五日目の夜②~騒擾~
2024,3/10 更新分 2/2
・今回は2話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
やがて晩餐を終えたならば、就寝の時間である。
その日も俺は、アイ=ファとともに寝所に引っ込んだ。追従するのは、サチとラピの両名だ。
リミ=ルウとヤミル=レイは本家に戻り、『王子の眼』は別の狩人たちが待機している空き家へと身を移した。武官ならぬ彼に危険はないと見なされていたが、それでも俺と同じ場所で眠らせるのは不相応であろうという判断が下されたのだ。彼は文句をつけることもなく、そちらの家に移動していった。
集落の広場は、大勢の狩人と兵士に守られている。ルウの眷族の狩人が8名、ジェノスの近衛兵が10名、ジャガルの兵士が30名で、それぞれ数名ずつが交代で寝ずの番を受け持ってくれるのだ。そして本日も、ジルベは革の甲冑を纏って広場の片隅で身を休めていた。
「今は賊たちだってロルガムトの去就を見守る時期なんだろうから、何か騒ぎを起こすこともないように思うけど……誰ひとり、気を抜こうとはしないよな」
「うむ。敵方には、ロルガムトも知らない裏のたくらみがある可能性だって残されているのだからな。このような状況で、気を抜くことは許されまい」
そう言って、アイ=ファはやわらかく目を細めた。
「お前とて、まったく気は抜いていないのであろうが……ただし、ずいぶん心はほぐれたようだ。私はとても、喜ばしく思っている」
「うん。ポワディーノ王子と多少は心を通じ合わせることができたから、俺もずいぶん心持ちは軽くなったように思うよ。……ガズラン=ルティムは、ちょっと深刻そうな雰囲気だったけどな」
「それはおそらく、敵方の正体や思惑などに見当がつき始めたのであろうな。我々に語るべきと考えたなら、すぐさま語ってくれよう」
やはりアイ=ファもガズラン=ルティムの心情を汲み取った上で、口をつぐんでいたのだ。家人そろって、同じ行いに及んでいたわけであった。
「俺はこれ以上、話がこじれないように祈るばかりだよ。……それじゃあ、そろそろ休もうか」
「うむ。明日に備えて、しっかり眠るがいい」
アイ=ファはこの夜も髪を結ったまま毛布にもぐりこみ、そして燭台の明かりを消した。
サチは俺の毛布、ラピはアイ=ファの毛布で、すでに丸くなっている。そして鼻をつままれてもわからない闇の中、アイ=ファの手の先が俺の毛布にもぐりこんできた。
俺はその手を握り返しながら、まぶたを閉ざす。
5日前の夜以降、もちろん悪夢などは一度として見ていない。ルウの集落で夜を明かすことにも、すっかり慣れてきてしまったし――非日常であるはずの日々が、日常に取って代わってしまったかのようであった。
(でも、俺たちの家はファの家だ。1日でも早くファの家に戻れるように……俺は、森と神々に祈るしかないか)
そうして俺は、眠りに落ちた。
そして――2日ぶりに、その眠りが途中で打ち破られることになったのだった。
最初に聞こえてきたのは、やはりジルベの咆哮だ。
それに続き、甲高い草笛の音も鳴り響く。俺は一瞬で覚醒し、アイ=ファに強く手を握られることになった。
「何か今日は、これまでよりも危険な状況にあるようだ。決して私から身を離すのではないぞ、アスタよ」
そんな言葉とともに、俺は腕を引かれて半身を起こすことになった。
そしていきなり、あちこちがアイ=ファの温もりに包まれる。いったい何が起きたのかと俺が泡を食っていると、ほどなくして燭台の明かりが灯されて全容があらわになった。
アイ=ファは俺の首に腕を回しつつ、その手に燭台を携えていた。
おそらくは、俺の身に触れたまま燭台に火を灯すために、そのような体勢を取ったのだ。そうして明かりが灯された燭台を俺に手渡すなり腕をほどいて、あらためて俺の手を握りしめてきたのだった。
