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異世界料理道  作者: EDA
第九十四章 青き竜の子ら
1609/1695

邂逅の日②~青竜神の民~

2025.4/9 更新分 1/1

 竜神の民と思しき一団が、ついに宿場町に踏み入ってきた。

 街道にたたずんでいた人々は、好奇と警戒の面持ちで後ずさっていく。青空食堂で食事を楽しんでいた人々は逃げることもかなわず、ただただ目の前を通りすぎていく奇怪な一団を見送っているようであった。


 北の民のごとき風貌をした大男が五、六名と、全身が鉄灰色の鱗に覆われたトトスに似た獣、けばけばしくペイントされた二台の荷車――さまざまな人間が集まる宿場町においても、きわめて異質な姿である。この異質さに匹敵するのは、それこそ《ギャムレイの一座》ぐらいなのだろうと思われた。


 俺は焼きあがった餃子を木皿に移し替えたが、おやっさんとアルダスは屋台の前から離れようとしない。

 そんな中、ついにその奇態な一団が屋台の前まで差し掛かり――手綱を引いていた小男が、「ひょうっ」と奇妙な声をあげた。


「なんだなんだ、いきなり目当ての場所に行きついちまったよ。いざ探索だって意気込んでたのに、こいつは拍子抜けだねぇ」


 小男は、子供のようにはしゃいだ声でそのように言いたてた。

 他の面々は天を突くような大男であるが、彼はライエルファム=スドラよりも小柄なぐらいである。そして、痩せ細った身体にけばけばしいペイントが施されたフードつきマントを纏っており、老人のように背中が曲がっていた。


「なあ、こいつが噂のギバ料理ってやつなんでしょう? 看板に、ギバって書いてありますもんねぇ。それじゃあ、あんたが店主のファの家のアスタってわけですかい?」


 おやっさんとアルダスの隙間から、謎の小男が陽気に語りかけてくる。

 そして彼はおもむろに、かぶっていたフードを背中にはねのけた。


「ああ、俺たちはただの客だから、なんも心配はいりゃあしませんよ。まずは、噂に名高いギバ料理ってやつを食わせてもらわないとねぇ」


 そう言って、小男はにっと笑った。

 やたらと鼻面がせり出ており、大きな口からは発達しすぎた前歯が覗いている。それで痩せこけているものだから、なんだかネズミのような面がまえだ。褐色の髪はずいぶん薄くなっていたが、ちょっと年齢の見当がつかなかった。


「……お前さんがたも、屋台の客であったのか」


 と、俺よりも早く、おやっさんがそのように応じた。


「だったらまず、その荷車をどうにかするべきだな。荷車を道端にとめるのは、ジェノスの宿場町の掟破りだぞ」


「そいつはご丁寧に、ありがとうございやす」


 と、小男はおやっさんのほうを笑顔で振り返った。


「ついでにお聞きしやすけど、そういう場合、荷車はどんな風に始末をつけるもんなんですかねぇ?」


「荷車は、宿屋かトトス屋に預ける他なかろうな。ただし、トトスならぬ獣を預かる店はないやもしれんぞ」


「なるほど! しかも、そういう場所を頼ったら、きっと銅貨が必要になるんでしょうねぇ。そいつは、俺たちの流儀じゃありゃしませんや。荷車は、外で待たせることにいたしやしょう」


 小男は背後を振り返り、正体の知れない言葉を口にした。

 俺がこれまで耳にしてきた東や北の言葉ともイントネーションの異なる、巻き舌の発声が多い言語である。それを耳にした大男たちは、地鳴りのように重々しい声音で同じ言葉を語り始めた。


「みんな腹ぺこだったんで不満たらたらですが、半分ずつに分かれて順番に料理を楽しませていただきやすよ。南のお人、ご丁寧にありがとうございやす」


「……俺よりも、そっちの衛兵が何か言いたそうにしておるぞ」


 ひとりでこの場に居残った衛兵はなすすべもないままに、こちらの様子をうかがっていたのだ。おやっさんに水を向けられたことで、ようやくその衛兵が発言した。


「ちょ、ちょっと待ってもらいたい。いま、立場のある人間を呼びにやっているので、それまでは大人しくしておいてもらいたいのだが……」


「ええ? メシも食わずに、じっとしてろっていうんですかい? そいつは、あまりに殺生でさぁ。こんな美味そうな匂いを嗅がされて我慢を強いられたら、この温厚な連中も暴れ始めちまうかもしれませんぜ?」


