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異世界料理道  作者: EDA
第八十八章 東の果ての使者
1510/1688

東の王都の使節団②~会談~

2024.7/9 更新分 1/1

「ではまず、僕から森辺の方々のご紹介をさせていただきます」


 マルスタインたちと同じ列に並んだポルアースが、にこやかな面持ちで口火を切った。

 この時点で、まだ室内の全員が立った状態である。俺たちは敷物の手前で、西と東の立場ある面々は敷物の上に立ち並んでいる。三つの陣営が三角形を描いて立ち並ぶという、なかなか常にない様相だ。


 なおかつこちらは、供の人間も区別なく紹介されていく。準備されていた敷物もそれなりのサイズであったため、8名全員が座することを許されるようだ。

 俺とアイ=ファ、ドンダ=ルウとガズラン=ルティム、ゲオル=ザザとディック=ドム、ダリ=サウティとヴェラの家長――それらの名前と簡単な素性を述べた後、ポルアースは使節団の面々に向きなおった。


「引き続き、僕から使節団のみなさんのご紹介をさせていただきます。まずは使節団の総責任者にして東の王の代理人たる、外務官次席のリクウェルド=ラオ=バラストラ殿」


 もっともポワディーノ王子に近い位置に立っていた人物が、指先を複雑な形に組み合わせて一礼した。

 髪も瞳も肌も黒い、いかにも東の民らしい壮年の人物である。長い黒髪は後ろでひとつに束ねており、瀟洒な織物を何重にも巻きつけた装束で、胸もとや手首や指先にそれなりの飾り物を光らせている。東の民らしく長身痩躯で、背丈などはディック=ドムと同じぐらいありそうであった。


 その次に紹介されたのは書記官という身分の人物で、リクウェルドなる人物よりも小柄である他は特筆するべき点もない。切れ長の目で、鼻が高く、唇が薄いという、東の民らしい容姿であった。


「そして、ラオ王城の副料理長、セルフォマ=リム=フォンドゥラ殿。シムの食材の扱い方を教示するために、わざわざお越しくださいました」


 ポルアースの言葉に、3人目の人物も一礼する。

 そちらも、いかにも東の民らしい容姿をしていたが――ただし、こちらの人物だけは、女性であった。しかも、まだずいぶん若いように見受けられる。せいぜい二十代の前半といったところだろう。アリシュナのように神秘的な雰囲気は纏っておらず、プラティカのように凛々しいわけでもなく――なんとなく、俺は初めてシムの一般的な女性と相まみえたような心地であった。


(まあ、3人しかサンプルがないんじゃ、何が一般的なのかもわからないけどな)


 それに、アリシュナはジギの草原を追放された身であり、プラティカはゲルドの山の民であり、こちらのセルフォマは王都ラオリムの名のある料理人という立場であるのだ。これだけ出自が掛け離れていては、比較しても意味はないのかもしれなかった。


「そして最後は……シムの第二王子たるディエカトルラ=ラオ=ケツァルヴァーン殿下の臣下で、『王子の眼(ゼル=カーン)』の左に『王子の耳(ゼル=ツォン)』の四番という役職についておられる方々です」


 それらの人物もまた、無言で一礼した。

 そちらの両名は深みのある紫色に染めあげたフードつきマントと長衣を纏っており、顔には面布を垂らしている。その格好で、『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』であることは知れていたが――次代の王たる第二王子の臣下とあっては、こちらも気が引きしまってならなかった。


「なお、こちらのご両名は正式に使節団の一員に任命されておりますため、我々も貴賓として扱わせていただきます。森辺のお歴々も、そのように思し召しください」


 そんな言葉を最後に、俺たちは着席をうながされた。

 すると、第二王子の臣下たちも敷物に腰を下ろす。これが、貴賓としての扱いというものであるのだろう。ポワディーノ王子の臣下は、決して貴族と同列の席につくことはなかったのだ。


