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異世界料理道  作者: EDA
第八十八章 東の果ての使者
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試食の祝宴⑤~さらなる心尽くし~

2024.8/3 更新分 1/1

「つ、次は、シャスカ料理と団子料理になります。……と、仰っています」


 カーツァが通訳するセルフォマの言葉とともに、新たな皿が並べられていく。

 このたびは、まったく奇異なる外見の料理ではない。細長く仕上げられたシャスカにはちりめんじゃこのようなドケイルと複数の香草のパウダーがまぶされており、黄白色の団子は大福餅のようにころんとした形状をしていた。


「シャ、シャスカ料理にはドケイル、キバケ、アンテラの薬酒、団子料理にはペンシの蜜漬け、ノマ、アンテラ、ジュエの花油を使用しています」


 さすが、本日の主眼である東の王都の食材がてんこ盛りである。

 なおかつ、セルフォマはジェノスに流通しているシムとマヒュドラの食材ぐらいしか、他に扱える食材が存在しないのだ。それでもこれだけの宴料理を準備できるというのは、大した話であるはずであった。


「ど、どちらも香草を数多く使っていますが、西の方々が舌を痛めるほどではないかと思われます。どうぞご心配なく、召し上がりください。……と、仰っています」


 俺たちはポワディーノ王子の毒見が終わるのを待ってから、いっせいに食器を取り上げた。

 俺が先に手をつけたのは、シャスカ料理のほうであった。細長く仕上げたシャスカをいただくのは、実にひさかたぶりのことである。


 シャスカはソーメンのように細く仕上げても、もちもちとした食感が特徴となる。こちらのシャスカ料理にも、その特性はしっかり残されていた。

 そしてその味わいは、確かに香草がきいている。こちらは複雑な香りを有するキバケばかりでなく、アンテラの薬酒まで使われているのだ。ただでさえ複雑なトリュフのごときアンテラに各種の香草が配合された薬酒にキバケが重ねられるだけで、もう存分に複雑怪奇である。


 そして、シャスカと香草と薬酒の他に使われているのは、ちりめんじゃこのごときドケイルと長ネギのごときユラル・パのみであったが――香りや味わいが豪奢であるために、それほどの物足りなさは感じなかった。単品で食するならば他なる具材も欲しくなるところであるが、宴料理のひと品としては十分だろう。なおかつ、複雑な味わいであっても、食べにくいことは決してなかった。


 それよりも驚かされたのは、団子のほうである。

 こちらの黄白色の生地は、バナナに似たペンシの蜜漬けであったわけだが――その食感が、実に奇妙であったのだ。

 もとがバナナに似ているので粉っぽくないのは当然なのであろうが、それにしても異様になめらかな食感なのである。一見は蒸し団子のようだが、まるでゼリーのようななめらかさであり――つまりは、ペンシに寒天のごときノマが加えられていたのだった。


 他なる具材を大量に混ぜ込むと、ノマは固まりが悪くなるのだと聞いている。そこはおそらく、ペンシのほうで補強されているのだろう。今にも溶け崩れそうなノマを、ペンシと蜜の粘り気が何とか支えているような風情であったのだ。ふわふわ、とろとろ、もっちりといった擬音を連発したくなるような、俺が知らない新食感であった。


 それでペンシは蜜漬けであるからかなりの甘みであるのだが、これは菓子ではなく料理である。その事実を主張するように、こちらにはアンテラとミャンツが使われていた。

 トリュフのごときアンテラで華やかな風味が加えられ、セージのごときミャンツで味が引き締められている。さらにはジュエの花油までもが使われているためにいっそう甘い香りだが、実際のところは塩気がきいていた。東の王都では海水から塩を精製しているようであるので、ジェノスに流通する岩塩を代用として使ったのだろう。


(これは何だか、面白い仕上がりだな。こんなに個性的な食感と味わいなのに、箸休めにちょうどよさそうだ)