 にたにたと笑いながら、ネズミ顔の小男はそう言った。


「それに俺らは、善良な行商人に過ぎないんですぜ。王国の法は絶対に破らないと、誓約書を提出したじゃあねえですか。どうかご心配なく、温かい目で見守ってもらいたいもんでさあ」


「誓約書?」と、アルダスがうろんげに問いかける。

 小男は、「ええ」とほくそ笑んだ。


「ご覧の通り、俺らはどこに出向いても厄介者あつかいなんでね。面倒だから、お初の領地に踏み入る際には誓約書を出すことにしたんでさあ。最初に足を踏み入れたレイノスの町で書かされた誓約書を、そのまんま真似ることにしたわけでさあね」


「なるほど。まあ、いまのところは何の法も破っていないようだな」


「でしょう? 俺らはただの、行商人なんでさあ。ま、素性が素性なんで、あやしまれるのも慣れっこですがね」


「素性」と、おやっさんが反応した。


「お前さんがたは、いったい何者なのだ? 後ろの連中は、噂に聞く北の民のような姿であるようだが」


「あ、それは――」と衛兵がいっそう慌てたが、小男はかまわずに宣言した。


「後ろの方々は、大陸の外からやってきた竜神の民のご一行でさあ。渡来の民って言ったほうが、こっちでは通りがいいんでしょうかねぇ?」


「渡来の民?」と、おやっさんは俺のほうに向きなおってくる。

 それで俺は、さきほど言いそびれた話を打ち明けることになった。


「はい。渡来の民でも青竜神を崇めるラキュアという一族の方々は、北の民に似た風貌をしているのだと聞き及んだことがあります」


「おお、ラキュアの民までご存じとは、話が早えや! さすが、渡来の民と噂されるファの家のアスタってわけですか」


 小男が喜色満面で言いつのると、衛兵がおろおろとしながら割り込んだ。


「だ、だからその、渡来の民やら竜神の民やらいう話を、声高に語らないでもらいたい。ジェノスの民は、そのような存在をほとんどわきまえていないのだ」


「それでどうして、こっちが引っ込まなきゃならないんで? 知らないんなら、知るべきでしょうよ。敵対国の北の民なんじゃないかって疑われてたら、こっちも商売になりませんぜ」


 得々と語る小男に、おやっさんがまた厳しい視線を向けた。


「それじゃあ、お前さんは何なのだ? お前さんは、西の民なのであろう?」


「ええ。俺は歯ッ欠けのギーズっていう、ちんけなゴロツキでさあ。縁あって、竜神の民のご一行を大陸中にご案内するお役目を授かった次第でして」


 そう言って、小男はまたにっと笑った。

 すると、発達しすぎた前歯の左右が何本か欠けているのが見てとれる。それで余計に、真ん中の前歯が目立つようであった。


「歯ッ欠けのギーズ……明らかに、通り名の類いだな。真の名を語るつもりはない、ということか」


「へへ。べつだんそいつは、掟破りじゃありゃしないでしょう? 親からいただいた名前はあまりにお上品で、俺には似合わねえんでさあ」


 すると、ギーズを名乗る小男の背後から重々しい怒声や歓声が巻き起こり、衛兵をびくりとさせた。

 どうやら街道にたたずむ大男たちは、じゃんけんに似た手遊びに励んでいたようであるのだ。その内のひとりが仏頂面で、ギーズから手綱を受け取った。


「ようやく組分けが済んだようでさあ。俺は通訳として居残らせていただくんで、どうぞよろしくお願いいたしやす」


 かくして、三名の大男と二台の荷車が、街道を引き返していった。

 その場に残されたのは小男のギーズと、もう三名の大男だ。どうやら彼らは、総勢七名であるようであった。


 あらためて、俺は大男たち――ラキュアの民の姿を検分させていただいた。

 やはり全員がニメートルを超える背丈で、しかも岩塊のように分厚い体格をしている。ジャガルの先祖返りであるアルダスも立派な体格をしているが、背丈では頭ひとつぶん、体格ではふた回りも負けていた。


 その内の一名が燃えるような赤毛であり、残る二名が金髪だ。

 その瞳は、全員が海のように青い。また、肌が赤銅色に焼けているため、厳つい顔がいっそう岩の彫像めいていた。


 そしてその全員が、青を基調としたけばけばしい装束を纏っている。

 ティカトラスやギャムレイのようにずんべんだらりとした様式ではなく、袖なしの胴衣を帯でしめる簡素なつくりであるが、意匠の派手派手しさはまったく負けていない。青地に金や銀や赤の刺繍が施されており、しかも東の民に負けないぐらいじゃらじゃらと飾り物を下げているのだ。魁偉な容貌と相まって、海賊か何かを連想させる装いであった。


