送別の祝宴④~心尽くし~
2024.5/12 更新分 1/1
ジザ=ルウやララ=ルウと連れだって、俺たちは大広間に並べられた料理の卓のひとつに到着した。
するとたちまち、アイ=ファとララ=ルウは若き貴婦人の群れに取り囲まれてしまう。きっとこちらが近づいてくるのを、手ぐすね引いて待ちかまえていたのであろう。俺とジザ=ルウは、仲良く輪の外に押し出されることに相成った。
「申し訳ありません。あまり熱を入れすぎないようにと言いつけておいたのですが……アイ=ファ殿とララ=ルウ殿の魅力の前では、わたしの言葉など何の役にも立たないようです」
そんな言葉を投げかけてきたのは、レイリスである。彼とは叙勲の式典以来の再会であった。
さらに卓のほうではレイナ=ルウとマイム、ロイとボズルが熱っぽく語らっており、シン・ルウ=シンとジーダがそれを横から見守っている。卓の上に並べられているのは、レイナ=ルウの班が準備した宴料理であった。
「レイリスは、シン・ルウ=シンとご一緒だったんですね。ザザのおふたりは、別の卓に向かってしまったみたいです」
「ええ。いずれはご挨拶する機会もあるでしょう。語りたい相手がこのように多数おられると、ついつい目移りしてしまいますね」
と、レイリスはゆったり微笑む。彼はアラウトに負けないぐらい誠実で情熱的だが、洒脱な若き貴公子でもあるのだ。なおかつ、このたびの騒乱で勲章を授かるほどの卓越した剣士でもあった。
「レイナは、こちらだったか。アイ=ファには悪いが、今の内にレイナと言葉を交わしておきたく思う」
「あ、了解しました。アイ=ファもすぐに脱出してくると思いますよ」
本人に聞かれたら頭を小突かれてしまいそうだが、まあこれも交流の一環であるのだ。ララ=ルウが一緒であれば、アイ=ファも多少は苦労が減じるのではないかと思われた。
「よう。アスタに、レイナ=ルウの兄貴さんか。挨拶回り、ご苦労さん」
レイナ=ルウよりも早くこちらの接近に気づいたロイが、不敵な笑顔で出迎えてくれる。マイムとボズルは屈託ない笑顔で語らっていたが、レイナ=ルウは真剣そのものの面持ちであった。
「ちょうど今、レイナ=ルウの料理について感想を伝えてたんだよ。こいつは、大層な出来栄えだな」
「ええ。レイナ=ルウの、渾身の力作ですからね」
今日のレイナ=ルウは、あくまで俺の調理助手のひとりである。ただひと品だけでも自分の料理を供したいという話であったので、思うさま腕を振るってもらったのだ。
そんなレイナ=ルウが準備したのは、香味焼きの軽食である。
ただし、ただの香味焼きではない。これは、レイナ=ルウがいずれ城下町で売りに出したいと考えている献立であったのだった。
「こちらの軽食は、如何でしたか? 俺としては、非の打ちどころがない出来だと思うのですが」
「ああ。めいっぱい驚かされたよ。あの厄介なギラ=イラを使いこなしてるだけじゃなく、新しい試みが山盛りだからな」
そのように語るロイは、あくまで不敵な表情だ。
すると、勇ましい面持ちをしたレイナ=ルウがずいっと身を乗り出した。
「わたしも今回は自信をもって、こちらの料理を供したつもりです。でも、どこかに不備があるというのなら、ご遠慮なく指摘していただきたく思います」
「だから、どこにも不満はないって。さっきから、なんべんも言ってるだろ?」
「でも、ロイはずっと笑っています。それは、このていどの料理に深刻ぶることはないと判じてのことなのではないですか?」
レイナ=ルウのそんな言葉に、ロイはきょとんとした。
「いや、俺はめいっぱい深刻ぶってるつもりだけど……もしかして、俺が悔しがってないから、そんな風にいきりたってるのか?」
「あ、いえ、決してそういうわけではないのですが……」
「お前ら相手にいちいち悔しがってたら、身がもたねえよ。だから、悔しがるんじゃなく闘志を燃やしてるのさ。それが不遜に見えたんなら、悪かったな」
ロイが苦笑しながら頭をかくと、レイナ=ルウは顔を赤くしながらあたふたとした。
「わ、わたしこそ、いわれなくロイの心情を疑ってしまったようです。失礼な口ばかり叩いてしまって、申し訳ありません」
「いいっていいって。信じてもらえたなら、十分だよ。これならきっとヴァルカスだって、文句のつけようはねえさ」
