試食の祝宴②~宴の前に~
2024.7/31 更新分 1/1
それから俺たちは、ひたすら調理の作業に没頭した。
本日はプラティカやニコラたちもセルフォマの調理を手伝っていたので、デルシェア姫やディアルや『王子の耳』の他に見学を申し出る人間もいなかった。なおかつ、俺たちは白鳥宮に出向いている面々のために簡単な軽食も準備していたが、あちらはそれを食する間も貴族たちと語らうことになったため、こちらと合流する事態には至らなかったのだった。
「わたしはそっちの会食も遠慮することになったからさ! でも、こうやってアスタ様たちとご一緒できれば、なんの不満もないけどねー!」
こちらで昼の食事をご一緒したデルシェア姫は、そんな風に言っていた。ディアルも異論はないようで、にこにこと笑っていたものである。
「今回はこれまで以上に、ジャガルの人間が不自由な目にあってるみたいだなー。ラービスなんかは、気が休まらねーんじゃねーの?」
食事の場で合流したルド=ルウがそんな風に呼びかけると、ラービスは厳しい面持ちのまま「いえ」と首を横に振った。
「むしろ、南の民との同席を厭わないゲルドの貴人たちのほうが、特別であったのでしょう。こちらとて、東の王子や貴人などと顔をあわせるのは気詰まりですので、むしろありがたく思っています」
「ふーん。でも、今日の祝宴まで断られてたら、そうも言ってられなかったろ?」
「はい。その場合は、ディアル様をおなだめするのにいっそうの苦労を背負うことになっていたでしょう」
「なんだよー! それじゃあ僕が、聞き分けのない子供みたいじゃん!」
と、ディアルは真っ赤になりながら、ラービスの逞しい肩をぺしぺしと叩いた。
そんな際は、ラービスも厳しい表情を保持しつつ、ひそかに目もとを和ませる。これは昨年、ディアルとラービスが里帰りから戻ってから生じた変化であった。どうもディアルとラービスは、里帰りをしたことでいっそう親愛が深まったようなのである。
ともあれ、ジャガルの面々のおかげで昼食の場も賑やかに終わり、俺たちは楽しく英気を養うことがかなったのだった。
その後は、またひたすら宴料理の調理である。
この近年で城下町における作業はだいぶん効率化が進んだものの、20名という人員で250名が参席する祝宴の宴料理の半数を仕上げるというのは、なかなかの大ごとであるのだ。しかも今回は目新しい食材を数多く使っているのだから、かまど番の苦労もそのぶん上乗せされるのだった。
しかし、この大仕事に抜擢された精鋭部隊の面々は、誰もが大きな意欲を胸に仕事に取り組み――その甲斐あって、定刻である下りの五の刻の前にすべての作業を終えることがかなったのだった。
「今日もみんなの頑張りで、ゆとりをもって仕上げることができました。あとは祝宴の場で、参席者の方々と同じ喜びを分かち合いましょう」
俺が締めくくりの挨拶をすると、一堂に会したかまど番たちは充足した面持ちで「はい!」と答えてくれた。
時間にゆとりがあったため、その後はまず浴堂だ。
俺たちが列を為して浴堂に向かうと、そちらにはすでに宴衣装を纏った2名の男女が待ちかまえている。それは、白鳥宮の語らいに参加していたゲオル=ザザとレム=ドムであった。
「ゲオルにレム=ドム、いったいどうされたのです?」
スフィラ=ザザがうろんげに問いかけると、美々しい武官の礼服を纏ったゲオル=ザザは「ふふん」と肩をすくめた。
「そちらの女衆はたいそうな人数であるから、アイ=ファひとりで面倒を見るのは難儀であろうと、レム=ドムがそのように言い出してな。俺は、その付き添いで参じたにすぎん」
「そうですか。まあ、城下町で大きな危険はないように思いますが……でも、レム=ドムの気づかいを嬉しく思います」
