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異世界料理道  作者: EDA
第八十九章 雨季の終わり
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ルウの末妹の生誕の日②~勉強会(下)~

2024.8/20 更新分 1/1

「それじゃあ、二手に分かれて調理を開始しよう」


 四半刻ほどの打ち合わせの後、俺たちは調理を開始することになった。

 俺とマイムとミケルはノマの担当、ルウ本家の母娘たちはアンテラとキバケの担当だ。眼目は、既存の食材との相性を確認しながら使い道を模索することであった。


 プラティカとニコラは食い入るような目つきで、セルフォマは静謐なる眼差しで、カーツァはおどおどと目を泳がせながら、俺たちの作業を見守っている。面布で顔を隠した2名の『王子の耳(ゼル=ツォン)』は、石像のように無言で不動だ。今日はかまど番の人数を絞っているためか、見学者の視線がいっそうまざまざと感じられた。


「それじゃあ、ノマの煮込みはよろしくね」


 俺が声をかけると、マイムは笑顔で「はい」とうなずき、かまどのひとつに火を灯す。ルウ家で勉強会を行うことは珍しくもなかったが、この少数精鋭でマイムと同じ班になるのはずいぶんひさびさのことであった。


 最近のマイムは目立った活躍を見せていないが、それはルウの家人のひとりとして馴染んできたという面もあるのだろう。それでも屋台の商売には毎日参加しているし、そちらでは彼女のオリジナル料理が販売されているのだから、ルウのかまど番の重鎮であることに変わりはなかった。


 いっぽうミケルは完全に集落に引きこもっているものの、それこそレイナ=ルウたちの指南役であるのだから、縁の下の力持ちだ。下ごしらえの取り仕切りなどは若い女衆に役目を譲って、ひたすら黙々とレイナ=ルウたちを鍛えあげているという印象であった。


(こういう森辺の実情を知ることだって、セルフォマにとっては何らかの糧になるんじゃないのかな)


 少なくとも、プラティカやニコラは俺やレイナ=ルウやトゥール=ディンなどといった目立つかまど番にばかり固執することなく、さまざまな氏族のかまど小屋を巡っていた。営業中にレイ=マトゥアも言っていたが、一時期は頻繁にスドラの家に通っていたのだ。しかもそれはユン=スドラが試食会に抜擢されるより前の話で、プラティカはその頃からスドラの家で学ぶことに何らかの意義を見出していたのだった。


(あれからもう、1年以上は経ってるんだろうな。セルフォマたちは長くても、ひと月かふた月ぐらいで帰ることになるだろうっていう話だから……その間に、少しでもたくさんのことを知ってもらいたいな)


 そんな思いを噛みしめながら、俺はひたすらノマのすりおろしに励んだ。寒天に似たノマを揚げ物の衣に使ってみようという試みだ。

 俺が推測していた通り、ノマというのは海草を煮込んで抽出したものを干して固めた食材であった。それをあらためて水で煮込むと、ゼリーのようにぷるぷるの食感となるのだ。よって、煮込む前のスポンジのような状態でもまったく固いことはないのだが、ふにゃふにゃしているためにすりおろすのはなかなかに難儀であった。


「……アスタ、私、手伝いますか?」


 と、プラティカが音もなくこちらに近づいてきた。


「はい。そうしていただけたら、助かりますけど……でも、見学のほうはいいんですか?」


「はい。ニコラ、レイナ=ルウたち、手伝います。おたがい、手伝いながら、検分し、のちほど、情報交換すれば、支障、ありません」


 プラティカたちは、こうして自らも調理に加わることも珍しくないのだ。俺は心を込めて、「ありがとうございます」と伝えた。

 いっぽうセルフォマは不動のまま、すべての作業の場に視線を巡らせている。カーツァはあくまで通訳に過ぎないので、プラティカとニコラのように分業することができないのだろう。今日は実技担当の『王子の腕(ゼル=セナ)』もいないので、『王子の耳(ゼル=ツォン)』たちも見学に徹していた。


