食事会と秘密会議③~外交と要請~
2024.3/9 更新分 1/1
・明日は二話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。
「そういえば、エウリフィアから『麗風の会』はいつ開くのかとせっつかれているのだよ」
5種の料理があらかた片付いた頃、マルスタインがそのように言い出した。
「夜間の外出が危険であろうとも、『麗風の会』であれば昼の開催であるのだから支障はなかろうなどと言い張っていてね。こちらとしては、そうまで気をゆるめることはできないのだが……さまざまなことを隠し立てしている身としては、なかなかあしらうことも難しいのだ」
「なるほど。きっとエウリフィアは、オディフィアの気持ちを代弁しているのでしょうしね」
ガズラン=ルティムが穏やかに応じると、マルスタインは「そうなのであろうな」と曖昧に微笑んだ。きっとマルスタインも、可愛い孫娘の心情を慮っているのだ。
「しかしもちろん、賊を捕まえぬ内に祝宴まがいの会を開くことはできまい。ただ、今の内に下準備を進めることは可能であろうかな?」
「下準備と申しますと……《ランドルの長耳亭》の一件でしょうか?」
俺やトゥール=ディンは、《ランドルの長耳亭》と協力して新たなフォンデュの菓子を手掛けようという計画を立てていたのだ。それもポワディーノ王子の来訪によって、延期を余儀なくされていたのだった。
「うむ。この段に至ってアスタたちが襲撃される可能性は小さかろうし、それでももちろん警護の兵士は十分に出すつもりでいる。可能であれば、いつでも『麗風の会』を開けるように下準備を進めてもらいたいのだ」
「はあ……それはもちろん、家長と族長のお許しをいただけるようでしたら、何なりと」
俺が視線を向けると、アイ=ファとグラフ=ザザは溜息をこらえているような面持ちであり、ドンダ=ルウは仏頂面、ダリ=サウティとガズラン=ルティムは沈着なる笑顔であった。
「森辺であろうと宿場町であろうと、襲われる危険に差はないのであろうからな。暗くなる前に帰ることができるのであれば、問題はないように思うぞ」
ダリ=サウティが、他なる面々をなだめるようにそう言った。サウティの血族とは関わりのない話であるので、少しばかり申し訳なさそうな面持ちだ。
「あっ。そういえば、僕も伝えそびれていたお話があったのです」
と、ポルアースが眉を下げつつ発言した。
「実は昨日の夕刻、猟犬の行商人がジャガルから到着したのですよ。森辺において、新たな猟犬を買いつけるというお約束であったのですよね?」
「うむ。ルウからシンに家を分けたので、そちらに猟犬を与える手はずを整えていたのだ。雨季の前にはやってくるという話だったが、ずいぶん遅い到着だったな」
ドンダ=ルウの返答に、ポルアースは「はい」とますます眉を下げてしまう。
「それに関しては、あちらもお詫びの言葉を申し上げていましたが……ただ今回は、あちらの行商人を森辺にお招きする約束だったのですよね?」
「うむ。あちらが森辺で生まれた猟犬の子を確認したいと申し述べていたそうだな。それを我々に伝えたのは、ポルアースではなかったか?」
「はい。あの頃は、まさかこのような事態に至っているとは想像もつきませんでしたので……今回はちょっとご遠慮願いたいとお伝えしたところ、すっかりご立腹なのですよね」
猟犬の行商人というのは、南の民であるのだ。それが東の賊のせいで約束が破られるとあっては、腹を立てて然りであった。
「こちらはべつだん、かまわんぞ。ただし、道中の護衛役まで出せるかどうかは約束できんがな」
「そうなのですよね……こちらも現在は、総出で賊の捜索活動にあたっておりますし……南の行商人に被害が及んだら、また面倒なことになってしまいますし……」
すると、ダカルマス殿下が愉快そうに笑い声をあげた。
「では、そちらの警護は我々が受け持ちましょう! 同じジャガルの民に警護されれば、そちらの御方もいっそう心安いでしょうからな!」
「ええ? で、ですが、南の王都の方々が被害にあわれてしまったら、それこそ大ごとでありましょう?」
