送別の祝宴⑦~一抹の真情~
2024.9/16 更新分 1/2
俺たちは大役を果たしたプラティカにひとこと挨拶を届けてから、次なる卓に向かうことにした。
どうやら次が、料理としては最後の卓のようである。その大トリを務めるのは、ヴァルカスの料理に他ならなかった。
「ああ、ようやくアスタたちの姿を拝見できたね」
そんな声を投げかけてきたのは、マルスタインである。その場には使節団の面々も控えており、マルスタインとメルフリードとフェルメスという大層な顔ぶれでエスコートしているようであった。
そんな豪華な面々と相対しているのは、《銀星堂》のフルメンバーである。控えの間に引っ込んでいるという話であったヴァルカスも、名指しで呼びつけられたようだ。立派な装束に身を包んだヴァルカスは、いつも通りの茫洋とした面持ちで貴族たちと対峙していた。
「ご挨拶が遅くなってしまって、申し訳ありません。本日の宴料理にはご満足いただけたでしょうか?」
俺が率先して声をあげると、リクウェルドはなめらかなる口調と声音で「ええ」と応じた。
「森辺の方々が準備された料理はひと通り口にしたかと思いますが、いずれも素晴らしい味わいでありました。この後もジェノスに滞在するセルフォマにとって、何よりの手本になることでしょう。ご迷惑をおかけしますが、どうぞセルフォマたちをよろしくお願いいたします」
「はい。セルフォマも熱意のある御方ですので、こちらも大いに刺激を受けています。ラオリムのみなさんのお力になれるように、自分も力を尽くすつもりです」
「アスタの寛大なお言葉に、深く感謝いたします」
数日ぶりに見るリクウェルドはやはり如才がなさすぎて、まったく内心が知れなかった。
190センチ近くもある長身が、立派なシムの宴衣装に包まれている。その場には書記官と第二王子の臣下も居揃っていたが、やはりリクウェルドが圧倒的な存在感を放っていた。
「今はヴァルカスからこちらの料理の説明を受けていたのだよ。アスタたちにも感想をもらいたいのだけれども、もうこちらの料理は口にしたのかな?」
「いえ。これからいただくところでした」
「では、ぜひ食べてくれたまえ。アスタがヴァルカスの料理をどのように評するのかも、興味深いところだからね」
マルスタインにうながされて、俺たちも料理をいただくことになった。
ぱっと見は、ごくありふれた煮込み料理である。ひと口サイズに切り分けられた肉と野菜が、褐色の煮汁に濡れている。ただし香りの複雑さからして、そんな簡単な料理でないことは察せられた。
(まあ、ヴァルカスが簡単な料理なんて出すはずないもんな)
俺はしっかりと覚悟を固めて、その料理を口に運ぶ。
が、ヴァルカスの料理の前では、そんな覚悟もすぐさま消し飛んでしまう。口内に爆発した複雑なる味わいに、俺は言葉を失ってしまった。
当然のように、ヴァルカスの料理にはさまざまな味わいが詰め込まれている。甘くて辛くて苦くて酸っぱい、味の大洪水である。
そして今回は、煮汁の質感も独特であった。さまざまな味わいが溶け込んだ煮汁が、ねっとりと舌に絡みついてくるのだ。これは明らかに、油分のぬめりけであった。
「これは……具材を油で煮込んだ料理なのですか?」
俺が言語機能を回復させて問いかけると、ヴァルカスはぼんやりと「ええ」とうなずいた。
「油に余計な水気を加えては、さまざまな部分で調和が乱されます。……如何なる油を使用しているか、アスタ殿にはおわかりでしょうか?」
「うーん。味が強烈なので、確かなことは言えませんけど……ホボイ油とラマンパ油は、確実に使われているのでしょうね。でも、それだけだと香ばしさがもっと前面に出てきそうですから……レテンの油を主体にしつつ、ホボイ油とラマンパ油を少量ずつ加えているのかなと思います」
「正解です。では、香草は?」
「香草は、ギラ=イラと……シシやサルファルも使っていそうですね。あとこの香ばしさは、ギギ由来かもしれません」
