森の祝福④~導き~
2024.12/30 更新分 1/1
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
・本年も当作をご愛顧くださり、ありがとうございました。皆様も、良い年をお迎えくださいませ。
「じゃ、出発しよっか! ガズラン=ルティムも一緒なら、ちょうどいいしね!」
『ミャームー焼き』を食べ終えたユーミが元気に言いたてると、ガズラン=ルティムは「ちょうどいい?」と反問した。
「うん! 実はこれから、ヴィナ・ルウ=リリンたちのところに行く約束だったんだよ! ガズラン=ルティムだって、伴侶や子供をほったらかしにできないでしょ?」
「ああ、そういうことですか。……はい。家族のために祝宴を二の次にすることは許されませんが、同行させていただけるのでしたら心から嬉しく思います」
ガズラン=ルティムが穏やかに微笑むと、ユーミ=ランもいっそう朗らかな笑顔で「うん!」とうなずいた。
「それじゃあ、行こっか! うかうかしてると、子供たちがみーんな寝入っちゃうだろうからね!」
かくして俺たちは、赤子や幼子が集められている分家の母屋に向かうことになった。もともと同行していたジバ婆さんに、護衛役たるルド=ルウ、シン・ルウ=シン、ガズラン=ルティム、そしてリミ=ルウおよびターラも当然のように道連れである。
花嫁と花婿が先陣を切っているために、広場のあちこちから祝福の言葉が投げかけられてくる。もう参席者の全員がお祝いを済ませているはずであるが、この美しい花嫁と勇ましい花婿の姿を目にしたならば何度でも祝福したくなるのだろう。そんな両名の背中を見守りながら、なんだか俺は親族にでもなったような気分であった。
「ユーミ=ラン。今日は伴侶のアマ・ミンまでをも招待してくださって、ありがとうございます。あらためて、感謝の言葉を捧げさせていただきたく思います」
ガズラン=ルティムがそのように呼びかけると、ユーミ=ランは玉虫色のヴェールをなびかせながら振り返り、「なーに言ってんのさ!」と声を張り上げる。そして後ろ向きのまま歩き続けるのが花嫁らしからぬ所作であり、ユーミ=ランらしい所作であった。
「あたしはガズラン=ルティムともアマ・ミン=ルティムとも、それなり以上のつきあいをしてきたつもりなんだからさ! そんな水臭いことを言われると、むしろ悲しくなっちゃうなー!」
「申し訳ありません。我々も、ユーミ=ランと絆を深められたことを、心より得難く思っています」
ガズラン=ルティムはきわめて礼儀正しいが、その表情や眼差しには人間らしい温もりがしっかり宿されている。それでユーミ=ランも満足そうに、「うん!」と笑った。
「そりゃあまあ、一緒に過ごした時間はそんなに長くないかもしれないけどさ! ガズラン=ルティムとはけっこう早い段階から知り合うことができたし、こんな立派なお人の伴侶ってどんな感じなんだろうって、アマ・ミン=ルティムにも目をつけてたんだよねー!」
「はい。私にとっても、最初に親しくさせていただいた町の人間はユーミ=ランであったかと思います。最初のひとりがユーミ=ランであったことを、とても得難く思っていました」
すると、ジバ婆さんを抱えて歩いていたルド=ルウが「ふーん?」と小首を傾げた。
「ガズラン=ルティムとユーミ=ランって、そんな昔から知り合ってたんだっけか? ガズラン=ルティムも最初の頃は、そんなに宿場町まで下りたりしてなかったよなー?」
「ええ。私がユーミ=ランと初めて言葉を交わしたのは、リフレイアにさらわれたアスタを探していた時期となります」
その話は、俺ものちのち聞き及んでいた。宿場町を捜索する担当となったガズラン=ルティムは、ユーミ=ランの案内で貧民窟に踏み入ることになったという話であったのだ。
