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異世界料理道  作者: EDA
第八十八章 東の果ての使者
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試食の祝宴④~それぞれの心尽くし~

2024.8/2 更新分 1/1

「次は、アンテラのパスタにゼグのグラタンという料理になります」


王子の舌(ゼル=ヴィレ)』が毒見をしている時間を使って、俺は次なる料理の説明をさせていただいた。


「ご覧の通り、パスタというのはフワノやポイタンを配合した生地を細長く仕上げた料理となります。シャスカとはまた異なる食べ心地になるかと思いますが、お気に召したら幸いです」


「はい。アスタはシャスカを粒のまま仕上げるのと同時に、フワノやポイタンといった食材を細長く仕上げるのだと聞き及んでいました。こちらが、その料理であるわけですね」


「はい。アンテラは素晴らしい風味を持っていますので、それを前面に押し出すために、他の調味料は塩とピコの葉とジュエの花油のみに留めました」


 アンテラは、複雑な香りを有するトリュフを思わせる食材である。粗く削ったパウダーを添加するだけで、実に立派なパスタが完成した。

 そして、ここでもひそかな活躍を見せるのが、ジュエの花油だ。こちらの甘い香りはアンテラとも相性がいいようであったので、レテンの油の代わりに使用することに決めたのだ。具材はギバ・ベーコンにタマネギのごときアリア、ホウレンソウのごときナナール、マツタケのごときアラルの茸というラインナップであった。


「そしてこちらのグラタンという料理には、平べったい団子のような形にしたパスタが使われています」


「……お待ちください。パスタとは、このように細長く仕上げた料理の名称ではない、ということでしょうか?」


「はい。自分はポイタンとフワノを規定の分量で仕上げた生地のことをパスタと定義しています。ちょっとややこしくて、申し訳ありません」


「……承知いたしました。きっとこれらの料理を口にすれば、そのように定義した理由も判然とするのでしょう」


 そのタイミングで、毒見を終えた『王子の舌(ゼル=ヴィレ)』が「問題ありません」と宣言した。

王子の舌(ゼル=ヴィレ)』とは反対側に陣取っていた『王子の腕(ゼル=セナ)』が、ポワディーノ王子の面布に隠された顔に料理を運ぶ。ということで、俺たちも料理を食することにした。


 グラタンは、ごく真っ当な仕上がりである。そこにカニに似たゼグを使用するだけで、これまでとは異なる味わいを実現することができた。なおかつ、ホワイトソースで使用しているのはカロンの乳ではなくタウの豆乳だ。カロンの乳よりもさっぱりとした仕上がりであるが、ギャマの乾酪をたっぷり使っているため物足りなさは生じないはずであった。


「タウの豆は長期保存が可能なので、交易でも扱える見込みだとうかがいました。ジェノスにおいてもタウの豆を買いつけたのちに豆乳に加工していますので、お気に召すようでしたらご一考ください」


「……これは東の王都の食材の扱い方を知らしめる試食の祝宴であったはずですが、アスタはそれと同時に南の食材の活用法を我々に知らしめてくださったということですね」


 リクウェルドが小さく息をつくと、セルフォマの言葉を聞いたカーツァがおずおずと発言した。


「ギャ、ギャマの乳は風味が強いため、ゼグの風味と調和させることが難しいとされています。ですが、こちらの豆乳という食材はごく自然にゼグと調和しているように見受けられます。ゼグと乳の調和というのは、東の王都の人間にとってきわめて目新しく感じられます。……と、仰っています」


「そうですか。セルフォマのお気に召したのなら、嬉しいです」


「は、はい。そしてこちらのパスタという料理も簡素な仕上がりながら、アンテラの風味が十全に活かされているようです。また、パスタという料理の本質も理解できたように思います。パスタもまた、細長く仕上げるか団子のように仕上げるかで、食感や味わいが異なってくるのですね。同じ配合で仕上げられた生地であるというのが、信じ難いほどです。……と、仰っています」


「はい。これだけ形状が異なれば食感が異なるのも道理でしょうが、団子のように仕上げるとパスタ本来の味わいが強調されるかと思います。料理によって使い分けることで、いっそう使い道が広がることでしょう」


「わ、私はどちらも素晴らしい味わいであると思います。ポイタンという食材を買いつけることができないことを、残念に思います。……と、仰っています」


 そういえば、ポイタンは産地たるジェノスで余すことなく消費してしまうため、交易では扱えないという話であったのだ。しかし、セルフォマがそんなにパスタを気に入ってくれたのなら――と、俺はその場で一考した。


