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異世界料理道  作者: EDA
第八十五章 藍の鷹の事変(後)
1464/1686

四者会談③~対策~

2024,3/6 更新分 1/1

「では、ロルガムトの証言を整理させていただきます」


 やがてフェルメスが、そのように口火を切った。


「彼の妹がさらわれたのは、およそ1年前。それと時を同じくして、彼は2名の老人に接触されました。顔も名前も素性もわからない、ただ老人だろうと推察される正体不明の2名です。そして、妹を解放してほしければ自分たちの命令を聞くべしと言い渡されて、王都の軍から離脱します。……彼の所属は『玄蛇』という部隊であったという話ですが、ポワディーノ殿下はそちらの部隊についてご存じでしょうか?」


「うむ。『玄蛇』とは、いわゆる隠密部隊である。他の部隊よりも気配の殺し方などを入念に訓練されるものと聞き及んでいる」


 ポワディーノ王子の返答に、フォルタが顔をしかめた。きっとジャガルの軍勢は、その隠密部隊に苦しめられているのだろう。


「つまり、暗殺者としての適性を持つ人間の集団であるわけですね。それで彼も、目をつけられることになったのでしょう。……そうして除隊した彼は2名の老人たちとともに辺境の地に移り住み、気配の殺し方や吹き矢の扱いなどに磨きをかけられることになりました。暗殺者として、より高度な訓練を受けたというわけですね」


「それで最初は、王宮の誰かを暗殺する計画を立てていたようだという話であったな」


「ええ。ロルガムトにも詳細は語られていませんでしたが、王宮の間取りを教え込まれていたというのなら、まず間違いないでしょう。ですがひと月と少し前、突如としてシムを離れることになりました。これも彼にとってはさっぱり理由がわからなかったわけですが、ポワディーノ殿下がジェノスを目指して王都を出立されたため、それを追いかけることになったわけですね」


 このたびは卓に茶の準備があったため、フェルメスは優雅な手つきでそれを口にした。


「彼はずっと荷台に押し込められていたため、自分がどこに向かっているのかもわかりませんでした。その荷車は老人の片方が運転し、もう片方の老人は夜にしか姿を現さなかったそうです。おそらくそちらは、トトスにまたがって移動していたのでしょう。そして、ジェノスに到着したのちは……宿場町の宿屋である《ゼリアのつるぎ亭》に宿泊していたそうです」


 その話はまだ聞いていなかったので、俺は思わず息を呑むことになった。

 しかしフェルメスは、変わらぬ優美さで微笑んでいる。


「たしかアスタは、《ゼリアのつるぎ亭》のご主人と面識があったはずですね。ですがアスタは宿屋の寄り合いにも参加しており、おおよその宿屋と交流を結んでおられるのでしょう? 《ゼリアのつるぎ亭》とは、何か特別な関係をお持ちでしょうか?」


「あ、いえ……そちらでは、ずいぶん以前にルウの方々が調理の手ほどきをしていましたけれど……それは《ゼリアのつるぎ亭》に限った話ではありませんし、俺はご主人のお名前もうかがっていません」


「ではきっと、ごくありふれた中規模の宿屋として選ばれただけなのでしょう。ジェノスに到着したばかりの彼らが、アスタの交友関係をわきまえている理由はありませんし……交友関係をわきまえているなら、もっと親しくしている宿屋か、あるいはアスタが名前も知らないような宿屋を選ぶでしょうからね」


 フェルメスは俺を安心させたいかのように、にこりと微笑んだ。


「そちらには、ロルガムトと荷車の運転を受け持っていた老人だけが宿泊していたそうです。現在、秘密裡に兵を派遣しましたが……まあ、ロルガムトが捕縛された以上、もうそちらには留まっていないことでしょう。あちらとて、ロルガムトが裏切るという可能性を想定しないことはないでしょうからね」


「ともあれ、その宿屋を拠点にして、悪事に励んでいたということだな?」


 グラフ=ザザが迫力のある声音で問い質すと、フェルメスは「ええ」とやわらかく応じた。


「ただし、ロルガムトはずっと宿屋の寝室に押し込められており、昨日の夜になって初めて命令を下されたそうです」


「昨日の夜? では……一昨日の夜に忍び込んで、ガーデルなる者に深手を負わせたのは、別の人間であるということか?」


「ええ。その頃には、まだジャガルの兵も警護の任務を負っていませんでしたからね。ただし、ポワディーノ殿下がアスタを臣下に迎えようと考えておられる旨は、すでに宿場町にも周知されていましたので……アスタの様子をうかがうために、ルウの集落に忍び込もうとしたのでしょう。それであえなく発見されてしまったため、慌てて逃げ帰ることになったわけです」


