第四話 白くて小さな花のように(上)
2024.10/24 更新分 1/1
その日、ターラは朝から胸を躍らせていた。
本日は、黄の月の6日――ターラが仲良くしているリミ=ルウの生誕の日であったのだ。そしてターラは2年ぶりに、そのお祝いの場に招かれていたのだった。
「去年は新しい赤ん坊が生まれたばっかりで、遠慮することになっちまったもんな。ターラがはしゃぐ気持ちは、よくわかるよ」
宿場町の露店区域で商売に励んでいた父親のドーラは、陽気に笑いながらターラの頭を小突いてきた。
「でも、あんまりはしゃぎすぎるんじゃないぞ? ここ最近の騒ぎはいちおう収まったみたいだけど、今日だってシムのお偉いさんがルウの集落にやってくるって話なんだからな」
「うん! 絶対に、ルウ家のみんなに迷惑はかけないよ!」
「ああ。リミ=ルウもお前さんと同じぐらい楽しみにしてるだろうから、めいっぱいお祝いしてやりな」
ドーラの優しい言葉に、ターラはもういっぺん「うん!」とうなずく。
そのとき、小雨のそぼ降る街道の向こう側から、心待ちにしていたものが近づいてきた。たくさんの荷車と屋台を運ぶ、森辺の民たちである。
まずは顔見知りの女衆たちが笑顔で会釈をしつつ、通りすぎていく。
そして、最後尾で荷車を引いていたアスタだけが、露店の前で足を止めた。
「アスタおにいちゃん、おつかれさま! お仕事、終わったんだね!」
ターラが性急に呼びかけると、アスタは「うん、お待たせ」と優しく笑ってくれた。
出会ってから3年近くが過ぎて、アスタはずいぶん大人っぽくなっている。いつの間にか、背丈もドーラに追いつきそうなぐらいであるのだ。初めて出会った頃は、アスタのほうが拳ひとつぶんぐらいは小柄であったはずであった。
しかし、アスタの優しい笑顔に変わりはない。
初めて出会った頃から、アスタはこんな顔でターラに笑いかけてくれたのだ。あの頃はおたがいの素性も知らず、道端の向かいでそれぞれ饅頭を食べていたのだった。
ちょっとしたやりとりを経て、ターラはアスタの荷車にお邪魔する。
その荷台で待ちかまえていたのは、いずれもよく見知った若い娘たち――ユン=スドラ、レイ=マトゥア、マルフィラ=ナハムといった面々であった。
「お疲れ様です、ターラ。ルウの集落まで、ご一緒させていただきますね」
まずはユン=スドラが、優しい笑顔を向けてくる。アスタに負けないぐらい優しい笑顔を持つユン=スドラのことが、ターラは大好きであった。
もちろん、いつもにこにこ笑っているレイ=マトゥアや気弱そうに目を泳がせているマルフィラ=ナハムのことも、同じぐらい好いている。今となっては、好ましく思えない森辺の民などなかなか思いつかないぐらいであった。
「今日はみんな、屋台を運んでないんだね! 珍しくない?」
「ええ。新しく屋台の当番になる女衆に、仕事を覚えさせようという話になったんです。……自分たちばかりが楽をするというのは、ちょっと落ち着かないものですね」
「あはは! ターラのおにいちゃんだったら、楽ができて喜ぶと思うけど!」
ユン=スドラは「まあ」と口もとをほころばせ、レイ=マトゥアも楽しそうに笑みくずれる。マルフィラ=ナハムも目を泳がせつつ、ふにゃふにゃと笑ってくれた。
以前はターラがこのような口を叩くと、森辺の民のおおよそは「本当ですか?」と驚いていたのだ。それでターラも、慌てて冗談だと弁解することになっていたものだが――最近は、そんなすれ違いもごく少なくなっていた。
「今日はリミ=ルウの生誕の日だそうですね! わたしたちの分まで、祝福してあげてください!」
と、レイ=マトゥアがそんな言葉を投げかけてくる。
ターラは「うん!」とうなずいてから、ちょっとした不安を覚えることになった。
「……でも、レイ=マトゥアもリミ=ルウと仲良しだよね? ターラばっかりお招きされちゃって……いやじゃない?」
「あはは。リミ=ルウのことは大好きですけれど、森辺において生誕の日は家族だけで祝う習わしになっています。好ましく思う相手の生誕の日にすべて押しかけていたら、毎日大忙しになってしまいますしね」
