東の王都の使節団⑦~さらなる依頼~
2024.7/14 更新分 1/1
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
「あ、そちらはフワノの生地で具材を包んだ、ジェノスでもっとも一般的な軽食となります」
いささか深刻になりかけた空気を払拭させるべく、俺は料理の解説を再開させた。
リクウェルドが手に取ったのは、焼きフワノで具材をくるんだ軽食となる。こういった品はジェノスの祝宴でもたびたび目にしていたので、晩餐会の献立として扱っても不都合はなかろうという判断であった。
「森辺の民はフワノの代わりにポイタンを使うのが常ですが、ポイタンは交易の品に含まれないという話でしたので、本日はフワノを使用しました」
「うむ。ジェノスはようやく雨季でも気兼ねなくポイタンを使えるぐらい、ダレイムの畑を広げることがかなったところであるからね。ポイタンだけは、交易に回せるほどの余剰がないということだ」
マルスタインも悠揚せまらない笑顔で、そんな風に補足してくれた。
「なるほど」というお決まりの台詞を吐いてから、リクウェルドはそちらの料理を口にする。そしてその切れ長の目が、ほんの少しだけ細められた。
「こちらは……香草の配合が、秀逸です。もしやこれが噂に聞く、カレーなる料理なのでしょうか?」
「はい。多少は香草を使ったほうがみなさんにご満足いただけるかと思って、そちらの品だけは香草をふんだんに使わせていただきました。ただし、具材はすべて西や南の食材となります」
そちらで具材としているのはギバのバラ肉と、タマネギのごときアリア、ブロッコリーのごときレミロム、パプリカのごときマ・プラ、タケノコのごときチャムチャム、ピーナッツのごときラマンパというものになる。それを焼き物用にアレンジしたカレーのスパイスで炒めた品であった。
「あとはまろやかな風味を上乗せさせるために、ラマムのすりおろしや花蜜も使っています。かなり辛さは抑えたつもりですが……オディフィアは如何ですか?」
せっかく同じ敷物にいるのだからと、右端にちょこんと座しているオディフィアへと声をかける。焼きフワノの軽食をまむまむと噛んでいたオディフィアは、明るく輝く灰色の瞳を俺のほうに向けてきた。
「ちょっとからいけど、おいしい。かれーはふだんたべられないから、すごくうれしい」
「ありがとうございます。オディフィアにも喜んでいただけたら、とても嬉しいです」
「うん」とうなずくオディフィアも、嬉しそうに身を揺すってくれている。彼女も東の面々に負けないぐらい無表情であったが、そんなことも気にならないぐらい感情があふれかえっていた。
「い、いずれの料理も素晴らしい完成度です。そして、あらゆる王国の食材がごく自然に調和していることに驚きを禁じ得ません」
と、ひさびさにカーツァがセルフォマの言葉を通訳してくれた。
するとプラティカが、鋭い視線をそちらに突きつける。
「セルフォマ、どの料理、気に入りましたか? あなた、感想、気になります」
「す、すべての料理が素晴らしい味わいで、とうてい順番などはつけられませんが、もっとも印象に残されたのはいなりずしという料理です」
「いなりずし。……理由、お聞かせ、願えますか?」
「は、はい。私が注目したのは、東と南の食材の調和です。シャスカ酢をまぶしたシャスカを、タウ油や砂糖で味をつけた凝り豆の油揚げで包むというのは、南の食材で東の食材をくるむという象徴的な出来栄えです。それらの味わいが完璧なまでに調和していることに驚嘆させられましたし、また、シャスカを粒のまま仕上げるのも、そこに酸味を加えるのも、油揚げを菓子のごとき甘さに仕上げるのも、すべてが目新しく、刺激的です」
「なるほど。納得です」
プラティカが鋭い面持ちで首肯すると、今度はセルフォマのほうがカーツァ越しに問いかけた。
「プ、プラティカ様はいずれの料理に注目されているのでしょうか? 1年以上もジェノスに留まり、アスタ様の手腕を見届けてきたあなたの評価は、とても気になります」