レム=ドムに対して深い親愛を抱いているスフィラ=ザザは、クールな面持ちのままやわらかな眼差しを送る。それに対して、レム=ドムもまた肩をすくめた。
「わたしだって特別に危険だと思っているわけではないけれど、どちらにせよ気を抜くことは許されないのだからね。浴堂では他の男衆も頼れないのだから、アイ=ファはいつも大変な気苦労を背負っているはずよ」
「うむ。私もレム=ドムの気づかいをありがたく思っているぞ」
そんな風に言ってから、アイ=ファは小さく息をついた。
「それにしても……やはり今日は、大層な格好をさせられているな」
「ふふん。祝宴だったら、こんなもんでしょうよ。わたしはもう、あきらめがついたわよ」
レム=ドムはいつだったかの祝宴でティカトラスに準備された、黒い宴衣装であった。というよりも、もともとレム=ドムには武官の礼服しか準備されていなかったので、宴衣装はのきなみティカトラスからの贈り物であったのだ。
胸もとは際どい部分まであらわになるぐらい襟ぐりが開けられており、スカートは大輪の花のように大きく膨らんでいる。ジェノスでよく見る様式であるが、その豪奢さがひとつ高いレベルにあるのだ。
あとは防寒用らしき肩掛けを羽織っているが、そちらは玉虫色に輝く透き通った素材であったため、剥き出しの肩や胸もとの艶やかさを際立たせる役にしか立っていない。黒褐色の長い髪を背中まで垂らして、数々の飾り物をさげられたレム=ドムは、ひと足早く祝宴の絢爛さを体現していた。
「さあ、さっさと身を清めてくるといいわ。アイ=ファにはどんな宴衣装が準備されているのか、楽しみなところね」
「やかましい」と言い捨てながら、アイ=ファは浴堂の扉をくぐっていく。19名の女衆がそれに続き、最後にレム=ドムも追従した。きっとレム=ドムは浴室の手前にある脱衣場で待機するのだろう。
「俺ひとりのために案内を乞うのは手間になろうから、俺もこちらでくつろいでいるぞ」
と、ゲオル=ザザは俺たちについてきて、そのままお召し替えの間に向かう。原則として俺たちは勝手に宮殿内をうろつくことを禁じられているので、いつも案内役の小姓や侍女が同行しているのだ。ゲオル=ザザは、そちらの面々の苦労を慮ったわけであった。
ということで、こちらの6名も手早く身を清める。俺とチム=スドラ、ルド=ルウとジーダ、ディック=ドムとディンの長兄という顔ぶれだ。本日もディンの長兄は、ゼイ=ディンに語らいの場を譲っていた。
「語らいの場とやらには、オディフィアやエウリフィアも出向いてくるようだからな。であれば、あちらもゼイ=ディンが参ずることを期待しているだろうさ」
ディンの長兄は朗らかな笑顔で、そんな風に言っていた。彼も同じディンの本家で暮らしているため、トゥール=ディンやゼイ=ディンがどれだけオディフィアたちと絆を深めているかは先刻承知なのである。彼の屈託のない振る舞いはトゥール=ディンたちの安らかな日常をありありと示しているので、いつも俺の胸を温かくしてくれた。
「こっちはジザ兄やガズラン=ルティムなんかがいるから、気楽なもんだぜ。……そーいえば、アスタはどうしたって向こうの集まりには顔を出せねーんだよなー」
「うん。以前にガズラン=ルティムとかから、あっちの様子を聞いたことはあるけど……今でも同じような感じなのかなぁ?」
「さてな。気になるんだったら、ゲオル=ザザにでも聞いてみりゃいいんじゃねーの?」
俺は浴堂を出た後、ルド=ルウのアドバイスに従ってみた。
俺たちが立派な装束を着付けされるのを眺めながら、ゲオル=ザザは「白鳥宮での様子か」と首をひねる。
「べつだん、以前と変わったという印象はないな。いくつかの部屋に分かれて、語る相手を順番に移していくといったやり口だ。おたがいに3、4名ずつで、半刻か一刻ていどで俺たちが部屋を巡っていく格好だな」
