ファの家の晩餐会③~心尽くし~
2024.6/22 更新分 1/1 ・2025.10/11 文章を修正
勉強会の開始から、三刻の後――ファの家は、日没と同時に晩餐の時間を迎えることになった。
勉強会に励んだのは最初の二刻で、残りの一刻は晩餐の支度だ。その時間まで居残ってくれたのは、トゥール=ディンとユン=スドラであった。
なおかつ、彼女たちの付添人として、ゲオル=ザザとライエルファム=スドラも参上する。ゲオル=ザザもスフィラ=ザザと同様に、ディンの家に滞在していたのだ。これにファの家人とガズラン=ルティムを加えた7名が、森辺の側の総勢であった。
客人のほうはポワディーノ王子、メルフリード、ポルアース、フェルメス、ジェムドという顔ぶれで、王子の食事を手伝う『王子の舌』と『王子の腕』、それに護衛役の『王子の盾』が1名だけ同伴している。俺は臣下の方々にも晩餐を準備しようかと提案したのだが、それでは他の臣下たちに対して不公平であろうとお断りされていた。
そんなわけで、合計15名の人間がファの家の広間で車座を作っている。
これだけの客人をファの家にお迎えしたのは、ずいぶんひさびさのことだろう。ファの家の人間ならぬ家人たちも、おおよそはきょとんとした面持ちでこちらの騒ぎを見守っていた。
「それでは、晩餐を開始する。それぞれの流儀に従って、食事を始めてもらいたい」
そのように宣言してから、アイ=ファは食前の文言を唱えた。
森辺の民だけがそれを復唱して、晩餐の開始だ。『王子の舌』が銀の皿に食事を取り分けていく姿を横目に、ポルアースは弾んだ声をあげた。
「今日もきわめて豪勢な晩餐だね! たった3人でこれだけの料理を準備できるだなんて、本当にすごいことだと思うよ!」
「恐縮です。それほど目新しい献立は準備できませんでしたが、お口に合えば幸いです」
俺がそのように答えると、フェルメスがどこか甘えるような眼差しを向けてきた。
「それはきっと、僕が同席している影響もあるのでしょうね。僕ひとりのために献立の幅をせばめることになってしまい、心苦しい限りです」
「いえいえ、とんでもない。最近では森辺でもギバ肉を使わない副菜を出す機会も増えてきましたので、それほど困ることはありませんでしたよ」
ただ今回も、俺は中華風の献立を選んでいた。主賓がポワディーノ王子であるならば和風や洋風よりも中華風が相応しいように思えるし、なおかつ、ギバ肉を使用しない料理も準備しやすいのだ。同じ理由から、ゲルドの面々とフェルメスを招待する際には中華風の料理を供したように記憶していた。
最近めっきり出番の増えてきた麻婆凝り豆に、長ネギのごときユラル・パと凝り豆の油揚げを具材にしたさっぱり仕立ての中華風スープ、ギバのロースの香味焼き、クルマエビのごとき甲冑マロールの香味焼き、回鍋肉、ドエマと野菜の中華炒め、2種の餃子、2種のチャーハン――それが、本日のラインナップであった。
数々の香草で仕上げたギバおよび甲冑マロールの香味焼きには、生クリームにシールの果汁とジョラの魚卵を添加したディップを準備している。生クリームにシールの果汁を加えてサワークリームのように仕上げるというのはランディの言葉から着想を得た最新の手腕であり、今回はさらに明太子のごときジョラの魚卵を加えていっそう華やかな味わいを目指していた。
ドエマと野菜の中華炒めは、回鍋肉と対になる形で準備したひと品だ。ギバのバラ肉、ハクサイのごときティンファ、パプリカのごときマ・プラを使用している回鍋肉に対して、牡蠣のごときドエマ、チンゲンサイのごときバンベ、ブナシメジモドキという具材になるが、オイスターソースのごとき貝醬をベースにした基本の味付けはおおよそ同一である。麻婆凝り豆との兼ね合いを考えて、こちらは辛みを抑えて甘じょっぱく仕上げていた。
餃子も片方はギバのミンチをたっぷり使っているが、もう片方はティンファを主体にしている。チャーハンもチャーシューとマロールの2種で、麻婆凝り豆と中華風スープを除けば、すべてギバを使った料理とそれの対になる料理を準備した格好だ。ギバ肉を食せないフェルメスのために、それだけの献立が準備されたわけであった。