「き、危険な状況って、どういうことだ? 確かにずいぶん、表が騒がしいみたいだけど……」
壁を隔てて、人間の怒号や悲鳴が聞こえてくる。2日前も似たような騒ぎであったが、その質量が異なっていた。
「騒いでいるのは、兵士たちであろう。ただ、狩人らも懸命に声をかけあっているようだ。このたびの賊は逃げることなく、集落に踏み入ってきたようだな」
「ええ? これだけたくさんの狩人や兵士がいるのに、そんな真似をするかなあ?」
「これだけの騒ぎであれば、疑いようもない。ただ……何か、おかしな気配を感じる。いったい、何が侵入してきたのだ……?」
右手に刀、左手に俺の手を握りしめながら、アイ=ファは爛々と青い瞳を燃やしている。
そこで、寝所の戸板がノックされた。これもまた、2日前と同じ様相だ。
「アイ=ファたちも、こちらに出てくるがいい。ともにあったほうが、より安全であろう」
ディム=ルティムの言葉に従って、俺とアイ=ファは寝所を出た。
そうして広間まで移動すると、本日はシュミラル=リリンも待機している。そして全員が広間の真ん中に寄り集まり、刀を握りしめていた。
「窓には近づくなよ。帳をめくられて、吹き矢を仕掛けられるかもわからんからな」
ラウ=レイは猟犬のごとき眼差しで、そう言った。
そのとき、また新たな音色が響きわたる。草笛と似て異なる甲高い音色で、上がり框と土間に控えるブレイブとドゥルムアがぴくりと反応した。
「今のはおそらく、ルド=ルウの指笛だな。……つまり、猟犬を引っ張り出したということか?」
ラウ=レイのうろんげなつぶやきに、アイ=ファは「そうであろうな」と力強く応じた。
「このたびは、猟犬も力になると判じたのであろう。つまり、敵は――」
アイ=ファの言葉は、凄まじい破壊音によって妨げられた。
この家の玄関の戸板が、何者かによって突き破られたのだ。家では決して吠えないブレイブとドゥルムアが、ラムと子犬たちをかばいながら獰猛なうなり声をあげた。
室内には、野太い悲鳴が響きわたる。
戸板を突き破ったのは、ジャガルの兵士であったのだ。
そして、戸板の上にひっくり返った彼の上にのしかかっているのは――闇のように黒い毛を持つ、1頭の肉食獣であった。
「……やめよ」と、俺を背後にかばいながら、アイ=ファが静かに声をあげた。
黒き獣はブレイブたちよりも獰猛なうなり声をあげながら、兵士の兜に爪を立てている。兵士は「ひいっ!」と惑乱しながら、何とか面頬を開かれないようにと篭手に覆われた手で顔を守っていた。
全身が真っ黒で、黄金色の瞳を燃やす、体長1・5メートルていどの肉食獣――黒豹である。黒豹が、ジャガルの兵士に襲いかかっているのだ。
「やめよ、と言っている。……私の声が、聞こえぬのか?」
静謐なる声で、アイ=ファはそのように言いつのった。
おかしな気配を感じた俺は、思わず身を乗り出してアイ=ファの横顔を確認してしまう。このような荒事を眼前に迎えながら、アイ=ファは菩薩像のように静謐な面持ちであった。
「……アスタ、こちらに」
と、ガズラン=ルティムが俺の腕を引いてきた。
そうして、俺の身が遠ざかると――アイ=ファは「やめよ!」と鋼の鞭に似た声音を張り上げた。
黒豹はびくりと背中を震わせてから、初めてアイ=ファのほうに向きなおる。
俺もガズラン=ルティムに守られながら、ずっとアイ=ファの様子をうかがっていたが――あれだけ大きな声を出しても、アイ=ファは静謐な表情のままであった。
何だかまるで、アイ=ファが抜け殻になってしまったかのようだ。
その美しき姿にはまったく変わりもないのに、何だか幻影のようにはかなく感じられてしまう。今にもその姿が透けてしまいそうなぐらい、アイ=ファは存在感が希薄になっていた。
(これが……気配を殺すってやつなのか?)