「ノマ、この状態から、加工、施す、斬新、思います。如何なる結果、生じるか、興味深い、思っています」


 すりおろしの作業を開始するなり、プラティカは鋭い眼差しでそう言った。ゲルドとラオリムは以前から交易に励んでいたが、プラティカはそもそもゲルドで過ごしていた時間が短かったために、それほどラオリムの食材を手にする機会が多くなかったようであるのだ。


「ゲルの藩主のお屋敷には、このノマもあったのでしょう? やっぱり菓子に使われていたのですか?」


「はい。アルヴァッハ様、ノマの菓子、好物でした。ノマ、料理、活用できれば、いっそう喜ぶ、必然です」


「あはは。それならプラティカも、いっそう熱が入ってしまいますね」


 俺がついつい軽口を叩くと、プラティカは凛然とした面持ちのまま頬を赤くする。そしてうらめしげな目を向けてきたので、俺は「すみません」と頭を下げることになった。


「俺はプラティカとアルヴァッハのご縁をかけがえのないものだと考えていますので、そういう話を聞かされると温かい気持ちになって、つい軽口を叩いてしまうのですよね」


「……私、羞恥の思い、つのるばかりです」


「本当にすみません。決して冷やかしているわけではありませんので、どうかご容赦ください」


 そうして楽しく会話をしている間に、一定量のノマが粉と化した。

 フワノやポイタンやチャッチ粉に比べると、いくぶんしっとりとした質感だ。もとが半透明であるためか、光を浴びるとわずかにきらめくようであった。


「それじゃあこれを、フワノやチャッチ粉と配合してみます。油は無難にレテンの油で、具材は……肉だと胃に溜まってしまうので、アリアにしてみましょうか」


 試作品のパターンはかなりの数にのぼるはずなので、肉を揚げていたら試食だけで胃袋が満たされてしまうだろう。今日はリミ=ルウの生誕の日であるのだから、ひときわ気をつけなければならなかった。


 ということで、かまどでレテンの油を熱しつつ、配合を開始する。

 ポイタンはあまり揚げ物に適していないので、使用するのは小麦粉のごときフワノと片栗粉のごときチャッチ粉だ。なおかつ、フワノとチャッチ粉に馴染みのないセルフォマのために、ノマ粉を配合しないパターンも準備することにした。


「あとは、ノマ粉のみを使ったものも試してみましょう。それに、焼きフワノ粉も試してみたいですね」


 焼きフワノ粉とは、すなわちパン粉である。フワノは焼いてからひと晩おくとカチカチに固まる性質があるため、それを削るとパン粉によく似た状態に仕上がってくれるのだった。


 俺はプラティカと手分けをしてアリアをくし切りにしていき、それぞれキミュスの卵液と配合した粉にまぶしていく。

 ノマ粉とフワノとチャッチ粉のそれぞれ単体、あとはノマ粉の比率を三段階に分けて、さらにフワノとの混合粉に焼きフワノ粉を加えるものも準備した。結果、合計で12種である。


 それでまずは、ノマ粉と卵液のみをまぶしたアリアを油に投じてみたのだが――具材が油に沈んだ瞬間に茶色く染まってしまったので、俺はすぐさま引き上げることになった。


「確かにノマは、焦げやすい性質みたいですね。しっかり熱を通さないといけない具材には、単体では使えないようです」


「はい。それもまた、研究、成果です」


 頼もしきプラティカのサポートのもとに、俺は続々とアリアを揚げていった。

 その間に、隣のかまどからは香草の強烈な香りが漂ってくる。レイナ=ルウの班はアンテラやキバケを使って、香味焼きにチャレンジしているのだ。いっぽうミケルとマイムは熱したノマに調味料を加えて、ドレッシングの作製に勤しんでいた。


