送別の祝宴④~森辺の心尽くし~
2024.9/13 更新分 1/1
班分けを終えた俺たちは、いざ祝宴の場に繰り出すことになった。
ちなみに本日も、宴料理の卓は左右の壁際に分けられている。貴族は右側、貴族ならぬ人間は左側という配置であり、貴族のみ左右の行き来が許される。つまり、貴族ならぬ相手と交流を望む貴族は左側の卓にも足をのばすべしという寸法である。
よって俺たちも左側の卓に身を寄せるしかなかったが、そちらの賑わいはなかなかのものであった。手前みそで恐縮だが、森辺の民と語らうためには左側の卓におもむく他ないため、数多くの貴族が最初から参じているのである。主催者もこの状況を見越していたらしく、左右の卓では用意されている料理の数も倍ほどは違っているのではないかと思われた。
(まあ要するに、右側は貴族専用の社交および休憩の場ってことなんだろうな)
ざっと見た感じ、右側の卓には年配の貴族ばかりが群れ集っているように思える。使節団に対する挨拶も早々に終えて、ゆったりと宴料理を食しているのだろう。そちらの面々はのちほどゆっくり、貴族ならぬ相手との交流を求めるのではないかと思われた。
そして大広間の最奥部では、まだ挨拶の行列ができている。東の王都の使節団が祝宴の場で挨拶を受けるのはこれが最初で最後となるため、普段以上の賑わいであるようだ。よって、若き貴婦人たちもまだその順番を待っている様子で、俺たちにとっては今こそが腹の満たし頃であった。
「さー、さっさとメシにしよーぜ。アスタたちが作った料理はどこなんだろーな」
「どうだろうね。ルド=ルウは、やっぱり森辺のギバ料理をご所望かな?」
「そりゃーそーだろ。いきなりヴァルカスの料理なんざ食ったら、胃袋がひっくり返っちまうもんよー」
貴婦人の作法でしずしずと歩を進めつつ、アイ=ファも深くうなずいた。アイ=ファもまた、祝宴は俺の料理で始めたいと思ってやまない身であるのだ。俺はこっそりその喜びを噛みしめながら、料理の卓の様子をうかがうことにした。
さっき別れたばかりである宿場町の面々と森辺の同胞の何名かが、同じ卓に群れ集っている。そちらに近づいていくと、ユン=スドラが笑顔で振り返ってきた。
「みなさん、お疲れ様です。こちらはアスタの取り仕切りで準備した料理ですよ」
どうやら、当たりであったようだ。そちらには、見覚えのある料理がずらりと並べられていた。
献立は、あんかけ五目かた焼きそばとジャーマンポテト風の炒めものである。ちょっと珍妙な取り合わせであるが、味の優しい料理と味の強い料理をセットにして供するようにと、伝達しておいたのだ。前者は俺の班、後者はレイナ=ルウの班が作りあげた品であった。
「よう、アスタ。また珍妙な料理を出してくれたな。これ、ちゅうかめんなんだろ?」
と、レビがさっそく声をかけてくる。ラーメンを手掛けている彼にとっては、見過ごせない品であるのだろう。俺は笑顔で「うん」と答えた。
「中華麺に中火で熱を通してから、最後は揚げ焼きで仕上げたんだよ。普通のラーメンや焼きそばとは違う出来栄えで、面白いだろう?」
「ああ。こいつは愉快な出来栄えだ。でもまあらーめんとは別物だから、アスタが屋台で出しても客を取られることはなさそうだな」
冗談めかして言いながら、レビは小皿に取り分けられたあんかけ五目かた焼きそばの残りを頬張った。
かた焼きそばは食感が重要であるため、あんと別々に準備されている。俺たちもひと皿ずつ所望すると、担当の小姓が小皿に麺を取り分けて、とろりとしたあんと具材をかけてくれた。
こちらの品を献立に組み込んだのは、寒天のごときノマを片栗粉の代用として使用したためとなる。他の食材が混入すると固まりにくくなるノマの性質を活かして、片栗粉のごときチャッチ粉の代用に――つまりは、代用の代用にしたわけであった。
