変転の日③~思わぬ申し出~
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「そもそも賊たる老人は、すでに5人もの王子を手にかけていると告白しているのです。そのような真似ができたのも、ひとえにすべての責任を魂の主人にゆだねているためであるのでしょう。察するに、あの老人は自らの主人に対して、邪神教団の狂信者にも匹敵するほどの狂信を向けているということなのではないでしょうか?」
フェルメスがそのように言いつのると、会談の場にはいっそう重苦しい静寂が垂れこめた。
ロブロスはフォルタと、ポルアースは外務官と、アルヴァッハはナナクエムと、それぞれ顔を見合わせている。マルスタインやメルフリードやダカルマス殿下、それに森辺の面々などは心を乱した様子もないが、それぞれフェルメスの言葉の重さを噛みしめている様子である。
ただ、誰もフェルメスの言葉を鵜呑みにしている様子はない。俺自身、フェルメスの言葉と賊の証言のどちらを真実と見なすべきか、懸命に考え込んでいるさなかであった。
そんな中、「何故でしょう?」と声をあげたのはガズラン=ルティムである。
フェルメスは恋人と再会できた乙女のような面持ちで、そちらを振り返った。
「何故とは? さしもの僕も、狂信者の心情を理解することはなかなかに難しいのですが」
「いえ。私が疑問に思ったのは、フェルメスの心情です。私も賊の証言には、あるていどの筋道や真実味が存在するものと考えていたのですが……フェルメスは、何故その証言を疑おうと考えたのです?」
「それは彼が、自らの名を明かすことを拒んだためです」
同じ表情のまま、フェルメスはそう言った。
「アリシュナが念入りに星を読み解くには、3つの条件が必要となります。対象者と向かい合い、名前と、生誕の日を知ること。その条件がそろわなければ、そうまで深く星を読み解くことはかなわないそうです。ですが賊は、自らの名を明かすことを拒みました」
「何故、拒んだのです?」
「マフラルーダは呪われた一族であるため、そのようなものに運命を託すつもりはない。……賊は、そのように語っていました。これでは賊の素性や来歴を確認することもままなりませんので、その証言の信憑性を問うべきかと思われます」
「しかし、星読みはあくまで占術である。星読みの内容を重んずることはやぶさかでないが、それを絶対の真理と見なすことはできまい」
ポワディーノ王子が身を乗り出しながら、そのように発言した。
「それよりも重きを置くべきは、告白の秘薬を用いた証言である。東の審問の場においても星読みの内容をもとに罪を問うことはかなわぬが、告白の秘薬は有効である。賊は東の審問にかけられることを了承したのだから、この場で虚言を吐く意味はあるまい」
「それは、初耳です。賊は、東の審問の場で証言すると申し述べているのですか?」
ガズラン=ルティムの問いかけに、ポワディーノ王子は「うむ」と大きく首肯した。
「そうしてすべての罪を認めることで、魂を返す前に少しでも贖いたいと申し述べている。東の審問の場において告白の秘薬をもちいれば、すべての真実が明るみにされるのだ。であれば、我々の為すべき道はひとつであろう。我は即刻、賊を連れて王都に帰りたく思う」
「ですが、道中は危険です。少なくとも、もう1名の賊が捕縛されるまでは時期を待つべきではないでしょうか?」
フェルメスが笑顔で取りなすと、ポワディーノ王子は「否」と首を横に振った。
「残された賊が1名であるならば、何も危険なことはない。それよりも、第二王子に時を与えるほうが危険である。手をこまねいていれば、新たな謀略を仕掛けられる恐れがあろう」
「横から失礼いたします。東の王都にいる第二王子がこちらの騒ぎを耳にするすべはないのでは?」
ガズラン=ルティムが口をはさむと、ポワディーノ王子は再び「否」と首を振った。
「伝書の鷹や鴉を使えば、数日で書簡を届けることができよう。このような遠方にまで足をのばしたからには、そのていどの準備をしているものと見なすべきである」
その言葉に、さしものガズラン=ルティムも目を丸くした。
「申し訳ありません。伝書の鷹や鴉とは、如何なる存在であるのでしょうか?」
