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異世界料理道  作者: EDA
第八十八章 東の果ての使者
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東の王都の使節団⑤~晩餐会の下準備~

2024.7/12 更新分 1/1

 やがて食材の配分が終了したならば、森辺の一行は白鳥宮に移動である。

 本日の晩餐会は、そちらで行われるのだ。以前の晩餐会と同じように、かまど番は調理着のまま、狩人は武官のお仕着せのまま、現地に直行することにした。


 そうして白鳥宮に到着すると、6名の『王子の耳(ゼル=ツォン)』が待ちかまえている。俺、トゥール=ディン、レイナ=ルウ、リミ=ルウ、マイム、マルフィラ=ナハムから手ほどきを受けている面々である。さすがに昨日や一昨日は自重していたが、本日から活動再開するようであった。


 今日のかまど番は8名であったため、厨をゆったり使えるように二手に分かれる。今回もルウの班にトゥール=ディンに加わってもらい、そちらで菓子もお願いすることにした。

 俺と同じ班になるのはユン=スドラとレイ=マトゥアとマルフィラ=ナハムなので、こちらに留まる『王子の耳(ゼル=ツォン)』は2名のみだ。護衛役は、こちらにアイ=ファとガズラン=ルティムが居残ってくれた。


「そういえば、プラティカは貴族たちとともに立ち去ってしまったな」


「うん。きっと、交易がらみの会談に加わってるんじゃないのかな。いまやプラティカは、西や南の食材に一番くわしい東の料理人っていう立場なんだろうからさ」


 なおかつあの場には、ポルアースとリフレイアとアラウトも居揃っていた。ダレイム、トゥラン、バナームの食材も交易に大きく関わってくるので、やはり同席しているのだろう。そのために、吟味の会から参加していたのだろうと察せられた。


「ただひとり、デルシェアだけは輪の外ということだな。相手が東の王の代理人では、致し方のない話なのであろうが……いささか、不憫だな」


「うん。使節団の人たちがジャガルにどんな思いを抱いているのかは、まだよくわからないしな。まあ、南の王都の食材の素晴らしさは、俺が料理で証し立ててみせるさ」


 言うまでもなく、本日は交易で扱う可能性のある食材をふんだんに使ってほしいという依頼を受けている。これは使節団の面々に食材の素晴らしさをアピールする場でもあるのだ。


 ただしポルアースは、あらゆる食材を交易で扱いたいと願っている。その枠から外れるのは、もともと東の王都に流通している食材――つまりは、シムとマヒュドラの食材のみであった。


「それじゃあ、ゲルドの方々がもたらしてくれた食材は、のきなみ枠から外れてしまうのですね?」


 調理の下準備を進めながら、ユン=スドラがそのように問うてきた。


「うん。ゲルド、ドゥラ、マヒュドラの食材は、船を使って取り寄せてるらしいよ。行商人が行き来してるジギの食材は、言わずもがなだね」


「だから今日は、香草を使った料理が少ないのですね。相手はシムの方々なのに、なんだか奇妙な心地です」


「うん。まあ、西や南の食材だって、シムの香草があってこそ使い道が広がるわけだからね。香草を主体にした料理は献立から外したけど、食材のひとつとしては遠慮なく使わせていただくよ」


 東の王都の人々にしてみれば、もともと流通している食材に新たな食材を組み合わせて使うことになるのだ。であればこちらも、シムの食材を遠ざける理由はない。あらゆる食材をまんべんなく使用して、よき手本を示そうという所存である。


「そういえば、東の王都の食材というものは、如何だったのです?」


 そのように問うてきたのは、ガズラン=ルティムだ。吟味の会の間、ガズラン=ルティムは厨の内部の警護をアイ=ファとルド=ルウに譲っていたため、こまかな話はわきまえていなかったのだった。


「どれも素晴らしい品でしたよ。ゲルドや南の王都からもたらされた食材と、まさり劣りはないように思います」


「それなら、よかったです。きっとポワディーノも、胸を撫でおろしていることでしょう」


 ガズラン=ルティムの優しい心づかいに、俺も温かな気持ちになる。

 しかし、それとは別に、俺はひとつの懸念を抱えていた。


「でも、ポワディーノ殿下は有益な交易の架け橋になることで、失地を回復しようという意気込みだったんですよね。使節団に先を越されて、その機会が奪われたりしないんでしょうか?」


