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異世界料理道  作者: EDA
第七章 母なる森のもとに
148/1675

⑧青の月17日~残光~

2014.12/28 更新分 1/1 2014.12/29 誤字を修正

2015.3/3 誤字を修正 2016.6/7 誤字を修正

「……本当に申し訳なかった!」


 翌日――青の月17日の、夕暮れ時である。


 晩餐の仕度の最中であるファの家において、カミュア=ヨシュが俺たちに深々と頭を下げていた。


 アイ=ファは憮然と片膝あぐらをかいたまま、俺はスープの味を確かめつつ、その金褐色の後頭部を眺めている。


「お察しの通り、あの商団はスン家を罠にはめるための策略だったんだ。《守護人》が5名というのは嘘じゃないが、残りの18名は全員、傭兵などを生業にしている荒くれ者の寄せ集めだった。すべては近衛兵団長たるメルフリードの立案した作戦だったのさ」


「立案者以外は想像の通りでしたけど。それじゃあやっぱり、ジェノスの上層部もスン家を粛清する心づもりだったわけですね」


「うーん。ジェノスの上層部というか、あくまでメルフリードの独断だね。お父上のジェノス侯マルスタインは黙認している格好で、大臣のサイクレウスに至っては、その計画すら知らされていなかったというのが現状だ」


 そろそろと頭を上げながら、カミュアはそんな風に言葉を重ねた。

「へーえ」と、俺はスープに岩塩をひとつまみだけ追加する。


「ジェノスの上層部も一枚岩ではないってわけですか。しかし、これまではスン家の無法を見て見ぬふりをしてきたジェノス城であったのに、すさまじいばかりの手の平返しですね?」


「だからそれは、これまで全権を委任されてきたサイクレウスの怠慢であり、正義と掟を重んずるメルフリードがそこに断罪の刃を振り下ろした、という図式なんだよ。ジェノス侯なんかは、苦笑いしながらそれを静観していた格好だね」


「苦笑いで済んでしまうんですか。領主ってのは気楽な立場なんですね」


「まあ、あちらはあちらで多忙な身だからね。臣下に仕事を任せたからには、下手に口出しをしないってのも上に立つ人間の器量ってものなんだろう」


 気安く肩をすくめてから、アイ=ファの冷ややかな視線に気づいてまた縮こまるカミュアである。


 まあ、どんなにしおらしくしていたって、この男のすっとぼけた印象にさほどの変化は見られない。


「俺としても、苦しい立場だったんだ。メルフリードに協力を乞われて段取りを進めている最中にアイ=ファやアスタと知己を得てしまい。ルウの集落でドンダ=ルウとも言葉を交わし、やっぱり森辺で堕落しているのはスン家だけなのだなあ、森辺の民というのは誇り高い一族なのだなあという印象を深め――いささかならず、不安な気持ちになってきてしまったのだね」


「不安ですか? どうしてです?」


「それはまあ、首尾よくスン家の罪を暴くことができたところで、ジェノスと森辺の間に存在する溝はますます深くなるばかりなのではないかと思えてきてしまったからだよ。……町の人々はいっそう森辺の民に恐怖するようになり、森辺の民はジェノスへの反感をつのらせる。俺の1番の計算違いは、森辺の民の誇りの高さを見誤っていたことだねえ」


 そこは、難しいところだと思う。

 しかし今はカミュアの本心を確認したかったので、俺は口をはさまないことにした。


「だからね、俺は作戦の中止を申し立てたこともあるんだよ! 本当に! ……だけど、メルフリードは聞き入れてくれなかった。罪は罪であり、罪人は裁かれねばならない。森辺の民が何を騒ごうが、正義は我にあり!……という、見かけに寄らない熱血漢でもあるのだよ、彼は」


