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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1614/1695

交流と商談④~晩餐~

2025.4/28 更新分 1/1

・今回の更新は全8話の予定です。

「いやあ、まさか噂に聞く《青き翼》の団長がわたしとゆかりのある御仁だっただなんて、想像だにしていなかったよ!」


 ティカトラスは妙に甲高い浮ついた声音で、そのように言いたてた。

 ティカトラスが襲来してからすでに数刻ばかりの時間が経ち、今は晩餐のさなかである。《青き翼》の面々が早々に引き返したのちもティカトラスはルウの集落に居残って、晩餐をともにすることになったのだった。


 俺とアイ=ファも招待されたため、ルウ本家の人々とともに晩餐を囲んでいる。ティカトラスはひとり上機嫌であり、デギオンとヴィケッツォは相変わらずの愛想のなさだ。しかしティカトラスひとりだけで、晩餐の場は十分以上に賑やかであった。


「貴方であれば、あの者たちの存在をわきまえているのだろうと思っていた。しかしまさか、過去に悪縁を結んでいようとはな」


 ジザ=ルウの落ち着き払った言葉に、ティカトラスは「いやいや!」と手を振る。


「悪縁なんてことはないよ! わたしたちはただ、同じ相手を愛してしまったというだけのことさ! それはむしろ、同じ存在に魅了された同志のようなものじゃないか!」


「しかしあちらは、貴方の存在を忌避しているようだが」


 ジザ=ルウが言う通り、《青き翼》の団長たるドゥルクは言葉も出ないほどに激情をたぎらせていた。これでは商売の話を進めることも難しいと判じられて、早々に宿場町へと舞い戻ることになったのだ。


 ティカトラスはそれを追いかけそうな勢いであったので、ドンダ=ルウがルウの集落に引き留めた。すると今度はティカトラスのほうが晩餐の場でじっくり語らいたいなどと言い出したため、斯様な事態に至ったわけであった。


 まあ、ティカトラスそのものは、今さら忌避するべき相手ではない。俺たちは長きの時間をかけて相互理解に努めてきたつもりであるし、東の王家にまつわる騒乱においてもしっかり手を携えて苦難を乗り越えることになったのだ。そういう意味では、もはや盟友と呼べるような間柄であるはずであった。


(ただこのお人は、根っから浮ついてるからなぁ)


 美味なる料理を口に運びつつ、俺は溜息も一緒に呑み込んだ。

 ティカトラスがジェノスを出たのは東の王都の使節団と同時期であるから、一ヶ月と少しぶりの再会ということになる。この期間、ティカトラスは近在の領地を巡って、遊楽と商談を楽しんでいたのだそうだ。


 ティカトラスはひょろりとした長身で、ちょっと極端な鷲鼻である以外は、これといって強い個性を持った容姿ではない。ティカトラスの個性は、服装と内面に集約されているのだ。本日もティカトラスは豪奢な刺繍が施されたターバンに長羽織めいた上衣にバルーンパンツというけばけばしい格好で、ありとあらゆる箇所に銀や宝石の飾り物をぶらさげており、薄明るい晩餐の場でも目が痛くなるほどであった。


 そんなティカトラスが騒がしい分、従者にして護衛役にして実子たるデギオンとヴィケッツォは、ひっそりとしている。百九十センチを超える長身で骸骨のように不吉な面相をしたデギオンも、東の民に似た美貌であるヴィケッツォも、それぞれ黙然と食事を進めていた。


 俺としては、ティカトラス以上にヴィケッツォへと関心をひかれてしまう。

《青き翼》の団長ドゥルクとティカトラスは、彼女の母親を巡って角を突き合わせることになったのだ。まあ、ティカトラスの側にそういう自覚はなかったようだが、ともあれその恋の勝負はティカトラスの勝利に終わり、ヴィケッツォがこの世に誕生したわけであった。


(たしかヴィケッツォは、母親にそっくりだって話だったよな)


 であれば、母親もけっこうな美人であったのだろう。髪も瞳も肌も黒く、アンズのようにまなじりの上がった目が印象的なヴィケッツォは、きわめて端麗な顔立ちをしていた。


 現在は黒ずくめの男装であるが、そんな姿も凛々しくてならない。そして、女性らしい格好をしたならば別なる魅力が炸裂することも、これまでの祝宴で証し立てられている。また、ただ容姿が整っているばかりでなく、そのしなやかな体躯からみなぎる気迫や生命力もかけがえのない魅力であり――そういう部分は、アイ=ファとも共通しているのだった。