 他の面々はどうだろうかと視線を巡らせてみると、まずはフランス人形のように無表情のまましょぼんと肩を落としているオディフィアの姿が目に入った。いかにも菓子っぽい団子がちっとも菓子らしい味わいでないため、菓子の登場がいっそう待ち遠しくなってしまったのだろうか。それを見守るトゥール=ディンは、とても心配げな眼差しであった。


 その他の面々は、先刻までと大きな違いはない。アイ=ファとゼイ=ディンはつつましく内心を隠しており、プラティカは爛々と眼光を燃やし、マルスタインとエウリフィアは満足げな面持ちだ。このふた品もまた、大人の貴族と料理人に好まれる仕上がりであるようであった。


「こちらの料理もまた、目新しさの極致でありますな。アスタとはまったく異なる意味で、料理人たちのよき指標となることでしょう。とりわけ城下町の料理人たちは、胸を震わせているに違いありません」


 マルスタインの言葉をカーツァが伝えると、セルフォマは静かに一礼した。

 そして次には、ポワディーノ王子がゆったりと発言する。


「我はまだそれほど数多く王城に足を踏み入れる機会がなかったので、セルフォマの手腕も計り知れなかったのだが……これは確かに、副料理長の名に恥じない出来栄えであるな」


「あ、ありがとうございます。王子殿下に過分なお言葉を賜り、恐悦至極です。……と、仰っています」


「うむ。おそらくジェノスの面々には食べなれない料理であろうが……しかし城下町に限って言えば、驚くほどに複雑な味わいをした料理が席巻しているので、決して忌避されることもなかろう」


 ポワディーノ王子の言葉に、セルフォマとリクウェルドが一礼する。そののちに、リクウェルドが口を開いた。


「では、森辺や宿場町の方々のお口には合わなかったでしょうか?」


「いえ。こちらも最近は城下町の料理を口にする機会が増えてきましたので、セルフォマの料理を忌避するような人間はいないのではないかと思います。とりわけ厨を預かる立場の方々であれば深い感銘を受けているでしょうし、もちろん自分もそのひとりです」


 たとえばレビやユーミは、ティマロの料理に感心していた。セルフォマの料理には、そういった城下町の料理に通ずる繊細さや優美さが備わっているのだ。馴染みが薄いからこそ関心をひかれるという現象も、世には多々存在するのだった。


「そ、それでは最後に、肉料理です。こちらでは、アンテラとキバケとティティの果実酒を使っています。……と、仰っています」


 カーツァの言葉とともに、最後のひと品が運ばれてくる。

 肉と野菜の煮込み料理である。その肉の質感に、俺は「あっ」と声をあげた。


「もしかして、セルフォマはギバ肉を使われたのでしょうか?」


「は、はい。ギバとカロンとキミュスを食べ比べたところ、ギャマ料理の代用に相応しいのはギバ肉であると判じました。……と、仰っています」


 そちらの料理はどっぷりと煮汁にひたされていたが、どことはなしにギバ肉らしさが感じられたのだ。部位は、ロースあたりであろうと思われた。

 煮汁は深い赤褐色をしており、実に複雑な香りを匂いたたせている。キバケとアンテラの両方を使っていれば、それが道理であろう。ただ一点、辛そうな感じはまったくしなかった。


 一緒に煮込まれていたのは、長ネギのごときユラル・パとチンゲンサイのごときバンベだ。それ以外にも、何か細切りの具材が煮汁の中に混入していた。


「こ、こちらはキバケとブケラと貝醬を加えたティティの果実酒で具材を入念に煮込んだのち、アンテラを加えています。アンテラは強い熱を加えると香気が薄らいでしまいますため、煮込んだのちに加えるのが一般的とされています。保温のための熱ていどであれば、香気が損なわれることもないかと思われます」