具材はギバのバラ肉、タマネギのごときアリア、ニンジンのごときネェノン、ハクサイのごときティンファ、シイタケモドキという組み合わせで、あんはタウ油に塩と砂糖、ニャッタの蒸留酒、オイスターソースのごとき貝醬で仕上げている。ノマを除けば馴染み深い食材ばかりであるが、東の王都の方々にジェノスの食材をアピールするにはうってつけであった。
「かたやきそばってぱりぱりしてて、なんだかお菓子みたいだよねー! リミも大好きだよー!」
笑顔のリミ=ルウに、アイ=ファは「そうか」と優しい眼差しを返す。
いっぽうやんちゃな兄のほうは、もう片方の品を熱心に食していた。そちらにはルド=ルウの好物たるチャッチがどっさり使われているのである。
本来ジャーマンポテトではベーコンが使われているように思うが、ベーコンは別の品で使っているため、こちらは腸詰肉だ。あとはアリアとジャガイモのごときチャッチとパプリカのごときマ・プラという組み合わせで、眼目となるのはトリュフのごときアンテラであった。
この祝宴では東の王都の食材にこだわる必要はないと言い渡されていたが、まあ新しい食材を手にすれば使いたくなるのが人情である。それに、俺たちもこれまでにずいぶん城下町で仕事を果たしてきたので、多少なりとも目新しさを演出したいという思いもあった。
アンテラは、カカオやナッツのような甘さと香ばしさに、スパイシーな刺激臭と土臭さと青臭さというさまざまな香気を有する食材であるが、意外に使い勝手は悪くない。他なる調味料との配合には気を使う必要があるものの、おもいきり前面に押し出すか、あるいは最後の仕上げという形で使う分には、さまざまな料理と調和するのだ。今回は前面に押し出す形で使い、アンテラの他には塩とピコの葉とニンニクのごときミャームーしか使用していなかった。腸詰肉にもさまざまな香草が使われているため、これだけでも十分な力強さであったのだ。
「こちらの料理も、お見事でありますな。森辺の力強い料理が、アンテラによって優美さと豪奢さを上乗せされたようですぞ」
ナウディスの言葉に、伴侶も「そうですねぇ」とにこやかに同意する。
「あたしなんかが言うのは口はばったいですけど、これは宿場町でも城下町でも喜ばれる味わいなんじゃないですかねぇ。まあ、森辺の料理はみんなそうなんでしょうけどねぇ」
「いや、わかるような気がするよ。ピコの葉やミャームーでガツンとくる感じは宿場町でうけそうだし、アンテラのややこしい香りは城下町でうけそうだもんな。正反対の魅力が同じぐらい前に出てるから、アスタの料理はすごいんだよ」
と、レビも熱心に声をあげた。その陰では、テリア=マスが頼もしげに伴侶の姿を見守っている。
「やっぱりこっちでも、アンテラやキバケを肉ダレに使ってみるかな。マロマロのチット漬けを減らしたほうが、アンテラの香りも効果的だろうし……マロマロを減らせば、食材費もそれほど変わらないだろうしよ」
「うん。食べ慣れると、アンテラの香りはいっそう魅力的だからね。きっと屋台でも喜ばれるんじゃないかな」
「最初の内は、これまでの肉ダレと両方準備してな。あとは売れ行き次第で、準備する量を決めればいいってことだ」
はからずも、屋台の商売のミーティングのような様相になってしまった。これも貴族が挨拶回りで忙しそうにしている恩恵であろう。
ユン=スドラやライエルファム=スドラ、クルア=スンや兄たる長兄も、満足そうに2種の料理を食している。本日は、この4名で組を作ったようだ。そういえば、かつてはこの長兄とクルア=スンもライエルファム=スドラともども邪神教団を討伐する遠征に加わっていたのだった。
ライエルファム=スドラは身長150センチ前後の小兵であるが胸もとに立派な勲章をさげているし、スンの長兄も武官のお仕着せがよく似合う精悍な若者だ。そして、ユン=スドラはかつてティカトラスから贈られた灰色の豪奢な宴衣装であり、クルア=スンはオーソドックスなセルヴァ伝統の宴衣装であったが、もともとが飛びぬけた美貌であり――なんだか、根っから華やかであるルウ家の面々とは一種異なる存在感であった。
「あー、やっぱりチャッチはうめーなー。……そーいえば、ジルベやサチはなんにも食えねーんだっけ?」