「はあ。その考え自体は、間違っていないと思いますけど」


 だけど、何故だろう。どうにも俺は、あの御仁にあまり共感することができないのである。

 俺の中のそんな疑問は、口惜しいことに、カミュアの説明によって解き明かされることになった。


「間違っていなければ正しい、というわけではないからね。メルフリードの正しさは、ごく一面的なものだ。彼は『今』の正しさしか追い求めていないのだよ。『過去』や『未来』は切り捨てて、今この瞬間の正しさしか考慮していない。どうしてこのような罪が生まれてしまったのか、それを裁くことによってどのような未来が生じるか。それらのことを一切考慮せず、今現在だけの正しさを追求するのは――楽だけど、危険な行為でもあると、俺には思える」


 皮マント姿で座したまま、カミュアはふっと遠い目をする。


「もっと簡単に言うならば、スン家の罪をこれまで放置してきたのは、城の人間たるサイクレウスだ。そこのところの責任をすっとばして、何の権限も責任もないメルフリードが横槍を入れる格好で断罪の刃を奮っても、人々を困惑させるだけだろう。だけどメルフリードの目的は罪を裁くことのみなので、自身の正当性を主張する意志もない。罪人さえ裁くことができれば、彼は満足なのさ」


 それはもしかして――森辺の民にも通ずるところのある潔癖さなのではないだろうか?


 そうだとすると、いくつか納得のいかないところが生じてしまうのだが。


「待ってください。だったら何故、城の人たちは屋台の商売を休ませてくれなかったんですか? あれはやっぱり、俺たちを囮にしてザッツ=スンたちをおびきよせたかったっていうことなんでしょう? そうだとしたら、森辺の民や町の人々を危険にさらしてでも罪人を捕まえたかったっていうことになりますよね」


「いや、だから、その命令を下したのはサイクレウスなんだよ。メルフリードには、森辺の民に関与する権限は与えられていなかったからね。むしろ昨日などはその行為を危険だと感じたからこそ、近衛兵団としては本来の役割ではない宿場町の巡回などを敢行したのではないのかな」


 そう言って、カミュアはまた申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「すでに察してはいるだろうけども、メルフリードの正義心に火をつけたのは、俺だ。半年ほど前にジェノス侯を通じてメルフリードと知己を得た俺は、俺の知る情報をすべて彼に与えて、スン家とサイクレウスの歪んだ関係――ひいては森辺とジェノスの歪んだ関係を正せないものかと相談を持ちかけたんだ。その後は、あのザッシュマ――大商人ならぬ《守護人》のザッシュマが参謀役となり、今回の計画が実行されることになった。最初にけしかけたのは俺自身だったのだけれども、大勢の人間を率いて計画を遂行するなんて器は持ち合わせていなかったから、俺は協力者の位置まで退き、静かに事態を見守ることにしたんだ」


 それは何となく、カミュアらしい行動だなと思うことができた。

 このすっとぼけたおっさんには、「傍観者」が1番よく似合う気がするのである。


「だけど俺は、アスタやアイ=ファやドンダ=ルウと言葉を交わし、いささかならず懸念を抱くようになってしまった。……だからね、アスタに宿場町での商売を勧めたのは、真相を明かせない俺にとっての、せめてもの罪ほろぼしだったんだよ」


「え?」


「そうしてアスタが町と森辺の縁を繋いでくれれば、少しは希望が残るかもしれない。町の人々の恐怖心や、森辺の民の反感も、少しは緩和されるかもしれない――そんな期待を込めながら、商売の話を持ちかけたのさ。もちろん、森辺の民はもっと豊かな生活をするべきだ、というのは以前から持っていた俺の本心だったけれどもね」


 少しばかり、俺は夢想してみる。

 もしも俺たちとカミュアが出会っていなかったら――もしもカミュアが俺たちに屋台の商売を勧めていなかったら、どのような顛末になっていたのだろうかと。


 まず、俺が商売をしていなかったら、家長会議のかまど番をまかされることもなかっただろう。

 ディガやドッドとの悪縁には悩みつつ、ヤミルやテイ=スンらとは顔を合わせる機会もなく、スン家は族長筋として森辺に君臨したまま、商団の案内役を果たすことになり――


 やはりザッツ=スンは、病床からテイ=スンに積み荷の強奪を命じただろうか?