「自分は理想的な味を求めて、フワノとポイタンを両方使うことになりましたが……フワノだけでも、パスタを作ることは可能だと思います」


「そ、そもそもパスタとは、どのように作りあげるのでしょう? うどんやそばの作り方というものは『王子の耳(ゼル=ツォン)』の方々が書き留めてくださったようですが、パスタに関しては目にした覚えがありません。……と、仰っています」


「きっとパスタにはポイタンが使われているので、『王子の耳(ゼル=ツォン)』の方々も除外したのでしょう。でも、フワノと塩と卵、それにレテンの油だけでも、パスタを作りあげることは可能であるはずです。ポイタンを使わない分、やや食感が粘り気を増すかと思いますが……決して質が低いわけではありませんので、そちらのほうが好みだと感じる人だっているのではないかと思います」


 俺はあくまで自分が知るパスタの食感の再現に励んだのみであるので、それが全人類にとっての最善の出来栄えであるとは限らないのだ。なおかつ、もともと粘り気の強いシャスカを食してきたシムの人々ならば、いっそうお気に召す可能性だってあるはずであった。


「よければ次の機会にでも、フワノだけを使ったパスタというものを作ってみます。セルフォマのお気に召すかどうか、それでご確認ください」


「あ、ありがとうございます。ぶしつけな言葉を吐いてしまった私のような人間に誠実な態度で接してくださるアスタに、心から感謝しています。……と、仰っています」


「いえいえ、とんでもありません。セルフォマが真情を語ってくださったら、俺も嬉しく思います」


 ようやくひと区切りついたので、俺は他の面々に視線を巡らせてみた。

 すると、リクウェルドやマルスタインやエウリフィアは、俺とセルフォマの姿をじっと見据えている。俺がそれで慌てた顔をすると、マルスタインが取りなしてくれた。


「今日の主役は料理人であるのだから、何も気兼ねする必要はない。プラティカもずいぶん静かだが、遠慮なく発言してくれたまえ」


「はい。検分、集中していました。アスタ、手腕、見事です」


 と、プラティカは真っ向から俺に強い眼光を向けてくる。彼女とて、対抗心を熱情の糧にしているタイプであるのだ。しかしそれは森辺の狩人にも通ずる心意気であるため、アイ=ファはむしろ好ましく思っているぐらいであった。


「我もアスタの手腕には、心から感服している。このたび運び込まれた食材は、我にとっても馴染み深いものばかりであったが……それらが異国の食材と調和することで、まったく目新しい味わいに変じているようである」


 と、プラティカともども発言の機会が少なかったポワディーノ王子も、そのように言ってくれた。きっとポワディーノ王子は、使節団の面々に発言の機会を譲っていたのだろう。主君たるポワディーノ王子が発言すると、他の面々はつつましく口をつぐんでしまうのだ。


「わたくしたちはそれと反対で、ぱすたやぐらたんといった見知った料理が新たな食材によって目新しい味わいに変じたように感じておりますわ」


 物怖じしないエウリフィアがすかさず声をあげると、ポワディーノ王子は満足そうに「うむ」とうなずいた。


「それはアスタが新たな食材も既存の食材も分け隔てなく使いこなしている証左であろう。マルスタインの申す通り、アスタはあらゆる料理人にとって理想的な導き手なのであろうな」


「はい。きっとあちらでも数多くの人間が、アスタの手腕に感服していることでしょう」


 と、マルスタインが俺やアイ=ファの背後に視線を送る。衝立の向こうからは、祝宴に相応しいざわめきと熱気が伝えられているのだ。俺もそちらに身を投じるのが楽しみでならなかった。


「では、次の料理を運ばせましょう。……アスタの料理は、あとふた品であるのだね?」


「はい。その他にトゥール=ディンが、ふた品の菓子を準備しています」


「それは、セルフォマの料理を味わったのちにいただこう。いずれも、楽しみなことだ」


 鷹揚に微笑むマルスタインのふたつ隣で、オディフィアはそわそわと身を揺すっている。その灰色の瞳が星のようにきらめく瞬間も楽しみなところであった。


 そんな中、最後のふた品となる料理が運ばれてくる。

 それは、炊き込みシャスカにロースト・ギバという献立であった。


「シャスカ料理にはゼグとドケイルを、肉料理にはアンテラとキバケを使っています。キバケは、お好みの量をお使いください」


 炊き込みシャスカには、カニのごときゼグとちりめんじゃこのごときドケイルを使っている。他なる具材は、ニンジンのごときネェノンとレンコンのごときネルッサ、それにマイタケモドキのみだ。調味料はタウ油と砂糖とニャッタの蒸留酒で、後掛けで山椒のごときココリのパウダーを準備していた。