「きっとそれは、今後の働き次第であるのでしょう。どうやら今回の使節団は保存のきく食材をかき集めて運んできたのみであるようですので、交易の道筋などはまったく立っていないようであるのです。そもそもあちらはすべての食材を献上しようという心づもりで、交易が実現するとは考えていなかったということですね」


「へえ。そんな話を、どこで仕入れてきたんですか?」


 ガズラン=ルティムははにかむように笑いながら、黙然とたたずむ『王子の耳(ゼル=ツォン)』たちのほうに視線を送った。


「実は扉の外で警護をしている際、ポワディーノの『王子の口(ゼル=トラレ)』が裏事情を伝えてくれたのです。東の王都の人々は謝意を表すことに腐心して、交易についてまで頭を巡らせる余裕がなかったようですね」


「なるほど。まあ、東の王都はこちら以上に大騒ぎだったのでしょうしね」


「はい。ですから、ポワディーノが王都に戻ったあかつきには、ご自分の裁量で交易の道筋を立てられるように力を尽くすつもりであるそうです。そのために、東の王都の食材に価値があると見なされることを切に願っている――と、そのように仰っていましたよ」


「ええ。それに関しては、保証できると思います。俺たちも城下町の方々も、あれらの食材には大満足でしたからね」


 そうしてポワディーノ王子にもまだ活躍の場が残されているというのなら、喜ばしい限りである。きっと今も交易のための会談に励んでいるのだろうと思うと、心の中でエールを送らずにはいられなかった。


「ただ気になるのは、第二王子の臣下たちだな。目や耳しか送りつけてこなかったということは……何も語る気はない、ということであろうか?」


 アイ=ファがそんな疑念を呈すると、ガズラン=ルティムは悠揚せまらず「ええ」と応じた。


「王の代理人たるリクウェルドがいる以上、第二王子が語る必要はないのでしょう。ただしあちらも伝書の鷹というものを携えており、第二王子の臣下が見聞きした話も逐一報告されるという話でしたので……必要があれば、書面で伝えられるのではないでしょうか?」


「そうか。第二王子というのは今ひとつ性根が知れないので、不安の残るところだな」


「それでも、メルフリードに似ているというポワディーノの印象が正しいものであるのなら、信用していいのかもしれません」


 すると、作業に没頭していたレイ=マトゥアが、ぴょこんと頭をもたげた。


「そういえば、その第二王子という御方が、いずれシムの王になられるのですよね? それでこちらは、いずれメルフリードがジェノスの領主になるわけですから……ゆくゆくは、似たところのあるというおふたりがジェノスとラオリムの絆を深めていくことになる、ということですか」


「そうですね。似た人間同士、理解を深めてもらいたいものです」


 ガズラン=ルティムの気安い返答に、レイ=マトゥアは「あはは」と笑った。

 きっと使節団の面々と顔をあわせたことによって、レイ=マトゥアたちもいっそう懸念が晴れたのだろう。俺の目から見ても、リクウェルドというのは公正かつ実直な印象であった。


「それに、あのセルフォマというお人も、何だか不思議な雰囲気でしたよね。アリシュナとはまた違った意味で、とても静かな感じがして――」


 レイ=マトゥアがそのように言いつのると、アイ=ファがふいに「待て」と押し留めた。

 それと同時に、厨のドアがノックされる。今日はアイ=ファもガズラン=ルティムも厨の内にいたので、表には小姓と武官しかいないはずであった。


「失礼いたします。使節団の一員であられるセルフォマ殿が厨の見学を願い出ておられるのですが、ご了承をいただけますでしょうか?」


 扉ごしに、小姓がそんな言葉を伝えてきた。

 アイ=ファが鋭い視線を向けてきたので、俺は小首を傾げてみせる。


「俺は別にかまわないけど……会談のほうは、いいのかなぁ?」


「それは、本人に問い質す他あるまいな」


 アイ=ファは厳しい面持ちのまま、了承の旨を伝えた。

 すると扉が開かれて、3名の女性がしずしずと入室してくる。紺色の調理着を纏ったセルフォマと、通訳の少女と――そして、ダレイム伯爵家の侍女たるシェイラである。シェイラは武官のお仕着せを纏っているアイ=ファを一瞬だけうっとりと見つめてから、おしとやかに一礼した。


