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異世界料理道  作者: EDA
第八十五章 藍の鷹の事変(後)
1471/1686

変転の日②~告白~

2024.3/26 更新分 1/1

 やがてトトス車が到着したのは、白鳥宮である。

 祝宴や茶会などのために存在する小宮が、すっかり作戦会議の場になってしまっている。それはおそらく、ギリ・グゥの神殿に引きこもっているポワディーノ王子を招集しやすい立地であるためなのだろうと思われた。


 トトス車から降りた俺たちは入り口で雨具を預けて、回廊を突き進む。13名の狩人の内、宮殿の中にまで足を踏み入れたのは7名だ。そうして会議の場たる広間の前まで到着すると、引き締まった顔をした武官のひとりがマルスタインからの言葉を伝えてきた。


「森辺のみなさん、お疲れ様です。もしもこの場に、これまでの経緯をすべてわきまえている方々がおられましたら、総勢6名様まで入室していただきたいとのことです」


 本日は三族長を招集する時間もなかったため、同じ人数の代役を立ててもよい、という取り決めであるのだろう。

 ここまで同行したのは、ジザ=ルウ、ガズラン=ルティム、ダン=ルティム、ディム=ルティム、ラウ=レイ、シュミラル=リリン、ジィ=マァムという顔ぶれだ。俺とアイ=ファ、ジザ=ルウとガズラン=ルティムを当確とすると、残りは2名となるわけだが――ジザ=ルウが無言で視線を巡らせると、ダン=ルティムがガハハと笑った。


「俺やラウ=レイが出張っても、無用に場を騒がせるだけであろうよ! 血族における立場などは捨て置いて、その場にもっとも相応しい人間を選ぶべきであろうと思うぞ!」


「そうか。……ラウ=レイも、異存はなかろうか?」


「ない! あまりにややこしい話だと、俺は我慢がきかなくなってしまうからな!」


 ということで、会談の場には俺とアイ=ファ、ジザ=ルウとガズラン=ルティム、シュミラル=リリンとジィ=マァムが足を踏み入れることに相成った。

 帯刀したままでかまわないという話であったので、狩人の衣だけをダン=ルティムたちに預けて入室する。そちらの広間にはまた四角形に卓が並べられており、森辺の陣営とメルフリードを除く面々がすでに着席していた。


「連日、足労をかけてしまうね。時が惜しいので、挨拶などは無用だよ」


 マルスタインにうながされて、俺たちはその向かいに着席する。メルフリードは大きく迂回して、父親の隣に腰を下ろした。

 今日も各陣営の顔ぶれに変わりはない。西の陣営は、マルスタインにメルフリード、ポルアースと外務官、フェルメスとオーグ。南の陣営は、ダカルマス殿下、ロブロス、フォルタ、書記官。東の陣営は、ポワディーノ王子、アルヴァッハ、ナナクエム――そして、王子の足もとには『王子の牙(ゼル=ルァイ)』たる黒豹が控え、その背後には『王子の眼(ゼル=カーン)』を含む3名の『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』が立ち並んでいた。


 ジザ=ルウとシュミラル=リリンとジィ=マァムがポワディーノ王子の姿を目にするのは、これが初めてのことである。しかし、王子が10歳という年齢であることは事前に通達されていたため、誰も驚いたりはしない。ただ、誰もがさりげなく王子のほっそりとした姿を注視していた。


「それではわたしから、前口上を述べさせていただきます」


 マルスタインが、ゆったりとした口調で口火を切った。


「まず最初に……賊の尋問を執り行ったのはフェルメス殿であり、ポルアースとロブロス殿と『王子の耳(ゼル=ツォン)』の一番なる御仁が同じ場に立ちあっています。まだ告白の内容を知らされていない森辺の面々にその内容を伝えるとともに、我々も念入りに吟味するということでよろしいでしょうかな?」


