祝宴の下準備④~ファの家の晩餐~
2024.8/25 更新分 1/1
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
*2024.8/26追記
・アンケートの募集期間は終了いたしました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
それから、数刻ののち――ひとまず本日のミーティングを完了させた俺たちは、ファの家に帰還することになった。
『王子の耳』たちは本日も直帰であったが、他なる客人たちはファの家に招待だ。彼女たちは晩餐の調理も見届けて、ともに食したのち、ルウ家の空き家に移動して一夜を明かすのである。昨日はリミ=ルウの生誕の日であったので特殊なスケジュールになっていたが、見学の初日と2日目も彼女たちはそのように過ごしていたのだった。
なおかつ本日は、ちゃっかりリミ=ルウとルド=ルウも同行している。こういう際にはプラティカやニコラも調理を手伝ってくれるので人手は必要なかったが、まあ無邪気なリミ=ルウの申し出を断る理由はない。アイ=ファもひそかに嬉しそうな眼差しをしていたので、俺も同じ気分であった。
「その代わり、傀儡使いの連中はルウ家で面倒を見ることになったよ。代価の劇は、雨季が明けるまでおあずけだなー」
リミ=ルウの付き添いとして同行したルド=ルウは、そんな風に言っていた。リコたちが森辺で晩餐を求める際には、いつも代価として傀儡の劇を披露していたのだ。滅んだ氏族の空き家で過ごす際には、自前の食料で腹を満たしているわけであった。
ともあれ、まずは晩餐の支度である。
誰も母屋にやってこないため、ここではアイ=ファも見物人に入り混じる。アイ=ファ、ルド=ルウ、セルフォマ、カーツァに見守られながら、俺、リミ=ルウ、プラティカ、ニコラで調理に励むという、なかなかに賑やかな様相であった。
「へー。それじゃあ、あんたがたはジェノスに居残ることに決まったのかー。ずいぶん物好きなこったなー」
アイ=ファから事情を通達されたルド=ルウは、そのように評した。セルフォマたちの残留が決定したのは本日の午後であったので、森に入っていたルド=ルウには初耳であったのだ。
「ま、プラティカにデルシェアって先客がいるから、今さら驚きゃしねーけどよ。また物好きが増えたってこったなー」
「うむ。自らの意思で異国に居残り修練を積むなど、我々には真似し難い行いであろうな」
「そりゃー森辺の外で何ヶ月も過ごすなんざ、まっぴらだからなー。……でもまージーダも似たような感じで森辺に居座ってたんだから、狩人でもありえない話じゃねーってことか」
原則として、ルド=ルウはこういった話題に関心が薄い。来る者は拒まず、去る者は追わずといったスタンスであるのだ。ただもちろん、来る者の性根が善良であるというのが大前提であった。
「ま、王族のデルシェアよりは、面倒も少ないんだろうしなー。言ってみりゃあ、プラティカがふたりに増えるようなもんか。レイナ姉あたりは、大喜びだろうなー」
「あはは! レイナ姉は、最初っから喜んでたよー! もっともっとセルフォマのしゅわんを見たいって言ってたけどねー!」
「わ、私の側こそ学ぶ立場でありますため、ご期待に沿えず申し訳ない限りです。ですが、ジェノスに滞在するお許しをいただけましたので、今後は多少なりとも御恩を返す所存です。……と、仰っています」
「ほんとー? それなら、レイナ姉も大喜びだよー! リミも、セルフォマの作るおかしをいーっぱい食べてみたいなー!」
ファの家へのお出かけを許されて、リミ=ルウはご満悦の様子である。きっと昨日はターラとの交流が主体であったため、アイ=ファとの交流を望むことになったのだろう。かくも、情が深くて貪欲なリミ=ルウなのである。
そうして俺たちは楽しく語らいながら調理を進めて、一刻ほどで晩餐を完成させた。
ちょうど日没のタイミングで、外界はもう真っ暗だ。雨季ではこの刻限から深夜と変わらないぐらいの暗さであるため、燭台で足もとを照らしつつ、せっかくの料理を濡らしてしまわないように苦心しながら母屋に移動した。
母屋では、人間ならぬ家人たちがどっさり待ち受けている。
トトスのギルル、番犬のジルベ、猟犬のブレイブとドゥルムア、ブレイブの伴侶であるラム、3頭の子犬たち、黒猫のサチ、白猫のラピ――総勢は、10名だ。アイ=ファは慈愛の眼差しでそれらの姿を見回してから、広間を自由に行き交っていた子犬たちを土間の手前の囲いの中に移動させた。もはや土間はキャパオーバーを起こしているので、子犬とラムはその囲いの中が寝所となるのだ。