 命じたとすれば、テイ=スンひとりが捕らわれることになった。


 そんな事態に陥ったら、テイ=スンはどのように振る舞っていただろう。

 スン家の滅びを願って、ザッツ=スンの命令であったと告発するのだろうか。なおかつ、自分たちは10年前も同じ手口で商団を襲ったのだ、と。


 たぶん――テイ=スンなら、そうしていたと思う。

 最後にテイ=スンの安らかな死に顔を見た俺には、そう思えてしまう。


 それにそれは、オウラやツヴァイらを巻き込まずにザッツ=スンを弾劾する最後のチャンスでもある。

 森の恵みを荒らしていたという罪とは関係なしにザッツ=スンを排除することができれば、他の家族は救えるかもしれない。そんな風に考えて、テイ=スンがザッツ=スンを道連れにする公算は高いだろう。


 しかし、そうして先代家長が大罪人であったという事実が露見して、スン家に族長筋としての資格なし、と弾劾されたところで、森辺に安寧は訪れるだろうか?

 ルウ家と、北の一族――ザザやドムやジーンなどが、今のように手を取り合っていただろうか?


 俺には、そうは思えない。

 あれは、「スン家の全員が罪を犯していた」という衝撃的な事態を踏まえての結論であったのだ。


 罪人がザッツ=スンとテイ=スンの2名だけであったならば、たとえばディガあたりを北の一族に婿入りさせて、新たな族長筋としての名乗りをあげさせていたかもしれないではないか。


 もしもドンダ=ルウがそれを不服に思い、刀を取ってしまっていたら――森辺の民は、滅びていたのかもしれない。


「アスタ――怒っているのかい?」


 と、カミュアの心配そうな声が響く。

 こぽこぽと沸騰する鉄鍋の前で、俺はようやく我を取り戻した。


「怒っているわけではありませんよ。カミュアは都の側の人間としては最大限の便宜をはかってくれようとしたんでしょう。それは理解できると思います。でも――」


「森辺の民にとって、俺のような大嘘つきは許せない存在なのだろうねえ」


 カミュアは無精髭の目立つ細長い顎をぼりぼりとかく。


「まあ、俺自身が嫌われるのはかまわないんだよ。蛇蝎のように嫌われても、俺の森辺の民に対する親愛の念は小ゆるぎもしない。だけど、それがジェノスへの不審感に直結してしまうのは、甚だしく困る。清廉にして勇猛なる森辺の民だったら、モルガの森を捨てて別の森に移り住む! ぐらいのことは言い出しかねないものねえ」


「……また立ち聞きをしていたんですか?」


「してないよ! 本当にそんな話が出ていたのかい? まいったなあ。……しかも、族長たちはあのサイクレウスともすでに何度となく顔を合わせているんだものねえ。それでは城の人間に対する不審感ばかりが募ってしまうことだろう」


 俺はいまだに、そのサイクレウスという人物を知らない。

 その男は、本当に今回の一件とまるきり無関係だったのだろうか。


「あの、ひとつおうかがいしたいんですが。さっき、サイクレウスの責任をすっとばしてスン家の罪を暴いても、周囲の人々を困惑させるだけだ、と言いましたよね。だったらどうして、サイクレウスのほうは放置したまま、こんな荒っぽい作戦でスン家を追い詰めようとしたんですか?」


「うん? それはまあ、サイクレウスの罪を暴くには、まずその共犯者たるスン家の罪を暴く必要があったからだよ」


「……はい?」


 何か今、とんでもない言葉を聞いてしまった気がする。

 カミュア=ヨシュは、「ああ、その話をまだしていなかったっけ」と頭をかいた。


「いや、証拠はないんだよ? ただ、森辺の民に害されたとされている人間の中に、サイクレウスにとっての政敵なんかが2、3名ほど含まれていた、というだけのことさ。表向きは野盗に害されたということになっているし、どれも10年以上も前の話なので、確たる証拠をつかむまでには至っていないんだ」