「2種ほど足りていませんが、その4種は正解です。マルフィラ=ナハム殿やマイム殿でしたら、残る2種も言い当てていたことでしょう。では次に――」
ヴァルカスがさらに言いつのろうとすると、マルスタインが悠揚せまらずストップをかけた。
「ヴァルカスとアスタは、いつもそのような問答を繰り返しているのかな? それもまた興味深いところだが、味そのものにも言及してもらえたらありがたいところだね」
「味はもちろん、申し分ありません。あの竜の玉子はヴァルカスの料理さながらの複雑な味わいだと思いますが、本物はやっぱり迫力が違いますね。すべての味がおたがいを支えながら共存しているかのようで、心から驚かされてしまいます」
すると、レイナ=ルウも熱情を抑制しかねた様子で声をあげた。
「それに、こちらは6種の香草しか使っておられないのですか? ヴァルカスが肉料理でそれだけの香草しか使わないというのは、これまでなかったように思います」
「理想の味を求めたならば、それ以外の香草は必要ありませんでした。矢継ぎ早に新たな食材が登場するため、香草ならぬ食材でもってさまざまな道が開けたということですね」
ヴァルカスの返答に、マルスタインが愉快げな声をあげた。
「ヴァルカスはようやく、ゲルドや南の王都から届けられた第二陣の食材の使い道を考案できたそうだよ。まあ、あれらの食材が届けられてから4ヶ月ていどは経っているので、決して遅すぎることはないのだろうが……それだけ入念に吟味した甲斐はあったようだね」
「ゲルドと南の王都の食材ですか。この甘さは、リッケとマホタリなのだろうと思いましたが……」
「リッケではなく、リッケの果実酒です。果実酒を煮込んで酒気を飛ばした上で、ギバ肉を漬け込む調味液の材料に仕上げました」
ヴァルカスはぼんやりと口をはさんだ。
「あとはエランと、シャスカの酢ですね。それらの食材なくして、こちらの料理は完成しませんでした。ドミュグドは調和を壊すこともなかろうと判じて、具材に使用した次第です」
「そうですか……わたしも、素晴らしい出来栄えだと思います」
レイナ=ルウはいよいよ爛々とした眼差しになっていたが、ヴァルカスの平坦な表情に変わりはない。まあ、ヴァルカスは何があっても表情を崩すことはないし、今は苦手な熱気と人いきれで、ますます頭がぼんやりしているのかもしれなかった。
「使節団の方々にも、ヴァルカスの料理は大いに楽しんでいただけたよ。こちらも無理を言って準備を願い出た甲斐があったというものだ。ヴァルカスも弟子の面々も、ご苦労であったね」
マルスタインのそんな挨拶で、《銀星堂》の面々は解放されることになった。
リフレイアたちは遠慮をして距離を取っていたので、残されたのは森辺の6名だ。その姿をひと通り見回してから、リクウェルドが発言した。
「あらためまして、本日は素晴らしい宴料理をありがとうございます。私が次にジェノスを訪れるのは、いつになるかも判然としませんが……今日の祝宴は鮮烈な記憶として心に刻みつけられることでしょう。ジェノス侯爵家の方々にも森辺の方々にも、深く感謝しております」
「私はかまど番ならぬ身であるが、そのように言ってもらえることを光栄に思う。また、族長筋ならぬ身でこのようなことを語るのは、あまりに差し出がましいやもしれんが……カーツァとセルフォマのことは決して粗略に扱わないと約束するので、どうか心配なく帰路を辿ってもらいたい」
珍しくもアイ=ファがルウ家の面々を差し置いて発言すると、リクウェルドはセルフォマにも負けない静謐な眼差しでアイ=ファのことを見つめ返した。
「これはあくまで、私人としての言葉になりますが……カーツァからは森辺の方々がどれだけ親切であったかを聞かされています。使節団の責任者としてだけではなく、カーツァの養父という立場からも、みなさんの親切には感謝しております。どうぞ明日からも、カーツァとセルフォマをよろしくお願いいたします」
「うむ。リクウェルドがそのような真情をさらけだしてくれたことを、得難く思う」