 ロースト・ギバでは、ソースにアンテラを使用している。トリュフのごときアンテラを細かく削り、アリアのすりおろしと各種の調味液を配合したソースに添加したのだ。複雑な香りを有するキバケも相性は悪くなかったが、いささか好みが分かれてしまいそうな風味であるので、後掛けとさせていただいた。


「これは……実に高貴な味わいだね。アンテラなる食材が使われると、またとない気品が生まれるように感じられるよ」


 まずはマルスタインが、そのように評してくれた。目上の人間がいる場では、如才なくホスト役を務めることができる御仁であるのだ。


「この感覚は、何なのだろうね。やはりアンテラの持つ複雑な香りが、そういった心地を生み出すのだろうか?」


「そうですね。普通はさまざまな食材を調合しないと、こんなに複雑な香りは生み出せないように思います。その豪奢な感じが、貴き身分にあられる方々の気風に沿うのかもしれません」


「うん。その究極が、あの竜の玉子という果実になるのかな。しかし、このアンテラやキバケという香草だけでも、わたしには満足できる仕上がりだよ」


「ええ、本当に。アスタの力強い料理に繊細な趣が重ねられて、とても目新しく思いますわ」


 と、如才のなさでは引けを取らないエウリフィアがそのように言葉を重ねる。きっとこのために、彼女は毎回同席させられているのだろう。誠実だが寡黙なメルフリードには、なかなか務まらない役割なのだろうと思われた。


 いっぽう使節団の面々は、黙々と料理を食している。

 お気に召さなかったのかなと俺が心配すると、リクウェルドがそれを察したかのように発言した。


「私はいまだに粒のまま仕上げたシャスカというものに食べ慣れておりませんため、きわめて驚嘆させられています。また、ゼグやドケイルの扱いにもまったく不備はないように思います」


「は、はい。私も同じ心情でありました。また、こちらの肉料理も素晴らしい仕上がりです。ギバ肉というのはきわめて質の高い食材でありますし、それがアンテラとキバケによっていっそう華々しく彩られているようです。そして何より調味液の配合が、ギバ肉とアンテラとキバケの魅力を十全に引き出しているのでしょう。……と、仰っています」


 一歩遅れて、セルフォマもそんな風に言ってくれた。

 リクウェルドもセルフォマも静謐なたたずまいに変わりはないので、まったく内心は知れないのだが――ただ、社交辞令を口にしているようには思えない。虚言に敏感なアイ=ファも、ごく自然に両名の言葉を受け止めている様子であった。


「いずれの料理も、素晴らしい味わいであるな。我も心から満足している」


 リクウェルドたちが口をつぐむのを待ってから、ポワディーノ王子が口を開いた。


「そしてこれは、交易を望む人間としての言葉になるが……アスタはゼグを3種、アンテラとドケイルと花油を2種、キバケを1種の料理で使用していた。それがすなわち使い勝手のよさを表していると解釈してもよいのであろうか?」


「そうですね。付け加えるなら、限られた期間における使い勝手ということになるのかもしれません。長い目で見れば、キバケはどの食材よりも多くの料理に活用される可能性があるのではないかと考えています」


「左様であるか。それは、心強い言葉であるな。では、使用されなかった5種の食材については、どうであろうか?」


「ノマとペンシはトゥール=ディンが菓子での使い道を考案していましたので、自分は他の食材に集中するために手を出さないことに決めました。2種の酒類に関しては……どちらももう少し時間がかかりそうです。ただ、ティティの果実酒はママリアの果実酒の代用として、アンテラの薬酒は香草の料理に活用できるのではないかと思案しています」


「なるほど。まあ、酒は酒として飲まれるだけでも不足はない。ただ、アスタは西と南の酒を数多く料理に活用しているようであるので、期待をかけたいところであるな」


 ポワディーノ王子は重々しくうなずいてから、マルスタインに向きなおった。


「我からは、以上である。試食を続けてもらいたい」


「承知いたしました。では次に、セルフォマの料理を味わわさせていただきましょう」


「は、はい。私は5種の料理と2種の菓子を準備いたしました。西の方々のお口に合うかどうかは心もとないところでありますが、調理を手伝ってくださった方々の尽力あって、東の王都の料理を過不足なく再現できたかと思います。……と、仰っています」


 ついにセルフォマの出番が巡ってきたが、やはりその静謐な面持ちに変わるところはない。いっぽうその調理を手伝ったプラティカは、早くも紫色の瞳を激しく瞬かせていた。


(プラティカは幼い頃から西の領地を巡っていたから、西と東の作法が入り混じってるんだよな。それじゃあこれは、俺たちが初めて口にする純粋なシム料理ってわけか)