「それは、東の王国において開発された通信の技術である。鷹であれば2日、鴉でも4日あれば、ジェノスからラオリムに伝書を届けることは可能であろうな」
「トトスでひと月がかりの距離を、それだけの日数で越えることがかなうのですか。それは、驚くべき話でありますね」
ガズラン=ルティムが感心しきった面持ちで応じると、フェルメスが笑顔で割り込んだ。
「トトスでも車を引かせずに早駆けさせれば、10日でラオリムを目指すことがかなうでしょう。鷹や鴉であれば街道を辿る必要もなく真っ直ぐ目的地を目指せますし、人やトトスほどの休息も必要ないため、それだけの日数で済むわけです」
「しかし我々のトトスであれば、車を引かせても20日でラオリムを目指すことが可能である」
ポワディーノ王子がそのように言い張ると、フェルメスはそちらに視線を転じた。
「ですがそれでも、20日がかりです。賊が伝書の鷹を備えていれば、2日で危急を伝えることが可能でありますし……そもそもジェノスにおいても、2人目の賊を捕縛したことは布告しておりません。すべてを秘密裡に進めれば、第二王子が新たな手を打つこともないでしょう」
「否。仲間と黒豹が戻らなかった時点で、残された賊も実情を知ることになろう。……そのていどのことは、其方もわきまえているはずだ」
と、ポワディーノ王子は面布に隠された目でフェルメスをにらみつけた。
「其方はどうして、我をジェノスに引き留めようとしているのだ? 包み隠さず、真情を申し述べるがいい」
「それはやはり、賊の証言を疑っているためと相成ります。最後に残された賊がどのように動くかを見極めぬ内に、迂闊に動くべきではないかと思われます」
「ぼ、僕もフェルメス殿に賛同いたします。きっと最後の賊も、遠からぬ内に捕縛されるでしょうから……それまでは、様子をうかがうべきではないでしょうか?」
ポルアースもおずおずと言葉を添えたが、ポワディーノ王子は「否」と言い張った。
「最後の賊は、すでにジェノスから逃げ出している可能性もあろう。であれば、どれだけの日をかけても捕縛することはできまい。我々は、一刻も早く第二王子を糾弾するべきである」
「……本当に、危険はないのであろうか?」
ジザ=ルウがひさびさに口を開くと、ポワディーノ王子は「ない」と言い切った。
「我は50名ずつの『王子の剣』と『王子の盾』を備えているので、これを撃破するには同数の軍勢が必要となる。また、我も賊も王都に到着するまで、いっさい車の外に出ることはない。これならば、我や賊に危害を加えることは不可能であろう」
「そうか」と、ジザ=ルウは口をつぐんだ。
他の面々も、おおよそはポワディーノ王子の主張に納得している様子である。
そうして、マルスタインがひさびさに口を開こうとしたとき――広間の扉が、ノックされた。
衝立の裏にひそんでいたジェノスの武官が扉を細く開いて、事情を問い質す。そしてそちらから、意想外の言葉が届けられた。
「捜索部隊の使者の代理人として、ダーム公爵家のティカトラス殿およびご子息とご息女が入室を希望されているとのことですが……如何様に取り計らうべきでありましょうか?」
「捜索部隊の使者の代理人? どうしてティカトラス殿が、そのような役目を負っているのかな?」
マルスタインが悠揚せまらず反問すると、武官のほうが「はあ……」と頼りなげな顔をした。
「そこまでは、なんとも……先に事情をおうかがいするべきでしょうか?」
マルスタインは「さて」と声をあげつつ、会談の場を見回した。
真っ先に声をあげたのは、ポワディーノ王子である。
「捜索活動に進展があったのなら、すぐさま聞かせてもらいたい。我に対しての遠慮は無用である」
「左様ですか。ただティカトラス殿というのは、いささかならず奇矯なお人柄であられるのですが……」
「ティカトラスの評判は、我も聞き及んでいる。しかし、賊の捕縛に大きく関わった功労者であろう? その入室を忌避する理由はない」
ポワディーノ王子は断固とした口調で、そのように言い切った。
「それに……真情を打ち明けるならば、我はこのジェノスにおいて正しき礼節を払われているとは考えていない。そちらのフェルメスを筆頭に、誰も彼もが不遜であり、非礼である。……しかしそれは、我の側に礼節が欠けていたためなのであろう。我は初めて異国に足を踏み入れたがゆえに、正しき礼を尽くせていないのだろうと顧みている。よって、ティカトラスがどれほど非礼な真似に及ぼうとも、我に文句をつける資格はあるまい」