「いやー、当たり前の話だけど、ファの家の子犬どもも見るたびにでかくなってるなー。こりゃー家がせまくなるわけだ」
「うん。それもあとひと月ぐらいの辛抱だからね。おやっさんに増築のお願いをしておいて、本当によかったよ」
「あー、来月はもう緑の月だっけか。……俺らは南の連中とも親しくしてるから、あんたたちも揉め事を起こさないでくれよなー?」
「は、はい。西の地で南の民と諍いを起こすことは禁忌とされていますので、心配はご無用です。……と、仰っています」
そのように語りながら、カーツァはとても不安そうな顔になっている、東の王都で暮らしていた彼女たちは、このジェノスで初めて南の民と遭遇することになったのだ。カーツァは初めて宿場町にやってきた際も、街道を行き交う南の民たちの姿に怯えていたものであった。
「南の連中だって自分から東の民に喧嘩を売ったりはしねーから、心配しなくて大丈夫だよ。……てか、あんたは本当に思ったことが顔に出ちまうんだなー。こんな東の民は、初めてだぜ」
「も、申し訳ありません。東の掟を守ることもできない未熟者で、お恥ずかしい限りです」
「俺らにしてみりゃそうしてくれたほうが都合がいいんだから、頭を下げる必要はねーさ。さ、とっととメシにしよーぜ」
気さくでマイペースなルド=ルウの誘導で、客人たちも広間に着席した。
料理はすでに、車座の中央に並べている。そちらが冷めてしまう前にと、アイ=ファはすみやかに食前の文言を唱えた。それを復唱して、晩餐の開始だ。
セルフォマたちが森辺にやってくるのはもう4日目であるため、これまでの晩餐と献立がかぶらないように配慮している。カレーや麻婆料理やシャスカ料理などは早い段階で供していたので、本日はソーキそばにギバのロースの香味焼き、温野菜サラダにトライプのポタージュといった献立であった。
ソーキそばにポタージュというのは珍妙な組み合わせかもしれないが、森辺の晩餐では汁物料理が重んじられているため、どちらか片方では物寂しいだろうと考えてのことだ。ヤンから習い覚えた圧力鍋の手法でもって、ソーキそばのあばら肉はホロホロに崩れるぐらいやわらかく煮込んでいた。
各種の野菜を蒸した温野菜サラダはポン酢で召し上がっていただき、トライプのポタージュは優しい味わいに仕上げている。それでひと品ぐらいは香草の料理を供するべきであろうと判じて、肉料理は香味焼きとしたのだ。香味焼きは基本の辛さを抑えて、東の客人にはギラ=イラを使った七味チットを準備していた。
「おー、こいつはひさびさに食ったなー。こいつは、なんて名前だったっけか?」
「それは、ソーキそばだね。圧力鍋のおかげで、あばら肉もギバ骨の出汁も簡単に仕上げられるようになったんだよ」
もとよりソーキそばではギバ骨スープよりも簡単な形でギバの骨ガラを使用していたが、そちらも圧力鍋のおかげでいっそう手間と時間が減じたのだ。
すると、セルフォマがすかさず声をあげて、カーツァがそれを通訳した。
「こ、こちらは黒いフワノを使っていないのに、ソバと称されているのでしょうか? この仕上がりはウドンに近いように思えますので、私には判別できません。……と、仰っています」
「あ、そうですよね。俺の故郷の呼び名を、そのまま使っているのですけれど……そうすると、余計にうどんやそばの定義があやふやになってしまうんです。混乱させてしまったのなら、申し訳ありません」
「こ、こちらは学ぶ立場なのですから、アスタの決めた話に文句をつけるいわれはありません。ただ、こちらの料理の定義を理解したく思います。獣の骨で出汁を取り、獣のあばら肉を使い、うどんのごときそばを使った料理がソーキソバであると、そのような認識で間違いはなかったでしょうか? ……と、仰っています」
「うーん。ギバの骨ガラは、必ずしも必須なわけではないのですよね。たしか、ソーキというのがあばら肉を意味する言葉ですので、あばら肉を使えばそれで十分かもしれません」
「ソ、ソーキがあばら肉を意味するのでしょうか? 以前に、スペアリブがあばら肉の意味であるとうかがった覚えがあるのですが。……と、仰っています」
「ああ、そうですね。ソーキもスペアリブも、それぞれ異国の言葉なんです。……あ、いや、ソーキは同じ国の言葉なんですが、遠方の地域で育まれた独自の言語というか……つくづくややこしくて、どうもすみません」