 それが如何なる内容であるのか、俺は存分に期待を膨らませることになった。

 そうして最初に届けられたのは、ふた品だ。その片方は、いきなり奇異なる外見をしていた。


「これは……ノマを使った料理ですね」


「は、はい。ノマとゼグとアンテラを使っています。また、アンテラにはチットとココリとミャンを配合しており、ゼグは魚醤と貝醬で味をつけています。……と、仰っています」


 ノマとは、寒天に似た食材である。こちらの料理は半透明のゼリーのようなもので、カニに似たゼグをくるんだ料理であった。

 そして半透明の表皮の内側には、赤や黄白色のパウダーが星のように散っている。溶かしたノマに香草のパウダーを練り込みつつ、ゼグを中央に封じ込めて固めた――という内容であるようであった。


「そ、そしてもうひと品は、野菜料理となります。こちらはキバケを主体にして、香草だけで味を作っています。辛さを苦手にしている方々は、味見ていどに留めていただきたく思います。……と、仰っています」


 そちらの品は、温野菜サラダといった趣だ。使われている食材は、キュウリのごときペレに、チンゲンサイのごときバンベ、アスパラガスのごときドミュグドという顔ぶれとなる。しっとりと熱が通ったそれらの具材に、赤や緑の香草のパウダーがまぶされていた。


「……これは確かに、私には辛みが強すぎるやもしれん」


 と、アイ=ファがひさかたぶりに発言する。野菜料理から放たれるスパイシーな芳香で、そのように判じたのだろう。素晴らしい香りであることに疑いはないのだが、嗅いでいるだけで唾液腺を刺激される強烈さであったのだ。


「オディフィアも、舌を痛めないようにお気をつけなさい? 幼子は、とりわけ舌が敏感なものであるのですからね」


 エウリフィアがそんな声をあげると、セルフォマがそちらに向きなおる。そしてその言葉が、カーツァによって通訳された。


「ひ、ひとつ確認させていただきます。アスタが最初に供した汁物料理は、西の方々にとってどれほどの辛さであるのでしょうか? ……と、仰っています」


「わたくしは、しちみチットという調味料をほんの少しだけ加えるのが理想の味わいでしたわ。でも、オディフィアにとってはしちみチットを加える前から我慢の限界といったところかしら?」


「ううん。もうちょっとからくてもだいじょうぶだけど……でも、ちょぴりしたがいたくなるとおもう」


「わ、わたしもオディフィアと大きな違いはないと思います」


「俺は、エウリフィアと同程度であろうかな」


「自分もエウリフィアやゼイ=ディンと同程度です」


「……私は、トゥール=ディンらと同程度であろう」


 アイ=ファがぶすっとした面持ちであるのは、俺やゼイ=ディンではなくトゥール=ディンやオディフィアと同じ立場であることに不満を抱いているのであろうか。しかし立派な大人でも、辛いものが苦手であることを恥じる必要はないはずであった。


「わたしは、エウリフィアよりもやや辛みに強いていどであろうな。……それで、どういう結果になるのであろうか?」


「は、はい。辛みを苦手とするそちらの3名様は、味見も控えるべきかと思われます。最初の品で舌を痛めてしまいましたら、のちの試食にも支障が出てしまいますので。……と、仰っています」


 すると、黙って話を聞いていたリクウェルドがゆったりと頭を下げた。


「西の方々に味わっていただくことのかなわない料理を準備してしまい、まことに申し訳ございません。この異国の地にあってはセルフォマが扱える食材にも限りがありますので、供す料理にも限りが生じてしまうのです」


「いえいえ、どうぞお気になさらず。オディフィアたちが味見できない分は、我々がしっかり楽しませていただきましょう」


 ということで、辛さが苦手な3名を除く面々で、野菜料理をいただくことになった。

 然して、その辛さというのは――確かに、強烈そのものである。具材にまぶされていた赤いパウダーは、ハバネロのごときギラ=イラであったのだ。


 ただそのギラ=イラが、他なる香草との調合でさらなる魅力を生み出している。もともと深みのあるギラ=イラの風味が、さらに数段跳ね上がっているのだ。ヴァルカスあたりは、歓喜するのではないかと思われた。


 なおかつ、セルフォマが主眼としているのはキバケのほうである。苦みと酸味と青臭さを持つキバケこそが風味の主体を担っており、そこにギラ=イラを筆頭とする他の香草が辛みとさらなる風味を上乗せしているのだ。

