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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1616/1697

試食の晩餐会②~開会~

2025.4/ 30 更新分 1/1

 それから、およそ三刻の後――調理着から森辺の装束に着替えなおしたのちに、俺たちは晩餐会の会場たる大広間を目指すことになった。


 本日も慰労の晩餐会と同様に、ドレスコードは存在しない。森辺の狩人は刀と外套を預けて、女衆は町用のショールとヴェールを纏った姿だ。ジルベも生まれたままの姿で、俺の足もとを颯爽と歩いていた。


 小姓の案内で大広間に踏み込むと、すでに会場はずいぶんな熱気に満ちている。

 ついさきほどまで、傀儡の劇が披露されていたのだろう。すでにリコたちの姿はなく、貴族と《青き翼》の面々はそれぞれの仲間内で語らっているさなかであった。


「お、噂をすれば、森辺のお人らですぜ」


 ギーズがそんな声をあげると、六名から成る竜神の民の一行がこちらに押し寄せてきた。

 その全員がニメートルを超える巨体であるため、とてつもない迫力だ。狩人たちはさりげなくかまど番を守るフォーメーションを取ったが、竜神の民たちは誰もが子供のように瞳を輝かせていた。


「あなたたち、ゆうしゃです。そのちから、そのゆうき、そのただしさ、かんぷくです」


 赤毛の巨漢にして《青き翼》の団長たるドゥルクが、満面の笑みでそのように告げてくる。どうやらティカトラスたちはまだ来場していないらしく、彼もいつも通りの陽気さであった。


「あなた、すてきです。つよい、だけでなく、こころ、うつくしいです」


 アイ=ファに向かってそのように言いたてたのは、鉄灰色の髪をした若者マドである。

 しかし、それ以上に注目を集めていたのは、この俺であった。

 いずれも深い海のような青色をした竜神の民たちの瞳が、猛烈なる熱っぽさをたたえた眼差しを俺に送っているのだ。その眼差しの圧力だけで、俺は後ろにひっくり返ってしまいそうなぐらいであった。


「まったくあの傀儡使いの連中は、大した手腕でやしたねぇ。親分がたも、すっかり心を奪われちまいやしたよ」


 と、巨漢たちの隙間から、ギーズもネズミめいた顔を覗かせる。


「俺なんざ、語られる言葉を片っ端から通訳しなきゃならねえんで、最初っから最後まで気を休めるいとまもありゃしませんでした。できれば次の機会には、あの手腕を心置きなく堪能させてもらいたいもんでさあね」


 ギーズはかつてのカーツァのように、傀儡の劇の内容を同時通訳することになったのだ。一幕だけで四半刻以上に及ぶ劇でそのような役目を果たすのは、大変な苦行であるはずであった。


「ま、俺の通訳も穴だらけなんでやしょうが……森辺のお人らの生きざまは、申し分なく伝わったようでやすねぇ。俺も、感心させられっぱなしでさあ」


「それは、何よりだった」と、ダリ=サウティは鷹揚に応じる。


「あの劇は、おおよそ事実であるからな。俺などは、ずいぶんな恥をさらしているが」


「恥? ああ、族長さんはスン家って連中の罠にはまって、ギバをけしかけられたんでやすね。族長になったとたんにあんな目にあうなんざ、本当にお気の毒なこって」


 そう言って、ギーズは少し遠い目をした。


「それにしても……スン家ってのは、ああまで悪辣な真似をしでかしたんでやすねぇ。ちっとばっかり、想像を上回っておりやしたよ」


「うむ? そちらはどこかで、スン家の悪行を聞き及んでいたのであろうか?」


「ええ、ええ。スン家の家長はすべての罪を負って、苦役の刑を科されたってんでやしょう? あれだけの罪を背負ったんなら、十年もの苦役を科されるのも当然でさあね」


 そういえば、かつての家長ズーロ=スンはいったん西の王都に送られてから、あらためて刑場に送られたのだ。それでギーズは王都の領内たるダームを根城にしていたというのだから、そちらで何か風聞を耳にする機会があったのかもしれなかった。


