新たな宿場⑥~意義~
2025.3/22 更新分 1/1
「さて! それじゃあお次は、レイナ=ルウたちの料理だな!」
すべての料理と菓子をたいらげると、メイトンが楽しげに声を張り上げた。
しかし大食堂はたいそうな喧噪のさなかにあったため、人の注意をひくこともない。晩餐では一杯ずつ果実酒が出されていたし、俺たちが作りあげた料理も賑わいの大きな要因になっているようであった。
「その前に食器を片付けてきますので、ちょっと待っていてくださいね」
そうして森辺の四名で空いた食器を厨に運んでいくと、その帰り道でユン=スドラが近づいてきた。
「あの、もしかしたら、管理棟に向かわれるのですか? それでしたら、わたしたちもご一緒させていただきたく思います」
「うん。レイナ=ルウたちがどんな晩餐を作りあげたかは、気になるもんね。それじゃあ、席のほうで待ってるよ」
「いえ。こちらはこれから食器を片付けますので、先に向かってください。すぐに追いつきます」
ユン=スドラは晴れやかな笑みを残して、自分の席に戻っていく。
ユン=スドラたちは、また炊事係の面々と食卓を囲んでいたのだ。俺はそちらにも挨拶をするべきかと考えかけたが、べつだん急ぐ必要はないかと思いなおした。
(もうちょっと落ち着いてから、きちんと挨拶をさせてもらおう。明日は朝一番で出立だから、挨拶する時間もないだろうしな)
ということで、俺たちは建築屋の面々と合流して、大食堂を出た。
建物の外には灯篭を足もとに置いた衛兵が待機しており、俺たちに敬礼をしてくる。安全な地であっても、いちおう見張りを立てているのだ。道の向かいの管理棟にも、出入り口のあたりに灯篭の光が瞬いていた。
日没から半刻ほどが過ぎて、外界はすっかり夜である。
道の幅は十メートルていどであるので、俺たちは対面の明かりを目指して前進した。
「南側の樹林のほうにも、厄介な獣が棲みついてる気配はなかったよ。こんな荒野の真っただ中じゃ盗賊どもが寄ってくることもないだろうし、確かに安全な地なんだろうな」
短い道行きでメイトンがそんな言葉をこぼすと、おやっさんが「ふん」と鼻を鳴らした。
「しかしこちらが宿場町として栄えたならば、悪党どもも注目し始めるだろう。いずれは物見の塔なども必要になろうな」
「俺たちが老いぼれる前に、実現するのかねぇ。ま、そのときは俺たちの子や孫なんかが見届けることになるのかもな」
そこで管理棟に到着したので、俺たちは見張りの衛兵に挨拶をしつつ入室することになった。
そちらも、大食堂に負けない賑わいである。数多くの兵士たちが武装を解いて、レイナ=ルウたちの心尽くしを楽しんでいたのだ。
本日は立場ある人間も同じ時間に晩餐を取っているため、羽目を外してはいけないという心理も働いているのだろう。その上で、その場には大食堂に匹敵するぐらいの賑わいが生まれていた。
(兵士さんには宿場町の立派な料理を食べなれている人も多いだろうに、レイナ=ルウはさすがだな)
俺はそんな風に考えたが、今日は駐屯する人員の入れ替え日であったのだ。今日まで任務に励んでいた面々は、ちょうど美味なる料理を恋しく思っていた頃合いであったのかもしれなかった。
まあ何にせよ、こちらでもみんな満足そうな笑顔を覗かせている。俺はレイナ=ルウたちが無事に務めを果たしたことを、心中で喜んでおくことにした。
「あっ! どうも、お疲れ様です!」
と、日中に案内役を担ってくれた少年が大慌てで駆け寄ってくる。口の中に残っている食事をこっそり咀嚼しているさまが、なんとも可愛らしかった。
「お邪魔します。すぐにこちらの同胞と合流しますので、案内はご無用ですよ」
「は、はい! でも、森辺のみなさんは主人と同席しておりますので、ご案内いたします!」
そうして少年は、俺たちを食堂の奥まったスペースに導いた。