「そ……」


「あと、かどわかされた農村の娘なんかは、奴隷商人に売られた節がある。それに、10年前の商団の事件だね。商団から奪ったお宝を銅貨に換えるには、森辺の民だけでは不可能だっただろう。だったら、都の人間の協力者がいた、と考えるほうが自然じゃないかい?」


「そこまでわかっているなら、どうしてその男を断罪しないのですか!?」


「だから、証拠がないんだよ。ゆえに俺たちは、何としてでもサイクレウスよりも早くザッツ=スンという凶賊を生け捕りにしたかったのさ。……残念ながら、彼は呪いの言葉を吐くばかりで、俺たちの求める言葉は何ひとつ語ってくれなかったけどねえ」


「…………」


「だけど、その代わりにザッツ=スンは、町の住人の前で『10年前にも商団を襲った』とだけは吐露してくれた。今後はこの一点からサイクレウスを追い詰めていくしかないだろう、とメルフリードは言っていたよ」


「……今度はサイクレウスの罪を暴くのですか?」


「もちろん。そこに罪がある限り、メルフリードは刀を奮うだろう。……そして、都の奸臣が相手であるならば、俺も心置きなく協力することができるからねえ」


 そう言って、カミュアはチェシャ猫のように笑った。

 本当に――何という男なのだろう、こいつは。


 俺は、うろんげにカミュアを観察しているアイ=ファのほうを振り返る。


「なあ、アイ=ファ。お前はカミュアのことをどう思う?」


「うむ?」


「何十日にも渡って俺たちを騙し続け、ひいてはダリ=サウティらを危険な目に合わすことになった、大嘘つきの卑劣漢だと罵倒したいか?」


「いや、あの、そういう話は俺のいないところで……」


「べつだん、そのような思いは抱いていない」と、アイ=ファは落ち着きはらった声でカミュアの言葉をさえぎった。


「この男が信用ならないということは最初から知れていたし、サウティの男衆に関しては――ギバを前にした狩人としての仕事を果たそうとしただけであろう。憎むべきはギバをけしかけた凶賊どもであると思える」


「ふむ。だけど、たぶんカミュアたちは自分たちの手でザッツ=スンらを捕らえるために、サウティ家の護衛の増強を断ったんだよ? それもあわせて考えると、なかなかの卑劣漢っぷりなんじゃないかな?」


「いや、あの、だから――」


「それでも、事情を話すわけにはいかなかったのだろう。こやつらにしてみれば、サウティがどういう血筋なのかもわかってはおらぬのだからな。裏でスン家と繋がっているのかもしれんという疑いは捨てきれぬであろうし、また、十数名もの狩人に守られていては、凶賊どもが襲撃をあきらめてしまうかもしれん。……すべては、凶賊どもを捕らえたいという一心であったのであろう」


 俺は納得して、カミュアのほうに視線を戻した。


「城の人たちが一枚岩ではないように、森辺の民にも色々な考え方をする人間がいます。何にせよ、縁を保ちたいなら、情理を尽くして話し合うしかないんじゃないですか?」


「……話し合い? 誰と誰が?」


「俺たちと、あなたたちです。森辺の民と、城の人間で、ですよ。……カミュア=ヨシュ、あなたは森辺の民に嫌われてもかまわないと言い、メルフリードという御仁は自身の正当性を主張する意志もないと言う。そして、森辺の民も町や城の人々になんて何の関心も払ってこなかった。こんな状況で、正しい縁なんて結べるはずがないじゃないですか?」