黒豹は兵士を組み敷いたまま、凶暴な目でアイ=ファをにらみつけている。
そんな黒豹に向かって、アイ=ファは再び強い声を叩きつけた。
「お前の主人は、大罪人だ! そのようなものの言葉には従わず、正しき道を生きるがいい! 獣たるお前にも、魂は宿されているのであろうからな!」
黒豹は、不快げに――そしていくぶん混乱した雰囲気で、落雷のような咆哮をあげた。
「それでも退かぬというのなら、私が相手取ってやろう! かかってくるがいい!」
そんな言葉を言い放つなり、アイ=ファはその手の刀を足もとに投げ出した。
その瞬間、黒豹は兵士の身を踏み台にして――アイ=ファに襲いかかった。
幻影のように虚ろなアイ=ファの頭上に、黒豹の爪が振り下ろさる。
そうして俺が、思わず目をそらしそうになったとき――アイ=ファの身が、いきなり本来の生命力をほとばしらせた。
だらりと下げられていたアイ=ファの右腕が持ち上がり、目の前に迫った黒豹の咽喉もとをわしづかみにする。
そしてアイ=ファは身をひねると、黒豹の身を床に叩きつけ、その首筋を押さえつけながら、背中に片方の膝を乗り上げた。
「うむ! 見事な手際であったぞ! アイ=ファは、そのような真似もできるのだな!」
ダン=ルティムが、呵々大笑した。
「気配を殺しながら怒声をあげたものだから、その獣めもずいぶん仰天したようだ! そうして獣を招き寄せてから、ひと息に狩人としての力を取り戻すとは……いやあ、感心した! そのような真似をできる狩人は、なかなかおるまい!」
「感心する前に、手を貸してほしいのだが。……しかしこれでは、縄で縛ることもできんな」
アイ=ファの手と膝の下で、黒豹は狂ったようにもがいている。その爪が、床に敷かれた敷物をぞんぶんにかきむしっていた。
「シュミラル=リリンよ、この獣を静めるすべはなかろうか?」
「はい。麻痺の毒、使いますか?」
「うむ。むやみに生命を奪うことは避けたいからな」
シュミラル=リリンは沈着なる面持ちで、アイ=ファのかたわらに進み出る。その手に握られた針を刺されると、黒豹はじわじわと動きを鈍らせていった。
そのタイミングで、ぽっかりと口を開けた玄関のほうから「よー」という声が響きわたる。俺がぼんやり振り返ると、そこにはルド=ルウがたたずんでいた。
「けっきょくそっちで片付いちまったかー。せっかく猟犬まで引っ張り出したのによー」
「うむ。しかしそのおかげで、この黒豹なる獣も逃げ出すことがかなわなかったのではないだろうか?」
「あー。でも、そうしたらヤケクソになって暴れ始めちまったからよー。……あんた、大丈夫かい?」
ルド=ルウが手を貸して、ジャガルの兵士を立ち上がらせた。
兵士はぜいぜいと息をつきながら、面頬を額のほうにはねあげる。その白い顔は、すっかり血の気が引いてしまっていた。
「ご、ご助力、感謝する……東の賊であれば、怯みはしないが……このような獣を相手取ったことはなかったもので……」
「俺だって、こんな獣は初めて見るよ。なんか、猫をでっかくしたみてーな姿だよなー。そっちのサチと、そっくりじゃん」
俺の足もとにすり寄っていたサチは、不満げに「なうう」とうなった。
その間に、ジィ=マァムとディム=ルティムが二人がかりで黒豹の四肢を縛りあげている。黒豹も意識は残されているようで、力なくもがいていた。
そしていつしか、玄関からはたくさんの人々が顔を覗かせている。寝ずの番をしていた狩人に兵士たち――それに、ルウ家の猟犬たちだ。
「でも、どうして『王子の牙』がこんなことを……まさか、ポワディーノ王子の命令なのか?」
俺がそんなつぶやきをもらすと、アイ=ファは厳粛なる声音で「違う」と答えた。
「これは確かに黒豹という獣であろうが、ポワディーノを守っていた『王子の牙』ではない。……お前には、これが『王子の牙』に見えるのか?」