アイ=ファがやわらかな眼差しで応じると、リクウェルドは同じ調子のまま答えた。
「それもまた、みなさんのご温情に対する返礼となります。……森辺の方々は、個人としての心情をひときわ重んじているように見受けられますので」
「うむ。リクウェルドが我々のことを正しく理解してくれたことも、得難く思う。……さあ、ルド=ルウもルウ家の年長者としての役目を果たすがいい」
「そんなのは、ジザ兄の役割だろー。ま、森辺でもカーツァやセルフォマを嫌う人間はいねーからよ。安心して、東の王都に帰ってくれ」
ルド=ルウが気安く白い歯をこぼすと、リクウェルドは「ありがとうございます」と折り目正しく一礼した。
マルスタインは満足そうな面持ちで、これらのやりとりを見守っている。半月にわたった使節団の滞在が無事に終了する目処がついて、マルスタインも内心では安堵の息をついているのだろう。いっぽう通訳の仕事もないフェルメスは、ひとりお行儀よく微笑んでいた。
「それでは引き続き、祝宴を楽しんでくれたまえ。次の鐘が鳴ったならば、ポワディーノ殿下へのご挨拶もよろしくお願いするよ」
「はい、承りました。それではみなさん、どうか道中はお気をつけて」
もしかしたらこれが最後の挨拶になるかもしれないので、俺はそんな言葉で締めくくらせていただいた。
実のところ、リクウェルドとはこの半月で4回しか顔をあわせていない。なおかつ、最初の1回はちょっとした挨拶で終わってしまったのだ。ポワディーノ王子やオーグなどと比べたら、別れの寂しさも比較にはならなかったが――それでもやっぱり、俺の胸中には若干以上の感傷が生まれていた。
(リクウェルドだって、次に会えるのはいつになるかわからないんだからな。物寂しいのが、当然さ)
そうして俺たちはリフレイアたちと合流して、菓子の卓に向かおうとしたのだが――そこに、思いもよらない人物が忍び寄ってきた。つい先刻までリクウェルドのかたわらに立ち並んでいた、第二王子の臣下である。面布の紋様から、それは『王子の眼』であることが知れた。
「アスタ、アイ=ファ、ガズラン=ルティム。内密にお話があるのですが、少々お時間をよろしいでしょうか?」
俺たちがこの人物の声を聞くのは、これが初めてのことである。何せ彼は第二王子の目であったため、口を開く理由がなかったのだ。
「……内密に話とは? 余人の耳をはばかるような内容であろうか?」
アイ=ファが粛然と応じると、『王子の眼』は恭しげに一礼した。
「恐れ多くも第二王子殿下から、くれぐれも指定の方々にのみお言葉を伝えるようにと申しつけられております。この身も数々の役割を負っておりましたため、祝宴のさなかにお手間をかけさせてしまうことを心よりお詫びいたします」
「ふーん。あんたは目なのに、言伝を託されたってわけかー。でも、半月もあったら機会はいくらでもあったんじゃねーの?」
「いえ。この身は数日前、王子殿下から伝書の鷹にてお言葉を授かったのです。何卒、ご了承をいただけませんでしょうか?」
「ふーん。ま、別にかまわないんじゃねーの? 決めるのは、アイ=ファたちだけどさ」
「……そうだな。釈然としない部分はあるが、それも含めて聞いておくべきであろうな」
ということで、俺とアイ=ファとガズラン=ルティムは『王子の眼』とともに大広間の片隅に移動することになった。
ポワディーノ王子の臣下は藍色のフードつきマントだが、こちらの『王子の眼』は深い紫色のいでたちである。第二王子が、紫の月の生まれであるということなのだろう。壁際に立てられた衝立の裏側を覗き込み、そこに武官がひそんでいないことを確認してから、『王子の眼』は俺たちに向きなおってきた。
「では、恐れ多くも第二王子殿下からのお言葉をお伝えさせていただきます。……このたびは不肖の弟が迷惑をかけて、まことに申し訳なかった。しかしまた、ポワディーノが心を乱したのは我の不徳が要因なのであろう。今後はおたがいの真情を疑うことなく、手を取り合って、シム王家の再興と繁栄を目指す所存である」