(だからティカトラスは、アイ=ファにも心をひかれることになったのかな)


 俺がそんな風に考えていると、ヴィケッツォに横目でにらまれてしまった。


「何でしょう? わたしに何か、ご用事でしょうか?」


「あ、いえ、そういうわけでは――」


 俺が慌てて弁明しようとすると、ティカトラスの高笑いがそれをさえぎった。


「今日の主役は、君だからね! きっとアスタは、君の姿から母親の面影を見て取ろうとしているのだろう! わたしとドゥルクなる人物が奪い合った女性というのは、いったいどれほど魅力的であったのだろうか、とね!」


「……わたしは母の顔を肖像画でしか知りませんので、そのような話を取り沙汰されるのははなはだしく不本意です」


 と、ヴィケッツォは黒い頬に血の気をのぼらせる。ポーカーフェイスを気取りながら意外に激情家というのも、彼女の魅力のひとつであった。


「貴女の母親は、物心つく前に魂を返したのだという話であったな。また、竜神の民として生きることを許されなかった貴方は、生まれた頃からティカトラスのもとで暮らしていたのであろう?」


 ジザ=ルウに沈着な声で問われて、ヴィケッツォは「ええ」と素っ気なく応じた。


「だからわたしは海に出たこともなく、竜神の民についても何らわきまえていません。まあ、ティカトラス様が下町の酒場まで出向かれた際には、ラキュアの民と出くわすこともなくはありませんでしたが――」


「うんうん! だけどそのドゥルクなる人物は、わたしのことを徹底的に避けていたそうだね! そういえば、今日は荒っぽいお客がいるから遠慮してくれと、酒場にしめだしをくらうこともたびたびあったのだよ! そのいくつかが、ドゥルクなる人物の根回しであったのかもしれないね!」


 マロマロのチット漬けをベースにしたピリ辛のスープをすすってから、ティカトラスはそのように言いたてた。


「だからわたしは、そのドゥルクなる人物としっかり対面したこともないのだよ! 今日だって、遠目に姿をうかがうことしか許されなかったしね!」


「ふむ。ヴィケッツォの母親が存命であった時代にも、ドゥルクと顔をあわせる機会はなかったのであろうか?」


「うん! ヴィケッツォの母親がラキュアの民に求愛されているという話は、本人から聞かされていたけどね! でも彼女はわたしの求愛をはねつけていた時分から、その人物を受け入れようとはしていなかったよ! つまり、わたしの存在など関わりなく、そのドゥルクなる人物の愛が成就する見込みは薄かったというわけだね!」


 世にも無邪気な笑顔で、ティカトラスは身も蓋もないことを言ってのけた。


「そもそもね、黒竜神の民と青竜神の民が結ばれることなど、そうそうありえないそうだよ! 印象としては、この四大王国における異国民同士の婚姻よりも、いっそう稀な話であるようだね!」


「しかし、アムスホルンの民と竜神の民で子を生すほうが、さらに稀なのではなかろうか?」


「あっはっは! それこそが、わたしの尽力の賜物だね! わたしはそれぐらいの熱情でもって、ヴィケッツォの母親を愛したということさ!」


 しかしまた、ティカトラスは何人もの側妻を迎えて、十人以上の子を生しているのだと聞き及ぶ。そういう部分が、森辺の民には理解し難いのだ。俺としても、理解には努めたが共感には至らないといった塩梅であった。


「聞けば聞くほど、頭の痛くなりそうな話だねぇ。……コタも、そんな熱心に聞く必要はないからね?」


 ミーア・レイ母さんが苦笑まじりに声をあげると、俺の隣に配置されていたコタ=ルウは「うん」とうなずいた。確かに四歳の幼子には、あまり相応しくない話題であろう。


「それで……商売の話ってのは、どうなったんだい……? これっきりで、おしまいってことではないんだろう……?」


 ジバ婆さんがゆったりと声をあげると、ドンダ=ルウは重々しく「ああ」と応じた。


「そんな因縁は、俺たちに関係のある話ではないからな。《青き翼》なる連中が手を引かない限り、さらに話が進められることになろう」


「ええ。そのためにも、貴方がたには身をつつしんでいただきたいのだが」


 ジザ=ルウに糸のように細い目を向けられたティカトラスは、芝居がかった仕草で「ええ?」と身をのけぞらせた。


「でも、竜神の民が大陸アムスホルンの内陸部にまで乗り込んでくるだなんて、歴史に残る椿事だろうからね! わたしは何としてでも、彼らと懇意にさせていただきたいと思っているよ!」