 やがて半刻も経たない内に、すべての作業が完了する。

 作業台の上には、数々の試作品が並べられることに相成った。


「刺激の少ない品から味見するべきだろうね。まずは、揚げ物から取りかかろうか」


「揚げ物だけで、けっこうな数だね。どれから食べたらいいんだろ?」


「まずは、ノマ単体から試してみようか。アリアはほとんど生だと思うから、そのつもりでね。……みなさんも、こちらからどうぞ」


 見学者には、問答無用ですべての試作品を味見してもらっている。これが見学の3日目となるカーツァは、まだ恐縮しきっている様子だ。

 そうしてノマの粉で揚げたアリアを食したカーツァは、「ひゃー」と可愛らしい声をあげた。


「ア、アリアという野菜は、生だとこのような味わいなのですね。思わぬ辛みと歯ごたえで、つい声をあげてしまいました。……あ、私などが迂闊に口をきいてしまって、申し訳ありません!」


「いえいえ。何度も言っていますけれど、料理の感想はご遠慮なく聞かせていただけたら、こちらもありがたいです。……でもこれは、美味とは言い難い仕上がりですね」


 こちらは熱した油に一瞬しか浸かっていないので、アリアは生同然である。そして、茶色く変色したノマの衣は噛んでいる内にねちょねちょとした食感に変質した。どうやら口内の熱と水分で、中途半端に融解してしまったようである。


「あはは。こんなに出来の悪い品は、ちょっとひさびさだね! アスタが森辺に来たばっかりの頃を思い出しちゃったよ!」


 ララ=ルウが愉快げに評すると、セルフォマがすかさず声をあげて、カーツァがそれを通訳した。


「ア、アスタはジェノスに根をおろしてからすぐに美味なる料理で世間を驚かせたと聞いているのですが、そのように不出来な品をこしらえたこともあったのでしょうか? ……と、仰っています」


「そりゃーそーでしょ。アスタの故郷には色々と似たような食材があるって話だけど、似てるだけで別の品なんだからさ。そんな簡単に使いこなせたら、世話はないさ」


「うん。あの頃は、しょっちゅう涙をこらえながら試作品を呑み下してたよね」


「いや、全然こらえてないときもあったけど?」


 ララ=ルウの軽妙なる返答に、俺もついつい笑ってしまった。

 しかしもちろんセルフォマは完全無欠の無表情で、淡々と東の言葉を紡いだ。


「で、ですが、あくまで昔の話なのですね? このたびのラオリムの食材に関しては、これが初めての失敗作であるということでしょうか? ……と、仰っています」


「うーん。失敗と成功の境目は難しいところですが、これだけ不出来な仕上がりは初めてかもしれませんね。この3年ぐらいで見知らぬ食材の扱いもだいぶん手馴れてきましたので、大きな失敗は減ってきたように思います」


「そ、そうですか。それは恐るべき順応力であるのかもしれません。……と、仰っています」


 セルフォマの何気ないひと言が、思わぬ角度から俺の胸に食い入ってきた。


(順応力か……まあ俺は、この世界そのものに順応しようと頑張ってきたようなもんだもんな)


 そして俺は自分の存在意義を確立させるために、立派なかまど番というものを志したのである。

 なんだか俺は、出会って数日のセルフォマにいきなり本質を見抜かれたような心地であった。


「……それじゃあ、他の品も味見してみましょう。ノマの粉を減らすたびに焦げつく恐れは減っていった印象ですが、お味のほうはどうでしょうね」


 そうして俺たちは、12種にも及ぶ試作品を次々とたいらげていった。

 フワノやチャッチ粉のみで仕上げた分は、罪のない味わいだ。具材がアリアだとフワノのほうが親しみやすい味わいであったが、チャッチ粉のカリッとした食感もなかなかに新鮮で心地好かった。チャッチ粉のみの揚げ物というのは、竜田揚げや唐揚げぐらいしか例がなかったのだ。


 そして、ノマ粉とのブレンドに関しては――ノマ粉が75パーセント、フワノやチャッチ粉がそれぞれ25パーセントという比率では、どちらも今ひとつの仕上がりであった。こちらも早めに引き上げないと焦げつきそうな気配であったため、熱の通りが十分でない上に、やっぱりねちゃねちゃとした食感が生じた。


