騒擾の祝宴④~さらなる交流~
2024.4/1 更新分 1/1
しばらく歓談に励んだのち、俺たちは次の卓に向かって移動を始めた。
その道行きでも、やはりおおよその人間は恐縮しきった面持ちで遠ざかっていく。やはり何より、黒豹の影響が大きいのだろう。また、面布を垂らした一団というのも、見慣れない人間にとっては十分に威圧的であるはずであった。
(まあ、俺も見慣れたってほどじゃないけど……『王子の眼』と晩餐をご一緒できたのは、やっぱり大きかったかな)
その面布の下にはごく尋常な素顔が隠されており、なおかつその瞳には人間らしい情感が宿されていた。彼らは整然としたロボットのごとき所作であるが、まぎれもなく人の心を備えた人間であるのだ。それが知れただけでも、俺にとっては大きな収穫であった。
(……ロルガムトや賊の老人とは、大違いだよな)
もしも『王子の眼』があの老人と同じぐらい虚ろな顔をしていたならば、俺がポワディーノ王子を信用することも難しかったことだろう。『王子の分かれ身』が王子の一部であるというのなら、その一部から全体の本質をうかがうことも可能であるはずであった。
(だから、やっぱり……あの老人の主人は、ろくでもない人間なんだろうな)
あの老人は人の抜け殻のようだったと、ガズラン=ルティムやラウ=レイはそんな風に語っていた。臣下だか配下だかをそんな存在に仕立ててしまう主人が、善良であるとは思えない。たとえそれが、どれだけ身分の高い人間であっても――いや、それならばいっそうに、のさばらせてはならないはずであった。
「ああ、アスタにアイ=ファ。ご苦労であったな」
と、次なる卓ではダリ=サウティとサウティ分家の末妹、そしてガズの男女が居揃っていた。それに同行していたのは、アルヴァッハとナナクエムの両名である。
「族長ダリ=サウティか。であれば、そちらは……サウティおよびガズの家人であろうか?」
「うむ。そちらはガズの両名が参席することも聞き及んでいたのであろうか?」
「無論である。100名に及ぶ参席者の素性は、すべて事前に確認させていただいた」
ポワディーノ王子がそのように申し述べると、それらの3名はつつましく頭を下げた。もちろん3名ともに、ポワディーノ王子と相対するのはこれが初めてのことである。
「それが、黒豹なる獣か。確かに、これは……猟犬にも劣らぬ賢さと強靭さを持った獣であるようだな」
ガズの長兄が用心深げな面持ちでそう言うと、ポワディーノ王子は「うむ」と首肯した。
「しかし、我の命令が下されるか、あるいは我に危害を加えようとする者がない限り、『王子の牙』が牙を剥くことはない。祝宴の場に獣を同行させるのは礼節を欠いているやもしれんが、どうか容赦を願いたい」
そう言って、ポワディーノ王子はアルヴァッハたちのほうに視線を転じた。
「そちらは、ふたりのみであるか。ピリヴィシュロは、オディフィアのもとであろうか?」
「うむ。そのため、副団長、同伴させた。別々、社交、励むためである」
「うむ。懸命な判断であるな。かなうことならば、我もすべての『王子の耳』を祝宴の場に放ちたいところだ」
「しかし、耳というのは語ることもままならぬのであろう? 相手の話を聞くばかりでは、絆を育むことも難しいのではなかろうかな?」
ダリ=サウティが穏やかに口をはさむと、ポワディーノ王子は「否」と応じた。
「『王子の耳』の集めた言葉をもとに、我が社交に励むのである。まあ……我も明日の朝には出立するので、このたびはそういった手法も通用しまいな」
「そうか。できれば俺も、あなたともっと確かな絆を育みたいと考えていた。今日限りで言葉を交わす機会も失われてしまうというのは、残念な限りだ」
「うむ。我もかなうことならば、再びジェノスを訪れたいところであるが……それも、このたびの騒乱を終息させてからのことであるな」
そんな風に言ってから、ポワディーノ王子は『王子の舌』のほうに向きなおった。
「其方は、役目を果たすがいい。マルスタインらは、遠慮なく食事を」
「それでは」と、マルスタインはまた小姓たちに宴料理の取り分けを命じた。
こちらはガズの女衆の班が受け持った、3種の料理である。その内容は、マロール・チリと回鍋肉と中華風のスープであった。
マロール・チリや回鍋肉は、いまや城下町でもお馴染みの献立だ。しかしやっぱりオイスターソースに似た貝醬やギラ=イラのおかげで、さらなる味の向上を目指すことができた。そしてそれらのアレンジに関しても、このひと月ていどであらゆる氏族に手ほどきすることができていた。
