィケッツォ、王都の外交官フェルメス、従者のジェムド、バナーム侯爵家のアラウト、従者のサイ、料理番のカルスという顔ぶれだ。


 従者でも、紹介の場で名前を呼ばれた人間は宴料理を口にできる参席者と見なされている。他にはシフォン=チェル、ムスル、シェイラ、ルイアなど、侍女や武官が普段以上の人数でずらりと居並んでいた。


 その次が建築屋の二十名と、このたびも参席の権利を勝ち取ったディアルおよびラービス、そして《青き翼》の七名となる。

 外来の客人は、総勢四十七名だ。これだけでも、なかなかの人数であった。


 それを迎え撃つ森辺の民は、フォウの血族の全員と、サウティの血族が三割ていど、そして各氏族からの招待客だ。

 招待客は十六名のかまど番と付添人たる狩人という組み合わせになるので、総勢は三十二名。フォウとサウティの血族を合計して、百名弱という人数になる。外来の客人を含めれば百五十名になんなんとする人数で、フォウの集落における祝宴では屈指の規模であるはずであった。


 フォウの広場もこの近年でずいぶん大きく切り開かれたが、それでもかなり限界に近い人数であろう。その場には、大変な熱気と活力があふれかえっていた。


「このたびの祝宴は、竜神の民という新たな客人を迎えることになった! くれぐれも、おたがいの立場を尊重しながら、正しき絆を紡いでもらいたい! ……ギーズよ、そちらからもひと言もらえるであろうか?」


 ギーズは恐れ入った様子もなく、「へいへい」と進み出た。


「ただいまご紹介にあずかりやした、《青き翼》のギーズと申しやす。俺たちみたいなもんのためにこんな立派な祝宴を開いていただいて、感謝の言葉もありゃしませんや。団員一同、失礼のないように心がけますんで、どうぞ最後までお願いしまさあ」


 いつもの調子でそんな風に述べたてながら、ギーズはドゥルクを振り返った。


「いちおう《青き翼》の責任者として、ドゥルクの親分もひと言、如何です?」


 ドゥルクは厳つい顔に朗らかな笑みをたたえつつ、「はい」と進み出た。


「わたし、くぐつのげき、みました。もりべのたみ、そんけいです。ジェノスのきぞく、そんけいです。みなさん、であえたこと、うれしい、おもいます。しゅくえん、うれしい、おもいます。ありがとうございます」


 ドゥルクのたどたどしい言葉は、むしろ聞く人間に安心感をもたらすようである。

 本日が初の対面であったフォウやサウティの面々、それにジェノスの貴婦人がたも、おおよそ安らいだ眼差しでドゥルクたちの姿を見守っていた。


「それでは、親睦の祝宴を開始する! 母なる森と、父なる四大神、友たる竜神に、祝福を!」


「祝福を!」の声が合唱されて、さらなる熱気が渦巻いた。

 ファの広場で開かれたのはあくまで晩餐会であったので、森辺の祝宴はユーミ=ランたちの婚儀以来、ひと月以上ぶりとなる。俺は森辺の祝宴でしか味わえない熱気の奔流を、満身で受け止めることになった。