「ご了承をいただき、ありがとうございます。セルフォマ様は西や南の食材の扱いを学ぶべく、アスタ様の手腕を見学されたいとのことです」


「そうですか。そちらはてっきり、会談に呼ばれているのかと思いました。プラティカでしたら、西や南の食材の扱い方も十分にわきまえておられますからね」


 俺がそのように答えると、通訳の少女が東の言葉でセルフォマに伝えてくれた。

 セルフォマも東の言葉でそれに答えて、また少女がそれを通訳してくれる。


「な、何より重要であるのは、自分の目で見て、自分の口で味わうことであるかと思います。アスタ様の手腕を拝見できる機会は限られていますので、どうかお願いいたします。……と、仰っています」


「ええ、もちろん。セルフォマも、晩餐会に参席されるのですよね? 味を確かめるのは、そのときでかまいませんか?」


「は、はい。今はこの目でアスタ様の手腕を拝見し、晩餐会の場で味を確かめさせていただきたく思います。……と、仰っています」


 あくまで静謐なセルフォマに対して、通訳の少女はまだ情緒が落ち着かないようである。こうして間近から相対すると、彼女はレイ=マトゥアと同じぐらい初々しく見えた。


「ところで、そちらは如何なる素性であるのだ? 先刻も、紹介をされていなかったようだが」


 アイ=ファがそのように問いかけると、少女は無表情のままわたわたとしながら自分の鼻先を指先で指し示した。


「い、今のは、私に対するご質問でしょうか? 私などは、名乗る意味もない従者の立場であるのですが……」


「それでもこうして同じ場に留まるのであれば、素性を知っておきたく思うのだ。察するところ、もともとそちらのセルフォマなる者の従者だったわけではあるまい?」


「は、はい。私はもともと、リクウェルド様の従者と申しますか……リクウェルド様の温情で生かされている身であるのです」


「温情? ますます、わからんな。どうしてお前のように幼い娘が、ジェノスまで同行することになったのだ?」


「はあ……」と、少女はついに眉を下げてしまった。東の民としては、これでも珍しいぐらいの表情の動きであったが、本人は無自覚であるようだ。


「ひ、東の王都において西の言葉を学んでいるのは、よほど高い身分にあられるか……もしくは、王陛下や王子殿下の直属のご臣下の方々のみであられるのです。こちらのセルフォマ様は王城の副料理長という身分にあられますが、それでも平民の身であられることに変わりはありませんので……高い身分にあられる方々が通訳の役目を務めるのは、不相応であると判じられて……それで、私がそのお役目を授かることになったのです」


「では、お前はどうして西の言葉を学ぶことができたのだ?」


「で、ですから、それこそがリクウェルド様のご温情であるのです。もともと私は貴人ならぬ武官の娘に過ぎなかったのですが、幼き頃に戦で両親を失ってしまい……それで縁あって、リクウェルド様に引き取られることになったのです。それで、西や北の言葉を覚えれば、のちのち身を立てることもできるだろう、と……」


「なるほど。それでこうして実際に、働きの場を得ることになったのですね」


 ガズラン=ルティムが穏やかに口をはさむと、少女は「はい」としゃっちょこばった。


「す、すべてリクウェルド様のおかげです。誠心誠意、お役目を果たしますので……ど、どうかよろしくお願いいたします」


「相分かった。それで、名前は何というのだ?」


 アイ=ファの追撃に、少女はまた「ええ?」と驚きをあらわにした。


「で、ですから私は、名乗るほどの身分ではありませんので……」


「我々とて貴族ならぬ立場であるのだから、お前が身を縮めるいわれはあるまい。王子の臣下などは名前を捨てたと言い張るので、そうでない人間にはなるべく名前を聞いておきたいのだ」