中華風のスープは細工も少ないが、こちらもオクラに似たノ・カザックやチンゲンサイに似たバンベなど、新たな食材を盛り込んでいる。基本となるのは溶き卵と長ネギのごときユラル・パで、南の王都から仕入れた上等なホボイ油の風味がきいていた。
「ふむ……これらの料理にも、見知った食材と見知らぬ食材が混在している。そしていずれも、目新しい味わいである」
毒見を済ませた料理を口にしたポワディーノ王子は、そんな風に評してくれた。
「そういえば、ラオリムにも西の食材は届けられているのですよね?」
「うむ。ジギの行商人が、数多くの食材をもたらしている。ただし、ラオリムそのものは交易に携わっていないので、流通しているのは王都の中央区域のみであろうな」
「ラオリムは、どうして交易に消極的なのですか?」
「そもそもラオリムの民には、異国まで赴く習わしがない。東の港にドゥラの船を受け入れて、マヒュドラの食材を手にしているばかりであるな。あとは、ジギの行商人が頼みである」
そのように語りながら、ポワディーノ王子は面布ごしに俺を見つめてきた。
「『白き賢人ミーシャ』の逸話は、其方も聞き及んでいるのであろう? ラオの一族は長きにわたって、ゲルドやドゥラの軍勢との戦乱に明け暮れていたのだ。そうして肥沃なる中原を手にしてからは、それを堅く守ることに相成った。そういった来歴から、用心深く、内にこもる気質が育まれたのやもしれん」
「ああ……それで領地を失ったゲルドやドゥラの方々は、北方の山岳部に逃げのびたのでしたっけ」
アルヴァッハたちの目を気にしながら、俺はそのように答えた。
するとナナクエムが、沈着な様子で「うむ」と声をあげる。
「しかし、もとより、肥沃な地、侵略した、こちらなのであろう。そして、いずれも、数百年、昔である。我々、恩讐、越えて、ラオの王家、忠誠、誓っている」
「うむ。其方たちの公正さと誠実さは、我もよくよく思い知らされることに相成った。今後はゲルドとも、さらなる絆を深めたいと願っている」
そのように語るポワディーノ王子のほうも、俺の目には公正であり誠実であるように見えた。
しかし――アイ=ファやジザ=ルウやガズラン=ルティムは、まだ警戒心を残しているようだ。それでもアイ=ファなどは時おりやわらかい眼差しでポワディーノ王子の姿を見守っていたし、ジザ=ルウは誰に対しても用心深いので、俺が気になるのはガズラン=ルティムであった。
ガズラン=ルティムは、いつになく口数が少ない。そして常に、ポワディーノ王子の挙動を見据えているようであるのだ。今のところは鷹のごとき眼光がちらつくこともなかったが、普段のガズラン=ルティムに比べると格段に気を張っている様子であった。
(ポワディーノ王子のことを警戒してるのか、逆に心配してるのか……なんだか、その両方みたいに感じられるんだよな)
ともあれ、ガズラン=ルティムは最後の賊が捕縛されたならばすべてを打ち明けると言っていた。俺としては、その時間を待つしかないようであった。
「それで、アルヴァッハはこれらの料理にどのような感想を抱いたのであろうか?」
と、ポワディーノ王子がふいにそのようなことを言い出して、アルヴァッハの巨体をゆらめかせた。
「……無論、我、満足している。王子殿下、問いかけ、意図、不明である」
「いや、ようやくアスタと巡りあえたのであるから、寸評の言葉を申し述べたくて煩悶しているのではないかと思ったまでである」
「……これらの料理、取り仕切り役、こちら、ガズ、第二息女である。よって、感想、すでに、伝えている」
その返答に、今度はポワディーノ王子が華奢な体躯を揺り動かした。
「これらの料理はアスタではなく、そちらの娘御が作りあげたのであるか? それは……驚くべき話であるな」
「い、いえ。わたしはあくまで、アスタから習い覚えた料理を作りあげただけですので……」
ガズの女衆が大慌てで応じると、ポワディーノ王子は「否」と首を横に振った。
「森辺の料理人がアスタの手腕を見事に再現できるという話は、我も聞き及んでいた。その技術の高さを、思い知らされた次第である。其方はアスタの教えを過不足なくおのれの血肉にしたということなのであろうから、存分に誇るがよい。我もまた、惜しみなく賞賛の言葉を捧げよう」
「は、はい……ありがとうございます」
ガズの女衆は気後れも忘れた様子で、嬉しそうに微笑んだ。そして、妹のそんな姿に、長兄のほうも目を細める。森辺の民がそれだけ素直に受け止めたということは、ポワディーノ王子の言葉に真情を感じ取った証拠であるはずであった。