「い、異国の言葉ですか。そもそもアスタは海の外からやってきた渡来の民のごとき存在であるとうかがっているのですが、海の外のさらに異国という意味でしょうか? ……と、仰っています」
話がそういう方向に流れると、アイ=ファの眼差しがいくぶん鋭さを増す。
それをなだめるべく、俺は明るい声音で「はい」と応じた。
「俺の故郷は島国で、さまざまな国と交流していました。ソーキはその島国の南方の言葉、スペアリブは海の外の異国の言葉ということです」
「な、なるほど。私には理解しかねる話ですので、ここは習った通りの名称で呼ぶ他ないようです。さしあたっては、獣のあばら肉を使ったソバならびウドンの料理がソーキソバであると定義いたします」
素知らぬ顔で食事を進めていたルド=ルウが、そこで「んー?」と小首を傾げた。
「東の民ってのは、かれーやらそーきやらいう言葉をすらすら喋るもんだけど、そばやうどんって言葉は何か言いづらそうだなー」
「そ、そうでしょうか? 私たちにとってはソーキもソバも同じ異国の言葉ですので、違いはないように思います。……と、仰っています」
「そりゃー俺たちも一緒だけどよ。なーんか雰囲気が違うように思えるんだよなー」
ルド=ルウがずいぶん不思議そうにしていたので、俺も持論を展開することにした。
「西の言葉を勉強した東の人たちにしてみれば、西の言葉も俺の故郷の言葉も、同じ異国の言葉だろう? だから、西の人たちよりも俺の故郷の言葉をすらすら発音できるんじゃないのかな?」
「ふーん。でも、そばやうどんって言葉は、ちょっと言いづらそうな感じだぜー?」
「そこは何か、法則性があるのかもね。東で似た言葉がないから、舌に馴染まないとか……まあ、俺にもよくわからないんだけどさ」
「そりゃーまー、俺たちは森辺に伝わる古い言葉しか知らねーしなー」
そう言って、ルド=ルウがソーキそばを盛大にすすりこむと、その話題は終わりを告げた。大らかなルド=ルウはもとより、セルフォマとて料理の内容にしか興味はないのだ。それでアイ=ファもふっと息をつき、穏やかな眼差しを取り戻してくれた。
(俺の故郷の言葉に執着するのは、フェルメスぐらいだもんな。まあ、フェルメスが執着しているのは『星無き民』で、その故郷までは手が回らないって話だったけど……なんだかんだ、こういう話題では瞳を輝かせるもんなぁ)
そもそもフェルメスは初対面の当時から、異国の生まれである俺がなぜ西の言葉を操れるのかと執拗に取り沙汰していたのだ。それでアイ=ファも、そういう話題はつつしむべきだと思い至ったわけであった。
「うーん! トライプのぽたーじゅは、やっぱりおいしーね! そーいえば、東の王都の人たちは雨季の野菜を持って帰れないの?」
リミ=ルウが元気に問いかけると、カーツァを通してセルフォマが答えた。
「は、はい。トライプとレギィはすでに買い手がついていますので、今回の交易で持ち帰ることはできないと聞いています。……と、仰っています」
「そっかー! 残念だったねー!」
「い、いえ。ジェノスには魅力的な食材が多いので、むしろ迷いが減ったぐらいだと判じています。しかしながら、トライプもレギィも独自の魅力を備えていますので、来年以降には手中にしたいと願っています。……と、仰っています」
「うんうん! トライプはお菓子にも使えるしねー! まあ、今はノ・ギーゴとかもあるけど!」
「ノ、ノ・ギーゴは南の王都の食材でありますため、やはり今回の交易で持ち帰ることはできません。これから南の王都に使者が出されて、東の王都で買いつける分が上乗せされることになりますので、こちらに届くのは数ヶ月後ということになるのでしょう。……と、仰っています」
「あ、そーなのー? だったら、それも残念だったねー!」
「い、いえ。それもまた、私にとってはありがたい話でした。雨季の野菜と南の王都の野菜を除外しても、すべての食材を持ち帰ることはできませんので、選定の作業は困難を極めたのです。それだけジェノスには、魅力的な食材があふれかえっているということでしょう。……と、仰っています」
そこで俺は、かねてより気にかかっていたことを尋ねてみることにした。
「それじゃあ今回は、どの食材を持ち帰ることになったのでしょうか? もし差し支えがなかったら、教えていただけませんか?」
「べ、べつだん差し支えはないように思います。このたびの使節団が持ち帰るのは、赤と白のママリア酒およびママリア酢、黒フワノ、タウ油、タウの豆、ホボイ、ラマンパ、ミャームー、ケルの根、アリア、ギーゴ、チャッチ、ラマム、干しキキ、シィマ、ネルッサ、ティンファ、ブレ、という品になります。……と、仰っています」