「どのような大ごとになろうとも、責任を負うのは謀略を仕掛けた首謀者です! そして、わずか2名の賊に後れを取るような兵士は、ジャガルに存在いたしませんぞ!」
そのように語るダカルマス殿下のかたわらで、フォルタは気合の入った面持ちでうなずいている。むしろ、賊の襲撃を期待しているのではないかというぐらいの気迫であった。
「ダカルマス殿下のお言葉は、心強い限りです」
と、惑乱するポルアースを救わんとばかりに、フェルメスも声をあげた。
「ただし、賊が2名限りと決めつけるのは早計であるやもしれません。それはあくまで、ロルガムトの前に姿を現したのは2名の老人のみであるという情報に過ぎないのです。それ以上の伏兵がひそんでいる可能性も、どうかお忘れなきようにお願いいたします」
「ふん! たとえ賊が何名であっても、すべて返り討ちにしてみせましょう!」
そのように答えてから、フォルタは爛々と光る目を細めた。
「しかし、伏兵がひそんでいる可能性などあるのでしょうかな? 人数が多ければ多いほど、身をひそめるのも難しくなりましょう?」
「いえ。東の老人という明確な特徴がなければ、捜索を進めている現在も身をひそめることは難しくありません。ただし、それほど大規模な伏兵を心配する必要はないというお話でしたね?」
フェルメスの問いかけに「うむ」と応じつつ、マルスタインはメルフリードに視線をパスする。それに応えて、メルフリードが口を開いた。
「我々はポワディーノ殿下がご到着されて2日目から、秘密裡に宿場町の宿屋を調査しておりました。《守護人》たるカミュア=ヨシュとザッシュマにも協力を仰ぎ、おおよその宿屋を確認したところ……不審な集団の痕跡は見当たりません。また、昨日の夕刻からは貧民窟および近在の山野も捜索しておりますので、大規模な伏兵が存在しないことは断言できるかと思われます」
「伏兵が存在したとしても、ごく少数ということですね。まあ、これは恐れ多くも第七王子たるポワディーノ殿下を陥れんとする謀略であるのですから、敵方もそうそう手勢は増やせないことでしょう。人数がかさめばかさむほど、秘密を守ることも難しくなるのですからね」
「うむ。なおかつ第二王子にしてみても、それほど多数の『王子の分かれ身』を自らの身から遠ざける心づもりにはなれなかろうな。それでは周囲から不審の目を向けられて然りであろうし、自らの身を守るためにも『王子の分かれ身』は必要であるのだ」
ポワディーノ王子の言葉にフェルメスは「そうですね」と軽く応じたが、そのヘーゼル・アイには別なる感情もちらついている。まだ第二王子が首謀者と決まったわけではない――という言葉を、あえて呑み込んだ様子であった。
「あ、あと、僕はもうひとつ確認させていただきたいお話があったのですが……」
と、ポルアースがおずおずと言いつのった。その目が向けられたのは、アイ=ファである。
「アイ=ファ殿もアスタ殿と同様に、これで5日連続で城下町にお招きすることになってしまったよね。ギバ狩りの仕事に、支障は出ていないのかな?」
「うむ? 無論、そうまで長きにわたって狩り場を放置することはできないので、近在の氏族に助力を願っている。また、たとえファの狩り場の恵みが食い尽くされようとも、ただちにダレイムの畑まで被害が及ぶことはあるまい」
「うん。僕が心配しているのは、ファの家の収入に関してだよ。アイ=ファ殿がギバ狩りの仕事を取りやめてしまうと、商売で使う肉もすべて余所から買いつけることになるのだろう?」
そんな風に語りながら、ポルアースはその場の面々に視線をひと巡りさせた。相変わらず表情はさえないが、その眼差しにはポルアース本来の聡明さや力強さが宿されているように感じられた。
「森辺の集落において、ギバ肉は1頭でおおよそ白銅貨12枚で取り引きされているのだと聞き及びます。それでアイ=ファ殿は、毎日1頭から3頭ていどのギバを捕獲しているという話なのですから……こうして城下町にお招きするごとに、その収入が減ってしまうわけです。これは、由々しき事態ではありませんでしょうか?」
「ふむ。それで5日間も仕事を休んだということは、最低でも白銅貨60枚、最高で白銅貨180枚の損失となるわけか。それは、些事と切って捨てることのかなわぬ額であろうな」