何とはなしにスドラとスンの4名に見入っていた俺は、ルド=ルウの言葉で我に返った。
「うん。宴料理は香草だとか、犬や猫に向いていない食材が使われてるからね。ふたりには、厨で食事をすませてもらったよ」
「ふーん。じゃ、あとはほっつき歩くだけかー。ま、貴族がわんさか押し寄せてきたら、アイ=ファと一緒に取り囲まれるんだろうなー」
「うん、きっとそうだろうね。……そのときは、アイ=ファをよろしく頼むよ」
俺が頭を撫でると、ジルベは嬉しそうに「わふっ」と吠える。そのたてがみで、サチは知らん顔だ。アイ=ファは何か文句を言いたげであったが、ジルベの愛くるしい姿に溜飲を下げたようだった。
リミ=ルウはアイ=ファのかたわらでにこにこと笑っており、ガズラン=ルティムはいつしかナウディス夫妻と談笑している。実に和やかな様相であったが――俺はそこで、メンバーがひとり欠けていることに気づかされた。
「あ、あれ? レイナ=ルウは、どこに行ったんだろう?」
「レイナ姉なら、最初っからあそこだよ。そりゃージザ兄に見放されるわけだよなー」
ルド=ルウの視線を追うと、レイナ=ルウは卓から少し離れた場所で別なる一団と言葉を交わしていた。恰幅のいい、大柄の男性――あれはサトゥラス伯爵家の料理長であり、もうひとりは助手たる若者であろう。宿場町の面々と同じように、城下町でも試食会に選抜された料理人は招待されていたのである。
「うん、まあ、レイナ=ルウは料理を通じて交流を広めるようにって言い渡されたみたいだしね。そういう意味では、ジザ=ルウの意向にも沿ってるんじゃないのかな」
「で、なんも言わねーでひょこひょこ動いちまうもんだから、ジザ兄はつきあってらんねーわけだ。ま、俺が目を離さないでおくから、アスタは気にしなくていいよ」
とはいえ、これでは同じ組になっている甲斐もない。アイ=ファやルド=ルウもひとまず皿は空いたようなので、みんなでレイナ=ルウのもとを目指すことにした。
「失礼します。ご挨拶させていただくのは、ちょっとひさびさですね」
「ああ、アスタ殿。本日も、見事な手並みでございましたな」
品のいい口髭をたくわえた料理長は、貫禄たっぷりに微笑む。彼は名門貴族の料理長という立場に相応しい容姿と人柄をしているのだ。
「まだこちらのふた品しか口にしておりませんが、森辺の皆様方の手腕を思い知るには十分以上でございました。かたやきそばなる料理はノマを使った煮汁と油で焼いた細長い生地の食感の対比が、アンテラを使った焼き物料理は素朴さと豪奢さの対比が絶妙でありましたな」
「ありがとうございます。物足りないことはありませんでしたか?」
こちらの御仁は城下町の王道というか、きわめて複雑な味わいを追い求めているようであるのだ。ある意味では、ヴァルカスのことを猛然と追いかけているような印象であった。
「とんでもございません。もちろんわたしであれば、さらにさまざまな味付けを施したくなるところでありますが……それは、作法の違いというものでありましょう。この力強さはあるていどの素朴さを残してこそなのでしょうから、わたしには真似し難いひとつの調和なのだと理解しております」
と、料理長は恭しげに一礼した。
ヤンほど共感を示すわけではないが、ティマロのように対抗心を燃やすこともない。そして、ヴァルカスほど俺の料理に執着することもなく――まあ何にせよ、この御仁も我が道を究めようという強い意欲を秘めているのだろうと思われた。
「よろしければ、ともに卓を巡りませんか? 他なる料理にどのような感想をいただけるのか、気になってなりませんので」
と、朱色の豪奢な宴衣装であるレイナ=ルウが、きりりとした顔で願い出る。
こちらではルド=ルウが、「な?」と言わんばかりに肩をすくめていた。まあ確かに、熱情にとらわれたレイナ=ルウは少しばかり視野狭窄を起こしてしまうようだ。
「では、レイナ=ルウには私が付き添いましょう。アスタたちとはぐれないように配慮しますので、こちらのことは気にせずにお進みください」
