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異世界料理道  作者: EDA
第八十九章 雨季の終わり
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祝宴の下準備②~今後の指針~

2024.8/23 更新分 1/1

「父さん、ただいまー! 昨日はすっごく楽しかったよー!」


 宿場町の露店区域にて、ターラが幸せオーラを全開にしながら報告すると、ドーラの親父さんは苦笑を浮かべつつ温かな眼差しになっていた。


「そりゃあそうだろう。何も失礼なことはしなかったか? みんなにちゃんとお礼は言ったか?」


「うん! いつか父さんも一緒にねーって言ってくれたよ!」


「俺はなかなか手が空かないからな。復活祭の時期を、のんびり待つさ。……アスタ、アイ=ファ、それにリミ=ルウも、ありがとうな」


「うん! リミのほうこそ、ありがとー! ターラのおかげで、すっごく楽しかったよー!」


 そのように語る間も、リミ=ルウとターラはぎゅっと手を握り合っている。それでアイ=ファやドーラの親父さんはますます温かい眼差しになっていたし、きっと鏡を見れば俺も同様なのだろうと思われた。


 そうして仲睦まじい父娘といったんお別れしたならば、こちらも所定のスペースに移動して商売の準備である。

 そのさなかに声をかけてきたのは、すぐ隣で同じ作業に励んでいたレビであった。


「なあ、昨日もあのセルフォマってお人を森辺に招いてたんだろ? また何か新しい食材の使い道を思いついたのか?」


 セルフォマは宿場町の面々にも新たな食材の扱い方の手ほどきをしていたので、レビも顔をあわせたことがあるのだ。レビの真剣な顔を見返しながら、俺は「うん」とうなずいた。


「昨日なんかはノマの使い道が広がったし、香味焼きのほうでも進展があったね。……ただそれは俺たちが自主的に進めただけで、セルフォマはあんまり関係ないかな」


「そうか。でも、少しは助言をもらえたりするんだろう?」


「それはこっちから質問したりすれば、丁寧に答えてくださるよ。……レビは何か、新しい食材の使い道で悩んでるのかな?」


「そりゃあまあ、悩んでないと言えば嘘になるさ。今回ばかりは、親父も考えあぐねてるみたいだしな」


 レビが横目で見やると、父親のラーズはいつもの調子でやわらかく微笑んだ。


「そういうお前さんは、食堂の料理でうまいこと新しい食材を使ってたじゃねえか。なんでまた、そんな恨みがましい目で俺を見やがるんだよ?」


「あんなのは、セルフォマってお人に教えられた通りに使っただけのこった。他の宿屋でも同じような料理を出してるんだから、評判を呼ぶこともできねえさ。それに、うちの売りはらーめんなんだから、らーめんで活用できないとしかたねえだろ?」


「しかたねえことはねえだろうよ。まったく、腰の据わらねえ野郎だな。……お手数ですが、アスタからも何とか言っちゃくれませんかね?」


「あ、はい。……新しい食材をラーメンに活用できなくて、レビは焦ってるのかな?」


「焦ってるわけじゃねえけど、そう簡単にあきらめるわけにはいかねえだろ。ただ……どうも今回の食材は、どれもらーめんに合ってないように思えてならないんだよな」


 屋台の火鉢に火を入れながら、レビは溜息をつく。

 こちらも同じ作業に勤しみながら、俺は「なるほどねぇ」と思案した。


「でも、最近は色んな汁物料理にラーメンを合わせてるんだよね? ゼグの汁物料理のラーメンなんて、なかなか美味しそうじゃないか」


「それは、食堂で売りに出してるよ。でも、ギバ肉と一緒に使うと値段が跳ねあがっちまうから、屋台では扱えねえんだよ」


「どうして?」という言葉を、俺は慌てて呑み込んだ。レビたちは森辺の民と一緒に屋台を出す代わりに、ギバ肉の素晴らしさを世間に伝えるという役目も負ってくれているのだ。俺としては、こちらを気にせず自由に商売をしてほしいという気持ちもなくはなかったが――それ以上に、レビたちの気づかいを嬉しく思っていた。