 森辺の面々は履物を脱ぐ手間をはぶいて、足先を床に出す格好であぐらをかく。

 そうして腰を下ろしつつ、俺はポワディーノ王子の様子をうかがった。


 ひとりで別の敷物を準備されたポワディーノ王子は、黒豹の『王子の牙(ゼル=ルァイ)』だけをかたわらに控えさせている。相変わらず、背筋をのばした凛然たる姿であるが――どことなく、気を張っているように感じられた。


「さて……繰り言になるが、ジェノスに対する正式な謝罪と賠償については、すでに完了している。森辺の面々は、その前提で語らってもらいたい」


 マルスタインがそのように告げると、ダリ=サウティが「いいだろうか?」と発言を求めた。


「すでに話が片付いたというのなら、我々が口を出すいわれはない。ただ、確認だけはさせてもらいたいのだが……ジェノスとしては納得のいく形で話は収まったと解釈していいのだろうか?」


「ああ。そう解釈してもらって、かまわないよ。シムの王陛下じきじきの謝罪文と賠償の銀貨を受領して、ジェノスとシム王家は正式に和解した。もちろんこの後には、西の王たるカイロス陛下からも御意を賜らなくてはならないが――」


 マルスタインに視線を向けられて、フェルメスは「ええ」とうなずいた。


「あちらの内容でありましたら、カイロス陛下もご納得なされるでしょう。西と東のすこやかなる関係が守られたことに、僕も心より安堵しています」


 そう言って、フェルメスは俺たちに向かってふわりと微笑みかけてくる。

 何も意味ありげな雰囲気ではなかったので、きっと問題はなかったのだろう。ダリ=サウティも、穏やかに「そうか」と答えた。


「何事もなく和解できたのなら、我々も喜ばしく思う。……では、もうひとつだけいいだろうか?」


「うむ。どういった話であろうかな?」


「ルウの集落に忍び入って捕縛された、ロルガムトなる者と黒豹についてだ。あの者たちの身柄は、ポワディーノに預けられることになったのであろうか?」


 マルスタインはわずかに意外そうな顔を垣間見せたのち、またゆったりと微笑んだ。


「我々は城下町で捕縛された賊の身柄を確保できたので、ロルガムトと黒豹についてはポワディーノ殿下に引き渡すことにした。よって、あとの裁決に関してはシムの方々におまかせする他なかろう。……とはいえ、森辺の民としては捨て置けぬ一件なのであろうな」


「うむ。悪逆な手段で命令に従わされていたロルガムトを罰するというのは、あまりに無慈悲な行いであろうからな。また、あやつは悪行を為す前に捕縛されたので、どうかポワディーノのもとですこやかな行く末を迎えてもらいたいと願っている」


 マルスタインは「うむ」と首肯してから、使節団の面々のほうを振り返った。

 それに応じたのは、総責任者のリクウェルドである。


「西の地にて捕縛された罪人についての処断は西の方々に一任すると、すでに王陛下の裁決が下されています。よって、我々の関与するところではございません」


 それは、ポワディーノ王子にも負けないぐらいの、流暢な西の言葉であった。

 年齢相応の低い声音であるが、なんだかものすごくなめらかな響きを帯びており、鼓膜をくすぐられているような感覚だ。


「なるほど。しかし、ポワディーノはロルガムトと黒豹の身柄を預かりたいと申し述べているのであろう? それに関しては、如何様であるのだ?」


「それを裁決なさるのは、西の方々です。繰り言になりますが、我々の関与するところではございません」


 ダリ=サウティは小首を傾げつつ、マルスタインのほうに向きなおる。

 マルスタインは、くだけた調子で微笑んでいた。


「我々はシムの方々に一任するべきだと考え、シムの方々は我々に一任するべきだと考えている。何やら、奇妙な構図に落ち着いてしまったね」


「うむ。それでけっきょく、あやつらはどうなるのであろうか?」


「東の王都の方々は、我々に一任してくれた。よって我々は我々の裁量で、ロルガムトと黒豹の身柄をポワディーノ殿下に一任したのだよ。ロルガムトを罪人として扱うか従者として迎え入れるかは、すべてポワディーノ殿下のご判断にゆだねられたということだ」


