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異世界料理道  作者: EDA
第九十二章 慶祝の黄の月(下)
1592/1697

箸休め ~甘やかな時間~

2/19 更新分 1/1

・本日は書籍版第35巻の発売日でありますため、記念にショートストーリーを公開いたします。本編の更新再開は2/24(月)を予定しておりますので、もう少々お待ちくださいませ。

・また、『ドラゴンと山暮らし』の書籍化が決定いたしました。活動報告にカバーイラストを掲載しておりますので、ご興味を持たれた御方はご覧くださいませ。

 リーハイムとセランジュの婚儀を祝う祝宴のさなか、オディフィアはとても幸せな時間を過ごしていた。

 オディフィアのかたわらにはトゥール=ディンが寄り添っており、さらにはエウリフィアとゼイ=ディンが見守ってくれている。そして眼前の卓上には菓子の山が積み上げられているのだから、オディフィアが幸福でないわけはなかった。


 ただ一点、この菓子を作りあげたのがトゥール=ディンでないというのが、残念なところであったが――しかしこちらは、リミ=ルウの作りあげた菓子であるのだ。それで不満を申し述べるのは、あまりに強欲というものであった。


「どの菓子も、素晴らしい味わいですね」


 と、トゥール=ディンに優しく微笑みかけられたならば、幸せな心地も倍増である。

 オディフィアは心からの充足を感じながら、親愛なる年長の友人に「うん」とうなずき返した。


 リミ=ルウの菓子は、本当に素晴らしい出来栄えである。

 彼女はこのおめでたい日に向けて、新しい菓子を考案したのだった。


 いまオディフィアが頬張っているのは、『ノマのあんこ玉』と紹介された菓子となる。トゥール=ディンが得意にするあんこという具材を、きらきらと照り輝く半透明の皮で包んだ仕上がりだ。この不可思議な皮が、チャッチ餅と似て異なるノマという新たな食材であった。


 ただしリミ=ルウもトゥール=ディンも、少し前からこのノマという食材を菓子に活用している。このたび新たに考案されたのは、その内側に封入されているあんこのほうであった。


 ここ最近、リミ=ルウはあんこにマトラという食材を使っていた。砂糖よりも甘いというマトラを入念にすりつぶして、あんこの中に練り込んでいたのだ。

 しかし今回は、細かく刻んだマトラがあんこの中にちりばめられている。そしてあんこの甘さは、エランという甘い果実の果汁で仕上げられているのである。


 エランの甘みと風味が溶け込んだあんこに、細かいマトラがちりばめられることで、これまでとまったく異なる味わいが生まれている。そしてノマのぷるぷるとした食感とマトラのねっとりとした食感が、その味わいを楽しく彩っているのだ。オディフィアは、この『ノマのあんこ玉』という菓子にひと口で魅了されることになった。


 さらにこちらの菓子は、ブレの実とタウの豆で二種のあんこが準備されている。あんこといえば黒いブレの実が主流であったが、どこかふんわりと香ばしい風味を持つタウの豆のあんこは、また異なる美味しさを秘めていた。


「アスタがマトラの新しい使い方を考案していると聞いて、リミ=ルウもこちらの菓子を新たに考案したのだそうですよ。わずか数日でこんな菓子を考案できるなんて、リミ=ルウはすごいですね」


 トゥール=ディンの言葉に、オディフィアは再び「うん」とうなずく。そうしてトゥール=ディンと同じ喜びや驚きを分かち合えるのは、トゥール=ディンの菓子を食べることと同じぐらい幸せなことであった。


