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異世界料理道  作者: EDA
第八十三章 さらなる饗宴
1445/1686

箸休め ~ささやかな一幕~

2024.1/19 更新分 1/1

・書籍版第32巻の発売を記念して、ショートストーリーを公開いたします。

・本編は、1/22から更新再開いたします。

 オディフィアは、とても幸福な心地であった。

 かたわらに、トゥール=ディンとピリヴィシュロの姿があるためである。オディフィアとしてはトゥール=ディンと一緒にいられるだけで幸せいっぱいの心地であるのに、さらにピリヴィシュロまで一緒にいてくれたら幸福に過ぎるというものであった。


 ここは紅鳥宮という小宮の大広間であり、現在は大試食会という祝宴のさなかである。

 そちらで出された数々の菓子が、オディフィアをさらに幸福な心地にしてくれた。トゥール=ディンの菓子は言うに及ばず、ヤンの菓子もランディの菓子もそれに引けを取らないほどの美味しさであったのだった。


「おふたりの菓子は、本当に素晴らしい出来栄えでしたね。わたしの菓子は、細工が少なかったので……これでは、見劣りしてしまいそうです」


 トゥール=ディンがそんなつぶやきをこぼしたので、オディフィアは「ううん」と首を横に振りながらその手をつかみとった。


「ヤンとランディのおかしもすごくおいしかったけど、いちばんおいしいのはトゥール=ディンのおかしだった。だから、だいじょうぶ」


「はい。じゅんばん、つけること、むずかしいですが、トゥール=ディンのかし、みおとり、ありえません」


 と、心優しいピリヴィシュロもすぐに言葉を添えてくれる。

 それに、オディフィアのそばに控えていたエウリフィアも「まったくだわ」と笑いを含んだ声をあげた。


「それに、トゥール=ディンの菓子は細工が少ないどころの話ではないでしょう? まさか、豆乳ぷりんをだいふくもちの具材にするだなんて……わたしは、心から驚かされてしまったわ」


「そ、そうでしょうか? でも、ランディの目新しい菓子はもちろん、ヤンの菓子もとても凝った細工でしたし……」


「それはトゥール=ディンが、わたくしたちほど城下町の菓子に食べなれていないからじゃないかしら? もちろんヤンの菓子も、素晴らしい出来栄えであったけれど……あれは、城下町でよく見られる菓子に、目新しい具材が使われているという印象であるのよね」


 ゆったり微笑んだまま、エウリフィアはそう言った。


「それで、その目新しい具材というのも、おおよそは森辺から伝えられた作法なのでしょうからね。わたくしとしては、やっぱり森辺の菓子の素晴らしさに感心するばかりだわ」


「はあ……でも、基本の部分はすべてアスタの考案ですので……何もわたしの手柄ではありません」


 トゥール=ディンがそのように言いつのると、エウリフィアは不思議そうに小首を傾げた。


「トゥール=ディンが奥ゆかしいのはいつものことですけれど、今日はいつにも増して菓子の出来栄えを気にかけているようね。それには何か、理由でもあるのかしら?」


「い、いえ……ただ今日は、昨年の試食会で優勝した人間として招かれているので……それに見合った菓子を出せたのか、ちょっと心配になってしまって……」


 と、トゥール=ディンは小さな身体をもじもじとさせた。

 すると、トゥール=ディンのかたわらに控えていたゼイ=ディンが優しく微笑みかける。


「森辺の力比べでも、ひとたび勇者になった人間は再び勇者に相応しい力を見せられるだろうかと気を張ることもある。それと似たような心持ちなのかもしれんな」


「確かに、大きな栄誉、授かれば、心、負担、増すものでしょう」


 そのように言葉を添えたのは、ピリヴィシュロのかたわらに控えた使節団の副団長であった。オディフィアたちは、みんな大人に付き添われながら祝宴を楽しんでいたのだ。


「ましてや、トゥール=ディン、若年です。心、負担、抱えながら、素晴らしい、結果、見せた、思います」


 ピリヴィシュロと同じように、こちらの男性も優しい性根をしている。オディフィアは、ゲルドの人々をみんな好いていた。彼らはとても迫力があるが、中身はとても善良で――森辺の民と似た部分をたくさん持っているのである。


 それに、東の民は、みんな顔を動かさない。それでも、言葉やちょっとした仕草だけで、きちんと心を伝えてくれる。『仮面症』という病気で顔を動かすことのできないオディフィアにとって、東の民というのはのきなみ見習うべき存在であったのだった。


「それに、ここだけの話ですけれど、今日の菓子でもっとも細工が少なかったのは、ランディなのじゃないかしら?」


「ええ? ランディこそ、もっとも目新しい菓子をお出ししていたでしょう?」


「その目新しさは、前回の試食会で味わってしまったもの。もちろんまだ2回目のお披露目だから飽きることはないけれど、味を練りあげる時間はなかったのかしらという印象になってしまうのよね。……だからさっきも、あのような話に落ち着いたのじゃないかしら?」


 さっきの話――トゥール=ディンやアスタが力を添えて、ランディの菓子をより望ましい形に仕上げるという話である。そのように提案したのはエウリフィア自身であったが、きっかけとなったのはヴァルカスの言葉であった。


「もちろんランディの考案した作法は素晴らしいものだから、そこにトゥール=ディンたちの力が加わったらと想像するだけで胸が躍ってしまうのよね。そちらの準備が整いしだい、わたくしは『麗風の会』を開かせていただくつもりよ」


「は、はい……そちらもアスタのお力があれば、何とかなるかとは思うのですが……」


 トゥール=ディンは、まだちょっぴり不安そうな面持ちである。

 すると、黒い瞳を優しく光らせたピリヴィシュロが声をあげた。


「トゥール=ディン。まだ、きょう、できばえ、しんぱいですか?」


「あ、はい……今日は本当に、おふたりの菓子が見事であったので……」


「それなら、オディフィア、ごらんください」


 トゥール=ディンはきょとんとしてから、オディフィアのほうを見下ろしてきた。

 オディフィアはトゥール=ディンの手をきゅっとつかみながら、精一杯の思いで見つめ返す。


「オディフィア、とても、まんぞくそうです。そちら、けっか、ものがたっています」


 トゥール=ディンは、わずかに目を見開き――そして今度は、幸せそうに目を細めた。


「そうですね……オディフィアがこんなに喜んでくださっているのに、わたしは何を不安に思っていたのでしょう。わたしは自分でも知らず内に、試食会の第一位という肩書きにとらわれてしまっていたのかもしれません」


「それこそ、心、負担です。そちら、乗り越えて、人、成長、するのです」


 使節団の副団長も、優しい声音でそんな風に言ってくれた。

 トゥール=ディンはいっそう目を細めながら、オディフィアの手を握り返してくる。


「オディフィアにも心配をかけてしまって、どうも申し訳ありませんでした。これからもオディフィアに喜んでいただけるように、菓子作りを頑張りますね」


「うん。すごくたのしみ」


 オディフィアは、ピリヴィシュロや大人たちほど巧みに言葉を扱うことができない。

 だから、短い言葉で気持ちを伝えることしかでなかった。


「トゥール=ディン、だいすき」


 すると、トゥール=ディンは幸せそうに微笑みながら、「わたしもです」と答えてくれたのだった。

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