 また、腰には全員が何らかの得物をさげている。

 手斧やら棍棒やら幅広の曲刀やら種類はさまざまであったが、その柄や鞘も宝石や派手な色合いをした帯などで豪奢に飾りたてられていた。


 見るからに、荒事を得意にしていそうな風体だ。

 ただし、先に食事をする権利を勝ち取ったせいか、全員が上機嫌なようである。

 そして――赤毛の人物が巨体を屈めて、屋台の内側を覗き込んできた。


「あなた、ファのいえのアスタ?」


 地鳴りのごとき重々しい声音が、幼子のようなたどたどしさで語りかけてくる。

 そのギャップに一瞬だけ驚かされつつ、俺は即座に「はい」と応じた。


「俺は森辺の民、ファの家のアスタと申します。俺のことを、ご存じなのですね」


「ごぞんじです。でも、あなた、りゅうじんのたみ、ありません」


 赤毛の巨漢は、岩のような顔で笑っている。

 ただ――その深い青色の瞳に探るような光が宿されていることを、俺は見逃さなかった。


「あなた、とらいのたみ、うわさです。あなた、りゅうじんのたみ、なのりましたか?」


「いえ。俺は大陸の外からやってきたと言い張っただけで、渡来の民や竜神の民と名乗ったことはありません」


 俺がそのように答えると、巨漢は真っ白な歯を剥き出しにして笑った。


「それなら、りゅうじん、いかり、ふれません。わたし、あんしんです」


「じゃ、さっそく噂のギバ料理ってやつをいただきやしょうかね。その美味そうな料理は、如何ほどで?」


 ギーズが素早く割り込んできたので、俺はそちらに向きなおった。


「こちらは三個で、赤銅貨一枚です。他の料理は高くても赤銅貨二枚で、おおよそ半人前という見当ですね。ただ、南の方々などは合計で三品か四品ほど買ってくださいます」


「おお、やっぱ安いもんじゃありゃしませんねぇ。みんなが満腹になるまで買いあさったら、あっという間に銅貨が尽きちまいそうだ」


 そう言って、ギーズは左右の屋台を見回した。


「ところで、ここらの屋台はみんなギバ料理の看板を掲げているようでやすね。こいつがみんな、森辺の民の屋台なんで?」


「はい。左隣の屋台だけは宿屋の出店ですが、あとは森辺の民の屋台です。あと一軒だけはギバ料理ではなく、菓子を販売しておりますよ」


「おお、菓子までそろえてるんですかい。こいつはますます、散財しちまいそうだ」


 そんな風に語りながら、ギーズはいかにも楽しげな様子である。


「じゃ、どいつを買わせていただくか、ひと通り物色させていただきやしょう。あんたの料理は赤銅貨二枚分を買わせていただくんで、今の内に準備をお願いしまさあ」


 そうしてギーズたちは、隣の屋台に移っていった。

 俺はひとつ息をついてから、木皿の餃子を保温用の鉄板に移動させる。


「すっかり冷めてしまったんで、温めなおしますね。少々お待ちください」


「うん、そいつはかまわねえけど……やっぱりちょっと、得体の知れない連中だな。ちっとばっかり、気をつけたほうがいいと思うぜ?」


 アルダスが、小声でそのように告げてくる。おそらく横から眺めていたアルダスも、赤毛の巨漢の目つきに気づいたのだろう。


「はい。俺も気を抜くつもりはありません。王国の法を破るつもりはないというお言葉を、信じたいところですね」


「うん。大陸の外からやってきたなんて、なかなか信じ難い話だなぁ。……まあ、それはアスタも、おんなじことなんだけどさ」


 頭をかくアルダスのかたわらで、おやっさんは「ふん」と鼻を鳴らす。


「あのギーズを名乗る小男も、日の下ばかりを歩いてきたわけではあるまいな。……本当に、油断をするのではないぞ?」


「ええ、ありがとうございます。おやっさんたちも、気をつけてくださいね」


「こちらとて、王国の法を破るつもりはない。すべては、あいつら次第だな」


 すると、俺のななめ後方から「あの……」と声をかけてくる者があった。

 誰かと思えば、ムファの女衆である。ムファの女衆は真剣な面持ちで、俺の耳もとに口を寄せてきた。


「ララ=ルウはトトスを連れて、集落に戻りました。リャダ・ルウ=シンを連れてくるので、アスタたちはバルシャたちが戻るまで警戒をおこたらないように、とのことです」