 そしてその風味が、野菜の具材とも素晴らしく調和している。それぞれ異なる味わいと食感を持つペレとバンベとドミュグドが、いずれも優劣なく魅力を引き出されていた。


「これは、美味しいですね。肉料理にも合いそうな味わいですが……やっぱりギャマの肉が手に入らないため、野菜のみを使ったのですか?」


「は、はい。ただし東の王都においても、こちらの料理を野菜のみで仕上げることは少なくありません。肉のない物足りなさを感じさせてしまったのなら、それは私の未熟さゆえでしょう。……と、仰っています」


「いえ、決して物足りないとは思いませんでした。むしろ、野菜だけでこんなに美味しく仕上げられる手腕に感服しています。……これは野菜を香草に漬け込んだ上で煮込んだ料理なのですか?」


「い、いえ。煮込んだのではなく、蒸しています。そのほうが、より具材に風味がしみこむものとされています」


「なるほど、蒸しているのですか。香草に漬けた野菜を蒸すというのは自分の知らない作法ですので、とても新鮮です」


 きっと隣の敷物では、レイナ=ルウが対抗心の虜になっていることだろう。そして衝立の向こうでも、さまざまな料理人に刺激を与えているはずであった。


「うむ。こちらの料理も、きわめて目新しい。まるでチャッチ餅のような見栄えだが、菓子らしさなどは微塵もないようだ」


 と、マルスタインはいち早くもうひと品にも口をつけていた。

 ゼグをノマでくるむという、見るからに目新しい料理だ。俺も思うさま期待をかきたてられながら、そちらの料理を口に運ぶことにした。


 まずは、ゼリーのような食感が舌に触れてくる。

 しかし、その表面がもう複雑な味をはらんでいる。ノマに練り込まれた香草の味わいだ。トリュフのごときアンテラに、唐辛子のごときチット、山椒のごときココリ、大葉のごときミャン――味が強いのはチットとココリで、そこにアンテラとミャンの香りがどっしりと重ねられていた。


(アンテラは、ミャンとも調和するのか。でも、加減が難しそうだな)


 ただでさえ複雑なアンテラの香りが、大葉のごときミャンの香りでさらに複雑に仕上げられている。それにチットやココリだって、十分に風味は強いのだ。それらが問題なく調和しているのは、さすがの手腕であった。


 そしてそれは、舌に触れた味わいの評価に過ぎない。

 ゼリーのごときノマを噛むと、その内側にはカニのごときゼグがひそんでいるのだ。そしてそちらは魚醤と貝醬と味付けをされており、香草を圧するほどの魚介の風味が口内に跳ね回ることになった。


 そうして気づけば、魚介と香草の風味が入り乱れて、新たな調和を体現する。

 ヴァルカスほどではないにせよ、実に複雑な味わいだ。

 しかし、食べにくいことはまったくない。ゼリーのような食感でこの味わいというのは、目新しいにもほどがあったが――しかし間違いなく、美味であった。


「……仕上がり、素晴らしいです。味、香り、食感、すべて、調和しています」


 紫色の瞳を爛々と燃やしながら、プラティカがそのように言い放った。

 セルフォマはただ一礼し、リクウェルドがプラティカのほうに向きなおる。


「プラティカは、殺気と見まごう気迫をあらわにしていますね。私は王城に招かれたゲルドの貴人を見知っていますので、べつだん驚くこともありませんが……ジェノスの方々にも許容いただけているようで、得難く思います」


「うむ。プラティカの料理に対する熱情は、好ましく思っているぞ」


 アイ=ファがすかさず反応すると、リクウェルドは「得難いことです」と繰り返す。そしてアイ=ファの優しさに触れたプラティカは、ひそかに頬を赤らめることになった。


「これは本当に、素晴らしい味わいですわ。とりわけ城下町の人間の気風に合うのではないかと思います」


 エウリフィアのそんな言葉で、俺は誰もが感心しているわけではないという事実を知った。オディフィアはどこかしょんぼりしている様子であるし、トゥール=ディンは意見を求められないようにと身を縮め、アイ=ファとゼイ=ディンは泰然たる無表情であったのだ。セルフォマの手腕に感心しているのは、俺とプラティカ、マルスタインとエウリフィアの4名のみであるようであった。


(これはずいぶん複雑な味わいだから、通好みっていうか……大人の貴族と料理人向けっていう感じなのかな)


 まあ、セルフォマは王城の副料理長という立場であるのだから、それも自然な結果であるのかもしれない。何にせよ、俺個人はセルフォマの手腕に心から感服することができたし、今後の料理も楽しみでならなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ノマに包められたセグの料理、味自体はそうでもないみたいですけど、作りは中華の点心に聞こえますね。どんな味なのか想像膨らみますね。
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