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異世界料理道  作者: EDA
第八十七章 甘雨の時節
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親睦の晩餐会①~開会~

2024.5/31 更新分 1/1

 森辺の一行は白い調理着と武官のお仕着せという姿のまま、立派なトトス車で白鳥宮に送り届けられることになった。

 宿場町の面々は、ここでお別れだ。あちらは装いをあらためたのち、宿場町の入り口まで送られる手はずになっていた。


 そうして白鳥宮に到着して、そちらの厨まで案内されたならば、別れたばかりの面々がやってくる。デルシェア姫とロデ、プラティカとニコラとシフォン=チェル、そして『王子の耳(ゼル=ツォン)』が3名だ。武官のロデまで頭数に入れると、こちらのかまど番に匹敵する人数であった。


「あはは! ちょっと今日は、大人数になっちゃったねー! アスタ様たちは、8人一緒に作業するの?」


「いえ。4人ずつで、二手に分かれる予定でした」


 俺の班はユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアで、もう片方のレイナ=ルウ、リミ=ルウ、マイム、トゥール=ディンが、副菜と菓子を受け持つ予定になっている。見学のし甲斐は、同じだけ存在するはずであった。


「じゃ、こっちも二手に分かれないとね! 『王子の耳(ゼル=ツォン)』のみなさんは、どーするの?」


「はい。この身はそれぞれ、アスタとレイナ=ルウとトゥール=ディンの調理を見守る所存です」


 では、もう片方の厨に2名が出向くということだ。俺のもとに居残るのはお馴染みの七番であったので、レイナ=ルウとトゥール=ディンも普段から森辺に迎えている面々があてがわれているのだろうと察せられた。


「じゃ、たまにはトゥール=ディン様やレイナ=ルウ様の調理を頭から見学させてもらおっかなー! プラティカ様たちも、それでいい?」


「はい。異存、ありません」


 ということで、デルシェア姫はロデとともにレイナ=ルウたちの後を追いかけていく。こちらに居残るのは、総勢4名だ。


「シフォン=チェルは、こちらの見学までされるのですね。侍女のお仕事は大丈夫なのですか?」


「はい……こちらの厨の見学も、リフレイア様のお言いつけですので……」


 シフォン=チェルは蜂蜜色のウェービーな髪を揺らしながら、恭しげに一礼する。すると、レイ=マトゥアが元気に発言した。


「シフォン=チェルがかまど番として修練を積むことになるなんて、びっくりでした! 今後は『麗風の会』だけではなく、宴料理なども手掛けることになるのでしょうか?」


「さあ……わたくしがそれだけの力をつけることがかなえば、そういう話もありえるのやもしれませんが……ただ、侍女としての仕事もありますので……わたくしなどに、それほどの成長が見込めますかどうか……」


 シフォン=チェルのつつましい言葉に、プラティカは「いえ」と毅然たる声をあげる。


「シフォン=チェル、筋がいい、思います。舌、鋭敏ですし、腕力および体力、申し分ないですし、何より、仕事、果たそうとする意欲、強いです」


「過分なお言葉、恐縮です……もしかしたら、毒見役の仕事を果たしてきた日々が、わたくしにも何らかの力を与えてくれたのかもしれません……」


「え? それは、どういう意味でしょう?」


 レイ=マトゥアが不思議そうに問い返すと、シフォン=チェルは憂えることなく微笑んだ。


「先刻の貴賓館が、トゥラン伯爵家のお屋敷として使われていた時代……わたくしは毒見役として毎日のように、ヴァルカス様やティマロ様の料理を口にしていたのです……それで、味の微細な変化に気が向くようになったのかもしれません……」


「あー、そうか! ヴァルカスもティマロも、かつてはサイクレウスのもとで働く料理人だったのですものね! うわー、毎日のようにあの方々の料理を口にされていたなんて、なんだか想像がつきません!」