『王子の眼』がそこで口をつぐむと、アイ=ファは厳粛なる面持ちで先をうながした。
「まずは、尋常な挨拶であるようだな。それで、第二王子の用件とは?」
「いえ。第二王子殿下からのお言葉は、以上となります。この身は口ならぬ目でありますため、不調法にはご容赦をいただきたく存じます」
「なに?」と、アイ=ファは目を見開いた。俺も、同様の心情である。
「そんな尋常な挨拶をするのに、どうして余人の耳をはばかる必要があったのだ? 何も隠し立てするような内容ではないではないか」
「ですがそれが、王家の習わしというものであるのでしょう。ポワディーノを見てもわかる通り、シム王家の人間は私人として振る舞うことをつつしんでおられるのでしょうからね」
ガズラン=ルティムはひとり理解のある笑顔で、そのように語った。
「そして第二王子という御方は、それだけの言葉を伝えるために伝書の鷹を飛ばしたということです。私は、その得難さを噛みしめたく思います」
「うむ……ガズラン=ルティムがそのように判じたのならば、我々も従うべきなのであろうな」
アイ=ファはそれでも不本意そうな面持ちであったが、当の『王子の眼』は恭しげに一礼して、さっさと立ち去ってしまう。よって俺たちも、ルド=ルウたちのもとに戻るしかなかった。
「よー、ずいぶん早かったなー。なんか込み入った話ではなかったってことかー?」
「うむ。あまりに込み入っていないため、こちらが面食らったほどだな」
「じゃ、さっさと移動しようぜー。アイ=ファたちは、そろそろポワディーノのところに向かう時間なんだろうからよ」
かくして俺たちは気を取り直して、菓子の卓を目指すことになった。
本日、菓子を準備したのは、トゥール=ディンとランディ、ヤンとダイアの4名だ。最初の卓にはダイアの菓子が並べられており、数多くの貴婦人が嬌声をあげていた。
その内容は、寒天のごときノマで装飾を施した、焼き菓子である。パイのような生地に、彩色したノマがかぶせられていたのだ。もとより外見にこだわるダイアは彩色を得意にしていたので、半透明のノマが赤・青・黄・緑・紫・朱・黒の七色に美しく彩られていた。
「これはダイアの本領発揮ね。どれも宝石のような美しさだわ」
ご満悦のリフレイアを筆頭に、俺たちもいくつかの菓子をいただいた。
俺が選んだのは味の見当がつけにくい、青と黒だ。青には花のように甘い香りとサクランボのごときマホタリの優しい甘さ、黒にはカカオのごときギギの香りと砂糖の甘さが織り込まれていた。
(青いほうは悪くないけど、黒いほうは……ちょっとギギの風味を活かしきれていない印象だな)
あるいはそれは、トゥール=ディンの見事な手腕に舌が肥えているせいであるのかもしれない。赤と緑を食したリミ=ルウも「おいしーねー」と笑いながら、多くを語ろうとはしなかった。
ポワディーノ王子のもとに向かう時間が迫っているので、俺たちは早々に次の卓を目指す。次なるは、ヤンの準備した菓子だ。
「シフォン=チェルは、この菓子の準備を手伝ったというわけね」
リフレイアは貴婦人らしい表情を保ちつつ、子供のように瞳を輝かせている。
こちらはバナナに似たペンシの蜜漬けを生地に混ぜ込んで、平たく仕上げたノマをサンドイッチのようにはさみこんだ菓子だ。
然して、その味わいは――文句なく、美味であった。
ペンシの加減が絶妙で、黄白色の生地にはほどよい弾力と軽やかさが共存している。さらには蜜漬けのキミュス肉を細く裂いたものが散りばめられており、独特の食感を加えていたのだ。
また、ヤンは以前から焼き菓子にチャッチ餅を加えていた。その経験を活かして、寒天のごときノマを巧みに扱ったのだろう。ノマはごく尋常な半透明の外見をしていたが、その内にはさまざまな果汁が添加されて上品な甘さと風味をかもし出していた。