マルスタインがそのように応じると、アイ=ファはうろんげに眉をひそめた。
「だからといって、アスタをひとりで城下町に送り出すつもりはない。ファの家には十分な蓄えがあるので、余計な気遣いは無用だ」
「アイ=ファをこの場から締め出す気はないよ。ただ、ファの家の悲運を慮っているのだ。ドンダ=ルウたちは他なる血族に仕事を託すこともできようが、ファの家ではアイ=ファだけが頼りなのだからね」
「はい。このたびの一件に関して、ファの家には何の責任もありません。それでも彼らは自分たちの家に帰ることもままならず、昼夜を問わず護衛役の兵士に取り囲まれて……しかも、狩りの仕事から得られる収入を断たれてしまっているのです。これを見過ごしてしまっては、我々の管理責任が問われてしまうのではないでしょうか?」
「相分かった」と、ポワディーノ王子が静かに声をあげた。
そのほっそりとした指先が手首にのばされて、豪奢な銀と宝石の腕飾りを外す。そうして彼は、俺が予想した通りの言葉を口にした。
「アスタを招くように要請したのは、我である。アイ=ファがそれに同行したのは本人の意思によるものであるが、すべての責任は我に帰結しよう。ファの家が負った損失は、我に埋めさせてもらいたく思う」
「そのように立派な飾り物をいただくいわれはない。重ねて言うが、余計な気遣いは無用だ」
「余計ではない。我は今後も、アスタの参席が必要だと考えている。何の代価も支払わずにアスタの自由を奪う権利は、誰にもあるまい。……『王子の腕』よ、こちらの腕飾りをアイ=ファに」
すると、マルスタインが「お待ちください」と声をあげた。
「ポワディーノ殿下のご温情には感服するばかりでありますが、殿下のお言葉を受けてファの両名に来場を命じたのは、このわたしです。ここはジェノスの領主たるわたしの体面を重んじてくださいませんでしょうか?」
「……我に、ひとたび下賜した品を取り下げよと申し立てる心づもりであろうか?」
「それが非礼に値するのでしたら、そちらの品はわたしが賜ります。そしてわたしの裁量で、ファの両名に然るべき恩賞を与えようかと思います」
ポワディーノ殿下は、しばし沈思した。きっと帳の中でも、このように考え込んでいたのだろう。
「……相分かった。『王子の腕』よ、こちらの腕飾りをマルスタインに」
俺はほっと安堵の息をつき、アイ=ファは溜息をこらえつつ前髪をかきあげる。そんな中、マルスタインは席から立って身を屈め、『王子の腕』から立派な腕飾りを受け取った。
「では、食事も尽きたようですので、食後の菓子を運ばせましょう。……確認していなかったけれど、菓子の準備もしてくれたのだろう?」
「はい。トゥール=ディンが、腕をふるってくれました」
別室では、もうオディフィアやピリヴィシュロが瞳を輝かせながらそれを食していることだろう。そして、プラティカが爛々と目を燃やしているさまやデルシェア姫が卓に突っ伏している姿も想像すると、胸が温かくなってやまなかった。
ひさかたぶりに従者の一団が入室して、空になった皿を片付けるとともに、新たな皿と茶を運んでくる。今回も、皿にはクロッシュがかぶせられていた。
「トゥール=ディン殿の菓子も、数日ぶりでありますからな! ……まあ、屋台の料理や菓子は毎日のように買いつけさせていただいているのですが、こういった場で出される品とは別物でありましょう!」
「はい。屋台の品は、どうしても作りやすさと材料費を考えなければなりませんからね」
ダカルマス殿下の心からの笑顔も、俺の胸を温かくしてくれる。そして、眼光を鋭くするアルヴァッハもまた然りだ。食前にも感じた、安らぎのひとときであった。
そうして従者が退室したのちに、それぞれの手でクロッシュが取り除かれる。『王子の腕』にその役目を任せたポワディーノ王子は、「ほう」と声をあげた。
「これはまた、面妖な菓子であるな。味の予想が、まったくつかぬ」
「そうですか。シムの菓子というのは知識にないのですが、殿下のお口にも合ったら幸いです」
この場にいないトゥール=ディンの代わりに、俺がそのように答えておくことにした。
