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異世界料理道  作者: EDA
第九十章 群像演舞~十ノ巻~
1540/1695

第一話 東の王都の料理番(一)

2024.9/30 更新分 1/1

・今回は全8~9話の予定です。

 セルフォマ=リム=フォンドゥラは、東の王都ラオに従属するリムの生まれであった。

 世間ではリムも含めて王都と見なされることも多いようだが、実情は違っている。シムの王都はまぎれもなくラオであり、リムはその支配下に置かれているに過ぎなかった。


 あるいは、そうして完全な支配下にあるがゆえに、ラオリムとひとくくりで呼ばれているのであろうか。

 何にせよ、ラオが主人でリムが従者であるという事実に変わりはない。リムはあくまで従う立場であり、ラオの繁栄のために存在する領地であったのだった。


 リムは、豊かな領地である。

 しかしそれも戦乱の時代、ラオから付与された領地であったのだ。さらにさかのぼれば、リムこそこの地の支配者であったはずであるが、勇猛なるゲルドとドゥラの軍勢に侵攻されて、リムは実りの少ない僻地に追いやられた身であった。


 ラオもまた、ゲルドとドゥラに領地を奪われた身となる。

 しかし、ラオは不毛の泥沼から煉瓦を精製して、強固な砦を建設し、さらにはわずかな資源から数々の武具を作りあげて、ゲルドとドゥラに反撃した。そうして草原地帯の南方に広がる豊かな領地をすべて奪取すると、リムにその一部を分け与えて、シムの第二王朝を建立するに至ったのだった。


 セルフォマが生を受けたのは、そんなリムの中央に位置する都の城下町である。

 セルフォマはべつだん、大きな苦労をした覚えもなかった。父はリム城で働く料理番であり、貧しい生活に苦しむこともなかったのだ。セルフォマ自身も幼き頃から父のもとで修練を積んで、いずれは父の跡を継ぐことを夢見ていた。


 セルフォマの運命が変転したのは、13歳の頃となる。

 突如として、父がラオの王城に招かれることになったのだ。


 何か事情があって、ラオの王城の料理番の人手が足りなくなった。それでリム城の料理番が10名ほど招集されることになったのである。


『あまりに突然の申し出だが、王命とあれば是非もない。お前たちも、覚悟を固めてくれ』


 父は懸命に感情を押し殺しつつ、ただその目に悲痛な色をたたえていた。

 王城に招聘される料理番に同行を許されたのは、伴侶と子までであったのだ。それ以外の親族や友人知人とは、決別しなければならなかったのだった。


 まだ若年であったセルフォマにとって、それは小さからぬ痛みをともなう出来事であった。なんの準備もないままに生まれ故郷を離れて、大切な祖父母や友人たちとも別々に生きていくことになるのである。かといって、父だけをラオに送りつけることはかなわず、母とセルフォマも運命をともにするしかなかったのだった。


 リムがラオの下僕だと思い知らされたのは、その時期である。

 ラオの命令は絶対であり、リムに逆らうすべはないのだ。10名もの料理番を差し出せばリムの城が人手に困るはずであったが、そんな事情が鑑みられることもなかったのだった。


 かくして、セルフォマはリムの城下町からラオの城下町に移り住むことになった。

 そしてそちらでも、主従の関係を叩き込まれることになった。ラオにおいてリムの人間は、一段低い存在と見なされていたのである。


 あるいは、ラオの民のすべてがリムの民を見下しているわけではないのかもしれない。

 しかし、ラオの王城の城下町の人々がリムの民を見下しているというのは、厳然たる事実であった。


 こちらの城下町において、リムの民は特別居住区という区域に押し込まれており、そこから外に出るにはいちいち許可証の申請が必要となった。また、何か正当な用事がなければ、その申請が通ることもなかった。


『リムの民がラオの王城の料理番として働くなど、例外中の例外である。その栄誉を噛みしめながら、懸命につとめを果たすがいい』


 王城に招聘された10名の料理番は、そのように申し渡されていた。

 どうしてラオの人間はそうまで高慢であるのか、セルフォマには理解できなかった。両親に問い質しても、明確な答えが得られることはなかった。


『ラオはかつて、ゲルドとドゥラにすべてを奪われた。それで、余所の地の人間を信用しない閉鎖的な気質が育まれたのやもしれん』


 父はそのように語っていたが、戦乱の時代などもう何百年も昔の話である。現在のラオは栄華を欲しいままにしているのだから、そんな妄念にとらわれる理由はないように思われた。