「なるほど。今日はそこに、東の王都の面々も加わっていたわけですね。ポワディーノ王子やリクウェルドは、如何でしたか?」
「王子のほうは相変わらずだったし、リクウェルドとやらは……まあ、親父から聞いていた通りの人間であるようだ。内心は知れないが、悪い気配は感じない。そういう意味では、顔を隠している連中と同様だな」
「ああ、リクウェルドは東の王の代理人だから、そういう印象になるのかもしれませんね。言ってみれば、目と口と耳の役割をいっぺんに担っているようなものなのかもしれません」
「それも難儀な話だな。俺とて親父の代理として城下町まで参じている身だが、そうまで自分の心を押し殺す気はないぞ」
「うーん。ジザ兄なんかはそーゆー部分もなくはねーけど、最後の最後には手前の気持ちを優先するだろうなー」
「人間ならば、それが当たり前だ。俺たちは、傀儡ではないのだからな」
そんな風に言ってから、ゲオル=ザザは虚空に視線をさまよわせた。
「しかしまあ……あのリクウェルドとやらも、糸で操られているという印象ではない。あやつはあやつなりに、懸命に仕事を果たしているのだろうよ」
「そうですね。俺もリクウェルドには悪い印象を持っていないので、ゲオル=ザザの言葉を心強く思います」
「なんだ、それは。そんな話は、ガズラン=ルティムでも頼っておけ」
と、ゲオル=ザザは珍しく照れ臭そうに苦笑した。出会った当初には想像もつかなかったような、気さくな表情だ。
そうして俺たちが語らっている間に、着付けはどんどん終了していく。
最後に残ったのは、俺である。狩人たちはみんな武官の礼服であったため、それほど面倒な着付けではなかったのだ。
いっぽう俺は、存分に面倒な宴衣装であった。
俺に準備されていたのは、かつてティカトラスから贈られた東の様式の宴衣装であったのだ。これは一枚の布をくるくると身体に巻きつけていく様式で、着付けを担当する小姓たちもそうまで手馴れてはいないため、ひときわ手間がかかるのだった。
黒を基調にした立派な織物で、全面にびっしりと豪奢な刺繍が施されている。それを、左肩を露出させるワンショルダーの形で胴体に巻きつけていくのだ。
ただ現在は雨季で気温が低めであるためか、立派な肩掛けも準備されていた。
レム=ドムが羽織っていた肩掛けとは異なり、渦巻き模様の刺繍が美しい絹か何かの素材であったので、それを羽織れば俺の左肩に残されている古傷も隠されて見えなくなる。これならばアイ=ファが胸を騒がせることもないだろうと、俺はひそかに安堵の息をつくことになった。
「あー、相手がシムの連中だから、アスタはその格好なのかー。じゃ、アイ=ファも似たような格好なんだろうなー」
「うん。アイ=ファはあの鴉に襲撃された祝宴でも、この格好だったんだよね。俺が着るのは、けっこうひさびさなんだけどさ」
ただあれは、ティカトラスが授けた銀の短剣が不自然に見えないようにという思惑で選ばれた宴衣装であったのだ。だから俺は、別なる宴衣装が選ばれたのだろうと思われた。
「ゼイ=ディンやジザ=ルウも、そういった宴衣装を準備されていたぞ。東の王都の連中のもとまで呼びつけられる人間だけが、その宴衣装を準備されたということだな」
「ああ、なるほど。最初にこの宴衣装を準備されたのが、ちょうどその6名だったんですよね。ずいぶん昔の話なので、何だか懐かしいです」
とはいえ、それは今年の来訪時であったのだから、まだ3ヶ月も経過していないのだろう。その3ヶ月足らずで、俺たちはずいぶんな変転を迎えていたのだった。
そうしてたくさんの飾り物を装着させられて、ようやく俺の着付けも完了する。
それから控えの間に向かうと、確かにジザ=ルウとゼイ=ディンだけが俺と似たような格好をしており、ラウ=レイはひとりで軍服のような宴衣装、残りのメンバーはみんな武官の礼服であった。