「さあ、いよいよだな! 俺は胃袋だけじゃなく、心臓まで破裂しちまいそうだよ!」


 俺のかたわらでは、メイトンも弾んだ声をあげている。

 すると、のんびり笑うジョウ=ランが近づいてきた。


「失礼します。バランとアルダスは、《青き翼》のドゥルクとご一緒していただけますか?」


「なに? そいつは、どういう了見だ?」


「《青き翼》の面々は、ジャガルの方々と絆を深めたいのだそうです。そのために、あなたがたを招待してほしいと申し出たのでしょうしね」


 それは確かに、その通りである。仏頂面のおやっさんに代わって、アルダスが声をあげた。


「まあ、その口利きがなかったら、俺たちはこの場にいないわけだもんな。腹をくくって、あのでかぶつたちのお相手をするとしようぜ」


「うむ。しかたあるまいな。俺たちは、ここで失礼するぞ」


「あ、いや――」と俺が声をあげかけると、アイ=ファが台詞を横取りした。


「ジョウ=ランよ。そちらに、私とアスタが割り込む余地はあろうか?」


「え? アイ=ファたちまで、同席してくださるのですか?」


「うむ。バランたちがドゥルクのもとに向かうとあっては、アスタも落ち着いてはおられんだろうからな」


 さすがアイ=ファは、俺の気持ちなどお見通しである。

 ジョウ=ランはにっこり笑って、「わかりました」とうなずいた。


「では、こちらにどうぞ。ドゥルクたちは、敷物に招いていますので」


 ということで、俺とアイ=ファ、おやっさんとアルダスの四名が、ジョウ=ランの案内で人混みをかきわけることになった。

 その道中で、俺はアイ=ファに囁きかける。


「アイ=ファ、ありがとう。ドゥルクたちを信用していないわけじゃないんだけど、やっぱりちょっぴり心配だったからさ」


「それは、私も同様だ。そうでなくとも、お前はバランとともにありたいのだろうしな」


 と、アイ=ファは優しい目つきで俺の脇腹を小突いてくる。

 アイ=ファは奥の奥まで、俺の気持ちを見通していたわけであった。


 そうして到着したのは、フォウ本家の手前に敷かれた敷物である。

《青き翼》からはドゥルクとバルファロとギーズ、貴族からはポルアースとメリム、フェルメスとジェムド、それにヴィケッツォという面々が居並んでいる。それを相手取る森辺の民は、ダリ=サウティとバードゥ=フォウとガズラン=ルティムという顔ぶれであった。


「ティカトラスは、参じていないのか?」


 アイ=ファが真正面から問い質すと、ヴィケッツォは不本意の極みといった面持ちで「ええ」と首肯した。


「ティカトラス様はのちのち参じるので、それまで場を温めておくようにと申しつけられました」


 そのように語るヴィケッツォは、わざわざ宴衣装に着替えさせられている。城下町の祝宴よりはまだ控えめな姿であったが、漆黒のドレスの胸もとはざっくりVの字に開かれており、銀の飾り物が煌々と輝いていて、彼女をいっそう美麗に仕立てていた。


 そんなヴィケッツォをすぐ隣に配置されたドゥルクは、これ以上もなく笑み崩れている。ヴィケッツォが若く見えるせいか、孫娘の婚儀にでも立ちあう好々爺のごとき風情である。ヴィケッツォに恋情を抱いている様子は皆無であり、むしろ彼女に言い寄ろうとする人間が現れたならば保護者として憤慨するのではないかという気配がありありと感じられた。


「私とアスタも同席させてもらいたいのだが、かまわないだろうか?」


「それは、願ってもない話だ。まだ二人ぐらいは座する隙間もあろう」


 バードゥ=フォウに快諾されて、俺とアイ=ファもその場に腰を落ち着けることになった。

 するとさっそく、ギーズが「へへ」と愛想を振りまいた。


「どうも、ご足労をおかけしやす。俺たちはジャガルにまで商売の手をのばしたいんで、南の方々と懇意にさせていただきたいんでやすよ」


「ふん。俺たちなどと縁を結んでも、商売がはかどるとは思えんがな」


「いえいえ。ぶっちゃけドゥルクの親分がたは南の方々に偏見を持っちまってるんで、そいつを解消させていただきたいんでさあ」


 その件は、あらかじめ建築屋の面々にも通達されている。

 それでおやっさんが何か答えようとすると、笑顔のドゥルクが先に口を開いた。


「あなたたち、くぐつのげき、とうじょうです。おあい、こうえいです」


「ふん。俺たちなど、無用に騒ぎたてる役回りだったがな」


「いえいえ。そうして旦那がたが通いつめたから、森辺の屋台も大繁盛することになったんでやしょう? それなら、立派な立役者でさあね」


 ギーズが如才なく、両者の会話に割り込んだ。


「それ以外にも、旦那がたは森辺のみなさんと深く関わってるってお聞きしやしたよ。旦那がたの言葉だったら、ドゥルクの親分がたも素直に聞き入れるこってしょう。お手数ですが、ひとつよろしくお願いいたしやす」