 少女は「はあ……」といっそう眉を下げてしまう。西の言葉は巧みであるが、東の習わしに関してはもっともっと注意が必要であるようだ。


「わ、私はカーツァ=リム=エスクトゥと申します。べ、べつだん覚えていただくには値しないのですが……」


「カーツァか。私はアイ=ファで、こちらはガズラン=ルティムだ。……アスタ以外の面々は、まだ名を伝えていないのであったか?」


「はい。わたしは、ユン=スドラです」

「わたしは、レイ=マトゥアです!」

「わ、わ、わたしは、マルフィラ=ナハムと申します」


 3名のかまど番が次々に名乗りをあげると、カーツァなる少女はいっそうあわあわしてしまった。これはまた、東の女性のイメージを揺るがすような少女のようである。


「わ、わざわざ名乗りをあげていただき、恐縮の限りです。……あ、いえ! *****。**********」


 セルフォマがゆったりと声をあげたので、カーツァは大慌てでそれに答えた。


「い、いったい何を語られているのかと質問されてしまいました。ど、どうか私のことなどはお気になさらず、調理のほうをおすすめください」


 カーツァはそのように言っていたが、こちらは誰ひとりとして手を止めていなかった。おしゃべりを楽しみながら調理に励むのは、日常茶飯事であるのだ。そしてこれは、使節団のメンバーと親睦を深めるうってつけのチャンスであった。


「交易が前向きに検討されるようで、俺も嬉しく思っています。こちらの食材を買いつけることになったら、王城で働くセルフォマが真っ先に扱うことになるのでしょうね」


 俺がそのように語りかけると、カーツァがそれを東の言葉に訳し、セルフォマの返答を西の言葉に訳してくれた。


「は、はい。そのために、私は誰よりも確かな手腕を身につけなければならないのです。……と、仰っています」


「そのために、ポワディーノ殿下はこうして『王子の耳(ゼル=ツォン)』を派遣しているわけですけれど……まあやっぱり、自分の目で学ぶのが一番手っ取り早いですもんね」


「は、はい。『王子の耳(ゼル=ツォン)』の方々が作成した指南書の膨大な量には、驚かされました。また、その中には私の見知らぬ手法がいくつも織り込まれていましたので、これは安穏としていられないと思いたった次第です。……と、仰っています」


 通訳をはさむために時間がかかってしまうものの、セルフォマの率直な言葉を聞けるのはありがたい限りであった。

 そしてやっぱり感じられるのは、実直さだ。彼女もリクウェルドに劣らず、実直な人間なのではないかと思われた。


(そういえば、東の民は苛烈な本性を制御するために、感情を表に出さない習わしが生まれたんじゃないかって……アルヴァッハたちは、そんな風に言ってたよな)


 なおかつ、ジギの草原の民は柔和な気性であるが、王都ラオリムの民はゲルドやドゥラよりも苛烈であるかもしれない――とも言っていたような気がする。


 今のところ、そんな気配は感じられない。ポワディーノ王子も、リクウェルドも、書記官の男性も、セルフォマも、カーツァも――みんな実直で、カーツァ以外は穏やかな雰囲気だ。貴族やそれに近い立場として立ち居振る舞いが優雅である分、ジギの行商人よりもさらに折り目正しいように思えるほどであった。


 しかしまた、俺はポワディーノ王子が激情を爆発させるさまを見届けている。

 あれは鴉の大群に襲撃されるという切羽詰まった状況であったし、誇り高い王族ならではの激昂であったのかもしれないが――ただ、ポワディーノ王子が実直なだけの人間ではないという証拠でもあった。


 それに草原の民だって、ただ柔和なだけの人間ではない。シュミラル=リリンやラダジッドを筆頭とする《銀の壺》の面々には熱い気概を感じてやまなかったし、《黒の風切り羽》のククルエルも物腰はやわらかいが驚くほど鋭い眼差しを持つ人物であった。


 また、草原の民は内なる情動を制御しかねて、大陸中を飛び回っているのかもしれない。彼らはあれだけ温和な人柄でありながら、きっともっとも能動的な人間でもあるのだ。


 おそらくラオリムの人々も、つつましい無表情の裏側に熱い魂を隠しているのだろう。

 それは俺にとって、不安ではなく期待をそそられる想像であったのだった。


「そういえば、昨日や一昨日はどなたが手掛けた料理を口にされたのですか?」


 と、手際よく具材を切り分けながら、レイ=マトゥアがそんな質問を飛ばした。

 カーツァがそれを通訳すると、セルフォマは俺の手もとをじっと見つめたまま東の言葉で何か答える。そしてまた、それがカーツァによって通訳された。


「き、昨日や一昨日は、ジェノス城の料理長たるダイア様が晩餐会の料理を手掛けてくださいました。あちらもさまざまな見知らぬ手法が使われており、その美しい仕上がりには驚嘆を禁じ得ませんでした。……と、仰っています」