 カーツァの声を聞きながら、俺たちは毒見の完了を待ち受けた。

 然るのちに、そちらの肉料理を食し――最初に「ほう」と声をあげたのは、ゼイ=ディンであった。


「これも、食べ慣れぬ味だが……しかし、美味であるように思う」


「あら、ゼイ=ディンがそのように言われるからには、数多くの森辺の方々にご満足いだただけそうね」


 エウリフィアがやわらかな笑顔を向けると、ゼイ=ディンもまた穏やかな表情で「うむ」とうなずいた。


「食べなれないのは、目新しい食材が使われているためであろう。それらの食材に食べなれたならば、ごく自然に受け入れられるように思う。森辺の晩餐や祝宴でこの料理を出されても、文句を言う人間はおるまい」


「では、アイ=ファは如何かしら?」


「うむ。ゼイ=ディンの言葉に、異論はない。香草の香りは豊かだが、辛さはほとんど感じないようであるしな」


 キバケは苦みと酸味と青臭さ、アンテラは甘さと香ばしさと土臭さと青臭さが特徴であるのだ。アンテラのほうはツンとした刺激臭も入り混じっているが辛みはないし、別に加えられたブケラもヨモギのような苦さと青臭さが特徴であるし、そう考えると辛みはどこにも存在しないのだった。

 そして、それらのさまざまな風味をまとめているのは、ザクロのような香りと甘酸っぱさを有するティティの果実酒である。こうまでスパイシーな香りでありながら辛みが存在しないというのは、なかなかに物珍しかった。


 なおかつ、それらの風味と味わいをがっしりと受け止めているのは、ギバ肉である。それらはすべて、ギバ肉を美味しくいただくための細工であるのだ。ほどよく脂肪ののったギバのロースは、この多層的な風味にこよなく調和していた。


「辛みを感じるのは、この細く刻まれた具材……これは、ノノであろうかな?」


 マルスタインの問いかけを通訳して、その返事を聞いてから、カーツァが「は、はい」と応じる。


「ノ、ノノがなくとも成立する味わいであるかと思いますが、東の王都においてはノノを加えた仕上がりが好まれています。ノノの辛みは煮汁に広がりにくいので、こちらの料理に適しているものと思われます。……と、仰っています」


 細切りにされた食材は、ミョウガのごときノノであったのだ。最初のひと口でノノを逃がしていた俺があらためて口にすると、ノノの清涼な辛みが実に好ましいアクセントを加えてくれた。


「確かに、素晴らしい仕上がりですわ。森辺の方々のみならず、城下町の人間でも誰もがこちらの肉料理を好ましいと思うでしょう。でも、これだけ香草の香りが豊かでありながら辛みがほとんどないというのは、少々意外でしたわ」


「は、はい。東の民は辛みを好んでいるという風評が流れているようですし、それはまぎれもない事実なのでしょうが、かといって、すべての料理に辛みが求められるわけではありません。東の民が愛しているのは、辛みではなく香草の香気であるのです。辛みとは、そこに付随するひとつの要素に他なりません。また、辛みのない料理が存在するからこそ、辛みの強い料理の素晴らしさが際立つのだろうと思われます。……と、仰っています」


「なるほど。辛い料理も辛くない料理も、すべて素晴らしい仕上がりでしたわ。それでいて、アスタの料理とはまったく趣が異なっているから、とても贅沢な気分です」


 エウリフィアのそんな寸評を聞いてから、セルフォマは俺に向きなおってきた。


「アスタは、如何でしたでしょうか? ジェノスで一番の料理番と名高いアスタに、忌憚のないお言葉をいただきたく思います。……と、仰っています」


「はい。すべての料理が、素晴らしい味わいでした。城下町の料理と似たところもあり、似ていないところもあり……それらのすべてが、刺激的でしたね。自分もセルフォマを見習って、東の王都の食材をもっと十全に使いこなせるように励みたく思います」


「も、もしも失礼でなければ、もっともお気に召した料理ともっともお気に召さなかった料理をお教え願えますでしょうか? ……と、仰っています」


「うーん。それは悩ましい質問ですね。最初に出されたゼグをノマで包んだ料理も捨てがたいですが……僅差で、最後の煮込み料理でしょうか。やっぱり森辺の民としては、ギバ料理に強く心をひかれてしまいます」