 それが半分ずつの比率となると、熱の通りも問題なく、粘ついた食感も軽減されて――ノマ粉が25パーセント、フワノやチャッチ粉が75パーセントという比率になると、一転して不可思議な食感が生まれた。


「これは、何でしょう……フワノやチャッチ粉のみを使った品よりも、香ばしい風味が強まっていて……それでいて、口あたりがやわらかいように感じられます」


 レイナ=ルウが真剣な面持ちでそう評すると、マイムが「そうですね!」と元気に賛同した。


「あのチャッチもちに似た食感とはまったく異なりますけれど、普段の衣よりもふんわりとした食感になっているように思います! 衣の厚みはそのままなのに、倍ぐらいにふくらんだ衣をかじっているような……でも実際にふくらんでいるわけではありませんから、油っこさが増すこともありませんね!」


「うん。口で説明するのがちょっと難しいところだけど、とにかく何かしらの変化が生じているね。俺は、好ましい変化だと思うよ」


 やはりこのノマという食材には、寒天ともまた異なる性質が存在するのだろう。セルフォマが試食の祝宴で供したノマの料理や菓子も、決して寒天では再現できないような仕上がりであるように思えたのだ。


 さらに、パン粉のごとき焼きフワノ粉をまぶした品では、いっそう目新しい食感が発生していた。

 サクサクとした焼きフワノ粉の食感の裏側に、ふわふわとしたエアー感のようなものを感じる。ノマがわずかに膨張して、小さくやわらかな無数の気泡でも生み出したかのような――そんな目新しい食感であった。


「これはますます不思議な食感ですね! これでぎばかつやころっけなどを作ったら、どんな仕上がりになるんでしょう?」


「うん、ちょっと想像がつかないけど……試してみる価値はありそうだね」


「ただ、ノマの粉が多いと不快な食感や余計な香ばしさが生まれるようですね。具材が変われば、この香ばしさもまた印象が変わるのかもしれませんが……この食感は、望ましくないように思います」


 レイナ=ルウの言う通り、ノマ粉の比率が50パーセントや75パーセントの場合は、焼きフワノ粉を使っていても好ましからぬ特性が発揮されていた。今後は25パーセントの比率を軸に、ベストの配合を目指すべきだろう。俺としてはもう少しノマ粉の比率を増やして、ぎりぎりのラインを探ってみたいところであった。


「とりあえず、ノマは揚げ物の衣に活用できそうだね。……みなさんは、如何ですか?」


「は、はい。私にとってはフワノやチャッチの粉というものを使った揚げ物も目新しいので確たることは言えませんが、ノマ粉をわずかに加えた品のほうがより好ましく感じられます。……と、仰っています」


「私、同意見です。研究、甲斐、あるかと思います」


「わたしも異存はありません。つくづくノマというのは食感を左右する食材であるのだと痛感いたしました」


 セルフォマは無表情に、プラティカは凛々しく、ニコラは仏頂面で、それぞれそのように答えてくれた。

 それでカーツァに視線を送ると、気弱な彼女はまた目を泳がせてしまう。


「わ、私はその、料理に関してまったくの素人ですので……」


「そういう御方の意見も貴重なのですよ。一番好ましいと思ったのは、どの品ですか?」


「はあ……最後にいただいた品がさくさくとしていて、とても美味しく感じたように思いますけれど……」


 最後の品とは、すなわちノマ粉が25パーセントで、焼きフワノ粉を添加した分であった。満場一致で、この品がもっとも興味深いという結論になったようだ。

 ちなみに『王子の耳(ゼル=ツォン)』は、こういう際にもいっさい発言しない。無理に問い質しても、「すべて美味です」としか返ってこないのだ。彼らは個人的な見解を口にしないというスタンスであるため、致し方ないところであった。