「新しい食材で評判を呼びたいという気持ちを押し殺してまで、屋台でギバ肉を使ってくれてるんだね。どうもありがとう」


「い、今さら何を言ってやがるんだよ。それより、新しい食材の使い道だよ。何かこう、うまい使い道はないもんかな?」


「うーん。アンテラなんかはすごく複雑な香りだけど、意外に色んな料理に合うような気がするんだよね。今のラーメンにアンテラの粉をまぶすだけでも、悪いことはないかもしれないけど……」


「そうしたら、アンテラの分だけ費用がかさんじまうからな。何かを増やすなら何かを減らさないと、儲けが減っちまうんだよ。具材を減らしてまで、アンテラを増やす甲斐はないだろう?」


「そうだねぇ。ドケイルなんかも上手く使えば、いい具材になりそうだけど……他の具材を減らしてまでって考えると、よっぽど工夫が必要かな」


「ああ。ドケイルの出汁をらーめんで使うってのも試してみたんだけど、いまひとつの出来栄えだったし、そうまで目新しい仕上がりじゃないから地味なんだよな」


 やはりレビたちも、自力で試行錯誤しているのだ。その心意気もまた、好ましい限りであった。


「確かにこう考えてみると、ラーメンで活用する手段はごく限られそうだね。あとは、ノマを麺に加えてみるとか……キバケやアンテラを肉ダレに活用してみるとかかな」


「ノマをめんに? らーめんをチャッチもちみたいに仕上げるってことかよ?」


「いや、ノマを粉にして他の食材に混ぜ込むと、予想外の食感が生まれたりするんだよね。俺たちも今後は、フワノやポイタンに混ぜて使う方法を試してみようかと考えてるんだ」


「あの妙ちくりんなノマをねぇ……でも、アスタが言うなら、確かだよな。食材は無駄にできないけど、自分が食う分でちょいと試してみるよ。それで、キバケやアンテラは肉ダレか……あんな妙ちくりんな香りが、肉ダレに合うもんかなぁ?」


「試してみないと、なんとも言えないね。でも、こっちは香味焼きや肉料理の調味液なんかに活用してるから、ギバ肉との相性は保証できると思うよ」


「ああ、祝宴で出された肉料理なんかは、大した出来栄えだったもんな。わかった、そっちも試してみるよ。……って、食材が本格的に売りに出されないと、なかなか話を進められないんだけどさ」


 新しい食材の売り値はすでに確定していたが、まだ朝方の市場では販売されていないのだ。城下町に申請すれば目当ての分量を手にできるという方式で、多忙な宿屋の面々にはなかなかの手間であったのだった。


「次の品の到着の日取りが確定しないと、なかなか大がかりな販売には踏み切れないんだろうね。売りに出してすぐに品切れになったら、体裁が悪いんだろうしさ」


「なんとも焦れったい話だよな。……っと、危ない危ない」


 他の屋台を見回っていたセルフォマとカーツァがしずしずと近づいてきたので、レビは首をすくめつつ口を閉ざした。今日も彼女たちは屋台の料理を食してから城下町に戻る手はずになっていたのだ。


「間もなく販売を開始しますので、セルフォマたちも表のほうにどうぞ」


「は、はい。承知いたしました。……と、仰っています」


 セルフォマとカーツァは雨具としてシムの行商人めいたフードつきマントを纏っているので、一見では身分を悟られることもない。また、東の民は毒を扱うという話が知れ渡っているため、身分を悟られたところでそうそう無法者に襲われることもないのだろう。ポワディーノ王子の臣下たる『王子の耳(ゼル=ツォン)』とて身を守るすべを持っていないが、単身であちこちを闊歩しているのだった。


(まあ、セルフォマとカーツァは毒なんてまったく扱えないって話だけどさ)


 彼女たちは貴族ならぬ身であったが、かたや王城の副料理長で、かたや貴族であるリクウェルドの保護下にあるのだ。そういう身分にある人間は、毒草の調合を学ぶ機会もないのだという話であった。