マルスタインは「左様ですか」と繰り返した。
「では、ティカトラス殿のご一行にも入室していただきましょう。……他の方々にもご異存はありませんでしょうかな?」
異存のある人間はいなかったので、ティカトラスが招き入れられた。
豪奢な長羽織を思わせる上衣に、きらびやかなターバンとバルーンパンツ、それに数々の飾り物――雨季の期間でも相変わらず派手な身なりをしたティカトラスは、「どうもどうも!」と元気に声をあげながら広間に踏み入ってくる。彼らと対面するのは1日ぶりであるが、デギオンもヴィケッツォもまったく変わりはないようであった。
「会談の場をお騒がせしてしまい、まことに申し訳ありません! ポワディーノ殿下! ついに拝謁の機会を賜りまして、心より光栄に思っております!」
ティカトラスが膝を折ろうとすると、ポワディーノ王子は鷹揚に「よい」と応じた。
「このような場で、余計な挨拶は無用である。……このたびの其方の働きには、我も感服の思いを抱いていた。遅まきながら、感謝の言葉を伝えさせてもらいたく思う」
「王子殿下からそのようなお言葉を賜れるだけで、ますます光栄の至りでありますな! どうぞ今後とも、よしなに!」
ティカトラスはポワディーノ王子の持つ気品や風格に恐れ入った様子もなく、ひたすら朗らかな笑顔を返した。
「では、使者としてのお役目を果たすことにいたしましょう! メルフリード殿! 賊どもが使用していたと思しきトトスの車を、ようやく発見しましたぞ!」
その言葉に、会談の場が一気にざわめいた。
メルフリードは、月光のごとき眼光でティカトラスを見据える。
「それは、得難き進展です。して、その車はどちらに?」
「正確には、車の残骸と称するべきでしょうな! そちらの車はバラバラに解体されて、焚きつけに使われておりました! 場所は、貧民窟の長屋となります!」
ポワディーノ王子が同席しているためか、ティカトラスはメルフリードに対しても丁寧な言葉づかいだ。ただその明るい声音と表情は、気安さの極致であった。
「それを発見したのは、《守護人》のカミュア=ヨシュでありますよ! わたしも退屈であったので、彼と行動をともにしていたのですけれどもね! 彼の猟犬めいた嗅覚でもって、そちらの長屋にまで行き着いたのです! なんでもそちらの長屋の管理をしている無法者が2頭のトトスと引き換えに、車の処分を受け持ったのだそうです!」
「それはつまり……賊たる老人が、そちらの無法者と接触したということでしょうか?」
「まさしく、その通り! 頭巾と襟巻きで人相を隠したあやしげな東の老人が、そのように願い出てきたそうです! 日取りは、一昨日の朝方であったということですな!」
「一昨日の朝方……ロルガムトが捕縛されて、すぐさま行動に移したということですね」
「うんうん! たしかその朝まで、賊の片割れは宿屋に滞在していたという話でありましたな! ロルガムトなる者が捕縛されたと知り、自分たちにも捜査の手が及ぶことを危惧して、邪魔なトトスと荷車をまとめて処分した……といったところでありましょうかな!」
「つまり」と、ポワディーノ王子が口をはさんだ。
「賊どもは、ロルガムトのことをまったく信用しておらず……なおかつ、自らの退路を断つ覚悟であったわけであるな」
「その通り! 付け加えて申し上げますと、この数日の間にトトス屋でトトスを買いつけた人間はいないそうですよ! となると、最後の賊もまだこの近辺にひそんでいる公算が高いようですな!」
そんな風に言ってから、ティカトラスはにんまりと微笑んだ。
「ただし! 貧民窟の捜索活動は、その車の残骸の発見とともに終了いたしました! カミュア=ヨシュいわく、賊が貧民窟にひそんでいる可能性はないとのことです! ロギン殿もカミュア=ヨシュの意見を重んじて、すべての人員を山野の捜索に割り当てたとのことでありますよ!」
「そうですか。まあ、貧民窟の捜索もこれで3日目ですので、順当な判断でしょう。山野の捜索には多数の森辺の狩人が参加しているため、確かな結果を期待できるはずです」