 そう言って、フェルメスはゆったりと長い髪をかきあげた。


「ここからは、賊の目線となって推察させていただきます。……まず2名の老人たちはロルガムトを宿屋に押し込めたのち、情報収集に努めました。あちらもポワディーノ殿下の思惑が知れなかったため、この地に何があるのかと探ることになったのでしょう。そうして翌日、ポワディーノ殿下の目的がアスタであると知った彼らは、アスタについての情報を集めつつ、帰り道を尾行して居場所を突き止めた。おそらくは、現在ジェノスに滞在中であられるダカルマス殿下がアスタと懇意にしていると聞き及び、これは利用できると踏んだのでしょう」


「ふん。悪党の心情を察するのが、ずいぶん巧みであるようだな」


「恐縮です。……ですが、アスタの守りは厳重ですし、彼らにしてみてもアスタをどうこうする理由はありません。ただし、アスタとポワディーノ殿下の間に不和をもたらすべきだと考えて、《キミュスの尻尾亭》と《南の大樹亭》に悪さを仕掛けたわけですね。アスタたちはそれらの宿屋から屋台を借り受けているので、その関係性を知ることは容易かったことでしょう。同じぐらい懇意にしている《玄翁亭》や《西風亭》については、まだ情報が足りていなかったのだろうと推察されます」


「それもロルガムトという賊ではなく、老人たちの仕業であったのだな?」


「少なくとも、ロルガムトは宿屋に悪さが仕掛けられたという事実も知らされていませんでした。そうして、滞在3日目の夜……つまり、昨晩ですね。老人のひとりから命令を受けて、ロルガムトは単身でルウの集落に忍び込むことになりました。その目的は……アスタおよびその警護にあたっているジャガルの兵士を殺害することです」


 俺の隣で、アイ=ファがぴくりと肩を動かした。

 横目で様子をうかがってみると、アイ=ファの青い瞳に隠しようもない真摯の炎が燃えている。俺は自分が生命を狙われたことよりも、アイ=ファをこんな気持ちにさせた老人たちに怒りを覚えてならなかった。


「ただし、本命はあくまでジャガルの兵士であったそうです。アスタを殺すと見せかけてジャガルの兵士をひとりでも始末することができれば十分だ、と……そのような命令を下されていたわけですね」


「ふむ。それはいったい、どういう意図の命令であったのであろうかな?」


「賊にしてみれば、アスタがポワディーノ殿下の申し出を無下にしたために生命を狙われたという体裁を守りたかったのでしょう。なおかつ、アスタの殺害に成功すればジェノス側の怒りを買うこともできるので一挙両得という思いであったのではないでしょうか。ともあれ……一番の目的は、アスタを警護するジャガルの兵士を殺害することです。西の地において南の――しかも、ダカルマス殿下の旗下たる兵士を殺害してこそ、ポワディーノ殿下に大きな罪をかぶせられるわけですからね」


 それもまた、俺はまだ聞き及んでいない情報であった。

 しかし南の王都の陣営は、すでに報告を受けていたのだろう。それでもフォルタは顔を真っ赤にして、憤激をあらわにしていた。


「うまくいけば、これでロルガムトの任務は完了するかもしれない。そのあかつきには妹ともども解放しようと言い含められて、ロルガムトはルウの集落に忍び込みました。ですが、ファの番犬たるジルベの活躍によって、ロルガムトは目的を達成する前に捕縛されて……あとは、みなさんもご存じの通りです」


「……そうしてロルガムトなる者は、我にすべての罪をかぶせようという魂胆であったのだな」


 ポワディーノ王子が低くつぶやくと、フェルメスは「いえ」と微笑んだ。


「そのように企んだのは、あくまで2名の老人たちです。ロルガムトは自分の手の甲に刻まれた紋章がどのようなものであるのかも確認していなかったという話であったでしょう?」


