表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第八十三章 さらなる饗宴
1443/1686

大試食会⑥~甘味~

2024.1/7 更新分 1/1

「それでは、いよいよ菓子ですな!」


 ダカルマス殿下の要請で、菓子の皿が運ばれてきた。

 まずは、ヤンの品である。ただし、予選大会とはまったく異なる菓子が準備されていた。


「ほうほう! こちらは初めて目にする品であるようですな!」


「はい! わたしもこちらの出来栄えを楽しみにしていたのです!」


 ダカルマス殿下もデルシェア姫も菓子に対して料理と同じだけの熱情を抱いているので、瞳の輝きに変わりはない。そして俺も、ヤンの品には興味をひかれてならなかった。


 今回は、パイのような生地で具材をはさんだ菓子である。3種の具材が4枚の生地にはさまれている格好で、断面から覗くカラフルな色彩がいっそうの期待をかきたててくる。また、一番上側の生地もつやつやと飴色に輝いており、外見からして美しいひと品であった。


 突き匙とナイフでその菓子を切り分けてみると、それなりに重い手応えである。そして、表面の生地がパリパリと割れて、食べる前から心地好い食感を教えてくれた。

 そうして切り分けた菓子を口に運ぶと、夢のような味わいが口内に広がる。さまざまな果汁が絡み合った流麗なる風味に、くどくはないのに鮮烈な甘さ――舌に触れた最初の味わいだけで、もう素晴らしい出来栄えであった。


 しかし特筆するべきは、その後に待ちかまえていた食感であった。

 薄いパイ生地の食感の心地好さは言わずもがなであるが、具材のほうも驚くべき食感を有していたのだ。

 まずひとつは、ブレの実のあんこである。豆の形状をわずかに残したつぶあんで、そちらからもさまざまな果汁の風味が感じられる。複数の果汁でブレの実を煮込んだのであろう。あんこそのものに果実の風味をつけるというのは、俺の知識にない手法であった。


 そしてもうひとつは、メレンゲのようにふわふわの食感だ。そちらはすぐさま溶け去って、他なる具材と混然一体となっていた。

 ただそこに、パイ生地よりも硬質な食感が練り込まれている。細かく砕いた、メレスのフレークの食感だ。たしかヤンは、前回の菓子でもこうしてフレークの食感を活用していた。


 そして何より印象的であったのは、餅ともクリームともつかない不可思議な食感である。《アロウのつぼみ亭》も予選大会でゆるく仕上げた餅のような具材を使っていたが、それとも異なる心地好い食感が隠されていた。

 噛むとねばねばと歯にひっつくが、やがて他の具材と一緒くたになって咽喉のほうに流れていく。いかにもシャスカの餅らしい粘性であるが、やっぱりいくぶんゆるめに仕上げられており――こちらにも、乳製品と果実の風味がたっぷり添加されているようであった。


「これは、美味です! マホタリもエランも使われているようですし……あとは、マトラとリッケとミンミでしょうか? リッケは酸味が出ないていどの分量で、とにかく甘みを強調しているのですね!」


 マホタリはさくらんぼ、エランはマンゴー、マトラは干し柿、リッケは干しブドウ、ミンミは桃に似た果実である。確かにベリー系の風味や酸味はいっさい感じられなかった。


 それだけさまざまな果実を使いながら、ヤンらしい上品で優しい味わいだ。そして、楽しい食感がさらなる魅力を加えている。これは予選大会で供された菓子をも上回る味わいであった。


「ううむ、素晴らしい! この短期間でマホタリやエランを使いこなす手腕もお見事ですし、このねっとりとした食感は……ひょっとすると、《アロウのつぼみ亭》の影響やもしれませんな!」


「そうですわね! でも、《アロウのつぼみ亭》の方々は菓子の調理法を秘匿されているので、ヤン様はご自分なりにこの食感を開発したのです! それが、ヤン様ならではの味を完成させているのでしょう!」


 ダカルマス殿下とデルシェア姫の声を聞きながら、他の面々も満足そうにヤンの菓子を食している。とりわけナウディスの伴侶などは、とろけるような笑顔になっていた。甘い菓子に興味の薄い我が最愛の家長殿も、この優しい味わいに文句はないようだ。