メルフリードが冷徹なる面持ちで答えると、ティカトラスは「ふむふむ!」と声を張り上げた。
「しかし、昨晩捕縛された賊の片割れは、改心したと言い張っているのでしょう? 相棒の居所に関しては、口を閉ざしているのでしょうかな?」
「いえ。昨日の夜まではともに森の端で過ごしていたと証言しており、その痕跡もすでに発見されています。そして、自分の作戦が失敗したからにはもはや打つ手も残されていないので、シムに逃げ帰る他ないと証言していましたが……すでにトトスを処分していたのなら、それも不可能ということですね」
「可能性があるとしたら、北方に逃げのびてベヘットあたりでトトスを調達し、大回りでシムを目指すぐらいでありますな! しかしもちろん、ベヘットにも手配は回しているのでしょう?」
「無論です。ベヘットにもダバッグにも、東の老人の賊という内容で手配書を回しています。あとは、行商人からトトスを奪うという手もありますが……現在のところ、そういった報告も入っておりません」
そこでメルフリードが席上の面々に視線を巡らせると、またポワディーノ王子が真っ先に応じた。
「賊は、シムに逃げ帰っていなかった。しかし現時点で、トトスを携えていない。これならば、我々が出立しても追いつかれる恐れはあるまい。いっそうの憂いが消えたと判ずるべきであろう」
「ふむふむ? もしやポワディーノ殿下は、シムにお帰りになられるご予定なのでしょうかな?」
事情を知らないティカトラスが呑気に問いかけると、ポワディーノ王子は華奢な身体に気合をみなぎらせながら「うむ」と応じた。
「我は一刻も早く王都に戻り、第二王子を糾弾する心づもりである。賊の片割れが審問の場で証言すると申しているので、第二王子ももはや言い逃れはできまい」
「ほうほう! それは重畳でありますが……しかしまた、ずいぶん急なお話でありますな! せっかくであれば、最後の賊も手土産にしては如何でありましょう?」
「先刻から、皆にもそのように忠言されている。しかし、逃げる賊を生かしたまま捕らえるというのは、きわめて困難な話であろう。あちらは奥歯のひと噛みで、自害することがかなうのだからな。それよりも、我は時が過ぎるのを惜しく思う」
「なるほど! 人というのは攻め手に回っているときこそ、隙が生まれるものでありますからな! これまでの賊どもを生かしたまま捕縛できたのも、あちらが攻め手であったという影響もあるのやもしれません!」
そう言って、今度はティカトラスがぐるりと会談の場を見回し――その末に、にんまりと微笑んだ。
「おおよその方々は、納得しておられるようですな! それで、ポワディーノ殿下はいつ出立されるのです?」
「本来であれば、今日の内にも出立したかった。しかし、今から出立していては、森辺に開かれた街道の途中で夜を迎えることになろう。それはあまりに不用心であるため、明日の朝を待つ他ない」
「明日の朝! それでも十分に、急な出立でありますな! 送別の祝宴は、準備が間に合うのでしょうか?」
「送別の祝宴?」と、ポワディーノ王子は肩を揺らした。おそらく、呆れ返ったのだ。
「この危急の際に、祝宴などを開くいわれはない。それは、ジェノスの者たちも同様であろう」
「いえいえ! このたびは、歓迎の祝宴も開かれていないではありませんか! 国賓たる王子殿下をお客人としてお迎えしながら祝宴のひとつも開かないなどというのは、非礼の極みでありましょう! それではジェノス侯爵たるマルスタイン殿が、のちのちこちらの王陛下にお叱りを受けてしまいますよ!」
ポワディーノ王子は困惑した様子でマルスタインを振り返り、マルスタインは苦笑をこらえているような面持ちでフェルメスを振り返った。
「ティカトラス殿は、あのように仰っているが……わたしは王陛下にお叱りを受けてしまうのでしょうかな?」
「そうですね。恐れ多くも王陛下はジェノスに対してきわめて厳しい目を向けておられますので、その可能性はないとも言い切れません」
「いや、しかし」と声をあげたのは、外交官補佐のオーグであった。
「この状況では、祝宴どころの騒ぎではありますまい。事もあろうに我々は、シムの王位争いに関わってしまっているのですぞ?」