「そしてアマ・ミンも、のちのち屋台を手伝うようになりましたが……私たちにとって印象的であったのは、やはり復活祭ですね」
「うんうん! みんなで一緒に、街道を練り歩いたりしたよねー! あー、懐かしいなー!」
やっぱり今日は、ユーミ=ランも数々の思い出にひたっているのだろう。彼女は婚儀の当事者であるのだから、俺なんかよりもよっぽど情動を揺さぶられているはずであった。
思い出話は尽きないが、もう目的の地は目の前に迫っている。それに気づいたユーミ=ランは正面に向き直りながら、「えーと?」と小首を傾げた。
「勝手に戸板を開けちゃいけないんだよね? 赤ん坊をびっくりさせないように、そっと声をかけたらいいのかな?」
「はい。まずは戸を叩いてから呼びかけるべきでしょうね。よければ、俺が手本を見せましょうか?」
「ううん! あたしは、自分で動いて覚える人間だからさ!」
ジョウ=ランに無邪気な笑みを返しつつ、ユーミ=ランはひかえめな力加減で戸板をノックした。
「ランの分家に嫁いだ、ユーミ=ランだよ。中のみんなに、挨拶をさせてもらえる?」
しばらくして、ゴトリと閂が外される音が響いた。
そうして、顔を出したのは――案に相違して、ライエルファム=スドラである。ユーミ=ランも予想外であったようで、「わっ」と身をのけぞらせた。
「スドラの家長さんも、来てたんだ? そっかそっか、家長さんも子供たちを預けてるんだもんね」
「うむ。そちらは、ずいぶんな人数であるようだな」
ライエルファム=スドラは俺たちの姿を見回してから、皺深い顔でくしゃっと微笑んだ。
「しかし、子供たちも喜ぶことであろう。もう眠っている赤子もいるので、静かにな」
「うん。それじゃあ、お邪魔します」
そうして真っ先に土間へと踏み込んだユーミ=ランは、「あはは」と愉快げに笑った。
「なんだ、勢ぞろいじゃん。みんな、考えることは一緒だねー」
ユーミ=ランとジョウ=ランに続いて入室した俺も、すぐにその言葉の意味を理解することができた。その場には幼子と母親たちばかりでなく、俺が見知った父親たちまで勢ぞろいしていたのだ。
幼子はふたつの家に分けられているはずであったが、こちらにはとりわけ小さな幼子が集められたらしい。そのおかげで、俺が会いたいと思っていた相手がのきなみ顔をそろえていたのだった。
「みんな、さっきはお祝いをありがとう。あらためて、感謝の言葉を届けにきたよ」
赤ん坊の眠りをさまたげないように、ユーミ=ランは元気さを抑えた声でそう言った。
それを聞いている大人は、8名。すなわち、ライエルファム=スドラとリィ=スドラ、シュミラル=リリンとヴィナ・ルウ=リリン、ダルム=ルウとシーラ=ルウ、そしてアマ・ミン=ルティムとサリス・ラン=フォウである。それでこちらにはガズラン=ルティムが参じているので、サリス・ラン=フォウの伴侶を除く夫妻が勢ぞろいしているわけであった。
そしてもちろん、主役となるのは赤ん坊と幼子たちだ。ヴィナ・ルウ=リリンの手にはエヴァ=リリンが、シーラ=ルウの手にはドンティ=ルウが抱かれており、ゼディアス=ルティムとアイム=フォウはきょとんとこちらを見返している。そして、土間にたたずむ俺のもとには、ホドゥレイル=スドラとアスラ=スドラがとてとてと駆け寄ってきたのだった。
ホドゥレイル=スドラは舌足らずな声で「あーた」と言いながら、俺の足もとに取りすがってくる。こちらの双子も間もなく2歳になる身であるが、まだ「す」という言葉を上手く発音できないようであるのだ。しかしこのような愛くるしい存在に名前を呼ばれるというのは、無上の喜びであった。
そして、ホドゥレイル=スドラの双子の姉たるアスラ=スドラも一緒になって俺の腰巻きを引っ張っていたが、アイ=ファの存在に気づくと瞳を輝かせてそちらに突撃する。危うく土間に落ちそうであったので、幼子を苦手とするアイ=ファもやむなくその小さな身を抱きあげることになった。