「はい……ですが、その頃のわたくしはそれらの料理を美味だと判ずることもかないませんでした……わたくしが、そのような思いを抱くことになったのは……やっぱり、アスタ様の料理を口にしてからであるのです……」


 俺はかつてリフレイアに誘拐されて、5日間ほど料理を手掛けることになった。そうしてリフレイアに供される料理も、すべてシフォン=チェルが毒見をしていたのだ。


「その後、リフレイア様の侍女になることを許されたわたくしは、こちらの区域にある公邸に身を移されて……ディアル様のはからいにより、またアスタ様の料理を口にできるようになったのです……」


「ああ、当時のディアルはリフレイアやシフォン=チェルの分まで、屋台の料理を買っていましたもんね。なんだか、すごく懐かしいです」


「はい……それでわたくしはリフレイア様とともに、美味なる料理を味わう幸せを噛みしめることがかないました……」


 そう言って、シフォン=チェルはいっそうやわらかく微笑んだ。


「ですから、厨の仕事を覚えるようにとお召しをいただき、わたくしは心より嬉しく思っております……わたくしなどは、まだまだ厨番たる方々のお邪魔にしかなっておりませんが……いずれはリフレイア様に喜んでいただけるような料理を手掛けたいと願っております……」


「はい。その願い、あなた、意欲、根源なのでしょう。きっと、成長、見込めます」


 プラティカはあくまで毅然とした物言いだが、その紫色の目にはシフォン=チェルを思いやる光も覗いている。プラティカとて、敬愛するアルヴァッハのためにさらなる成長を望んでいる身であるのだ。君主のためにという言葉を、彼女たちは理想的な形で体現しているように思われた。


「ニ、ニ、ニコラもヤンの正式な弟子になって以来、祝宴の参席者として参加できる機会が増えましたものね。リ、リフレイアはそういう期待もあって、シフォン=チェルにかまど番としての修練を言いつけたのではないでしょうか?」


 マルフィラ=ナハムは目を泳がせつつ、ふにゃんとした笑顔でそう言った。ニコラは仏頂面のまま無言であったので、シフォン=チェルが「そうかもしれません……」と微笑む。


「わたくしなどがニコラ様に追いつく日など、永遠にやってこないのかもしれませんが……ともあれ、力を尽くしたく思います……」


「……わたしこそ、取り立てて料理人としての才に恵まれているわけではありませんでした。ただ身を立てるために、力を尽くしたまでです」


 と、ニコラはぶっきらぼうに、そんな言葉を言い捨てた。


「幸い、わたしはヤン様に弟子と認められることがかないましたので、侍女としての仕事もずいぶん免除されることになりましたが……あなたの場合は、ご主人の面倒を見る仕事も二の次にはできないのでしょう。であれば、与えられた時間を最大限に活かすべきかと思います」


「はい……至らぬ身でありますが、どうぞよろしくお願いいたします……」


 と、シフォン=チェルはプラティカとニコラに向かって一礼する。

 その姿に、ユン=スドラが小首を傾げた。


「今日はヤンの助手という名目で勉強会に参加されたようですけれど、シフォン=チェルはプラティカのもとでも手ほどきを受けておられるのでしょうか?」


「はい。私、ダレイム伯爵家、招かれること、多いため、その際、多少ながら、手ほどき、しています。本来、リフレイア、私の助手、望んでいたようですが……周囲、たしなめられたようです」


「たしなめられた? ……ああ、そうか。シフォン=チェルはもう、立派な南の民なのですものね。東の民たるプラティカにそうまでお世話を願うのは、筋違いということになってしまうのですか」


「はい。ですが、ヤンやニコラ、立派な力、持っていますので、私の力、不要でしょう」


 プラティカのそんな言葉に、まずはシフォン=チェル当人が「いえ……」やわらかな笑顔で応じた。


「もちろんヤン様とニコラ様の手ほどきも、ありがたい限りですが……プラティカ様のご厚意にも、心より感謝しております……」


「ええ。プラティカは素晴らしい腕をお持ちなだけでなく、人柄も素晴らしいですからね。ヤンとニコラとプラティカの3人に手ほどきしていただけるなんて、シフォン=チェルは本当に幸いでしたね」