「エランとマトラが甘いために、砂糖や蜜は使っていないのでしょうな! 実に繊細で、優美な味わいでありますぞ! これは、美味です!」


「うむ。のちほど、本人、感想、伝えたい、願う」


 アルヴァッハも、それなり以上の熱情を双眸にたたえていた。

 ヤンの弟子たるニコラと交流の深いプラティカは、誇らしさと対抗心が入り混じっているような眼差しだ。いっぽうシリィ=ロウは無言のまま対抗心をみなぎらせており、菓子に関心の薄いヴァルカスはぼんやりとした無表情である。


「では次は、トゥール=ディン様の菓子ですわね!」


 今度はデルシェア姫の呼びかけで、新たな皿が運ばれてくる。

 これは俺にとって、すでに味見をさせてもらっているひと品だ。しかしもちろん、それを口にできる喜びに変わりはなかった。


 トゥール=ディンが準備したのは、大福もちである。

 しかしもちろん、具材に関しては趣向が凝らされている。それを口にしたダカルマス殿下は「おおっ!」と歓呼の叫びをあげ、デルシェア姫はがっくりと卓に突っ伏した。


「やっぱり……やっぱり素晴らしい出来栄えです……もちろんトゥール=ディン様が、不出来な菓子を供することなどありえないでしょうけれど……これは、想像以上です……」


「いや、まったく! 味も食感も申し分ありませんな! これは、美味です! きわめて美味ですぞ!」


 隣の卓にいるトゥール=ディンの代わりに、俺はその言葉を噛みしめることにした。

 トゥール=ディンがこの日のために準備したのは、その名も『ギギ仕立ての豆乳プリン大福』である。命名したのは俺であるが、そのネーミングだけでどれほどの趣向が凝らされているかは察してもらえるだろう。


 まず、早い段階で豆乳プリンの開発に成功したトゥール=ディンは、それを大福もちの具材とするアイディアを考案した。そしてそこに、ギギのチョコレートの風味を添加させたのだ。さらに、食感と風味にひと味プラスするため、プレーンの生クリームも封入されていた。


 もちもちした大福もちを噛みしめると、その内側からやわらかな豆乳プリンと生クリームがあふれかえってくる。チョコの風味はそれほど強くないし、甘さもひかえめなほうであろうが、それがトゥール=ディンのセンスで絶妙な調和を保っているのだった。


 一例として、甘さも担っているチョコソースには砂糖ではなく干し柿のごときマトラが使われている。最近ではあんこにマトラを使うのが通例になっていたが、こちらの大福もちではあんこが使われていないため、チョコソースのほうで使ってみてはどうかと考案し、そこでまたとない調和を得られたという話であったのだ。


 きっと多くの人々は、そんな細工にも気づかないに違いない。しかし、それでまったくかまわないのだろう。トゥール=ディンはただオディフィアを筆頭する人々に美味しいお菓子をお届けしたいと考えているだけであり、その目的は完璧なまでに達せられていたのだった。


「こちら……可能性、無限、なかろうか?」


 アルヴァッハが自らの口で問うてきたので、俺は「はい」と首肯した。


「トゥール=ディンはさまざまな果実やラマンパを使って、各種の試作品を作りあげていました。最近は果実を活かした菓子が供されることが多いので、トゥール=ディンはあえてギギ風味のこちらを選んだようです」


「ああ! 豆乳プリンはさまざまな果実と調和するのでしょうから、こちらと同じ手法でさまざまな味付けを施せるのですね! さらに、ラマンパやノ・ギーゴやアールまで加えたら……本当に、無限の種類に至ってしまいそうです!」


 卓に突っ伏したまま、デルシェア姫はわなわなと肩を震わせる。

 いっぽうマルスタインは、ゆったりと微笑んでいた。


「わたしにはみなさんのように多くを語る知識も備わっていませんが、こちらの菓子が素晴らしい出来栄えであることは痛いほどに理解できます。きっと我が孫オディフィアも、心から満足していることでしょう」


 隣の卓では、トゥール=ディンとオディフィアが向かい合っているのだ。会話の内容は聞こえてこないし、オディフィアは無表情のままであるが、それでも温かな空気が感じられてやまなかった。