他の兵士たちとは距離をあけた席で、見慣れた面々が卓を囲んでいる。宿場の最高責任者に駐屯部隊の指揮官、および建築屋の案内をしていた管理者と、森辺の精鋭が向かい合っている格好だ。そちらに居揃っているのは、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、レイナ=ルウ、リミ=ルウ、ダリ=サウティ、サウティ分家の末妹という顔ぶれで、他のメンバーは隣の卓で炊事係と思しき面々と向かい合っていた。
「も、森辺の料理人アスタ様および建築屋のご一行をご案内いたしました!」
少年が深々と一礼すると、その主人たる指揮官の男性は鷹揚に「うむ」と応じた。
「建築屋のみなさんは、こちらの料理の味見をされるというお話でしたな。森辺のみなさんも、ご同様で?」
「いえ。こちらは料理の内容を確認できれば――」
そのように言いかけた俺の腕を、アイ=ファがこっそり肘でつついてくる。おそらくアイ=ファやダン=ルティムたちも建築屋の面々と同様に、腹八分目の状態であったのだ。
「……自分は料理の内容を確認できれば十分ですが、もし料理が余っていたら味見をさせていただこうかと思います」
「承知しました。レイナ=ルウ殿、如何でしょうかな?」
「はい。味見ていどの分量は残されているかと思われます。よろしければ、わたしが準備しましすので……そのままそちらに移動させていただいてもよろしいでしょうか?」
「リミもー!」とリミ=ルウが笑顔で腕を振り上げると、指揮官の男性はこらえかねた様子で微笑んだ。
「では、ご婦人がたはそちらにどうぞ。殿方は、もう少々おつきあいいただけますでしょうか?」
「うむ。これだけ語らっても、なかなか語り尽くせぬものだな」
そのように応じるダリ=サウティの笑顔に見送られつつ、俺たちはガズラン=ルティムたちが陣取っている卓の隣に移動した。
「では、こちらでお待ちください」
凛々しい面持ちをしたレイナ=ルウとリミ=ルウとサウティ分家の末妹は、厨へと消えていく。そして、隣の卓からはラウ=レイが呼びかけてきた。
「アスタとは、ずいぶんひさかたぶりな気がするな! そちらも無事に、仕事を果たせたのか?」
「うん。なんとかみなさんにご満足いただけたみたいで、ほっとしているよ」
「そうかそうか! まあ、ギバ肉のない物足りなさだけは、如何ともしがたいがな!」
今日は朝から晩までヤミル=レイと同行しているために、ラウ=レイは上機嫌なようである。その隣のヤミル=レイはポーカーフェイスで、さらに向こう側のツヴァイ=ルティムは仏頂面だ。
そうして俺たちがくつろいでいる間に、大食堂に陣取っていた面々も続々と押し寄せてくる。レイナ=ルウたちが温めなおした料理を運んでくる頃には、二十二名に及ぶ森辺の民が勢ぞろいしていた。
「みなさん、いらっしゃったのですね。ご満足いただける量ではないかもしれませんが、よろしければ味見をどうぞ」
大皿に取り分けられた料理が、そちらの卓にも運ばれていく。メイトンやダン=ルティムは目を輝かせながら、卓上の料理を検分した。
「うん! やっぱりこっちも、美味そうだな!」
「うむうむ! 匂いを嗅いでいるだけで、また腹が減ってきてしまったぞ!」
レイナ=ルウは俺よりも積極的に香草を使うので、それが刺激的な香りを生んでいる。そしてやっぱり焼きポイタンと汁物料理の他に、複数の肉料理が準備されていた。
レイナ=ルウは焼きポイタンを添え物と見なして、細工を凝らさなかったようである。その分まで、他なる料理に多彩な食材が使われていた。
ただ意外なことに、汁物料理はシンプルなタウ油仕立てである。昼食がタラパ仕立てのスパイシーなスープであったので、そこで差別化をはかったのかもしれなかった。
よって、手が込んでいるのは、いずれも肉料理となる。
ざっと確認したところ、タラパの煮込み料理、豆乳の煮込み料理、ミソの煮込み料理、そして香味焼きというラインナップのようであった。
「限りある時間の中で効率よく学んでいただけるように、それぞれ味付けの異なる煮込み料理を手掛けていただくことにしました」
「なるほど。煮込み料理は汁物料理にも転用できるから、有効な手ほどきだと思うよ」