「ふん。何を願っているのかは知らんが――」


 そこまで言いかけたおやっさんが、横合いを振り返る。大きな盆を掲げた宴衣装の女衆たちが接近してきたのだ。


「失礼いたします。最初の品、汁物料理をお持ちしました」


「うむ。まずは、宴料理で腹を満たしてもらいたい」


 バードゥ=フォウの指示で、敷物に木皿が並べられていく。

 最初の品は、祝宴で定番のギバ骨ラーメンであった。


「お、こいつは宿場町でも売ってる、あの料理でやすね」


《青き翼》の面々も滞在の日数を重ねる内に、《キミュスの尻尾亭》のラーメンを食するようになっていた。敷物には俺しかかまど番がいなかったため、説明を施すことにする。


「宿場町で売っているのはキミュスの骨ガラ、こちらはギバの骨ガラで出汁を取っています。ずいぶん違いがあると思いますが、お気に召したら幸いです」


「ふうん。確かにこいつは、匂いからして違っておりやすねぇ。ちょいとクセのある香りでやすが、こいつは期待をそそられまさあ」


 ということで、まずは熱々のギバ骨ラーメンをいただくことになった。

 至極ひかえめな量であったので、竜神の民にかかればほとんどひと口だ。それを豪快にかきこんだバルファロは、目の色を変えて騒ぎ始めた。


「こいつは美味いって、大絶賛でやすよ。確かにこいつは、絶品でやすねぇ」


「うんうん。やっぱり森辺の集落でいただくらーめんは、何にも代えがたい味わいだねぇ」


 と、ポルアースもさりげなく会話に参加する。隣のメリムは竜神の民を恐れる様子もなく、笑顔でラーメンをすすっていた。


「俺らがギバの骨を買いつけるとしたら、こういう立派な出汁を取った後の骨ガラってことになるんでやすかい?」


「いえ。この出汁を取るには、大腿骨なんかを割る必要があるのですよね。でも、出汁を取るのはけっこうな手間なので、森辺でもそう頻繁に使われるわけではありません。そちらに売る分はいくらでも確保できるかと思いますが……でも、本当に骨まで買いつけるご予定なんですか?」


「そいつは、今日の売れ行き次第でやすかねぇ。肉の次に優先するのは牙と爪と毛皮なんで、骨は最後の最後でさあ」


 ギーズの言葉を聞きながら、ダリ=サウティが「なるほど」と首肯した。


「この場には、商売の話をわきまえている人間も控えさせるべきであったな。悪いが、しばらくはアスタを頼らせていただこう」


「はい。俺でお役に立てるなら、なんなりと」


 しかしまずは、ジャガルについてであろう。

 最後の汁まで飲み干したおやっさんが視線を向けると、ギーズは得たりと語り出した。


「まず最初にお聞きしたいのは、ゼラドについてでございやす。旦那がたがお住まいのネルウィアってのは、ジェノスから南に半月ていどの位置にあるって話でやしたよね? そちらさんで、ゼラド大公国ってのはどういう扱いなんで?」


「どうもこうも、風聞で聞くだけの存在だな。ジャガルの人間も裏から手を貸して、西の王都にちょっかいをかけているそうだが……どうしてそんな諍いに手を貸すのか、まったく気が知れん」


「俺も噂で聞くばかりでやすが、ゼラドでは西と南の混血も進んでるそうでやすよ」


「そうなのか? しかし、ネルウィアからゼラドまでは、荷車でひと月ばかりもかかるという話だからな。西の面々には申し訳ないが、俺たちの知ったことではないというのが正直なところだ」


 そんな風に答えてから、おやっさんはふっと俺のほうに目を向けてきた。


「そういえば……いつだったかも、西の王都の連中とゼラドについて語らったことがあったな」


「ああ、監査官を護衛していた兵士たちですね。もう二年も前の話ですので、懐かしいです」


 おやっさんと言葉を交わしたのは、百獅子長のダグという人物である。彼は普段から、ゼラド大公国の軍勢を相手取っているという話であったのだ。


「でも、あの人たちもおやっさんたちに敵意を向けることはありませんでしたね。遠く離れたネルウィアの人たちはゼラド大公国と無関係だということをわきまえていたんでしょう」