「私、こちらです」と、プラティカは1枚の大皿を指し示す。そこに盛りつけられていたのは、副菜である揚げ物の料理であった。そちらは揚げた後に独自の味付けを施しているため、天ぷらとは皿を分けたのだ。
その内容は、ツナフレークのごときジョラの油煮漬けの揚げ焼きとなる。ジョラの身をマヨネーズで練りあげて、栗のごときアールの実を細かく砕いたものを混ぜ込み、黒フワノの粉をまぶしたのちに、ホボイの油で揚げ焼きにしたのだ。味付けは、豆乳とキミュスの骨ガラの出汁に少量のタウ油を加えて、さらに明太子のごときジョラの魚卵をまぶした特製ソースであった。
「アスタ、ギバ肉を使わない料理、希少ですので、印象、残りやすいです。また、細かな細工、行き届いています。あらゆる食材、精通している、証でしょう」
「そ、そうですか。確かにそちらの副菜も、見事な出来栄えです。何層にも味が重ねられているため、私には細かな細工も理解しきれないほどです」
「こちら、マヨネーズ、使われています。マヨネーズ、単体でも、細工、凝らされているため、初めて口にしたならば、理解、及ばない、当然です」
「は、はい。アスタ様の基本的な手腕を理解するだけでどれだけの時間がかかるのかと、想像しただけで気が遠くなってしまいます」
と、カーツァがそんな言葉を通訳している間に、セルフォマはリクウェルドに頭を下げつつ何かを語った。
俺たちがそのさまを見守っていると、リクウェルドの口が開かれる。
「何かよからぬ密談をしているものと誤解をされないように、ご説明いたします。うっかり弱音を吐いてしまったが死力を尽くして自らの役目を果たす所存であると、セルフォマに謝罪されました」
「そちらのセルフォマにとっては、ほとんどの食材が初めて口にする品なのですものね。その扱い方とアスタの手腕を同時に学ぶだなんて、それは誰でも気が遠くなってしまうことでしょう」
エウリフィアがやわらかな笑顔でフォローすると、カーツァがそれをセルフォマに通訳したようである。結果、セルフォマはエウリフィアにも一礼することになり、リクウェルドはそのさまを見届けたのちに言葉を重ねた。
「ジェノスの食材の豊富さには、私も心から驚かされています。内陸の地でこれほどさまざまな食材が集まる地というのは、なかなか存在しないのではないでしょうか?」
「東の王都は、海路でさまざまな品を買いつけているという話でありましたな。ジギの行商人が西の食材を持ち帰る機会は、あまりなかったのでしょうか?」
マルスタインの問いかけに、リクウェルドは「ええ」と首肯する。
「もちろん、皆無なわけではありませんが……決して品目は多くありませんでした。まず第一に、シムとセルヴァは遠いので、そうまで日持ちをする食材が限られているという面もあるのでしょう。私がこれまで口にしてきた西の品と言えば、ママリアの果実酒ただひとつであるかと思われます」
「そうですな。我々もゲルドや南の王都との交易に励むまでは、ひと月がかりの交易というものには取り組んでおりませんでした。西の王都に届けられていたのも、やはりママリアの果実酒や酢ぐらいのものでしょう」
「はい。ですが、我々がこれまでに口にしてきた食材のおおよそは、ひと月がかりの交易に持ち出せる算段がついたわけですね?」
「ええ。この1年ばかりは、食材の長期保存の考案に注力しておりましたからな。……そういえば、雨季の間はタラパを味わっていただけないのが無念な限りです。ジェノスのタラパはいずれの地においても高い評価をいただいておりますし、こちらのアスタもタラパの料理を得意にしているように見受けられます」
「ああ、雨季の間は3種の野菜が収穫できないというお話でありましたね。雨季が明けるには、まだ10日以上もかかるという見込みでありましたか」
「はい。さらに、タラパなどを収穫できるのはその半月後ということになります。残念ながら、このたびのご滞在では味わっていただくことも難しいでしょう」
「そうですね。しかし、今後の交易が可能になれば、使節団が定期的に来訪することに相成ります。現時点ではタラパがなくとも、交易の品に困ることはないでしょう」