「そうか」とダリ=サウティは微笑み、俺もほっと安堵の息をつく。そしてアイ=ファも、満足そうに目を細めた。

 ポワディーノ王子は、妹を失ったロルガムトを自分の屋敷の従者として迎え入れて、なんとか心の傷を癒やしてあげたいと願っていたのだ。これは、申し分のない結果であるはずであった。


「……ポワディーノ殿下やジェノスの方々からお聞きしていた通り、森辺の方々というのはきわめて清廉なお人柄であられるのですね」


 と、ひどくなめらかな声音で、リクウェルドがそう言った。


「また、このたびの騒動の解決には森辺の方々のご活躍が不可欠であったと聞き及んでおります。王陛下の代理人として、森辺の方々にも感謝とお詫びの言葉をお伝えさせていただきたく存じます」


「うむ。ジェノスの領主たるマルスタインとの和解が成ったというならば、領民に過ぎない我々にまで頭を下げる必要はない。しかし何にせよ、そちらの誠実なる申し出を喜ばしく思っている」


「族長ダリ=サウティの寛大なるお言葉に、重ねて感謝の言葉をお伝えさせていただきたく存じます。……森辺においては3名の族長が同格の権威を持たれていると聞き及びますが、残るおふたりにも異存はございませんでしょうか?」


 ドンダ=ルウは重々しく、「ない」と応じる。

 いっぽう、丸い帽子をかぶらされたグラフ=ザザは探るような視線をリクウェルドに突きつけてから発言した。


「そちらはあくまで、東の王の代理人であるというわけだな。であれば、その言葉の内容で是非を定めるしかあるまい。……俺も、異存はない」


「……私の言動に、何か不審なところでもありましたでしょうか?」


「いや。そちらは心にもない言葉を吐いているように思えたのでな。しかし、東の王の言葉を代弁しているのみであるのなら、その真情を問うても意味はなかろう」


 リクウェルドは完璧な無表情を保ったまま、「なるほど」と首肯した。


「それでは誤解が生じませんように、一点だけ弁明させていただきます。……私は決して王陛下のご裁量に不満を抱いているわけではなく、私心を滅しているのみなのでございます」


「ふむ? 私心を滅するとは? 不満を押し殺すのとは、別口ということか?」


「はい。私は恐れ多くも王陛下の代理人という立場を賜りましたため、そのお言葉を伝える際には一切の私心を滅さなければならないのです。そうして真情を押し隠すことにより、内心では不満を抱いているのではないか……という誤解を与えてしまったのではないでしょうか?」


「ほう……不満がなくとも、おのれの真情を隠さなくてはならん、ということか」


「左様でございます。マヒュドラの方々にもそうまで真情を押し隠す必要はあるまいと指摘される機会がございましたので、族長グラフ=ザザにも同じ疑念を抱かせてしまったのでしょう。重ねて、お詫びの言葉を伝えさせていただきたく存じます」


「そちらは、北の民とも縁を結んでいるのか」


 ダリ=サウティが意外そうに反問すると、リクウェルドは同じ調子のまま「はい」と応じた。


「海路にて、北の王都に出向く機会がございました。また、先年には西の王の戴冠式にも参席させていただいております」


「西の王の戴冠式? では、西の王都にまで出向いていたのか。それは……なかなかに、驚くべき話だな」


 ダリ=サウティが視線を巡らせると、フェルメスが妖精のような笑顔でそれを受け止めた。


「当時の僕は、戴冠式に参席できるような身分ではありませんでした。ですが、メルフリード殿はジェノス侯の名代として参席されていたのですよね」


「はい。しかし、ポワディーノ殿下から事前にお名前をうかがった際にも、かつてご挨拶をさせていただいたことを思い出すことができませんでした。あらためて、非礼をお詫びいたします」


 メルフリードが冷徹なる面持ちで頭を下げると、リクウェルドは「いえ」と静かに答えた。


「あれはもはや、6年ばかりも昔日のお話でありますし……私はメルフリード殿にひとたびご挨拶を申し上げたのみで、その後はお言葉を交わす機会もございませんでした。失念されて然りでございましょう」


