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異世界料理道  作者: EDA
第八十七章 甘雨の時節
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宿場町の勉強会②~試食の晩餐~

2024.6/18 更新分 1/1

 それから、およそ三刻の後――サトゥラス伯爵家のお屋敷に、アイ=ファやルド=ルウやゼイ=ディンがやってきた。


 勉強会を終えた面々は、大広間に移動している。会の後半でさまざまな料理を作りあげたため、それをこの日の晩餐とするのだ。小姓の案内でその場に踏み入ってきたアイ=ファたちは、いささかならず驚きの面持ちであった。


「やあ、アイ=ファ。それにルド=ルウたちも、お疲れ様。そっちも無事で何よりだったよ」


「うむ。そちらも無事に仕事をやりとげたようだが……まるで祝宴のような騒ぎだな」


「うん。さすがにこれだけの人数だと、座席も準備できないだろうからな。こういう形で晩餐をとることになったんだよ」


 大広間にはたくさんのテーブルが持ち出されて、そこに本日の成果が並べられている。着飾っている人間などはいないものの、形式としては立食パーティーそのものであった。

 森辺の民や貴族の見学者をあわせれば総勢は50名以上であるし、それにこの場には勉強会で生まれた熱気もわきたっているので、いっそう祝宴めいているのだろう。誰もが熱っぽく語らいながら、晩餐の開始を待ちかまえていた。


「ああ、お迎えの人らも到着したか。じゃ、試食を兼ねた晩餐の開始だな」


 この場の総責任者たるリーハイムがアイ=ファたちに軽く挨拶をしてから、大広間の面々に向きなおった。


「待たせたな! それじゃあ、晩餐の開始だ! こいつを手本だと思って、今日の会の締めくくりにしてくれ!」


 歓声じみた声がわきおこり、晩餐が開始された。

 そのさまを眺めながら、アイ=ファはふっと目を細める。その青い瞳に宿されるのは、とてもやわらかな光だ。


「宿場町の面々も、有意義な時間を過ごせたようだな。森辺の同胞の働きを、誇らしく思うぞ」


「あはは。今日はレイナ=ルウの気合が満ちあふれてたからな。半分がたは、彼女のおかげだと思うよ」


 そのレイナ=ルウは、すぐさまリーハイムと合流して何か語らっている。それを横目に、ルド=ルウは「なんだかなー」と頭の後ろで手を組んだ。


「レイナ姉は、昨日の夜からすっげー気合だったんだよ。今日はヴァルカスとかがいるわけでもねーのに、何をそんなにはりきってたんだ?」


「それはやっぱり、今日の責任者を任されたからじゃないかな。リーハイムとはすっかり懇意だし、余計に気合が入ったんだろうね」


「ふーん。ま、おかしな騒ぎにはなってねーみたいだから、何がどうでもかまわねーけどよー」


 おかしな騒ぎとは、男女間のもつれについてであろうか。今もリーハイムのかたわらにはセランジュの姿があり、ともにレイナ=ルウの話を熱心に聞いていたのだった。


「たぶんリーハイムはセランジュと婚約したことで、いっそう伯爵家の跡取りだって自覚が深まったんだと思うよ。それなら、おかしな誤解が生まれたりもしないさ」


「あー。なんだったら、シン・ルウも連れてくりゃよかったなー」


 かつてはリーハイムがレイナ=ルウと、セランジュがシン・ルウ=シンと、それぞれ色恋沙汰の騒ぎを巻き起こすことになったのだ。しかしそんな話も、リーハイムとセランジュの婚約が発表された時点ですっかり解消されているはずであった。


 そういえば、この場にはスフィラ=ザザとレイリスも居揃っているが、もちろんそちらの関係性も良好だ。森辺の民とジェノスの貴族は、そういった騒ぎをも乗り越えて確かな絆を結びなおしたのだった。


「とりあえず、あっちに合流する前に腹を満たしておくかー。こっちは、腹ぺこなんだからよー」


「うん。みんなの力作だから、ぞんぶんに味わっておくれよ。……あ、トゥール=ディン、こっちだよ」


 俺が手を振ると、トゥール=ディンが瞳を輝かせながら父親のもとに駆けつけた。なんだか、親犬のもとに身を寄せる子犬のような可愛らしさだ。


「ゼイ父さん、お疲れ様。狩りの仕事から戻ったばかりなのに、ありがとう」


「どうということはない。トゥールも立派に仕事を果たしたようだな」


 ゼイ=ディンが温かく微笑みかけると、トゥール=ディンも嬉しそうに「うん」と微笑んだ。トゥール=ディンもどんどん大人びているが、今日はずいぶんあどけない一面が発露しているようだ。しかし、トゥール=ディンが可愛らしいことに変わりはなかった。