「しかし、アルヴァッハの寸評を耳にできなかったのは残念な限りであるな。其方はすでに、アスタが手掛けた料理も口にしているのであろう? その寸評を、ここで伝えてはどうであろうか?」
「……王子殿下、申し出、意図、不明である」
「美食家というのは、其方の素顔であろう? 其方という人間を深く理解するためには、その素顔を見届けるべきであろうと考えたまでだ」
ポワディーノ王子がそのように答えると、アルヴァッハは青い瞳をにわかに強く輝かせた。
「であれば……もうしばし、ジェノス、留まっては、如何であろうか? さすれば、我、語る姿、目にする機会、生まれよう」
「それは、いささかならず強引な申し出であるようだ。外交としては、上等の部類とは呼べまいな」
ポワディーノ王子はどこか苦笑めいた気配をはらんだ声で、そう言った。
「では、其方の長広舌を耳にするのは、再会の折の楽しみということにしておこう。……其方たちと無事に再会できるように、東方神に祈ってもらいたい」
そうしてポワディーノ王子は、前触れもなく身をひるがえした。
6名の臣下は驚いた様子もなくその後を追い、森辺の4名とマルスタインも速足でそれを追いかける。最後にアルヴァッハのほうを振り返ると、そちらは無念そうに肩を落としていた。
(ポワディーノ王子も、怒ったりはしなかったけど……やっぱりもう、ジェノスに引き留められたくないんだな)
ポワディーノ王子にしてみれば、今日という日を祝宴に費やすことすら、苦渋の決断であったのだろう。それだけ、故郷に残した母親の身を案じているのだ。
(だからこそ、最後の賊も捕らえた上で、しっかり体勢を整えてほしいんだけど……俺も祝宴の終わり際を狙って、もういっぺんお願いしてみよう)
そのとき、俺の頭上で「そういえば」という声が響いた。
声の主は、ジザ=ルウである。先頭を進むポワディーノ王子の耳をはばかって、小声でガズラン=ルティムに呼びかけたようだ。
「先刻から、フェルメスの姿が見えないようだ。フェルメスこそ、ポワディーノに同行するべきであるように思うのだが……どこに姿を隠してしまったのであろうな」
「……フェルメスは、衝立の裏を巡っているようです。警備の様子を確認しつつ、『王子の分かれ身』と言葉を交わしているのかもしれません」
「王子の配下と? なんのために?」
「それは不明ですが……我々は、東の王家について知識が足りていません。それを補おうとしているのではないでしょうか?」
「……どうもガズラン=ルティムとフェルメスは、何も語らぬままに心を通わせているようだな」
それだけ言って、ジザ=ルウは口を閉ざした。
きっと俺と同じように、ガズラン=ルティムの言動に不明瞭なものを感じつつ、その判断を信じているのだろう。彼らの間にも特別な絆が存在するのだと、俺はそのように信じていた。
そうして到着したのは、最後の卓である。
まあ、卓そのものはもっと数多く分けられているが、これまでと異なる品を置いている卓はこちらで最後だ。それはトゥール=ディンが作りあげた菓子の卓であった。
その卓に、ザザの血族が結集している。トゥール=ディンとゼイ=ディン、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ、ディック=ドムとレム=ドムの6名だ。そしてそこに、エウリフィアとオディフィア、ピリヴィシュロとゲルドの副団長が加わっていた。
「ようやくいらっしゃいましたわね、ポワディーノ殿下。本日の菓子も、素晴らしい出来栄えですわよ」
エウリフィアは如才なく微笑み、トゥール=ディンは緊張した面持ちで一礼する。そして、オディフィアとピリヴィシュロはふたりそろって星のように瞳をきらめかせていた。
トゥール=ディンが準備したのは、豆乳プリンと大福餅とガトーショコラである。大試食会で人気を博した豆乳プリンに、シムの食材たるシャスカを使った大福餅、同じくギギを使ったガトーショコラということで、本日の献立を取り決めたのだという話であった。
しかしもちろん、それらの菓子にも目新しい細工が施されている。
まず豆乳プリンは、本体にサクランボに似たマホタリの果汁が添加されており、さらにブルーベリーに似たアマンサとマンゴーに似たエランをブレンドさせたソースが掛けられていた。果実の組み合わせで無限の可能性が広がるのではないかという寸評を受けて、さっそく新たな組み合わせを考案してみせたのである。