それでようやく、話は一段落したようである。俺はふたりのやりとりを微笑ましく思いながら、レイナ=ルウの力作をいただくことにした。
こちらの料理には、ここ最近の研究の成果が存分に詰め込まれている。
まずこちらは激烈な辛みを持つギラ=イラを使った香味焼きであり、なおかつ後掛けの調味液も準備されていた。そのままの仕上がりであれば幼子でも口にできる味わいであり、後掛けの調味液をたっぷりつければ東の民でも満足できるという仕上がりだ。先日の晩餐会で供された香味焼きと同じく、こちらもプラティカの協力のもとに後掛けの調味液が完成されたのだった。
そしてこれはポイタンの生地にくるまれた軽食であるが、具材にシャスカを使用している。かつての試食の場でカルスにボリュームがありすぎると指摘されたレイナ=ルウは、シャスカを数ある具材のひとつとして考え、適切な分量を考え抜いたのである。そしてさらに、その具材を香味焼きにしたわけであった。
具材は列挙するのが苦労するほどさまざまな食材が使われており、それがピリ辛の味付けで綺麗にまとめられている。香草の辛さに果汁や酢の酸味、ギギの葉の苦みにノ・ギーゴの甘みとさまざまな味わいを織り込み、タウ油やミソや魚醤や貝醬といった数々の調味料を駆使しつつ、どこにも破綻は見られない。そして、ギラ=イラを主体にした後掛けの調味液も、どれほどの加減でも調和が崩れない絶妙の配合加減であった。
そこそこ辛みに強い俺は、朱色の調味液をひと筋だけ垂らして、そちらの軽食を賞味する。数日前に味見を頼まれたときと変わりのない、素晴らしい味わいであった。
「うん。俺としても、まったく不満のない味わいです。でもこれは城下町で売りに出そうかと考えている献立ですので、レイナ=ルウとしてもロイの感想が気になったんでしょうね」
「この料理だったら、城下町のどんな人間にも文句のつけようはないだろうさ。シリィ=ロウなんかは、俺以上に発奮しちまうだろうな」
「きょ、恐縮です。……シリィ=ロウは、まだいらっしゃらないのでしょうか?」
「ああ。昨日の朝から丸二日かけて今日の料理を準備したからな。師匠ともども、控えの間でへたばってるよ。ま、祝宴が終わる前には顔を出すだろ」
そうしてロイたちの会話に隙間ができると、ジザ=ルウがすかさず口をはさんだ。
「やはり本日は、このままシン・ルウ=シンにレイナの面倒を願うべきであろうか? 俺はさまざまな相手と、料理とは関わりのない話もしなければならないのでな」
「あ、はい。わたしはそれで、まったくかまわないのですけれど……でも、シン・ルウ=シンをつきあわせてしまうのも、心苦しいです。いっそわたしはマイムとともに、ジーダに面倒を見てもらうべきではないでしょうか?」
「ふむ。ジーダに対しては、心苦しさを覚えることもないということか?」
「ええ。ジーダはあまり、貴族との語らいに興味がないようですので……」
レイナ=ルウがもじもじしながらそのように答えると、ジザ=ルウは溜息をつき、ジーダは肩をすくめた。
「俺は、まったくかまわんぞ。この場所から動かずに済むのなら、むしろ気楽なぐらいだな」
「なに? そちらは会が始まってから、ずっとこの場に留まっているのか?」
「うむ。親切な者たちが、他の卓から料理を運んでくれているからな」
すると、その親切な人々がこちらにやってきた。誰かと思えば、ユン=スドラにチム=スドラ、レイ=マトゥアにマトゥアの長兄というカルテットである。
「おお、ルウの長兄にアスタではないか。そちらも挨拶は終わったのか?」
気さくなマトゥアの長兄は俺たちに笑いかけてから、料理ののせられた皿をジーダに差し出した。その姿に、ジザ=ルウはまた溜息をつく。
「族長筋の人間だからといって、余所の氏族の家人をそのように働かせるいわれはないはずだが」
「俺たちはべつだん、命じられて動いているわけではないぞ。ルウの次姉はこの場に留まって自分の料理の感想を聞きたいという話であったから、俺たちが自分の判断で料理を運んでやることにしたのだ」
すると、他なる皿を卓に並べながら、チム=スドラも「そうだな」と言葉を重ねた。