 異を唱える人間はいなかった。

 南の面々は誰もが熱情をほとばしらせており、東の面々も石像のように不動のまま懸命に昂りを抑えている様子だ。面布で顔を隠しているポワディーノ王子も例外ではなく、何の感情も感じられないのは『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』の3名のみであった。


「では、尋問を執り行ったフェルメス殿に仔細を語っていただきたく思うが……昨晩ルウの集落を脅かした賊たる老人は東方神への宣誓を行った上で、すべてを告白した。森辺の面々も、そのように心置いてもらいたい」


 こちらの代表としてジザ=ルウが「承知した」と答えると、マルスタインはかたわらのフェルメスに視線を転じた。

 フェルメスもまた、いつも通りの優美な面持ちである。そして、その可憐な唇が美しいチェロのような声音を紡ぎ始めた。


「では、ご説明いたします。……まず、昨晩ルウの集落で捕らえられた賊は、ロルガムトと同行していた老人の片割れに相違ありません。それは、ロルガムト本人に確認していただきました」


「ふむ。その老人たちは、ロルガムトに対しても顔を隠していたという話ではなかったか?」


 ジザ=ルウの指摘に、フェルメスは「ええ」と微笑む。


「ロルガムトが判じたのは、声と体格です。ロルガムトは1年にわたってその老人たちと接しておりましたため、声を聞き違えることはありませんでしょう。その老人は道中でも荷車に乗らず、夜にだけ合流していた人物に他ならないそうです。加えて言うならば、《ゼリアのつるぎ亭》でともに宿泊していたのは、もう片方の老人であるということになります」


「……妹の仇を前にして、ロルガムトはたいそう心を乱したのであろうな」


「はい。武官が取り押さえていなければ、目の前の老人を噛み殺していたところでしょう。あの激情にも、嘘はなかったかと思われます」


 そんな姿を想像した俺は背筋を震わせると同時に、得も言われぬ悲哀を噛みしめることになった。


「賊いわく……彼はシムからジェノスにまで至る道中、ずっと黒豹を従えていたそうです。王子殿下のご一行に尾行を気取られないように、黒豹を斥候のように使っていたようですね」


「うむ。シムの黒豹は、ジャガルの犬に劣らぬほど賢いのでな」


 ポワディーノ王子が頭を撫でると、『王子の牙(ゼル=ルァイ)』は心地よさげに目を細めた。彼は無事な姿をさらすことで、昨晩の黒豹とは別人であると身の潔白を証明することがかなったのだ。


「そうしてジェノスに到着したのちは、なんと宿場町と森辺の集落の狭間に位置する森の中で夜を明かしていたそうです。さきほど捜索部隊からも、その痕跡を発見したという報告が届けられました。そして日中はもう1名の賊とともに宿場町を巡って、情報収集に励んでいたようですね。それで、ポワディーノ殿下の目的を知り……このたびの陰謀を企てたとのことです」


「…………」


「彼らの目的は、ポワディーノ殿下に大きな罪をかぶせて王位継承権を剥奪すること……そしてそれは、シムの第二王子たるディエカトルラ=ラオ=ケツァルヴァーンの命令であったと告白しています」


 会談の場が、大きくざわめいた。

 森辺の陣営を除く面々はすでに聞き及んでいるはずであったが、やはり騒がずにはいられないのだろう。これが初耳である俺も、もちろん大きな驚きにとらわれていた。


(やっぱり……黒幕は、シムの第二王子だったのか。その目的も、ポワディーノ王子が言っていた通りだな)


 そんな思いを抱きながら、俺はポワディーノ王子の様子をうかがってみた。

 ポワディーノ王子はしっかりと背筋をのばしつつ、わずかながらに肩を震わせている。今は卓の陰になってしまっているが、膝の上では血がにじむぐらい拳を握り込んでいるのではないかと思われた。


「では、そちらのポワディーノが語っていた通りの内容になるわけだが……問題は、どうしてそのような話をあっさり白状したかだな。そやつは素性を隠すために、自らの手の甲をかきむしったのであろう?」