「う、うん。だって、そっくりじゃないか」
「そっくり……毛や瞳の色は同一でも、体格はまったく異なっている。そして何より、心のありようがまったく異なっているな」
アイ=ファのそんな返答に、俺はますます混乱してしまった。
すると、俺を守ってくれていたガズラン=ルティムが穏やかに声をあげる。
「察するに……賊が、次なる手を仕掛けてきたのではないでしょうか? この黒豹がジャガルの兵を害して逃げ去れば、ポワディーノに罪をなすりつけることも容易でしょう」
「そ、そういうことですか……でも、ロルガムトは黒豹のことなんて何も語っていませんでしたよね?」
「おそらくこの黒豹は、もう片方の老人と行動をともにしていたのでしょう。そしてシムからの道中も、こういう事態に備えてロルガムトの前に姿をさらさないように取り計らっていたのではないでしょうか?」
ガズラン=ルティムがそのように答えたとき、また表のほうが騒がしくなった。
何事かと思って玄関のほうを振り返ると、兵士たちを押しのけるようにしてドンダ=ルウが現れる。その青く燃える目は、真っ先にルド=ルウをにらみつけた。
「始末がついたのなら、さっさと報告しろ。まだその獣を始末できないのかと、ジザが苛立っていたぞ」
「そっちにはミンの狩人を呼んだんだから、俺が抜けたって問題ねーだろー? それより、なんで親父まで出てきたんだよ?」
「それだけの騒ぎが起きたのだ。……おい、貴様たちの家人が、また賊のひとりを捕らえたぞ」
俺は、アイ=ファとともに目を丸くすることになった。
「家人とは、ジルベのことか? ジルベがまた、新たな賊を捕らえたと?」
「うむ。その獣を操るために、賊のひとりが同行していたのであろう。貴様たちの家人はその獣には目もくれず、そちらの賊を追っていたのだそうだ」
「あー。ジルベはグリギの匂いがしねー人間を捕まえろって命令されてたんだからなー。その命令に従ったってこったろ」
そう言って、ルド=ルウはにっと白い歯をこぼした。
「やっぱジルベも、しっかり鍛えられてるなー。……お、戻ってきたみてーだぞ」
兵士たちがどよめく中、甲冑姿のジルベがのしのしと土間に踏み入ってくる。俺はアイ=ファとともに、そちらに駆けつけることになった。
「ジルベよ……お前はまた、得難き働きを見せてくれたな」
ジルベは嬉しそうに、「わふっ」と吠えた。
その後ろから、2名の狩人が近づいてくる。彼らは左右から、真っ黒のフードつきマントを纏った何者かを抱えていた。
「シュミラル=リリンは、こちらだな? 俺たちは毒についてわきまえていないので、しかるべき処置をお願いしたい」
「よし。そやつを、この家に運び込め」
ドンダ=ルウは革のサンダルをほどいて、自らも広間に上がり込んできた。
賊の身は、ジィ=マァムとディム=ルティムに受け渡される。そして、雨に湿ったフードがはねのけられると――その下から、東の民の老いさらばえた顔があらわにされた。
後ろで束ねた長い髪は、真っ白である。シュミラル=リリンのような白銀ではなく、いくぶん黄ばんだ色合いだ。
その顔にはくまなく深い皺が刻みつけられており、そして骸骨のように痩せ細っている。かつて宿場町の街道を連行されていたザッツ=スンを思い出して、俺はぞっとしてしまった。
「ふん……残念ながら、手の甲を火で炙ることはできんようだな」
ラウ=レイがそのように言い捨てながら、賊の右腕をひっつかんだ。
その右手の甲が、血に染まっている。皮膚はぐずぐずに裂けて、あちこちに肉の組織が覗いていた。
「毒を噛む余力はなくとも、手の甲を傷つける余力はあったというわけか」
「見ろ。こちらの手の爪に、肉片が残されている。自分でかきむしったということだろうな」
「つまり……自害することよりも、手の甲の刻印を隠すことを優先したというわけですね」