なおかつこちらには、セルフォマの手伝いをしていた5名のかまど番もすでに勢ぞろいしていた。
その中から、クルア=スンが楚々とした足取りで近づいてくる。彼女はセルヴァ伝統の、ゆったりとしたワンピースに天女の羽衣めいた上衣という宴衣装であった。
「アスタ、お疲れ様です。こちらも滞りなく、仕事を果たすことができました」
「うん、お疲れ様。セルフォマの手際は、どうだったかな?」
「はい。セルフォマという御方は指示を出す役目に専念していましたので、その手腕を目にすることはほとんどありませんでしたが……そのぶん、並々ならぬ力量を感じました」
と、クルア=スンはどこか切なげに息をついた。
流麗なる宴衣装と相まって、いつも以上のなよやかさである。彼女はいずれヴィナ・ルウ=リリンやヤミル=レイに匹敵するほどの魅力的な女衆に成長するのではないかという雰囲気であり――そして、刻一刻と順当に成長を果たしているのだった。
「アスタやトゥール=ディンも、時には指示を出す役目に重きを置くことがあるでしょう? 彼女はその手腕にひどく長けているように感じられました。なんだか……自分が彼女の手足になったような心地であったのです」
「ああ、何せ彼女は王城の副料理長なわけだからね。きっと大勢の人間に指示を出すことに手馴れているんじゃないのかな」
「ああ……そういえば、ダイアもそういった手腕に長けているのではないかというお話でしたね」
「うん。きっとジェノスでは、ダイアが一番なんだろうと思うよ。10人や20人の調理助手に指示を出す機会なんて、普通はなかなかないだろうからね」
そして、森辺で頻繁に祝宴を開いている森辺のかまど番もまた、そういう手腕に長けているという話であったのだ。このクルア=スンだって、スンの集落で祝宴を行う際には立派に取り仕切り役を果たしているはずであった。
「それじゃあ、城下町の人たちはどうだったんだろう? ヴァルカスやティマロなんかはカルスの仕事を手伝う機会があったから、指示を受ける側の役割も手馴れてきたのかな」
「はい。《銀星堂》の方々は、ひときわ素晴らしい手腕であるように感じられました。ティマロという御方は少し離れた場所でしたので、あまり目にすることもできなかったのですが……ただ、アスタの言う班長のような役割で、他の方々に指示を出しておられたようです」
「ああ、さすがはティマロだね。他には、誰がいたんだろう? ヤンやニコラ、プラティカやカルスも参加してたんだよね?」
「はい。わたしはそれぐらいしか、名前を存じあげないのですが……ただ、《銀星堂》のボズルという御方はいらっしゃいませんでした。南の民が東の民のもとで働くのは不相応ということで、この役割から外されたそうです」
「え、そうなのかい? でも、祝宴には参席できるんだろう?」
「はい。かつて試食会に選出された高名な料理人ということで、祝宴の参席は許されたようです」
「そうか……」と俺が考え込むと、大柄な人影がふわりと近づいてくる。それは武官の礼服で凛々しさと貫禄が増した、ガズラン=ルティムであった。
「ボズルの取り扱いに関しては、ポワディーノとリクウェルドとマルスタインの協議によって決定されたようです。王城の副料理長という身分にあるセルフォマのもとで南の民を働かせることはできないが、祝宴にはデルシェアたちも招待しているのでボズルだけを参席させない理由はない、という話に落ち着いたようですね」
「ああ、そうだったのですね。ちょっと物寂しい気持ちもしますけど……こればかりは、しかたないのでしょうね」
「ええ。誰もが王国の民として、もっとも正しい道を選ぼうと考えた結果であるのでしょう。すべてを許すのでも、すべてを拒むのでもなく、正しい境目を探そうと苦心しているのだと思います」
すると、狩人の聴力でこちらの話を聞きつけたラウ=レイも、ずかずかと近づいてきた。