「ううむ! トゥール=ディン殿には、また別なる機会にさまざまな菓子を味わわさせていただきたいところですな!」


 そう言って、ダカルマス殿下は勢いよく立ち上がった。


「それは後日の楽しみとして、まずは最後のひと品を味わわさせていただきましょう! みなさん、ご準備はよろしいでしょうかな?」


 ランディは、またフォンデュ形式の菓子を準備したのだ。俺たちは小姓と武官にはさまれながら、ついに大広間に繰り出すことになった。

 しかし、ランディの菓子の卓は特別席のすぐ近くに配置されていたので、ほんの数歩で到着してしまう。そして、その場に集っていた面々はすみやかに引き下がっていった。


「申し訳ありませんな! 少々お邪魔いたしますぞ!」


 ダカルマス殿下が卓の前に立ちはだかると、小姓がすぐさま小皿を差し出してくる。そこにはふたつの小さな焼き菓子と2本の串が添えられていた。本日は、2種の鍋が準備されていたのだ。


 その片方は予選大会と同じく、カロン乳と果汁の香りを発散させている。

 もう片方は――それこそチーズフォンデュそのままに、乾酪の香りを匂いたたせていた。


「ふむふむ! そういえば、ランディ殿は昨年の試食会でも乾酪を菓子に使っておられましたな! それに、西の地においては乾酪を溶かして食する作法が存在すると聞き及びますぞ!」


「では、本人に聞いてみましょう。ちょうどあちらも、トゥール=ディンの菓子を食べ終えたようですので」


 マルスタインの声に振り返ると、トゥール=ディンとヤンとランディの一行がこちらに近づいてくるところであった。同行するのは、ピリヴィシュロとゲルドの使節団の関係者、そしてメルフリードの一家と外務官の夫妻である。


「ランディよ、こちらの乾酪の鍋はどういった趣向であるのかな?」


「はい。隣のダバッグの町では乾酪を溶かした料理が存在すると聞き及び、そこから着想を得ました。カロンの乾酪を白い果実酒とともに煮込み、マホタリと花蜜を加えております」


 小柄な壮年の男性であるランディは愛想よく微笑みながら、そのように告げてきた。そのかたわらで、トゥール=ディンとオディフィアとピリヴィシュロのトリオが瞳を輝かせているのが、微笑ましい限りである。


「カロンの乾酪と白の果実酒、そしてマホタリと花蜜でありますか! どのような味わいであるのか、期待はつのるばかりですな!」


 ダカルマス殿下を先頭に、俺たちは次々に串に刺した焼き菓子を鍋の煮汁にひたしていった。

 乾酪はとろとろに溶けており、丸い焼き菓子にねっとりと絡みついてくる。それを口に運ぶと、ランディが申し述べた通りの味わいが広がっていった。


 モッツァレラチーズに似たカロンの乾酪と、白ワインに似た白の果実酒、さくらんぼに似たマホタリと、花蜜の味わいである。くせのない乾酪に果実酒とマホタリの風味がいきわたり、花蜜で甘さが加えられている。それ以上でもそれ以下でもない味わいであるが――これは、抜群に美味しかった。


(まさしく甘いチーズフォンデュって感じだけど……果実酒とマホタリの風味がきいてるな)


 これだけ甘ければ菓子と称するのに相応しいし、あまり入り組んでいない風味も好ましいばかりである。熱を入れると風味は強まるものであるため、あまり凝りすぎるとけばけばしい味わいになってしまうのだろう。これは素朴で、とても素晴らしい味わいであった。


「ううむ、素晴らしい! 以前の品にまさり劣りのない、美味なる味わいでありますな!」


 そう言って、ダカルマス殿下は前回と同じ味付けのほうも味わった。

 そちらは複数の果実が使われているが、ベースとなるのがカロン乳であるため、くどいことはまったくない。このとろみは、溶けた果肉と糖分から生じるものであるのだろう。乾酪のほうよりは、繊細で優美な印象であった。