「元気なのは喜ばしい限りだが、節度をわきまえんと怪我をすることになるぞ」
「あはは。子供にそんな難しい言葉はわかんないって。でも、アイ=ファたちはすごく懐かれてるんだね。いいなあ、羨ましいなあ」
ユーミ=ランの感慨など知らぬげに、宙に浮かされたアスラ=スドラはきゃっきゃとはしゃいでいる。スドラはファの家の近所であるので、幼子たちともそれなりに顔をあわせる機会があったのだ。それにどうやら俺とアイ=ファは、幼子に懐かれやすい人間であるようであったのだった。
それを証明するように、アイム=フォウがもじもじとしながら近づいてくる。本年で4歳となる彼こそ、俺たちにとってはもっとも古くから知る幼き友であったのだ。俺は身を屈めてホドゥレイル=スドラの小さな頭を撫でながら、そちらに笑いかけることになった。
「アイム=フォウも、まだ起きてたんだね。まあ、この中ではアイム=フォウがおにいさんだもんね」
アイム=フォウははにかみながら、「うん」とうなずく。彼は幼きフォウの家人として、幼き客人たちの相手をしていたのかもしれなかった。
そして、ひとり泰然と立ち尽くしているのは、ガズラン=ルティムとアマ・ミン=ルティムの子たるゼディアス=ルティムである。
残念ながらルティムの家に足をのばす機会はそう多くないので、彼と顔をあわせるのはずいぶんひさびさのこととなる。そしてこの数ヶ月で、彼はまたずいぶんと大きくなったようだ。彼はスドラ家の双子よりも3ヶ月ほど後に生誕した身であったが、むしろアイム=フォウと同世代ぐらいに見える風格であった。
スドラ家の双子は早産であった関係からずいぶん小柄な赤ん坊であったが、今はすくすくと育って年齢相応であるように思える。そんな双子たちよりも、ゼディアス=ルティムはふた回りも大きいようであるのだ。そしてこれは、隔世遺伝であるのか――実に丸々と肉のついた、ダン=ルティムのごとき体格であったのだった。
ただし、気性はきわめて沈着である。今もはしゃぐ幼子たちを遠目に見守りながら、ゆったりと微笑んでいる。むしろ、その落ち着いた表情こそが幼子ばなれしていることであろう。ただそれは、沈着かつ柔和な両親の血筋を強く感じさせるたたずまいでもあった。
「わざわざ花嫁と花婿が、こんなところまで出向いてくれたのねぇ……わたしたちは祝宴に招待されただけで大満足なのだから、あんまり気を使わなくてもいいのよ……?」
エヴァ=リリンを抱いたヴィナ・ルウ=リリンがやわらかく微笑みかけると、ユーミ=ランは「ううん」と首を横に振った。
「気を使ってるんじゃなくて、あたしが会いたいから会いに来たんだよ。……ちょっとだけ、お邪魔してもいいかなぁ?」
「わたしたちは、まったくかまわないけれど……それを決めるのは、フォウの人たちねぇ……」
ヴィナ・ルウ=リリンの言葉を受けて、サリス・ラン=フォウは「はい」とうなずいた。
「もちろん、それを拒む理由はありません。どうぞ、おあがりください」
ユーミ=ランは「ありがとう」と頭を下げてから、革の履物をぬいで広間に上がりこんだ。
ジョウ=ランと、幼子にまとわりつかれた俺とアイ=ファも後に続く。しかし広間はもうけっこう定員いっぱいの状態であったので、ルウの血族の面々は上がりかまちに腰を落ち着けることになった。
アイム=フォウとゼディアス=ルティムも母親のもとまで引っ込んで、それぞれ婚儀を挙げた両名の姿を物珍しそうに見比べている。おそらく彼らが婚儀の衣装を間近から目にするのは、初めてのことなのだろう。なんの知識がなくとも、玉虫色に輝く花嫁の衣装にはただならぬものを感じて然りであった。
「みんな、今日はあらためてありがとう。みんなに婚儀を見届けてもらうことができて、あたしはすごく嬉しく思ってるよ」