 雨季の間は開店前から集まるお客も少ないため、セルフォマたちは一番乗りで料理を購入する。複数の料理を購入してシェアするというのは、プラティカとニコラを見習ってのことだ。いまひとつ関係性が見えにくいセルフォマとカーツァが仲良く料理をシェアする姿は、俺を微笑ましい心地にさせてやまなかった。


 そして本日、両名は《キミュスの尻尾亭》の屋台からラーメンを購入した。

 3日目にして、ついに順番が巡ってきたのだ。森辺の民だけで屋台は8台も存在したし、日によって異なる品を出す屋台もあったので、これまでは《キミュスの尻尾亭》まで手が回らなかったのだった。


「いらっしゃい。こいつはちゃーしゅーと肉ダレのどっちかを選んでもらうんですが、どうしやすかね?」


 ラーズが愛想よく応対すると、それに答えたセルフォマの言葉をカーツァが通訳した。


「チャ、チャーシューというのは、ギバ肉をタウ油などの調味液に漬け込んで熱を通した料理のことですね? 肉ダレとは如何なる品であるのか、ご説明をお願いいたします。……と、仰っています」


「うちの肉ダレは、細かく刻んだギバ肉をマロマロのチット漬けやら魚醤やらで焼きあげた品になりやすね。東のお人には、なかなか評判がいいようですよ」


「そ、それでは、チャーシューと肉ダレをひと品ずつお願いいたします。……と、仰っています」


「毎度あり。お代は赤銅貨3枚なんで、準備をお願いしやす」


 ラーズの目配せで、レビが小盛り2名分の麺を鍋に投じる。お客が行列を作らない限りは注文のたびに仕上げるので、いささか待ち時間が必要となるのだ。

 俺が担当する屋台もぽつぽつお客がやってくるが、行列までには至らない。雨季ならではの、スローペースである。そうと見て取ったセルフォマが、珍しく自分から語りかけてきた。


「こ、こちらの方々はアスタの考案した料理を売りに出しているのですよね? ……と、仰っています」


「ええ。基本の形は、俺が考案したものです。でも、味付けはじょじょに微調整されていきましたし、肉ダレなんかはそちらのラーズが考案した品ですよ。それで試食会でも、勲章を授かることになったわけです」


「いえいえ。あっしらなんざ、アスタの尻に乗っかってるようなもんですよ」


 目もとに笑い皺を作りながら、ラーズはそう言った。

 そして新たなお客がやってくると、ラーズはいっそう嬉しそうな顔になる。それは《キミュスの尻尾亭》に宿泊する3名、カミュア=ヨシュとレイトとザッシュマの《守護人》トリオであった。


「今日はお早いお越しでしたね。起き抜けに、うちのらーめんを如何です?」


「ああ。酔いつぶれた次の日は、いっそうそいつを美味く感じるんだよな。それじゃあ、肉ダレでお願いするぜ」


 ザッシュマが笑顔で応じると、ラーズは顔をくしゃくしゃにして笑う。ラーズにとって、ザッシュマは生命の恩人であるのだ。レビもようやく平常な態度になったが、以前は恐縮しきっていたものであった。


 いっぽうカミュア=ヨシュはねぼけまなこでふにゃふにゃ笑いながら、先客たちの顔を覗き込む。カミュア=ヨシュたちは東の王都の使節団と関わろうとしなかったが、こちらの両名とはこうして屋台で顔をあわせていた。


「どうもどうも。昨日も森辺で一夜を明かしたのですか。毎日毎日、熱心なものですねぇ」


「は、はい。おつとめ、ご苦労様です。……と、仰っています」


「あはは。今は何の仕事もなく、骨休めの日々でありますよ」


 使節団が到着した当初はメルフリードの要請であれこれ動き回っていた彼らであるが、そちらに警戒の必要はないと判じられるや、すべての役目から解放されることになったのだ。現在は本人も語っている通り、ジェノスで気楽に過ごしているさなかであった。