「それじゃあ次は、ドレッシングだね。マイム、説明をお願いできるかな?」


「はい。こちらは3種の味付けで、ノマの比率を3種に分けました。ノマの比率が大きい分は奇妙な仕上がりで、どのような味わいになっているのか楽しみです」


 ドレッシングはタウ油ベースの和風、干しキキとミャンツの梅しそ風、ホボイを使った金ゴマ風というラインナップになっている。そこに油を添加せず、ノマでとろみをつけてみようという試みであった。


「油分も過剰な摂取は控えるべきだから、ノマで代用できたら健康にいいと思うんだよね。ノマ自体に味はないから、ひどい出来にはなってないと思うけど……油のコクや深みがなくなる分、物足りなさが出ないかどうかだね」


 ノマは不純物の混入が一定量を超えると、固まりが悪くなる。その性質を利用して、とろみを受け持ってもらうのだ。ミケルとマイムが作りあげた合計9種のドレッシングは、いずれも深皿の内側でとろりとたゆたっていた。


「いちおう味見もしてみましたけれど、やっぱりノマを加えても濃度が変わるだけで味や香りそのものは変化しないようです。具材に掛けて口にしないと、違いもわからないかと思います」


 ということで、マイムたちはレタスのごときマ・ティノとダイコンのごときシィマの生鮮サラダも準備してくれていた。

 9枚の皿に分けられた生鮮サラダにそれぞれドレッシングが掛けられて、混ぜ合わされる。それを人数分に取り分けて、いざ試食であった。


「うわー、確かにこれは、奇妙な仕上がりだね!」


 と、ララ=ルウが真っ先に驚嘆の声をあげる。ノマの比率がもっとも大きいドレッシングは半分がたゼリー状で、マ・ティノとシィマにねっとりと絡みついていた。

 ノマの比率が大きいために味も濃くはないので、食べにくいことはない。しかしやっぱり完全な液状ではないため、加減を間違えるとくどく感じてしまいそうだった。


「うーん。干しキキとミャンツのやつは、ちょっと風味が強すぎるかなー。こんなひと口ぐらいだったらどうってことないけど、皿にいっぱいだとうんざりしちゃいそう」


「ホボイのやつは甘いから、ちょっとお菓子みたいだねぇ ……でもやっぱり、あんまりたくさん口にしたいとは思えないかな」


「ノマの分量は少なめのほうが好ましいようですね。もっともノマが少ない品などは、普段のどれっしんぐと大きく変わらない印象ですし……このひと口では、物足りなさも感じません」


 能動的なルウ本家の面々が、次々と率直な意見を口にする。

 俺は、こちらの品を手掛けた両名にも意見を求めてみた。


「味のしない食材なのだから、他の食材の邪魔になることはない。油を使っていない分、いくぶん淡白な味わいになることは確かだが……あとは、他の品との兼ね合いだろうな」


「わたしも、そう思います。ぎばかつやころっけなど油の多い料理とともに供するなら、こちらのほうが望ましいのではないでしょうか? 逆に、油を使わない料理とともに供するなら、これまで通りの油を使ったどれっしんぐのほうが望ましいかもしれません」


「うん。気をつけるべきは、油分の過剰な摂取だからね。油だって大事な滋養を含んでいるんだから、適量を口にするべきだと思うよ」


 とりあえず、ノマを使ったヘルシーなドレッシングというのは、悪くない仕上がりのようである。

 そして俺は、ドレッシングには不向きなねっとりとした食感にも着目していた。


「ノマをたくさん使ったドレッシングは今ひとつの仕上がりだったけど、あんかけの料理には向いてるかもしれないね。チャッチ粉の抽出はけっこう手間がかかるし、値段的にノマを転用しても支障はなさそうだから、今度はそっち方面で研究を進めてみようか」


「はい。具材に絡みやすいという特性は、色々と活用できるように思います。ぱすたや肉料理のそーすなどでも、使い道があるのではないでしょうか?」


「ああ、それも面白そうだね。チャッチ粉とは微妙に質が違ってるから、試し甲斐がありそうだなぁ」


 その後は客人たちにも意見を求めてみたが、そちらもおおよそ好意的な内容であった。プラティカたちは本来のドレッシングに劣る仕上がりではないという評価であったし、セルフォマに至っては西や南の食材との相性に着目していた。