料理はすべて大皿に準備されているので、ギバ肉を使っていない献立に関してはひかえめな分量に仕上げている。何にせよ、この人数であれば持て余す量ではないだろう。中華風の献立というのは、たくさんの料理を大勢でシェアするという作法にも適していた。
「それにしても、まさかシムの王子とファの家で晩餐を囲むことになろうとはな。そちらも最後の最後で、我慢が切れたということか?」
まずは山盛りのチャーハンを食しながら、ゲオル=ザザが不敵な面持ちでそのように問い質した。
毒見の終わりを待ちながら、ポワディーノ王子は落ち着いた様子で「うむ」と応じる。
「使節団が到着したならば、このように奔放な真似も許されぬからな。森辺の面々には多大な迷惑をかけてしまい、申し訳なく思っている」
「俺たちはファの家に足を運んだだけのことなので、苦労をしたのはかまど番だけであろうよ。……しかし、王族を迎えるにあたって族長のひとりも出向いてこないというのは、許されることであったのか?」
「うむ。族長との接見が目的であるならば、我もそちらの家に出向いていた。こちらが文句をつけるいわれはなかろう」
「それなら、幸いだ」と、ゲオル=ザザはふてぶてしく笑った。
いちおう森辺の陣営も、族長が参ずるべきかと事前に打診していたのだ。それで同席者は誰でもかまわないという話であったので、この顔ぶれが選ばれたのだった。
(そこでジザ=ルウじゃなくガズラン=ルティムが選ばれたのは……やっぱりポワディーノ王子との関係性を重んじてのことなんだろうな)
ポワディーノ王子はガズラン=ルティムの真情を知ることで、森辺の民に対する信頼が固まったと申し述べていたのだ。俺の脳裏には、おたがいに激情を燃やしながら真情をぶつけあっていたガズラン=ルティムとポワディーノ王子の姿がくっきりと刻みつけられていた。
しかしもちろん現在は、ガズラン=ルティムも穏やかな面持ちでポワディーノ王子と相対している。ガズラン=ルティムもあの騒乱の祝宴の場で、ポワディーノ王子を心から信頼するに至ったのだ。
ふたつの藍の鷹の星が和解することで、正しき行く末が訪れる――などというアリシュナの星読みとは関係なく、俺は両者の絆をかけがえのないものだと考えていた。
「……名目上、本日は森辺の視察と銘打たれている。しかしポワディーノ殿下は森辺の民と忌憚なく言葉を交わすために参じられた身であるので、何も気を張らずに語らってもらいたい」
メルフリードが厳粛なる声音でそのように言いたてると、またゲオル=ザザが「ふふん」と反応した。本日は沈着な気質をした狩人が居揃っているので、ゲオル=ザザがもっとも気安く声をあげることになるようだ。
「そのように語るメルフリードこそ、もっとも堅苦しい空気を纏っているではないか。いっそオディフィアでも連れてきていたら、そちらも肩の力を抜けていたのではないか?」
「このような場に幼子を同伴させるのは、あまりに不適切であろう」
そんな風に応じてから、メルフリードはゲオル=ザザのかたわらで小さくなっているトゥール=ディンに視線を移す。そのとき一瞬だけ、月光のように冴えざえとしたメルフリードの眼差しが温かいものを帯びたように感じられた。
「ただ、オディフィアも森辺への来訪を強く望んでいる。いずれ時期が至ったならば、どうかトゥール=ディンに面倒を願いたい」
「は、はい。その日を、楽しみにしています」
トゥール=ディンもまた緊張しつつ、にこりと嬉しそうに微笑んだ。トゥール=ディンも着実に、オディフィアの父たるメルフリードと絆を深めていたのだった。
「……うむ。こちらの料理も、美味であるな」
と、ようやく食事を開始したポワディーノ王子がそんな声をあげた。最初に口にしたのは、肉餃子であったようだ。
「これに似た料理は、プラティカからも供されていた。プラティカは、こちらの料理を参考にしたわけであるな?」
「はい。プラティカも、素晴らしい仕上がりの餃子を作りあげていましたね。彼女の手腕には、いつも驚かされています」
「うむ。プラティカは幼き頃より西の地を巡っていたと聞き及ぶので、余人とは比較にならぬ経験を積んでいるのであろうな。……アブーフからジェノスに移り住んだランディや、若かりし頃にシムを巡ったヴァルカスやネイルの例を見るに、複数の地から作法を学んだ料理人には独自の手腕というものが芽生えるものであるのだろう」