マルスタインとリクウェルドの間では、着々と交易の話が進められていた。
ポワディーノ王子も焦っている様子はないので、きっと日中にしっかり語ることができたのだろう。俺はまた心中で、こっそりエールを送っておくことにした。
そして左右の敷物でも、それぞれ盛り上がっているようである。とりわけ、ルウ家と伯爵家の若い面々で固められた右側の敷物は、祝宴のような騒ぎであった。
「……だから宿場町の連中にも、早々に新しい食材をお披露目してやりたいんだよ。勉強会を終えたばかりだけど、どうにかお願いできないもんかな?」
耳をすますと、リーハイムのそんな声が聞こえてくる。使節団の面々とは席が離されたので、いつも通りの気安い口調だ。
「さすがに明日じゃ慌ただしいだろうから、明後日あたりはどんなもんかな?」
「明後日は、だめー! ジバ婆の生誕の日だもん! アイ=ファとアスタをお招きして、一緒に晩餐なの!」
と、リミ=ルウの声は耳をすませなくても聞こえてくる。同じものを耳にしたらしいアイ=ファも、こっそり温かな眼差しになっていた。
「最長老の一大事じゃ、しかたねえな。じゃ、その次の日はどうだろう?」
「屋台の商売の後でしたら、こちらはまったくかまいませんが……ですが、食材の説明でしたら、わたしたちが同席する必要はないのではないでしょうか? もうしばらくの時間をいただけたら、何か有用な使い道を考案できるかもしれませんが……現時点ではわたしたちも、セルフォマから教わった言葉を繰り返すしかありません」
「うーん、そうなのかな。俺はそっちの会に顔を出せなかったから、いまひとつ事情がわからないんだよ」
「わたしたちも基本的な使い方を教わったばかりですので、何も目新しい話はお伝えできないのです。今は食材の研究に注力して、いずれその成果を宿場町の方々にお伝えするというほうが理にかなっているかと思われます」
顔を見なくても熱情的な表情が想像できるぐらい、レイナ=ルウの声には気合がみなぎっている。俺がそれで胸を温かくしていると、リクウェルドが不意に「よろしいでしょうか?」と呼びかけてきた。
「隣の席の会話から話を広げるというのは、無作法な行いであるやもしれませんが……森辺の集落には、生誕の日というものが存在するのでしょうか?」
どうやらリクウェルドも、しっかり隣の会話に聞き耳を立てていたようである。
俺はちょうど口の中に料理を詰め込んだタイミングであったため、アイ=ファが初めて「うむ」と発言した。
「森辺では、生誕の日を家人で祝う習わしがある。たしかシムにも、そういった習わしが存在するのではなかったろうか?」
「ええ。生誕の日を祝うのは、シムのみでありましょう。……やはり森辺の民は、シムの血を引く一族なのでしょうね」
アイ=ファがうろんげに眉をひそめると、ポワディーノ王子が厳かに発言した。
「我が『黒き王と白き女王』の伝承と森辺の民の来歴に類似性を見出したことは、リクウェルドにも伝えている。しかし、それを理由に森辺の民を非難するいわれはないので、心配は無用である」
リクウェルドはポワディーノ王子に向かって一礼してから、「ええ」と言いつのった。
「何にせよ、それは数百年前の伝承でありますため、森辺の民がシムを捨てたと責めるいわれはございません。また、たとえその伝承が真実であったとしても……雲の民たるガゼの一族は、ゲルドやドゥラとの戦いを避けるためにシムを捨てたということになるのです。ラオの民も『白き賢人ミーシャ』の存在がなければ、如何なる運命を辿っていたかもわからないのですから……なおさら、ガゼの民を責めることはかないません」
「うむ。古い伝承においては、いつもゲルドの民が悪逆な一族として扱われているようだな。今の姿からは、まったく信じ難い話だ」
と、アイ=ファがさりげなく優しい眼差しを送ると、プラティカの感じやすい頬に血の気がのぼる。そしてリクウェルドも、プラティカのほうに目をやった。
「東の王都においては、現在もなおゲルドの民を蛮族と蔑む向きが少なくありません。ゲルドはかつてはラオを滅ぼさんと目論んだ立場でありますし、つい近年までは山賊としての悪名を轟かせていたので、それもやむなき話であるのでしょう」