「それじゃあ、食事にしましょう。今日は俺たちの手ほどきで、宿屋の方々が作りあげたんですよ」


「ふむ。アスタたちは、手を出していないのだろうか?」


「手本を見せる形で、一緒に作りあげた形ですね。多少は出来栄えにばらつきが出ているかもしれませんけど、みなさんが不満を持たれるほどではないかと思います」


 そのように語らいながら、俺たちは手近なテーブルに歩を進めた。

 そちらにも、宿屋の関係者がどっさりと控えている。その中から、ジーゼが「おやおや」と微笑みかけてきた。


「みなさん、おひさしぶりですねぇ。さあさ、召し上がってくださいなぁ」


「おー、こいつは美味そうだなー」


 料理の取り分けはセルフサービスであるため、ルド=ルウはひょいひょいとその場の料理を小皿に移していく。こちらで準備されていたのは、肉団子の香味焼きという献立であった。


「ふむ。肉団子をこのように仕上げるのは、珍しく感じられるな」


「うん。アイ=ファでも問題なく食べられる辛さだと思うよ」


 こちらの肉団子には、カレーと似た調合のスパイスが使用されている。さらにはミャームーやケルの根もふんだんに使われていて刺激的な味わいであるが、辛さのほうは控えめに仕上げられていた。


「こちらの料理は、素晴らしい味わいです。ここにギラ=イラも加えれば、わたしの宿でも大きな人気を博することでしょう」


 と、人混みに隠されていたネイルが、どこからともなく出現した。

 アイ=ファやルド=ルウはいちおう2日ぶりの再会であるが、先日はほとんど言葉を交わす機会もなかったことだろう。ともに食事を楽しむのは、ずいぶんひさびさになるはずであった。


「あー、あんたか。そっちもしょっちゅう呼びつけられて、ひと苦労だなー」


「ええ。ですが今日も先日も、非常に勉強になりました。教わるばかりで、申し訳ないほどです」


 と、東の王国に強い憧憬を抱くネイルは、東の民さながらの無表情でそのように応じる。そのかたわらで、ジーゼはにこにこ笑っていた。


「あたしなんかは今日一日でも、ありがたい限りでしたねぇ。この料理にも、あたしなりの工夫を凝らしてみようかと思っておりますよぉ」


「ジーゼとネイルなら、もうひと工夫するのも難しくないんでしょうね。どんな仕上がりになるのか、楽しみです」


「ええ。だけどやっぱり、ここはギラ=イラですかねぇ。東のお客様がたは、あのギラ=イラって香草がたいそうお好みなんでねぇ」


 今日の勉強会で判明したことだが、強烈な辛みを持つギラ=イラを積極的に使おうとしているのは、ジーゼとネイルぐらいであるらしい。やはり東の民がお客のメインとなる宿屋でなければ、なかなかギラ=イラまで手が回らないのだろう。レイナ=ルウも、無理に推奨しようとはしていなかった。


「ギラ=イラは、やっぱり取り扱いが難しいですからね。おふたりがどんな風に使いこなすのか、とても楽しみです。城下町では、ヴァルカスも期待をかけているでしょうね」


「ええ。あのお方も、相変わらずのようですねぇ。あのぽけっとしたお顔が、ちょっと恋しいところですよぉ」


 年長者の余裕で、ジーゼはそんな風に言っていた。

 その間に、アイ=ファたちは肉団子と添え物のサラダをもりもり食している。生鮮野菜のサラダには金ゴマに似たホボイのドレッシングが掛けられており、ウドのようなニレも使われていた。


「うめーけど、ポイタンやフワノなんかも食っておきてーなー。そいつは別の場所に準備されてんのかー?」


「うん。ポイタン料理は、あっちの卓だね。それじゃあ、移動しようか」


 ネイルとジーゼに別れを告げて、俺たちは早々に移動した。

 宿屋の面々も少量の料理を口に運んでは、いそいそと移動している様子である。やはり、一刻も早くすべての料理を味わいたいという心情であるのだろう。彼らにしてみれば、これも大事な勉強会の一環であるのだった。