そう言って、レイ=マトゥアはいっそう朗らかに微笑んだ。
「ですから、今日お招きされているターラたちは、リミ=ルウと特別な絆を結んでいるということなのでしょう。どうか胸を張って、リミ=ルウを祝福してあげてください」
やっぱり森辺の民は、みんな優しい。そんな思いを新たにしながら、ターラは「うん」とうなずいた。
しばらくして荷車が動きを止めると、新たな女衆が荷台に乗り込んでくる。雨季の前ぐらいから屋台の商売に加わり、ここ最近は毎日のように顔を出している、背の高い女衆であった。
「失礼します。わたしもルウの集落まで同乗をお願いいたします」
「ええ、どうぞ。……トゥール=ディンの荷車でなくてよろしいのですか?」
「はい。あちらはもう、別の人間でいっぱいになってしまいましたので」
彼女は、トゥール=ディンの血族であるのだ。ただ背が高いばかりでなく、体格もがっしりとしており、顔つきも勇ましい。雨具を脱ぐと、そちらの装束にはあちこちにギバの毛皮があしらわれていた。
「こちらは、ジーンの女衆です。ターラも何度か顔はあわせていることでしょう」
「うん。しゃべったことはないけど、屋台で働いてるところは何回も見てるよ」
ターラがそのように答えると、ジーンの女衆は壁に雨具を掛けながら鋭い視線を向けてきた。
「あなたが野菜売りの娘、ターラですか。確かにわたしも、屋台で何度も見かけているように思います。……今日はルウの末妹の生誕の日ということで、祝いの晩餐に招かれたそうですね。あなたはそれほどまでに、ルウの末妹と絆を深めているのでしょうか?」
「うん! リミ=ルウとは、ずーっと仲良しだよ!」
ターラが心からの笑顔を返すと、ジーンの女衆は「そうですか」と目をすがめた。
「生誕の日に家族ならぬ相手を招くというのは、これまでの森辺にはなかった話であるはずですが……族長ドンダ=ルウが許したというのなら、きっと間違った行いではないのでしょう」
「あはは。ターラたちはもうずっと前から、祝宴などにも招かれていますしね」
レイ=マトゥアが無邪気な笑顔で口をはさむと、ジーンの女衆は腰をおろしつつ小さく息をついた。
「初めて宿場町の民を祝宴に招いたと聞かされた頃、わたしはまだ血族の集落にしか足を運んだことがない身でありました。なんというか……宿場町の民にまで後れを取ってしまっている心地ですね」
「ザザの血族は、慎重に振る舞っておいででしたからね。でも、その慎重さも森辺の民には必要だったのだろうと思います」
そのように語ったのは、ユン=スドラであった。
「族長ドンダ=ルウは果断な人柄であられるので、率先して外界の民との絆を深めておられました。それを厳しい目で見守るのが、ザザの役割であったのでしょう。その両方がそろっていたからこそ、わたしたちも安心して道を進めたのだろうと思います」
「そうですよ! けっきょくドンダ=ルウは正しかったですけれど、それがわかるのは後になってからのことですからね! 誰かがしっかり手綱を握っていてくれたから、わたしたちは迷いなくさまざまな相手と絆を深められたんです!」
元気な声でそのように告げてから、レイ=マトゥアはくりんっとターラに向きなおってきた。
「それで、最初に森辺の民と絆を深めてくれたのは、ターラですものね! 手を差し伸べてくれたターラにも、それを受け入れることを許してくれたドンダ=ルウにも、わたしは同じだけ感謝しています!」
「え? ターラはべつに……そんな立派なことはしてないけど……」
ターラがもじもじすると、レイ=マトゥアはいっそう元気に「いえ!」と言った。
「ターラが森辺の民を怖がらずに仲良くしてくれたからこそ、最初の絆が結ばれたんです! わたしたちにとっては、恩人のようなものですよ!」
「でもターラは、アスタおにいちゃんとアイ=ファおねえちゃんに助けられただけだから……立派なのは、アスタおにいちゃんたちだよ」
「そうですね! もちろんアスタたちにも、同じだけの感謝を捧げています!」