『ともあれ、我々は与えられた環境で懸命に生き抜く他あるまい。私も力を尽くすので、お前たちにはどうか心安らかに過ごしてもらいたい』


 そうして父は懸命に働いたが、セルフォマと母が心安らかに過ごすことはできなかった。リムの民でありながら王城で働く人間というのは、こちらの特別居住区においては異端者であったのだ。セルフォマたちばかりでなく、10名の料理番とその家族は一様にいわれない誹謗を受けることになったのだった。


『そんなに王様の覚えがめでたいなら、いっそ王城で暮らせばいいんじゃない?』

『王城づとめなら、さぞかし立派な給金をもらっていることだろう。こんな貧しい区域に住まういわれはなかろうにな』

『そもそもどうしてリムの民が、王城なんかで働くことになったのでしょうね。誰かがラオの料理番たちに毒でも盛ったのではないでしょうか?』


 セルフォマたちは、そんな言葉で責めたてられることになったのだった。

 どうやら特別居住区の人々は、もっと過酷な仕事のために集められた身分であるらしい。それで、ラオの民に対する反感をつのらせており――結果、王城で働く料理番とその家族にも反感の余波が及んだという顛末であるようであった。


 ラオの民からは一段低い存在と見なされて、同胞であるはずの面々からは異端者として忌避される。料理番とその家族たちは、おたがいを拠り所にするしかなかった。また、王城で働く父たちは数日にいっぺんしか家族のもとに戻ることを許されなかったので、残された者たちで何とか結束を固めるしかなかった。


『……深い事情はわからんが、王家の人間の食事に毒が盛られるという事件があったらしい。それで数多くの料理番が、罪人として処断されたのだそうだ』


 ある日、父はそんな裏事情を明かしてくれた。


『それで王家の方々は、王城といっさいゆかりのない料理番を求めて、リムの城から我々を招聘したらしい。しかしこれは王城の秘密であるので、決して余人に語ってはならんぞ』


 それでけっきょく特別居住区の人々に釈明することもかなわず、セルフォマたちは苦渋の日々を送ることになった。

 父はそれなりの給金をもらっていたので、母やセルフォマが働く必要はない。他なる料理番の家族たちと絆を深めて、ひっそりと息を殺しながら過ごすしかなかった。


 だがやはり、そんな生活には無理があったのだろう。

 ラオに移住して1年が過ぎる頃には、料理番の家族の半数が姿を消していた。王城で働く主人と離縁して、リムに帰っていったのだ。


『……王城で働く我々はともかく、家族たちに明るい行く末は期待できない。お前たちも、いっそのこと――』


 父がそのように言い出したとき、セルフォマは初めて涙を流すことになった。


『嫌だよ。どうして私たちが、こんな運命に屈さないといけないの? 私たちは何も悪いことなんてしていないのに、家族の縁を切らないといけないなんて……私には、そんなの耐えられない』


 セルフォマが涙ながらに訴えると、母も決意をひそめた眼差しでうなずいてくれた。それで父も、毅然たる態度を取り戻してくれたのだった。


『わかった。弱音を吐いてしまったことを、謝ろう。お前たちが私を信じて、ついてきてくれるというのなら……私もこの手で、明るい行く末をつかみとってみせよう』


『明るい行く末って? 何か道が残されているの?』


『何も難しい話ではない。このラオの都においてリムの民は見下されているが、確かな力を示した人間だけは例外であるのだ』


 父は黒い瞳に決然たる光を灯して、そのように述べたてた。


『たとえば王城を守る武将のひとりは、リムの生まれであるのだ。その御仁はジャガルとの戦いにおいて目覚ましい武勲をあげて、王城に招聘されることになった。そしてその家族も公邸に住まい、ラオの民と変わらぬ扱いを受けているのだ。であれば私も料理番として功績をあげて、ラオ城の料理長に――それが無理なら、せめて副料理長の座を目指そうと思う』