「同じ卓に留まっていてもさまざまな人間がやってくるのだから、レイナ=ルウも他の参席者たちと交流を深めるのに支障はなかろう。むしろ、レイナ=ルウから詳しい話を聞けることを喜ぶ者も多いようだぞ」
さすがチム=スドラは、よく見ている。それでジザ=ルウも、ようやく納得したようであった。
「まあ、レイナはかまど番として振る舞うほうが、より多くの相手と交流を深められるのだろうな。……わかった。申し訳ないが、この後も妹の面倒をお願いできるだろうか?」
「うむ。俺たちも行く先々でさまざまな相手と語らっているので、心配は無用だぞ」
ということで、レイナ=ルウは無事にこの場に留まることを厳格なる兄に許されたわけであった。
そのタイミングで、貴婦人の渦をくぐりぬけたアイ=ファとララ=ルウが合流してくる。アイ=ファは恨みがましい目つきで俺を見やり、ララ=ルウは無邪気に笑っていた。
「いやー、アイ=ファを前にすると若い娘さんたちは本当に浮かれちゃうんだね。あたしも同じような目にあうことはしょっちゅうだけど、浮かれ具合が全然違ってるよ。……あ、シン・ルウ=シンもお疲れ様!」
「うむ。ララ=ルウほどの苦労は負っていないがな」
ララ=ルウとシン・ルウ=シンは多くを語らないまま、ただ穏やかな輝きを灯した瞳で視線を見交わす。たとえ行動を別にしていても心はひとつといったような、強い絆を感じてやまない雰囲気であった。
「レイナの面倒はジーダに任せて、俺はこのままララとともに広間を巡ろうかと思う。シン・ルウ=シンも、こちらに同行を願えようか?」
ジザ=ルウの言葉に、シン・ルウ=シンは「うむ?」と小首を傾げる。
「それはまったくかまわぬが……俺が同行しても、何の役にも立つまい?」
「いや。シン・ルウ=シンはかつての剣王として名を馳せているからな。貴族を相手に語らうには、小さからぬ力になろう」
「ええ。シン・ルウ=シン殿と交流を求める貴族は少なくありませんからね。よければ、わたしが案内役を務めましょう」
ということで、そちらではシン・ルウ=シンとレイリスを加えた新たなカルテットが形成されることになった。
「ファの両名は、如何する? こちらと同行してもかまわんが」
「いや。こちらはリミ=ルウらを探そうかと思う。ジルベとサチを預けたままであるしな」
「相分かった。危険なことはなかろうが、油断だけはないようにな」
そうしてジザ=ルウたちが立ち去ると、俺とアイ=ファのもとにはロイとボズルが近づいてきた。
「せっかくだから、しばらく同行させてもらえるか? ここ最近は、つるむ機会もなかったからよ」
「ええ、もちろん。アイ=ファも、かまわないだろう?」
「好きにするがいい」と、アイ=ファはつんとそっぽを向いてしまう。まだ貴婦人の渦中に置き去りにしたことを根に持っているようだ。
レイナ=ルウとマイムは、別なる貴族たちから熱心に料理の感想を届けられている。それを横目に、俺たちもその場を離れることになった。
「なあ、アイ=ファは今日も大層な格好だな。今さら騒ぐ気はないけど、あの格好はちっとばっかり目の毒だよ」
と、次なる卓に向かう道行きで、ロイがそんな言葉を囁きかけてきた。
「あはは。俺も同じ気持ちですけど、アイ=ファは耳がいいので筒抜けかもしれませんよ」
「おっかないこと言うなよ。アイ=ファは何だか、機嫌が悪いみたいじゃねえか」
「貴婦人がたの猛攻にくたびれてしまったんでしょうね。いつものことなので、心配はいりません」
すると、前方を歩いていたアイ=ファがふわりとこちらに向きなおり、俺の頭を小突いてから正面に向きなおった。やはりこれだけ声をひそめても、アイ=ファの耳には筒抜けのようである。
「よう、アスタにアイ=ファ。そっちも動けるようになったんだな」
次の卓では、レビとテリア=マス、ユーミとジョウ=ランの4名が待ちかまえていた。卓に準備されていたのは、見覚えのない汁物料理だ。
「これは、ティマロの作だとよ。本当に今日は、試食会みたいな有り様だな」
「へえ、ティマロの料理か。匂いからして、美味しそうだね」
保温器具に設置された鉄鍋は、乳白色の煮汁に満たされている。今回もティマロが得意にするカロン乳と乾酪ベースの汁物料理であるようであったが、香りの素晴らしさはこれまで以上であった。