そういった事情は誰もがわきまえているらしく、その話題はそれで終わることになった。
それでターラは、ひとり追憶にひたりこむ。あまりに懐かしい話を口にしたものだから、数々の思い出が心にあふれかえったのだ。
ターラは道端で肉饅頭をかじりながら、アスタと笑顔を交わし合った。そのすぐ後に、酔っぱらった森辺の男衆――今はドムの集落で暮らしているドッドという人物が暴れ始めて、ターラを踏み潰しそうになったのだ。それでターラは危ういところを、アスタとアイ=ファに救われたのだった。
ターラがその出来事を伝えたため、父親のドーラがアスタたちに感謝の言葉を伝えることになった。そこから、ターラの一家と森辺の民の交流が始まったのである。
最初はおたがいに、客の立場であった。アスタたちはドーラから野菜を買い、ドーラとターラは屋台で料理を買う。顔をあわせるのはそれぐらいのもので、まだまだ友人と呼べるような間柄ではなかった。
それから森辺の民は、スン家とトゥラン伯爵家にまつわる騒乱を乗り越えて――それでようやくターラたちは、森辺の民と心置きなく仲良く過ごせるようになったのだった。
(……でも、リミ=ルウとはその前から出会うことができたんだよね)
あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。森辺で家長会議というものが開かれる直前――アイ=ファが左肩を怪我して腕を吊っていた頃、買い出しのために宿場町にやってきたリミ=ルウと、屋台で顔をあわせることになったのだ。
初めて森辺の小さな女の子を見たターラは、つい驚きの声をあげてしまった。
それから慌てて挨拶の言葉を届けると、リミ=ルウはたちまち無邪気な笑みを広げて「はじめまして!」と応えてくれたのだった。
その後は、我を忘れておしゃべりに興じることになった。
無邪気で明るくて可愛らしいリミ=ルウは、とても魅力的な女の子であったし――ターラは近所に年の近い友人がいなかったため、とても楽しかったのだ。のちのち聞いた話によると、ルウの集落でもリミ=ルウと同い年の女の子は存在しなかったのだった。
それからしばらくは再会の機会もなかったが、くだんの騒乱が終わりを迎えたのちにはリミ=ルウも屋台で働けるようになった。それでターラは思うさま、リミ=ルウと仲良くすることができたのだった。
(初めてルウの集落に遊びに行ったのは、復活祭のちょっと前だったっけ……それじゃあ、もう2年以上は経ってるんだ)
出会った頃は8歳であったターラも、すでに11歳になっている。そしてリミ=ルウも今日という日に、同じ齢になるのだ。
初めて仲良くなった同い年の女の子が、数ヶ月遅れでまた同い年になる。だから今日は、ターラにとっても特別な日であったのだった。
「あ、ルウの集落に到着したみたいですね」
ユン=スドラのそんな声が、ターラを追憶から引き戻した。
他のみんなと一緒に雨具をかぶって外に出ると、集落の広場にたくさんの人間が立ち並んでいる。そこに東の民の姿を見出したターラは、慌ててアスタの背中に隠れることになった。
東の民のひとりは、顔馴染みであるプラティカだ。森辺の民と似た雰囲気を持っているプラティカのことは、ターラも好ましく思っていた。
そのかたわらには、ニコラという城下町の少女も立ち並んでおり――そしてその横合いに、東の王都の面々が整列していた。
アスタと同じぐらい背の高い女性と、それより頭半分小さな少女、そして面布というもので顔を隠した男性が4名である。
実のところ、ターラが見慣れているのはその不気味な格好をした男性たちのほうであった。たぶん別人なのであろうが、同じような格好をした人間はずいぶん前から宿場町をうろついていたのだ。なおかつその何名かはドーラの露店にまで押しかけて、森辺の民や野菜について聞きほじっていたのだった。
森辺の民――とりわけアスタのことを聞きほじっていた頃は、きっと悪人なのだろうと思って警戒していた。