それ以外には、ソースも何も掛けられていない。ペンシの蜜漬けとノマに施した果汁だけで、過不足のない甘さと味わいを完成させているのだ。素朴な外見で中身が充実しているというのは、ダイアと好対照であった。
(ダイアの菓子は7種全部を口にしたら、また別の感想が浮かんでくるのかもな。あとでじっくり確認させていただこう)
そして次なるはランディが準備したフォンデュの菓子であるが、こちらこそ大勢の人間で盛り上がっている。そこに参戦したらタイムリミットになってしまいそうなので、先に最後の卓――トゥール=ディンの準備した菓子を味わわさせていただくことにした。
「ああ、みなさんもこちらにいらしたのですね。どうもお疲れ様です」
まずはトゥール=ディン本人が、温かい笑顔を届けてくる。
本来であればトゥール=ディンも貴族や料理人に取り囲まれていそうなところであるが、きっとジェノス侯爵家の母娘が見えざる防波堤となっているのだろう。そうしてオディフィアがかたわらにいるために、トゥール=ディンもこんな満ち足りた微笑をたたえているわけであった。
それ以外にはゼイ=ディンと、レム=ドムにドムの女衆、ルティム分家の女衆などが居揃っている。それらの面々を遠巻きにしながら、数多くの貴族たちがトゥール=ディンの力作に舌鼓を打っていた。
「エウリフィアとオディフィアもお疲れ様です。トゥール=ディンの菓子は、如何でしたか?」
「すごくおいしい」と、オディフィアが母よりも迅速に答える。なおかつその言葉は、現在進行形だ。オディフィアは灰色の瞳をきらめかせながら、トゥール=ディンの菓子を頬張っているさなかであったのだった。
トゥール=ディンが本日準備したのは、ロールケーキとノマの菓子だ。菓子の種類を2種におさえて味付けで彩りを添えるというのは、事前に申告していた通りであった。
ロールケーキは3種の味付けで、生地にはすべてバナナのごときペンシの蜜漬けが添加されている。トゥール=ディンがそれに調和すると見なしたのは、チョコレートクリームとアロウクリームとトライプクリームであった。
チョコとバナナは、俺の故郷でも散見できた組み合わせだ。古きの時代に完成されたトゥール=ディンのチョコレートクリームは、ペンシの蜜漬けの風味と申し分なく調和していた。俺にとっては、お祭りの屋台で食したことのあるチョコバナナを思い出させる味わいである。
それに対してアロウクリームは、ストロベリーチョコレートを意識して開発された最新作だ。ピーナッツオイルのごときラマンパ油を活用して独特の甘い風味を加えられたアロウクリームは、ペンシとも相性がいいようであった。
最後のトライプクリームは、雨季の食材を使えるのもあとわずかという思いで優先的に選ばれたらしい。それでも決して妥協した結果ではなく、カボチャに似たトライプの風味はペンシと愉快な調和を見せていた。トライプもペンシもまろやかな甘みであるため、それが相乗効果を生み出したようだ。
「このロールケーキはどれも美味しくて、順番もつけられないですよね」
俺がそのように呼びかけると、朱色がかったトライプクリームで口もとを彩られたオディフィアは「うん」とうなずいた。
「オディフィアはアロウのくりーむがすごくすきだけど、ちょこれーとのくりーむはもともとだいすきだったし……トライプのくりーむもだいすきだから……やっぱり、じゅんばんはつけられないの」
「そうですよね。俺もそう思います」
オディフィアは再び「うん」とうなずき、その拍子でアイ=ファの足もとに控えた両名の姿に気づいたようである。その星のごとき瞳が、いっそう明るく輝いた。
「ジルベとサチも、やっとあえた。……ジルベのあたまをなでてもいい?」
「うむ。ジルベもオディフィアとの再会を待ち望んでいたことであろう」
アイ=ファの優しい返答に、オディフィアはいそいそと歩を進める。そうしてその小さな手で頭を撫でられると、ジルベは嬉しそうに「わふっ」と声をあげた。勲章のプレゼンターはオディフィアが勤めていたし、その後も何度か顔をあわせているので、ジルベもオディフィアの姿と香りを覚えているのだろう。そしてサチは、やっぱり知らん顔であった。
