麗風の会③~前半戦~
2024.4/18 更新分 1/1
「じゃ、ジルベたちは借りていくぜー」
そんな言葉を残してルド=ルウがきびすを返すと、リミ=ルウはアイ=ファに向かって「また後でねー!」とぶんぶんと手を振った。リミ=ルウはアイ=ファと同行したがっていたが、まずは南の王都の面々と語らいたいというララ=ルウに席を譲ったのだ。
まあ、この配置はあくまでひと通りの説明をするまでのものである。半刻ぐらいもしたならば自由に動けるはずなので、何も焦る必要はなかった。
そしてランディおよび3名の助手たちも、ルド=ルウたちに追従する。彼らも左側の卓で、菓子の説明に励むのだ。今日はフォンデュの菓子であるため、侍女や小姓ばかりに任せておけない部分もあったのだった。
残された面々も、再編成された顔ぶれで散開する。トゥール=ディンたちは自ら奥側の卓に向かってくれたので、出遅れた俺たちがもっとも手近な卓から攻めることができた。
こちらは南の王都の関係者に、俺とアイ=ファ、ガズラン=ルティムとララ=ルウという顔ぶれだ。ようやく実食が開始されて、デルシェア姫は輝かんばかりの笑顔になっていた。
「ランディ様の不思議な菓子が森辺のみなさんのお知恵でどのような進化を遂げたのか、ずっと楽しみにしておりましたわ! 今日は厨の見学もできなかったので、期待もひとしおです!」
「あはは。お気に召したら、幸いです」
ということで、俺たちは最初の卓を取り囲むことになった。
これは俺が班長として仕上げた、もっともオーソドックスなチョコレートフォンデュだ。卓にスタンバイしていた小姓が鉄鍋の蓋を持ち上げると、チョコレートの甘い香りがたちまち拡散した。
「おお! これはまさしく、ちょこれーとの海ですな! 香りを嗅いでいるだけで、舌が疼いてしまいますぞ!」
本来の無邪気さを取り戻したダカルマス殿下も、うきうきとした声音でそのように言いたてた。
俺たちが仕上げた液状のチョコレートは城下町の立派な鍋に移されて、ねっとりと黒褐色に照り輝いている。鍋の下に設置されているのは、もともと城下町の祝宴で使用されている保温器具だ。その台座の内部は二重構造になっており、下の段では炭が燃やされて、上の段ではお湯が張られているのである。これなら如何なる料理でも、焦がすことなく保温が可能なわけであった。
「このチョコレートフォンデュは、ふだん菓子に使っているチョコレートにカロンの乳と生クリームを加えて、ゆるく仕上げています。そして10日前の祝宴で出された菓子と同じように、チョコレートの甘さは砂糖ではなくエランで作りあげています」
「ふむふむ! エランのほうがやや食べ心地が軽くなるというお話でありましたな! 今日はひときわ大量にちょこれーとを食することになるのでしょうから、実にありがたき配慮ですぞ!」
ダカルマス殿下はいっそう声を弾ませて、デルシェア姫もいっそう瞳を輝かせている。そしてロブロスとフォルタの両名は厳格なる表情を保持しつつ、どこか懸命に自制しているような趣だ。彼らもまた、甘い菓子には関心が高いはずなのである。
「それでは、取り分けをお願いします」
俺の要請に従って、恭しく頭を垂れた侍女のひとりが白いカップにチョコレートフォンデュを取り分ける。その姿に、デルシェア姫がぐいっと身を乗り出した。
「アスタ様! 本日は鍋に具材をひたすのではなく、ちょこれーとをそれぞれ取り分けるのですね!」
「はい。大試食会でランディがフォンデュのような菓子をお出ししたときも、やっぱり具材を鍋に落としてしまう御方が多数おられたようなのですよね。それに、2度づけは禁止という取り決めにしても、やっぱり不衛生と感じる方々もいらっしゃるかもしれませんので……今回は、こうして各自で取り分けていただくことになりました」
ということで、各自にチョコレートを注いだカップが回されていく。全員にそれが回ったならば、いよいよ具材のお披露目だ。
侍女たちが次々にクロッシュを開帳していくと、ダカルマス殿下は「おおっ!」と驚きの声を張り上げた。