『……そうしたら、私たちも公邸という場所で暮らせるの?』


『うむ。実際に、料理長と副料理長の家族は公邸に住まっているのだ。武将たる御仁の例を見るに、リムの民でも同じだけの扱いを期待できるだろう。我々は、その希望に懸けるしかあるまい』


 と、そこで父はふいに優しげな眼差しを見せた。


『それに、武将たる御仁の娘御は、ラオの武官と婚儀を挙げることもかなったのだ。きっとセルフォマも公邸に住まえば、よき縁と巡りあえることだろう』


『そ、そんな話は、どうでもいいってば』


 セルフォマは顔を赤くしながら、父の腕を叩くことになった。

 しかしまた、家族とそんな気安い振る舞いに及んだのは、こちらに移り住んでから初めてのこととなる。それでセルフォマは、異なる意味でも涙を流すことになったのだった。


 それからは、セルフォマも大きな意欲を胸に生きていくことができた。

 高みを目指す父の背中を追いかけて、自らも修練に励むことになったのだ。


 もとより父は、王城での仕事そのものに不満は抱いていなかった。貴き方々に料理を供するというのは、きわめて達成感のある仕事であったのだ。であればセルフォマも、父と同じ道を目指すことに躊躇いはなかった。


 そうして日を重ねるごとに、他なる料理番の家族たちはひと組ずつ姿を消していき――もう1年が過ぎてセルフォマが15歳になる頃には、すべての家族がリムに帰ってしまった。


 居住区に残されたのは、10名の料理番とセルフォマと母のみである。

 しかし、セルフォマと母が孤独に打ちひしがれることにはならなかった。セルフォマはひたすら調理の修練に打ち込み、母も懸命にそれを手伝ってくれて――そして、数日にいっぺん居住区に戻ってくる料理番たちは、かわるがわるセルフォマを指南してくれたのだった。


『こんなことなら、私も息子に手ほどきをしておくべきだった。今となっては、それもかなわぬ話なので……そのぶん、セルフォマを指南してやろう』


『そもそも私たちの腕では、料理長を目指すこともかなわんからな。しかしきっとセルフォマの父ならば、やりとげるだろう。その後は、セルフォマも同じ道を目指すがいい』


 他なる料理番たちは、そんな言葉でセルフォマを力づけてくれた。

 そうして時には半数ぐらいの料理番がいっぺんに戻ってきて、そんな夜は祝宴のような賑わいであった。彼らはみんな家族を失ってしまったので、セルフォマと母だけが拠り所であったのだ。そんな彼らの支えになれることが、セルフォマにとっては涙が出るぐらい嬉しかった。


 ただし、10名中の3名までは、途中で姿を消すことになった。

 ひとりは孤独に耐えかねてラオから脱走して、ひとりは病魔で魂を返し――そしてもうひとりは仕事のさなかに不始末を犯して、棒叩きの刑罰ののちにリムへと送還されたのだった。


『あの身体では、もはや厨に立つこともできまいが……きっと、かつての家族が支えてくれることだろう』


 父は限りない無念を双眸にたたえながら、そんな風に語っていた。


『でも、不始末っていったい何があったの? 棒叩きの刑罰なんて、よっぽどのことなんでしょう?』


『うむ。厨の香草が毒草にすりかえられていることに気づかず、料理に使ってしまったのだ。毒見役の人間が事前に察したので、貴き方々の口に入ることはなかったが……もしものことがあれば、棒叩きでも済まなかったろうな』


『ど、毒草? どうしてそんなものが、厨に?』


『何者かが、貴き方々に害をなそうと目論んだのやもしれん。しかし、調理の前に香りを確かめていれば、防げていたことだ。……恐れ多くも王家の方々が口にする料理を準備する我々は、生命を賭して仕事に励まなければならんのだ』