「そうか。何にせよ、そちらはそれだけの責任を担わされるような立場であったのだな。それもまた、東の王がこのたびの一件を軽んじていないという証なのではないだろうか?」


 ダリ=サウティのそんな言葉は、グラフ=ザザに向けられたものであった。

 すると、グラフ=ザザではなく当のリクウェルドが「左様でございます」と応じる。


「何せこのたびは、第二王妃に第五王子という身分にあった人間が、西の地にまで災厄をもたらしてしまったのです。王陛下は深く心を痛められると同時に、西との国交を守るべくお力を尽くそうというお考えであられます」


「うむ。それらの大罪人に関しては、まだ審問のさなかにあるという話であったな?」


「はい。ですが、第二王妃の証言によって、すべての罪はつまびらかにされております。とりわけ、第一王子殿下および第三王子殿下の謀殺というのは重罪でありますので……どれだけ審問に時間を重ねても、極刑は免れないでしょう」


「では――」と声をあげたのは、ガズラン=ルティムである。


「叛逆罪の疑いで投獄された2名の王子に関しては、如何なのでしょう? それも冤罪と認められて、釈放されるのでしょうか?」


「そちらも、審議を重ねております。ただし、まがいものの証拠や証言で投獄された第六王子殿下と異なり、第四王子は実際に叛逆罪を犯してしまいましたため……たとえ恩赦を与えられても、王子としての身分は剥奪される可能性が高いかと思われます」


「実際に、叛逆罪を? ……ああ、第五王子らの陰謀によって、実際に罪を犯してしまったということでしょうか?」


「はい。第一および第三王子たる両殿下を暗殺したのは第二王子殿下であると信じた第四王子は、それを容認する王陛下もろとも弑逆する他ないという心情に追い詰められたようです。陰謀の被害者であることに間違いはないのですが……第四王子は王陛下や第二王子殿下の臣下に手をかけてしまいましたので、無罪と見なすことは難しいように思われます」


 すると、マルスタインがゆったりと手をあげて発言した。


「いちおう念を押しておくが、そういった話は他言無用でお願いしたい。リクウェルド殿は誠意を示すために何でも隠さず打ち明けてくださっているが、シム王家の内情を西の地に撒き散らすのは、誰にとっても楽しからぬ結果を招こうからな」


「うむ。そのような騒ぎは我々と無関係であるのだから、むやみに聞きほじるべきではなかろう。隠し事など、抱えないに越したことはないのだからな」


 グラフ=ザザがじろりとにらみつけると、ガズラン=ルティムは「申し訳ありません」と目礼を返した。

 いっぽうフェルメスは、そんなガズラン=ルティムにやわらかな眼差しを向けている。そういった話に無関心でいられないガズラン=ルティムに、シンパシーでも覚えているのであろうか。俺としてはグラフ=ザザの心情もガズラン=ルティムの心情もわからないではないので、いささか複雑な心境であった。


「ともあれ、族長らは感謝と謝罪を受け入れてくれたわけだが、ファの両名にも異存はなかろうかな?」


「うむ。我々も、族長らと同じ心境だ。ロルガムトと黒豹の罪が許されたことも、喜ばしく思う」


 アイ=ファの言葉に異論はなかったので、俺も無言のままうなずいてみせる。

 マルスタインは満足そうに、「そうか」と微笑んだ。


「それでは、先日の騒乱にまつわる一件はこれにて終了とさせていただく。……次に、食材の話に移らせていただこうか」


 マルスタインの視線を受けて、ポルアースが「はい」と顔中をほころばせる。


「森辺の方々には控えの間でご説明させていただきましたが、使節団の方々は山のような食材を準備してくださいました。その食材の価値を見定めるために、アスタ殿のお力を拝借したいのです」


「うむ。これまでの新たな食材と同じように、使い道を考案せよ、という話であるのだな?」


「はい。そのために、使節団の方々もセルフォマ殿という御方をお連れくださったので、そうまで面倒な話にはならないかと思われます」


 かつてのプラティカやデルシェア姫のような役割を、こちらの女性が受け持つということだ。俺がこっそりそちらをうかがうと、セルフォマなる女性は静かな無表情でじっと座していた。