 純真なるユン=スドラがそんな真っ直ぐな言葉を届けると、プラティカはたちまち黒い頬に血の気をのぼらせた。


「本日、無駄口、多いです。私、見学、集中したい、願っています」


「あはは。わたしは無駄な言葉とは思っていませんけれど、プラティカの集中を乱してしまったのでしたら、お詫びを申し上げます」


 と、純真なばかりでなく、おしゃまな一面も持つユン=スドラである。そして誰もが楽しく会話に励みながら、その手は調理の下準備に勤しんでいた。


「でも、プラティカがお元気そうでほっとしました。アルヴァッハたちが帰国して気落ちしているのではないかと、ちょっと心配していたのですよ」


 俺がそんな言葉を投げかけると、プラティカは赤面するのではなく紫色の瞳を鋭く輝かせた。


「気落ち、いとま、ありません。私、さらなる力、身につけて……アルヴァッハ様、期待、応えたい、願っています」


「はい。こんなに長期間の滞在を許してくれたアルヴァッハも、その期待に応えようとするプラティカも、どちらもすごい心意気だと思います。また必要があったら、いつでも森辺にいらしてくださいね」


「はい。しばらく、森辺、出向く機会、なかったので、アスタ、申し出、ありがたい、思います」


「その際は、どうぞわたしもよろしくお願いいたします」と、ニコラも慇懃に頭を下げてくる。そちらに「もちろんです」と笑顔を返してから、俺はシフォン=チェルのほうを振り返った。


「シフォン=チェルだけをお招きしたら、リフレイアが残念がるでしょうからね。そちらは是非とも、リフレイアとご一緒においでください」


「ありがとうございます……リフレイア様も、さぞかしお喜びになられることでしょう……」


 シフォン=チェルもまた、つつましい表情に見間違えようない喜びの感情をにじませてくれた。

 シフォン=チェルのおかげもあって、厨にはいっそう温かな空気が満ちているようだ。プラティカやニコラの気迫も好ましい限りであったが、たおやかな雰囲気を保持したまま真剣に取り組むシフォン=チェルの存在も、実に得難いものであった。


 そんな中、『王子の耳(ゼル=ツォン)』だけはひとり無言である。こちらはとにかく調理手順の丸暗記が任務であるため、自ら口を開くことはほとんどないのだ。しかし俺も彼らの見学を許してからもうずいぶん長い時間が経っていたので、気詰まりになることは一切なくなっていた。


 しばらくすると、デルシェア姫が舞い戻ってきたため、プラティカたちの一行はレイナ=ルウたちの厨へと移動する。デルシェア姫は勉強会の余熱を引きずって、普段以上の賑やかさであった。


「どんな副菜や菓子を準備するのか、ばっちりうかがってきたよ! もー、今から期待が止まらないなー! アスタ様も、とびっきりの料理を準備してくれるんでしょ?」


「ええ、そのつもりです。ちょっと評価が難しい品もまぎれこむかと思いますので、デルシェア姫のご感想を楽しみにしています」


「うんうん! どうぞよろしくねー!」


 デルシェア姫は、小さな身体が喜びの思いで弾け散ってしまいそうな勢いである。こちらはこちらで、父親を筆頭とする家族との別離に心を痛めている様子は皆無であった。


(デルシェア姫もプラティカも、すごいよな。故郷からひと月がかりの場所で調理の修行なんて、俺には真似できないよ)


 さらに言うならば、アイ=ファがそのような真似を許すわけもない。俺はダカルマス殿下やアルヴァッハの懐の広さにも、かねてより感服していた。

 また、そうだからこそ、俺は森辺のかまど番としてこの地で生きながら、かなう限りの力を尽くそうと考えている。俺にとってはこの地で生きることがもっとも幸福で満ち足りた行いであるのだから、それを我が身の力にかえて、プラティカにもデルシェア姫にも負けない立派なかまど番を目指す所存であった。