「今日は焼き菓子ばかりでなく、これほどの具材を準備しておるのですな! これは、アスタ殿の故郷の流儀でありましょうか?」
「はい。実は俺もチョコレートフォンデュに関しては、あまり知識を持ち合わせていなかったのですが……たしか俺の故郷では、生鮮の果実も具材にしていたのです」
その場には、生鮮の果実がどっさり準備されていた。リンゴのごときラマム、キイチゴのごときアロウ、桃のごときミンミ、夏ミカンのごときワッチ、ブルーベリーのごときアマンサ、サクランボのごときマホタリ、マンゴーのごときエランといったラインナップである。このラインナップから外されたのは、如何なるフォンデュともあまり相性がよくなかった干し柿のごときマトラと、粒が小さくて食べづらいレーズンのごときリッケのみであった。
その代わりに、サツモイモのごときノ・ギーゴと、栗のごときアールが加えられている。こちらのふた品は生鮮ではなく、適度に熱を入れた仕上がりだ。もとより菓子に使われることも多いノ・ギーゴとアールは、フォンデュの具材としても申し分なかった。
あとは、ランディが大試食会で準備した焼き菓子に――俺が発案したひと品も準備されている。俺としてはそれなりに変化球であるつもりであったが、試食をしたトゥール=ディンたちから大好評であったためラインナップに加わったのである。
しかしそれよりも、まずは山のような果実に目を奪われることだろう。左側の卓に集まった貴婦人たちからも、黄色い声がわきたっている。俺の記憶では、祝宴の場にこれほど生鮮の果実が並べられたことは、かつてなかったはずであった。
「ふむ……古きの時代には、食事の場に生鮮の果実を並べていたそうですが……近年は果実を菓子の材料に仕立てるのが主流となっておりますため、むしろ新鮮に感じられますな」
ロブロスは、そのように語っていた。
きっと近年において、生鮮の果実をそのままかじるというのは庶民の行いであるのだろう。そこに趣を感じてもらえれば幸いなところであった。
「生鮮の果実をちょこれーとで味わうなんて、味の想像がつきません! いったいどのような味わいなのでしょうね!」
「どうぞ、ご遠慮なくお確かめください」
俺がそのようにうながすと、身分の高い人間から順番に突き匙をのばした。
そうしてそれぞれの具材を口にしたならば、それぞれ感嘆の声があげられる。
「アロウはこんなに酸味が強いのに、ちょこれーととも相性は悪くないのですね! とても新鮮な味わいです!」
「マホタリは、実に愉快な味わいでありますな! ちょこれーとに使われているエランの風味と、とても奥深いところでひっそりと調和を為しているようです!」
エランは風味の薄い果実であるが、やはりチョコレートの材料として扱うとフルーティーな仕上がりになるのである。それがまた、生鮮の果実と上手い具合に調和するようであった。
アマンサを食したロブロスは、無言のままに深くうなずいている。
そして、ミンミを食したフォルタは――ひとり不明瞭な面持ちであった。
「ミンミはあまり、お口に合いませんでしたか?」
俺がそのように問いかけると、フォルタはいくぶん慌てた様子で背筋をのばした。
「あ、いや、決して不満があるわけではないのですが……わたしはもともと生鮮のミンミを好んでおりますためか、ちょっとその、違和感のようなものが……」
「はい。これだけの果実を並べれば、相性のよくない具材もあるかと思います。どうぞお気になさらないでください」
俺の返答に、フォルタではなくダカルマス殿下が「ふむ?」と小首を傾げた。
「相性のよくない具材を、あえて並べておるのでしょうか? それには、どのような意図が存在するのでしょう?」
「それは、色々な果実を試していただくとご理解いただけるかもしれません」
「ほうほう! それは、興をそそられますな!」
ダカルマス殿下は嬉々として、他なる果実に手をのばした。他の面々も森辺の一行も、それに続いてさまざまな果実を口にする。