「はい。そうであるからこそ、我々は最大限に礼を尽くすべきでしょう。もしも第二王子の罪を暴くことがかなったならば……次代の王となられるのは、そちらのポワディーノ殿下であられるのですからね」
フェルメスは内心の読めない面持ちで、にこりと微笑んだ。
すると、ティカトラスがまた「そうそう!」と声を張り上げる。
「とりわけジェノスは美食の町なのですから、たった1度きりの食事会では不十分でしょう! これから準備を始めてはとうてい間に合わないでしょうから、明日にでもじっくりと! ……そしてやっぱり、ここはアスタに腕を振るってもらうべきでありましょうね!」
「え? お、俺がですか?」
俺が仰天しながら声をあげると、ティカトラスは満面の笑みで「うん!」とうなずいた。
「そもそもポワディーノ殿下は、君のためにジェノスまでやってきたのだからね! そうでなくともジェノスで一番の料理人と認められた君には、ジェノスのために力を尽くす責任が生じるわけだよ!」
俺は大いに困惑して、周囲の面々を見回した。
当然のこと、アイ=ファは不満顔で眉をひそめている。シュミラル=リリンは眉を下げつつ俺を励ますように微笑んでおり、ジィ=マァムは仏頂面、ジザ=ルウは内心の読めない柔和な面持ちだ。
そして――ガズラン=ルティムは、獲物を狙う猛禽のような目で俺を見つめていた。
何か、訴えかけるような眼差しである。そしてそこには、わずかながらに申し訳なさそうな色もうかがえた。
そして俺は、もう一対の視線にもぎょっとさせられる。
それは、フェルメスの視線である。フェルメスは俺の魂を吸い込もうとしているかのように、そのヘーゼル・アイを妖しく光らせていたのだった。
(もしかして……送別の祝宴ってのは、ポワディーノ王子を引き留めるための方便なのか?)
フェルメスははっきりと、ポワディーノ王子はまだジェノスに留まるべきだと主張している。そして、その真意を質したガズラン=ルティムも、同じ気持ちに至ったのかもしれなかった。
(ガズラン=ルティムもフェルメスも、賊の証言は虚言だと確信してるのか?)
ガズラン=ルティムやフェルメスほど聡明でない俺には、彼らが何を疑っているのかもわからない。
ただ――俺自身、心から納得しているわけではなかった。
(ロルガムトが捕まるまでは、一歩ずつ前進してるような雰囲気だったよな。でも……)
あの老人と黒豹が捕縛されたとき、俺はまったくそういう心持ちになれなかった。手持ちの黒豹を『王子の牙』に見せかけて暴れさせて、ポワディーノ王子に罪を着せようというのは、まあありえない話ではないのかもしれないが――ロルガムトが捕縛された次の日に行うには、あまりに拙速であるように思えたのだ。
そして俺は、ヤミル=レイの冷ややかな眼光を思い出していた。
(第二王子もその配下も、シルエル以下の小物だ……っていう結論が、真実なのか?)
そんな話はどれだけ頭を悩ませても、わからない。
だから俺は、胸中に生じた違和感に従うことにした。
「それじゃあ……もし家長や族長にお許しをいただけたら、厨をお預かりしようかと思います」
ポワディーノ王子は、愕然とした様子で身を震わせた。
「では……アスタも祝宴などを開くことに賛同するのであろうか?」
「はい。俺もこんな突然に殿下とお別れするとは考えていませんでしたし……せっかくなら、自分の料理でおもてなししたいと思います」
そう言って、俺は心からの笑顔を届けてみせた。
「あと、森辺において虚言は罪ですので、もうひとつの真情も語らせていただきます。もう1日あれば、最後の賊も捕縛できるんじゃないかと……そんな期待を抱いています」
「……アスタも最後の賊が捕縛されるまで、我は動くべきではないと考えているのであろうか?」
「ええ、それはもちろん。最後の賊が捕縛されれば、さっきの証言が真実かどうかも知れるかもしれませんしね。それにやっぱり、殿下にはできるだけ安全な状態でお帰りいただきたく思います」
「……左様であるか」と、ポワディーノ王子は深く椅子にもたれた。
「相分かった。其方たちの言葉に従おう。……ただし、猶予は1日である。明日の祝宴を終えたならば、明後日の朝に出立する。よって、祝宴の開催は夜ではなく昼にしてもらいたい。……そのほうが、アスタもより安全であろうからな」