「ふむ。そちらはそのように考えていない、という口ぶりだな」
「はい。私もゲルドに出向く機会はありませんでしたが、マヒュドラにおいてゲルドの風聞を耳にする機会がございました。そちらの言葉を信じるのでしたら、ゲルドは北方の山中において正しき心を育むことがかなったのでしょう」
「マヒュドラにおもむいたことはあっても、ゲルドにおもむいたことはないのか。同じ王国であるのだから、ゲルドのほうが近場なのであろう?」
「はい。しかし、海路でゲルドまで出向くにはドゥラの港から陸路を辿らなくてはなりませんため、マヒュドラに出向くよりも大きな手間と時間がかかることでしょう。……そしてそれ以前に、ラオの側からゲルドに出向く理由がなかったのです」
東の王都の人間はなかなか外界に出ないのだと、どこかで聞いた覚えがある。それでもこのリクウェルドは外務官として、西や北の王都にまで出向いたようだが――それもあくまで、外交のためなのだろう。
「では、ジギに出向いたこともないのであろうか? そちらはゲルドよりも、いっそう近場なのであろう?」
「はい。我々は、ジギやドゥラの使者や行商人を受け入れるのみです。西の王国の方々には、きわめて閉鎖的な気質に感じられることでしょう」
アイ=ファは穏やかな眼差しで、「いや」と首を横に振った。
「それを言ったら、私はジェノスを離れたことが2度しかない。また、森辺の民は外界との繋がりを断ったことで、間違った運命に足を踏み出してしまったのだ。その行いをあらためてから、いまだ3年も過ぎてはいないのだから……これでは、誰を責めることもできなかろう」
「そうですか。アイ=ファの公正なる振る舞いに、敬意を表したく存じます」
リクウェルドは静謐なる面持ちで、一礼する。
そのさまを満足そうな面持ちで見届けてから、マルスタインが「さて」と声をあげた。
「料理もずいぶん尽きてきたようですので、菓子と新たな茶を準備させましょう。ここからは、トゥール=ディンに説明をお願いする」
トゥール=ディンは「はい」と背筋をのばし、オディフィアは瞳をきらめかせる。そして、ゼイ=ディンとエウリフィアがその姿を優しく見守っていた。
そうして小姓たちが料理の皿を片付けようとすると、アイ=ファとゼイ=ディンが大急ぎで大皿に残された料理を取り上げていく。祝宴で余った料理は従者に配分されるようであるが、晩餐会に関してはどうだかわからないのだ。森辺のかまど番が作りあげた料理を捨てられてなるものかというアイ=ファたちの振る舞いに、俺はこっそり胸を温かくすることになった。
まあ、貴族の御前ではいささかはしたない行いであったかもしれないが、これもまた森辺の作法なのである。それが気に入らないのであれば、森辺の民を晩餐会に招くべきではないのだろう。そして幸いなことに、リクウェルドは何事もなかったかのように、新たに供された茶をすするばかりであった。
「きょ、今日は2種の菓子を準備いたしました。ラマンパくりーむのどらやきと、アロウ仕立てのチャッチもちという品になります」
トゥール=ディンが懸命に声をあげる中、それらの菓子が並べられていく。
トゥール=ディンが和菓子を供するのは、ちょっとひさびさのことであろうか。まあ、3日に1度オディフィアに届けている特別仕立ての菓子ではふんだんに和菓子も盛り込んでいるはずであったが、祝宴や晩餐会では洋菓子を供するのが通例になっていた印象であった。
(最近はガトーショコラのアレンジや果実の組み合わせに注力してたから、洋菓子のほうがその成果をお届けしやすかったってことなのかな)
ともあれ、和菓子であろうと洋菓子であろうとトゥール=ディンの手腕に変わりはない。オディフィアも、普段と変わらぬ熱心さで瞳をきらめかせていた。
「こ、こちらがノマに似ているというチャッチ餅であるのですね。確かに、外見にも類似性が見られるようです。……と、仰っています」
セルフォマの言葉をカーツァが伝えると、トゥール=ディンは「は、はい」とそちらに向きなおった。