「ほうほう。西の王都の兵士さんがたが? そいつは是非とも、バルファロたちに聞かせておきやしょう」


 ギーズは嬉々として、異国の言葉で語り始める。ギバ骨ラーメンの味わいにひたっていたバルファロはとたんに表情を引き締めて、深くうなずいた。


「ゼラド大公国については、そちらのバルファロが特に気にかけているのだろうか?」


 通訳が終わるのを待ってバードゥ=フォウが問いかけると、ギーズは「いえいえ」と手を振った。


「バルファロは荒事が得意なもんで、荒っぽい話に熱心ってだけでやすよ。ゼラドを疎む気持ちは、他の面々も一緒でさあ」


「ふむ。《青き翼》の面々は、そうまでゼラド大公国というものを忌み嫌っているのだな」


「へい。王家を騙るってのは、竜神の王国で何よりの禁忌であるようでやすからねぇ。ま、そいつは四大王国でも同じことなんでやしょうけど」


「ええ。神の代理人たる王を僭称することなど、いかなる王国でも最大の禁忌でしょう」


 お茶で咽喉を潤していたフェルメスも、ゆったりと発言した。


「もちろんそれは、辺境の地に追放された恨みがあってのことなのでしょうが……同じ立場であったジェノスは、こうして王家に忠誠を捧げつつ、またとない繁栄を見せています。ゼラド大公国が大きく道を誤ったという事実は否定できませんね」


「へえ? ジェノスの貴族様ってのも、王都を追放された身だったんで?」


「はい。辺境開拓という名目で、領民ともどもこの地に遣わされたのです。どのように言葉を飾っても、追放と言うしかない所業でしょう。それは二百年もの昔日の話ですし、当時の支配層にとって都合のいい文献しか残されていませんので、実情を知ることは難しいでしょうが……当時のジェノス伯爵家は何らかの不興を買って、西の王都を追放されたのだろうと思います」


 すると、ギーズはすくいあげるような眼差しでフェルメスの笑顔をうかがった。


「こいつは余計な差し出口かもしれやせんが……王都の貴族様がそんな言葉を口にするのは、王家に対する不敬になっちまうんじゃないんで?」


「ジェノス伯爵家を追放したのが、王家とは限りません。もちろん王家に働きかけない限り、そのような真似に及ぶのは不可能でしょうが……ジェノス伯爵家と権勢を争っていた貴族が黒幕であると考えるのが自然でしょう。忌むべきは、権勢争いに王家をも巻き込んだ貴族たちであるはずです。そのような過ちを繰り返さないように、歴史は正しく認識するべきであるかと思われます」


 そんな風に語ってから、フェルメスはふわりと微笑んだ。


「とはいえ、ジェノスの方々は大きな苦難を乗り越えて、このような繁栄を手にすることがかないました。すべては、西方神の導きであったのかもしれません」


「それはそれは」と、ギーズは短い首をすくめた。

 明敏なる彼は、フェルメスの危うさを感じ取ったのかもしれない。フェルメスはこの世界そのものを、盤上遊戯のように眺めている節があるのだ。それは王や神すらも手駒に見立てる、危険な思想であるはずであった。


「話がそれてしまいましたが、大きく道を踏み外したのはゼラド大公家であり、ジャガルの一部の人間はそれに手を添えているに過ぎません。ゼラドの人間とて西の民であることに変わりはありませんので、南の民ばかりを忌避する理由はないのではないでしょうか?」


「ごもっともでやすね。そいつも、伝えさせていただきまさあ」


 そうしてギーズが通訳に励んでいる間に、次なる宴料理が運ばれてきた。

 それなりに深刻な会話と食事タイムが交互に繰り広げられるという、なかなか物珍しいシチュエーションである。かまど番たる俺としては、食事タイムで力を尽くして清涼剤の役割を果たしたいところであった。


「次は、揚げ物の料理ですね。これも、祝宴では定番の献立です。屋台の献立には含まれていませんので、どうぞご堪能ください」


 ギバ・カツ、コロッケ、ゼグ・クリームコロッケ、甲冑マロール・フライと、さまざまな揚げ物が大皿に山積みにされている。もちろん、消化をうながすティノの千切りも山盛りだ。俺は、フェルメスに笑顔を向けることにした。