 俺がそこで言葉を止めると、カーツァに通訳されたセルフォマは続きを待つようにじっと見つめ返してくる。やはり、お気に召さなかった料理についても聞かずに済ませる気はないようであった。


「すべての料理が素晴らしい仕上がりでしたので、もうひとつの問いかけはいっそう悩ましいですね。無理やり答えをひねり出すとしたら……ペンシとノマの団子料理かもしれません」


「で、では、その理由もお聞かせ願えますでしょうか? ……と、仰っています」


「いや、そちらの料理もまったく不出来ではなかったのですけれど……ただ一点、あの食感は菓子で味わってみたかったなという思いがぬぐいきれなかったのですよね」


 すると、俺の返答を聞いたセルフォマがすっと目を細めた。

 俺は気を悪くさせてしまっただろうかと心配しかけたが、どうもそうではないらしい。この目の細め方は不機嫌なときのアイ=ファではなく、上機嫌なときのアルヴァッハやナナクエム、それに《銀の壺》のラダジッドに近い雰囲気であるように感じられた。


「では、残るは菓子となりましたが、そちらの順番はどういたしましょうか?」


 と、リクウェルドがふいに声をあげて、マルスタインが「ええ」と応じる。


「せっかくですので、このままセルフォマの菓子をいただきましょう。どのような菓子が供されるのか、楽しみなところです」


 ということで、ようやくセルフォマの準備した宴料理の締めくくりである。

 セルフォマも、2種の菓子を準備している。その皿が届けられると、エウリフィアが「あら」と楽しげな声をあげた。


「こちらの団子は、さきほどの料理と同じような形状をしているようですわね?」


「は、はい。東の王都では、ペンシを使った料理と菓子を同じ晩餐の場で食べ比べることが、ひとつの余興として取り扱われています。……と、仰っています」


 それはまさしく、料理で出された団子とまったく同じ形状をしていた。バナナのような黄白色をした、ころんとした団子だ。オディフィアなどは、むしろきょとんとした感じで目をぱちくりとさせていた。


 そしてもう片方の皿にも丸っこい菓子がのせられていたが、そちらは細長い紐をひとまとめにしたような形状をしている。おそらくは、細長く仕上げたシャスカを丸めて焼いた菓子であるのだ。かつてはプラティカも、こういった外見をした菓子を供していたのだった。


「だ、団子の菓子にはペンシの蜜漬け、ノマ、ジュエの花油、シャスカの菓子にはティティの果実酒、ジュエの花油が使われています。果実酒は先刻の肉料理と同様に煮込んで酒気を飛ばしていますので、お酒を召されない方々にも問題なくお召し上がりいただけるかと思われます。……と、仰っています」


 カーツァがそのように伝えるのを待ってから、セルフォマは深々と一礼してさらに言葉を重ねた。


「こ、この地においては扱える食材に限りがありますので、どちらも団子の菓子になってしまいました。自分なりに何とか工夫を凝らしたつもりですが、趣の欠けた振る舞いにご容赦をいただけたら幸いです。……と、仰っています」


「セルフォマに無理な願い出をしたのはこちらなのだから、何も謝罪には及ばないよ。アスタとて、ジェノスに流通する東と北の食材のみで宴料理を仕上げよなどと申しつけられたら、たいそう難渋するだろう?」


「もちろんです。それも含めて、セルフォマの手腕に感服しています」


 そんなやりとりをしている間に、毒見が完了した。

 あらためて、俺たちは食器に手をのばす。さきほどの話の流れから、俺はまずペンシとノマの団子をいただくことにした。


 やはりこちらも、バナナと花のような香りが漂っている。それで先刻は香草のきいた料理であったので、なかなか意想外であったわけだが――こちらは香りを裏切らない味が待ちかまえていた。