トゥール=ディンが本日準備したのは、いわゆるパウンドケーキに近しい菓子である。俺はパウンドケーキの作り方などまったくわきまえていなかったのだが、トゥール=ディンが試行錯誤を重ねていく中で自然に完成されたのだという話であった。
(そういえば、シムにはフワノが存在しないんだもんな。それじゃあこういう焼き菓子ってだけでも、物珍しいわけか)
そちらのパウンドケーキは、チョコ味とラマンパ味が準備されている。生地にチョコとラマンパのクリームを練り込んで、均一に味をつけているのだ。今回はパウンドケーキの食感を打ちだすために、それ以外の細工も施されていなかった。
「ふむふむ! 普段のけーきとは、何か異なる仕上がりなのでしょうかな!」
ダカルマス殿下は嬉々として、まずはラマンパのパウンドケーキに突き匙を突き立てた。そしてそれを半分かじるなり、「おお!」と瞳を輝かせる。
「トゥール=ディン殿の焼き菓子はそのやわらかさこそが最大の特性であるものと判じておりましたが、こちらはしっかりとした食感でありながら、また通常の焼き菓子とは異なる噛み心地でありますな!」
「はい。普段お出ししているロールケーキとガトーショコラの中間を目指した結果であるようです」
それで試行錯誤した結果、俺が知るパウンドケーキのような食感に仕上がったのだという話であった。
俺もそれほどパウンドケーキについては存じあげないが、まあスポンジケーキよりはしっかりした食感であることだろう。しかし、ただ水で練って焼き上げたフワノやポイタンに比べれば、格段にふんわりとしているはずだ。トゥール=ディンが目指したのは、その絶妙なる食感であったのだった。
(最初に作りあげたホットケーキみたいな焼き菓子だって、十分に美味しかったけど……こいつは厚みがある分、いっそう食感が心地好いんだよな)
ホットケーキ風の焼き菓子というのは、焼きあげる前の生地を入念に攪拌することでやわらかな食感を実現させている。ただ、あちらは生地がゆるいため、どうしても薄い仕上がりになってしまうのだった。
その後に開発したスポンジケーキは、申し分のない仕上がりである。ただ具材を混ぜ合わせるだけでなく、卵黄と卵白を分けてメレンゲ状にしてから添加したりと、あの頃にも試行錯誤を繰り返していたのだ。
今回も、やはり卵白はメレンゲに仕上げたらしい。そして、まずは単体で乳脂を攪拌し、砂糖、卵黄、メレンゲの卵白、最後にフワノという順番で、具材を追加するごとに攪拌したのだという話であった。
それらの手順のどの辺りに正解があったのか、菓子作りの何たるかをわきまえていない俺にはわからない。ただ結果的に、トゥール=ディンは理想の食感を実現させた。そしてそれが、俺の知るパウンドケーキとよく似た食感であったのだった。
何にせよ、これはスポンジケーキともホットケーキとも異なる食感である。より近いのはホットケーキのほうであるが、半固形の生地を分厚い形状で窯焼きにしているため、それがいっそうふんわりと焼きあげられている。スポンジケーキよりはどっしりとした食感であっても、まったくボソボソはしていないし、口あたりもきわめてなめらかで、それがまたチョコやラマンパの味付けとまたとなく調和していた。
「これは……ギギを使っているのであるな。この黒い色合いから、それを察することは難しくなかったが……しかし、苦いギギでこうまで美味なる菓子を作りあげる手腕は、見事である」
『王子の舌』による毒見を済ませたチョコ味のパウンドケーキを『王子の腕』の手から口にしたポワディーノ王子は、驚嘆を隠せない様子でそう言った。
すると、ダカルマス殿下が満面の笑みでそれに応じる。
「シムからもたらされたギギというのは、本当に素晴らしき食材でありますな! しかし、我がジャガルのラマンパもまったく負けておりませんぞ!」
「うむ……こちらは何かの、豆類であろうか? 豆らしい香ばしさが豊かであるし……確かに、美味である」
「はい! そして我々やゲルドの方々はジェノスの方々の仲介によって、おたがいの素晴らしい食材を味わうことがかなうようになったのです!」
ポワディーノ王子は、面布に隠された目でダカルマス殿下とアルヴァッハの姿を見比べた。
