序 ~慰労の晩餐会~
2024.4/15 更新分 1/1
・今回の更新は全6話の予定です。
シムの王家にまつわる騒乱が完全に終息し、アイ=ファやジルベたちに勲章が授与された叙勲の式典から、2日後――赤の月の26日である。
その日はダレイム伯爵家の公邸にて、慰労の晩餐会というものが開かれることに相成った。
ただしそれは城下町ではなく、ダレイムの領内に存在する立派なお屋敷においてのことである。このたびの騒乱では数多くの領民が不安に脅かされたため、それをねぎらうべくこのような催しが開かれたわけであった。
よって、そこに招待されるのもダレイムの領民たちである。
広大なるダレイムの領地を管理する何名かの区長や、ひときわ大きな畑を任されている管理者などが、主だった顔ぶれとなる。そしてさらには一部の料理の準備を受け持った森辺の民も、10名ほど招待されることになったのだった。
屋台の商売の後にその仕事を受け持ったのは、俺、ユン=スドラ、ララ=ルウ、リミ=ルウ、マイムの5名となる。その付添人として参じたのは、アイ=ファ、ライエルファム=スドラ、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、ガズラン=ルティムであり――そしてスペシャルゲストとして、ジルベとサチまでもが招待されていた。
「できればダレイムの領民にも、このたびの騒乱における功労者を祝福する機会を与えていただきたいのだよ! まったく堅苦しい催しではないので、是非よろしくね!」
ポルアースからそのように告げられて、ジルベたちにも参加してもらうことになったのだ。シン・ルウ=シンやジーダではなくジザ=ルウたちが付添人になったのも、勲章を授かった人間を優先した結果であった。
お屋敷の大広間はけっこうな規模であり、総勢で100名ていどの人間が参じている。ドレスコードは準礼装であったため、ダレイムの人々もめいっぱいおめかししているようだ。そしてその中には、大きな畑を任されているドーラの親父さんやターラも含まれていたのだった。
「俺も以前にアスタのお祝いで城下町にお招きされてたから、慌てずに済んだよ! こんな立派な装束はなかなか着る機会もないんで、ありがたい限りだな!」
肉厚の身体に立派な装束を纏ったドーラの親父さんは、にこにこと笑いながらそう言っていた。同じく可愛らしい格好をしたターラも、それは同様だ。ドーラ家の人々は何より、森辺の民の活躍と無事を喜んでくれていたのだった。
すべての裏事情が余さず市井に布告されたのは叙勲の式典の前日であるので、つい3日前のことになる。東の王都から返書が届き、騒乱の首謀者たちが無事に捕縛されたと聞いて、ようやくジェノスでも緘口令が解除されたのだ。今ではジェノス全土の人々が、騒乱の裏事情をすべて把握しているわけであった。
「シムの王位争いがジェノスにまで持ち込まれるなんて、まったく馬鹿げてるよな! ……っと、こんな話は大声でしないほうがいいのかな?」
ドーラの親父さんは慌てて声をひそめつつ、大広間を行き交う藍色の人影を目で追った。本日は、ポワディーノ王子の臣下たる『王子の耳』が5名ほど来場しているのだ。
「大丈夫ですよ。事前の挨拶でも、言葉を飾る必要はないっていう説明があったでしょう? たとえシムの悪口を耳にしても文句はつけないという条件で、あの方々は入場を許可されたわけですし……そうでなくとも、ポワディーノ王子は何を聞かされてもむやみに怒ったりはしないはずです」
「ふうん。アスタもすっかり、東の王子様と懇意になったみたいだな。まあ、アスタの料理にかかれば、それも当然か」
そう言って、親父さんはしみじみと息をついた。
「でも、アスタたちは本当に大変だったなぁ。そんな何べんも賊に押しかけられてたなんて、俺たちはちっとも知らなかったよ。ましてや、城下町の祝宴でも鴉なんざに襲われていたとはさ」