「うーむ! ラマムも、愉快な味わいでありますな! 格段に調和しているとは言えないのやもしれませんが、意想外で楽しい心地になってまいりますぞ!」
「ワッチも、なかなか美味ですね! ワッチの弾けるような食感とちょこれーとの味わいを同時に楽しめるというのは、愉快な心地です!」
「エランは……まあ、無難な仕上がりでありましょうかな! ちょこれーとの邪魔はしておりませんが、エラン本来の味わいがかき消されてしまうようです!」
「あら、そうでしょうか? わたしはちょこれーとに使われているエランの果汁と相まって、いっそう美味しく感じますけれど」
と、そこで王族の父娘はきょとんと顔を見合わせた。
「ふむ……わたしとデルシェアの意見がこうまで分かれるというのは、常にないことですな」
「そうですわね。父様は、そんなにエランに気に入りませんの?」
「いや、決して気に入らないわけではないのだが……他なる果実に比べると、どうしても見劣りするように感じられるのだ」
「わたしは、そうは思いません。なんというか、エランがちょこれーとの美味しさを際立たせているような心地であるのです」
ダカルマス殿下とデルシェア姫は小首を傾げつつ、解答を求めるように俺のほうを振り返ってきた。
「実は森辺でも、同じような状態になっていたのです。これだけの具材をそろえると、さすがに個人の細かい好みで意見が割れてしまうようなのですよね。それなら、よほど相性がよくないと思われるもの以外はすべて並べて、味比べのように楽しんでいただこうという話に落ち着いたのです」
「なるほど! 味比べでありますか! 確かにこれは、味比べに興じているような趣でありますな!」
「そうですわね! 味比べで意見が割れても、何も不思議はありませんもの! 父様から星をいただけなかったエランも、立派な具材だと思いますわ!」
さすが美食家たる両名は、すぐさまこちらが準備した遊び心に順応してくれたようであった。
「ふむふむ! ノ・ギーゴは、素晴らしい味わいですな! 今のところ、わたしはこのノ・ギーゴが一番であるかもしれません!」
「アールも、とても好ましい味わいですわよ! ……あ、でも、やっぱりアロウにはかなわないかしら」
「ミンミも、わたしは悪くないように思いますな! ただしミンミの瑞々しさが殺されているという面もありますので、フォルタ殿が物足りなく思うお気持ちもわからなくはありませんぞ!」
「は、はい。どうも恐縮であります」
そうしてダカルマス殿下たちがはしゃぐかたわらで、ララ=ルウはこっそりロブロスとの歓談を楽しんでいた。それを見守るガズラン=ルティムは、なんだか父兄のようなたたずまいだ。
「焼き菓子だけはどのフォンデュとも調和するだろうという見立てですので、よければ締めくくりにお食べください。……あとこちらは、舌休めの意味もあって準備した品となります」
「ふむふむ? こちらは、何でしょう? いささかならず、見慣れない菓子でありますな!」
「これは、チャッチを薄切りにしてレテンの油で揚げたのち、塩をまぶしたものとなります」
それが、俺の考案した品であった。いわゆる、ポテトチップスである。チョコレートフォンデュとは別口で、たしか俺の故郷にはポテトチップスをチョコレートでコーティングした背徳的な菓子が存在したように記憶していたので、塩気のある菓子として如何なものかと提案した次第であった。
「こちらは突き匙を使うと割れてしまいますので、よければお手でおつまみください」
「ほうほう! チャッチは薄切りにして揚げるとこのように固くなるのですか! アスタ殿が以前に準備されたせんべいさながらでありますな!」
ダカルマス殿下は期待に照り輝く顔でポテトチップスをつまみあげ、カップのチョコレートにひたしたのち、口に運んだ。
すると、もともと大きな目がくわっと見開かれる。
「これは……実に目新しい! チャッチとは思えぬ固い食感とほどよい塩気が、ちょこれーとと素晴らしく調和しているようですな!」