「そういえば、送別の祝宴の日取りはまだ決まらないのかな?」


「あ、ちょうど今日、ジェノス城から使者がいらっしゃったそうです。送別の祝宴は、黄の月の10日だそうですよ」


 俺がそのように答えると、カミュア=ヨシュは大あくびをしてから「そうかそうか」とにんまり笑った。


「送別の祝宴だけは参ずるようにと、ジェノス侯から言い渡されているのだよ。俺たちの骨休めも、その日でめでたく終了を迎えるわけだね」


「あ、そうだったのですか。カミュアたちが招待されるのは、ちょっとひさびさに感じますね」


「そりゃあ俺たちは、しがない《守護人》だからねぇ。あんな立派な祝宴に招待されるいわれはないさ。……ただ今回は、例の騒ぎで勲章を授かった人間がのきなみ招待されるようだよ」


 例の騒ぎ――もちろん、東の王家にまつわる騒乱のことである。そこで活躍を果たしたカミュア=ヨシュたちは、ポワディーノ王子とマルスタインの両方から勲章を授かっていたのだった。


「それじゃあ、ライエルファム=スドラたちも招待されるわけですね。あ、もしかして、ジルベもまたお招きされるのでしょうか?」


「そこで人と犬を分ける理由はないだろうねぇ。犬はジャガルの獣だけど、ジルベは西で育ったのだろうしさ」


 俺が思わず背後を振り返ると、影のように控えていたアイ=ファが優しい眼差しを返してくる。大事な家人であるジルベが祝宴に招かれるのは、俺たちにとっても誇らしいことであるのだ。


「それはますます祝宴が楽しみになってきました。宴料理の何割かは森辺の民が引き受けることになりましたので、カミュアたちも楽しみにしていてください」


「うんうん、それは楽しみだ。……みなさんの宴衣装も楽しみなことですね」


 カミュア=ヨシュが寝ぼけた顔で気安く声をかけると、セルフォマは無表情のまま一礼して、カーツァはあたふたと目を泳がせた。

 そのタイミングで、2名分のラーメンが完成する。片方はチャーシューが添えられた通常の仕様、片方は赤褐色の肉ダレが添えられた特別仕様だ。プラティカのアドバイスで雨よけのついたお盆を持参しているセルフォマは、そこに木皿をのせて、カーツァともども青空食堂のほうに立ち去っていった。


「ふうん。銅貨を支払うのも荷物を運ぶのも、セルフォマの役割なのか。彼女は毅然としているから、カーツァの主人のように見えるけれど……実際は、貴族の養い子であるカーツァのほうが、身分は高いのかもしれないね」


「あ、そういうことになるのですか? 王城の副料理長ともなると、かなりの身分であるように感じられるのですけれども」


「たとえば、ジェノス城の料理長と伯爵家の養い子では、どちらが偉いかという話さ。……まあ、庶民代表の我々には無縁の話だけれどね」


 そう言って、カミュア=ヨシュはいっそうゆるんだ顔を見せた。


「でも、アスタたちは彼女たちとも問題なくご縁を深められているようで、何よりだ。毎日平和で、あくびが止まらないよ」


「あはは。俺にとっては、平和であることが何よりありがたいです」


「うんうん。俺たちの日常は殺伐としているから、ジェノスにいる間ぐらいは平和に過ごしたいものだよ。……さて、それじゃあ俺はかれーの刺激的な味わいで目を覚ますことにしようかな」


 そうして、カミュア=ヨシュたちも立ち去っていった。

 雨はしとしとと降りそぼち、雨具をかぶったお客が間遠にやってくる。確かに眠たくなるぐらい、平和な朝方の情景だ。雨季でなければ屋台の賑わいこそが俺たちの日常であったが、今はこの灰色に閉ざされた世界が日常であった。