 ただ、それでどうしてギーズが遠い目をしているのか――俺がそれを不思議に思っていると、ギーズはすぐに「へへ」といつものしたり顔を取り戻した。


「とにかくまあ、森辺のみなさんがご立派なことは痛いぐらいに理解できやした。心置きなく、商売の話を進めさせてもらいところでやすねぇ」


「うむ。その第一歩が、この晩餐会だな。そろそろ貴族の面々に挨拶をさせてもらってもいいだろうか?」


「うへえ。ついつい貴族様をないがしろにしちまいやした。どうぞどうぞ、俺らにはかまわず、ずずいとお進みくだせえ」


 ギーズが異国の言葉で声をかけると、ドゥルクたちはたいそう名残惜しそうな様子で身を引いた。

 それで俺たちが大広間の奥に踏み入っていくと、そちらには貴族の面々が居並んでいる。


 メルフリード、ポルアース、リーハイム、リフレイア――そして、外交官のフェルメスと従者のジェムドに、特別ゲストであるアラウトとアリシュナだ。バナーム侯爵家のアラウトはちょうどジェノスに交易の品を運び込む時期であり、是非にと参席を願い出たのだという話であった。


「みなさん、お疲れ様です。ジェノスが斯様な騒ぎに見舞われていようとは、夢だに考えていませんでした」


 実直にして熱情的なる若き貴公子アラウトは、この場で誰よりも勇ましい顔つきになっていた。

 そして、従者のサイともども、リフレイアのかたわらに控えている。おそらくは、貴族の中で唯一の女性であるリフレイアの身を案じているのだろう。反対側に控えた武官のムスルも、それなりに緊迫した面持ちであった。


 そして、東の占星師たるアリシュナである。

 どうやら彼女はフェルメスの要請で、審問の場にも立ちあったようであるのだ。その流れで、本日の晩餐会に招待されたようであった。


(でも、どうしてフェルメスはアリシュナを立ちあわせたんだろう?)


 相手が大陸の外で生まれた竜神の民であっても、アリシュナの星読みは有効に働くのだろうか。

 俺がそんな疑問を抱きながら視線をさまよわせていると、可憐な乙女のごとき微笑をたたえたフェルメスがゆるりと語りかけてきた。


「おひさしぶりですね、アスタ。竜神の民とも健やかなご縁を結べたようで、何よりです」


「はい。貴族の方々が危険はないと判断してくださったので、こちらも心置きなく交流することがかないました」


「竜神の民が恐るべき敵であったのは、数百年前の古き時代のことですからね。今では彼らも大事な交易の相手であるのですから、敵対するいわれはありません。わずか六名で大陸の中央に踏み込んできた彼らの勇気をたたえつつ、手厚く遇するべきでしょう」


 すると、メルフリードも灰色の瞳を静かに光らせつつ、「うむ」と声をあげた。


「すでに使者から聞いているであろうが、《青き翼》なる一団がこの近隣で悪逆な真似に及んだ形跡はない。また、ティカトラス殿からも竜神の民を恐れる必要はないという助言をいただいている」


「そのティカトラスは、まだ参じていないのであろうか?」


「うむ。傀儡の劇を余念なく楽しんでもらうために、晩餐会の始まりまでは身をつつしむと仰っていた。間もなく到着する頃合いであろう」


 そんな風に言ってから、メルフリードは声をひそめた。


「ただ、ティカトラス殿はああいったお人柄であるので、《青き翼》の面々と穏便に和解できるかどうかは、はなはだ心もとない。もしもの事態に備えて武官を配置しているので、森辺の面々は何も気にせず今日の役目を果たしてもらいたい」