「その際には、また森辺と城下町から料理人を招待したいのですけれども……アスタ殿、屋台の休業日というのはいつになるのかな?」


「はい。屋台は、明後日が休業日ですね」


「明後日なら、日取り的にもちょうどいいね。族長の方々にも了承をいただけますでしょうか?」


 三族長は無言で視線を見交わしたのち、俺とアイ=ファを見やってきた。その中から口を開いたのは、ダリ=サウティだ。


「俺たちに、異存はない。ファの両名は、どうであろうか?」


「うむ。ただし、これまで通り、見届け人を同行させることに許しをもらえるであろうか?」


「うん、もちろん! 料理人はいつもの8名、見届け人はその半数の4名ということで如何かな?」


 ポルアースは、もうそこまでの算段を立てていたのだ。まあ、使節団の面々は最大限に礼を尽くしてくれているようなので、こちらに断るという選択肢はないのだろうと思われた。


(こっちだって新しい食材は楽しみにしていたし、使節団の人たちにもあやしいところはないみたいだしな)


 ただ気になるのは、ポワディーノ王子である。彼はまだこの会談が始まってから、ひと言も口をきいていないし――雰囲気的に、もうこの会談も終わりが近いのだろうと思われた。


「あ、でもさっき、森辺と城下町から料理人を集めると仰いましたね。今回は、宿場町の方々は除外されているのですか?」


「うん。宿場町の面々は、サトゥラス伯爵家のお屋敷で勉強会を開くことになっただろう? それじゃあ数名ばかりの関係者を城下町に招いても、二度手間になってしまうし……彼らも城下町でないほうが、気軽に振る舞えるだろうからさ」


 と、ポルアースはいくぶん申し訳なさそうな顔をした。

 もしかしたら、使節団の面々と宿場町の面々を引きあわせるのは時期尚早であると考えているのかもしれない。何せ使節団の面々は本日到着したばかりであるのだから、どれだけ礼儀正しくともまだまだ気心は知れないはずであった。


(第二王子の臣下なんてのは、ちょっとばっかり警戒したほうがいいんだろうしな)


 俺がそのように考えていると、マルスタインが「では」と声をあげた。


「先日と同じように、吟味の会の後には晩餐会の準備も願えるであろうか? 使節団の方々にも、森辺の料理人の手腕を味わっていただきたいのでな」


「うんうん。使節団の方々には、西の食材の価値をお伝えしなければなりませんからね」


 さきほどと同じ行動が繰り返されて、その申し出も了承することに相成った。

 森辺の民とて、西と東の関係が穏便に落ち着くことを願っている身であるのだ。であればこちらも、可能な範囲で力を尽くすしかなかった。


 そうして明後日の時間割などが決定されたのち、本日の会談は呆気なく終了してしまう。

 まあ、使節団の面々は20日がかりの長旅を終えたばかりであるし、和睦に関しては滞りなく締結したので、長々と語らう必要もないのだろう。そして俺たちが帰った後も、貴族同士の外交というものが繰り広げられるのだろうと思われた。


「それでは、また2日後に。今日は足労であったな」


 マルスタインたちの笑顔に見送られて、森辺の一行は真っ先に退室する。

 しかし何故だか、城門の近くにある控えの間に案内されて――そこに、意想外の面々が待ち受けていた。全身を藍色の装束に包んで面布を垂らした、ポワディーノ王子の臣下――『王子の口(ゼル=トラレ)』と『王子の耳(ゼル=ツォン)』である。


「少々お時間をよろしいでしょうか? 森辺の方々に、王子殿下のお言葉をお伝えさせていただきたく思います」


 そのように語ったのは、澄みわたった声音を持つ女性の『王子の口(ゼル=トラレ)』であった。


「まず、会談の場においては王子殿下が発言される機会もなかったかと思われますが、それは身をつつしんでいる結果であり、何も悪い事態には至っていないものと思し召しください」