                ◇


 その後も俺たちの平和な時間が脅かされることはなく、粛々と時間が流れすぎ――終業時間が近づいてきたところで、見慣れたトトス車が北の方角からやってきた。

 手綱を引いていたのは、数刻前に別れたばかりのプラティカだ。プラティカは通りすぎざまに、凛々しい面持ちで声を投げかけてきた。


「本日、見学、許されました。セルフォマおよびカーツァ、同乗しています。詳細、のちほどお聞きください」


「承知しました。それでは、またのちほど」


 プラティカは一礼して、屋台の前を通りすぎていく。

 すると、影のごときアイ=ファが背後から囁きかけてきた。


「セルフォマたちは、今日も見学を許されたか。では、ジェノスに居残ることも許されたのであろうかな」


「どうだろうね。俺としては、そうなることを望んでいるけど」


「うむ。あやつと絆を深めるには、もういささか時間が必要であろうからな」


 アイ=ファも基本のスタンスとしては、セルフォマたちの残留を希望しているのだ。そうすると、彼女たちの来訪も長々と継続されるわけだが――家では静かに過ごしたいと願うアイ=ファも、東の王都とのすこやかな関係性を重んじているわけであった。


(それはきっと、ポワディーノ王子に対する親愛ってものが、根っこにあるんだろうな。……俺だって、半分がたはそうなんだろうしさ)


 そうして下りの二の刻の少し前にすべての料理が完売したので、俺たちは屋台と青空食堂を片付けて帰路を辿る。

 屋台を返却して森辺に至る小道を目指すと、本日もその場所には昨日と同じ顔ぶれが待ちかまえていた。プラティカの一行と、『王子の耳(ゼル=ツォン)』の一行だ。ただ本日はさらに人数を絞って、『王子の耳(ゼル=ツォン)』は2名のみであるという話であった。


「アスタ、アイ=ファ、お疲れ様です。セルフォマ、言葉、交わしますか?」


「いえ。どうせだったら、家でゆっくりうかがいましょう。今日は予定通り、宴料理の下準備に取り組んでいいのですよね?」


「はい。その様子、見学したい、願っています。私、ニコラ、同様です」


 ということで、俺たちはそのまま小道をのぼることになった。

 目指すは、ルウの集落だ。ルウの面々をファの家に招くより、最初からルウ家に集合したほうが手っ取り早いのである。また、作業の場を分ける必要が生じた際なども、ルウ家のほうが都合がよかった。


 行きがけに事情は伝えておいたので、ルウの集落では笑顔のミーア・レイ母さんに出迎えられる。これで3日連続の来訪であるが、もちろんミーア・レイ母さんが文句をつけることはなかった。


「アスタたちは、本当にご苦労さんだね。もう明日の下ごしらえは終わったって話だから、どのかまど小屋も好きに使っておくれよ」


「ありがとうございます。まずは、本家のかまど小屋にお邪魔させていただきますね」


 6名の客人たちにも挨拶をしてもらったのちにかまど小屋を目指すと、屋台の非番であったレイナ=ルウが凛然たる面持ちで待ち受けている。そしてその左右には、いまやルウの血族のかまど番の重鎮たる、レイ、ルティム、ミンの女衆が待ち受けていた。ルティムの女衆は本日トゥランの仕事の取り仕切り役であったが、雨季の間は屋台の商売も人手にゆとりが生じるため、先に帰還していたのだった。


「お疲れ様です、アスタ。宴料理の下準備ということで、こちらの女衆にも居残っていただきました」


「うん、どうもありがとう。みなさん、よろしくお願いします」


 3名の女衆は和やかな顔にほのかな熱意を漂わせつつ、それぞれ一礼してくる。それらの面々はみんな温和かつ誠実な人柄であったが、やはり大きな仕事に対しては強い意欲を抱いているのだ。それはまた、レイナ=ルウに感化された部分も少なくはないのだろうと思われた。


 それに対して、屋台の当番の中から今日の集まりに参じたのは、俺、ユン=スドラ、レイ=マトゥア、マルフィラ=ナハム、トゥール=ディンという常連のメンバーに、リッド、ラッツ、ダダ、ドムの女衆という顔ぶれである。ダダとドムの女衆は長きにわたる研修を経て、数日後から正式に屋台の当番のローテーションに組み込まれる立場であった。