「ああ、本当です! それにやっぱり、途中で塩気のある菓子をはさむのは非常に効果的ですわね!」
何気なく食したフォルタなども、「おお」と感嘆の声をこぼしている。
俺がそれらの姿に胸を撫でおろしていると、凛々しき姿のアイ=ファが子供のようにくいくいと袖を引っ張ってきた。
「アスタよ。私はあの菓子をそのまま食したいのだが……それはやはり、無作法であろうか?」
「いやいや。アイ=ファこそ、塩気が欲しくてたまらないところだろう? 何も無作法なことはないから、好きなだけ食べてくれよ」
「そうか」と嬉しそうに目を細めながら、アイ=ファはポテトチップスをぱりぱりとかじった。甘い菓子に対して関心の薄いアイ=ファは、いつも『麗風の会』で忍耐を強いられているのだ。これでは俺も、塩気のある菓子の考案に頭をひねらざるを得ないのだった。
「うーむ、焼き菓子も素晴らしい! 果実のほうは美味なれども品によっては多少の不満も出てしまいますし、ここでようやく舌が落ち着くような風情でありますな!」
そう言って、ダカルマス殿下は満面の笑みを俺に向けてきた。
「よって、すべてをひとくくりにして、判じさせていただきます! これは実に愉快でさまざまな楽しみに満ちた、美味なる菓子でありましたぞ!」
「わたしも、賛同いたしますわ! そして、この後にまだ2種ものふぉんでゅが控えているだなんて、想像しただけで胸が弾んでしまいますわね!」
そのように言ってから、デルシェア姫は自分のカップに目を落とした。
「ここであまり食べすぎるとおなかが満たされてしまいますので、そろそろ移動したいところなのですけれど……でも、ちょこれーとが余ってしまいましたわ。このまま保管していただいても、味が落ちることはないのでしょうか?」
「そうですね。あまり長い時間だと油分が分離したり固まったりしたりする可能性もあるのですが……実は、余ったフォンデュに関しても使い道を考案しておいたのです」
俺は一行を引き連れて、卓の端まで移動した。
そちらでも、鍋が保温器具に設置されている。そちらに待機していた侍女が一礼しつつ蓋を取り除くと、カロン乳の甘い香りがたちのぼった。
「こちらのカロン乳でフォンデュを溶かして飲むという使い道なのですが、如何なものでしょう?」
「ええ? ちょこれーとを飲むのですか? 確かにギギの葉というものは、もともと茶の材料なのでしょうけれど……でも、これほど甘い飲み物というのは、あまり聞いた覚えがありません!」
「そうですよね。まあ、カロン乳の分量で甘さは加減できますので、よければお試しください」
要するに、これはホットチョコレートである。浅学なる俺はココアとホットチョコレートの違いもわからないが、とりあえずこの品も森辺では大好評であった。甘党のトゥール=ディンやリミ=ルウやユン=スドラ、それにスフィラ=ザザなども、幼子に返ったような顔を見せていたものである。
然して、南の王都の面々からも不興を買うことはなかった。デルシェア姫などは、今にも卓に突っ伏しそうなほどに感銘を受けたようだった。
「こ、この飲み物は、菓子そのものです! この飲み物だけで、おなかを満たしたくなってしまうほどですわ!」
「あはは。ひと通りの菓子を口にされた後に、またお楽しみいただけたら幸いです」
そのように答えた俺の手が、横からそっと握られた。
びっくりして振り返ると、アイ=ファが俺の手を握っている。そして、ホットチョコレートで満たされたアイ=ファのカップが、俺の手に握らされたのだった。
「えーと……余ったチョコを捨てるのが忍びなかったのかな?」
「うむ」と応じるアイ=ファは凛々しいお顔を保ちつつ、どこか甘えるような眼差しになっている。そんな愛しき家長のために、俺は濃厚なホットチョコレートを飲み干すしかなかった。
「では、移動しましょう。あとはフォンデュの味付けが違っているだけなのでご説明の必要もないかと思いますが、いちおう最後までご一緒させていただきます」