「貴方が《青き翼》に対してどのように振る舞おうとも、それは貴方の自由だ。ただ、我々の邪魔はしないでいただきたい」


「邪魔をする気は、ないけどさ! せっかくだったら、君たちとも協力関係を結びたいところだね!」


「……協力関係?」


「うん! 君たちの目的は、商売の成功なのだろう? わたしはここ最近でこの近隣の事情にもずいぶん通じることができたから、《青き翼》の商売に協力することも容易であるんだ! それで彼らが大量のギバ肉を買いつけることになれば、君たちの懐も潤うじゃないか!」


 ティカトラスは得意満面であったが、実直さの極みたるジザ=ルウは感銘を受けた様子もなかった。


「我々は竜神の民と正しい絆を紡ぐべきだと判じたからこそ、商売の話を進めることになったのだ。商売のために交流を二の次にする理由は、どこにも存在しない」


「交流を二の次にする必要はないさ! むしろ、わたしと彼らの交流のために、力を貸していただきたいのだよ!」


「その見返りが、商売の成功ということであろうか?」


「いやいや! 森辺の民が金銭的な見返りだけで動くような気質じゃないことは、わたしだって承知しているさ! 何より君たちは、人と人との絆こそを重んじているのだろうからね! だから、君たちは君たちで彼らとしっかり絆を育みつつ、友たるわたしにも力を添えてほしいのだよ!」


「友……」と、ジザ=ルウは押し黙ってしまう。

 その姿に、ティカトラスはにっこりと笑った。


「あれあれ? わたしはまだ森辺の民に友として認められていないのかな? それは何とも、物寂しい限りだね! ジルベも、なんとか言っておくれよ!」


 土間でルウ家の子犬たちをかまっていたジルベは、「わふ?」と小首を傾げた。

 しかしそのふさふさの尻尾はティカトラスの声に反応して、ぱたぱたと振られている。ティカトラスのおかげで大きな仕事を果たし、勲章を授かることになったジルベは、彼に対して混じりけのない親愛の念を抱いているのだ。ある意味、森辺の集落においてもっともティカトラスのことを敬愛しているのは、ジルベであるのかもしれなかった。


「あんたは余計な口を叩くから、みんなに素っ気なくされちまうんだろうねぇ……そういう部分は、カミュア=ヨシュに似ていると思うよ……」


 と、ジバ婆さんが笑いを含んだ声で言うと、ティカトラスは子供のように「いやあ」と頭をかいた。


「カミュア=ヨシュに似ているというのは光栄な限りでありますが、考えるより前に口を開いてしまう性分であるのは、如何ともしがたいところでありますね!」


「だけどあんたは、考えを巡らせることだって得意にしているはずだよ……たぶん、あれこれ前置きをつけるのが余計になってるんじゃないのかねぇ……」


 ジバ婆さんの言葉に、ティカトラスは「ふむむ?」と首を傾げる。

 すると、ルディ=ルウが眠る草籠を揺らしていたサティ・レイ=ルウがゆったりと発言した。


「横から失礼いたします。ティカトラスは、いったいどのような形で森辺の民に力を添えてほしいと考えておられるのですか?」


「それはやっぱり、アスタやレイナ=ルウの力をお借りしたいところだね!」


 ティカトラスがノータイムで答えると、俺の隣でアイ=ファが眉をひそめた。


「アスタを巻き込まないでいただきたいのだが、あなたは何を企んでいるのだ?」


「企むだなんて、人聞きが悪い! 美味なる料理からもたらされる喜びを分かち合うことで交流を深めるというのは、君たちがもっとも得意とするところだろう? 貴族の社交の場においても、会食というのはきわめて重要であるからね! だから、アスタたちの手腕をお借りしたいのだよ!」


「あなたと竜神の民を、同じ食事の場に招け、と? そんな申し出は、ドゥルクのほうが拒むのではなかろうか?」


「うーん。いきなり森辺の祝宴というのは、やっぱり難しいかなぁ? かといって、ジェノスの面々も彼らを城下町に招くつもりはないようだし……間を取るなら、宿場町やダレイムのお屋敷あたりかな! 彼らは宿場町にあるサトゥラス伯爵家のお屋敷で審問されたのだっけ?」


「うむ。そのように聞いているが……」


「そこで他なる貴族たちにも立ちあってもらえれば、君たちも安心できるかな? あとは、彼らを呼び出す口実だね! 何かこう、彼らを会食に引っ張り出す上手い案はないものかなぁ?」