「その話は、アルヴァッハからも打ち明けられている。しかし……東の王都の人間が南の王都から食材を買いつけることは、許されまいな」
「ゲルドの方々とて、南の王都から食材を買いつけているわけではありませんぞ! あくまでも、ジェノスの方々が買いつけた食材を買いつけているのです!」
「しかし、ジャガルの食材を買いつければ、ジャガルの経済が潤うことになる。それは立派な、利敵行為であろう」
「そのぶん、ゲルドの方々は同じだけの食材をジェノスに売り渡しているのです! それを我々が買いつけているのですから、損得は相殺されるのではないでしょうかな?」
ダカルマス殿下は普段通りの陽気な笑顔であったが、ただそのエメラルドグリーンの瞳には普段と異なる真剣な輝きがたたえられていた。
「また、我々は同じだけの喜びを授かっているはずです! 敵対国たる我々は、同じ喜びを分かち合うことも許されない立場でありましょうが……言い方を変えれば、ただ敵方の人間を喜ばせるに留まらず、自分たちも同じだけの喜びを授かっているのです! それもまた、損得を相殺させていると表現できるのではありませんでしょうかな?」
「喜びを分かち合うのではなく、敵の利とならないように相殺させている……それは、なかなかの詭弁であるな」
「そうでしょう! わたしは美味なる食事のためでしたら、いくらでも弁舌をふるう所存です!」
「それで……其方は東の王都もジェノスと交易をすべしと、そそのかしているのであろうかな?」
「そそのかしているつもりは、ありませんぞ! ただ昨今は、シャスカやギギやチットなど、交易の主体を担うシムの食材が不足気味であるというお話でありましたな! 最近は西の王都やバナームなども交易に加わってまいりましたため、どうしたってゲルドやジギの方々だけでは追いつかない部分が生じてしまうのでしょう!」
そう言って、ダカルマス殿下はいっそう力強く笑った。
「いっぽう我が南の王都は食材の交易に関して、きわめて意欲的でありますからな! まあ、わたしがそのために尽力しているわけでありますが! 東の方々がそれに追いつけないようですと、いよいよこちらも食材ではなく銀貨を受け取ることになるでしょう! さすれば、銀貨はシムとの戦いにおける武器に変ずるやもしれません! それでも東の王都の方々が交易に加わるのは、利敵行為に値するのでしょうかな?」
「……其方はこのような騒乱のさなかに、あくまで外交の役を果たそうという所存であろうか?」
「わたしはあくまで、使節団の一員でありますからな! 団長たるロブロス殿を差し置くのは心苦しいばかりでありますが、相手が東の王族とあっては同じ王族たるわたしがしゃしゃりでる他ありませんでしょう!」
ポワディーノ王子は、面布を揺らして溜息をついた。
「現在の我は、このたびの騒乱を収めることにすべての力を注ぐべきだと判じている。其方のようにしたたかな人間を相手取るのは……この騒乱の後に持ち越したく思う」
「では、一刻も早くこの騒ぎを収めたいところでありますな!」
ダカルマス殿下は最後に元気よく笑ってから、残されていた菓子を頬張った。
ダカルマス殿下の真意を汲み取るのは、あまり簡単な話ではなかったが――ただ、ロブロスが何も語らずに見守っているので、きっと独断専行ではないのだろう。であれば、ふたりの良識を信じるしかないようであった。
(ダカルマス殿下たちは、本当にこの騒乱の先を見据えているのかもしれない。それぐらい、立派な人たちだろうからな)
しかし俺などは一介のかまど番に過ぎないし、今は目の前の事態を乗り越えることで手一杯である。目下の課題は、『麗風の会』のために準備を進めることであった。
(賊の捜索なんて、俺は何の役にも立てないからな。でも……)
と、俺がそのように考えたとき、にわかにメルフリードが発言した。
「この場を借りて、わたしからもひとつ提案させていただきたい。……森辺の三族長よ、そちらから捜索の人員を借り受けることは可能であろうか?」
「ほう」と反応したのは、グラフ=ザザであった。
「賊を捕らえるのに、森辺の狩人に助力を願おうというのか」