ガズラン=ルティムが小声でそのように告げてから、レイナ=ルウのそばにさりげなく忍び寄った。
まあ、このあたりが妥協点であろう。まだまだ祝宴は始まったばかりであるので、俺たちは早々に次の卓を目指すことにした。
するとそちらには、また豪華なメンバーが待ちかまえている。森辺の同胞はディック=ドムとモルン・ルティム=ドム、ザザ分家の長兄とジーンの女衆、宿屋の関係者はネイルとジーゼとその助手たち、そしてセルフォマとカーツァである。
「ああ、セルフォマは最初から自由に動ける身だったのですね」
「は、はい。私は貴族の方々に挨拶を受ける立場ではありませんし、明日からもジェノスに留まる身ですので、料理番としての本分を全うする所存です。……と、仰っています」
小洒落たお仕着せを纏ったカーツァがもじもじしながら、そのように通訳してくれた。いっぽうセルフォマはシムの宴衣装で、右肩と右足を露出している。雨季の寒さに備えた肩掛けは半透明であるため、その黒い肌がくっきりと透けているのだ。起伏の少ないプロポーションであるが170センチ以上のすらりとした長身であるし、俺の故郷で言うと異国のトップモデルもかくやという優美さであった。
ただしカーツァは、アイ=ファのほうをちらちらと見やっている。どうやらアイ=ファの美しき姿に目を奪われているようだ。俺としては、誇らしい限りであった。
「セルフォマとお会いできたのは僥倖でした。こちらの料理は、如何でしたでしょうか?」
レイナ=ルウがすかさず身を乗り出すと、カーツァは慌てて通訳の使命を果たした。
「は、はい。こちらのシャスカ料理には、また感服することになりました。シャスカの仕上がりは以前に供されたいなりずしなる料理と同様なのでしょうが、酸味をきかせたシャスカがこれほどさまざまな具材と調和するというのは想像できていませんでした。……と、仰っています」
こちらに準備されていた料理の片方は、巻き寿司であったのだ。
具材には、カニのごときゼグのマヨネーズ和えと、イクラのごときフォランタの魚卵、キュウリのごときペレと長ネギのごときユラル・パの千切りを使用しており、海苔が存在しないためキミュスの卵焼きを薄く仕上げて代用にしている。また、後掛けの手間をはぶくために、卵焼きの内側に薄く溶いたタウ油を塗っており、ゼグのマヨネーズにはわずかにワサビのごときボナを加えていた。
「粒のまま仕上げたシャスカに、酸味をきかせた料理ですか。アスタ殿は以前にも、そういった料理で大きな驚きをもたらしておられましたな」
サトゥラス伯爵家の料理長が率先して、巻き寿司をつまみあげた。
俺たちも胃袋を満たすべく、それに続く。リミ=ルウは無邪気に「おいしーねー」と言っていたが、料理長は感じ入ったようにまぶたを閉ざしていた。
「これもまたわたしの作法とは異なっておりますし、いまだ酸味のきいたシャスカというのは若干の違和感を覚えてしまうのですが……ただ、絶妙な調和であることに疑いはございません。セルフォマ殿、やはりシムにおいてもシャスカのこういった扱いは特異なのでありましょうか?」
「は、はい。シャスカを粒のまま仕上げるのも、シャスカの酢でもって酸味をきかせるのも、私にとっては未知なる作法でありました。それが魚介の食材および清涼なる野菜と見事な調和を果たしていることにも、驚きを禁じ得ません。……と、仰っています」
「最終的に味を引き締めているのは、やはりタウ油なのでしょうな。ゼグも魚卵もおたがいの魅力を損なうことなく、素晴らしい調和を果たしております。香草などはボナしか存在しないようですが、それでこれだけ多彩な味わいを生み出せるのは、やはりお見事しか言いようがございませんな」
やはり立場のある料理人同士で、話が弾むようである。レイナ=ルウは熱意を剥き出しにして、その寸評に聞き入っていた。
そしてこちらでは、ザザ分家の長兄がこっそり囁きかけてくる。彼と個人的な言葉を交わすのは、これがほとんど初めてのことであった。