「ついでに言っておくと、あのシフォン=チェルという娘はずっとリフレイアのかたわらに控えていたぞ! アスタやトゥール=ディンのもとに向かわせることも考えたらしいが、目新しい食材が入り混じっていると余計にややこしい内容になりそうだから取りやめたのだそうだ!」
「え? ああ、そうか。シフォン=チェルも、南の民なんだもんね。それで、セルフォマの手伝いもできなかったわけか」
「それ以前に、自分では腕が追いつかないと言っていたぞ! まあ、見習いの狩人が勇者に挑むのは難儀であるからな!」
ラウ=レイは、遠慮のない笑い声を響かせる。ティカトラスのおかげで着飾る楽しさに開眼したラウ=レイは、すっかりご満悦であるようだ。本日の宴衣装は武官の礼服と似たデザインであったものの、基本の色調が朱色であるために、ある意味では俺以上に目立っていた。
「ですが、シフォン=チェルがリフレイアの従者として白鳥宮に参じることも、禁じられることはありませんでした。それもまた、協議の結果であるのでしょう。もとより、ボズルもシフォン=チェルも先日の吟味の会には参席を許されていましたしね」
と、ガズラン=ルティムは俺をなだめるようにゆったりと微笑む。
その優しい笑顔が、俺を存分に力づけてくれた。
「そうですね。きっと俺は、すべて許してほしいという気持ちが強いんだと思います。それで不満を抱くのは、間違ったことなんでしょう」
「その根底にあるのは、生まれの区別なくすべての相手と絆を深めたいという思いなのでしょうから、何も恥ずる必要はないかと思います。ただ、王国間の関係性というのは、個人の力で動かすこともかないませんので……耐え忍ぶしかない自分に不満を覚えてしまうのではないでしょうか?」
やはり聡明なるガズラン=ルティムは、俺の心中を的確に見抜いているようである。その上で、ガズラン=ルティムはこんなに優しい微笑をたたえているわけであった。
「ずいぶん細かな話で、気を病んでいるのだな! シフォン=チェルなどは主人のそばにあれることを喜んでいるようであったし、ボズルとかいうやつも面倒な仕事を背負わずに済んでほくそ笑んでいるかもしれんぞ! 本人が思い悩んでいないのならば、気を病む甲斐もないではないか!」
と、ラウ=レイはまた豪放に笑った。
ガズラン=ルティムとは対極的な物言いであるが、こちらはこちらで筋が通っているように感じられる。デルシェア姫やディアルの無邪気な笑顔を思い出すと、そんな思いはいっそう深まった。
ただ一点、南の民すら参席が許される本日の祝宴に、招待されていない人間がいる。
それを思い出した俺は、クルア=スンに向きなおることになった。
「アリシュナは、今日の参席を許されなかったみたいなんだよね。クルア=スンは、知ってたかい?」
「はい。実際にどうなるかは知りませんでしたが、アリシュナ本人がそのように予見されていました」
クルア=スンは今でも数日にいっぺんアリシュナのもとに通って、星見の力の制御について学んでいるのだ。
銀灰色の瞳を神秘的に瞬かせながら、クルア=スンはふわりと微笑んだ。
「予見と言っても、星読みの力ではありませんよ? ……ポワディーノはアリシュナに対して寛大でしたが、東の王の代理人という立場の人間が参じたならば、決して自分をそばに近づかせないだろう、と……アリシュナは、そのように語っておられたのです」
「うん、そっか。……やっぱりアリシュナは、自分の立場を一番よくわかってるんだね」
「はい。もしもアスタがアリシュナのことを気にかけるようでしたら、心配は無用と伝えてほしいと承っていました。……やっぱりアスタは、アリシュナのことを気にかけてくださいましたね」
と、クルア=スンはいっそうやわらかく微笑んだ。