大福餅には、具材にラマンパが使われている。落花生に似たラマンパを花蜜とともに煮込むことであんこに仕上げ、さらにガトー・ラマンパなどで活用しているラマンパの甘いソースも加えているのだ。花蜜だけで仕上げたあんこと乳製品やラマンパ油を駆使したソースにはそれぞれまったく異なる味わいが存在するため、ラマンパを主体にしたふたつの味の層が重ねられているわけであった。
ガトーショコラは大胆さと繊細さをあわせもつアレンジで、砂糖の代わりにエランの果汁で甘さを作ったとのことである。ガトーショコラはどうしても重くて胸やけや胃もたれを起こしやすいため、濃厚な味わいや食感を守りながら甘みの重さだけでも緩和させたいとの願いが込められているのだ。当初は干し柿に似たマトラで試していたが、ガトーショコラにはエランの果汁のほうがより望ましいようであるとの話であった。
「これは……アスタの料理に劣らず、目新しい味わいである」
ポワディーノ王子も、声と口調だけで驚嘆の思いをあらわにすることになった。
「このだいふくもちという菓子の皮が、シャスカで作られているのであるか? 確かにこの粘り気は、シャスカと似ているようであるが……しかし、通常のシャスカよりもさらに強烈な粘り気でありながら、きわめてなめらかな食感をも有している。このような菓子は、王都にも存在すまい」
「素晴らしい味わいでしょう? その内に隠されているのは、西や南で収穫できるラマンパですわね」
「うむ。以前の食事会でも、このラマンパという豆の味わいは印象的であった。しかし、あの日の菓子よりも、さらに鮮烈な味わいである」
そうして感服しきったように息をついてから、ポワディーノ王子は俺のほうに向きなおってきた。
「そういえば……ゲルドや南の王都には、このだいふくもちなる菓子の作り方が伝えられているという話であったな」
「はい。もしもポワディーノ殿下がお望みでしたら、作り方を書き記した帳面をお渡しいたしますよ。……あ、菓子については俺ではなく、トゥール=ディンの領分ですけれどね」
俺の言葉に、トゥール=ディンがわたわたと慌てた。
「で、ですが、最初にだいふくもちの作り方を考案してくださったのはアスタですし……調理の方法を余所に広げる話に関しては、貴族の方々におまかせしています」
「もちろんアスタやトゥール=ディンの許しをもらえるのでしたら、ポワディーノ殿下にもあらゆる品の調理法をお伝えいたしましょう」
マルスタインがそのように答えると、ポワディーノ王子は「左様であるか……」と身を揺すった。
「多大な迷惑をかけたあげくに、そのような温情まで授かるのは、心苦しい限りであるのだが……そのありがたき申し出を固辞するのは、きわめて難しいようだ」
「あはは。どうぞご遠慮などなさらないでください。王子殿下や母君に森辺の料理や菓子を楽しんでいただけたら、俺も嬉しく思います」
「うむ。母がこのような菓子を口にしたならば、微笑みをこらえることも難しかろうな。……母はとりわけ、甘い菓子を好んでいるのだ」
そのように語るポワディーノ王子の声は、とりわけ穏やかな響きをはらんでいた。その面布の下では、彼こそが微笑んでいるのではないかと思えるほどだ。
すると――無言で様子をうかがっていたガズラン=ルティムが、口を開いた。
「あなたは本当に、母親のことをお慕いしているのですね、ポワディーノ」
「うむ? 母を慕わぬ子など、存在するものであろうか?」
「ええ。森辺においては、すべての家族を慈しむべしとされていますが……やはり、母と子の間にはとりわけ深い絆が存在するのでしょう」
ガズラン=ルティムは、普段通りの穏やかな面持ちである。
ただ――俺はその瞳に真剣きわまりない光がちらついているのを見逃さなかった。
「そういえば……現在のシムには3名の王妃があり、あなたは第三王妃の唯一の子であるというお話でありましたね」
「うむ。父たる王陛下はすでにご老齢であられるため、最後に王妃となった母との間には我しか生すことがかなわなかったのだ」
「たったひとりの子と母であれば、より強き絆が育まれることでしょう。……第一王妃と第二王妃も、いまだご健在であられるのでしょうか?」
「うむ。ただしどちらも離宮や屋敷に引きこもり、王宮にはほとんど姿を見せなくなっている。……第一王妃は2名もの子を亡くしているし、第二王妃もそれに匹敵するほどの悲しみを負っているのでな」
「では、第一から第三王子までが第一王妃の子であり、第四から第六王子までが第二王妃の子であるということでしょうか?」