「おー、スフィラ=ザザじゃん。やっぱ、レイリスと一緒だったかー」


「はい。そちらも、お疲れ様です」


 スフィラ=ザザはクールな面持ちのまま、一礼する。いっぽうレイリスは、ゆったりと微笑みかけてきた。


「ルド=ルウ殿、ゼイ=ディン殿、アイ=ファ殿、お疲れ様です。みなさんもお変わりないようで、何よりです」


「あー、そっちもなー。ま、前の祝宴からまだ10日も経ってねーけどよー」


 この場の面々は、みんな送別の祝宴でご一緒しているのだ。ただしあれは300名規模の祝宴であったので、それほど交流を深める時間は取れなかったのではないかと思われた。


「みなさんは、2日前にもポワディーノ殿下やデルシェア姫と晩餐をともにされたそうですね。ポワディーノ殿下との関係もすっかり落ち着かれたとのことで、何よりです」


「あー。今さらあいつともめる理由はねーんだろうしなー。あとは、使節団とかいうやつだけだろ」


「ええ。今もスフィラ=ザザと、使節団について語っていました。……ただ、わたしも語るほどの情報を持っていないので、申し訳ない限りです」


「それは誰もが同じことなのでしょう。こちらこそ、このような場で性急に問い質してしまって申し訳ありません」


 と、頭を下げ合いながら、両名のかもしだす空気はとても和やかである。俺も安心して、そのさまを見守ることができた。


「あ、みなさんは料理をお食べに来られたのですよね。どうぞわたしにはかまわず、召し上がりください」


 如才のないレイリスにうながされて、俺たちはそちらの料理に手をのばした。

 こちらで準備されていたのは、ピザ風の焼きポイタンだ。宿場町では石窯を有している宿屋もほとんど存在しないため、普通のかまどでも作りあげることのできるこちらの献立が推奨されたのだった。


 ただ現在は雨季であるために、頼みの綱のタラパが使えない。よって、俺が考案した照り焼きキミュスのトッピングだ。ギャマの乾酪をたっぷり使っており、コーンのごときメレスも散りばめて、さらにはマヨネーズとマスタードに似たサルファルも使用している。タラパソースが主体となるピザとはまた趣の異なる、おすすめのひと品であった。


「ふーん。森辺だったらギバのべーこんや腸詰肉が使われそうなもんだけど、こいつはキミュスの肉なのかー」


「うん。照り焼きの味付けは、キミュスの肉によく合うからね。それに、ギバのベーコンや腸詰肉はちょっと値が張るから、宿場町では使う人がいないんだよ。……ルド=ルウたちには、ちょっと物足りないかな?」


「そりゃーギバが使われてるに越したことはねーけど、キミュスなんざ森辺の外でしか食う機会はねーからなー。たまには気分が変わって、いいんじゃねーの?」


 と、ルド=ルウとアイ=ファは旺盛な食欲を満たしていく。いっぽうゼイ=ディンは落ち着いた挙動でピザ風の焼きポイタンを口に運び、また愛娘に微笑みかけた。


「俺もこちらは、美味だと思う。正直に言うと、キミュスの肉というものは味気ないと思っていたのだが……こういう強い味付けには合っているように思える」


「うん。ギバとは違う美味しさだよね。わたしも晩餐で使おうとは思わないけど、森辺の外で食べる分には何の不満もないよ」


 そのように答えるトゥール=ディンは、やっぱりあどけない雰囲気で可愛らしい。そういえば、こちらの父娘とは城下町でしょっちゅうご一緒しているが、森辺では雨季の関係で祝宴をともにする機会が失われていたのだ。それで本日は城下町での祝宴ほど気を張っていないため、ふたりの普段通りのやりとりが新鮮に感じられるのかもしれなかった。


「……ともあれ、東の王都の使節団も早ければあと10日足らずで到着するのですよね。わたしとしても、身の引き締まる思いです」


 と、こちらが食事に熱を入れると、スフィラ=ザザとレイリスが真面目な面持ちで語り始めた。俺たちが合流する前の会話を再開させたのだろう。


「このたびは正規の使節団ですので、事前に前触れの使者が届けられるはずです。そちらが到着したならば、すぐさま森辺にも伝えられることでしょう」


「ええ、そのように願っています。ただ……このたびは、あくまでジェノスとの和解のためにおもむいてくるのですよね? 森辺の民も、また呼び出されることになるのでしょうか?」