 食感は、やはり独特のなめらかさである。ふんわりと蒸された生地とぷるぷるとしたゼリーの中間とでもいった、俺の知らない食感だ。


 そして今回は、その生地の内側にさらに甘い餡が隠されていた。

 ジャムのようにとろけた果実の餡で、優しい風味と味わいが口内に広がっていく。これはおそらく、サクランボのごときマホタリとナシのごときイーナの合わせ技だ。果実のブレンドに関してはトゥール=ディンが研究を進めているので、俺もそちらの体験からすぐさま察することができた。


 味も風味も食感も、すべてがやわらかで繊細である。ペンシもマホタリもイーナもほとんど酸味が存在しない果実であるため、何もかもが優しく調和しているのだ。甘さのほうもひかえめであるし、とにかく優美なる味わいであった。


 そしてもう片方の、シャスカの団子のほうはというと――こちらにも、内側に餡が隠されている。ジュエの花油の香りとティティの果実酒の甘酸っぱさが豊かであったが、具材そのものが持つまろやかなる甘さの正体が知れなかった。


「これは……煮込んだメレスを使っているのですね?


 と、ひさかたぶりにトゥール=ディンが発言する。

 セルフォマがゆったりとした声音で答えて、カーツァがそれを通訳した。


「は、はい。ティティの果実酒で煮込んだメレスを入念にすりつぶして、ジュエの花油を加えたものとなります。工夫が少なくて、恐縮の限りです」


「いえ。メレスをこのようにして扱うのは、とても目新しいですし……とても美味しいと思います」


 トゥール=ディンは純真なる眼差しで、そのように答えた。

 いっぽうオディフィアも、ぴこぴこと尻尾を振っているような風情で無表情にセルフォマの菓子を食している。菓子に強いこだわりを持つオディフィアも、セルフォマの手腕に文句はないようであった。


(それにしても、コーンに似たメレスをザクロみたいなティティの果実酒で煮込んで、ジュエの花油を加えたのか。それは確かに、目新しいし……どことなく、トゥール=ディンと違う方向性を感じるな)


 もう片方の菓子の繊細な仕上がりはトゥール=ディンとも通ずる部分があるために、いっそうの差異が感じられるのかもしれない。しかしどちらの菓子も、まさり劣りなく美味であった。


「ア、アスタにもご満足いただけたでしょうか? ……と、仰っています」


「ええ。どちらの菓子も、素晴らしい仕上がりです。それに、ペンシの菓子と料理を食べ比べるという趣向にも納得がいきました。こちらの菓子をいただくと、さっきの料理の素晴らしさが再確認できたように思います。一番気に入らなかったという評価は、どうか取り消させてください」


 カーツァがその言葉を通訳すると、セルフォマは無言のまま一礼した。

 その目がまた、ほんの少しだけ細められている。感情を隠す習わしを持たない俺は、惜しみなく笑顔を返すことにした。


「では最後に、トゥール=ディンの菓子をいただこう」


 マルスタインの合図で、最後の皿が運ばれてくる。

 トゥール=ディンが準備したのは、焼き菓子と大福餅だ。今回は味見をさせてもらう時間もなかったので、俺も初めての実食であった。


「や、焼き菓子にはペンシの蜜漬けとジュエの花油を、だいふくもちにはノマを使っています。昨日ようやく完成した菓子ですので、まだまだ改善の余地はあるかと思いますが……少しでも、新しい食材の使い道の参考になれば幸いです」


 焼き菓子は四角く切り分けられており、上面にだけ焼き色がついている。そしてその上から、黄金色に輝くシロップが掛けられていた。ここ最近では珍しい、ホットケーキのような仕上がりであるようだ。


(ロールケーキならクリームの力にも頼れるのに、あえてシンプルな仕上がりにしたのかな)


 何にせよ、トゥール=ディンであれば現時点における最善の仕上がりを目指したに違いない。そのように信じて、俺は焼き菓子からいただくことにした。


 黄白色の生地に黄金色のシロップが掛けられた、ホットケーキそのままの外見だ。

 しかしそれを口に投じると、実に意想外な味わいが口内を駆け巡った。

 まず生地のほうは、バナナのごとき風味が豊かである。きっとペンシの蜜漬けにフワノかポイタンを添加して生地に仕上げたのだろう。そこまでは、まだ想定内であったが――そのバナナめいた香りと味わいに、桃のようなミンミの風味と甘さも重ねられていた。