「ふむ?」と、カミュアは首を傾げる。

 その顔を真正面から見つめながら、俺は言ってやった。


「まずは手始めに、あなたは森辺の族長たちと腹を割って話すべきです。それで最低限の信頼関係を結ぶことができたら、数日後に予定されているサイクレウスとの会談の場に、メルフリードという御仁を引っ張り出してくれませんか?」


「メルフリードを? 会談の場に? アスタは、とてつもないことを言いだすねえ! メルフリードは、これからサイクレウスの旧悪を暴こうと刀を研いでいる真っ最中なんだよ?」


「それはそうなのかもしれませんけど、でも、森辺の民は今回の商団が偽物であったことや、10年前の事件のことも、すでに知ってしまっているんです。会談の場でも、その2点については言及せずにいられないでしょう。……それでその場にカミュアやメルフリードがいなかったら、何も話は進まないんじゃないですか?」


「なんと! まさかアスタは、その場に俺も立ち会うべきだ、などと言っているわけではなかろうね?」


「そう言っていないように聞こえましたか? ……俺の故郷に、沈黙は金なりって格言がありましたけどね。黙っているばかりじゃあ済まないときもあります。おたがいに理解を得たいなら、やっぱり言葉を交わすべきだと思います」


 信じてほしいと願うだけでは、届かない思いもある。

 どんなにぶざまでも、本心を明かさねば伝わらない心情というものは存在するのだ。


 たぶんそれは――昨日、テイ=スンの行動を通して、俺が知り得たことだった。


 まるでザッツ=スンの代弁者のごとくスン家の正しさを主張するテイ=スンに対して、森辺の民は、怒りの声でもってそれに報いた。俺ばかりでなく、アイ=ファやルド=ルウやラウ=レイやシン=ルウや――生粋の森辺の民たちが、己の心情や考えをテイ=スンに叩きつけたのだ。


 その結果として、町の人々は森辺の民の声を聞くことになった。

 森辺の民が何を考え、どのような気持ちで生きているかを、彼らはたぶん初めて知ることになったのだ。


 テイ=スンの亡骸が運ばれて、兵士たちから自由を与えられた後、俺たちはドーラの親父さんにすがりつかれることになった。


「すまない……」と、親父さんはずっと泣いていた。

 ターラもつられて、ずっと泣いていた。


 最初は意味がわからなかったが、しばらくして落ち着くと、ドーラの親父さんは泣きはらした目をしょぼしょぼさせながら語ってくれた。


 森辺の民が、そのような暮らしをしていたとは知らなかった――

 自分たちは、まだまだ感謝が足りていなかった――

 アスタたちと出会う前に、森辺の民を蔑んでいた自分が恥ずかしい――


 要約すると、そんな感じだった。


 森辺の民は、飢えて死ぬまで森の果実に手をつけることはない――その事実が、ドーラの親父さんを打ちのめしてしまったらしい。


 西の田畑を守るために、森辺の民はそこまでの生活を強いられていたのだ。

 実際にその田畑を耕している親父さんにとっては、たまらない話であったに違いない。


 その後はさすがに屋台の商売を続けるわけにもいかず、《南の大樹亭》で仕込みの作業だけをして帰ることになったのだが。明けて翌日――つまりは今日、おそるおそる宿場町に下りてみると、町には平穏な空気が戻っていた。


 もちろん、西の民のすべてが笑顔で迎えてくれたわけではない。そこにはまだ色濃く惑乱や畏怖の表情を見出すことが多かったが。それでも、何かが変化していた。


 事件が起きる前とも違う、言葉にし難い微妙な変化――森辺の民をしっかりと見つめて、そこに何らかの答えを見出そうとしているかのような――ただの差別感情や、恐怖や、排他の気持ちだけではない、別種の眼差しが俺たちには向けられることになったのだ。