「ノ、ノマとチャッチもちは似た部分が多いので、おたがいの菓子に応用できそうな気がします。それでいて、おたがいの似ていない部分が新しい魅力を生み出してくれるのではないかと……そんな風に期待しています」
「は、はい。私も入念に味を確かめて、応用の道を探りたく思います。……と、仰っています」
トゥール=ディンとカーツァはおたがいに緊張をあらわにしているが、セルフォマはひとり静謐だ。そのさまを温かく見守りながら、俺もトゥール=ディンの心尽くしをいただくことにした。
どら焼きは通常のつぶあんの他に、ピーナッツのごときラマンパのクリームが封入されている。ラマンパのクリームはガトー・ラマンパの開発でひときわ味が練られたので、こういった菓子にもその成果が表れていた。
ラマンパのクリームの香ばしさが、どら焼きの生地やつぶあんの味わいと好ましい調和を見せている。甘さを担っているのはラマンパのクリームで、つぶあんのほうは甘さもひかえめだ。ただしそちらも干し柿のごときマトラが使われているため、それがラマンパのクリームとは趣の異なる甘さを加えていた。
いっぽうチャッチ餅は、タウの豆のきなことストロベリーチョコレートを思わせるアロウのチョコレートソースがまぶされている。きなこを加えたのは、ソースがよく絡むようにという思惑があってのことだ。きなこは単体で舌に触れたときの味気無さを緩和させるためにごく少量の砂糖が加えられており、甘さの中核を担うのはやっぱりアロウのチョコレートソースのほうであった。
「トゥール=ディン、すごくおいしい」
と、チャッチ餅のほうから先に食したオディフィアが、こらえかねた様子で身を乗り出している。トゥール=ディンはそちらに腕を差し伸べるのをこらえるようにうずうずと身を揺すりながら、「ありがとうございます」と幸せそうな微笑みを返した。
「オディフィアはアロウ仕立てのちょこれーとをとても気に入ってくださったようなので、チャッチもちとの組み合わせを気に入っていただけるか、ちょっと心配な部分もあったのですが……お気に召しましたか?」
「うん。すごくすごくおいしい。アロウのちょこれーと、オディフィアはだいすき」
オディフィアはもう8歳だが、相変わらず言葉のほうはちょっとたどたどしい。そしてそれが、彼女をいっそう愛くるしく見せていた。
そして俺の向かいでは、セルフォマが珍しく息をついている。その言葉を、カーツァが通訳してくれた。
「ど、どちらの菓子も素晴らしい出来栄えです。アスタの料理と同じように見知らぬ手法がいくつも使われておりますため、作業工程を想像することすら難しいのですが……何にせよ、とてつもない完成度です。これらはすべて、西と南の食材で作りあげられているのでしょうか?」
「は、はい。おそらく、そうだと思うのですけれど……」
トゥール=ディンのすがるような眼差しに、俺は「はい」と引き継いだ。
「チャッチ餅で使われているのは、チャッチ、アロウ、砂糖、カロンの乳製品、ラマンパの油で、どら焼きのほうは、フワノ、キミュスの卵殻、カロンの乳製品、岩塩、ブレの実、マトラ、ラマンパ、ラマンパの油、花蜜といったあたりでしょうから、いずれも西か南の食材になるはずですね」
「も、申し訳ありません。キミュスのらんかくとはどういった品でしょうか? ……と、仰っています」
「卵殻は、卵の殻という意味です。フワノの生地に香ばしさを加えるため、ほんの少しだけ加えられているかと思われます」
「た、卵の殻ですか。承知いたしました。そのようにお伝えいたします」
カーツァが慌ただしく東の言葉で伝えると、セルフォマは静かに一礼してからまた語った。
「シ、シムにおいて卵といえば、トトスが主流です。また、乳はギャマに限られます。トトスの卵とギャマの乳で代用できるかどうかが、大きな分かれ目になりそうですが……ジェノスにおいて、そういった試みはなされていないのでしょうか?」
すると、俺より早くプラティカが「はい」と答えてくれた。
「トトスの卵、および卵殻、いささか仕上がり、異なりますが、代用、可能です。ただし、ギャマの乳、ジェノス、存在しないため、不明です」