                  ◇


 それから一刻半ほどの時間が過ぎて――予定の刻限ぎりぎりで、晩餐会の料理は完成した。

 晩餐会の参席者であるプラティカやデルシェア姫は慌てて厨を出ていき、俺たちもお召し替えだ。本日は浴堂で身を清めなおす時間もなかったため、直接お召し替えの間に案内されることになった。


 護衛役たるアイ=ファ、ルド=ルウ、ラヴィッツの長兄も、本日は参席者である。そして俺たち男性陣には、西の様式の準礼装が準備されていた。


「あー、今日はポワディーノもいるから、南の装束は着られないってわけかー」


 ルド=ルウは、そんな風に言っていた。俺やルド=ルウは、かつてデルシェア姫からジャガルの準礼装というものを贈られていたのだ。

 なおかつ俺は昨年の試食会でジェノスの準礼装というものを買い求めていたが、本日はそれとも異なる装束であった。雨季で気温が低いために、それに適した準礼装が準備されていたのだ。


 それでも普段の宴衣装に比べれば、ずいぶんつつましい装いである。長袖の胴衣に肩掛けのようなものを羽織らされて、足もとはちょっと生地が厚いバルーンパンツだ。あとは適度な飾り物も準備されていたため、俺は自前の首飾りもそのままつけさせていただいた。


 そしてラヴィッツの長兄のみ、香油で髪を整えられる。落ち武者のごときざんばら髪が綺麗なオールバックに仕上げられると、彼はしたたかな商人のような風体になるのが常であった。


「にしても、こーゆー日にジザ兄もガズラン=ルティムもいねーってのは、ちょっと珍しいんじゃねーか?」


「うん。あくまで気軽な晩餐会って話だったからね。まあ、王族の人たちが同席してるだけで、気軽もへったくれもないような気はするけどさ」


「だよなー。ま、ジザ兄たちも祝宴に出たばっかだし、ポワディーノやデルシェアはもう警戒する必要もないって判断なんだろうなー」


 着付け役の小姓がいても、ルド=ルウの言葉には遠慮がない。そして小姓もつつましい表情を崩すことなく、ルド=ルウの首に瀟洒な飾り物を配置していた。


 そうして準備が済んだならば、控えの間で待機である。

 やはり準礼装でも、女衆のほうが時間がかかるのだ。その時間は、ルド=ルウにラヴィッツの長兄という愉快な組み合わせで歓談に励むことになった。


「先刻は言いそびれたが、東と南の王族が同席する場に族長筋の男衆がひとりしか参席しないというのは、なかなか驚くべき話であろうな。それなりに長きにわたって交流を重ねてきたデルシェアばかりでなく、ポワディーノにもそれだけの信頼が寄せられているというわけか」


 ラヴィッツの長兄がにやにやと笑いながらそのように言いたてると、ルド=ルウは気安く「そういうこったなー」と応じた。


「ポワディーノはずいぶん貫禄があるし真面目そうに見えるから、族長たちも安心したんじゃねーの? 俺だって最近は、あいつが10歳の餓鬼だってことを忘れそうになるぐらいだしなー」


「ふん。俺はまだ数えるぐらいしか顔をあわせていないし、そもそもあやつの顔を拝んだことすらないからな。ルウの末弟は、鴉に襲われた祝宴であやつの素顔を目にしていたのだったか?」