「それで、アスタの考案したマトラの料理を、レイナ=ルウが素晴らしい品に仕上げたという話であるのよね? 次は、そちらを味わわさせてもらわないとね」


 母親のエウリフィアがそのように言い出したので、オディフィアはもじもじしながらその顔を見上げた。


「そのまえに、もうすこしおかしをたべてもいい?」


「まあ。菓子だけでおなかが満たされてしまわないように、気をつけるのよ?」


 優しく微笑むエウリフィアに、オディフィアはまた「うん」とうなずいた。

 そこで、遠からぬ場所からざわめきがあげられる。

 オディフィアが振り返ると、白い武官のお仕着せを着た誰かが倒れかかり、同じ格好をした誰かに支えられていた。


「ふむ? あれはどうやら、ロギンのようだな。レム=ドムたちの姿も見えるので、またあやつの色香で腰を抜かしてしまったのではないか?」


 菓子ではなく果実酒を楽しんでいたゲオル=ザザが、そんな風に言いたてた。

 彼と姉のスフィラ=ザザも、トゥール=ディンと行動をともにしていたのだ。スフィラ=ザザはとても穏やかな面持ちで、サトゥラス伯爵家のレイリスと語らっていた。


「ああ、レム=ドムは今日も見事な宴衣装だったものね。でも、それで倒れてしまうというのは……ロギンも、純情に過ぎるというものだわ」


「まったくだな。まあ、それでも自分を律している限りは、文句をつける必要もなかろう」


 ゲオル=ザザの気安い言葉に、エウリフィアは「そうね」と微笑んだ。

 かつてはレイリスとスフィラ=ザザがおたがいに思慕の思いを抱き、それを振り切るために大変な苦労をしたのだという話であったのだ。しかし、そんな彼らも今ではこのようにゆったりと語らうことができるようになったのだった。


 そうしてオディフィアが新たな菓子を頬張っていると、また同じ方向からざわめきがあげられる。

 見ると、さきほどの場にアスタたちの姿があった。アスタやアイ=ファは城下町で大変な人気者であるため、若い男女が喜んでいる様子であった。


「今度は、ファの両名の登場か。それに、ルウの兄妹とランの連中もひっついているようだな」


「ランというと、ユーミ=ランたちね? あのふたりとは、のちのちゆっくり語らせてもらいたいものだわ」


 ユーミ=ランというのは、森辺に嫁いだ宿場町の娘である。

 彼女はかつて宿場町の代表として試食会に出場し、その後も何度か城下町の祝宴に招待されていたため、オディフィアも見知っている。いささかならず粗野なる立ち居振る舞いをする人物であったが、オディフィアは彼女の明るい笑顔や強く輝く瞳のきらめきなどを、とても好ましく思っていた。


 オディフィアが背伸びをして覗き込むと、髪を切って別人のようになったユーミ=ランが、ロギンと言葉を交わしている姿が見える。

 そちらのほうを見やりながら、エウリフィアは楽しげに言葉を重ねた。


「夕刻にも、ランのおふたりとは語らう順番が巡ってこなかったのよ。ユーミ=ランは、つつがなく過ごしているのかしら?」


「うむ。俺も大して顔をあわせてはいないが、伴侶ともども相変わらずのようであったぞ」


「それは、何よりの話だわ。森辺と宿場町の絆のためにも、あのふたりには幸せな家庭を築いてもらわないとね」


 エウリフィアたちのそんな言葉を聞きながら、オディフィアはトゥール=ディンの手をつかみ取ることになった。

 トゥール=ディンは優しい面持ちで、「どうしたのです?」とオディフィアを見つめてくる。


「うん、あのね……トゥール=ディンがおんなのこでよかったとおもったの」


「え? どうしてです?」


「うん……トゥール=ディンがおとこのこだったら、オディフィアはこんぎをあげたくなって……みんなをこまらせちゃうとおもうから」


 トゥール=ディンはびっくりしたように目を見開いてから、これまで以上に優しい顔をしてくれた。


「そうですね。わたしこそ、まわりのみんなを困らせていたかもしれません。これもきっと、森と西方神のお導きなのでしょう」


 オディフィアは「うん」とうなずきながら、トゥール=ディンの手をぎゅっと握りしめた。


「……トゥール=ディンは、おとなになってもじょうかまちにきてくれる?」


 トゥール=ディンは迷うことなく、「はい」とうなずいた。


「婚儀を挙げて、子を生したならば、そうそう自由には動けなくなってしまうのでしょうけれど……子が育てば、ミル・フェイ=サウティのように城下町まで参ずることもできるようになるのでしょう。わたしはどれだけ齢を重ねても、オディフィアに会いたいと思っています」


 いまは祝宴のさなかであったが、オディフィアはどうしても気持ちをこらえられなくなって、トゥール=ディンに抱きついてしまった。


「トゥール=ディン、だいすき」


「ありがとうございます。わたしもオディフィアのことが、大好きです」


 トゥール=ディンは優しい声で言いながら、オディフィアの頭をそっと撫でてくれた。それでまた、オディフィアはとびっきりの幸福な心地を抱くことがかなったのだった。

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