「うむ。『王子の耳(ゼル=ツォン)』も、確かにそのように申し述べていた。ロルガムトは、自分の意思を持たない傀儡そのものであったのだな」


「はい。話が前後しますが、彼は紋章を刻印されるのと同時に、奥歯の1本を抜かれていました。そして昨晩、初めての任務を受ける際に、自害用の義歯を託されたのだそうです。もしも捕縛されたならば、秘密を守るために自害せよと命令されていたのですね。シムには自白の秘薬が存在するのですから、それが当然の処置でありましょう。しかしそれも、ジルベおよびヴィケッツォ殿の活躍により阻止されました。……かえすがえすも、ティカトラス殿の采配に感謝しなければなりませんね」


 ティカトラスに対して複雑な気持ちを抱いているフェルメスは、そんな内心をうかがわせることなく、可憐な乙女のように微笑んだ。


「以上が、ロルガムトから得られた証言のすべてです。彼にはまったく陰謀の全容も知らされていませんでしたが……ただ一点、ポワディーノ殿下が無実であられたことは証明されたでしょう。彼はポワディーノ殿下を失脚させるために準備された、暗殺者であったのです」


「つまり……わたしが護衛役の兵を派遣したばかりに、こうまで騒ぎが大きくなってしまったわけですな」


 まぶたを閉ざしたダカルマス殿下がそのように言い放つと、フェルメスは「いえ」とゆるやかに首を横に振った。


「何にせよ、賊なる老人たちはアスタとダカルマス殿下の関係性に着目していたはずです。もしもダカルマス殿下が警護の部隊を派遣していなければ……それこそ、アスタ自身が一番の標的にされていたかもしれません。臣下に迎えたいという申し出を拒まれたポワディーノ殿下が怒りにまかせてアスタを害するというのは、不自然な話ではありませんし……そうしてアスタが害されたならば、ダカルマス殿下も甚大なる怒りにとらわれます。そこでさらにダカルマス殿下の従者や兵をも暗殺すれば、さらに大きな罪をポワディーノ殿下になすりつけることも可能であったでしょう」


「……自分であればそのように考えると言わんばかりだな」


 グラフ=ザザが再び文句をつけると、フェルメスは芝居がかった仕草で自分の胸もとに手をやった。


「アスタを害するなどという言葉は、口にするだけで胸が痛んでなりませんが……今は事件を解決するために、賊の目線に立っています。どうかご容赦を願います」


「ふん。そちらとて、アスタに執着するひとりであるからな」


 そんな言葉を向けられると、恋する乙女のようにはにかむフェルメスであった。


「……何にせよ、わたしは自らの判断を後悔しているわけではありませんぞ。アスタ殿が狙われていたことは、厳然たる事実であるのですからな」


 と、ダカルマス殿下は目を見開くと、また勇猛なる大将軍のごとき笑みを浮かべた。


「そして今後も2名の賊が捕縛されるまで、アスタ殿の警護を受け持ちたいと考えております! フェルメス殿に、ご異存はありますでしょうかな?」


「いえ。先刻も申し上げました通り、アスタが標的にされる危険は依然と残されています。それに、敵が第二第三の矢を備えていないという確証もありませんので……引き続き、アスタの身は厳重に警護するべきでしょう」


 そう言って、フェルメスはポワディーノ王子に向きなおった。


「ところで、ポワディーノ殿下にお尋ねしたいのですが……ロルガムトを操っていたのは2名の老人であることが判明いたしました。老齢の『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』というものは存在するのでしょうか?」


「うむ。我の配下には存在しないが、第二王子の直属部隊には何名かずつ存在したはずであるな。『王子の剣(ゼル=フォドゥ)』や『王子の盾(ゼル=バムレ)』、それに『王子の足(ゼル=ヴィシ)』などでなければ老齢でも支障はないのであろう」


「左様ですか。これほど大がかりな謀略であるならば、秘密を守るためにも我が身の一部たる『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』を使うことでしょう。あとはその老人たちを捕らえて、手の甲を火で炙るばかりでありますね。……まあ、それはあくまで第二王子が首謀者であると仮定しての話となりますが」


「なに? 其方はまだ、我の言葉を疑っているのであろうか?」


「証なくして、第二王子を罪人と決めつけるわけにはまいりません。ただし、ポワディーノ殿下を陥れんとする勢力が存在することは確かであるのです。我々は、その首謀者の正体を突き止めることに尽力するべきでしょう」