 そして、シロップである。外見は花蜜そのものであったが、そちらが主に担っているのは香りであった。これはジュエの花油にさまざまな果汁を加えた調味液であったのだ。

 セルフォマも使用していたマホタリにイーナ、それにきっとラマムやエランなども使っているのだろう。サクランボとナシとリンゴとマンゴーに似た風味がジュエの花油の香りとブレンドされて、まったく見知らぬ味と香りを完成させていた。


 甘さは控えめであるので、強い甘みを持つエランはごく少量しか使っていないのだろう。甘みを担っているのは、生地のほうであるのだ。そちらはペンシが蜜漬けであるため、それだけで十分な甘さが保持されていた。


 なおかつ、香りの主体となっているのは、ジュエの花油だ。

 これだけさまざまな果汁が使われていたら、もとの香りなど隠されてしまいそうなものであったが――花のように甘い香りも、しっかり残されている。それが数々の果汁によって、さらに絢爛に飾られていたのだった。


「あ、あなたはどのようにして、この風味を完成させたのでしょうか? ……と、仰っています」


 カーツァごしにセルフォマが問いかけると、トゥール=ディンは「は、はい」と背筋をのばした。


「ジェ、ジュエの花油の香りというのは、どれだけ他の食材を加えても消えない存在感がありますので……それを軸にして、もっとも好ましいと思える香りを目指しました。甘さのほうはペンシのほうで十分でありましたし、いざとなれば砂糖や蜜を加えるつもりでしたので……後掛けのしろっぷは、あくまで香りを優先しようという気持ちでした。ですから、果汁の味が少しぶつかっているかもしれませんが……それは今後、見直していくつもりです」


「ど、どこに見直す余地があるのか、私にはわかりません。そして、もう片方の菓子にも、私の知らないさまざまな細工が施されているようです。……と、仰っています」


「だ、だいふくもちのほうは、ギギとラマンパのちょこれーとそーすとノマを包み込んだだけの細工です。まだノマそのものに手を加える方法は思いつきませんでしたので……ノマとだいふくもちの皮に合う具材を考えたら、そういう結果になりました」


 トゥール=ディンの解説を聞きながら、俺は大福餅も味わってみた。

 確かにこちらでは、ギギとラマンパのソースにまみれたゼリーのごときノマが封入されている。カカオめいたギギとピーナッツめいたラマンパのチョコレートソースはブレンドさせず、別個に封入されているのだ。それが口の中で合わさっていくことにより、多層的な味わいが生まれるようであった。


 そしてその味わいが、大福餅のねっとりとした食感とゼリーのなめらかな食感にまたとなく調和している。俺たちにとって目新しいのはゼリーのごときノマのみであるが、なかなかこれまでには存在しなかった味わいであった。


(これこそ、組み合わせの妙ってやつだよな。ノマにチョコソースやラマンパソースをかけるだけでも、十分に美味しいんだろうけど……それをまとめて大福餅の具材にしようっていうのが、トゥール=ディンのセンスなんだ)


 俺は心から満足であったし、オディフィアも星のように瞳をきらめかせている。

 そしてセルフォマは、目を細めていたが――その雰囲気が、一変していた。その静謐なる黒い瞳が、探るようにトゥール=ディンを見据えているのである。それは常に凪の海のように穏やかであった彼女が初めて見せる、感情のほとばしりであるように思えた。


(トゥール=ディンはまだ若いから、対抗心を向けられがちなのかな)


 そういえば、デルシェア姫もトゥール=ディンの菓子に対してはリアクションが過剰であるのだ。何にせよ、すべてはトゥール=ディンの手腕がもたらす効果なのだろうと思われた。

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