「承知した。まあ、少なくとも我々が襲われることはなかろうし……ティカトラスも屈強の従者を控えさせているので、危ういことはなかろう」


 ダリ=サウティのそんな言葉に、メルフリードは灰色の目を鋭く光らせた。


「竜神の民は、いずれも尋常ならざる手練れであるようだが……ヴィケッツォ殿やデギオン殿は、それ以上なのであろうか?」


「さてな。俺もそうまで、他者の力量をはかることを得手にしていないが……アイ=ファは、どのように判ずる?」


「うむ。一対一の勝負ならば、ヴィケッツォたちに分があろうな。ただし、バルファロなる者だけは、例外だが」


 バルファロは、そこまで実力が際立っているのだ。

 すると、ポルアースが興味深げに身を乗り出した。


「では、この場に一対一でバルファロ殿に太刀打ちできる強者は存在するのかな?」


「うむ? それは……あくまで私の見立てであるので、取り沙汰する甲斐もなかろう」


 アイ=ファがやんわりと受け流すと、狩人の衣を預けて素顔をさらしているゲオル=ザザがずいっと進み出た。


「かまわんから、言ってみろ。俺もあのバルファロなる者には尋常でない力を感じているので、何を聞かされようとも眉を逆立てることはないぞ」


「うむ。おたがいの力関係をわきまえることは、決して無駄にはなるまいな」


 と、ジザ=ルウまでもが後押しする。ジザ=ルウもゲオル=ザザも、他者の力量をはかることをあまり得意にしていないのだ。アイ=ファはひとつ溜息をついてから、しかたなさそうに口を開いた。


「この場でバルファロに後れを取らないのは、ジザ=ルウとガズラン=ルティム、ライエルファム=スドラと私の四名であろうと思う」


「なんと! そこに、アイ=ファ殿も含まれるのだね! いやはや、狩人とはいえ女人の身でありながら、やはりアイ=ファ殿は大したものだねえ」


 ポルアースは感心することしきりであったが、アイ=ファとしてはゲオル=ザザやダリ=サウティの心情を慮らずにはいられなかったのだろう。しかしゲオル=ザザは宣言通り眉を吊り上げたりはしなかったし、ダリ=サウティもゆったり微笑んだままであった。


「あのダン=ルティムがバルファロなる者に興味を抱いていたと聞き及んでいたので、俺もおおよその見当はついていた。おそらくダン=ルティムにも後れを取らない者だけが、あのバルファロなる者に打ち勝てるのであろうな」