「ゲルドの貴人アルヴァッハというのは何を食べても長々と語らってやまないと聞いていたが、他の連中も大差はないように思えるぞ。町のかまど番というものは、みんなこのように口が回るのか?」
「あはは。アルヴァッハに比べたら、可愛いものですけどね。アルヴァッハはおひとりでこの倍ぐらい語っておられましたよ」
「それは、聞いているだけで頭が痛くなりそうだな」
彼は叙勲の式典で初めて城下町の祝宴に参席して、これが2度目の来訪であったのだ。ザザの家人に相応しく勇猛な気質であるため、以前のゲオル=ザザのように辟易している様子であった。
ちなみに彼が勲三等を授与されたのは、賊の捜索で森辺の部隊を率いたひとりであったためとなる。なおかつ彼はライエルファム=スドラやスンの長兄と同様に、邪神教団の討伐部隊に加わったという経歴も有していた。
(もちろんガズラン=ルティムだって、そのひとりなわけだしな。あとは、ラヴィッツの長兄だって参席してるし……今日はひときわ、荒事の功労者が集められてるってことだ)
俺がそんな感慨を噛みしめていると、ガズラン=ルティムがゆったりとした笑顔でディック=ドムに呼びかけた。
「こちらの分家の女衆はドムの方々と合流すると言っていたのですが、レム=ドムのほうに向かったようですね」
「うむ。ただし、のちのち行動をともにしたいと言われている。モルン・ルティムとは、つもる話もあろうからな」
ディック=ドムの重々しい声に、モルン・ルティム=ドムも「はい」とやわらかく微笑む。相変わらずの、静かで温かな空気だ。その空気にひたりながら、俺はジーンの女衆に声をかけた。
「そっちはどうだい? 祝宴を楽しめているかな?」
「楽しんでいる……かは、わかりませんが、森辺の民の名を汚さぬように、力を尽くしているつもりです」
まだ若年だが雄々しい容姿と立派な長身を持つジーンの女衆は、引き締まった面持ちでそう言った。しかし彼女もセルヴァ伝統の宴衣装がよく似合っている。とにかく森辺の民というのは生命力や存在感が並ではないので、どのように立派な装束でも負けることがないのだ。
「どーでもいーけど、さっさと食ったほうがいいんじゃねーか? ぼちぼち貴族の数が増えてきたみたいだぜー?」
もう片方の品を食しながら、ルド=ルウがそのように言いたてた。巻き寿司とセットで出されていたのは、トライプ包みの揚げベーコンだ。これはかつてトライプの新たな使い道として考案した品で、そこに東の王都の食材を加えつつ、調理の手順もブラッシュアップさせていた。
カボチャのごときトライプは煮込んだ上で少量の豆乳で溶き、卵液の代わりに使用している。トライプの甘みとほくほくとした食感が、揚げ物の衣を心地好い感じに仕上げてくれるのだ。
今回はさらに、フワノ粉にノマ粉を添加していた。これで衣がいっそう軽やかな食感となり、また新たな魅力を生み出してくれたのである。さらに、揚げるのに使用したのは甘い香りがするジュエの花油であった。
花油の香りはトライプの甘みと絡み合い、また異なる魅力を演出してくれる。それを最後に受け止めるのは、力強いベーコンの味わいだ。もともと油分が豊富なベーコンは揚げても多量の油を吸収することがないので意外に重たくはないし、トライブとノマ粉の相乗効果で生まれる食感にもマッチしたのだ。俺としては希少な、創作料理にあたる品であった。
「この料理も、なかなか愉快な味わいであるように思うぞ。さっきはそちらの客人も、ずいぶん長々と褒めそやしていたしな」
ザザ分家の長兄がそのように語ると、カーツァが慌てて通訳をした。
「は、はい。こちらの揚げ物料理も素晴らしい出来栄えでありました。ギバのベーコンというのはただ焼きあげるだけでも美味なる味わいでありますが、それがトライプを使った衣によって宴料理に相応しい絢爛さを獲得しています。ノマの粉を揚げ物に使用する有用性は私もかつての勉強会で見届けておりましたが、そちらの効能も顕著でありましょう。この短い期間でノマと花油を使いこなすアスタの手腕には、心より感服しております。……と、仰っています」