 そういえば、建築屋の面々がやってくるまで、ララ=ルウも俺のそばに控えていたのだ。俺は竜神の民に気を取られて、ララ=ルウの存在をすっかり失念してしまっていた。


「わざわざ、リャダ・ルウ=シンを? ララ=ルウこそ、ずいぶん警戒してるみたいだね」


「はい。あの方々は森辺の狩人に匹敵する力量なんじゃないかと、そんな風に仰っていました。確かにわたしも、あの方々には並々ならぬ迫力を感じます」


 彼らはどこからどう見ても魁偉な風貌であるが、あのララ=ルウがそれだけで警戒することはないだろう。あの体格で、森辺の狩人に匹敵する力量を持っているとしたら――それは、大きな脅威であった。


(でもそれは、彼らが悪人だった場合だからな)


 とりあえず俺は、出自だけで余人の善悪を疑いたくないと思っている。そこで疑われてしまったら、俺などは一歩も立ち行かないのだ。この世でたったひとりの『星無き民』よりは、竜神の民のほうがよっぽど真っ当な素性であるはずであった。


「じゃ、俺たちも食堂に向かうか。あいつらに先んじて、他の連中にも声をかけておかないとな」


 温めなおした焼き餃子を木皿に盛りつけると、アルダスとおやっさんは足早に青空食堂へと向かっていった。

 片手鍋に油をひいて、新たな餃子を並べたのちに、俺はヴィンの女衆を振り返る。


「悪いけど、君も食堂まで出向いて、みんなに声をかけてもらえるかい? これからあの方々も食堂に出向くかもしれないけど、何も危険はないはずだってさ。それで、俺もあの方々と一緒に食堂まで移りたいから、誰かこっちと交代するように伝えておくれよ」


「しょ、承知しました」


 ヴィンの女衆は、あたふたと青空食堂のほうに駆けていく。

 それを横目に、ムファの女衆がまた身を寄せてきた。


「アスタも、食堂に向かわれるのですか? 危険は、ないのでしょうか?」


「危険があったら、なおさら他の人たちには任せられないさ。それに、竜神の民についてもっとも知識があるのは、俺だろうからね。何かあっても、対処しやすいように思うよ」


 俺たちが小声でそんな風に語らっていると、ついに竜神の民の一団が舞い戻ってきた。


「いやあ、どいつも美味そうで目移りしちまいやすね。こうなったらもう、全部をひと品ずつ買いあさって味見をさせていただくしかありませんや。さっき言った通り、こっちの料理は銅貨二枚分をお願いしまさあ」


「承知しました。お買い上げ、ありがとうございます」


 そんな風に応じてから、俺はやきもきしている衛兵に向きなおった。


「えーと、料理をお売りしても、問題はないのですよね?」


「う、うむ。隊長殿がいらっしゃるまでは、どうにも判断がつかないので……そちらは、平常通りに振る舞ってもらいたい」


 衛兵はそのように語っていたが、おそらく宿場町に腰を据えているのは護民兵団の中隊長ていどであろうから、けっきょく確たる判断はつけられないのではないかと思われた。竜神の民などというとんでもないものに対処できるのは、おそらく貴族のみであるのだ。


(ティカトラスがいたら、もっと話は簡単だったのかな。それとも、逆に話がこじれていたのかな)


 ティカトラスこそ、竜神の民がやってくるダームという領地の貴族であるのだ。しかも彼は、竜神の民である女性に熱をあげて、ついには子まで授かるという規格外の存在であったのだった。


(でも、ヴィケッツォの母親は青竜神じゃなく、黒竜神の民だもんな。竜神の民同士がどういう関係なのかもわからないし……今はまだ、ティカトラスの名前を出さないほうが無難か)


 そんな思いを胸に秘めながら、俺は小男のギーズに笑いかけた。


「こちらの料理は蒸し焼きにするのに、少々お時間をいただきます。その間に、他の料理を買われてはいかがでしょうか?」


「そいつはご丁寧に、ありがとうございやす。じゃ、片っ端から買わせていただきやしょうかねぇ」


 ギーズたちは、再び隣の屋台に移動していく。とりあえず、《キミュスの尻尾亭》のラーメンは除外されたようだ。すると、そちらの屋台で働いていたレビがこっそり呼びかけてきた。