「はい。こちらも事情をお伝えすることができなくて、心苦しかったです。でも、そんな騒ぎもようやく終わりましたからね。心置きなく、晩餐会を楽しみましょう」
「ああ。雨季じゃなかったら、外の広場で祝宴でも開きたかったところだよな」
そう言って、親父さんは明るい表情を取り戻してくれた。
いっぽうターラはリミ=ルウや参席者の娘さんたちと輪を作って、ジルベやサチをもてはやしている。ターラもかろうじてジルベたちと面識があったが、これほどしっかり交流するのは初めてのことであったのだ。ジェノス侯爵家から贈られた真紅のマントとポワディーノ王子から贈られた銀色の透ける織物を重ねて羽織ったジルベは、ずっと嬉しげな面持ちでみんなに頭やたてがみを撫でられていた。
俺や森辺の女衆は去年の試食会であつらえたジェノスの一般的な準礼装、アイ=ファたち森辺の狩人はダレイム騎士団からお借りした武官のお仕着せだ。そしてジルベもアイ=ファたちも、みんな赤と黒の勲章を装着している。ひときわ立派な勲章を携えているアイ=ファとジルベに、俺はあらためて誇らしい気持ちであった。
それにやっぱり、ダレイムの人々が心からくつろいでいる姿を目にすると、ようやくジェノスに平和な日々が戻ってきたのだという実感がわいてくる。最後の賊が捕縛されて以降は何の騒ぎも起きていなかったが、やはり首謀者が捕縛されたという報告を受けるまではなかなか気が休まらなかったのだ。それからようやく3日が過ぎて、叙勲の式典と今日の晩餐会を迎えたことで、俺も周囲の人々もやっと胸を撫でおろすことがかなったようであった。
ドーラの親父さんと語らう俺のかたわらでは、アイ=ファもまた若い娘さんたちに取り囲まれている。しかしまあ、妙齢のご婦人の参席者などは数えるぐらいしか存在しなかったし、それも貴婦人ではなく復活祭などで面識を得たダレイムの娘さんたちであるのだ。貴公子のごときアイ=ファを見る目の熱っぽさに変わりはなかったものの、それを受け止めるアイ=ファのほうも城下町での祝宴ほど辟易していないように見えた。
ルド=ルウはジルベにはりついたリミ=ルウの面倒を見つつ、ドーラ家の次男坊と笑顔で言葉を交わしている。ジザ=ルウとララ=ルウは、ダレイム伯爵家の当主たるパウドと交流に励んでいる様子だ。そして、参席者の間をしずしずと行き交っているのは、シェイラやルイア、ニコラやテティアなど、顔馴染みの侍女たちである。森辺のかまど番が準備した料理などはほんの一部であり、そのほとんどはダレイム伯爵家の料理長ヤンが手掛けたのだった。
「そろそろ口がさびしくなってきたな。また何か料理をいただこうか」
「そうですね。アイ=ファも、動けそうかな?」
「こちらは問題ない。ジルベたちは、どうであろうな」
こちらが声をかけると、娘さんたちも笑顔で散開していった。ダレイムでこんな晩餐会が開かれるのはきわめて稀なことであるので、多くの人々が復活祭のように浮かれているようである。
「普段は貴族様と顔をあわせる機会すら、そうそうないからな。でもまあ、がちがちに固まってた連中も、ようやく本性が出てきたみたいだ」
「あはは。城下町の祝宴に参席の経験がある親父さんは、余裕たっぷりですね」
「ああ。どうせ貴族様なんて、俺なんかの顔は見覚えちゃいないだろうからな。そう考えりゃ、気楽なもんさ」
そうして俺たちは、けっこうな大人数で料理の卓を目指すことになった。俺とアイ=ファ、ジルベとサチ、ルド=ルウとリミ=ルウ、親父さんとターラといった顔ぶれだ。サチを背中に乗せたジルベがのしのし進軍すると、あちこちからまた感心したようなざわめきがあげられた。
「この場では、犬を見るのも初めてだって人間ばかりだろうからな。アスタたちの家族がこんなに立派な扱いを受けて、俺も誇らしさでいっぱいだよ」
親父さんがそのように告げると、ジルベは嬉しそうに「わふっ」と声をあげる。それを見下ろすアイ=ファの眼差しにも、慈愛の思いがこぼれまくっていた。