「いやあ、美味です! ……ヴァルカス殿は、如何でありましょうかな?」


「はい。物珍しい手法に対して、味わいはきわめて簡素です。きっと今後は城下町の料理人たちが、この手法に自分なりの趣向を凝らそうと躍起になることでしょう」


「ふむふむ! ヴァルカス殿も、そういった意欲をお持ちなのでしょうかな?」


「いえ。菓子にまで時間を割くゆとりは持ち合わせておりません。それに、この手法で趣向を凝らすというのは、きわめて難解でありますため……おそらく城下町には、目新しさばかりを追い求める不出来な菓子が蔓延することでしょう」


 身も蓋もないことを言いながら、ヴァルカスは俺とトゥール=ディンの姿を見比べてきた。


「よってこれは、森辺の方々に相応しい菓子であるように思います。アスタ殿が考案の種を授けて、トゥール=ディン殿がそれを育めば、またとなく素晴らしい菓子ができあがるのではないでしょうか?」


「あ、いえ……これは、そのままでも十分に素晴らしい出来栄えだと思いますので……」


 と、トゥール=ディンはたちまち小さくなってしまう。オディフィアがその長羽織のごとき上衣の袖をきゅっとつかんでいるのが、なんとも微笑ましかった。


「そうですか。アスタ殿は、どのようにお考えで?」


「そうですね。考案のし甲斐がある菓子だとは思いますが……こういう大がかりな菓子は、森辺でも祝宴ぐらいでしか出す場がないように思います」


 そんな風に答えてから、俺はひとつの疑念に思い至った。


「そういえば、ランディはこういう菓子を宿でお出ししているのですか? 屋台で出したりはしていませんよね?」


「ええ。実は、こちらの菓子を売りに出したことはございません。何か試食会に相応しい菓子はないかと頭を悩ませた末、故郷で口にしたこちらの菓子を思い出し、初めて手掛けた次第でありますな」


「あら、そうなのね」と、エウリフィアが笑顔で割り込んできた。


「でも、これこそ『麗風の会』に相応しい菓子でしょう。もしよかったら、アスタやトゥール=ディンと手を携えて、さらに望ましい仕上がりを目指してもらえないものかしら?」


「はい? わたしが、森辺の方々と?」


「ええ。森辺の方々も、以前は宿場町の方々に手ほどきしていたのでしょう?」


 その役目を受け持っていたのはルウの血族で、俺が手ほどきしたのは《キミュスの尻尾亭》に対してのみである。

 しかし、エウリフィアの提案は悪くないように思えた。


「そうですね……それでより素晴らしい菓子を考案できたら、森辺の祝宴でも活用できるかもしれません。それならトゥール=ディンも、意欲をかきたてられるんじゃないかな?」


「は、はい……森辺の祝宴や『麗風の会』で、みなさんに楽しんでいただけるのなら……」


 トゥール=ディンが視線を向けると、オディフィアは星のように瞳をきらめかせた。

 そのさまを見届けてから、俺はランディに向きなおる。


「ランディのほうは、いかがでしょう? 宿で売りに出せないと、労力を割くことは難しいでしょうか?」


「いえいえ。『麗風の会』なるものにお招きしていただけるのなら、光栄の至りですし……うまく考えれば、屋台で出すことはできるかもしれませんからな。十分に、取り組む甲斐はあるかと思われます」


「それでは、決まりね。完成の日を心待ちにしているわ」


 すると、これまで黙っていたダカルマス殿下が猛然と身を乗り出してきた。


「そのようなお話を聞かされては、わたしも黙っていられません! みなさん! なんとか我々が出立する前に、そちらをお披露目していただくことはできませんでしょうか?」


「みなさんが出立されるまで、あと半月と少しですよね。たぶん……いくつかは新しい試みを形にできるかと思います」


 俺の脳裏に浮かぶのは、もちろんチョコレートフォンデュである。トゥール=ディンの力があれば、ほんの数日ていどで実現は可能なのではないかと思われた。


「ありがとうございます! 今日もこれほどに素晴らしい日であったのに、また後日の楽しみが増えてしまいました! わたしはもう、幸福すぎて胸がはちきれてしまいそうです!」


 そう言って、ダカルマス殿下はいっそう明朗なる笑みを広げた。


「そして、この日の楽しみもまだまだ半ばでありますからな! みなさん! ここまでおつきあいくださり、どうもありがとうございました! この後は、どうぞご自由に祝宴をお楽しみください! もちろんわたしも、余すところなく楽しませていただきますぞ!」