それに、これだけバラエティにとんでいれば、煮込み料理ばかりだと文句をあげる人間もいないことだろう。むしろ、食べ比べの楽しさも味わえるのではないかと思われた。
タラパ仕立ての煮込み料理には香草もふんだんに使われており、とろけた乾酪がまぶされている。鶏肉に似たキミュスの肉がタラパや乾酪と相性がいいことは、レイナ=ルウも重々わきまえているのだ。なおかつ、昼食の汁物料理と似通らないように香草の組み合わせを変えていることが、香りから察せられた。
豆乳仕立ての煮込み料理は、挽き肉をキャベツに似たティノにくるんだ、ロール・ティノだ。これもかつては《キミュスの尻尾亭》の食堂で出されていた品であり、そこに新しめの食材である豆乳が応用されていた。
ミソ仕立ての煮込み料理にはミャームーやチットの実なども使われており、俺が大食堂で仕上げた品とはまったくの別物だ。淡白な味わいをしたキミュスの肉に対して、レイナ=ルウなりのアプローチが施されているようであった。
そしてやっぱり香味焼きにも、レイナ=ルウらしい気概が感じられる。きっとレイナ=ルウは香草の種類を物足りないと思いながら、最善の調合を目指したのだろうと思われた。
「この黒いのは、ギギだよね? 香味焼きでギギをこんなに使うのは、珍しいんじゃないかな?」
「はい。ギギの香ばしさを活かしてみようと思案して、あれこれ頭を悩ませることになりました。香草の数が足りないおかげで、これまでになかった使い道を見いだせたのではないかと考えています」
レイナ=ルウがきりりとした面持ちでそんな風に答えると、リミ=ルウは「あはは!」と笑いながらアイ=ファの腕を抱きすくめた。
「でもそれ、ほんとに美味しいよねー! ギバだとどんな味になるのか、早く試してみたいなー!」
「うんうん。本当に美味そうだよ」と、メイトンがようやく突き匙を取り上げた。
おおよそ満腹になっていた俺は、ひとまず見物に回らせていただく。すると、別なる建築屋のメンバーが「へえ!」と感嘆の声をあげた。
「こいつは、アレだね! あのらーめんって料理の煮汁に似ているみたいだ!」
「はい。アスタが圧力鍋を扱うと聞き及び、わたしもそれにならうことにいたしました」
シンプルに思えたタウ油仕立ての汁物料理には、圧力鍋で仕上げたキミュスの骨ガラの出汁が使われていたのだ。さすが、レイナ=ルウにぬかりはなかった。
「なるほど。それなら汁物料理にはそれほど食材を割かなくても、上出来に仕上げられるもんね」
「はい。理想を言えば、らーめんやぱすたに仕上げたかったのですが……フワノがないと、それもままなりません」
そのように応じつつ、レイナ=ルウはぐっと身を乗り出してきた。
「それで、アスタはどのような料理を仕上げたのですか?」
「こっちは豆乳仕立ての汁物料理に、お好み焼き、ミソ煮込み、つくね、ミャームー焼きだね。つくねのタレには、干しキキとミャンを使ったよ」
「なるほど。肉料理においては煮込み料理、挽き肉の料理、焼き物の料理と、多彩な献立をそろえることで手ほどきを進めたのですね。味見できないのが、残念なところです」
「うん。何せ十五人もお客が入っちゃったからね。こっちは兵士さんの人数が多くて、大変だったんじゃないかな?」
昼食では作業員と同数ていどであった兵士たちが、午後には倍の人数にふくれあがったのだ。しかしレイナ=ルウは毅然たる面持ちで、「いえ」と首を横に振った。
「厨番の人数も倍になりましたので、わたしたちの為すべき仕事の量に変わりはありませんでした。そちらこそ、厨番が六名のみでは苦労がかさんだのではないですか?」
「そんなことはなかったよ。教える側が五人だったから、ほとんどマンツーマンで手ほどきできたし――あいて」
うっかり故郷の外来語を使ってしまったため、俺は卓の下でアイ=ファに足を蹴られてしまった。
レイナ=ルウはひとつ小首を傾げてから、さらに言いつのってくる。
「でもやっぱり、これだけの食材では献立が限られてしまいます。ツヴァイ=ルティムと相談して、さらなる食材を扱えるようにお願いしておきました」