「それは使節団の側の思惑次第になるかと思われますが……ただ、賊の2名は森辺を襲撃し、そちらで捕縛されているのですからね。やはりあちらとしては、森辺の民にも謝罪が必要であると考えるのではないかと思われます」


 賑やかな宿場町の片隅で、スフィラ=ザザとレイリスだけ城下町に身を置いているかのようだ。まあ、見学者のレイリスと調理助手のスフィラ=ザザであるため、勉強会に対する熱意というものは一段下がるのかもしれなかった。


「あーゆー話には、ララも食いつきそうだよなー。そーいえば、あいつはどこに行ったんだ?」


「さあ? 食事をここに運び込んだ後は、リーハイムたちと一緒にいたはずだけど……そういえば、姿が見えないね」


 紅鳥宮などに比べれば小規模の大広間であるため、この人数でもそれなりの人口密度であるのだ。ざっと室内を見回しただけでは、ララ=ルウの特徴的な髪の色合いも見当たらなかった。


「ま、どーせ料理とは別の話題で盛り上がってるんだろうなー。俺の役目は帰り道の護衛だから、ほっとくか」


「あはは。ジザ=ルウに知られたら、叱られちゃうんじゃないのかい?」


「そんな話、ジザ兄の耳まで届かねーだろ。……アスタも、余計なこと言うなよなー?」


 そうして俺たちが和やかに語らっていると、ナウディスがひょこりと顔を覗かせた。


「おお、みなさん、お疲れ様です。アスタ、あちらの汁物料理も、実に素晴らしい出来栄えでありますな」


「ああ、こちらの卓には汁物料理も準備されてたんですよね。俺たちも、いただこうか」


 俺たちは人垣の間を縫って横移動して、大きな鉄鍋のもとを目指した。

 こちらの屋敷も晩餐会に備えて、保温器具が常備されているのだ。その上で、汁物料理が薄く湯気をあげていた。


 汁物料理は森辺でも城下町でもトレンドになりつつある、豆乳鍋だ。新規の野菜も具材として使いやすいため、どの地においても目新しさを演出するのにうってつけであった。


 なおかつこちらは魚介の食材を前面に押し出すべく、牡蠣に似たドエマの貝、クルマエビに似た甲冑マロール、明太子に似たジョラの魚卵、ツナフレークに似たジョラの油煮漬けのつみれなどが使用されている。これはもっとも豪奢な仕様であるため、どこまでの具材を使用するかは宿屋それぞれの判断であった。


「雨季には気温が下がるため、普段よりも汁物料理の注文が増えるように思います。それでわたしも献立の幅を広げたいと思っておりましたので、こちらの料理もさっそく参考にさせていただきますぞ」


 ナウディスはほくほく顔で、そんな風に言っていた。宿場町でも屈指の力量を持つナウディスでも本日の勉強会に意義を見いだせたのなら、何よりの話である。


「わたしの宿ではミソと豆乳をあわせて使っておりまして、そちらもなかなかの人気であったのですが……ミソは、風味が強いですからな。こちらの料理は豆乳のみを使うことで、いっそう具材の味が際立っているように感じられますぞ」


「ええ。スープを力強く仕上げるか優しめに仕上げるかで、まったく違う魅力になりますからね。それを使い分けると、お客さんにもいっそう喜んでもらえるんじゃないかと思います」


「まったくですな。新しい食材が増えると、どうしても手広く使いたくなってしまうのですが……時には、自制も必要なのでしょう」


「ええ。以前の城下町は、その自制がきいていないような印象でしたからね。宿場町もどんどん扱える食材の数が増えていますので、同じ道を辿らないように心がけるべきだと思います」


 やはりナウディスは考え方がしっかりしているので、こちらとしても議論のし甲斐があった。

 そうして汁物料理も存分に味わったならば、また移動だ。大広間のスペースを有効に使えるように、卓には1種か2種の料理しか配置されていないのである。ただ、これでそろそろ折り返しに入ったはずであった。