「俺はちらっとしか見てねーけど、声のほうは聞こえてたなー。手下を傷つけられて、怒り狂ってたよ。ありゃーゲルドの連中に負けねー迫力だったなー」


「ふふん。しかし王子の配下というのは、王子の分かれ身という立場なのであろう? であれば、自分の手足を傷つけられて怒り狂ったというわけか?」


「手足じゃなくって、目と盾だったけどなー。ま、口でなんと言おうと、根っこの部分ではひとりの人間として扱ってるってこったろ」


 俺も、ルド=ルウと同じ気持ちであった。そうでなくては、ポワディーノ王子があれほどの怒りをあらわにするとは思えなかったのだ。


「それにポワディーノ殿下は、神聖な存在である鴉を暴力の道具にされたことにも激しく怒っていましたからね。それはたぶん、王国の人間として正しく生きようという思いが強い証拠なんだと思います。俺は、初めて出会った頃のロブロスなんかのことを思い出しました」


「王国の民の誇りというやつか。まあ、誇りのない人間は道を踏み外しやすいものであろうしな。俺もせいぜい、今日という日にポワディーノという人間を見定めさせていただこう」


 ラヴィッツの長兄がしたり顔でそのように語ったとき、ついに女衆がやってきた。

 アイ=ファを含めて、そちらの総勢は9名だ。普段よりつつましい準礼装の姿でも、控えの間が一気に華やいだような印象であった。


 女衆も通常よりはやや生地の厚い長袖の長衣で、綺麗な肩掛けを羽織っている。長衣の裾は足首まであるため、露出しているのは首から上と手の先だけだ。森辺の女衆がこうまで露出を控えるというのは、実に珍しい話であった。


 ただし、髪だけはいったんほどかれた上でくしけずられ、城下町の流儀に沿った形で結いなおされている。ポニーテールであったりサイドテールであったりさまざまであるが、共通しているのは一部の髪だけを結いあげて、大部分は肩に流していることだ。年長組の4名はいずれもロングヘアーであったため、それだけで格段に優美さが増していた。


 そしてやっぱり俺が目を奪われるのは、アイ=ファである。

 アイ=ファも他の女衆と同じような装いであり、華美すぎることはまったくない。それで肌も露出していないのに、やっぱりアイ=ファの美しさは俺の胸を躍らせてならなかったのだった。


 女性的でつつましい装束であるならば、それに相応しい優美さが現出するのである。右サイドの髪だけを結いあげられて、残りの髪を腰まで垂らしたアイ=ファは、ほのかな凛々しさをアクセントにしつつ、どんな貴婦人よりもたおやかで優美に見えてならなかった。


「やはりティカトラスがいないほうが、私の気苦労も減るようだ。まあ、動きにくいことに変わりはないがな」


 そのように語るアイ=ファも、いつになく穏やかな眼差しである。案外、リミ=ルウたちと同じ装束を準備されたことに満足しているのかもしれない。そのリミ=ルウはまだ結いあげるほどの長さではないので、自然にカールした赤茶けた髪に花飾りを添えられていた。


 そうしてアイ=ファたちが腰を落ち着ける間もなく、晩餐会の会場へと案内される。

 本日の参席者は、俺たちを含めて22名である。つまり、森辺の民の11名という人数にあわせて、参席者の総数が決められたのだ。白鳥宮の広間には横長の卓が2脚準備されており、森辺の民は5名と6名に分けられて横並びの席に案内された。


 その席順も、もとから指定されている。俺と同じ卓になったのは、アイ=ファ、リミ=ルウ、マルフィラ=ナハム、ラヴィッツの長兄という顔ぶれだ。ただし、2脚の卓はぴったり寄せられていたため、ちょっと声を大きくすれば隣の卓の端に座した相手とも会話は可能なようであった。


 しばらくして、貴族と王族が入室する段に至り、俺たちは起立させられる。晩餐会ではあまりなかった作法であるので、きっとポワディーノ王子に対する配慮であろう。

 まずは西の貴族の面々が、俺たちと同じ扉から登場する。マルスタイン、メルフリード、エウリフィア、オディフィアというジェノス侯爵家の面々に、ポルアースとメリムの夫妻、それに外交官補佐のオーグという顔ぶれだ。


 そして、向かって右の扉からはデルシェア姫とディアル、左の扉からはポワディーノ王子とプラティカが姿を現す。付添人というものを持たない王女と王子は、それぞれジェノスに滞在する同国の人間を同伴させたのだった。