「ふむ? どうしてわざわざ、そのようなことを?」


 ダリ=サウティがうろんげに反問すると、『王子の口(ゼル=トラレ)』は意外な率直さで「はい」と応じた。


「王子殿下があまりに寡黙であられると、森辺の方々にいらぬご心配をおかけする可能性もあるかと思い、こうして釈明の場を作らせていただいた次第です」


「ふむ。ポワディーノがそばにいないのに、ずいぶん明け透けに語ってくれるのだな」


「はい。このたびの接見にて必要と思われるお言葉は、すべて事前に承っておりますので」


 そう言って、『王子の口(ゼル=トラレ)』はさらに言葉を重ねた。


「では、王子殿下が身をつつしんでおられる理由をご説明いたします。……王子殿下はこの地において、なるべく西の流儀に沿うようにと振る舞っておいででした。ですがそれは見方によっては、王家の品位を損なう行いとなるのです。いきなりそのような姿を見せつけては、使節団の面々の反感を買い、王陛下や第二王子殿下にあらぬ言葉を届けられてしまう恐れも生じますため、これから時間をかけて理解を得ようというお考えであられるのです」


「なるほど」と、ガズラン=ルティムが穏やかに言葉を返した。


「実は私も、ポワディーノが帳に姿を隠していなかったことを奇異に感じていたのです。あれとて、王家の習わしにはそぐわない行いなのでしょうからね」


「はい。それもまた、理解を得るための一歩目でありました。また、今日のところはその一歩に留めて、使節団の面々の反応をうかがおうというお考えであられるのです」


「ポワディーノの背後には、もうひとりの『王子の口(ゼル=トラレ)』も控えておられましたね。あの場で口をきく際には、やはり『王子の口(ゼル=トラレ)』を通す必要があったのでしょうか?」


「はい。ですが、森辺の方々と言葉を交わす際に『王子の口(ゼル=トラレ)』を介するのは本意でないので、本日はなるべく口を開かないつもりであると仰っていました」


「そうですか。私はポワディーノのお気持ちを嬉しく思います。どうかそのようにお伝え願えるでしょうか?」


「はい」と応じたのは、『王子の耳(ゼル=ツォン)』のほうである。『王子の口(ゼル=トラレ)』はあくまで語る役割であり、こちらの言葉をポワディーノ王子に伝えるのは『王子の耳(ゼル=ツォン)』の役割であるのだ。

王子の口(ゼル=トラレ)』は恭しく一礼してから、さらに言いつのった。


「森辺の方々が承諾されましたら、近日中に食材を検分する会と晩餐会が開かれることになるでしょう。その日までには森辺の方々と直接言葉を交わせる環境を整えるご算段でありますので、どうか本日の非礼にはご容赦をいただきたいとのことです」


「我々は、何も非礼とは思っていません。……と、私はそのように思うのですが、如何でしょう?」


 ガズラン=ルティムの視線を受けて、ドンダ=ルウは「ふん」と鼻を鳴らした。


「べつだん、異存はない。……やはりポワディーノを相手取るのは、貴様が相応なのだろう。今後の面倒も、貴様が率先して担うがいい」


「承知いたしました」と、ガズラン=ルティムは口もとをほころばせる。

 俺もまた、ガズラン=ルティムと同じ気持ちで笑うことができた。


 ポワディーノ王子は王族としての正しい振る舞いと森辺の民との交流を、何とか両立させようと頑張っているのだ。会談の間、ずっと毅然と背筋をのばしていたポワディーノ王子の姿を思い出すと、俺は何だか胸が温かくなってやまなかった。


(あの場には、第二王子の臣下も控えてたもんな。メルフリードみたいに冷徹だっていう第二王子とも、ポワディーノ王子はうまくやっていかなきゃいけないんだ。俺も陰ながら、応援させていただこう)


 そうして俺たちは、『王子の口(ゼル=トラレ)』と『王子の耳(ゼル=ツォン)』にも別れを告げて――その日の会談も、今度こそ滞りなく終わりを迎えたのだった。

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