 そんな言葉を残して、ダカルマス殿下は意気揚々と立ち去っていった。

 笑顔のデルシェア姫と慌てた顔をした武官たちもそれに追従し、アルヴァッハとナナクエムは俺に目礼をしてくる。そして、マルスタインが自ら俺とアイ=ファに語りかけてきた。


「王家やゲルドの方々は、これから他なる料理人たちと語らうのであろう。アスタたちも、ご苦労であったな。あとは心置きなく、祝宴を楽しんでもらいたい」


「承知いたしました。マルスタインも、どうもお疲れ様です」


「わたしの苦労など、アスタたちに比べれば些末なものだ。今日も見事に大役を果たしてくれて、心から感謝しているぞ」


 マルスタインはメルフリードに目配せをしてから、ダカルマス殿下を追いかけていった。するとメルフリードはエウリフィアに目配せをしてから、アルヴァッハたちに近づいていく。もっとも高い身分にある王家とゲルドの面々は、それぞれマルスタインとメルフリードが付き従うのだろう。十分に、彼らは大きな苦労を背負っているように思えてならなかった。


 というわけで、俺とアイ=ファもようやく解放されたわけであるが――そこに、ナウディスと伴侶が近づいてきた。


「ようやくお役御免でありますな。ですが、伴侶とふたりで放り出されては、わたしどもも身の置きどころがありませんので……他の方々と合流するまで、ご一緒させていただけませんでしょうかな?」


「ええ、かまいませんよ。森辺の民も宿場町の方々も大勢いらっしゃいますから、すぐに誰かしらと出くわすことでしょう」


 トゥール=ディンとゼイ=ディンは引き続きオディフィアやピリヴィシュロと同行するのであろうし、ヴァルカスはさっさと別室を目指してしまったので、俺としてもナウディスの提案を受け入れるのにやぶさかではない。アイ=ファも視線で了承をくれたので、俺たちはなかなか目新しいカルテットで菓子の卓から離脱することになった。


 すでにひと通りの料理と菓子を口にしていたものの、あくまで味見の分量であったので俺の腹は五分目だし、アイ=ファはそれにも達していないだろう。この後は料理を楽しみながら、めいっぱい交流を育ませていただく所存であった。

 すぐ隣の卓は菓子が並べられているようであったので、大広間を横断して逆側の壁際を目指す。するとたちまち周囲の目を集めてしまったが、本日も若き貴婦人の数は少なめであったので、美しきアイ=ファが取り囲まれる事態には至らなかった。


 ジェノスの貴族も領民も、森辺の民も外来の民も、一緒くたになって大広間の熱気を作りあげている。カミュア=ヨシュの一行もすべりこみで参席することができたし、ミソの行商人たるデルスやワッズ、最近すっかりご無沙汰であるガーデルとバージなども参じているはずだが、やはりこの人混みではたまたま巡りあうことを期待するしかないようだ。まあ、そういった偶然を楽しむのも、祝宴の醍醐味であるのかもしれなかった。


「いやあ、最初はどうなることかと思ったけれど、無事に済んでほっとしましたよぉ。さすがアスタは、堂々としたものですねぇ」


 と、人で賑わう大広間を歩みながら、ナウディスの伴侶が俺に笑いかけてくる。


「あんな顔ぶれと向かい合ったら、そりゃあ緊張しちゃいますよね。俺はまだ多少は場慣れしていますけど、ナウディスは大した度胸だと思います」


「いえいえ。わたしも内心は冷や汗をかき通しでありましたぞ。とりわけご領主の不興を買ったら、わたしどもなど一巻の終わりでしょうからな」


 そのように語りながら、ナウディスはいつも通りのにこやかな表情だ。


「ですが、おおよその方々にご満足いただけたようで、わたしも安心いたしましたし……それにやっぱり、あれだけの身分の方々におほめいただけるというのは、誇らしい限りでありますな」


「ええ。ナウディスの料理は、本当に素晴らしい出来栄えでしたからね。それに、ギバの角煮に対する熱情にも脱帽です」


「ははは。お恥ずかしい限りですな」


 そうして和やかに語らっている間に、最初の卓に到着した。

 そちらで配られていたのは、ティマロの汁物料理だ。そして、《キミュスの尻尾亭》のレビとテリア=マス、《西風亭》のユーミとビア、ユン=スドラとチム=スドラ、ジョウ=ランとランの末妹という見慣れた面々が寄り集まっていた。