「ダイアですか! あれは驚かされてしまいますよね! ジェノスでも、ダイアの手腕を真似できる人間はいないのだろうと思います!」


「は、はい。ですが、昨年に行われた試食会という場で優勝したのはダイア様ではなくトゥール=ディン様であるとうかがい、それもまた心から驚かされました。また、ダイア様とともに双璧と称されるヴァルカス様もアスタ様の前に敗れたと聞き及び、二重に驚かされました。……と、仰っています」


「ああ、たしかダイアとヴァルカスは、どちらも2位という結果であったのですよね! でもそれは、アスタとトゥール=ディンがすごすぎるだけだと思います!」


 レイ=マトゥアの無邪気な物言いに、俺はひとり面映ゆい心地である。

 その間に、セルフォマがまた何か語っていた。


「ポ、ポワディーノ王子殿下やプラティカ様には、まず森辺の方々を見習うべきではないかと推奨されました。城下町の方々も素晴らしい手腕をお持ちであられるものの、双璧たるヴァルカス様とダイア様の手腕は見習うのが難しく、他なる方々はいまだ試行錯誤のさなかであるため、ジェノスにおいてもっとも先頭を走っているのは森辺の方々なのではないかという印象であるようです。……と、仰っています」


「試行錯誤ですか。俺たちも、みんなそのつもりなのですけれどね」


 俺が横から口をはさむと、カーツァはセルフォマの返答にうんうんとうなずきつつ、その内容を伝えてくれた。


「りょ、料理人という身にあれば、魂を返すその瞬間まで試行錯誤を繰り返すものであるのでしょう。ですが、城下町の方々は、森辺の方々に追いつくことを目的として励んでおられるように見受けられますので、やはり見習うべきは森辺の方々なのではないかと、そのような結論に至ったようです。また、それはあくまで王子殿下とプラティカ様が抱かれている印象となりますので、私自身の心情は反映されていないものと思し召しください」


「なるほど。でも、城下町の方々でも――」


「あ、も、申し訳ありません。もう少しだけ、続きがあります。……ただし、こうして皆様の手腕を拝見しただけで、その質の高さはおおよそ察することがかないます。アスタ様はもちろん、他なる三名様の手腕にも驚かされるばかりです。本日の見学を終える頃には、きっと私も王子殿下やプラティカ様と同じ心情に至っていることでしょう。……と、仰っています」


「そうですか。王城の副料理長というお立場のセルフォマにそうまで言っていただけるのは、恐縮の限りです」


 4名のかまど番の代表として、俺はそのように答えてみせた。


「じゃあ、俺からも意見をお伝えしますね。……城下町の料理人の中でも、ダレイム伯爵家の料理長であるヤンや、《セルヴァの矛槍亭》のティマロ、それにヴァルカスのお弟子の方々などはひときわ見事な手腕をお持ちです。また、それらの方々は俺たちとも毛色の異なる手腕をお持ちですので、きっと参考になるのではないかと思います」


 するとセルフォマは、懐から取り出した帳面に何かしたためてから返事をした。


「あ、ありがとうございます。機会があれば、それらの方々の手腕も拝見させていただきたく思います。アスタ様のご温情には、心より感謝しております。……と、仰っています」


「いえいえ、とんでもない。素晴らしい食材を届けてくださった、せめてものお礼です」


「わ、私はリクウェルド様のご要望で、保存のきく食材を選別しただけの立場でありますが、アスタ様にそのように言っていただけることを光栄に思います。……と、仰っています」


 どうやらこのセルフォマという女性も、第一印象を裏切らない誠実な人柄であるようだ。

 まあ、彼女の感情の隠し方は秀逸であるので、内心はまったく知れないのであるが――少なくとも、そのたおやかな無表情の裏側に悪辣な本性がひそんでいるなどとは、とうてい思えなかった。


(とりあえず……調理に対するひたむきさは、疑う余地もないもんな)


 俺たちとのおしゃべりにつきあいながら、セルフォマの黒い瞳はずっと作業の場に釘付けであったのだ。それは感情を消し去った静謐なる眼差しであったが、それでも何ひとつ見逃すまいという真摯な思いだけははっきり感じられてならなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連載初期の頃にはティマロが此処まで愛すべきキャラになるとは思いもしませんでしたね。
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