「なんかまた、とんでもない話になっちまったな。アスタも、くれぐれも気をつけてくれよ?」


「うん、ありがとう。十分に気をつけるよ」


 それから逆側の屋台に目を向けると、ユン=スドラたちは普段と変わらぬ落ち着きで対処しているようである。ただし、屋台の前はほとんど無人となっており、他のお客たちは遠巻きに竜神の民たちの背中を見守っている格好であった。


(彼らは危険じゃないって布告でも出されない限りは、誰だって安心できないんだろうな)


 なおかつ、彼らが本当に危険でないかどうかも、まだ確証は取れていないのだ。そして、誰がそのような確証をつかめるのか、俺には見当もつかなかった。


(でも……ユン=スドラたちが普通に振る舞ってるのは、安心できる材料かな)


 森辺の民は、人を見る目に長けている。ララ=ルウは彼らの戦闘能力を警戒しているようだが、悪人と見なしたならばひとりでこの場を離れることはないだろう。それでララ=ルウは、より鋭い眼力を有するリャダ・ルウ=シンを頼ろうと考えたのかもしれなかった。


(俺も焦っておかしな騒ぎを起こさないように、気をつけよう。大陸の外の生まれだったら、どんな独自のルールや価値観を持ってるかもわからないからな)


 さきほどの赤毛の男性の眼差しが、そんな具合に俺の心を引き締めてくれた。

 その間に、竜神の民の一行はどんどん奥側の屋台に移動していく。他のお客が身を引いてしまったため、すみやかに料理を買いつけることができているようだ。


 そうして蒸し焼きの時間が終了すると同時に、ヴィンの女衆が戻ってきた。同行しているのは、青空食堂で働いていたフォウの女衆だ。


「お待たせしました。いちおうお客にもお声をかけておきましたが……おおよそのお客は大急ぎで食事をたいらげて、食堂を離れてしまいました」


「そっか。まあ、今のところはそれでかまわないよ。むしろ、無用の騒ぎを避けられるかもしれないしね」


 俺は焼きあがった餃子を木皿に移して、身を引いた。


「それじゃあ、しばらくこっちをお願いするよ。俺はこいつを届けがてら、しばらく食堂の様子を見守ってくるからね」


「はい。くれぐれも、お気をつけください」


 ヴィンとフォウの女衆に屋台を任せて、俺は屋台の表側に移動した。

 遠目に見守っているお客たちに笑顔を振りまきつつ、ギーズたちのもとに近づいていく。すると、赤毛の人物がギーズの細っこい肩を小突いて、俺の接近を知らせてくれた。


「どうも、お待たせしました。こちらは六個で、赤銅貨二枚となります」


「おお、わざわざ届けてくれたんですかい? こいつは、お手間を取らせちまいやしたね」


 ギーズはにまにまと笑いながら、二枚の銅貨を差し出してきた。

 なんの変哲もない、西の王国に流通している銅貨だ。それを受け取った俺が木皿を差し出すと、ギーズではなく金髪の片方がぬっと手をのばしてきた。


 ギーズが勘定を支払う役目であったため、他の三名が料理を抱えていたのだ。

 他の二名は、これまでに買いつけた『ケル焼き』や『ギバ・カレー』や『ギバの玉焼き』の皿を携えている。魁偉な風貌をした巨漢たちが大事そうに料理の皿を抱えているさまは、微笑ましく見えなくもなかった。


「これでようやく、半分でやすね。ああもう、腹が減って腹が減って、どうにかなっちまいそうでさあ」


 ギーズはひょこひょこと、次なる屋台に向かっていく。ここからはルウの屋台で、ゴール地点がディンの屋台だ。その向こう側が、青空食堂のスペースであった。


「それじゃ俺は、ひとまず失礼いたします」


 皿の料理を購入した以上、彼らが青空食堂に向かうことは確定している。俺は悄然とした顔の衛兵に会釈をしてから、ひとり青空食堂に向かった。


 そちらは確かに、すっかり閑散としてしまっている。

 ただそれでも、半分ぐらいの席はまだ埋まっていた。何せ二十名に及ぶ建築屋の面々が食事中であるし、それ以外にも腹の据わっていそうな西のお客や、何事にも動じない東のお客がちらほらと居残っていた。