しかしここ最近は、野菜のことばかり聞きほじっている。どうやら東の王都で、たくさんの野菜を買いつける話が決まったようであるのだ。そしてその前から東の王家にまつわる騒ぎは終わったと布告が回されていたため、ターラも胸を撫でおろすことがかなったのだった。
しかし、見慣れない2名の女性はシムの貴族の関係者であるらしい。
そちらも決して敵ではなく、アスタたちから美味しい料理の作り方を学んでいるのみであるという話であったが、それならそれで、決して失礼な振る舞いは許されないはずであった。
(東の民って、何を考えてるかわかりにくいからなぁ……みんな、シュミラル=リリンみたいに笑ってくれればいいのに)
ターラがそんな風に考えたとき、「みんな、おかえりー!」という元気な声が響きわたった。
ターラが無意識の内に身を乗り出すと、小さな人影がものすごい勢いで駆け寄ってくる。その姿に、ターラの懸念はいっぺんに吹き飛ばされることになった。
「ターラ、待ってたよー!」と声を張り上げながら、その人影――雨具をかぶったリミ=ルウが、ターラの手を握りしめてくる。おたがい雨に濡れているため、抱きつくことができなかったのだ。その分まで、ターラはリミ=ルウの手をぎゅっと握り返した。
「リミ=ルウ、おめでとー! もうおうちの仕事は終わったの?」
「うん! あとは夜までいっしょにいられるよー!」
淡い水色をしたリミ=ルウの瞳が、星のようにきらきらと輝いている。
朝からこの瞬間を心待ちにしていたターラは、いっそう胸が高鳴るのを感じた。
そうしてその後はアイ=ファと一緒に、リミ=ルウが暮らすルウの本家へと向かう。アスタたちは、今日も料理の勉強会であるのだ。そうして晩餐を準備する時間になったならば、ターラもアスタのもとに向かう手はずになっていた。
「みんな、ターラとアイ=ファが来てくれたよー!」
元気に声をあげながら、リミ=ルウが玄関の戸板を横に開く。
まず最初に出迎えてくれたのは、土間でくつろぐルウ家の犬たちだ。その姿に、ターラは「わあ」と目を輝かせることになった。
「すごいすごーい! みんな、すっごく大きくなったねー!」
「うん! もうお乳じゃなくって、ギバ肉もいーっぱい食べるようになったからねー!」
猟犬は森に入っている刻限であるので、その伴侶である雌犬と子供たちである。さざまな色合いの毛並みをした子犬たちは、ターラが最後に見たときから倍ほども大きくなったように感じられた。
しかし、母犬に比べればまだまだ小さくて、体つきもちんまりしている。その姿に、アイ=ファも優しく目を細めた。
「ルウの子犬たちも、健やかに育っているようだな。早く外を走らせてやりたいものだ」
「うん! 雨季が明けるのが待ち遠しいねー! そうしたら、リミも一緒に遊ぶんだー! そのときは、ターラも一緒にね!」
「うん! 楽しみだなー!」
そうして土間の犬たちに見守られながら雨具を脱いで、今度はリミ=ルウの家族たちに挨拶をする。広間に座していたのは最長老のジバ=ルウに、ジザ=ルウの伴侶であるサティ・レイ=ルウ、そして幼子のコタ=ルウに赤子のルディ=ルウであった。
「アイ=ファにターラ、ようこそルウの家に。よかったら、わたしたちもお邪魔させてください」
「うん! みんな、ひさしぶりー! コタ=ルウも、ちょっぴり大きくなったみたいだねー!」
コタ=ルウはにこにこと笑いながら、「うん」とうなずく。まだ4歳だが、とても賢そうな眼差しをした幼子だ。ターラが暮らすダレイムにおいて、こんなに賢そうな幼子を見た覚えはなかった。
「でも、ルディのほうがおっきくなったとおもう」
「わあ、ほんとだー!」と、ターラは草籠を覗き込んだ。
ようやく1歳になったルディ=ルウは、草籠の中でもぞもぞと身をよじっている。その淡い茶色の目がターラを見上げつつ、きょとんと見開かれた。
「こんにちは、ルディ=ルウ。ターラのこと、覚えてる?」
ターラはルウ家に招かれるたびに挨拶をしていたが、その頃は人の顔を見分けることができていたかも判然としなかったのだ。しかし今のルディ=ルウは、かつてなかったぐらいしっかりとターラの顔を見返しているように感じられた。