「……なんとも辛そうな香りだな」と、アイ=ファは細めた目に警戒心を漂わせている。そんな愛しき家長殿のために、俺が味見役をおおせつかることにした。
確かに、スパイシーな香りである。カロン乳や乾酪の料理に香草をふんだんに使うのが、ティマロのセオリーであるのだ。小姓から皿を受け取ると、その芳香がいっそう間近から迫ってきた。
「でもやっぱり、ティマロの料理は出来がいいよ。真似したくても、なかなか道筋が見えねえな」
レビの寸評を聞きながら、俺はそちらの汁物料理をいただいてみた。
まずは香草と乾酪の香りが、鼻に抜けていく。辛みはほどほどであったが、実に豊かな風味である。きっと少量ながらも、ギラ=イラが使われているのだろう。そして、牡蠣のごときドエマとマツタケのごときアラルの茸――さらに、ドエマ以外の魚介の風味も豊かであった。
具材を探ってみると、大ぶりなマロールの身が発掘される。これは、クルマエビのように立派な甲冑マロールだ。たとえ小さく切り分けられても、この肉厚な身でそうと知れた。
ただそれとは別に、ギバと思しき挽き肉も混入している。何より、香草と乾酪と魚介の奥底に、ギバの風味も感じられるのだ。それだけの風味が混在しながら上品な感じに味がまとめられているのは、さすがの手腕であった。
「挽き肉だけで、こんなにギバの風味が出ることはねえよな。他に出汁を取って、それを加えているのか……あるいは、脂を溶かし込んでるのかもな」
同じものを食したロイは、真剣な面持ちでそう言った。
いっぽうボズルは、笑顔で匙を動かしている。
「これは、素晴らしい出来栄えですな。もとよりティマロ殿は見事な手腕を持つ料理人ですが、この近年の意欲的な献立には驚かされてなりません」
「そりゃあ師匠やアスタたちに対抗しようと思ったら、あちらさんも熱が入るでしょうよ。でも……それでも自分の型が崩れてないのは、お見事ですね」
「いや、まったく。それもティマロ殿が長年にわたって積み上げてきた下地があってのことであろうな」
ロイもボズルも、こちらの品に不満はないようだ。そして、宿場町の民たるレビたちも森辺の民たるジョウ=ランも満足そうにしているのだから、本当に大したものであった。
「これはアイ=ファが困るほどの辛さじゃなかったから、安心して食べていいぞ」
俺がそのように伝えると、アイ=ファは凛然たる面持ちで乳白色のスープをすする。コメントは出てこなかったが、やはり不満はないようだ。
「そういえば、さっきはナウディスの料理もいただいたんだけど、あっちも文句のない出来栄えだったぞ」
と、ロイは熱っぽい眼差しと言葉を俺のほうに向けてきた。
「きっとあのお人も、もとから大した腕だったんだろうけど……やっぱり試食会ってもんがジェノスの料理人の底上げをしたように思えてならないんだよな」
「それは、確かなことだと思いますよ。森辺と宿場町と城下町の料理人がそれぞれの腕を思い知って、おたがいに影響を与え合ったんでしょうからね。それだけでも、十分に有意義だったと思います」
「まったくな。でも俺は、もっと実際的な技術交流の場が増えることを期待してるよ。シムの騒ぎのせいもあるけど、また最近はぱったり機会がなくなっちまったからさ」
「ええ。雨季の間はこちらも下ごしらえの作業にゆとりが出るので、何か企画できたらいいですね」
俺の返答に、ロイは「そうか」と目を光らせた。
「雨季の間は、行商人が減るもんな。その間は、お前らも手が空くってわけか」
「ええ。《銀星堂》は、雨季の影響はないんですか?」
「こっちはほとんど貴族様がお相手だから、大した影響じゃねえな。でも、それなら……宿屋の人らも、手が空くのかい?」
ロイの視線と言葉を受けて、レビとユーミはそれぞれ首を傾げた。
「そりゃあ雨季の間は、こっちもお客は激減だからな。普段に比べりゃ、手は空いてるよ」
「うちはゴロツキどもを相手にしてるから、そいつらの分は変わりもないけどさ。でもやっぱり東の行商人が減る分、少しは稼ぎが悪くなるって感じかなー」
「だったら是非、宿場町の人らも巻き込みたいところだな。貴族様にお願いすれば、通行証だってどうにかできるだろうしよ」