そうして隣の卓に移動すると、そちらにはフォンデュならぬ菓子が並べられていた。フォンデュは3種であったので、その間にデルシェア姫とプラティカの菓子が配置されたようだ。
そしてそこには、ポワディーノ王子を筆頭とする一団が待ちかまえていた。あちらは真ん中の卓でフォンデュを楽しんだのち、こちらに移動したようである。
「ああ、こちらはわたしの準備した菓子ですわ。ポワディーノ様のお口に合いましたでしょうか?」
デルシェア姫が屈託なく笑いかけると、ポワディーノ王子は「うむ」と首肯した。
「素晴らしい味わいである。ただ……南の王族たるデルシェアが手掛けた菓子にシムやマヒュドラの食材が使われているというのは、やはり驚きを禁じ得んな」
「うふふ。ジェノスを間に介すれば、食材に国境はありませんからね」
デルシェア姫はにこにこと笑いながら、俺のほうに向きなおってきた。
「そしてこちらの菓子は、アスタ様の菓子から触発された品であるのです。まだまだ至らないところも多いでしょうけれど、どうぞ率直な意見をお願いいたしますわ」
「そうなのですか。それは楽しみです」
デルシェア姫が準備したのは、焼き菓子である。一見では、どのような細工が施されているのかも判然としなかった。
しかし、いざその菓子を口に運んでみると、なかなかの細工が隠されていた。何の変哲もない焼き菓子に、甘じょっぱいフレークが散りばめられていたのである。
そしてその味わいは、梅干しのごとき干しキキと大葉のごときミャン、そしてミソや砂糖などで作られていた。俺がかつて煎餅で使用した細工をメレスのフレークに施し、それを焼き菓子の内にひそませたのだ。
焼き菓子の生地は甘さもひかえめで、卵やカロン乳の風味が際立っている。そして、トゥール=ディンが手掛けるスポンジケーキにも負けないぐらいふわふわの食感で、それが歯ごたえの強いフレークと楽しい調和を為していた。
「これは……不思議な味わいですね。でも、とても美味しいと思います」
「アスタ様にそう言っていただけたら、光栄ですわ。でも、これを美味しく感じるのは、まだまだ身体が塩気を求めているためなのでしょう。普通の祝宴や晩餐会などで出されたら、さぞかし物足りないだろうと思いますわ」
そう言って、デルシェア姫はにこりと笑った。
「でも、今日はふぉんでゅの菓子が3種も準備されるので、塩気を求める御方が多いだろうという見込みで、あえてこの品を選びましたの。いずれは単品でも素晴らしい味わいだと思っていただけるように、研究を重ねますわ」
「そうなのですね。そちらの完成も楽しみです」
俺はデルシェア姫に笑顔を返してから、オディフィアとピリヴィシュロのほうに向きなおった。なんだかふたりとも、俺と喋りたそうな様子であったのだ。
「みなさんは、真ん中の卓から巡ったのですよね? フォンデュの菓子は、如何でしたか?」
「おいしかった。……すごくすごくおいしかった。みんなおいしかったけど、さいごにカロンのちちをいれたのみものが、すごくおいしかったの」
「はい。われ、きもち、どういつです」
と、幼き貴公子と貴婦人は、一緒になってうっとりと目を細めた。表情を動かさない両名にとって、とても貴重な感情表現である。それは何だか、マタタビを嗅がされた子猫のような風情であった。
「あはは。喜んでいただけたのなら、何よりです。やっぱり飲み物に仕上げるというのが、印象に残りやすいみたいですね」
「うん。あと、ぽてとちっぷすもおいしかった。のみものもぽてとちっぷすも、アスタがかんがえたんでしょ? だから、アスタにつたえたかったの」
「それはありがとうございます。でもやっぱり、重要なのはフォンデュの仕上がりですからね。そちらはもう、ほとんどトゥール=ディンとランディの成果です」
「はい。だから、あのかし、すばらしさ、アスタ、トゥール=ディン、ランディ、ちから、あわさったけっか、おもいます。われ、かんめい、じんだいです」
ピリヴィシュロも黒い瞳をきらきらと輝かせながら、そんな風に言ってくれた。