そうして料理の並べられた卓に到着すると、そちらではガズラン=ルティムとマイムがダレイムの人々と語らっている。俺たちの接近に気づくと、ガズラン=ルティムが笑顔で振り返った。
「アスタ。こちらはダレイム南方の管理者という立場にある御方です。たしかアスタも、面識があるのではありませんか?」
「ああ、どうもおひさしぶりです。お元気そうで、何よりです」
「これはこれは。このたびは、とんだ災難でございましたな」
すでに老境に差し掛かっている男性が、にこりと柔和な微笑みを見せる。それはかつて飛蝗の襲来で大変な目にあった区域の責任者で、それをきっかけにサウティの人々と交流を紡いだ人物でもあった。
「今日はダリ=サウティがおられないので、私がお話をうかがっていました。こちらの御方は先刻まで、『王子の耳』のおひとりと語らっていたそうです」
「へえ、『王子の耳』と? いったい、どういったお話を?」
「はい。わたしが聞かれたのは、保存のために干した野菜の味や滋養についてでしたな。言葉を飾る必要はないという仰せでしたので、わたしが知る限りのことをお伝えさせていただきました」
「ふうん?」と太い首を傾げたのは、親父さんである。
「東の王子様の手下が、どうしてそんなことに関心を持ってるんだい?」
「どうも東の王子殿下という御方は、いずれジェノスの野菜を買いつけようというお考えであられるようですな。それで、干した野菜の質というものをお気にかけているのでしょう」
「ああ。東の王都ってのも、車でひと月がかりって話だったっけ。でもまあ、同じぐらい遠いゲルドって土地にもぽつぽつ出荷するようになったんだから、保存の具合に問題はないだろうさ」
そう言って、親父さんは白い歯をこぼした。
「正直に言うと、俺の育てた野菜は新鮮な内に食べてもらいたいけどさ。だけどまあ……たとえカラカラに干した状態でも、そんな遠くのお人らにまで食べてもらえるってのは、なかなか愉快な心地だよ」
「はい。こちらにとっても、シムやジャガルの食材はありがたい限りですからね。あちらの方々も同じような思いで、ダレイムの野菜を食べているはずですよ」
ゲルドや南の王都と交易をするようになってから、ジェノスも大々的に食材の輸出に取り組むようになったのだ。さらに飛蝗の襲撃を受けた折には外来の食材を頼るようになったため、いっそうの拍車が掛けられたわけであった。
「これだけ色んな食材を買いつけてたら、ダレイムの実りが売れ残っちまうもんな。同じ分だけこっちの野菜も売りに出さないと、そりゃあ商売にならないよ」
「ええ。ダレイムの野菜の質の高さは、保証つきですからね。ゲルドばかりじゃなく、バナームだとかバルドだとかあちこちの領地にも売りに出しているはずですよ」
「それで今度は、東の王都も加わるってわけか。また何か、愉快な食材が出回ることになるのかねえ?」
「どうでしょう。俺が聞いたのは、シャスカやチットが不足気味なのでそれを補充したいっていう話ぐらいですけれど……東の王都ならではの食材というものが存在するなら、ぜひ扱ってみたいものですね」
そんな風に語らいながら、俺たちは胃袋を満たすことにした。
こちらで準備されていたのは、ヤンが手掛けた軽食や汁物料理だ。フワノの生地にギバのミンチや薄切りのユラル・パがのせられた軽食はオイスターソースに似た貝醬の風味が豊かであり、タラパ仕立ての汁物料理には魚介の食材がふんだんに盛り込まれていた。
「タラパもこれで、しばらく食べおさめだな。もうそろそろ、宿場町にも雨季の野菜が出回るはずだよ」
「そうですか。タラパとかを口にできないのは寂しい限りですけど、雨季の野菜は楽しみですね」
本格的な雨季に入って半月が過ぎて、ついに数々の食材が切り替えられることになるのだ。トマトに似たタラパ、キャベツに似たティノ、ピーマンに似たプラはしばらく食べおさめで、その代わりにカボチャに似たトライプとゴボウに似たレギィが売りに出されるわけであった。