「ふーん。あたしらの腕にも興味ありってこと?」
「そりゃあそうさ。宿場町はナウディスを筆頭に、けっこうな料理人が居揃ってるんだからよ。……それにあの、ランディってお人もいるしな」
と、ロイはいっそう強い光を目にたたえた。
「あのお人は菓子ばっかり披露してるけど、あれだけの手腕があったら料理だって粗末な出来にはならないだろ。誰か、ランディの料理を食べた人間はいないのかい?」
「いやー、よその宿の食事を口にする機会なんて、そうそうないからなー!」
「ああ。あのお人は、屋台も菓子だけだからな」
「そうか。あのお人がアブーフの作法ってもんをわきまえてるなら、料理のほうでも大層な腕を見せつけてくれるんじゃねえかな」
そんなロイの熱情的な発言に、ユーミは「あはは」と楽しげに笑った。
「あんたは何だか、燃えてるねー! そーゆーのはちょっとひさびさで、なんか懐かしく感じちゃうよ!」
「俺たちは今回の騒ぎも、ほとんど他人事だったからな。料理以外のことに頭を悩ませる筋合いもないってことさ。……よかったら、アスタのほうから南のお姫さんあたりに働きかけてくれねえか? あのお姫さんだったら大喜びで乗ってくるだろうし、そうしたらジェノスの貴族様も動かざるを得ないだろうからよ」
「承知しました。でも、数日ばかりは猶予をいただけますか? こちらも今日でようやくひと区切りといったところですので、少しばかりは骨休みの期間をいただきたいんですよね」
「どっちみち、日取りを合わせたら数日後ってことになるだろ。またシムの一団が到着する前に、ひとつ頼むよ」
と、話が一段落したところで、「わふっ」という元気な声が響きわたった。
そちらを振り返ったアイ=ファが、嬉しそうに目を細める。ようやく求めていた面々と再会することがかなったのだ。
「わーい、アイ=ファだー! ジルベは、さすがだね!」
ジルベを追いかけるようにして、リミ=ルウもちょこちょこと駆け寄ってくる。その後ろからは、武官の礼服を纏ったルド=ルウも小走りで追いかけてきた。
「ようやく会えたな。もしや、ジルベに我々を探させたのであろうか?」
「うん! ごあいさつはもう終わったみたいだったから、ジルベにお願いしたの!」
ジルベはその嗅覚でもって、こちらの所在を突き止めたのだろう。ジルベが誇らしげに胸を張っていたので、俺がアイ=ファの分まで頭を撫でることにした。
「ジルベとサチも、お疲れ様。城下町の人たちとご縁を紡げたかな?」
ジルベは「わふっ」と元気に答え、サチはつんとそっぽを向く。やっぱりサチのそんな仕草は、機嫌を損ねたときのアイ=ファとそっくりであった。
「では、そろそろ移動するか。……アスタの料理は、どこに置かれているのであろうな」
「アスタの料理は、あちこちに分けられてるみたいだよー! 一番近いのは、あそこかな!」
アイ=ファの左腕を抱きすくめながら、リミ=ルウは人垣の向こう側を指し示す。それで俺たちは宿場町の一行とジョウ=ランに別れを告げて、そちらに移動することになった。
そちらにも、たくさんの人々が集っている。その大半は年配の貴族であったので、アイ=ファではなく俺が取り囲まれることになった。
「アスタ殿! 本日も、素晴らしい宴料理ですな! 心から感服しましたぞ!」
「ありがとうございます。お気に召したのなら、幸いです」
年配の方々は節度をわきまえているので、俺がアイ=ファほどの苦労を負うことはない。ただ、風格のある人々が子供のように瞳を輝かせているさまに、心を和ませるばかりであった。
こちらの卓に並べられていたのは、カレーピラフと各種の揚げ物である。アルヴァッハやダカルマス殿下らは屋台の料理も満喫しているので、そちらとは異なる献立の中から厳選した品々であった。
カレーピラフはけっこう前から手掛けていたが、おそらく城下町で供するのは初めてのことだろう。油分にコーティングされたピラフやチャーハンは時間が経ってもシャスカの水気がとぶ割合が少ないので、こういう場にはうってつけであった。