「べつだん、同じ言葉を繰り返す必要はなかったのだがな。まあ、アスタ本人に届いたのだから、よしとするか」
ザザ分家の長兄が肩をすくめると、カーツァは「きょ、恐縮です」と頭を下げる。その姿に、アイ=ファが「ふむ」と反応した。
「カーツァはミダ・ルウ=シンの姿に恐れおののいていたものであったが、ディグド・ルウ=シンに対してはそういう素振りもなかったし……また、北の狩人たちにも恐れをなすことはないようだな」
「は、はい? わ、私は何か、礼を失してしまったでしょうか?」
「いや。カーツァが意外に豪胆なようで、得難く思っているのだ。察するに……猛々しい人間には見慣れている、ということであろうか?」
「はあ……」と、カーツァは頼りなげに眉を下げた。また存分に、表情が動いてしまっている。
「わ、私はいちおう、武官の娘でありましたし……休息の日などには、父の部下であった方々などがしょっちゅう家に集まっていたのです。父やそういった方々は、休息の日でもどこか張り詰めた空気があって……少しだけ、森辺の方々に通じるものがあるのかもしれません」
「ほう。ゲルドの民などは同じ狩人の身であるのでわからなくもないが、リムの武官にもどこか通じるものがあるのであろうか?」
「そ、そこまで似通っているわけではないのですが……とても静かなのに、とても強そうなところだとか……あ、あと、私の父も顔に大きな手傷を負っていたのです」
と、カーツァはそれを懐かしむように目を細めた。
アイ=ファもまた、慈愛の眼差しで目を細める。
「そうか。またカーツァの真情に触れることができて、嬉しく思うぞ」
「と、とんでもありません。ど、どうぞ私などのことはお捨て置きください」
我に返ったカーツァは、あわあわと慌てふためく。そんな姿も、可愛らしい限りである。
そんな中、ザザ分家の長兄は下顎の古傷をかきながら「ふん」と鼻を鳴らした。
「俺やディック=ドムのような面相をしていたら、恐れられて当然という話か? 確かにファの家長は、狩人とは思えぬなよやかな姿だな」
「……気分を害したのなら詫びるが、余計な口は控えてもらいたく思うぞ」
「だったらそのように色香を振りまくな。俺はこのようになよやかな女衆に何度となく地に這わされたのかと、みじめな心地になるではないか」
ザザ分家の長兄はふてぶてしく笑いながら、そう言った。彼も何かの余興で、アイ=ファに力比べを挑む機会があったのだろう。
「そういえば、今日はあのヴィケッツォという女衆も参じていたな。あやつには剣技の力比べで叩きのめされることになったし……最近は、剣技でレム=ドムにもやられてしまったのだ。まったく、猛々しい女衆が居揃ったものだ」
「雨季のさなかに、剣技の修練などを積んでいたのか? そちらこそ、猛々しい限りだな」
「雨の中で取っ組み合うよりは、まだしも安楽であろうよ。次にディンの集落におもむく際には雨季も明けていようから、またお前にも挑ませてもらうぞ」
なんだかんだで、ザザ分家の長兄もアイ=ファとの会話を楽しんでいるようである。ザザは家が遠いし、彼は祝宴の参席も2度目であったため、アイ=ファとは交流が薄かったのだ。ディック=ドムやモルン・ルティム=ドムは、どこか満足そうな眼差しでそのさまを見守っていた。
そうしてこちらが盛り上がっている間も、レイナ=ルウはサトゥラス伯爵家の料理長やネイルやジーゼと熱く語り合っている。さっきはルド=ルウに茶化されてしまったが、レイナ=ルウは立派に役目を果たしているのだ。これはかまど番にしか務まらない交流であったし、その熱心さにおいてレイナ=ルウは群を抜いていた。
「……アスタ。せっかくですので、この後はセルフォマともご一緒するべきではないでしょうか?」
と、レイナ=ルウの熱心さがまた発露した。
いよいよ大変な人数になってしまうが――まあ、セルフォマとの交流には重きを置くべきであろう。かくして俺たちは、行く先々で人数を増やしつつ、次なる卓に向かうことに相成ったのだった。