「南の王子様たちは、そいつを口にするために居残ってたんだろ? そろそろ出立の日取りは決まったのかい?」
「いえ。例の騒乱の影響で、まだちょっと決めかねてるみたいです。今回の騒ぎでは、南の王都の方々も巻き込まれてしまいましたし……ゲルドの方々も、知らん顔で帰ることはできないんでしょうね」
そのあたりの話は国交に関わる重要機密であろうから、なかなか俺たちのもとにも詳細は伝わってこない。西の王国に対しては莫大な賠償金が約束されたようであるが、敵対国たるジャガルに対してはどのような措置を取るのか――それこそ、かまど番に過ぎない俺の出る幕ではなかった。
(だけどまあ……ロブロスやダカルマス殿下だったら、おかしな具合にごねることはないんじゃないのかな)
今となってはポワディーノ王子も、同じ苦難を乗り越えた朋友のような立場であるのだ。ゲルドの人々と同じように、南の王都の人々と穏便な関係性を目指してもらいたいところであった。
「俺たちで言うと、南や東の領地で西と北の王族がもめるようなもんなんだもんな。……ま、俺みたいな庶民にはまったく想像もつかないけどさ」
親父さんのつぶやきに、ガズラン=ルティムが「そうですね」と反応した。
「なおかつそれは、誰にとっても想像が難しい話であるのかもしれません。そもそも西の民が東の地に出向くことはほとんどないようですし、北の民が南の地におもむくことはきわめて困難なのでしょうからね。異国の地で西と北の民が出くわすという状況が、まずありえないようです」
「ああ。北は東、南は西と懇意にしてるって印象だもんな。ったく、領土争いなんざほっぽって、みんな仲良くすりゃあいいのによ」
「私も、同感です。ですがおそらく国境近くに住む人々には、数百年にわたって蓄積された確執というものが存在するのでしょうね」
「ジェノスは平和で、何よりだよ。ま、今回もけっこうな騒ぎになっちまったけど……けっきょく、痛い目を見たのはおおよそ東の民ばかりって話だもんな」
実のところ、これだけ大きな騒乱でありながら、死傷者というのは数えるぐらいしか存在しなかったのだ。魂を返したのは賊たる老人の片割れのみであるし、負傷者は――これまた矢傷を受けたもうひとりの老人に、毒矢を吹きかけられたガーデル、鴉の毒の爪にやられた『王子の眼』と『王子の盾』、あとはマルスタインやフェルメスのように転倒して軽傷を負ったぐらいであったのだった。
ただその代わりに、政治的な部分での影響は甚大であったらしい。王都で2名もの王族を捕縛することになったシムは言うに及ばず、セルヴァは莫大な賠償金を受け取る立場であるし、ジャガルも複雑に関わっているし――ポルアースはこの晩餐会でも元気な姿を見せていたが、また上官たる外務官ともども激務を担うことになるのだろうと思われた。
(だけどまあ……ジェノスには、何の非もない話だしな。シムを嫌う西の王様も、おかしな難癖をつけてくることはないだろう)
ただ問題は、ポワディーノ王子が俺を目当てにジェノスにやってきたという一件であるが――そこのところは、フェルメスがうまく取りなしてくれることを願うしかなかった。
「……失礼します。少々お邪魔してもよろしいでしょうか?」
と――ふいにそんな言葉を投げかけられて、親父さんはぎくりと身をすくめた。それは晩餐会の場でも藍色のフードつきマントを纏った、『王子の耳』のひとりであったのだ。
なおかつ彼はフードの陰に面布を垂らして、素顔を隠している。敵意はないと周知されていても、初対面で簡単に許容できる風体ではなかった。
「どうも、お疲れ様です。俺たちに、何かご用事ですか?」
俺が率先して声をあげると、『王子の耳』は流暢なる西の言葉で「はい」と応じた。
「そちらはアスタと交流を深めておられるドーラにターラでありますね。よろしければ、お話をうかがわせていただきたく思います」