 こいつらは、本当はどういう人間なのだ? ――無言ながらに、ずっとそのように問いかけられているような心地だった。


 町の人々は、森辺の民がどれほどの覚悟をもって狩人の仕事に励んでいるかを知った。


 そして森辺の民は、自分たちの同胞がどれほど悪逆な真似をしでかして町の人々を恐怖させていたかを知った。


 ここからなのだろう――と、思う。


 森辺の民と、宿場町の人々が、本当の意味で理解し合えるか。あまりにかけ離れた種族でありながら、それでも良き隣人として交流を結んでいくことは可能であるか。俺たちはようやくそれを確かめるためのスタート地点に立つことができたのだろう。


 ならば、城の人々とも、そのスタート地点に立つための努力をするべきだ。


 あきらめることは、いつでもできる。だったらその前に、可能な限り力を振り絞り、相互理解を目指すべきだと思う。

 その末に、どうしても相容れないことが判明してしまったら、決別するのもやむを得ない。


 だけど、それまでは、どんなに困難な道でも突き進むべきだ。

 その生が終わる寸前まで悪逆の徒として振る舞い、滅ぶことになった、テイ=スンの死を無駄にしないためにも――


「……アスタ」


「うん?」


 振り返ると、アイ=ファが不穏な横目で俺をねめつけていた。


「いつになったら晩餐はできるのだ? いいかげんに腹が空いたぞ」


「ああ、ごめんごめん。あとはハンバーグを焼きあげるだけだよ」


 アイ=ファはさりげなく右手をあげて、自分の口もとを覆い隠した。

 ハンバーグと聞いてほころびそうになる口もとを隠しているのだろう、たぶん。


「それじゃあ俺はそろそろおいとまするよ。アスタからの提案は宿題とさせていただこう。仕事中にお邪魔して悪かったね」


 カミュアが、ふわりと立ち上がる。

 ハンバーグを焼くための準備をしながら、俺は「え?」と、そちらを振り返った。


「カミュアは食べていかないんですか? 3人分の準備をしてしまったんですけども」


「ええ? 俺を晩餐に招いてくれるのかい? この状況で?」


「だって、こんな時間にやってくると聞かされていたから、てっきりそれが目的だと思ったんですよ」


「さすがに俺もそこまでは図々しくふるまえないよ……」


「じゃあ帰ってしまうんですか?」


「いや! 甘えていいなら、甘えさせていただきたい!」


 大あわてで宣言してから、カミュアはふっと目を細めた。


「何だかアスタはここ数日でものすごくたくましくなったみたいだね。初めて出会った頃とは、もはや別人だ」


「そうでしょうかね。まあ、これだけ色んな目にあってまったく成長していなかったら目もあてられませんけど」


 不思議な色合いをしたカミュアの紫色の瞳を見つめ返しながら、俺はそう応じる。


「1番最初の最初から、俺たちにとっての最重要人物はあなただったってことですよね、カミュア=ヨシュ」


「え? 今度は何だい? 俺などは寄る辺ない風来坊に過ぎぬ身だよ?」


「それでも、俺たちがもっとあなたと親密な関係を築けていたならば、ここまで話がこじれることはなかったかもしれません。俺は俺で過不足のない距離を保とうと努力していたつもりですが、あなたを心の底から信用できていれば――そして、あなたからも信用されるように努めていれば、流れる血の量ももっと少なく済んだのではないでしょうかね?」


「いやあ、俺はアスタに絶大なる信頼を寄せているけども?」


「だったら、どうしてあの商団の正体を打ち明けてくれなかったのですか? どうしてミラノ=マスやレイトの身内の不幸について話してくれなかったのですか? そこまできちんと打ち明けてくれていれば、少なくともサウティの男衆は無駄に血を流すことはなかったはずですよ?」


 俺の言葉に、カミュアは珍しくも「うーん」と言いよどんでしまう。


「だけど、カミュアにとってはそうするしかなかったんでしょう。俺のほうだってスン家の実情などはほとんど打ち明けていなかったのですから、それはお互い様です。だけど……」