 ポワディーノ王子はしばし不満げに口をつぐんだが、やがて「左様であるな」としかたなさそうに言った。


「では、何としてでもその老人たちを捕縛せねばなるまい。いったいどのように取り計らうべきであろうか?」


「はい。まずは入念に下準備を進めるべきでしょう。その前に、マルスタイン殿におうかがいしたいのですが……ロルガムトの手の甲に刻まれていた紋章については、固く秘匿されているのですよね?」


「うむ。ポワディーノ殿下が偽りの刻印であると証言された以上、そのような話を広めても混乱を招くばかりであろうからな。町に回す布告はもちろん、その事実を知る武官や森辺の民にも口外をつつしむように言い渡していた。しかし……刻印の件を伏せても、ポワディーノ殿下に疑いの目が向くことは必定であろう。これからすぐにでも、ポワディーノ殿下が無実であると布告するべきであろうか?」


「いえ。そこは慎重に取り扱うべきでしょう。まずは、市井にひそんでいる賊たちにどのような情報を与えるか……そこを一番に考えるべきかと思います」


 ヘーゼル・アイを静かに光らせながら、フェルメスはそう言った。


「すべての真実を明かしてしまっては、反撃の余地も失われてしまうことでしょう。何を明かして何を隠すか、その匙加減が難しいところです」


「匙加減とは? フェルメス殿は、何を企んでおられるのだ?」


 ロブロスが厳しい面持ちで問い質すと、フェルメスは思案深げに「そうですね……」と視線を中空に漂わせる。


「ロルガムトがこちらの側につき、このたびの陰謀が完全に潰えたと知らされたならば、監視役の両名も役目は終わったと判じてシムに戻ってしまうかもしれません。かといって、ポワディーノ殿下の疑いを晴らさぬまま放置しておけば、東と南の民が諍いを起こしてしまうかもしれませんし……民衆の心をなだめつつ、監視役の足を引き留められるような、そんな話を考案したいところであるのですが……」


「であれば、手の甲の刻印については伏せたまま、ポワディーノは無実であったと布告してみてはいかがでしょうか?」


 そのように発言したのは、ガズラン=ルティムである。

 フェルメスはガズラン=ルティムのもとに視線を定めると、一瞬の間を置いてから、花が開くように微笑んだ。


「なるほど。何か別なる理由でもって、ポワディーノ殿下は無実であったと布告し……こちらがまだ手の甲の刻印について気づいていないと思わせるわけですね?」


「はい。そうすれば監視役の賊たちも、こちらがいつ手の甲の刻印に気づくのかと待機するしかないでしょう」


「ですが……」と、ポルアースがまた遠慮がちに声をあげた。


「その場合、何をもってポワディーノ殿下を無実とするのですか? 市井の人間はのきなみポワディーノ殿下を疑っているのでしょうから……理由もなくポワディーノ殿下を無実と定めたならば、いっそうの反感を招く恐れもあるでしょう」


「そうですね。まず第一に、ポワディーノ殿下のご一行は城門をくぐる際に人数をあらためられています。王子殿下と臣下の方々の総勢は、129名。賊を捕らえたのちにもその人数に変わりはなかったので、賊が王子殿下の臣下であることはありえない……といった内容でいかがでしょう?」


「ああ、なるほど……ですがそれだけで、反感をなだめることができるのでしょうか? 僕たちとて、当初は伏兵の存在を疑っていたわけですし……あ、いや、もちろん今はポワディーノ殿下のお言葉を信じておりますけれど……」


「かまわぬ。我には、疑われるだけの理由があったのであろうからな」


 ポワディーノ王子が鷹揚に応じると、ポルアースはほっとした様子で息をついた。

 そしてフェルメスは、どこか性悪な精霊を思わせる眼差しをポワディーノ王子のほうに向ける。


「ですが、ポルアース殿のご心配もごもっともです。とりわけ宿場町に滞在している南の方々などは、《南の大樹亭》に悪さを仕掛けられたことで怒りの極みにあるのでしょうからね」