「お、俺とターラに? いったい、何の話があるってんだい?」
親父さんは泡を食いつつ、それでもずいっと進み出て愛娘の姿を隠した。
『王子の耳』は、まったく動じた様子もなく言葉を重ねる。
「あなたがたはアスタのみならず、数多くの森辺の方々と懇意にしていると聞き及びます。この身はそういった方々からお話をうかがうようにと申しつけられています」
「……俺たちなんかから話を聞きほじって、いったい何になるってんだい?」
「申し訳ありませんが、この身は王子殿下の耳であり、王子殿下のお言葉を語る立場にございません」
「またそれかー」と、ルド=ルウが気安く割り込んだ。
「あんたたちは、いっつもそれだよなー。そんなんで、本当に仲良くなれると思ってんのかー?」
「この身は思案する立場にございません。ご不快でしたら、立ち去るばかりでございます」
すると、ガズラン=ルティムも穏やかな笑顔で声をあげた。
「ポワディーノはあなたがたが集めた話をもとにして、他者と交流を深めるそうですね。ですが、ドーラやターラがポワディーノと顔をあわせる機会はないように思います。それではドーラたちが一方的に語るばかりになってしまいますので……やはり交流を求めるのでしたら、いずれ顔をあわせる可能性がある相手に限るべきではないでしょうか?」
「左様でございますか。では、失礼いたします」
「あ、ちょっとお待ちを。よければ、私も同行いたしましょう。……ルド=ルウ、申し訳ないのですが、しばしマイムをお預けしてもよろしいでしょうか?」
「あー。ちびがふたりに増えたって、べつにどうってことねーよ」
「ありがとうございます」と微笑を残して、ガズラン=ルティムは『王子の耳』とともに立ち去っていった。
ドーラの親父さんはほっと息をつき、アイ=ファは「まったく」と腕を組む。
「ポワディーノもあの齢としては立派な人間なのであろうと思うが、『王子の分かれ身』というものを使役するやり口には、なかなか慣れんな。……ガズラン=ルティムは、ずいぶん心を砕いているようだが」
「うん。まあ、ガズラン=ルティムはとりわけポワディーノ王子を気にかけてるんだろうしな」
「べつだん、ガズラン=ルティムが気に病む必要はないように思うが……まあ、気に病んでいるわけではなく、ポワディーノを気に入ったというだけなのやもしれんな」
何にせよ、ポワディーノ王子はガズラン=ルティムの真情に触れることで森辺の民の清廉さを思い知り、俺に対する執着を捨て去ったという話であったのだ。俺たちとしては、ふたりの絆が深まったことを喜ぶべきであるはずであった。
(まあ、アリシュナもそんな託宣を下してたけど……ガズラン=ルティムも、星読みの結果に左右されたりはしないだろうしな)
俺がそんな風に考えていると、また別なる一団が接近してきた。武官と侍女を1名ずつ引き連れた、ポルアースおよび伴侶のメリムである。侍女は、ユーミの悪友たるルイアであった。
「やあやあ、みなさんお集まりだね! ああ、ドーラにターラも息災そうで、何よりだ!」
「ええ? お、俺たちなんかのことを、見覚えてらしたんで?」
「そりゃあそうさ! アスタ殿と最初に絆を深めた、我がダレイムの功労者だからね!」
ポルアースの無邪気な応対に、親父さんはまた泡を食ってしまう。しかしポルアースがこのように元気な姿をさらすのはひさびさのことであったので、俺としては微笑ましい心地であった。
「ポルアースもお疲れ様です。今日はずいぶん晴れやかなご様子ですね」
「もちろんさ! あれだけの騒乱が、ようやく幕を下ろしたのだからね! 僕はもう、背中にへばりついていた重荷をようやく投げ出せたような心地だよ!」
そう言って、ポルアースはますます朗らかな笑みをたたえた。
「まあ僕なんて、まったくの役立たずだったけどさ! その分は、これから外務官の補佐として尽力するつもりだよ! きっとこの先も、面倒な仕事が次々にのしかかってくるのだろうからね!」