 そのように語る父は、それこそ武将のように双眸を燃やしていた。

 それでセルフォマも、いっそう強い気持ちで父の背中を追いかけることになったのだった。


                ◇


 それから、さらに数年後――セルフォマが18歳となった年である。

 その年に、セルフォマは大きな喜びと大きな悲しみを同時に味わわされることになった。

 セルフォマの父は5年という歳月をかけて、ついに副料理長の座を獲得し――そうしてセルフォマたちが公邸という場所に移り住むなり、母が他界してしまったのだった。


 長年の心労がたたったのか、あるいは一家の念願がかなったことで張り詰めていたものが切れてしまったのか、原因はわからない。

 ともあれ母は、悪い風の病魔に見舞われたのち、あえなく魂を返してしまったのだった。


『もう少し早く、私が何とかしていれば……すべて、私が悪いのだ』


 弔いの場において、父は初めてセルフォマの前で涙を流しながら、そのように嘆いていた。セルフォマはそんな父の身に取りすがりながら、自らも数年ぶりの涙を流すことになった。


『……セルフォマよ、最後にもう一度だけ問うておきたい。お前はこれからも私と同じように、王城の料理番を目指す心づもりであろうか? お前はすでに、料理番としてひとかたならぬ腕を持っているので……リムに戻れば、あちらの城の料理番を目指すこともかなうはずだ』


 弔いの日の翌日、父はとても静かな声音でそのように告げてきた。

 セルフォマの答えは、最初から決まっていた。


『私は、王城の料理番を目指すよ。ここでリムに戻ったら……母さんが何のために魂を返したのか、わからなくなってしまうもの』


 父は、『そうか』としか言わなかった。

 そうしてセルフォマは、父とふたりで公邸という立派な家で過ごすことになり――その1年後には、王城の料理番として働くことが許されるようになった。


 もちろんそれは、簡単な話ではなかった。副料理長の座にのぼりつめた父が1年がかりで根回しをしたのちに、ようやく腕を試す機会が与えられたのだ。

 セルフォマが指定された小宮におもむくと、そこには王城の料理長たる老人と、父を含めた5名の副料理長と――そして、セルフォマと同じように腕を試される3名の料理人が待ち受けていた。


『本日、あなたがたにはシャスカ料理を準備していただきます。こちらの厨に準備されている食材を使って、10名分のシャスカ料理をお作りください。猶予は、下りの五の刻までとさせていただきます』


 真っ白の髪をした料理長は、完璧なまでに感情を押し隠した声音でそのように宣言した。

 父を含む副料理長たちは、いっさい語ろうとしない。そんな面々に見守られながら、セルフォマたちはおのおの調理に取りかかることになった。


 セルフォマを除く3名はみんな男性で、そこそこ年齢もいっているようである。

 そしてもちろん、全員がラオの民であるのだろう。もっとも若年であるセルフォマは、唯一の女人であり、唯一のリムの民であった。


(でも、そんなことは関係ない。父さんだって、何の後ろ盾もない身で副料理長になることができたんだ)


 セルフォマが王城の料理番を目指したいと考えた理由のひとつが、それであった。

 ラオの民は、リムの民を見下している。しかし、本当に力を持っている人間であれば、そんな定説を吹き飛ばして栄誉ある立場を目指すことができるのだ。その事実が知れたからこそ、セルフォマもいっそう迷いなく父の背中を追いかけることがかなったのだった。


 そうしてセルフォマは三刻ほどの時間をかけて、シャスカ料理を作りあげた。

 シャスカの生地には細かく砕いた炒り豆を練り込み、5種の香草と魚醤とギャマの乳で仕上げた煮汁を掛けている。具材は、ゼグや貝類の魚介だ。父から教わったシャスカ料理に、自分なりの工夫を凝らしたひと品であった。


『では、あなたがたは別室に控えて、合否の結果をお待ちなさい』


 セルフォマを含む4名の料理人は、さして広くもない控えの間に案内をされた。

 そちらに腰を落ち着けるなり、セルフォマを除く3名はぽつぽつと言葉を交わし始める。彼らはいずれも城下町の料理店で働く料理人であり、もともと顔見知りであったようであった。


 やはり、そういった人々にとっても王城の料理番というのは栄誉ある仕事であるのだろう。

 また、そちらの給金がいいことは、セルフォマも知っている。父はその給金で立派な食材を買いあさり、セルフォマに与えてくれたのだ。それもすべては、今日という日に備えてのことであった。