「うむ。先刻ガズラン=ルティムも申していた通り、森辺の狩人は気配を探ることに長けている。また、人の痕跡を探り当てることにも長けていよう。とりわけ、山野においてはその異能が力を発揮するはずだ」
「ふん……かといって、ギバ狩りの仕事を二の次にすることはできんぞ。それでは、ジェノスの畑が犠牲になってしまおうからな」
「無論、ギバ狩りの仕事に支障が出ない範囲でかまわない。アスタの警護もあるこの時期に難しい申し出をしていることは、重々承知だが……何とか一考してもらえないだろうか?」
「……これは、森辺に持ち帰るほど悠長な話ではないのだろうな」
グラフ=ザザの眼光を受けて、ダリ=サウティは「うむ」とうなずいた。
「ルウの血族と休息の期間にある六氏族はアスタの警護に駆り出されているが、それ以外の氏族は変わらぬ日々を送っている。雨季には収獲が落ちるため、そうまで人手を割くことは難しかろうが……その反面、多少の人手を出したところで、猟犬を手にする前の時代ほど収獲が落ちることはなかろうな」
「それに、ファとサウティが考案した、新しい狩りの手法もな。雨季にはギバ寄せやギバ除けの香りも薄らぐのでいささか不便なところだが、以前に比べれば格段に収獲はあがっている。生きるのに必要なだけの銅貨を確保できて、ジェノスの畑にも被害が及ばないのであれば、ジェノスの平穏のために力を尽くすべきであろうよ」
「どれだけの狩人を出せるかは、氏族によって異なることでしょう。たとえばザザやサウティであれば、どれほどの狩人を出せるでしょうか?」
ガズラン=ルティムが声をあげると、両名はそれぞれ沈思した。
「ルウの血族は毎日10名以上の人間を、警護の役目にあてがっているのだったな。まあ、そちらは休息の期間が空けたばかりであるので、そのまま真似ることはできまいが……しかし、サウティと眷族から2名ずつの狩人を出しても、支障はないように思う」
「それぐらいが、妥当であろうな。スドラほど家人の少ない家でなければ、同じていどの人数が望めよう」
「では、ルウの血族と休息の期間にある6氏族、さらにファおよびスドラを除いて、森辺に残るのは22氏族。そこから2名ずつであれば、44名という人数になりますね」
そのように語りながら、ガズラン=ルティムは無言であるドンダ=ルウに目を向ける。それを待っていたかのように、ドンダ=ルウはうなずいた。
「ルウの血族が10名以上の人間を準備しているのは、夜に限ってのことだ。日中の警護に関しては、休息の期間にある氏族と7、8名ずつを出し合って15名としている。であれば、日中の警護もすべてルウの血族で受け持ち、休息の期間にある6氏族は可能な限り捜索の仕事に加わらせるべきであろう」
「うむ。しかし、休息の期間にある狩人を働かせようというのなら、それ相応の褒賞が必要であろうな」
グラフ=ザザが眼光を飛ばすと、メルフリードは冷徹なる面持ちで「うむ」と首肯した。
「もちろん休息の期間にある氏族のみならず、すべての人員に対して然るべき褒賞を準備する。危険なシムの賊を追うのに、相応の褒賞を約束しよう」
「ふん。老いぼれの賊など、ギバにまさる獲物ではなかろうが……ただし、生きて捕らえるとなれば、小さからぬ苦労があろうな」
「うむ。それらの賊は、可能な限り生きたまま捕縛するべきであろう。そのための手段は、ポワディーノ殿下から教示されている」
「我にできるのは、麻痺や眠りの毒を授けることだけだ。いっそ、ジェノスに滞在するジギの行商人からも毒を買い集めるべきやもしれんな」
そんな風に言ってから、ポワディーノ王子は三族長に向きなおった。
「森辺の民の尽力に、心から感謝する。やはり其方たちは、傀儡の劇で語られていた通りの存在であったようだ」
「ふん。うかうかしていると、このたびの騒ぎも傀儡の劇に仕立てられかねんぞ」
グラフ=ザザは、勇猛なる笑顔でそのように応じた。
しかしきっと、それもポワディーノ王子に対する警戒が解けてきた証なのだろう。ポワディーノ王子が生身の姿をさらした効果は、必ず存在するはずであった。
そうして和解の食事会と銘打った秘密会議は、静かな熱気の中で進行していき――そこからさらに一刻ばかりも語らったところで、ようやく幕が下ろされたのだった。