「ギバ・カツ以外は、獣肉を使用していません。これなら、フェルメスも召し上がれますね」


「はい。森辺の方々の心づかいには、感謝してもしきれません」


 フェルメスにあどけない微笑みを向けられて、バードゥ=フォウも困惑気味の笑顔を返した。それなりに長いつきあいでも、フェルメスにこのような笑顔を向けられたのは初めてであったのだろう。それも、祝宴の主催者の特権であった。


「うん、こいつは美味いな! ギバの揚げ物にも引けを取らないじゃないか!」


 甲冑マロール・フライを頬張ったアルダスも、ご満悦の面持ちである。クルマエビのごとき甲冑マロールを使ったフライはぷりぷりとした食感で、俺も好物のひとつであった。


 そして、クリームコロッケにはカニのごときゼグが加えられて、いっそう華やかな味わいになっている。ここ最近の、勉強会の成果であった。


 千切りティノに掛けられているのは、ノマを使ったノンオイルドレッシングだ。レモンのごときシールを主体にした味わいが寒天に似たノマの効能でねっとりと絡みつき、清涼かつ刺激的であった。


「けっきょく俺たちは、ゼラドのことなど何ひとつわきまえておらんのだ。無責任に聞こえるかもしれんが、南の民というだけでひとくくりにされるのは迷惑だというのが正直なところだな」


 おやっさんが揚げ物の山に舌鼓を打ちつつ話題を締めくくろうとすると、ギーズもにんまり笑いながら「へい」と応じた。


「まさしく、そういったお言葉を頂戴したかったんでやすよ。これで親分がたも、心置きなくジャガルに突撃できるこってしょう」


「ふん。では、俺たちの役目も済んだのか?」


「いえいえ。むしろ、ここからが本番でさあ。それで実際にジャガルまで出向いて商売になるのかってのが、肝要なんでさあね」


 そうしてギーズは要領よく、数々の疑問を呈していった。

 ジャガルの地において、竜神の民は受け入れられるのか?

 ジャガルの地において、ギバの干し肉と腸詰肉は商品たりえるのか?

 同様に、ギバの牙や角や毛皮や骨はどうか? 毛皮以外の三点は、あらかじめ工芸品や楽器に仕立てるべきか?

 箇条書きにすると、そういった内容である。


「確かにジェノスってのは交易の都なだけに、余所者にも寛容なんだろうな。そういう意味では、ジャガルの領地のほうが余所者に厳しい目を向けるという面はあるんだろうと思うぜ」


 おやっさんばかりに苦労を背負わせないようにと、アルダスが食事を進めながら発言した。


「ただ、あんたがたの見てくれは西よりも南の民に似てるだろうし、俺たちには北の民を忌避する理由もない。それでもって、でかい街道沿いの領地だったら行商人にも手馴れてるだろうから、そうまで風当りはきつくないんじゃないのかね」


「なるほどなるほど。そいつは、ありがたい限りでやすねぇ」


「あとはやっぱり、ギバ肉だな。ジェノスと南の王都を繋ぐ街道沿いの領地ではひときわアスタたちの名前が轟いてるって話だから、ギバ肉が売りに出されたらけっこうな評判になるんじゃないかと思うよ」


「ほうほう。それじゃあみなさんの故郷なんかでも、売り上げを期待できるんでやすかねぇ?」


「そいつは、売り値しだいかな。評判になることは間違いないが、食材にそうまで銅貨を積める人間は多くないはずだ。いっそ、貴族様に狙いを定めたほうが、話は早いかもな」


「そうですね」と、フェルメスも能動的に会話に加わる。


「ダカルマス殿下と交流のある貴族であれば、ギバ肉には強い興味を抱くはずです。下手をしたら、ひとりの貴族がまるごと買い占めるという事態もありえるかもしれませんね」


「ほうほう。そいつは耳寄りのお話でやすが……貴族様をあてにするのは、最後の手段にしたいところでやすねぇ」


「最後の手段?」


「へい。たったひとりの貴族様に丸ごとギバ肉を売りつけるんじゃ、ただの運び屋でやすからね。それじゃあ、面白みがありゃしません……ってのが、親分がたの考えなんでやすよ」