「うむ。しかしあくまで、私の目を通した見立てであるからな。何も確証のある話でないということは、わきまえてもらいたい」


「それと同時に、俺は自分の力もわきまえている。個の力では、アイ=ファにかなう気はせんからな」


 と、ダリ=サウティは泰然たる態度を崩さない。

 ダリ=サウティには、族長として一族を統率する力が備わっているのだ。ダリ=サウティにとっては、闘技の実力よりもそちらのほうが重要であるはずであった。


「失礼いたします。ティカトラス様のご一行が、到着されたそうです」


 と、小姓が楚々としたたたずまいで、そのように報告した。

 メルフリードは「うむ」と、竜神の民たちのほうに向きなおる。


「ティカトラス殿とそのご一行が、到着された。くれぐれも、乱暴な真似には及ばぬように。王国の掟に背いた際には、罪人として処断させていただく」


 氷の刃を思わせるメルフリードの言葉を受けて、赤毛のドゥルクはぎらりと目を光らせた。

 そして、背中の曲がったギーズが笑顔で進み出る。


「万事、承知しておりやす。あちら様の振る舞いによっては、怒声のひとつも張り上げる事態に至るかもしれやせんが……決して乱暴な真似はしないとお約束いたしやすよ」


「うむ。事と次第によっては退室していただくので、そのように心得てもらいたい。……では、ティカトラス殿をこちらに」


 小姓は深く頭を垂れて、貴族専用の扉へと近づいていく。

 その手が扉を開くと、本日もけばけばしい装束を纏ったティカトラスが登場した。


「どうもどうも! すっかり遅くなってしまったね! どうか今日は、最後までよろしくお願いするよ!」


 ドゥルクは爛々と双眸を燃やしながら、ティカトラスの笑顔をにらみ据えている。

 そして、ティカトラスに続いてヴィケッツォが入室すると、その目が驚愕に見開かれた。


 本日は、貴族もなるべく簡素ないでたちで臨むのが礼儀であったが――ヴィケッツォは普段の黒装束ではなく、女性用の装束であったのだ。


 ただし、ティカトラスのように絢爛な姿ではない。リフレイアと同じように飾り気の少ない、ワンピースタイプの装束である。

 だがしかし、ヴィケッツォはもとの容姿が美麗であるのだ。

 なおかつ、プロポーションも森辺の女衆に負けていない。彼女が纏っているのは漆黒の長衣であったが、きわめて薄手の素材であったため、そのしなやかな肢体のラインがくっきりとあらわにされていた。


 そして、こればかりは譲れないとばかりに、装束の足もとには大きなスリットが入っている。そこから覗く右足の脚線美が、どのような飾り物よりも優美に彼女を彩っていた。


「こちらがダーム公爵家当主の弟君たるティカトラス殿、ご子息のデギオン殿、ご息女のヴィケッツォ殿だ」


 そのように紹介するメルフリードのかたわらに、三名が立ち並ぶ。

 それを見据えるドゥルクは、まだ驚愕の面持ちであった。


「初めまして、でいいのかな? つい一昨日もルウの集落で出くわしたけれども、挨拶をすることもかなわなかったからね! どうかよろしくお願いするよ、《青き翼》の皆々!」


 ティカトラスは、無邪気そのものの笑顔である。

 そのかたわらで、ヴィケッツォは毅然と頭をもたげている。その長い黒髪も自然に垂らされており、いっそう彼女を優美に見せていた。


「お初にお目にかかりやす。俺もここ最近はダームの港町を根城にしていたもんで、みなさんがたのご高名はかねてより聞き及んでおりやした」


 と、ギーズは曲がった背中をいっそう深く曲げて、一礼する。


「あっしは《青き翼》で通訳の役目を担っている、歯ッ欠けのギーズってぇちんけな男でやす。本来は貴族様にお目通りを願えるような身分じゃありゃしませんが、どうかよろしくお願いしまさあ」


「うんうん! ダームで暮らしていたのなら、わたしの風聞はさんざん耳にしているのだろう? 他の貴族の方々はともかく、わたしに気を使う必要はないからね! どうか心置きなく、懇意にさせてくれたまえ!」


「もったいねえお言葉で」と、ギーズはまた頭を垂れる。

 いかにも取りすました面持ちであるが、やはり貴族に恐れ入っている様子はなかった。


 それに、ドゥルクを除く面々も、ことさら心を乱している様子はない。やはり、ティカトラスを忌避しているのはドゥルクひとりであるのだ。彼らはむしろ、驚愕の表情で凍りついているドゥルクのほうを心配げに見やっていた。


「さてさて! それで、これからのことだけれども……君はわたしのことを忌避しているのだよね、ドゥルク!」


 いきなり名前を呼ばれたドゥルクはぎょっとした様子で振り返ってから、思い出したように敵愾心をみなぎらせた。

 その姿に、ティカトラスは「うんうん」と首肯する。


「わたしは君と懇意にさせてもらいたいと願っているけれども、二十年来の気持ちをいきなり切り替えるのは難しいことだろう! 今日のところはこちらのヴィケッツォをおあずけするので、まずは彼女と親睦を深めてもらえるかな?」


 ドゥルクは愕然とした様子でティカトラスとヴィケッツォの姿を見比べてから、異国の言葉でわめきたてた。

 ギーズは「ふんふん」とうなずいてから、それを粛然と通訳する。


「言葉の意味がわからない。自分がそちらの娘さんと懇意にさせていただく理由はない、だそうでやすよ」


「だけど君は、ヴィケッツォの母親に並々ならぬ思いを抱いていたのだろう? こちらのヴィケッツォがその母親の素晴らしい人柄をしっかり受け継いでいるということを、理解してもらいたいのだよ! そうすれば、行き場を失った君の気持ちにも収まりがつくのじゃないのかな?」