揚げ物は、王道のギバカツや雨季ならではのトライプのクリームコロッケの他に、クルマエビに似た甲冑マロール、マツタケに似たアラルの茸、アスパラガスに似たドミュグド、生鮮のウドに似たニレ、ミョウガに似たノノ、オクラに似たノ・カザック、牡蠣に似たドエマなど、目新しい食材をふんだんに使っている。なおかつ、天ぷらは以前に供したので、今回はすべてフライだ。天ぷらで活用できる具材は、おおよそフライにも転用できるのだった。
ただ今回、後掛けの調味料はタルタルソースで統一している。雨季ではタラパが使えないため、ウスターソースやとんかつソースを準備できないのである。そのタルタルソースに貝醬を使っためんつゆを添加して、どの具材でも物足りなくならないように配慮したつもりであった。
あとはティノも使えないため、レタスのごときマ・ティノを中心にした生野菜のサラダもどっさり準備している。レモンのごときシールを使ったさっぱり仕立てのドレッシングをかけて食すれば、揚げ物の油分を多少なりとも中和してくれるはずであった。
「こちらのかれー仕立てのシャスカ料理は、素晴らしい仕上がりですな。ヴァルカスがアスタ殿の手を取る姿が、今から容易く想像できてしまいますぞ」
ボズルもにこやかな面持ちで、そのように評してくれた。
アイ=ファは無言のままであるが、なかなかの勢いでカレーピラフと山盛りのフライをたいらげていく。アイ=ファのそんな熱心さが、俺の胸をひそかに深く満たしてくれた。
(アイ=ファがちょっと不機嫌だったのは、俺の料理を早く食べたいって気持ちもあったからなのかな。……まったく、こっちの気持ちをかき乱してくれるなぁ)
俺がそんな思いを込めて見守っていると、目ざといアイ=ファにこっそり足を蹴られてしまった。それに気づいたのはジルベだけで、「わふ?」と不思議そうに小首を傾げている。
「ドエマは、揚げ物にも合うんだな。やっぱり揚げ物に関しては、なかなかアスタにかなわねえや」
と、別の方向からは不敵に笑うロイからそんな言葉を投げかけられた。ドエマは牡蠣に似ているのだから、これは牡蠣フライそのままのお味である。俺としても、自信をもって供したひと品であった。
「……アスタ。ひとつご質問があるのですが」
いきなり背後から声をかけられて、俺は「うわあ」と声をあげてしまった。
声の主は、藍色のフードつきマントと面布で人相を隠した、ポワディーノ王子の臣下である。そしてこの声は、いつも調理の見学に励んでいる『王子の耳』の七番であった。
「驚かせてしまったのなら、申し訳ありません。こちらの揚げ物の料理に関してですが……こちらは、他なる油でも作りあげることがかなうのでしょうか? それとも、レテンの油なる食材を使わなければ、これほど見事な仕上がりは目指せないのでしょうか?」
「え、えーと、もちろん使う油によって、仕上がりは変わってきます。でも、よほど強い風味を持つ油でなければ支障はありませんし、強い風味でも揚げ物料理に調和する可能性はありますよ。まずは試してみないことには、確たることは言えませんね」
「左様ですか。ご多忙な折にお手数をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
それだけ言い残して『王子の耳』が立ち去ると、ロイは「なんだありゃ?」と肩をすくめた。
「あの王子様の配下は、ずっとお前の調理を見学してるってんだろ? だったらあんな簡単な質問は、厨でいくらでもできるじゃねえか」
「いや、あの方々は自分から質問することがないんです。きっと見学の成果を耳にしたポワディーノ殿下が疑問を抱いたので、それを伝えに来たんでしょう」
「ふーん。ずいぶん難儀なやり口だな」
「はい。ついでに言うと、そうやって殿下の言葉を伝えるのは『王子の口』の役割ですからね。あちらはあちらなりに臨機応変な対応で、本来は耳の役割である『王子の耳』が言葉を届けてくれたんだと思います」
「ますます難儀だな。……こっちが勉強会を開くってなったら、あいつらももれなくついてくるってわけか」
そんな風に言ってから、ロイはにやりと笑った。
「ま、こっちが遠慮をする筋合いはねえや。なるべく早い内に、よろしく頼むぜ?」
「ええ、承知しました」
そんな風に外部の人々と勉強会を楽しめれば、それもまた平和な日常が蘇ったというひとつの証である。俺は邪心なく、ロイに笑顔を返すことがかなったのだった。