「おー、確かにいっぱいだねー! でも、ジェノスにはもっともっと色んな食材があるもんねー!」
「は、はい。それに対して、東の王都は十種の品しかお渡ししておりません。竜の玉子が高値である分、多少は品数が増えましたが、それでも1種あたりの量はずいぶん抑えることになりました。これではおそらく貴人の方々が買いつけるだけで終わり、市井にまで出回る余地もないことでしょう。……と、仰っています」
「なるほど。やっぱり、ミソも間に合わなかったのですね」
「は、はい。ミソを生産しているジャガルの地にはすでに使者が出されたという話ですので、次回の交易では持ち帰ることが可能になるでしょう。また、東の王都からもさらに大量の食材が届けられることになるかと思われます。……と、仰っています」
「そーいえば、なんで白いフワノは持って帰らねーんだ? ……あ、雨季の間はフワノが足りないんだっけか?」
「は、はい。それもまた、次回の交易に持ち越しという形になりました。黒フワノだけでも持ち帰ることがかない、王都の方々も喜ばれるかと思われます。……と、仰っています」
そして、黒フワノの生産地であるバナームのアラウトも、さぞかし喜んでいることだろう。メライアの食材はネルッサだけに留められたが、白ママリアの果実酒と酢も交易に組み込まれたのならば、バナームでもさらなる食材を手中にできるということであった。
「交易の内容が無事に決定して、俺も心から嬉しく思っています。これもひとえに、セルフォマの尽力のおかげですね」
「い、いえ。私も尽力したつもりですが、それ以上に力を尽くしたのはリクウェルド様でしょう。リクウェルド様の一助になれたことを、心から誇らしく思っています。そして、私は次なる交易に備えなければなりませんので、どうかご助力をお願いいたします。……と、仰っています」
カーツァの言葉とともに、セルフォマは深く一礼した。
こちらからは、リミ=ルウが「はーい!」と元気に応じる。
「リミはアスタやレイナ姉のおまけだけど、セルフォマのお役に立てるように頑張るねー!」
「俺なんざは、横から見てるだけだからなー。何にせよ、ご苦労なこった」
そんな風に言ってから、ルド=ルウはずっと静かにしているプラティカのほうを振り返った。
「それに比べりゃ、プラティカのほうがまだ気楽ってことかー。プラティカは、ひたすらかまど仕事の修練をしてるんだろ?」
「はい。食材、吟味に関しては、アルヴァッハ様、領分ですので。私、助言、ささやかです」
「ってことは、なんにもしてねーわけではねーのか」
「はい。私、修練の成果、報告書、まとめています。そちら、内容、従って、買いつける品、多少、変動します」
プラティカが西や南の食材の新たな使い道を考案すると、それにともなってゲルドが買いつける食材の内容もわずかに変動するという仕組みである。さらに、ゲルドの使節団はプラティカが帳面にしたためた料理のレシピを持ち帰り、それがゲルドで公開されているのだという話であった。
「なんにしても、すげー話だよなー。トトスで20日やひと月もかかる場所と、そんなやりとりをしてるんだからよー。なんだか、想像がつかねーや」
「うん。しかもそれは、シムのトトスを使った話だからね。西のトトスだと、5割増しで時間がかかるんだよ」
「おー、ますます素っ頓狂な話だなー。よくもまあ、そんな遠い場所まで出向こうなんて考えるもんだぜ」
ルド=ルウの言葉に、リミ=ルウがぴょこんと小首を傾げた。
「そーいえば、ラオリムってラオとリムのふたつに分かれてるんでしょ? お城があるのはラオで、カーツァとセルフォマはリムで生まれたんだよねー? ラオとリムって、どれぐらい離れてるのー?」
「ラ、ラオとリムは隣り合っていますので、境目を超えるのは一歩です。ラオの王城からリムの都までというお話でしたら、徒歩で3日という距離になるかと思われます。……と、仰っています」
「ふーん! ふたりはリムの都っていうところで生まれたのー?」
「わ、私はリムの都の城下町で生を受けました。カーツァについては、存じあげません。……と、仰っています」
カーツァがそこで黙り込んでしまったので、森辺の4名の視線はそちらに集中する。それでもカーツァがうつむきながら口を閉ざしているので、アイ=ファが静かに声をあげた。
「カーツァは本当に、自らが問われない限り何も語ろうとしないのだな。……そちらは、リムの何処で生まれたのだ?」