 ティカトラスは普段通りの無邪気な笑顔で、そのように言いつのった。


「まあ、難しい話を抜きにしても、わたし本人よりヴィケッツォを相手にしたほうが、まだしも気は安らぐはずだ! 何も堅苦しく考える必要はないので、ひとまずヴィケッツォをそばに置いてくれたまえ! ……では、ポルアース殿! あとのことは、よろしくお願いするよ!」


「承知いたしました。それではすべての参席者がそろいましたので、本日の晩餐会を始めさせていただきます」


 空気を読んだポルアースが、なめらかに語り始めた。


「本日は、《青き翼》と森辺の民の交易を発展させるための、試食の晩餐会と相成ります。《青き翼》が交易で扱おうとしている、ギバの干し肉および腸詰肉の商品的価値を理解していただくための会でありますね。また、我々ジェノスの貴族もラキュアの方々とは健やかなご縁を紡ぎたいと願っておりますし……何やら昔年からの因縁を抱えておられるというティカトラス殿との間を取り持ちたいという思いもありました。それで、ティカトラス殿からの提案を受諾する格好で、本日の会を決行した次第です」


 ポルアースの言葉は、ギーズが同時通訳している。

 バルファロたちは落ち着き払っていたが、ドゥルクだけはまだ困惑の眼差しでヴィケッツォのほうを盗み見ていた。


「何も堅苦しい会ではありませんので、この後は森辺の料理人の手腕を楽しみながら、おのおの親睦を深めていただきたく思います。さしあたって、《青き翼》の皆々には二名ずつ分かれていただいてはどうかと考えているのだけれども……言葉のほうに、問題はないかな?」


「へい。頼りねえのはバルファロぐらいで、他の面々は店番が務まるぐらいには西の言葉をわきまえておりやすよ。できれば俺は、ドゥルクの親分とバルファロにひっつかせてもらいてえところでさあ」


「それじゃあ、よろしくお願いするよ。こちらからはメルフリード殿とヴィケッツォ殿がドゥルク殿の組とご一緒するので、森辺の面々からも何名かお願いできるかな?」


「承知した。少々、時間をもらいたい」


 七名の狩人が寄り集まって、手短に密談をする。その末に、俺とアイ=ファ、レイナ=ルウとガズラン=ルティムの四名がドゥルクたちの担当に振り分けられた。


「俺とララは自由に動いて、すべての組を見守りつつ、貴族たちの様子もうかがおうと思う。荒事に至ることはなかろうが、各自油断のなきように」


 ジザ=ルウは、そんな風に言っていた。あとは、スドラとザザ、ラヴィッツとサウティという組み合わせに落ち着いたようだ。


「それでは、試食の晩餐会を開始いたしましょう。皆々、お楽しみあれ」


 ポルアースのそんな言葉とともに、俺は行動をともにする面々と寄り集まった。

 俺とアイ=ファ、レイナ=ルウとガズラン=ルティム、ドゥルクとバルファロとギーズ、メルフリードとヴィケッツォ――そしてさりげなく、フェルメスとジェムドも加わっている。フェルメスが王都の外交官として団長たるドゥルクのもとに集うのは、まあ自然な話であった。


「それでは、今日の調理の責任者である俺とレイナ=ルウがご案内します。ギバの干し肉と腸詰肉に価値を見出していただけたら幸いです」


「へい。どうぞよろしくお願いいたしやす」


 ギーズは普段の軽妙な調子を取り戻していたが、ドゥルクはそっぽを向いている。どうやらヴィケッツォと距離を取ることで、心の均衡を保とうとしている様子だ。いっぽうヴィケッツォもメルフリードのかたわらに控えながら、感情を殺したポーカーフェイスであった。


(でも、ティカトラスとヴィケッツォが別行動なんて、よっぽどのことだよな。ティカトラスも、それだけ本腰を入れてるってことか)