「うむ。如何様にして、その怒りを静めるべきであろうか?」


「そこはやはり、彼らにとって最大の懸念を打ち消すべきでしょう。……ポワディーノ殿下とアスタが和解したと知らしめるのです」


「……和解? 我はアスタと諍いを起こした覚えはないのだが」


「はい。ですが、殿下はアスタを臣下として迎えたいと仰っており、アスタはそれを拒んでいました。その一件が解決したと布告するのです」


 折り目正しく椅子に掛けていたポワディーノ王子は、ほっそりとした肩をわずかに震わせた。


「つまり、其方が申すのは……」


「はい。ポワディーノ殿下がアスタの意思を尊重して臣下に迎えることを断念されたと布告すれば、民衆の反感もおおよそ消え去ることでしょう。なおかつ、ポワディーノ殿下がそのように決断されたからには、賊を使って森辺の集落や宿屋を騒がせる理由もなかったという説得力も生まれるはずです」


「しかし、それは……」とポワディーノ王子が言いよどむと、フェルメスはきょとんとした様子で小首を傾げた。ただそのヘーゼル・アイは、同じ輝きを宿したままである。


「それともポワディーノ殿下は、まだアスタを臣下に迎えたいという執着を抱かれているのでしょうか? このたびの苦難を脱することがかなえば、もはや『星無き民』の力を求める必要もなくなるのではないかと、僕はそのように考えていたのですが……僕の考えが足りていなかったのでしたら、お詫びを申しあげます」


「……やはり其方は、不遜である」


 そのように答えるポワディーノ王子の声には、ほんの少しだけ子供がすねているような響きが感じられた。これもまた、『王子の口(ゼル=トラレ)』を介していたならば決して伝わることのないポワディーノ王子の真情である。


「たしか、明日は屋台の商売も休業日でしたね?」


 と、フェルメスにいきなり水を向けられた俺は、慌てて「はい」とうなずくことになった。


「であれば、明日の日中に和解の食事会などを開いてみては如何でしょう? アスタを筆頭とする森辺の方々は対立する勢力と和解するたびに晩餐会や祝宴を開いていましたので、それもともに布告すればいっそうの説得力が生まれることを期待できるかと思います」


「はあ……でも、晩餐会ではなく、日中の食事会なのですね?」


「ええ。事件が解決したわけではありませんので、夜間の行動は避けるべきでしょう。何せ市井には、最低でもまだ2名もの賊が隠れ潜んでいるのですからね」


「……そんなさなかに、呑気に食事会などを開こうというのか?」


 グラフ=ザザが不満げな声をあげると、フェルメスは悪びれた様子もなく「ええ」と微笑んだ。


「どうせ明日も会合を開く必要があるのでしょうから、そこに食事会という催しを重ねればいいだけのことです。もちろん、町に布告さえ回してしまえば、実際に食事会を開く必要もないのでしょうが……森辺において、虚言は罪なのでしょう?」


「…………」


「我々の結束を固めるためにも、食事会という催しは悪くないように思います。それでも気が進まないというお話であれば、虚言の布告を回すことに了承をいただきたく思うのですが……」


「わかった。もういい。食事会でも何でも、勝手に開くがいい」


 グラフ=ザザが不機嫌そうな声で応じると、メルフリードが「大事ない」と声をあげた。


「その間も、ぬかりなく賊の捜索を進めると約束する。すでに《ゼリアのつるぎ亭》には秘密裡に武官を派遣しているし、護民兵団には宿場町と近在の山野を一斉捜査するための部隊を編制するように指令を飛ばしている」


「ですが、賊の捜索に関しては、くれぐれもご用心を。監視役の人間が老人であるという情報はロルガムトだけが知る事実でありますため、それが当人たちに伝われば彼の裏切りが知れてしまいます。あくまで、賊に仲間がいる可能性を鑑みて捜索をしているという体裁を取りつくろうべきでしょう。同じ理由から、アスタにもこれまで通りの警護をお願いいたします」


 フェルメスの言葉に、メルフリードは「承知した」と首肯する。

 そうして、とりあえずの方針は固まったようであった。


 ロルガムトの告白によって、事態は大きく前進したようだが――しかしまだまだ、解決の目処は経っていないのだ。少なくとも、ロルガムトに絶望をもたらした2名の老人を捕縛しない限り、誰も枕を高くして眠れないはずであった。

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[気になる点] バージもその秘密裏で動いているが気になりますね
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