 そしてルウ家の屋台のほうからは、ララ=ルウ、リミ=ルウ、マイムが参じている。さらに、見学者としてプラティカ、ニコラ、セルフォマ、カーツァ、2名の『王子の耳(ゼル=ツォン)』という顔ぶれが参じているので、ルウ本家の広大なかまど小屋もキャパオーバーを起こしかけていた。


「私がこの場に居座る甲斐は、なかろうな。セルフォマの言葉を聞いたのちは、退かせてもらおう」


 アイ=ファがそのように声をあげると、その言葉を通訳されたセルフォマが淡々と語り始めた。


「ま、まずは、私たちの今後について語らせていただきます。私はこの数日の功績が認められて、使節団の方々が帰国されたのちもジェノスに滞在し続けることを許していただけました」


 そんな風に通訳してから、カーツァは切なげに溜息をつく。やはり彼女もセルフォマともども、ジェノスに居残ることになるのだろう。通訳の仕事が務まる人間などジェノスには数えるほどしかいないはずであるし、そもそもリクウェルドがそのような役割を外部の人間に任せるとは思えなかった。


「そ、それもすべては交易に有用な数々の知識を授けてくださった森辺の方々のおかげです。カーツァの口を借りて、心より感謝の言葉を捧げさせていただきたく思います。そして今後も引き続き、ご指南のほどよろしくお願いいたします。……と、仰っています」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでセルフォマたちは、どれぐらいジェノスに滞在することになるのでしょうか?」


 そのように問いかけたのは、レイナ=ルウだ。

 カーツァはしょんぼりとした面持ちで、セルフォマの言葉を通訳した。


「ぐ、具体的な日取りはまだ決定されていませんが、最短で40日という期間になるかと思われます。使節団が次なる品を運び入れた際、ともに帰還する手はずになっています。……と、仰っています」


 すると、ララ=ルウが「んー?」と小首を傾げた。


「ジェノスとラオリムは、片道20日って話だったよね。でも、積み荷を準備する時間が必要になるんじゃないの?」


「は、はい。次の交易に関しては話がまとまりましたので、本日の中天に伝書の鷹を放ちました。使節団が帰路を辿っている間に積み荷を準備できれば、ラオリムに到着すると同時にまた出立できるかと思われます。……と、仰っています」


「えー? それじゃあリクウェルドなんかは、休む間もなくまたジェノスを目指すってこと? それとも、別の人間に交代されるのかな?」


「そ、それもまた、この20日間で決定されるかと思われます。リクウェルド様はあくまで謝罪と賠償を果たすための立場でありましたため、交易に関しては別なる御方が担当となる可能性が高いようです。……と、仰っています」


「なるほど。じゃ、リクウェルドとはこれっきりになる可能性もあるわけだ。それなら送別の祝宴で、思い残すことなく絆を深めておかないとね」


 ララ=ルウが白い歯をこぼすと、カーツァは曖昧な表情で目を泳がせる。というよりも、本来は表情の動きを抑制しなければならないのに、なんらかの感情がこぼれてしまっているのだ。その曖昧な表情が何を示しているのか、いささか気になるところであった。


 ともあれ――セルフォマは、ジェノスに居残ることが許されたのである。

 アイ=ファは満足そうな眼差しになっていたし、俺も同じ心境だ。最短で40日であるというのなら、俺たちはその短い期間でめいっぱい絆を育ませていただく所存であった。

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― 新着の感想 ―
サンマーメンや酸辣湯麵とかあるしノマ粉であんかけみたいにするって手も。あ、いやでもチャッチ粉があったときから作れたか
[気になる点] ふと思ったんですが、スン家の浪費も無くなり、屋台やギバ肉の販売も拡大して大分経ち、以前に比べるとかなり収入が増えていると思うのですが、そのお金はどう扱われているのでしょうか?お金の使い…
[気になる点] カーツァとリクウェルドは何かしら親しい間柄なのかな 親子のレビとラーズが出てきてたり貴族の養子の話も出てたりするしリクウェルドが養父だったりする?
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