「お、ララだ。なんだ、珍しい連中と一緒にいたんだなー」


 と、次の卓にはララ=ルウとバルシャが待ちかまえており、ともに控えていたのはシフォン=チェルとサンジュラであった。確かにこれは、ちょっと珍しい組み合わせである。


「ああ、ルドか。アイ=ファにゼイ=ディンも、お疲れ様。……シフォン=チェルたちが、そんなに珍しい?」


「そいつらじゃなくって、お前の話だよ。最近のお前は、貴族とべったりだもんなー」


「だって、リーハイムはレイナ姉が離さないし、レイリスはスフィラ=ザザにおまかせできるからさ。だったら次にしゃべり甲斐があるのは、このふたりでしょ」


 そんな風に言ってから、ララ=ルウは申し訳なさそうに頭をかいた。


「って、シフォン=チェルは料理の勉強のために来たのに、あれこれ余計な話ばっかり聞いちゃってごめんね? 別に、城下町の様子をうかがうためだけに話しかけてたわけじゃないんだよ?」


「はい……恐れ多い物言いかもしれませんが……森辺の方々がそのような打算だけで動くことはないものと承知しています……」


「ふふん。最近のララは絆を深めるより、あれこれ聞きほじることを優先してるみてーに見えるけどなー」


「そんなことないってば!」と、ララ=ルウはルド=ルウを引っぱたくふりをする。本当に手を振り下ろしても回避されると承知しているのだろう。すると、アイ=ファも穏やかな眼差しで口をはさんだ。


「ルド=ルウは軽口を叩いているだけであろうから、気にする必要もあるまい。私もララ=ルウが本道を見失うことはないと信じているし、さまざまな貴族と心を通わせようとする振る舞いは得難く思っているぞ」


「いや、アイ=ファにそんな風に言われると、こっちのほうが恐縮しちゃうんだけど……まあとにかく、あたしのことは気にしないで食事を楽しんでよ」


 ララ=ルウたちのことを気にしないわけにはいかなかったが、とりあえず食事をいただくことにした。こちらで準備されていたのは、ギバのモモ肉の中華風炒めだ。


「おー、さっきはギバの料理がなかったから、ありがてーな。キミュスやマロールも悪くねーけど、ギバを食わねーと晩餐を食った気になれねーからよ」


 ルド=ルウはご満悦の面持ちで、料理を取り分けていく。こちらは魚醤や貝醬をベースにしつつ、花蜜も使って甘じょっぱく仕上げたひと品だ。そしてさりげなく、最近開発した凝り豆の厚揚げも具材として使っていた。中華風の炒め物に厚揚げというのは俺にとって新鮮な試みであったが、問題なく調和したものと自負している。


「それで、ララ=ルウたちはどんな話をしてたのかな?」


「それはまあ、色々だよ。シフォン=チェルとサンジュラもリフレイアと一緒に行動することが多いから、貴族に負けないぐらい城下町の情勢に詳しいしね」


「ふうん。それで何か、面白い話はあったのかな?」


「面白いかどうかは、聞く側の問題でしょ。アスタが興味ありそうな話題で言うと……ポルアースたちはもう八割がた、東の王都と大きな交易を始めるつもりでいるみたいだね」


「へえ。それは使節団が到着するまで、どう転ぶかわからないって話じゃなかったっけ?」


「あっちが乗り気じゃなかったら、こっちから積極的に働きかけようって方針みたいだよ。東の王都にはジェノスで見かけない食材がたくさんあるみたいだし、飾り物や織物とかに興味を持ってるのもティカトラスだけじゃないんだろうしね」


 それは、頼もしい話である。なおかつ俺としては、そこにポワディーノ王子の思いも反映されることを願うばかりであった。


「そうすると、ジェノスの側はやっぱりフワノや果実酒が一番の売りだからね。リフレイアやトルストも、しょっちゅうポルアースたちと交易について話し合ってるみたいだよ」


「なるほど。……これでまたトゥランの実りが活用されれば、リフレイアにとっても喜ばしいのでしょうね?」


 俺の問いかけに、シフォン=チェルは「はい……」と口もとをほころばせた。


「フワノや果実酒は日持ちしますので、遠方の地との交易では有用であるようだと……リフレイア様も、お喜びのご様子でした……」


「ええ。シャスカや色んなお酒を買いつける分、フワノや果実酒は外に売りに出す必要があるはずですもんね。荘園のほうも順調なようですし、トゥランはきっとこれからどんどん発展していきますよ」