「へえ、ツヴァイ=ルティムと?」
「はい。とりわけ重要なのは、魚醤や貝醬やマロマロのチット漬けなどの調味料でしょう? それらはタウ油やミソよりもわずかに割高ですが、少し量を控えるだけで損になることはないかと思われます。あとは香草も、ひと品ずつの量を抑えながら種類を増やしたほうが有用でしょうし……シィマやチャムチャムやドーラなど、他の野菜と似たところのない食材は優先的に運び入れるべきだと思います」
すると、ツヴァイ=ルティムの向こう側に陣取っていたガズラン=ルティムがゆったりと口をはさんだ。
「レイナ=ルウの話を聞いていると、セルフォマのことを思い出します。調味料や独特の味わいを持つ食材を優先するというのは、セルフォマと同じ考えなのでしょう」
「はい。きっとセルフォマも、こういった思いで食材の選別をしているのでしょうね。すべての食材を買いつけることのできないセルフォマのもどかしさが、本当の意味で理解できたように思います」
レイナ=ルウは、このたびの仕事にずいぶん入れ込んでいるようである。食材に限りがあるという制限が、レイナ=ルウの何かに火をつけたのかもしれなかった。
「これからは、レイナ=ルウが窓口になってポルアースとかに進言していけばいいんじゃないのかな。そうしたら、きっとどんどん改善していくように思うよ」
「はい。ジザ兄やドンダ父さんとも相談してみます」
レイナ=ルウは気合の炎をたぎらせながら、深く首肯した。
そのタイミングで、リミ=ルウがぴょこんと立ち上がる。
「それじゃあ、お菓子も持ってくるねー! アイ=ファも、手伝ってくれる?」
「うむ」と応じながら、アイ=ファがまた俺の足を蹴ってくる。不慣れな土地ではなるべく別行動を取るべきではない、という合図であろう。かくして、俺も配膳係に立候補することに相成った。
「へえ、こっちの厨は、大食堂よりも立派だね」
リミ=ルウに厨まで案内された俺は、まずそちらの様相を物色させていただいた。
こちらは今日のような人員の入れ替え日に百名ばかりの兵士が居揃うことが確定しているため、ひときわ立派な厨が準備されたのだろう。ざっと見ただけで、大食堂の厨の倍ぐらいは広々としていた。
それに、鉄鍋にはまだ料理がどっさりと残されている。俺がそれを不思議に思っていると、リミ=ルウが笑顔で解説してくれた。
「兵士の人たちは、交代で晩餐を食べるんだって! まだあと三十人ぐらい残ってるんだってよー!」
「ああ、そうか。全員で食事を取るのは、不用心だもんね。そういえば、表にも見張りの人が立ってたっけ」
「うむ。おそらくは、見回りの人間なども配置しているのであろうな。たとえ安全と見なされている地でも、用心を忘れておらぬということだ」
アイ=ファは粛然と語りながら、作業台に準備されていた大皿に手をかける。
すると、リミ=ルウが「待って待ってー!」と深皿を取り上げた。
「最後に、しろっぷを掛けるから! あんまりしみこむとくちゃくちゃになっちゃうから、食べる前に掛けるんだよー!」
リミ=ルウが掲げた深皿には、乳白色のシロップがたぷたぷと揺れている。そのシロップからも大皿の焼き菓子からも、果実の香りがたちのぼっていた。
「生地にはアロウ、しろっぷにはラマムとシールの果汁を使ってるんだよー! トゥール=ディンは、どんなお菓子を作ったの?」
「トゥール=ディンはあえて果実を使わないで、チョコソースのホットケーキを準備していたよ」
「えーっ! カロンのお乳がないのに、ちょこそーすを作れるのー? 豆乳だと、味が変わっちゃうでしょ?」
「うん。でも、ギギの風味が強いから、味は気にならなかったね。乳脂がたっぷり使われていたから、物足りなさもなかったしね」
「やっぱりトゥール=ディンは、すごいなー! リミも食べてみたかったなー!」
「あはは。そのうち勉強会か何かで、おねだりしてみればいいよ」
そうして楽しく語らいながら食堂に戻ると、建築屋の面々が歓声で出迎えてくれた。