 またジザ=ルウが声をあげると、フェルメスは悠揚せまらず首肯した。


「彼の言葉を、そのまま伝えさせていただきます。……『わたしはディエカトルラ殿下の一部となるため、聖なる紋章をこの身に刻みつけられた。わたしは王子殿下のためにすべてを投げ打ち、同じ運命を辿る所存であった。だが……昨晩、王子殿下の紋章を自らの手でかき消したことにより……この身に、本来の心根が蘇ってしまったのだ』」


 フェルメスは、ここで恐るべき記憶力を発揮させた。

 しかし、アルヴァッハの長広舌と比べたら、なんと陰鬱な内容だろう。アルヴァッハも、ポワディーノ王子のかたわらで静かに青い瞳を燃やしていた。


「『王子殿下の紋章を打ち捨ててしまった自分には、もはや同じ運命を辿る資格もないのかもしれない……そのように考えたら、すべてが恐ろしくなってしまったのだ。わたしはこれまでに、数々の罪を重ねてきた。それは、王家に牙を剥く叛逆行為に他ならない。わたしが王子殿下の一部でなくなってしまったのなら、わたしの魂は跡形もなく打ち砕かれてしまうことだろう……だから生きている間に、少しでも罪を贖いたい。わたしはもはや、なんの力も持たない大罪人に過ぎないのだ』……賊は、そのように語っていました」


 そこでフェルメスは、ポワディーノ王子のほうに目をやった。


「ここでひとつ、ポワディーノ殿下にご確認させていただきたく思います。『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』たる者は、その手の紋章を傷つけてしまったら、王子の一部たる資格を失ってしまうのでしょうか?」


「うむ……シムにそのような取り決めは存在しないが……しかし以前にも語った通り、『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』の役目から外れる者には、紋章の上から十字の刻印を刻まれるのだ。それだけで、『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』の資格を失うわけであるのだから……判別もできないほどに紋章を傷つけてしまったのなら、そのような思いにとらわれて然りであろうな」


「なるほど。ですがやはり、可能性の話に留まるのですね。みなさんも、どうぞそのようにご留意ください」


 フェルメスは、可憐な乙女のようににこりと微笑んだ。


「では、次に……順序立てて、まずは賊の素性から説明いたしましょう。賊は自分のことを、第二王子の『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』の201番であると称しています」


「201番? 『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』というものは、そのように大勢存在するのであろうか?」


「いえ。『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』と『王子の盾(ゼル=バムレ)』の上限は、それぞれ100名ずつと定められているそうです。そのお役目から退く者が出たならばその番号は欠番として、新たな数字を重ねていくことになるそうですが……201番まで達したならば、最初の100名がすべて退いたということになってしまいますね」


「うむ。そのような話は、ありえない。第二王子はすでに28歳という齢であるが、役目から退いた『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』はせいぜい数名であろう」


「はい。賊も、そのように語っています。彼は……秘密の内に任命された、影の『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』であると称しています」


 そうしてフェルメスは、またそのずば抜けた記憶力でもってつらつらと語り始めた。


「『シムの王都には、「分かれ身(ドゥフェルム)の塔」というものが存在する。口さがない者には、人間牧場などと称されているが……その「分かれ身(ドゥフェルム)の塔」にて、王陛下や王子殿下の分かれ身(ドゥフェルム)の候補者が育成されているのだ。その数多くは、かつての分かれ身(ドゥフェルム)たちの子であり……わたしも先代の王陛下の分かれ身(ドゥフェルム)の子であった。役目から外れた分かれ身(ドゥフェルム)は子を生したのち、おおよそは「分かれ身(ドゥフェルム)の塔」に子を捧げるのだ。それは我が子にも、自分と同じ喜びと誇りを抱いてほしいという一心なのであろう。しかし、わたしは……落ちこぼれた。どれだけ修練を積んでも、栄誉ある役目を授かることがかなわなかったのだ』」