「それに今日は、ダレイムのお屋敷でこれほど実りのある晩餐会を開くことがかないました。それだけでも、わたくしは胸がいっぱいですわ」
小柄で童顔で少女のように可愛らしいメリムも、笑顔で言葉を重ねる。本日も、淡いピンク色の準礼装がよく似合っていた。
「こちらのお屋敷は、年に数えるぐらいしか使う機会がないのです。わたくしとしては、もっと頻繁にお客様をお招きしたいところですわ」
「うんうん! 今では伯爵家の人間も、城下町の公邸で過ごすのが当たり前になってしまったからね! 時にはこうして、領民の皆々と触れあわないとさ!」
そんな風に言ってから、ポルアースはにわかに穏やかな面持ちとなってアイ=ファを振り返った。
「そういえば、アイ=ファ殿と初めて対面したのも、こちらの屋敷であったね。何だかもう、10年も昔の話に感じられてしまうよ」
「え? アイ=ファはそんな昔から、こちらのお屋敷に招かれていたのかい?」
親父さんが不思議そうに問いかけると、アイ=ファは口をへの字にして、ポルアースは懐かしそうに目を細めた。
「うん。アスタ殿がリフレイア姫にさらわれてしまったときのことだよ。僕はザッシュマ殿の導きで、森辺の方々に協力することになり……それで、アイ=ファ殿をこちらに招くことになったのさ」
それでアイ=ファはこの屋敷で立派な装束に着替えて、トゥラン伯爵邸に乗り込むことになったのである。その逸話は、俺もこれまでに何度か耳にしていた。
「そういえば、その数日前には君が案内役となって、アイ=ファ殿をこちらの屋敷やダレイムのあちこちに案内したという話じゃなかったかな?」
「あ、ええ、まあ……も、森辺の民だけじゃあ、アスタを探すのに難渋するんじゃないかと思って……」
「うんうん。君は僕よりも古くから、森辺の方々と懇意にしていたということだね。まったく、誇らしい限りだよ」
そう言って、ポルアースは朗らかな笑顔を取り戻した。
「そんな君たちと森辺の方々をいっぺんにお招きできたんだから、喜びもひとしおさ! さあさあ、遠慮なく食事を続けてくれたまえ! うちの料理長のヤンだって、なかなかの手腕であるはずだからね!」
そうしてその場にも、賑やかな空気がよみがえった。
ずっともじもじしていたターラにはメリムが微笑みかけて、ともにヤンの料理を口にする。メリムとターラとリミ=ルウが楽しげに談笑するさまは、なかなかの微笑ましさであった。
「それにしても、明日は『麗風の会』だというのに面倒な仕事を頼んでしまって、申し訳なかったね」
ポルアースがあらためてそんな言葉を投げかけてきたので、俺は「いえいえ」と応じた。
「明日はもとから休業日だったので、気楽なものです。それに、今日の晩餐会だって二の次にはできませんからね」
「それでも面倒なことに変わりはないからねぇ。今は東や南の方々も会談で大忙しだから、こちらとしても狙い目であったのだよ」
「あはは。ポルアースは、よくそんな大事な場から抜け出すことができましたね」
「重要の度合いが大きすぎて、ジェノス侯みずからが乗り出すことになったからね。補佐官にすぎない僕なんて、出る幕はないさ」
そのように語りながら、ポルアースはまた朗らかに微笑んだ。
「だけどきっと、会談に参席した方々はみんなくたびれ果てていることだろう。それを美味しい菓子でもてなしてくれたら、僕もありがたく思うよ」
「はい。トゥール=ディンやランディともども、頑張ります」
9日前に騒乱の祝宴を終えて、俺たちはひそかに『麗風の会』の準備を進めていたのだ。その成果がついに明日、披露されるのである。本日の祝宴にトゥール=ディンが参じなかったのも、明日の仕事に注力するためであったのだった。
騒乱の場では右往左往することしかできなかった俺たちが、その後始末に追われる人々の心を少しでも慰めることができるならば、何よりの話である。そんなモチベーションでもって、俺たちは今日や明日の仕事を受け持ったのだった。