「そ、そうですか。ギャマの乳酒や干し肉などは流通していると聞き及びますが、ギャマの乳は流通していないのですね。……と、仰っています」
「はい。ジェノス、買いつけられている、ギャマ、食肉用、雄のみです。トゥール=ディンの菓子、カロンの乳、きわめて重要ですので、ギャマの乳、転用、可能か、私もまた、大きく、気にかけています」
「なるほど」と、リクウェルドはなめらかなる声音で口をはさんだ。
「行商人が生きたギャマを運ぶのは大変な手間でありましょうし、雌のギャマというのは雄よりも遥かに高値で取り引きされています。これまで買いつける機会がなかったのも、当然の話であるのでしょう」
「そうですな。わたしなどは生きたギャマをわずかながらに買いつけていると聞き及んだ際、たいそう驚かされたものです。それは大罪人たるサイクレウスの執念の結果であり、失脚ののちには料理人ヴァルカスがひそかに販路を繋いでいたようです」
マルスタインの返答に、リクウェルドは「なるほど」と繰り返す。西の言葉において、それが彼の口癖であるようであった。
「それでは、雌のギャマも交易で扱えるか否か、見当するべきやもしれません。……恐れながら、ポワディーノ王子殿下はどのようにお考えでしょうか?」
「うむ。わずか10種の品目では、引き換えに持ち帰る食材の数はごく限られてしまおうからな。雌のギャマのみならず、他にも交易に適した食材が存在するか否か、入念に検討するべきであろう」
「それはありがたい。さらなる食材が届けられれば、我々もさらに大いなる喜びを抱くことになりましょう」
マルスタインはそのように答えていたが、俺はヴァルカスが溜息をつく姿を想像して、思わず笑いそうになってしまった。
すると、マルスタインが俺に向きなおってくる。
「ところで、アスタに尋ねたいのだが……このたび東の王都から届けられた食材にも、其方の故郷の食材と似通った品は存在したのであろうかな?」
「あ、はい。まったく似通ったものに覚えがないのは、フェルノ=マルテと……あとは、キバケぐらいでしょうかね。お酒や油なんかも、覚えがないと言えばないですが……まあ、そちらは今後の研究次第ですね」
「では、およそ半数の品は応用がきく目もあるのだな」
と、マルスタインはゆったりと笑った。
「これは本日の吟味の会の後の会合にて持ち上がった話であるので、いささか急な申し出になってしまうのだが……以前にゲルドや南の王都から新たな食材が届けられた際、其方はわずか5日の猶予で試食の祝宴を任されることになった。このたびも、同じ仕事を願うことはかなおうか?」
「え? 東の王都の食材を使って、宴料理を作りあげよということですか?」
「うむ。以前の試食の祝宴においても、其方の手腕は数多くの料理人を奮起させることになったからな。もうひとたび、其方の力を借りたいのだ」
そう言って、マルスタインはいっそう楽しげに口もとをほころばせる。
「もちろん、5日間の研究で間に合わなかった場合は、無理に新たな食材を使う必要はない。宴料理の半分を其方に、もう半分をセルフォマにという形で、試食の祝宴を開きたいのだ。明日の朝一番に族長へと使者を走らせるので、其方もどうか前向きに検討してもらいたい」
すると、カーツァに耳打ちされていたセルフォマも、俺のことをじっと見つめてきた。
相変わらずの、静謐な無表情だが――とても静かな黒い瞳の向こう側に、期待の思いと熱情がにじんでいるように感じられる。それで俺も、「承知しました」と一礼することになった。
「5日間で納得のいく成果をあげられるかどうかはお約束できませんが……とにかく、力を尽くしてみます」
「うむ。アスタの尽力に、我も大いに感謝している」
と、ポワディーノ王子もそのように言ってくれた。
それで俺がアイ=ファのほうを振り返ると、存外に穏やかな眼差しである。また大きな苦労を押しつけられて――と、憤慨している気配は微塵もない。ただひたすら、俺を励ますような眼差しだ。それで俺は、何より奮起することに相成ったのだった。