「…………」


「『そうして落ちこぼれた人間は、「分かれ身(ドゥフェルム)の塔」で働き続けることになる。まだ幼い候補者たちを育てあげ、その修練の手伝いをするのだ。わたしは無念の思いを抱きながら、どんどん齢を重ねていき……ついに、50歳となってしまった。そのとき、まだ18歳になったばかりの第二王子殿下に拝謁を許されたのだ』」


「…………」


「『第二王子殿下は、秘密の内に『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』となって、自分の敵を討ち倒してほしいと仰った。齢を重ねたわたしを正式な『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』として迎えるのは難しいので、陰ながら支えてほしいと仰ったのだ。わたしは、随喜の涙をこぼし……王子殿下の一部となった。そして、数々の使命を果たすことになったのだ』」


「…………」


「『わたしの他に、同じ立場の人間が4名存在した。それが、「王子の剣(ゼル=フォドゥ)」の202番から205番だ。ただし、この10年ほどで3名が魂を返し……生き残ったのは、わたしと204番のみとなる。わたしとその204番が、あのロルガムトを刺客に育てあげて、このジェノスにまで連れてきた。最後の使命を果たすために、ロルガムトが必要であったのだ。これでわたしと204番は、最後の使命を果たすはずであったのに……わたしは、仕損じた。こうして王子殿下の紋章を失い、捕らわれの身となってしまったのだ。もはやわたしの魂が救われることはなかろうが……最後に少しでも、罪を贖いたい。そのために、わたしはすべてを告白する』」


「…………」


「『第一王子と第三王子を暗殺したのは、わたしたちだ。第四王子と第六王子を叛逆者に仕立てあげたのも、第五王子に毒を盛って正気を失わせたのも……すべて、我々の所業だ。第二王子殿下を、玉座につかせるために……それがもっとも正しい運命なのだと信じて、我々は他なる王家の方々を手にかけた。また、それ以外にも何名かの重臣を暗殺している。すべては、第二王子殿下の敵を排するためであったのだ』」


「…………」


「『そうしてロルガムトを刺客として育てあげたわたしたちは……王陛下の暗殺を計画した』」


 これまで沈黙を守っていた人々が、こらえかねたように大きくどよめいた。

 もちろん俺も、いっそうの驚きにとらわれている。だが――頼もしき森辺の同胞たちは、誰もが静かな面持ちでフェルメスの言葉を聞いていた。


「『ロルガムトに王陛下を暗殺させたのち、あえて捕縛させることで、第七王子たるポワディーノ殿下に罪をかぶせる。それが、我々の計画だったが……しかし、ロルガムトを配下として1年が経とうとしても、計画を実行に移すことはかなわなかった。それはひとえに、ロルガムトの心が脆弱であったためである。このように脆弱な人間に、王の暗殺が成し遂げられるのか……たとえ成し遂げられたとしても、潔く自決することができるのか……そこに、確証が持てなかったのだ』」


「…………」


「『だがそれは、我々が「王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)」として生きる間に人の心を忘れてしまったがゆえなのであろう。市井の人間に、そうまで私情を排することはできない。そんな当たり前のことが、我々には理解できなくなっていたのだ。それでも我々は小さからぬ焦燥と苛立ちを覚えながら、ひたすらロルガムトを鍛えあげ……そんなさなか、ポワディーノ殿下が王都を出立された。それを尾行した我々は、ポワディーノ殿下が西の王国にまで出向くつもりなのだと察し……そこで、新たな計画を打ち立てたのだ』」