ガズラン=ルティムは鋭い眼光を隠したいかのように目を細めながら、シュミラル=リリンのほうを振り返った。
「ともあれ、生命だけは救わなければなりません。シュミラル=リリン、お願いできますか?」
「はい。ヴィケッツォ、見様見真似ですが」
シュミラル=リリンが賊のもとに屈み込み、その首を自分の膝にのせて、口を開かせた。ジルベの頭突きによって麻痺の毒がきいている老人は、為されるがままだ。
「明かり、お願いします」
ディム=ルティムが、老人の顔の上に燭台をかざす。
シュミラル=リリンは真剣な面持ちで、老人の口の中に指先を突っ込み――そして、見覚えのある物体を引っ張り出した。象牙色の、義歯である。
「義歯、一本のみです。……武装、解除します」
ジィ=マァムの手を借りて、まずは漆黒のマントが剝ぎ取られる。そしてその下に着こんだ装束の内側から、手品のようにさまざまな品が引っ張り出された。針や、小瓶や、吹き矢や、小袋など――東の、毒の武具である。
「さすが、ロルガムトよりも数多くの武具を隠し持っているようだ。……始末が済んだら、そいつも縛りつけておけ。明日の朝、城下町に引っ立てる」
ドンダ=ルウは重々しい声で、そのように宣言した。
いつしか土間には、近衛兵とジャガル兵の長官たちも立ち並んでいる。そちらの目にも、厳しい光が灯されていた。
そして――さらに、新たな人物も現れた。藍色のフードつきマントを纏った、『王子の眼』である。
「またひとり、賊を捕らえることがかなったのですね」
『王子の眼』は沈着なる声で、そう言った。
ジャガル側の指揮官はうろんげにそちらをにらみつけてから、アイ=ファのほうに向きなおる。
「先刻のやりとりは聞こえておりましたが、もうひとたびご確認をお願いいたします。それなる獣は、本当にポワディーノ王子の従えていた獣ではないのですな?」
「うむ。間違いない。ドンダ=ルウもガズラン=ルティムも、異論はなかろう?」
「はい。『王子の牙』は織物のように美しい毛並みをしていましたが、この黒豹はいくぶん毛がすりきれています。長らく屋外で過ごしていた証でしょう」
「ふん。それに、王子が侍らせていた獣よりも、半回りは大きいようだ。とりわけ、四肢が発達しているな」
三者の返答に、ジャガルの指揮官は「左様ですか」と息をついた。
「ではこれも、ポワディーノ王子に罪を着せるための陰謀というわけですな。まさか、このような手段に出ようとは……呆れ果てたものです」
「ええ。ロルガムトが捕縛されてもポワディーノが糾弾される気配がないので、痺れを切らしたのか……あるいは、捜索の手が自分たちに及ぶことを危ぶんで、早急に次の手を打とうと考えたのかもしれません」
「何としてでも手柄を持ち帰るべく、功を焦ったというわけでありますな。まったく、見下げ果てた連中です」
ジャガルの指揮官はそのように言っていたが、今回も前回も陰謀を未然に食い止めたのはジルベやアイ=ファである。その活躍がなかったら、敵方の陰謀はまんまと成就していたのかもしれなかった。
(もちろんジルベの甲冑を準備してくれたのはティカトラスだし、兵士さんたちの警護がなかったらもっとひどい状況になっていたのかもしれないけど……それなら、ジェノスに集まったみんなの力で、陰謀を食い止めたってことだよな)
そんな考えを浮かべながら、俺はジルベの甲冑を脱がし始めたアイ=ファのほうを振り返った。
素顔をさらしたジルベに頬をなめられながら、アイ=ファはとても安らいだ面持ちである。ただその青い瞳の奥には、まだ鋭い光がひそめられていた。
「……あとひとり」
と、アイ=ファがそんな言葉を囁く。
ロルガムトの証言では、老人の賊は2名存在するのだ。いよいよ後がなくなったその老人は、いったいどのような行動に出るのか――それを見透かしたいかのように、アイ=ファは鋭く目を細めていたのだった。