繊細な織物を破いてしまわないように気をつけながら膝を折ったユーミ=ランが、深々と頭を下げる。それに続いて、ジョウ=ランも一礼した。
「俺はみなさんとそれほどご縁もありませんでしたが、ユーミの友は俺の友だと思っています。どうか今後も、ユーミのことをよろしくお願いします」
「うむ。俺などは、お前とロクに口をきいた覚えもないからな」
そのように答えたのは、ダルム=ルウである。彼も婚儀を挙げてからはずいぶんと不愛想な面が緩和されたし、愛息の前であればいっそう穏やかな面持ちであった。
「ただし、狩人としての力量に関しては、そちらのルドやシン・ルウ=シンから聞き及んでいる。何やら、風変わりな身のこなしであるそうだな。機会があれば、俺も手を合わせてみたいものだ」
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえるのは、光栄です」
ジョウ=ランは、にこりと微笑んだ。ラウ=レイがファの家に滞在していた時代、ルド=ルウやシン・ルウ=シンもしょっちゅう顔を出してはジョウ=ランとも力比べに励んでいたのだ。ジョウ=ランは相手の力を受け流す手腕に長けているので、ラウ=レイたちもなかなかに手を焼いていたのだった。
「まあ、今日の俺は、伴侶のついでに過ぎないのだろう。あとは存分に、旧交を温めるといい」
「そんなことないよ。ダルム=ルウだって、色んな祝宴を楽しんできたた仲じゃん。森辺の祝宴だけじゃなく、復活祭とかでもさ」
ユーミ=ランの言葉に、ダルム=ルウは「復活祭?」と小首を傾げた。
「俺が宿場町の復活祭というものに出向いたのは、おそらく最初の年だけだろうな。まあ、護衛役を受け持つことは何度かあったかもしれんが……それは仕事であり、祭を楽しむためではない」
「うん。シーラ=ルウが子を授かってからは、ダルム=ルウもそっちに寄り添ってたんだろうね。あたしの記憶にあるのも、たぶん最初の年の収穫祭だよ。……ターラなんかは、ダルム=ルウたちと一緒に旅芸人の天幕まで出向いたんだもんね?」
いきなり水を向けられたターラは、はにかみながら「うん」と答える。
その可愛らしい笑顔を見届けてから、ユーミ=ランはダルム=ルウに向きなおった。
「あたしは屋台の商売があったから、それにはつきあえなかったけどさ。でも、あの頃のことはよく覚えてるよ。婚儀を挙げる前のシーラ=ルウは、ダルム=ルウのそばにいるだけでもじもじしてたよね」
シーラ=ルウは、楽しそうに「まあ」と微笑む。以前はダルム=ルウの話題を出されるだけで頬を赤らめていたものだが、もちろん現在は伴侶や母親としての落ち着きを手中にしているのだ。
「まあ確かに、俺たちはその頃から顔をあわせているのやもしれんが……逆に言えば、それだけの縁しか持たない仲ということだな」
「そんなことないよ。ルウの祝宴でだって、あたしはけっこうダルム=ルウに声をかけてたと思うよー? まさか、忘れちゃった?」
「忘れてはいないが、お前がそのていどの縁で婚儀に招いていたら、何百人という人数になってしまおうな」
ダルム=ルウのそんな言葉に、今度はジョウ=ランが反応した。
「つまりあなたも、ユーミがそういう人柄だということをわきまえておられるということですね。それはそれで、ご縁を深めていた証であるように思います」
「……なんでもかまわんが、俺にかまう必要はない。シュミラル=リリンこそ、ここ最近はこやつらの世話を焼いていたのであろう?」
「はい。ユーミ=ラン、相談、乗っていました。外界から、森辺、家人となった人間、心がまえ、問われたのです」
シュミラル=リリンは優しく微笑みながら、ヴィナ・ルウ=リリンを指し示した。
「ですが、より深い縁、ヴィナ・ルウでしょう。古きより、つきあいですので」