「…………」


「『西の地において東の王族が南の民を害すれば、大変な罪となる。しかもそれは、王陛下の暗殺よりもよほど容易い所業だ。そのように判じた我々は、ポワディーノ殿下を追ってこのジェノスまで辿り着き……そして、南の王子ダカルマスの存在を知った。しかも、王子殿下の目的が森辺の民アスタという者を臣下に迎えることであり、その者がダカルマスに目をかけられていると知り……これぞ天の采配であると判じたのだ。ポワディーノ殿下が私欲のために南の王子の配下を害したとなれば、王位継承権を剥奪させるのに十分な大罪であろうからな』」


「…………」


「『4日前の夜、アスタなる者の様子をうかがうために集落まで忍び込もうとしたのは、わたしだ。アスタが住まう集落は、黒豹に尾行をさせて突き止めることができた。そうしてわたしも自分の目で警護の規模を確認するために忍び込もうとしたのだが……ぶざまなことに、気配を悟られて追われる身となってしまった。そうして、追ってきた人間を毒の吹き矢で仕留めることになったのだ』」


「…………」


「『その翌日、ロルガムトに使命を下した。森辺の民アスタと、それを警護する南の兵士の殺害だ。しかし、ロルガムトは殺害に失敗したばかりでなく、自決もできずに捕縛されてしまった。まあ、妹の身が可愛ければ我々の存在を明かすこともできなかろうが……しかし、ロルガムトが捕縛されてもポワディーノ殿下が罪に問われることはなく、アスタたちと和解をしたという旨が布告された。おそらくはポワディーノ殿下の身分に恐れ入ったジェノスの者たちがなし崩し的に事を収めようとしているのだろうと判じた我々は、ポワディーノ殿下に疑いの目を向けさせるために黒豹を使ったが……それすらも失敗に終わり、わたしまでもが捕縛されてしまった。まさか、あのような獣を護衛役として使役していたなどとは、考えていなかったのだ。かくして、我々の目論見は潰えて……わたしは自らの手で、聖なる紋章を穢してしまった』」


「…………」


「『どれほどの罪を重ねようとも、第二王子殿下の一部である限り、死後に魂を砕かれることはない。「王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)」の魂は、王子殿下の魂とともにあるためだ。しかしわたしは、紋章を失った……王子殿下の分かれ身(ドゥフェルム)たる資格を失ったのだ。わたしは紋章を傷つけるのではなく、毒を噛んで魂を返すべきだった。愚かなわたしは、最後の最後でまた判断を誤ってしまったのだ』」


「…………」


「『わたしは最初から、道を誤っていた。第二王子殿下のお申し出を、お断りするべきであったのだ。「王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)」の資格を失ったことで、わたしはそれを思い知らされた。第二王子殿下がどれだけ王に相応しい器量であろうとも……他なる王子を害していいわけがない。わたしは……わたしは「王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)」として生きたいという妄執にとらわれて、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだ』」


 そこでようやく言葉を区切って、フェルメスは茶の杯に手をのばした。


「以上が、賊の告白です。みなさんは、どのようにお考えでしょうか?」


「……あるていどの筋は通っているように思える。しかも、東方神への宣誓を行った上で証言したというのなら……信ずるに値するのではないだろうか?」


 ジザ=ルウが感情の読めない声で応じると、フェルメスはにっこりと微笑みつつ「いえ」と言った。


「僕は、そのように考えていません。実に長々と語ってしまいましたが、この賊の証言は根本から疑うべきだと考えています」


「ほう。では、死後に魂を打ち砕かれる覚悟で、虚言を吐いたということであろうか?」


「いえ。賊が語っていた通り、自分の魂は第二王子とともにあると信じているのでしょう。自分がどれほどの大罪を働こうとも、主人たる第二王子が潔白であれば魂は救われると信じているのではないかと思われます」


「しかし」と声をあげたのは、ロブロスであった。


「それでも賊は、神への宣誓を行ったのですぞ? もっとも神聖なる宣誓を二の次にすることなど、ありえましょうかな?」


「西や南の民たる僕たちに、それを正しく判ずることは難しいように思います。……ポワディーノ殿下、そちらの『王子の眼(ゼル=カーン)』に質問することをお許し願えますでしょうか?