すると、ガズラン=ルティムがゆったりと声をあげた。
「ポワディーノは本当に、さまざまなことを学ばれたようですね。十名以上もの『王子の耳』を耳として、それらの話をすべて検分するなど、私にはとうてい想像も及びません」
「それは、我に話を伝える『王子の耳』の器量というものが大きく関わっているのであろうな。雑多な言葉を並べられては、我の検分もままならぬはずだ」
そんな風に言ってから、ポワディーノ王子は楽しそうに肩を揺らした。
「ただ……『王子の耳』のもたらす話は、いずれも興味深い。我にとっては初めて足を踏み入れた異国の地であるのだから、それも当然の話なのやもしれぬが……やはり、ジェノスというのがそれだけ魅力的な地であるのであろう」
「はい。それも領主たるマルスタインのおかげでしょう。私もジェノスの領民であることを、誇らしく思っています」
ガズラン=ルティムのそんな言葉に、メルフリードは目礼を返した。
「森辺の民にそのように言ってもらえるのは、こちらこそ誇らしい限りであるし……それがガズラン=ルティムであれば、なおさらだ。いずれわたしも領主として、ジェノスを正しく統治したいと願っている」
「メルフリードであれば、我々も安心して命運を託すことがかないます」
すると、回鍋肉をがっついていたゲオル=ザザがまた「ふふん」と鼻を鳴らした。
「どうにも今日は、堅苦しい人間が居揃っているようだな。フェルメスなどは、ずいぶん静かではないか?」
「ええ。僕はあくまで、見届け人にすぎませんので」
「それは俺たちも、同じことだ。……そちらはいささか、覇気がないようだな。またこの雨季で、調子を崩してしまったのか?」
「いえ。足の傷は癒えましたし、熱もひきました。ご心配をおかけしてしまって、恐縮です」
フェルメスが静かに微笑むと、ゲオル=ザザは肩をすくめてポルアースのほうに向きなおった。
「この場では、俺やポルアースが騒ぐ他ないようだぞ。ひとつアルヴァッハでも見習って、料理の感想でも並べたててはどうだ?」
「あはは。美食家たるアルヴァッハ殿を真似るだなんて、恐れ多い限りだね」
そんな風に応じつつ、ポルアースは朗らかな笑みを振りまいた。
「でも、今日の料理も見事だよ。初めて口にする料理はないように思うけど、いずれも格段に質が高まっているね。アスタ殿の成長は言うに及ばず、やっぱり豊富な食材のなせるわざなのかな?」
「はい。今日準備した料理には、魚醤や貝醬やマロマロのチット漬けといった食材が重要ですからね。あとは、バンベやファーナや凝り豆なども具材としては使い勝手がいいですし……この1年ぐらいで、本当に料理の質を高められたように思います」
「うんうん。やっぱりゲルドと南の王都の恩恵は甚大だよね」
そう言って、ポルアースはポワディーノ王子に向きなおった。
「繰り言になりますが、我々は東の王都との交易にも大きな期待をかけています。どうかポワディーノ殿下にもお力添えをお願いいたします」
「うむ。我のほうこそジェノスとの交易を実現させることがかなえば、失地の回復に繋がろうからな。身命を賭して、励むつもりである」
と、ポワディーノ王子は背筋をのばした。
その姿を見やりながら、今度はアイ=ファが発言する。
「東の王都の使節団の到着も、もう間もなくなのであろうな。あなたにとっても満足のいく交流を結べるように、私も願っている」
「うむ。我はジェノスに多大な迷惑をかけてしまったので、それを補えるだけの実りをもたらしたいと願っている。森辺の民は、どうか厳しい目で見守ってもらいたい」
すると、ライエルファム=スドラに何か耳打ちされたユン=スドラがさりげなく発言した。
「あの、横から口を出してしまって、申し訳ありません。東の王都には物珍しい食材が山のように存在すると聞いているのですが、それは事実なのでしょうか?」