「あはは。でも、ヴィナ・ルウ=リリンと知り合ったのは、あたしよりシュミラル=リリンのほうが数日ばかり早かったって話だね。そんな頃からふたりが縁を持ってたなんて、もうびっくりだよ」
「はい。ですが、わずかな差です」
シュミラル=リリンに視線を向けられて、俺は「はい」笑顔を返す。
「細かい日取りは覚えていませんが、俺が屋台を始めてから最初の家長会議まで、半月もなかったはずですからね。その短い時間の中で、ユーミ=ランやシュミラル=リリンとご縁を結ぶ機会があったというわけです」
ついでに言うならば、バランのおやっさんを筆頭とする建築屋の面々に、《南の大樹亭》のナウディス、森辺の民であればミダ・ルウ=シンやヤミル=レイやテイ=スンとも顔をあわせることになったのだ。その半月足らずの日々は、俺にとっても激動の連続であったのだった。
「うん、すごく懐かしいよね。だから、あたしは……みんなのおかげで、森辺の民に対する偏見を捨てることができたんだよ」
ユーミ=ランはどこか遠くを見るような眼差しで、そう言った。
「最初に屋台で働いてたのは、アスタとヴィナ・ルウ=リリンのふたりきりだったよね。それからすぐ、シーラ=ルウとララ=ルウが加わって……それで、家長会議ってやつが終わったら、あんたもすぐに働き始めたんだよね?」
そのように呼びかけられたのは、つつましく場を見守っていたリィ=スドラである。
この場の誰よりも落ち着いているリィ=スドラは、驚いた様子もなく「はい」とうなずいた。
「アスタたちが宿屋を巡る関係から、わたしも力を添えることになりました。まあ、すぐにその子たちを孕んで身を引くことになりましたので、わずか3ヶ月ていどの期間となるはずですが」
「でもそれは、あたしにとってすごく大事な時間だったんだよ。それまで蛮族の集まりだと思ってた森辺の民が、こんな魅力的な人たちだったって……最初にそれを教えてくれたのが、屋台で働いてたみんななんだもん」
ユーミ=ランの声も、落ち着いている。
ただその瞳からは、今にも涙がこぼれそうな気配も漂っていた。
「あの頃のアスタは町の人間のくせに森辺の民に肩入れする、おかしなやつっていう印象だったかな。でも、そんなアスタのおかげで、あたしはみんなを知ることになって……それで、みんなのことを大好きになったんだよ」
ユーミ=ランの目が、再びヴィナ・ルウ=リリンに向けられる。
「最初はやっぱり、ヴィナ・ルウ=リリンだね。こんな色っぽいのに落ち着いてて、ゴロツキどもに絡まれてもふわっと受け流してさ。あれで客商売が初めてだなんて、あたしには信じられなかったよ。だからけっこう仕事中にもあれこれ声をかけちゃって、迷惑をかけたよね」
「迷惑なことは、なかったわよぉ……この娘は何なのかしらって、ちょっと不思議には思っていたけれどねぇ……」
「あはは。あたしは根っから、図々しいからなぁ。……それでその次が、シーラ=ルウとララ=ルウだね。すごく元気なララ=ルウとすごく物静かなシーラ=ルウで、森辺の民も色々なんだなぁって思いながら、あたしはどっちも大好きだったよ」
「ありがとうございます。わたしは仕事を覚えるのに必死で、なかなか町の方々とご縁を深めることもできませんでしたが……ユーミ=ランのことは、ルウの集落でもしょっちゅう話題にあげられていました」
「あはは。悪い話じゃないといいんだけど。それで、その後は……リィ=スドラの前に、まずはアイ=ファだね」
ユーミ=ランの視線を受けて、アイ=ファは「うむ?」と首を傾げる。その胸もとには、まだアスラ=スドラが抱かれていた。
「私は屋台で働くアスタたちを見守るばかりであったが……まあ、ユーミ=ランの目にもとまっていたのであろうな」