 何にせよ、ティカトラスがいないほうが円滑に進む面もあるだろう。アイ=ファも内心では胸を撫でおろしているのかもしれなかった。


「あ、ところでジルベも同行させていただいてもかまわないでしょうか?」


「うむ。《青き翼》の面々に異存がなければ、問題はなかろう」


「もちろん、文句なんてありゃしませんよ。そんな賢そうなお犬なら、うっかり噛みつかれることもありゃしないでしょうからねぇ」


 無事に同行の許可をもらえたジルベは、嬉しそうに「わふっ」と鳴いた。

 ということで、まずは料理の試食である。今日は品数もごく限られているので、同じ献立があちこちの卓に配置されていた。


「手近なところから始めましょう。まずは、ギバの干し肉ですが……こちらはこのように、細かく刻んで売りに出してはどうかと考えています」


 俺が指し示した卓上には、一センチ四方に切り分けられた干し肉が小皿に盛られている。ギーズは「ほうほう」と興味深げに目を光らせた。


「干し肉なんてのは、一食分ずつに切り分けて売るのが定番でやすよね。こうして細かく切り刻むことに、どんな目的があるんで?」


「そもそも干し肉というのは、旅の道中で口にする携帯食ですよね。だからこちらも最初の頃は、特別な細工は施していなかったのですが……ゲルドや南の王都の方々はきちんとした料理の材料として扱いたいという話であったので、こちらも頭をひねることになったのです」


 それにバランのおやっさんたちも、かつては干し肉を故郷に持ち帰っても上手に調理してもらうことができなかったと嘆いていたのだ。どちらかといえば、俺はその一件をきっかけにして干し肉の扱い方を思案し始めたのだった。


「まあ、干し肉なんてのはガチガチに硬いのが相場でやすから、細かく切り刻んだほうが食いやすいこってしょう。でも、こうまで小さくしちまうと、食いでがなさそうに思えちまいやすねぇ」


「その物足りなさを補うための、調理法ですね。誰でも簡単に仕上げることのできる献立と、ちょっと手間のかかる献立を、ふた品ずつ準備しています」


 その場に準備されていたのは、ポイタン料理と汁物料理である。


「まずこちらは、ポイタンに乾酪と干し肉をまぶして焼きあげた品です。他には、何の細工も施していません」


「ふんふん。確かにまあ、愛想のねえ見てくれでございやすね」


 ポイタンは単体だと固形化しないので、お好み焼きの要領で焼きあげたのだ。それで具材は乾酪と細切れの干し肉のみであり、後掛けの調味料も使用していないのだから、見栄えがいいとは言い難かった。


 しかし、それを口にしたギーズは「へえ」と目を見開く。ドゥルクとバルファロも、取り立てて不満はない様子でそちらの料理を頬張っていた。


「こいつは確かに、悪くねえ出来栄えでやすねぇ。本当に、干し肉と乾酪しか使っちゃいねえんで?」


「はい。そちらの干し肉は腸詰肉と同じ配合で、香草をまぶしているんです。香草を扱うことが巧みなレイナ=ルウが研究に研究を重ねた、自慢の配合です」


「なるほど。しかも、やわらけえ生地と硬い干し肉が入り混じって、噛みごたえもいい感じでやすね」


 ギーズは珍しく、素直に感心してくれている。

 すると、ガズラン=ルティムが笑顔で語りかけた。


「ギーズは、料理にお詳しそうですね。かまど番の経験でもお持ちなのでしょうか?」


「いえいえ、とんでもねえこって。ただ、ダームで暮らしてるだけで、物珍しい食い物との出会いには事欠かねえんでやすよ。だから俺や親分がたも、それなりに舌は肥えてるつもりなんでやすが……森辺のみなさんの手腕には、感心させられっぱなしでさあ」


「なるほど」と応じつつ、ガズラン=ルティムはヴィケッツォのほうに視線を転じる。

 同じ料理を味見していたヴィケッツォは、しかたなさそうに口を開いた。


「ダームは竜神の民や南の王都と海路で交易していますので、独自の食文化が育まれているかと思われます。ただし、シムの品はほとんど入ってきませんので、ジェノスのほうがより多彩な献立にあふれかえっているのでしょう」