「こ、これらの調味液は、いずれも素晴らしい味わいでした。タウ油ばかりでなく、干しキキやホボイといった品も優先的に買いつけるべきだと報告しようかと思います。……と、仰っています」


「そうですか。セルフォマの参考になったのなら、何よりです」


 というわけで、最後の品は香味焼きである。

 アンテラやキバケという複雑な香りを有する香草にどのような香草を掛け合わせるべきかは、以前にセルフォマから伝えられている。その情報をもとに、レイナ=ルウが微調整を施した品であった。


 トリュフのごときアンテラには、セージのごときミャン、ヨモギのごときブケラ、清涼な辛みを持つシシ、それにターメリックに似た香草が加えられている。

 何にもたとえようないキバケは独特の苦みと酸味と青臭さが特徴であり、そちらは唐辛子系の辛みを持つイラ、カカオのように香ばしいギギ、カルダモンに似た香草――そして、レイナ=ルウのアレンジでニンニクのごときミャームーが加えられていた。


 具材はどちらも、ギバのバラ肉、タマネギのごときアリア、ニンジンのごときネェノン、ハクサイのごときティンファ、レンコンのごときネルッサという品になる。セルフォマに西や南の食材の扱いを学んでいただくために、ゲルドやマヒュドラの野菜はあえて外したとのことであった。


「こちらは西や南の方々でも無理なく口にできるように辛みを抑えていますので、どうぞご了承ください」


 レイナ=ルウが挑むような面持ちでそう伝えると、セルフォマは静謐なる面持ちで一礼する。

 しかし今回、真っ先に感想を口にしたのはセルフォマであった。


「ど、どちらの品も具材に合わせて、香草の配合が適切に調整されているように見受けられます。また、ミャームーという食材が素晴らしく調和して、いっそう好ましい風味を完成させているように思います。……と、仰っています」


「そうですか。セルフォマのお気に召したのなら、何よりです」


「は、はい。そしてこれは、アリアという香味野菜によっていっそう望ましい仕上がりになっているようです。アリアはきわめて安価な野菜であると聞き及んでいますが、これは最優先で買いつけるべきでしょう。また、ティンファやネルッサという野菜は独特の食感を持っておりますし、主張の少ないネェノンという野菜もほのかな甘みで陰ながら味を支えている印象ですし……私としてはすべての食材を故郷に持ち帰りたいという心境ですので、報告書をどのようにまとめるべきか思い悩んでしまいます。……と、仰っています」


「あはは。すべての食材がセルフォマのお気に召したというのは、なんだか誇らしい気分です」


 俺がそのように口をはさむと、静謐なる眼差しと言葉を向けられた。


「わ、私は本気で思い悩んでいるのに、アスタにとっては物笑いの種なのですね。……と、仰っています」


「あ、いえ、決してからかう意図はなかったのですが……気分を害されてしまったのなら、謝罪します」


「い、今のは冗談ですので、謝罪は不要です。……と、仰っています」


 そんな言葉を伝えられて、俺は目を白黒させることになった。何せ当のセルフォマは、人形のような無表情であるのだ。


(だけどまあ……冗談口を叩けるぐらい気安くなったって解釈してもいいのかな)


 やはりセルフォマというのは、難しい相手だ。せめてアリシュナのように直接言葉を交わせれば、どれだけ無表情でも多少は内心をうかがえるのだが――通訳をはさむとタイムラグが生じるため、いっそう内心が見えにくくなってしまうのだった。


 それでも俺はセルフォマと交流を深めたいと願っているし、意外に好ましい人物なのではないかと期待をかけている。どんなに難しい相手でも、地道に一歩ずつ歩み寄っていきたいところであった。

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[気になる点] 無表情で冗談言われても絶対わからんよなw 東の人はどうやって見分けてるんだ?
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