 フェルメスにいきなり水を向けられたポワディーノ王子は、気負いを隠せない声音で「うむ」と応じた。


「其方の意図はわからぬが、それが事件の解決に繋がる話であるのなら、許そう。……ただし、『王子の眼(ゼル=カーン)』はあくまで我の目である。『王子の眼(ゼル=カーン)』が語るのは我の言葉ではなく、『王子の眼(ゼル=カーン)』そのものの言葉であると心得てもらいたい」


「そうであるからこそ、彼の言葉が必要であるのです」


 そんな風に言ってから、フェルメスは『王子の眼(ゼル=カーン)』に微笑みかけた。


「それでは、お尋ねいたします。……『王子の眼(ゼル=カーン)』、あなたはポワディーノ殿下のご命令であれば、シムの王陛下を暗殺することができましょうか?」


王子の眼(ゼル=カーン)』はいっかな心を乱した様子もなく、「はい」と応じた。


「ただし『王子の眼(ゼル=カーン)』たるこの身は、何の武芸も修めてはおりません。そのような使命は『王子の眼(ゼル=カーン)』ではなく『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』に命じるべきでありましょう」


「なるほど。ですが、王陛下の暗殺というのは王国において最大の罪になるはずです。そのような大罪を働いたならば、あなたの魂は死後に砕かれることになるのでしょうか?」


「いえ。この身の魂はポワディーノ殿下とともにあります。ポワディーノ殿下が潔白であられる限り、この身の魂も殿下の魂とともに大きな安息を得られるかと思われます」


「そんな馬鹿な!」と、フォルタがわめき声をあげた。


「いずれの王国においても、王とは神の代理人であるはずです! その暗殺を命じた時点で、その人間も許されざるべき大罪人ではありませんか! そんな大罪人の魂が救われる道理はありませんでしょう!」


王子の眼(ゼル=カーン)』は人形のように直立不動のまま、「はい」と首肯した。


「罪の重さを決めるのは神であり、ひいては神の代理人たる王陛下、さらには王陛下から権限を与えられた審問官ということになりましょう。たとえ王家の方々でも、その決定に従うしかないかと思われます」


「では、暗殺を計画した人間も、それを実行した人間も、ともに魂を砕かれるということですな?」


「それを決めるのは、神であり、王陛下であり、審問官となります。この身の考えの及ぶところではありません」


「では――」と、ダカルマス殿下が勇猛なる笑顔で口を開いた。


「もしもそのように非道な命令を下されても、あなたはためらいなく遂行するということでありましょうかな?」


「はい。この身は、王子殿下の一部であるのです。王子殿下のお言葉に逆らうことは許されません」


「では、東方神への宣誓を二の次にすることもかなうのでしょうかな?」


「はい。それが王子殿下のご命令であるのでしたら、何もためらう理由はありません」


「それでも、あなたが罪の大きさに打ち震えることはないのでしょうかな?」


「はい。この身の願いはただひとつ、王子殿下と最後までともにあることであるのです」


 会談の場に、重苦しい静寂がたちこめる。

 しかしそれは、フェルメスの優美な声音によってすぐさま打ち破られた。


「つまり、あの賊が紋章を傷つけたことをまったく意に介しておらず、今でも第二王子に絶対の忠誠を誓っているならば、東方神への宣誓を二の次にしてでも虚言を吐くことが可能であるということです。あの賊の証言を額面通りに受け取るべきではないという僕の意見を、認めていただけますでしょうか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 歪みきってるな・・・
[良い点] やはりそう簡単に解決はしないですよね。どういう思惑で告白したのが気になります。 [気になる点] 分かれ見の人生は長年の規定と過程によって歪んていると思えてならないですね。それが異文化という…
[一言] まぁここまできて、ペラペラしゃべってそれが全部ほんとのことですね、おしまい。とはならないわなぁ
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