 すると、そっぽを向いていたドゥルクが愕然とした様子でヴィケッツォのほうに向きなおる。

 ヴィケッツォが凛然たる面持ちで「何か?」と問い質すと、ドゥルクは「いえ」と目をそらした。まだヴィケッツォと気安く口をきく気にはなれないようだ。


「それで、そちらと対になるのがこちらの料理となります。こちらはポイタンとフワノを混合させた生地で、干し肉と乾酪の他にタラパとアリアとプラ、それにジャガルのキノコなども具材に使っています」


 それは森辺の民にとってお馴染みの、ピザであった。タラパはみじん切りのアリアと調味料でソースに仕上げて、ピーマンのごときプラとマッシュルームモドキを具材として追加している。あとは干し肉と乾酪をまぶせば、申し分のない出来栄えであった。


「おお、こいつは上出来でさあ。屋台で売られててもおかしくない味わいでやすねぇ」


「ありがとうございます。こちらは石窯が必要な料理ですし、そもそも干し肉は値が張るので、ある意味では屋台の献立よりも上等かもしれませんね」


「なるほど。大して裕福でない人間でも銅貨が有り余ってる人間でも、それぞれギバの干し肉を美味しくいただける筋道が存在するってこってすね。さすがアスタの旦那は、商売ってもんをわかっておりやすねぇ」


 そう言って、ギーズはにんまり微笑んだ。


「そういえば……ダームでも、場末の酒場なんかじゃポイタンを使うのが当たり前になってきやした。ポイタンをフワノの代わりに仕立てる手管ってのも、アスタの旦那が考案したんでやしょう? まったく、大した手腕でやすねえ」


「いえいえ。以前はフワノの存在すら知らなかったので、なんとかポイタンの美味しい食べ方を模索しただけのことです」


「なるほど。ですが今じゃあ、ポイタンを栽培するルアドラ領も畑を広がるだけ広げて大繁盛って話でやすよ。ルアドラの貴族様も、アスタの旦那には足を向けて寝られないこってしょうねぇ」


 ルアドラとは、俺がポイタンの加工方法を指南した監察官ドレッグの故郷である。

 なおかつドレッグは、かつてジルベの主人でもあった人物であるのだ。俺がそれを懐かしんでいると、試食もせずにたたずんでいたフェルメスがふわりと口をはさんだ。


「あなたはずいぶん王都の事情に通じているようですね。ダームの下町で暮らしているだけで、それほどの話が耳に入ってくるのでしょうか?」


 ギーズは「へへ」と笑ってから、滔々と語り始めた。


「以前にもお話ししやしたが、俺がダームを根城にしたのはここ数年の話でやして。新しいねぐらに腰を据えるにはその地の情勢をわきまえておく必要があるもんで、よそ様よりも耳をそばだてていただけのこってさあ」


「そうですか。わずか数年で竜神の民の言葉を習得するというのも、並々ならぬ手腕です。あなたほど才覚にあふれる人間であったならば、ひとかどの身分を目指すこともできたのではないでしょうか?」


「とんでもねえこって。俺なんざ、小悪党あがりのちんけなゴロツキでやすよ」


 ギーズは立派な前歯を剥き出しにして、にっと笑った。


「それにまあ、俺にとっては竜神の王国に移り住むってことが、何よりの夢だったんでさあ。これ以上に上等な行く末なんざ、他に思いつきゃしません」


「ああ……確かに、それほど壮大な夢というのは、なかなか他にないのかもしれませんね」


 と、フェルメスは夢見る精霊のような面持ちで微笑んだ。

 生まれつき身体が弱かったフェルメスは、自由な生というものに強い憧憬を抱いているようであるのだ。それでティカトラスに対しては複雑な心境であるようだが、ギーズに対してはどのような思いを抱いているのか――その精霊めいた表情から、内心をうかがうことはできそうになかった。

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― 新着の感想 ―
汚ぇ手使うな、ティカトラス。
もしかしてギースはアムスホルンの寝返りでズーロ=スンに助けられた罪人の1人だったりするのでしょうか。背骨のケガや来歴なども気になるところですね。
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