「うん。あの頃のアイ=ファは、髪の結いかたが違ってたよね。後から、腕を怪我して髪を結いづらかったんだって聞いたよ。それでその後、きっちり髪を結いなおしてルド=ルウたちと一緒に姿を現すようになったんだけど……美人のくせに凄い迫力で、なんだこれって思わされてたよ」
アイ=ファは家長会議の直前に肘を脱臼して、しばらくはギバ狩りの仕事もできずに宿場町に同行していたのだ。その頃に縁を深めたのはユーミ=ランではなくターラのほうであったように思うが――やっぱり目ざといユーミ=ランも、アイ=ファの存在を見逃していなかったのだ。
「それでその頃に、リィ=スドラも働き始めたんだよね。リィ=スドラは着ているものも違ってたし、すごく落ち着いてたから、もう婚儀を挙げた身だって聞いて納得だったよ。でも、てきぱき働く姿がすごくさまになってて……あたしも母さんが働く姿を見て育ったから、そういう人に弱いんだよね」
「そうですか。わたしはファの方々に希望の道を示されて、恥ずかしいぐらいに奮起していたように思います。ただ、そういう内心が表に出にくい気質であるのでしょう」
「そっか。でもやっぱり、あたしもなんかは感じるものがあったんだと思うよ。とにかく屋台で働く森辺の民っていうのは、みんな魅力的だったからさ」
そう言って、ユーミ=ランはにこりと笑った。
子供のように無邪気でありながら、どこか大人びているような――これまでのユーミ=ランには、なかった笑顔であった。
「その少し後から働くようになったアマ・ミン=ルティムやレイナ=ルウも、トゥール=ディンやユン=スドラも、みんなみんな素敵だった。それを見守る狩人の人たちは、みんな格好よかった。最初の数ヶ月で出会ったみんなが、すごく魅力的だったから……あたしはもっと森辺の民と仲良くなりたいって思ったんだよ。それで……気づいたら、今日を迎えることになったの」
「はい。それこそが、森と西方神の導きであったのかもしれませんね」
アマ・ミン=ルティムが穏やかに応じると、ユーミ=ランは涙をこらえるように上を向いた。
「うん……あたしはまだ、モルガの森を西方神と並べて考えることもできてないけど……これから、学んでいくつもりだよ」
「はい。それはきっと森辺に身を置くことでしか、かなわぬ話であるのでしょう。アスタもシュミラル=リリンも森辺の家人として過ごすことで自然に今の心持ちになったのでしょうから、ユーミ=ランも焦る必要はないかと思います」
アマ・ミン=ルティムがそのように語る中、その手もとから離れたゼディアス=ルティムがユーミのもとに歩を進めて、玉虫色の織物に覆われた膝にぽんと手を置いた。
ユーミ=ランはびっくりした様子で顔をおろして、ゼディアス=ルティムのことを見つめる。
ゼディアス=ルティムは両親に負けないぐらい優しい眼差しで、ユーミ=ランのことを見つめ返した。
「……よくよく考えたら、最初に働いてた人たちはみんな子を生むことになったんだよね。残ってるのは、ララ=ルウだけなんだ」
「はい。トゥラン伯爵家にまつわる騒乱が収まるまでは、ごく限られた人間しか屋台を手伝っていなかったはずですが……その中で子を生んでいないのは、ララ=ルウとモルンぐらいなのでしょうね」
「ああ、モルン・ルティム=ドムもアマ・ミン=ルティムと同じ頃に働き始めたんだっけ。モルン・ルティム=ドムは北の集落で暮らすために、身を引いたんだよね」
そんな風に語りながら、ユーミ=ランはゼディアス=ルティムの頭をそっと撫でた。
「あたしもみんなを見習って、元気な子を生みたいと思ってるよ。……それが、森辺の女衆のつとめだもんね」
「ええ。決してアイ=ファの生を否定する気はありませんが……子を残さなければ、血筋も絶えてしまいますので」
「うん。あたしは狩人になんてなれないから、森辺の女衆としてのつとめを果たすよ。……それでその後は、母さんのシルを見習いたいと思ってるの」
そう言って、ユーミ=ランは顔を上げた。