「うむ? まあ、我にとってはジェノスにあふれかえる食材のほうが、よっぽど物珍しいのだが……ただ、ジェノスに存在しない食材が東の王都に多数存在することは事実である。ラオリムというのはシムにおいてもっとも肥沃な領地である上に、東玄海の実りも手にできるのであるからな。さらには海路にてドゥラや渡来の民と交易を行っているので、食材の種類そのものはジェノスにも劣らないのだろうと思われる」
「渡来の民……海の外の民ということですか。西の王都でも渡来の民と交易していると聞き及びますが、わたしはまだそちらの食材を目にしたことがありません」
「渡来の民との交易はそれほど大規模ではなかろうし、食材には日持ちの問題もあろうからな。王都の外にまで持ち出すには、なかなか難しい面もあろう。しかし、それ以外にもジェノスの面々には物珍しく感じられる食材には事欠かないのではないかと思うぞ」
「それは楽しみです。いったい、どのような食材が存在するのでしょう?」
「それは――」と言いかけてから、ポワディーノ王子は楽しそうに肩を揺らした。
「それを事前に話しては、のちのちの楽しみが失われよう。また、日持ちと収穫量の兼ね合いで、いずれの食材が交易に可能であるかも不明である。期待を裏切るのは心苦しいので、この場では口をつぐんでおこうかと思うぞ」
「ああ、そうですね。何も知らないままのほうが、実際に目にしたときの楽しさは増すのでしょう」
ユン=スドラもまた、屈託のない笑顔を見せる。
それでいっそう、この場の空気が和んだように感じられたが――もしかしたら、ライエルファム=スドラがそのためにユン=スドラをうながしたのかもしれなかった。
(ライエルファム=スドラだって客人なのに、気を使わせちゃったな。ここは俺がホスト役として頑張るべきか)
それに俺だって、ポワディーノ王子とは交流を深めたいと願っている身であるのだ。俺は義務感だけではなく、自らの欲求に従って声をあげることができた。
「俺も東の王都の食材を楽しみにしています。東の王都は石の都と聞いているのですが、農業も盛んなのですか?」
「それはおそらく、いずれの王国の王都も同様であろう。外敵を退けるには強固な城が必要となるが、大勢の臣民が生きるには多くの食料が必要となる。王族や貴族の住まう城に、それを支える城下町、さらにそれを支える農園というものが、王都には必須なのであろうと思うぞ」
「ああ、言われてみればごもっともですね。言ってみれば、このジェノスの規模をさらに大きくしたようなものなのですか」
「うむ。このジェノスもきわめて豊かであるようだが、さすがに各王国の王都には及ぶまい。……もっとも我とて、王都の隅々まで見て回ったわけではないがな。我はおおそよ王子直轄領に身を置いているので、おおよそは机上の知識である」
「では、父たる王や兄たる王子たちとも、別々に暮らしていたのでしょうか?」
ガズラン=ルティムも声をあげると、ポワディーノ王子は「うむ」と首肯した。
「以前にも申したが、王族は10歳で成人と見なされる。そうして成人の儀を挙げるまでは、王陛下のおわす王城に足を踏み入れることもままならぬのだ。若輩者たる我などは、ようやく数ヶ月前にその資格を賜ったということであるな」
「えっ! まさか、生まれてから10歳になるまで父親と顔をあわせなかったわけではないでしょう?」
ユン=スドラが仰天した様子で声をあげると、ポワディーノ王子はいくぶん不明瞭な調子で「うむ」と応じた。
「シムの王子はひとつ齢を重ねるごとに、小宮にて祝いの儀が開かれる。王陛下との接見が許されるのは、その祝いの儀のみであるな」
「それでは……10歳になるまで、年に1度しか父親に会えないということなのですか? そんなことが、ありえるのですか?」
「うむ。だからこそ、シムの王子はともに暮らす母と強き絆を育むのだ」
そう言って、ポワディーノ王子は毅然と頭をもたげた。
「しかしまた、我は母の身を慮るあまりに王都を飛び出し、第五王子は第二王妃の妄執を受け継ぐことになってしまった。このたびは、母と子の絆がことごとく間違った結果を招いてしまったが……それは、王家の習わしに身を置く我々の側に不備があったのであろう。我は本道に立ち返り、シム王家の正しさを証明する所存である」
「……まあ、シムの習わしに俺たちが口をはさむいわれはなかろうな」