コタ=ルウの言う通り、ルディ=ルウは子犬たちに負けないぐらい大きくなっている。茶色の髪もすっかり生えそろって、いよいよ女の子らしく可愛らしい顔立ちになっていた。
「ルディもようやく、人の顔を見分けられるようになったのかねぇ……この先も、仲良くしてあげておくれよ……」
ジバ=ルウがそのように告げてきたので、ターラはそちらにも「うん!」と笑顔を返した。
「ジバおばあちゃんも、ひさしぶり! まだ雨季で寒いけど、元気だった?」
「ああ……みんなのおかげで、元気に過ごしているよ……ターラも元気そうで、何よりだねぇ……」
温かそうな肩掛けを羽織ったジバ=ルウは、皺深い顔でにこりと微笑む。雨季の間は森辺の集落に来ることができなかったので、誰もが2ヶ月ぶりぐらいであるのだ。しかしジバ=ルウも、最後に見たときと変わらないぐらい元気そうな様子であった。
「ターラこそ、少し大きくなったみたいだねぇ……あたしはそろそろ追い抜かれちまいそうだよ……」
「あはは! まだそんなに大きくないけど! ジバおばあちゃんは、大人だけどちっちゃいもんね!」
「ああ……あたしはもとと小さななりをしていたけど、年を食うごとに縮んでるみたいでさ……でも、孫やその子供たちが自分よりも大きく育っていくのを見守るのは、楽しいもんだよ……」
そう言って、ジバ=ルウはいっそう顔を皺くちゃにして笑った。
サティ・レイ=ルウもまたやわらかく微笑みながら、身を起こす。
「せっかくですから、茶を入れますね。ターラたちは、くつろいでいてください」
広間の隅にはかまどが設えられており、そちらには小さく火が灯されていた。きっとジバ=ルウや幼子たちのために、部屋を暖めているのだろう。そうしてターラはリミ=ルウやアイ=ファとともに、あらためて腰を落ち着けることになった。
「今日もシムのかまど番が来ているんだろう……? 毎日、ご苦労なこったねぇ……」
「うむ。しかしこの後はディンの家に向かうという話であるので、こちらの手をわずらわせることもあるまい。……今日はルウ家にとって、大切な日であるからな」
アイ=ファが優しい眼差しを向けると、リミ=ルウは「えへへー」と嬉しそうに笑った。リミ=ルウとアイ=ファは、とても仲良しであるのだ。
「セルフォマとカーツァも、悪い人じゃなかったもんね! 早くまた、セルフォマのお菓子を食べてみたいなー!」
「ジェノスに留まることが許されれば、いくらでも機会はあろう。もう使節団の出立まで日もなかろうから、いい加減に決せられるのであろうな」
アイ=ファのそんな言葉に、ターラは「え?」と目を丸くした。
「アイ=ファおねえちゃん、さっきの人たちもみんな一緒にシムに帰るんじゃないの?」
「うむ。セルフォマとカーツァのみ、ジェノスに留まるかどうか検討されているさなかであるのだ。セルフォマはジェノスに存在する食材について、もっと深く学びたいと願っているのでな」
「そっか……」とターラが口をつぐむと、アイ=ファはまた優しげに目を細めた。
「リミ=ルウの言う通り、あちらの両名も悪人ではないようなのでな。今日のように出くわすことがあっても、心配は無用だぞ。シムにまつわる騒乱は終わったのだから、ターラも心置きなくルウ家の面々と交流を深めるがいい」
「うん……またみんなをダレイムにお招きしたいなぁ」
すると、リミ=ルウが横合いからターラに抱きついてきた。
「雨季が明けたら、みんなで行くよー! ジバ婆も、ミシルとかに会いたがってるからねー!」
「ああ……そのときは、またよろしくお願いするよ……」
あちこちから向けられる優しさにくるまれて、ターラは「うん」と笑うことができた。
すると、コタ=ルウも向かいから笑いかけてくる。
「コタはごさいになったら、まちにおりてもいいっていわれてるの。そうしたら、コタもダレイムにいきたい」
「それじゃあ、あと1年なんだね! コタ=ルウが来てくれたら、みんな喜ぶよー!」
「うん。すごくたのしみ。……ルディは、あとよねんだね」