やはりその目には涙が光り始めていたが、表情は澄みわたっている。そしてそんな表情のまま、ユーミ=ランは晴れやかに笑った。
「母さんはあたしを生んですぐ、また宿で働き始めたからさ。あたしが物心ついたときから、母さんはめいっぱい働いてたんだよ。だからあたしも、自分の子供にそういう姿を見せてあげたい。どんな形になるかはわからないけど、自分が格好いいと思う生き様を、子供に見せてあげたいんだ」
「……はい。きっとユーミ=ランには、ユーミ=ランにしか果たせない役割があるのでしょう。それはアスタやシュミラル=リリンのように、森辺にも大きな力をもたらしてくれるはずです」
そのように応じたのは、シーラ=ルウであった。
その手では、元気なドンティ=ルウがもぞもぞと動いている。
「わたしたちはあなたを祝福して、歓迎します、ユーミ=ラン。どうかあなたは自分を殺すことなく、あなたらしい道筋で正しき森辺の民を目指してください。母なる森と西方神が、それに力を添えてくれるはずです」
ユーミ=ランは同じ笑顔のまま、「ありがとう」と言った。
今日だけで、ユーミ=ランは何度その言葉を口にしたのだろう。
しかし、その言葉を軽はずみに使ったことは、一度としてないはずだ。少なくとも、俺が耳にした「ありがとう」という言葉には、すべて心からの思いが込められているように感じられた。
(ユーミ=ランなら、大丈夫だよ。俺みたいな人間でも、胸を張って森辺の民を名乗ることができてるんだからさ)
そんな思いを込めながら、俺はユーミ=ランの笑顔を見守った。
そしてこの場ではこれだけの人数がユーミのことを見守っているし、表の広場には百名以上――森辺の集落には五百名以上の同胞が待ちかまえているのだ。それだけの人間に見守られながら、ユーミ=ランはこれから森辺の民として生きていくのだった。
中にはデイ=ラヴィッツのように、厳しい目を向けてくる人間もいるだろう。
しかしユーミ=ランは持ち前の活力で、正しき道を突き進むに違いない。3年近くにわたってユーミ=ランと交流を紡いできた俺は、なんの心配もなくそれを信ずることがかなったのだった。
「……それじゃあこの後は、広場で歌を歌ってもらえるかい?」
ずっと黙っていた俺が声をかけると、ユーミ=ランは不意を突かれた様子で「へ?」とおかしな声をあげた。
「歌って、なんの話? バードゥ=フォウからも、そんな話は聞かされなかったよ?」
「うん。でもきっと、たくさんの人たちがユーミ=ランの歌を楽しみにしてると思うんだよね。……それだって、ユーミ=ランが森辺にもたらした、新しい習わしだろう?」
俺がそのように言いつのると、ホドゥレイル=スドラやアスラ=スドラ、アイム=フォウやゼディアス=ルティムが瞳を輝かせた。そして、「おうた、おうた」と復唱し始める。5歳未満の幼子は祝宴に参加できない習わしであるが、広場で歌が披露される際には戸板を開けて見物することが許されているのだ。
そして、そんな習わしを生み出したのは、ユーミ=ランの存在である。宿場町の交流会でユーミ=ランの歌の素晴らしさを知った面々が、森辺の祝宴でも歌をせがむようになり――そして気づけば、ユーミ=ランがいない場でも歌が披露されるようになったのだった。
「ほら、子供たちも期待してるよ。これでユーミ=ランが歌わなかったら、みんなガッカリしちゃうんじゃないかな」
「なんだよ、もう。期待させたのは、アスタじゃん」
そんな風に言いながら、ユーミ=ランは頬を伝いそうになった涙を乱暴にぬぐった。
「しかたないなー。じゃ。子供たちが眠る前に、さっさと片付けちゃおっか」
「そうですね」と、ジョウ=ランは笑顔で横笛を引っ張り出す。
しばらくして、フォウの集落には花嫁の歌声と花婿の笛の音が響きわたり――この特別な夜を、いっそう華やかに彩ったのだった。