「あー、アスタにアイ=ファ! 《南の大樹亭》のご主人たちと一緒だったんだね!」


 立派な宴衣装を纏ったユーミが、明るい笑顔を届けてくる。そのかたわらのジョウ=ランはやはり和装めいた宴衣装でずいぶん目立っていたものの、ユーミも決して見劣りはしていなかった。

 そして、ジョウ=ランの相方であるランの末妹は、笑顔でビアに寄り添っている。こちらはこちらでちょっとした悪縁を乗り越えた間柄であるので、すっかり親睦が深まっているのだ。気弱なビアもランの末妹のおかげで、それなりにくつろいだ顔をしていた。


「アスタの料理も《南の大樹亭》の料理も、最高だったよー! 特にアスタの料理は、うちの料理と似た部分も多かったからさー! 格の違いを見せつけられた気分だよ!」


「いやいや、たくさんの具材を使った焼き物料理っていうだけで、そこまで似てはいないと思うよ。ユーミの料理だって、大した出来栄えだったしね」


「でもやっぱ、あれこれ調味料を使いすぎなんだろうねー! アスタのおかげで反省もできたから、これからはもっと上出来に仕上げてみせるさ!」


 へこたれない性分であるユーミは、にっと白い歯をこぼす。

 いっぽうレビはティマロの汁物料理をすすりながら、きわめて真剣な面持ちであった。


「俺はらーめんに磨きをかけるつもりだから、アスタたちに対抗する気はないけどよ。でもやっぱり、この場で出されてる料理はどれもすげえ仕上がりだったから、さんざん尻を叩かれた心地だよ。この汁物料理だって、森辺の料理に負けない出来栄えだもんな」


「うん。これも本当に、美味しかったね。俺たちにも一杯ずついただけますか?」


 卓に控えていた侍女がつつましく微笑みながら、「はい」と料理をよそってくれる。数々の品を口にした後でも、やはりティマロの料理に不満を抱く心持ちにはならなかった。


「確かにこちらはアスタたちの料理にも引けを取らない出来栄えでありますが、しかしやっぱり根本の部分で違っているようですな。こういうものを、優雅な味わいと称するべきなのでしょうかな」


 特別席では静かにしていたナウディスも、積極的に発言する。

 それを受けて、ユーミも「そーそー!」と声を張り上げた。


「ルイアなんかは、こういう料理に目がくらんで貴族の侍女になっちゃったわけだしね! こいつは確かに美味しいし、ちょっと真似できない感じかなー! ま、うちの宿に来るようなごろつきどもには不似合いな味だしね!」


「ええ。これは本当に、美味ですねぇ」と、ナウディスの伴侶も満足そうに目を細めている。こういう繊細な味わいは、女性の心をひきつけるのかもしれなかった。


「……ところで、今日のアイ=ファはとびきり豪華な格好だねー! そんな真っ白だと、汚さないようにするのが大変じゃない?」


 ユーミの無邪気な問いかけに、アイ=ファは「うむ」と仏頂面を返す。


「煮物や汁物を食する際には、用心が必要となってしまう。まったく、難儀なものを準備されたものだ」


「あはは! でも、すっごく似合ってるよー! アスタだって、ご満悦の顔だしねー!」


「うん、そうだね。……痛い痛い。虚言は罪なんだから、しかたないだろ?」


 アイ=ファは「ふん」と鼻を鳴らしながら、俺の左耳を解放してくれた。

 気安い間柄の面々がそろっているためか、きわめて和やかな雰囲気だ。ただ、誰もが豪奢な宴衣装の姿であるのが、何だか愉快な心地であった。


 大広間に渦巻く熱気も、増していくいっぽうである。300名からの参席者たちもひと通りの品を食べ終えて、2周目に取り掛かっている頃合いであろう。この熱気の何割かは自分の料理に起因しているのかと思えば、俺も誇らしい限りであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やはりダカルマス関与の催し物は、料理に主軸が置かれてるから、タイトルにマッチして良いな。 ティカトラスが絡むと読んでてストレスがマッハだ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