と、コタ=ルウは小さな手で妹の頭を撫でる。
草籠から身を乗り出したルディ=ルウは、どこか不満げな面持ちで「あぶう」という声をもらした。
「あらあら、そんなに乗り出したら危ないわよ。本当にルディは、元気が有り余っているわね」
かまどから戻ってきたサティ・レイ=ルウが、みんなの前に茶の杯を並べていく。チャッチの皮の芳しい香りが、ゆっくりと室内を満たしていった。
「コタやルディが町に下りるだなんて、まだちょっと想像がつかないのだけれど……今後はそうして幼い内から外界の民と絆を深める人間が増えていくのでしょうね」
「うむ。少し前には、幼子たちを聖堂という場所に向かわせていたしな。最近は、あまり話も聞かないようだが」
「ええ。どのていどの頻度で通わせるべきか、どの氏族も判じかねているようですね。雨季では手間も増えるので、いっそう二の足を踏んでしまうのでしょう」
アイ=ファやサティ・レイ=ルウが物静かな人間であるためか、今日はルウ家の広間にもゆったりとした空気が流れているようである。
しかしそれも、ターラにとっては心地好いばかりであった。穏やかであっても賑やかであっても、森辺の楽しさに変わりはないのだ。
そうして楽しく語らっていると、やがて玄関の戸板が開かれる。
そこから顔を出したのはリミ=ルウの母親であるミーア・レイ=ルウで、その横合いにはアスタの姿も覗いていた。
「ターラ、晩餐の支度を始めるよ。よかったら、手伝ってもらえるかい?」
もうそんな刻限であるのかと驚きながら、ターラはリミ=ルウのほうを振り返る。
するとリミ=ルウは満面の笑みで、ターラの手を握りしめてきた。
「ターラのお菓子、楽しみにしてるねー! リミは、ここで待ってるから!」
ターラは「うん!」と笑顔を返して、玄関口に駆けつけた。
まだ細く雨が降っていたので、雨具をかぶって外に出る。すでにシムの面々は立ち去ったらしく、そこにはアスタとミーア・レイ=ルウの姿しかなかった。
かまど小屋では、レイナ=ルウとララ=ルウが晩餐の支度を始めている。しかし、リミ=ルウの祖母であるティト・ミン=ルウの姿が見当たらない。ターラがそれを伝えると、ミーア・レイ=ルウは「ああ」と笑った。
「ティト・ミンだったら、ダルムの家だよ。シーラ=ルウの家族がシンの家に移っちまったから、何かと手薄でね」
「あ、そっか。ルウ家は赤ちゃんがいっぱいで、大変だね」
「うんうん。赤子ほど手がかかるもんは、他にないからね。でも、こんなに幸せな苦労はないさ」
ミーア・レイ=ルウの力強い笑顔に、ターラも自然に笑うことになった。
さっき話に出た通り、そういう赤ん坊たちもいずれは大きく成長して、宿場町やダレイムにやってくるのだろう。今は復活祭の時期ぐらいしか、リミ=ルウより幼い人間を見かける機会もないが――3年前と比べても、世界はどんどん変わりつつあったのだった。
(……それもみんな、アスタおにいちゃんが来てからなんだよね)
そんな風に思いながらアスタのことを見上げると、「どうしたんだい?」と笑顔を返された。
「ううん。アスタおにいちゃんと会ってから、もうすぐ3年も経つんだなあって思ったの」
「うん。俺たちが出会ったのは……緑の月の半ばぐらいなのかな? あの頃は、月の名前も知らなかったんだけどね」
と、アスタはいっそう朗らかに笑った。
「それじゃあ、あとひと月ちょっとで丸3年ってことだ。あの日からもう3年が経つなんて、なんだか信じられないね」
「うん……アスタおにいちゃんは、あの日のことを覚えてるの?」
「もちろんさ。おたがいに道端で、キミュスの肉饅頭を食べてたんだよね。ターラも最初は怖そうにしていたけど、俺が笑いかけたらすぐに笑顔を返してくれて、嬉しかったなぁ」
アスタは本当に、そんな細かな話まで覚えていたのだ。
ターラにとっては特別な日であったので、忘れようもない大事な思い出であったが――アスタもまた、ターラと同じように忘れずにいてくれたのである。それだけで、ターラは胸が詰まるぐらい嬉しかったのだった。