 だけど、もう少しだけおたがいに歩み寄り、ともに知略を巡らせることができていたら、ザッツ=スンだけを告発する手段を見つけられていたかもしれない。


 それだけが、俺には悔やまれるのだ。


「……テイ=スンの亡骸は、森辺に葬ることが許されたそうだね?」


 と、カミュアがふいにそんなことを言い出した。

 やや垂れ気味の目を細めて、ひどく透き通った光をその瞳にたたえながら。


「ええ。かつて家族であった人たちの手で、森の端に埋められましたよ。……それが何か?」


「いや、別に。石の都で罪人として葬られるよりは、よほど幸福なことなのだろうね、それは」


「カミュア。今まで以上の信頼関係を築くには、沈黙は金の精神ではなく、思ったことを素直に伝えるべきだと思うのですよね。……だからはっきり言わせてもらいますが、何でも見透かしているようなあなたのその目つき、俺は苦手です」


 カミュアは同じ目つきのまま、長マントの下で肩をすくめた。


「ひどい言い草だなあ。俺は別に千里眼の術などは体得していないよ?」


「とにかくですね、森辺とジェノス城の人々も、腹を割って話す必要があるはずです。会談の場にメルフリードという人物を引っ張りだすことは可能ですか?」


「容易い話だとは言い難い。それでも俺なりに力を絞ってみることにするよ。森辺とジェノスの友情のために」


 そう言って、カミュアはにんまりと微笑んだ。

 そんな中、アイ=ファにくいくいと袖を引っ張られる。

 はんばーぐはまだか、と、その瞳が如実に語っていた。


 まだまだ問題だらけの森辺とジェノスの行く末に思いを馳せつつ、俺は親愛なる家長と親愛なる友になりうるかもしれないすっとぼけた男のために、晩餐の準備を仕上げることにした。

2期目(青の月8~17日)


・第9日目(青の月16日)



①食材費


『ギバ・バーガー』60人前……31.55a


『ミャームー焼き』90人前……41.55a


『ギバの角煮』40人前……22a



3品の合計=31.55+41.55+22=95.1a



②その他の諸経費


○人件費……39a


○場所代・屋台の貸出料(日割り)……4a


○ギバ肉……12a(ルウ家から購入)


合計……55a



諸経費=①+②=95.1+55a=150.1a


売り上げ=148(屋台74食分)+80(宿屋)=228a


純利益=228-150.1=77.9a



純利益の合計額=1382.2+77.9=1460.1a

(ギバの角と牙およそ121頭分)


*干し肉の売り上げは、無し。


---------------------------------------------------------


2期目(青の月8~17日)


・第10日目(青の月17日)



①食材費


『ギバ・バーガー』60人前……31.55a


『ミャームー焼き』90人前……41.55a


『ギバの角煮』40人前……22a



3品の合計=31.55+41.55+22=95.1a



②その他の諸経費


○人件費……40a


○場所代・屋台の貸出料(日割り)……4a


○ギバ肉……12a(ルウ家から購入)


合計……56a



諸経費=①+②=95.1+56a=151.1a


売り上げ=262(屋台131食分)+80(宿屋)=342a


純利益=342-151.1=190.9a



純利益の合計額=1460.1+190.9=1651a

(ギバの角と牙およそ137頭分)


*干し肉は、1200グラム、18aの売り上げ。10日目にまとめて集計。


----------------------------------------------------------

最終決済


○干し肉

・販売量……9600グラム

・売り上げ……144a

・材料費=岩塩480グラム(0.96個)=2.88a

・純利益……144-2.88=141.12a


○10日間の岩塩の使用量=6600グラム(13.2個)=39.6a


○休業日の場所代=3a



○軽食の純利益+干し肉の純利益-岩塩の代金-休業日の場所代=1651+141.12-39.6-3=1749.52a


2期目の純利益=1749.52a

(ギバの角と牙およそ145頭分)


-------------------------------------------

1期目の純利益=1169.973a


合計=1169.973+1749.52=2919.493a

(ギバの角と牙およそ243頭分)

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