「は、はい……わ、私はリムのデルッツァという区域で生を受けました。山をはさんでジャガルと接する、シムで最南端の地となります」
「なるほど。それでカーツァは、ジャガルとの戦で親を失ったのだという話であったな」
「は、はい……父は、武官でしたので……たまたま上官の御方がリクウェルド様とご縁を持たれていたので、それで私はラオに引き取られることになりました」
「そうか。カーツァはその時点で、すでに故郷から遠く離れていたのだな」
トライプのポタージュを飲み干してから、アイ=ファはじっとカーツァを見つめた。
「これまで、しかと確認していなかったが……カーツァもセルフォマともども、ジェノスに居残るのであろう?」
「は、はい……そのように言いつけられています」
「そうか。カーツァは、何歳であるのだ?」
「……私は、15歳となります」
「15歳か。であれば、プラティカとさほど変わらない齢だが……自らの意思ではなく仕事として異国に留まるとあっては、心労も大きかろうな」
アイ=ファの眼差しはとても優しかったが、カーツァはうつむいているため気づいていない。そしてその小さな顔には、はっきりと悲嘆の色が浮かべられていた。
「我々はセルフォマばかりでなく、カーツァとも絆を深めたいと願っている。カーツァを粗略に扱うことはないと約束するので、森辺では心を安らがせてもらいたいと願っているぞ」
「い、いえ……私は通訳の仕事を果たすだけですので……お気をつかっていただく必要はありません」
「仕事の内容で、人を分ける理由はない。カーツァもセルフォマも、我々にとっては同じ客人であるのだ」
「そーだよー! つらいことがあったら、なんでも言ってねー! おしごとでそんな遠い場所に居残るなんて、大変だもんねー!」
リミ=ルウも笑顔で身を乗り出すと、カーツァは「いえ……」と首を横に振った。
「わ、私は通訳の任務を命じられて、ジェノスに居残れることを……嬉しく思っています」
「えー、そーなの? すっごく悲しそうに見えるんだけど!」
「……でも、虚言を吐いてるようには見えねーな」
ルド=ルウがソーキの骨をしゃぶりながら首をひねると、カーツァは「はい……」といっそううなだれた。
「わ、私はこれまでリクウェルド様のご温情で生かされてきました。ですから、リクウェルド様のお役に立てることが、とても嬉しいのです。……その言葉に、偽りはありません」
「しかし、その喜びと同程度の苦しさを負っているようだな」
アイ=ファの静かな言葉に、カーツァはぽたりと涙をこぼした。
うつむいたその顔は、はっきりと泣き顔になってしまっている。
「も、もちろんリクウェルド様のもとを離れて異国に身を置くのですから、心細いです……でも、私は……それ以上に、怖いのです……自分なんかが、リクウェルド様の期待に応えられるのか……大失敗をして、リクウェルド様やセルフォマ様にご迷惑をかけてしまうのではないのか、と……それが、怖くてならないのです」
「カーツァは今日まで、見事に役目を果たしてきた。きっとこの先も大役を果たして、故郷の一助になることができよう」
アイ=ファの言葉に、カーツァはいっそうの涙をこぼしてしまう。
すると、無言で食事を進めていたセルフォマが、何事かを語った。これまで通りの静謐な無表情である。
「ど、どうしてカーツァがこのような姿をさらしているのか……と、仰っています」
こんな折でも、カーツァは愚直に通訳の仕事を果たそうとした。
アイ=ファはついに口もとをほころばせつつ、それに答える。
「それは、カーツァに向けられた言葉だ。カーツァの口から答えるがいい」
カーツァはぽろぽろと涙をこぼしながら、東の言葉で訥々と語った。
それを聞き終えたセルフォマは、カーツァの手の甲に自分の手の平をそっと重ねる。そうしてセルフォマが何かを語ると、カーツァは顔をくしゃくしゃにしてしまった。
「わ、私は今日までカーツァのおかげで大役を果たすことができました。そして、自分がジェノスに居残りたいなどと申し出たためにカーツァまで巻き添えにしてしまい、心から申し訳なく思っていました。ですが、カーツァがそばにいてくれることを、とても心強く思っています。……と、仰っています」
カーツァは子供のような泣き顔で、セルフォマは完璧な無表情だ。
ただ、セルフォマはわずかに目を細めている。それは彼女が滅多に見せない、微笑みをこらえているような表情であった。
そうしてその夜も、粛々と更けていき――俺たちはまた一歩、カーツァやセルフォマの真情に近づくことがかなったのだった。