 ティカトラスに期待の眼差しを向けられた俺は、最高責任者たるドンダ=ルウにおうかがいを立てることになった。


「俺はここで、助言をするべきでしょうか?」


「……何か考えがあるなら、言ってみろ。是非は、その後で決める」


「承知しました。……実はティカトラスたちが来られる前には、干し肉や腸詰肉の味見をしていただこうかという話になりかけていたのですよ。それを料理に仕上げて、味見をしていただくというのは如何でしょう?」


「おお、いいじゃないか! やっぱりアスタは、頼りになるね!」


 ティカトラスは喜色満面であるが、アイ=ファは溜息をついている。そして、発言したのはジザ=ルウであった。


「だが、その場に貴方が割り込む余地はあるのだろうか?」


「わたしも森辺の民を見習って、正面突破させていただくつもりだよ! 《青き翼》の商売に力を添えたいと、ジェノスの面々に願い出るのさ!」


「ふむ。貴方とドゥルクの悪縁も、つまびらかにするのであろうか?」


「もちろんさ! わたしとドゥルクなる人物が和解すれば、八方丸く収まるわけだからね! 《青き翼》は新たな販路を築くことがかなうし、森辺の民はギバ肉の商売を発展させることがかなう! そうして誰もが竜神の民と健やかなご縁を結ぶことがかなえば、ジェノスの面々だってお喜びだろうさ!」


「では、貴方にはどのような利益が生じるのだろうか?」


「《青き翼》の面々と懇意にさせてもらえるだけで、わたしには十分だけれどね! だけど彼らもゆくゆくは、故郷に戻る算段なのだろう? その後にわたしとも交易してもらえたら、それも立派な利益だろうね!」


 ティカトラスは、そこまで見据えてはしゃいでいたのだ。

 やはりジバ婆さんの言う通り、ティカトラスは十分に頭の回る人間なのである。ただそれ以上に、口が回ってしまうわけであった。


「であれば、ジェノスの貴族に是非を定めてもらうべきであろうな。俺たちが勝手に動き回るよりは、望ましい行く末を求めることもかなおう」


 と、ドンダ=ルウはそんな言葉でティカトラスの提案を半ば受け入れた。

 おそらくは、ジェノスの立場ある面々――マルスタインやメルフリードやポルアースたちを信用してのことだろう。俺としても、まったくもって異存はなかった。


(何せ相手は、竜神の民とティカトラスだもんな。森辺の民だけで責任を負うのは、あまりに重すぎるよ)


 すると、黙って様子をうかがっていたヴィケッツォがいくぶん不満げに発言した。


「ですが、そうまでしてその者たちと懇意にする必要があるのでしょうか? わたしは……あまり気が進まないのですが」


「へえ、どうしてだい? いくら君が母親に生き写しの美しさでも、親子ほど年が離れたドゥルクなる人物に求愛されることはないと思うよ!」


「あんたは、アイ=ファにちょっかいをかけたじゃん。たぶんアイ=ファは、ヴィケッツォより若いだろー」


 ルド=ルウが的確な指摘をすると、ティカトラスは悪びれた様子もなく「あっはっは」と笑った。


「それはほら、わたしの魂がいつまでも若木のごとき瑞々しさを保っている恩恵さ! きっとドゥルクなる人物は、ヴィケッツォに我が子のごとき親愛を抱くことになるのじゃないのかな!」


「赤の他人に、そのような思いを抱かれるいわれはありません。母に懸想していた人物であるのなら、なおさらです」


「ふむふむ。どうして君はそのように、ドゥルクなる人物を忌避するのだろう?」


 ティカトラスがしつこく追及すると、ヴィケッツォはぶすっとした顔で口をつぐんだ。そういう子供っぽい表情も、アイ=ファと共通する彼女の魅力だ。

 すると、置物のように無言であったデギオンが陰鬱な声音で発言した。


「わたしがヴィケッツォと同じ立場であったなら……きっと同じ思いにとらわれていたことでしょう」


「ほうほう、その心は?」


「そのドゥルクなる人物は、今もなおティカトラス様を忌避しております……つまり、ティカトラス様とヴィケッツォの母親との絆を、祝福していないということです……何より大切な両親の絆を祝福しない相手などと、懇意にしたい理由はありませんでしょう」


「何より大切な両親」というところで、ヴィケッツォがまた頬を赤らめた。その張本人が目の前でにこにこ笑っていると、やはり羞恥の思いをかきたてられてしまうのだろう。そんなヴィケッツォの心情を知ってか知らずか、ティカトラスは「そうかそうか!」と声を張り上げた。