「アスタ様にそのように言っていただけると、心強い限りです……」


 そう言って、シフォン=チェルはサンジュラのほうに向きなおった。

 サンジュラもまた、ゆったりと微笑んでいる。俺はあんまりこちらの両名の関係性を把握していないのだが、かつてはともにジャガルまで遠征した間柄であるのだ。それ相応に、絆は深まっているはずであった。


「せっかくだから、アスタと料理の話もしておきなよ。シフォン=チェルは、かまど仕事の腕を上げるために来たんだからさ」


 ララ=ルウがそのようにうながすと、シフォン=チェルは珍しくもじもじとした。


「それはありがたい申し出なのですが……実は、わたくしはまず菓子に注力するべきかと……そのように思い至ったところであるのです……」


「へえ、菓子ですか。リフレイアは、菓子も好物ですもんね」


「はい……それにやっぱり料理というものは、あまりに奥が深すぎて……もちろん菓子とて、それは同様なのでしょうが……まだしも料理よりは、種類が限られるのではないかと……」


「ええ。調理をイチから学ぶ道筋として、悪くない選択だと思いますよ。晩餐会や祝宴の厨を預かるのは大変でしょうけれど、小規模な茶会だったらすぐに実現できるかもしれませんしね。そうしたら、きっとリフレイアもお喜びでしょう」


「はい……ですがそれは、アスタ様のご厚意をないがしろにするような振る舞いなのではないかと……それだけが、気がかりでならなかったのですが……」


 と、もじもじするのをやめたシフォン=チェルは、とても切なげな目つきで俺を見つめてくる。きわめて美麗な容姿をしたシフォン=チェルにそんな眼差しを向けられるのは、ちょっとした圧力だ。俺は右頬にアイ=ファの視線を感じつつ、「そんなことはないですよ」と笑顔を返してみせた。


「もちろん菓子では俺も大してお力にはなれませんけど、一番大切なのはシフォン=チェルとリフレイアのお気持ちです。どうぞ俺なんかのことはかまわず、もっとも望ましい道をお選びください」


「はい……本当に、アスタ様のご不興を買うことはありませんでしょうか……?」


「もちろんです。それでシフォン=チェルたちが望む通りの結果を手にできたら、俺だってそれが一番嬉しいですよ」


 俺がそれだけ言いつのると、シフォン=チェルはようやく自分の胸もとに手をやって、ほうっと息をついた。そんな仕草もなよやかで、貴婦人さながらのシフォン=チェルである。


「ありがとうございます……アスタ様の寛大なおはからいに、心より感謝の言葉をお伝えさせていただきます……」


「それはあまりに、大げさですよ。それじゃあ、トゥール=ディン、あとはよろしくね?」


「は、はい。わたしでお力になれるのでしたら……それでは本日作りあげた菓子を食べていただきながら、こまかいご説明をいたしましょうか?」


「ありがとうございます……」とシフォン=チェルが嬉しそうに微笑むと、トゥール=ディンもそれに呼応するように微笑んだ。


「たしか隣が、菓子の卓だったよね。せっかくだから、みんなで移動しようか」


 ということで、俺たちはそれなりの人数で移動することにした。

 その道行きで、俺がこっそりアイ=ファのほうをうかがってみると――案の定というべきか、いくぶんまぶたが下がってしまっている。そして、感情を押し殺した半眼が俺をねめつけてきたのだった。


「……何をそのように、私の顔色をうかがっているのだ?」


「いや、アイ=ファが気分を害してたらまずいなと思って……」


「……私が気分を害する理由があろうか?」


「それはそうだけど、あんまりご機嫌そうな目つきではないよな」


 するとアイ=ファはいっそう目を細めながら、俺の耳もとに囁きかけてきた。


「お前にもあちらにもよからぬ思いがないことは、わかっている。だから、何も気にする必要はない」


「うん、そっか。でも……やっぱり、その目つきは気になるなぁ」


「私の目つきなど、放っておけ」


 そう言って、アイ=ファはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 そんな仕草を見せられると、心配よりも愛おしさのほうがつのってしまう。なおかつ、たったあれだけのやりとりですねてしまうアイ=ファの情の深さというものが、俺の心を温かくしてやまないのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーハイムは今まであまり活躍しなかった気がしますので、まわりに負けず頑張ってる姿が微笑ましいですね。ただ昔のいざこざ越えるだけでなく、ちゃんと自分の立場と責任築いあげていけるのは人としても…
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