(だから、絶対に負けたくない……父なるシムよ、運命神ミザよ……どうかあわれなる子に、明るい行く末をお示しください)


 控えの間で孤独に過ごしながら、セルフォマはひたすら祈り続けた。

 それから、長きの時間が過ぎ――とっぷりと日が暮れて、夜が早い人間であれば寝入りそうな刻限になったところで、ようやく料理長たちがやってきた。


『お待たせいたしました。本日の腕試しの結果をお伝えいたします。……王城の料理番として働く資格を得たのは、セルフォマ=リム=フォンドゥラとなりました』


 セルフォマは衝撃のあまり、身じろぎすることもできなかった。

 すると、他なる料理人のひとりが血相を変えて発言した。


『お待ちください! それは、どういうことなのでしょう? どうしてもっとも若年である彼女が?』


『それはセルフォマが、もっとも優れた料理を作りあげたからです』


 料理長が厳粛なる声音で答えると、その料理人は今にも表情を乱しそうな勢いで身を乗り出した。


『それは、真実なのでしょうか? 彼女はそちらの副料理長の娘御なのでしょう? それが合否に関わっていないと、東方神に誓うことができましょうや?』


『みだりに神の名を口にのぼらせることは、感心できませんね。神はいつでも、あなたを見守っておられますよ』


 硝子玉のように感情を感じさせない瞳で、料理長はその料理人を見返した。


『なおかつ、こちらの副料理長とセルフォマは、リムの民です。リムの民がこのラオの都で縁故を武器にすることが可能であると思いますか?』


『ですが――!』


『あなたがたが準備したシャスカ料理は、貴き方々の集う晩餐会にて供されました。そちらで味比べの勝負をしていただき、勝利したのがセルフォマであったのです』


『あ、味比べ? そのような余興で王城の料理番として働く人間を決めるなど――』


『本日の晩餐会に参席されていたのは、公爵家の方々です。王城の料理番は、そういった方々にご満足いただけるような料理を供さなければならないのです』


 料理長の粛然たる言葉に、料理人もついに口をつぐんだ。


『また、本日の味比べにご参加くださったのは、ご当主の祖父母から御孫まで含めた10名と相成りました。男女の比率は半々であり、あらゆる世代がまんべんなくそろっているということで、もっとも公正な結果が示されたかと思われます』


『そ、それでは年端もゆかぬ幼子も味比べに参加したということでしょうか? そうと知れていれば、辛みを抑えた料理を準備することも――』


『幼子と申しましても、10歳は超えておられます。そのお年であれば祝宴や晩餐会に参席される機会もありますので、我々は分け隔てなくお楽しみいただけるように考慮しなければなりません』


 そう言って、料理長はセルフォマを含む4名の料理人の姿を見回した。


『セルフォマは5名の方々から高い評価をいただき、勝者となりました。あなたには明日から、王城の料理番として働いていただきます。……私からは、以上です。表に車の準備がありますので、各々お気をつけてお帰りください』


 かくして、セルフォマは王城の料理番として働く資格を授かったのだった。

 まだその事実を実感しきれないままセルフォマが公邸に戻ると、ほどなくして父も帰ってきた。そしてセルフォマが口を開くより早く、力まかせに抱きすくめてきたのだった。


『よくやったな、セルフォマよ。私は心から、誇らしく思っている。……母さんも、きっと喜びの涙を流していることだろう』


『う、うん……私は本当に、王城で働けるんだよね?』


『うむ。おそらく私の身からは遠ざけられるだろうが、同じ厨で働く料理番だ。これからはわずかな油断も許されないので、懸命に励むのだぞ』


『うん』と答えながら、セルフォマは父の胸に顔を埋めた。

 そうして、母の弔いの日以来の涙をこぼすことになったのだった。

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― 新着の感想 ―
この頃から既に、第二妃の第5王子をトップに据えようとした動きがあったのかねぇ。
[良い点] 所々こっちの世界にもあった待遇で心に刺さりました。ここからどうやって物語の現在時と繋がるのが気になります。
[良い点] セルフォマのキャラが一気に立ってよかった。 ラオリムの事情もよくわかった。 [一言] 変化が激しいけれどこの人たちも無表情なのかな。 ビジュアルを考えるとおもしろい。
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