「おかしをたべおわったら、サチもだっこしていい?」
「うむ。サチもさぞかし喜ぶことであろう」
サチは勝手なことを言うなとばかりに、「なうう」とうなる。
それらの姿に、エウリフィアはころころと笑った。
「ファのみんなが集まると、華やかさもひとしおね。さあ、他の菓子も召し上がれ」
「うん! トゥール=ディンのおかしは、どれも美味しいよねー!」
ロールケーキを制覇したリミ=ルウは、その勢いでノマの菓子にも手をのばす。
寒天のごときノマを、そのままゼリーのように仕上げた菓子だ。それを提案したのは俺だが、トゥール=ディンは俺の想定以上に素晴らしい菓子に仕上げていた。
ノマもまた、3種の味付けが準備されている。ノマ本体にも味をつけつつ、さらにソースを掛けることで、3種の組み合わせを考案したのだ。
カカオのごときギギの風味を加えたノマにはピーナッツのごときラマンパのソース、マンゴーのごときエランとリンゴのごときラマムを組み合わせた風味には桃のごときミンミとサクランボのごときマホタリを組み合わせたソース、キイチゴのごときアロウとブルーベリーのごときアマンサを組み合わせた風味にはレーズンのごときリッケの果実酒と夏ミカンのごときワッチを組み合わせたソースといった塩梅である。
原則として、ノマをきちんと固めるためには食材の添加をひかえめにしなければならないため、風味づけのためのささやかな量となる。よって、味と甘さの決め手となるのはソースのほうであった。
しかしまた、ノマに施した風味があってこそソースの味わいが活きるのであろうし、わずかな分量でもノマの色彩が変化するので外見的にも美しい。ギギを添加したノマはコーヒーゼリーさながらで、わずかに黄色みをおびたエランとラマムの分も、赤と青紫色がブレンドされて鮮やかな紫色に変じたアロウとアマンサの分も、ノマ本来の艶やかさと相まって大層な美しさであった。
(でも、トゥール=ディンはあくまで味を優先して、結果的にこの色合いになったんだ。きっとダイアは見た目の美しさを優先して、後から味を補正したんだろうな)
その方法論の違いが、優劣をつけたのか――あるいは単に、トゥール=ディンの技量がまさっているのか――やっぱり俺には、トゥール=ディンの菓子のほうが格段に美味しいように感じられてならなかった。
(ダイアもどちらかというと、新しい食材を使いこなすのに時間がかかるほうだもんな。いつかはきっと、オディフィアを満足させられるような菓子を作りあげるだろう)
俺がひそかにそんな思いを噛みしめたとき、ざわめきの向こう側から清涼なる鐘の音色が響きわたった。下りの六の刻の半を告げる音色――祝宴を開始してから一刻が経過したという合図であった。
「ちょうど刻限になりましたね。ルド=ルウ、レイナ=ルウをおまかせできますでしょうか?」
ガズラン=ルティムの呼びかけに、ルド=ルウは「おー」と気安く応じる。レイナ=ルウはまだカルスとともにあり、菓子を食しているさなかであった。
「あら、ようやく出会えたというのに、アイ=ファたちはどこかに行ってしまうのかしら?」
レム=ドムのそんな言葉には、アイ=ファが「うむ」と応じる。
「これからポワディーノに挨拶をしなければならんのだ。悪いが、ジルベたちの面倒を頼めようか?」
「そんなのはオディフィアやリミ=ルウが率先して引き受けてくれるでしょうけれど、つまらないわね。これからエウリフィアと一緒にアイ=ファの美しさを褒めそやすつもりだったのに」
「そんな余興は、もう腹いっぱいだ。お前も少しは、口をつつしむがいい」
「わたしが口をつつしんだって、ティカトラスは黙っていないわよ。さっきから、ずっとあなたのことを探し求めていたもの」
「では早々に退散することにしよう」
そうして俺とアイ=ファとガズラン=ルティムは、いざポワディーノ王子のもとを目指すことに相成ったのだった。