ただでさえ秀麗な容姿で、美麗な宴衣装を纏ったクルア=スンにそんな笑顔を向けられると、俺は落ち着かない気分になってしまう。そして何より俺の心を乱すのは、そのけぶるような銀灰色の眼差しであった。
「クルア=スンこそ、すっかりアリシュナと絆が深まったみたいだね。もちろん、喜ばしいことだけどさ」
「はい。わたしにとっては、大恩あるお相手ですし……そうでなくとも、アリシュナは魅力的な御方ですので」
すると、ガズラン=ルティムも穏やかな笑顔で発言した。
「しかも我々は、邪神教団の討伐でも苦楽をともにしていますからね。数日置きに顔をあわせているクルア=スンとは比べるべくもありませんが、私もアリシュナのことは心から敬愛しているつもりです」
「ありがとうございます。ガズラン=ルティムにそのように言っていただけると、わたしも我がことのように嬉しく思います」
と、クルア=スンの笑顔がふいにあどけないものに変じた。
なおかつ彼女は、内向的な気質でもあるのだ。ちょっとおずおずとした雰囲気で微笑むクルア=スンは、トゥール=ディンにも通ずる可憐な魅力を如何なく発揮していた。
「失礼いたします。お連れの方々をご案内いたしました」
と、そこでようやく控えの間の扉がノックされる。
総勢21名の女衆がしずしずと入室し、ラウ=レイに「おお!」と歓呼の声をあげさせた。
「ヤミルはその宴衣装であったか! うむうむ! その色合いも、実によく似合っているぞ! 美しいし、大層な色香だな!」
「やかましいわよ。少しは口をつつしんでちょうだい」
ヤミル=レイのほうは、相変わらずの素っ気なさである。
そんな彼女が纏っているのは、ほとんど黒に近いぐらい深い色合いをしたダークグリーンの宴衣装で、刺繍やフリルの縁取りには金色の糸が使われている。俺の記憶に間違いがなければ、それはティカトラスから最初に贈られた一着であった。
そして、細かく編み込まれた髪はそのままポニーテールの形に結いあげられて、なめらかなうなじや肩が玉虫色の肩掛けとともに輝いている。ラウ=レイでなくとも感服してしまいそうな色香と美しさだ。こうしてヤミル=レイ本人を目の前にすると、成長目覚ましいクルア=スンもまだまだ清楚な印象であった。
しかし、俺がヤミル=レイに気を取られていたのはわずかな時間で、その後はすぐさまアイ=ファの姿に目を奪われることになった。
予想通り、アイ=ファも東の様式の宴衣装だ。
そしてやっぱり防寒用の肩掛けを羽織っていたが、他の女衆と同じく透き通った素材であったため、剥き出しの右肩や胸もとの際どい部分までもが惜しみなく人目にさらされてしまっていた。
なおかつこちらの宴衣装に限っては、はだけた織物から片方の足がまるまる露出するデザインであるのだ。森辺の雨季の装束はいくぶん丈が長くなるため、ひさびさに目にするアイ=ファの脚線美が眩しくてならなかった。
さらにその髪は右側だけサイドテールのように結いあげられており、左側は自然に肩まで垂らされている。右側から覗くうなじや肩の曲線はヤミル=レイに負けない色香であるし、自然に垂らされた金褐色の髪は光の滝さながらであったし――けっきょくどのような宴衣装でも、アイ=ファの美しさは俺の胸を震わせてならなかった。
最後に入室したアイ=ファは貴婦人さながらのしずしずとした足取りで、俺のほうに近づいてくる。
そしてその目が、とても満足そうに細められた。
「……そうか。男衆と女衆では、肩から羽織るものも細工が異なっているのだな」
「え? あ、うん。どうやら、そうみたいだな」
俺の古傷が人目にさらされていないため、アイ=ファはこんなに優しい眼差しになっているのだろう。
俺はもう、四方八方から心をかき乱されてしまった。
そうして森辺の陣営は、ようやく役者がそろい――俺たちは、いざ試食の祝宴に挑む段に至ったのだった。