「左様である」と答えてから、ポワディーノ王子は身体ごとガズラン=ルティムに向きなおった。
「ガズラン=ルティムよ。それがたわいもない世間話であるというのなら、我もいくらでも応じよう。しかし、それ以外の目的があるのなら……祝宴の終わりを待ってもらいたい」
「……失礼いたしました。私もいささか、気が急いてしまっているようです」
ガズラン=ルティムが申し訳なさそうに一礼すると、今度はゲオル=ザザが不敵な声をあげた。
「明哲さで知られるガズラン=ルティムも、何やら難渋している様子だな。俺などは腹の探り合いをする気もないので、心置きなく語らってもらいたく思うぞ」
「うむ。其方は……族長グラフ=ザザの子息ゲオル=ザザか、あるいはドムの家長ディック=ドムであろうな」
「俺はゲオル=ザザで、こちらのでかいのがディック=ドムだ。俺たちも族長から、そちらの話は存分にうかがっているぞ」
ゲオル=ザザもディック=ドムも、スフィラ=ザザもレム=ドムも、それぞれ鋭い眼差しでポワディーノ王子を見据えている。ポワディーノ王子は「うむ」と応じてから、足もとの『王子の牙』の頭を撫でた。
「ドンダ=ルウとグラフ=ザザに、それほどの差は感じなかったのだが……子息や血族の差は、歴然であるようだ。まるで、燃えさかる炎と対峙しているかのような心地である」
「ふふん。そちらのジザ=ルウやガズラン=ルティムのほうが、よほど好ましいということであろうか?」
「否。好ましきことに、変わりはない。ただ、これだけの気迫を前にしたならば、『王子の牙』もたいそう落ち着かぬ心地であろうな」
その『王子の牙』は確かに黄金色の目を炯々と輝かせていたが、しかしうなり声をあげたりはしなかった。おそらく彼が声をあげるのは、ポワディーノ王子が心を乱した際のみであるのだ。
「ともあれ、さまざまな森辺の民と挨拶できることを、ありがたく思っている。明日ジェノスを出立するのが、惜しく思えるほどだ」
「であれば、すべての騒ぎが収まったのちに、あらためて出向いてくるがいい。俺たちもそう容易く魂を返すつもりはないので、いずれ再会の機会もあろう」
「ふむ。其方たちは、我を引き留めようとはしないのだな」
「ああ。どうせ今日の内には、最後の賊とやらも捕縛されるだろうからな」
と、ゲオル=ザザは精悍な顔にいっそう勇猛なる笑みをたたえた。
「すでにそちらも聞き及んでいるだろうが、今日は数多くの氏族が休息の日と定めて、数多くの狩人をメルフリードのもとによこしたのだ。その総勢は、100名近くにも及ぶのだという話であったぞ」
「うむ。其方たちのような猛者が100名がかりで捜索したならば、賊が逃げのびることもかなうまい。明日の朝までに吉報が届けられることを、我も心待ちにしている」
「ああ。問題は、生かして捕らえられるかどうかだが、まあ手の甲の紋章とやらさえ無事であれば――」
そこでスフィラ=ザザが、「ゲオル」と厳しい声をあげた。
「この場には、オディフィアとピリヴィシュロも控えているのですよ。物騒な言葉を口にするのは、お控えなさい」
「おお、これは申し訳なかった! オディフィアを、怖がらせてしまったか?」
ゲオル=ザザが少しだけ慌てた顔をすると、オディフィアは「ううん」と首を横に振った。
「とうさまともりべのみんながわるものをつかまえたら、オディフィアもうれしい。……みんながぶじにもどってこれるように、オディフィアもたくさんいのったの」
「うむ。西方神がその祈りを聞き逃すことはあるまいぞ」
ゲオル=ザザが常になく優しげな声でそう伝えると、オディフィアは「うん」と年齢以上に幼い仕草でうなずいた。
そしてスフィラ=ザザは、こっそりゲオル=ザザの脇腹を肘で小突いている。おそらくスフィラ=ザザは、エウリフィアの耳をもはばかっていたのだ。斯様にして、森辺の民というのは秘密を抱えることに慣れていないのだった。
「我もジェノスおよび森辺の面々の尽力が正しく報いられるように、心より祈っている。そしてそのあかつきには、かなう限りの感謝を捧げるつもりである」
その場を取りなすように、ポワディーノ王子がそんな言葉を口にした。
それと同時に、アイ=ファが横合いを振り返る。同じ方向を見やった俺は、少なからず驚かされた。そちらには、シムの宴衣装を纏ったプラティカの姿があり――そしてそのかたわらに、意想外の人物がたたずんでいたのだった。
「失礼いたします。王子殿下、ご挨拶、許されますか?」
ゆったりと流れる風のような声音が、心地好く響きわたる。
それは、占星師アリシュナに他ならなかった。