「だったらなおさら、悪縁は解きほぐしておくべきじゃないかな! ヴィケッツォとて、半分は竜神の民の血が流れているのだからね! 滅多に遭遇できない竜神の民を忌避するだなんて、あまりに惜しい話だよ!」


「……ですが、ラキュアとデュロイアでは崇める竜神も異なっているではないですか」


「青かろうが黒かろうが、竜神は竜神さ! 竜神同士が同胞であるのだから、その子たる民たちだって同胞であるはずだよ!」


 すると、思いも寄らない人物が口を開いた。

 俺の隣で大人しく食事をしていた、コタ=ルウである。


「りゅうじんは、たくさんいるの? よんだいしんと、いっしょ?」


「うむ? まあ、そんなところだね! そもそも竜神の王国というのは、五つの一族で形成されているのだそうだよ! その五つの一族がそれぞれ、青、黒、赤、黄、白の竜神を崇めているらしいね!」


「ふうん。……みんな、なかよし?」


「竜神の民はそれぞれ異なる島で暮らしているそうで、それほど親密な関係ではないらしい! ただ、セルヴァとマヒュドラのように敵対することはないそうだ!」


「それなら、よかったね」と、コタ=ルウはあどけない顔でヴィケッツォに笑いかけた。

 いきなり無垢なる笑顔を向けられて、ヴィケッツォは目を泳がせてしまう。その間に、ジザ=ルウが静かに声をあげた。


「コタは我々の話を、そうまでしっかり頭に収めていたのか。……それでどうして、竜神の民などに興味を持っているのだ?」


「うん? よくわかんないけど……わかんないから、しっておきたいの」


 ジザ=ルウは父親の顔で「そうか」と微笑みつつ、コタ=ルウの笑顔と言葉を受け止めた。俺としては、コタ=ルウの聡明さに舌を巻くばかりである。


(よかったねっていうのは……たぶん、青竜神の民と黒竜神の民が敵対していないことに関してだよな。まだ四歳なのに、コタ=ルウはそんなことにまで気を回せるのか)


 つくづく、ルウ家と森辺の将来が楽しみなところである。

 しかし、いま取り沙汰するべきは、目の前の問題に関してであった。


「とにかくね! 竜神の民を母に持つヴィケッツォも、竜神の民でありながら大陸アムスホルンを巡る《青き翼》の面々も、きわめて数奇な運命を辿っているはずだ! そんな両者の運命がこうして交わることになったのだから、それを良き縁としたいところじゃないか!」


 そんな風に言いたてたティカトラスが、ふいに穏やかに目を細めた。


「それでわたしもデギオンのおかげで、ようやく自分の気持ちがわかったように思うよ。わたしはわたし自身よりも、君とドゥルクなる人物が健やかな絆を結べるように願っているのかもしれないね」


「い、いきなり何ですか? わたしのことなど、どうぞお捨て置きください」


「そんなわけにはいかないよ。ドゥルクなる人物は二十年ばかりが過ぎてもなお忘れられないぐらい、君の母親のことを愛していたんだ。そんなドゥルクなる人物と君が忌避し合うなんて、あまりに物悲しいじゃないか」


 ティカトラスは、ごく稀にこういった顔を覗かせるのだ。

 それでヴィケッツォはさまざまな感情を持て余している様子で、深々と溜息をつくことになったのだった。


「……わかりました。どうせティカトラス様は、ご自分の好きなようになさるのでしょう? わたしのことなどはかまわずに、どうぞお好きになさってください」


「うん。それじゃあ、そうさせていただくよ」


 ティカトラスはにっこり笑ってから、もとのけたたましさを取り戻した。


「それじゃあさっそく明日にでも、ジェノスの面々に打診させていただくからね! 試食の晩餐会というものを開くとなったら、日取りはいつが望ましいのかな? すみやかに話を進められるように、森辺の面々の予定もあらかじめ聞かせていただこう!」


「やかましい男だな。レイナ、アスタ、貴様たちが何とかしろ」


 ドンダ=ルウの言いつけに従って、俺とレイナ=ルウはこの先のスケジュールを再確認する。そうしてティカトラスの要請に応じるのは、二日後が望ましいという結論に至り――その翌日には、ジェノスの貴族の面々からも無事に了承を得ることがかなったのだった。

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― 新着の感想 ―
ほんとティカトラスうざいね。 お前が来なくても、きっとアスタ達との仲はゆっくりと醸成されて過去のその辺の話しもゆっくりと収まる場所に収まっただろうに。 こいつが来ることによって、こいつの手で一気呵成に…
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