と、ゲオル=ザザがいくぶん神妙な面持ちで声をあげた。
「ただ、ひとつ気になったことがあるぞ。父たる王には年に1度しか会えなかったとして、兄たる王子たちはどうであったのだ? ポワディーノは第二王子というものを悪逆な人間と思い込んでいたのであろう?」
「うむ。成人ならぬ王族に禁じられているのは王城に足を踏み入れることのみであり、小宮の小さな祝宴や晩餐会には参席する機会があった。そういった場で、兄たる王子たちとは相まみえている」
「そうか。風聞だけで兄を悪人と思い込んでいなかったのなら、幸いだな」
「うむ。それでもおおよそは、『王子の耳』からもたらされる情報が頼りであったが……何にせよ、我には兄たる王子たちの人柄を理解する器量が備わっていなかったということだ。猛省して、第二王子との和解に努める所存である」
「……その第二王子というのは、どういう人間であるのだ? そちらは実際に対面しても、悪逆な人間であると思い込んでしまったのであろう?」
と、ライエルファム=スドラが初めて発言すると、ポワディーノ王子は何故だかもじもじとした。
「うむ、それは……誤解を恐れずに言うのなら……そちらのメルフリードと似通った部分を多く備えているように思う」
「わたしと?」と、さしものメルフリードも鋭い目を驚きに見開いた。
ポワディーノ王子はいっそうもじもじしながら、「うむ」とうなずく。
「第二王子はどのような場においても、厳格にして冷徹なる空気を纏っていた。そのたたずまいに、我は畏敬の念を覚えて……そして、第五王子の目論見通りに、誤った印象を抱いてしまったのだ。あの第二王子であれば、玉座のためにどれだけ非道なことでもやってのけるのであろう、と……」
「なるほど……」と、メルフリードは小さく息をつく。
するとポワディーノ王子は、いっそう慌てた様子で身を乗り出した。
「だから、誤解はしないでもらいたい。我は決して、メルフリードをそのような人間だと判じているわけではないのだ。メルフリードは確かに冷徹な人柄であろうが、その内に人間らしい温かな心を備え持っているのであるからな」
「うむ。オディフィアがそばにいれば、メルフリードも人間がましい顔を覗かせることも多くなってきたことだしな」
ゲオル=ザザが茶化すように声をあげると、今度はポワディーノ王子が「うむ」と息をついた。
「我は、第二王子が家族と過ごす場を目にする機会がなかった。よって、王子として厳格に振る舞う一面しか知ることができなかったのだ。王都に戻ったあかつきには、おたがいの家族も交えて交流に励む所存である」
「最初に、そうするべきであったな。……しかし、そのような話に腐心するのは、年長者の役割であるはずだ。第二王子のほうこそ、我が身を顧みる必要があるのだろうと思うぞ」
ゲオル=ザザは気安く言いながら、木匙にすくった麻婆凝り豆を口に運ぶ。
ポワディーノ王子は「左様であるな」と肩を揺らした。
「しかし、あちらあちらで誰が自分を悪逆な人間に仕立てあげようとしているのかと、常に厳しく気を張っていたのであろう。そしてその中には、我の母たる第三王妃も含まれていたに相違ない。王妃の中でひとりも我が子に害が及んでいなかったのは、我の母のみであったのだからな」
「つまり、ポワディーノと第二王子はおたがいが敵であると誤認していたわけですね。それこそが、第二王妃と第五王子の謀略であったのでしょう」
ガズラン=ルティムが優しい声で申し述べると、ポワディーノ王子は気を取り直した様子で「うむ」と応じた。
「だから我々は、これから確かな絆を結びなおさなくてはならないのだ。我は次代の王たる兄のために、忠心を尽くす所存である」
「はい。魂を返してしまった第一王子や第三王子は気の毒な限りですが、ポワディーノたちの手によってシムが正しい道に進むことを願っています」
「うむ。このたびのジェノスとの和解が、その第一歩であるな」
そう言って、ポワディーノ王子は『王子の腕』の手からチャッチ茶をすすった。
俺の思惑とはずいぶん離れた方向に話が向かってしまったが、まあ結果オーライであろう。ポワディーノ王子のさまざまな一面を目にすることができて、おおよその人々は満足そうな眼差しになっていた。