トゥール=ディンも、さぞかし幸福な気持ちを抱いたことだろう。そして俺も、この場でその喜びを分かち合うことがかなったのだった。
そのトゥール=ディンはダカルマス殿下から賞賛の嵐を浴びて、たじたじになってしまっている。そして、俺の視線に気づいたダカルマス殿下が同じ勢いのまま振り返ってきた。
「まだまだふた品目ですのに、ついつい足を止めてしまいました! 語らいを楽しむ前に、まずはひと通りの菓子をいただきましょう! ……ポワディーノ殿も、またのちほど!」
「うむ。その時間を楽しみにしている」
ポワディーノ王子が隣の卓に向かうと、張り詰めた顔をしていたフォルタが小さく息をついた。ポワディーノ王子はいつでも黒豹の『王子の牙』を同行させているため、武官の長たるフォルタはどうしても気を抜けないのだ。
そしてさらに、ポワディーノ王子が率いる5名の臣下とダカルマス殿下が率いる武官および従者の面々も、一定の距離を保ちつつすれ違っていく。どちらも大きな緊張は見せていないものの、決して肩がぶつかったりはしないようにという気配がまざまざと感じられた。
そんな一幕を経て、俺たちは次なる卓に到着する。
フォンデュのふた品目は、ラマンパ仕立てである。ピーナッツのごときラマンパを甘いソースやクリームに仕上げるのはもはや定番であったため、今回も真っ先にフォンデュに転用されたわけであった。
レシピはチョコレートフォンデュと大きな違いもない。ふだんガトー・ラマンパなどで使用している甘いクリームの形に仕上げて、さらに花蜜やカロン乳や生クリームを添加するのだ。難しいのは、その材料の配合の加減であった。
そしてトゥール=ディンのアイディアで、こちらには隠し味として2種の調味料を加えている。それに気づいたのは、ダカルマス殿下であった。
「ふむふむ! こちらも、またとなく美味でありますな! ただ……がとーらまんぱとは異なる風味を感じますぞ! ごく少量ですが、何か発酵させた食材の風味が……これは、タウ油かミソでありましょうかな?」
「はい。その両方を使っています。風味が香りたつほどの分量ではないはずなのですが、さすがですね」
「いえいえ! しかし、それらの食材がいっそうの深みを与えているのでしょう! これもちょこれーとふぉんでゅに劣らず、美味ですぞ!」
トゥール=ディンが求めたのも、まさしくその深みというものであった。ねっとりとした半液状に仕上げたラマンパフォンデュはチョコレートフォンデュに比べると、どこか味がぼやけているように感じられたのだ。それで試行錯誤を経て、タウ油とミソに行き着いたのだった。
そうして完成したラマンパフォンデュは、もはやチョコレートフォンデュに負けない味わいである。焼き菓子はもちろん、さまざまな果実やポテトチップスにも調和していることだろう。そして、チョコレートフォンデュとは具材との相性が異なってくるというのも、当然の結果であった。
「ラマムやミンミは、ちょこれーとよりもラマンパのほうが調和するように感じられますぞ! これでしたら、フォルタ殿もご不満はないのではないでしょうかな?」
「あ、いえ、はい……わ、わたしも決して、先刻の菓子を不満に思っていたわけではございませんので……」
フォルタも恐縮しながら、ラマンパフォンデュを楽しんでくれている様子であった。
そしてその間も、ララ=ルウはロブロスとひっそり語らっている。それらの面々が輪から外れていることも、ダカルマス殿下は気にしていないようだ。むしろ、自分が菓子を楽しんでいる間はロブロスに外交をおまかせしているような気配であった。
これでようやく、5種の菓子の折り返しである。
俺の周囲だけでもたいそうな騒ぎであるが、広大なスペースをはさんだ反対側の卓でも貴婦人がたは大いに盛り上がっている。やはりフォンデュの菓子というものは、『麗風の会』に相応しい品であったのだろう。先刻は言葉を交わす隙もなかったが、エウリフィアも会の成功を確信して喜んでいるはずであった。