 その中から、俺やアイ=ファと同じ卓についたのは――ポワディーノ王子、プラティカ、マルスタイン、ポルアース、メリムの5名である。デルシェア姫とは日中にさんざん語らえたので、俺としても文句のない布陣であった。


(でも……フェルメスじゃなくって、オーグなんだな)


 本日は魚介の料理にこだわる必要はないという通告をいただいていたので、フェルメスが参席しないことは予想できていた。しかし、オーグがひとりで参席しているとなると――フェルメスの体調が心配なところである。騒乱の祝宴で足を痛めたフェルメスは、その後に熱を出したりして体調を崩していたのだ。


「お待たせしたね。森辺の面々も、どうぞ楽にしてもらいたい」


 マルスタインの鷹揚な呼びかけに応じて、俺たちも再度着席した。

 きっと護衛の人間は、背後の帳や左右の衝立の向こうに控えているのだろう。貴族や王族に付き従っているのは数名の侍女や小姓のみであり、ポワディーノ王子のもとにはもちろん『王子の舌(ゼル=ヴィレ)』と『王子の腕(ゼル=セナ)』がスタンバイしていた。


「雨季のさなかにたびたび足労を願ってしまい、申し訳なく思うと同時に、深く感謝している。本日はひときわ高い身分にあられるポワディーノ殿下とデルシェア姫をお招きしているが、何も格式張った集まりではないので心を安らがせてもらいたい」


「ええ。わたしなどは料理と菓子の見事さにはしゃいでしまうでしょうから、どうぞお目こぼしをお願いいたしますわね」


 口調だけは丁寧に、デルシェア姫が言葉を重ねる。そのエメラルドグリーンの瞳は、すでに期待に輝きまくっていた。

 いっぽうポワディーノ王子は面布で顔を隠しているため、内心もわからない。ただ、そのゆったりとした雰囲気に変わりはなかった。


「ではさっそく、料理と飲み物を運ばせよう。森辺の面々は、茶でかまわないのかな?」


「あー、それでお願いするよ」


 隣の卓から、ルド=ルウが気安く応じる。本日、森辺の側の最高責任者は、ルド=ルウということになるのだ。これは確かに族長たちも、もはやデルシェア姫とポワディーノ王子に警戒してないという証拠であるはずであった。


(オーグが参席したって聞いたら、ララ=ルウが残念がりそうだな)


 まあ、かまど番の人選はデルシェア姫に一任されていたので、しかたのない話である。これはあくまで勉強会の開催から副次的に生じたイベントであったのだった。


 よってマルスタインの言う通り格式張った集まりではなく、ともに晩餐を楽しんで親睦を深めようということなのだろう。俺としては何となく、東の王都の使節団が到着する前に肩肘の張らない場を設けておこうという趣旨を感じ取っていた。


(もしかしたらその後は、ポワディーノ王子とデルシェア姫が同席する機会もなくなるかもしれないもんな)


 ポワディーノ王子はジェノスを騒がせてしまった陳謝の意味も込めて、なるべくこちらの流儀に従おうと心を砕いている。しかし、間もなくジェノスにやってくる使節団がどのような心持ちであるかは、まったく知れないのだ。もちろん陳謝の姿勢であることは信じたいところであったが、来訪当初のポワディーノ王子の行状を鑑みるに、東の高い身分にある人間というのはずいぶん堅苦しい作法や習わしに身を置いているものと察せられた。


 しかしまあ、そちらがやってくるのはもう少し先の話だ。

 俺はマルスタインの心づかいをありがたく思いながら、ポワディーノ王子を筆頭とする貴き身分の方々と親睦を深めさせていただこうという所存であった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >君主のためにという言葉を、彼女たちは理想的な形で体現しているように思われた。 君主だと国の主の意味なので、ここは主君が正しいと思います。 [一言] 油揚げができたという事は稲荷寿…
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