「菓子まで準備してくれたんだな! これで完全に、満腹だ!」
「ああ! できれば、果実酒をたらふくいただきたいところだけどな!」
見れば、大皿の料理は綺麗にたいらげられている。そして建築屋の面々はゲストの特権として、大食堂でもこちらの食堂でも一杯ずつの果実酒をふるまわれていた。
それに、他の卓で騒いでいる兵士たちの大部分は、果実酒をたしなんでいないようだ。果実酒を楽しんでいるのは、今日の職務を完全に終えたメンバーのみであるのだろう。この後にもまだ仕事が残されているのかと思うと、頭の下がる思いであった。
(でも、ひと晩で十五人のお客さんに対して、百名近い衛兵と、六十名弱の働き手か……これで採算が取れるわけないよな)
今日はたまたま衛兵の入れ替え日であったが、それが五十名ていどであっても同じことだ。こんな状況が年単位で続けられているとなれば、莫大な出費になるはずであった。
しかしまあ、国家の事業というのはそういうものであるのだろう。
屋台の経営で手一杯である俺には、計り知れない領域だ。俺はあらためて、領地を統治する貴族の責任というものを思いやることになった。
「ところで、そちらの仕事も目処はついたのでしょうか?」
焼き菓子を頬張る建築屋の面々に、ガズラン=ルティムが遠い位置から呼びかける。おやっさんは口の中身を呑みくだしてから、「うむ」と応じた。
「まあ、おおよそはな。俺の想像の及ぶ限りは、進むべき道を示してやれたことだろう。あとは、貴族どもの采配しだいだ」
「そうですか。またバランたちの尽力がジェノスの繁栄の一助となって、最長老もお喜びになることでしょう」
「ふん。これは言わば、東の連中を呼び込むための尽力であるのだからな。南方神の怒りに触れないように祈るばかりだ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、おやっさんはチャッチの茶を果実酒のようにあおる。
それからおやっさんは、いくぶん物思わしげな視線を俺に向けてきた。
「それで……そちらは、どうだったのだ?」
「はい。たった一日では限界がありますが、なんとか自分なりに手ほどきはできたように思います」
「そんなことは、聞くまでもない。お前さんがたに、手抜かりがあるわけはなかろうからな」
そんなおやっさんの返答に、俺は「え?」と目を丸くしてしまう。
「それじゃあおやっさんは、何の話をされていたのですか?」
おやっさんがむっつりと口をつぐむと、メイトンが笑いながらその分厚い肩を小突いた。
「そこで黙り込む必要はないだろうよ! まったく、困ったお人だね! ……アスタたちはこんな遠出をした甲斐があったのかって、そういう話を聞きたいんだよ。アスタなんかは半分がた、俺たちのために同行してくれたんだろうしさ!」
「あ、いえ。俺もこの新しい宿場というものには興味があったので、おやっさんが気にする必要はないのですが――」
そのように答えながら、俺は心からの笑顔を届けることになった。
「でも、おやっさんたちのことを抜きにしても、十分に有意義でしたし、楽しかったですよ。こんな遠出をするきっかけを作ってくださって、感謝しているぐらいです」
「ふん。こんな荒野の真っただ中に出向くことが、そんなに楽しかったというのか?」
「ええ。俺は、そう思っています」
俺の脳裏に渦巻くのは、炊事係たちの面影であった。
ダンロに再会できたのも嬉しい出来事であったし、二刻にわたるトトスの旅も未知なる土地の様相も、十分に新鮮だった。しかしそれ以上に、俺はあの面々と出会えたことを得難く思っていたのだ。
きっと彼らは明日からも立派な料理を準備することができるだろうし、これまで以上の意欲でもって仕事に取り組むことができるだろう。そんな彼らに力を添えることができて、俺は心から喜ばしく――そして、誇らしく思っていたのだった。
そんな俺の真情が伝わったのか、おやっさんは「そうか」と目を細める。
その深いグリーンの瞳には、とても温かな光が宿されていた。