 そんな風に言ってから、ギーズはにんまりと笑った。


「それでも最後の手段が存在するってのは、心強い限りでさあ。貴重な情報を、ありがとうございやす」


「いえ。何にせよ、ギバ肉が売れ残ることはないでしょう。それよりも、牙や角や骨といった品ほうが、人の関心を引きにくいかもしれませんね。そういったものを加工する文化は、ジャガルよりもシムのほうが盛んであるように思います」


「ああ、確かに。ジャガルで工芸品っていったら、木彫りか石彫りか金物だからな」


 フェルメスとアルダスの言葉が交錯するというのは、なかなかに物珍しい光景である。それで俺が興味深く聞き役に徹していると、ギーズはすくいあげるような眼差しをダリ=サウティのほうに向けた。


「そういった品を西や南で売りさばくには、工夫が必要ってこってすね。たとえば……角や牙を首飾りとして売りに出すってのは、許される話なんで?」


「うむ? それは、どういう意味であろうか?」


「いえいえ。森辺におけるギバの首飾りってのは、特別な意味を持ってるんでやしょう? 殿方にとっては力の証、ご婦人方にとっては災厄除けの護符なんだって聞き及びやした。その名目をそのまんま外に持ち出すのは、やっぱり控えるべきなんでやしょうかねぇ?」


 それでもダリ=サウティがけげんそうな顔をしていると、しばらく静観していたポルアースが笑顔で発言した。


「それはつまり、三本の牙を連ねた首飾りを護符として売りに出すとか、そういう意味であるのかな? なかなかに、興味深い申し出だねぇ」


 ダリ=サウティはようやく腑に落ちた様子で、「なるほど」と微笑んだ。


「それはギバを狩った男衆が家人に贈るからこそ、意味を成す行いであるはずだが……しかし、商品として売った品をどのように扱おうとも、俺たちが文句をつける筋合いはない。ただ、虚言だけは控えてもらいたく思う」


「虚言といいますと……たとえば、霊験あらたかなるこちらの首飾りを身につけたならば、如何なる災厄も退けてそうろう――とかいう大仰な物言いは相応しくねえってこってすかい?」


「うむ。それでも文句をつけることはないが、虚言を吐いて商売をする人間を友と呼ぶことはできんのでな」


 そのような言葉を語る際にも、ダリ=サウティはゆったりとした笑顔である。べつだんギーズを威圧しているわけではなく、森辺の流儀というものを伝えているだけであるのだ。そんなダリ=サウティに対して、ギーズは「へへ」と悪戯小僧のように笑った。


「もとよりドゥルクの親分がたもペテンやイカサマの類いは毛嫌いしてるんで、心配はご無用でさあ。そんな大仰な謳い文句をつけなくとも、買い手はつくんじゃねえかと期待してるんでやすよ」


「ふむ。外界の人間が、ギバの首飾りにそこまでの興味を示すのであろうか?」


「ええ、ええ。それが森辺の習わしってだけで、真似てみたいと考える人間は少なくないんじゃねえかと踏んでおりやす。王都なんかで高名な剣士様の羽飾りか何かが評判になって、羽飾りをつけるのが流行になるみたんなもんでさあね」


「それは、夢のある話ですね」と、フェルメスがふわりと微笑んだ。


「遠く離れた地において、まったく見知らぬ人々が、森辺の民を真似て同じ首飾りを下げるというのは……想像するだに、胸が弾みます」


「ふむ。そういうものであろうか?」


「ええ。見知らぬ誰かがモルガの森の加護を願ってギバの首飾りを下げるというのは、森辺の方々にとって不愉快な事態でしょうか?」


 ダリ=サウティはしばし黙考してから、「いや」と微笑んだ。


「べつだん、不愉快なことはない。もしかしたら、母なる森もまんざらでもない心地であるやもしれんな」


 ダリ=サウティとフェルメスが微笑みを交わし、ギーズもにまにまと笑っている。

 素性も立場もまったく異なる三名が、同じ思いで笑っているのだ。それは何だか、今日の祝宴を象徴している光景であるように思えてならなかった。

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