「ああ、アスタ。あちらの方々は、如何でしょうか?」


 と、張り詰めた面持ちをしたマイムが身を寄せてくる。彼女はずっと、青空食堂を見回っていたのだ。


「うん。屋台の料理をひと通り買いつけたら、こっちに来るはずだよ。今のところおかしな様子はないけど、気を抜かないで対処しよう」


「はい。ララ=ルウからも、普段通りに振る舞うようにと言い渡されています」


 もちろんララ=ルウはマイムにも一声かけてから、集落に戻ったのだろう。

 マイムはこれまでに見せたことがないぐらい、気合をあらわにしている。なんとなく、城下町での仕事に臨む際のレイナ=ルウを思わせる凛々しさだ。こんな状況であったが、俺はこっそりマイムにエールを送りたい心持ちであった。


「アスタ、話は聞いたわよ。わざわざあなたが、あの連中を相手取ろうというつもりなのかしら?」


 と、ヤミル=レイはいつも通りのクールな面持ちで近づいてくる。彼女も本日は、青空食堂の当番であったのだ。


「はい。むやみに干渉するつもりはありませんが、何かあったときのために控えることにしました」


「そう。まあ、森辺の料理が竜神の民とやらの口に合うかは、知れたものではないしね。それで文句をつけられたら、あなたに対処をお願いするわ」


 そんな風に述べながら、ヤミル=レイも俺のそばから離れようとはしない。きっとヤミル=レイも、俺のことを心配してくれているのだろう。ヤミル=レイほど心強い存在はなかなか他にいないので、マイムのためにも居残ってもらうことにした。


「なんだ、アスタまで来ちまったのか。まだ衛兵の援軍は到着しないのかい?」


 と、客席からはアルダスが呼びかけてくる。

 他の面々も事情を通達されたらしく、誰もが勇ましい面持ちになっていた。


「はい。屋台の責任者として俺が見守りますので、みなさんは食事をお楽しみください」


「ああ。衛兵が到着する前に、乱闘騒ぎなんか起こさないようにな」


 そこでアルダスが、茶色の瞳をきらりと光らせた。ついに、竜神の民の一行が青空食堂に踏み入ってきたのだ。

 彼らは誰に何を言われるまでもなく、他のお客と隣接しない卓に腰を落ち着ける。四人でひとつの卓を囲み、八種の料理と菓子が並べられた。


「おや、アスタの旦那も、わざわざこちらに? 心配しなくとも、おかしな騒ぎを起こしたりはしやしませんよ」


 小柄な上に背中が曲がっているギーズは、すくいあげるような視線を俺に向けてくる。

 にまにまと笑う顔も含めて、どこかラヴィッツの長兄を思い出させる風情であった。


「はい。いちおう俺は、この屋台の責任者のひとりですので。どうぞお気になさらず、食事をお楽しみください」


「ええ、まずは、腹ごしらえをさせていただきやすよ」


 ギーズがそのように答えると同時に、三名の巨漢が野太い声をほとばしらせた。

 全員で同じ言葉を語りながら、丸太のような右腕を頭上に振りかぶる。そのすぐそばで見守っていた衛兵は身を震わせていたが、どうやらそれは食前の挨拶であるようであった。


 そしてその後は、豪快な食事の開幕である。

 この顔ぶれで八種の献立がひと品ずつというのは、まったく足りていないのだ。南の民でもその倍ぐらいはぺろりとたいらげるのだから、身体の大きな彼らにはさぞかし物足りないだろうと思われた。


 なおかつ、小男のギーズも巨漢たちに負けないぐらいの食欲を発揮している。

 それで、卓上の料理はあっという間にたいらげられてしまったのだった。


「いやぁ、こいつは上出来だ! 噂にたがわぬ腕前でやすね、アスタの旦那!」


「お口に合いましたか? それなら、幸いです」


 俺がそのように答えると、ギーズは「ええ、ええ」と小刻みにうなずく。そのネズミめいた顔には、これまで通りのにんまりとした笑みがたたえられていた。


「俺たちは北側からぐるりと回って、このジェノスって領地を目指したんですがね。その行き道でも、あんたがたのギバ料理はたいそうな評判だったんでさあね。これなら、大喰らいのご一行も大満足でさあ」


 すると、赤毛の巨漢も俺のほうに向きなおってきた。


「たいへん、びみでした。あなた、すばらしい、かまどばんです」


 重々しい声音でたどたどしく語りながら、赤毛の巨漢は笑みを浮かべる。

 それは、幼い子供のように屈託のない笑顔であった。

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― 新着の感想 ―
この赤毛の人が竜神の民のそこそこ偉い人なら、何かの時にアスタに味方してくれる気がする
アリシュナが警告を出さなかったのは危機ではないということか、それとも星から出自を判別できなかったか、はたまたアムスホルンの民ではない者の星は見えないか
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