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異世界料理道  作者: EDA
第八十三章 さらなる饗宴
1435/1686

合同収穫祭③~宴の始まり~

2023.12/17 更新分1/1

 狩人の力比べを見届けたのち、二刻ばかりも調理に励んだならば、ついに日没――祝宴を開始する刻限である。

 深い夕闇に包まれた広場には、大変な熱気がたちこめている。俺がその片隅でリフレイアたちのお相手をしていると、宴衣装に着替えたアイ=ファがやってきて客人たちに驚嘆の声をあげさせた。


「祝宴のたびに同じ思いを抱いてしまうのだけれど、やっぱり森辺の方々に一番似合うのは森辺の宴衣装なのでしょうね。……アラウト殿も、そう思われるでしょう?」


「あ、いえ。森辺のご婦人の容姿を褒めそやすのは、習わしに反することですので」


「あら、残念。アラウト殿の本心を引き出そうとしたのに、失敗してしまいましたわ」


 リフレイアはどこか悪戯小僧のような面持ちでくすくすと笑い、アラウトはいくぶん頬を染めつつ困ったように微笑んでいる。そしてサンジュラは、とても安らいだ眼差しでそんなふたりの様子を見守っていた。


(リフレイアとアラウトは、見るたびに気安い関係になってるみたいだけど……サンジュラもやきもきしてないなら、幸いだな)


 何せサンジュラは、リフレイアの腹違いの兄であると名乗っているのである。大切な妹が年頃の貴公子と交流を深めたならば、さまざまな思いにとらわれるのではないかと思われた。

 しかしまあ、アラウトというのはどこからどう見ても純真で信用の置ける貴公子だ。リフレイアの幸福な行く末を願うサンジュラでも、決して悪い気持ちにはならないはずであった。


「でも本当に、アイ=ファの宴衣装は素敵ですね! 女衆のわたしでも、胸が躍ってしまいます!」


 と、アラウトの担当であるサウティ分家の末妹が無邪気な声をあげると、アイ=ファは「や」と言いかけてから口をつぐんだ。族長筋の家人であり、素直で可愛らしい気性をした彼女に「やかましい」という言葉をぶつけることをためらったのだろう。その代わりに、アイ=ファは仏頂面で別の言葉を口にした。


「血族ならぬ我々が宴衣装を纏うことになるとは、考えていなかった。これはティカトラスではなく、ラッツの家長の言い出したことであるのだな?」


「うむ。貴族を歓待するならば、宴衣装が相応であろうと述べていた。また、血族ならぬ相手との婚儀も認められたならば、なおさらはばかる必要はなかろうとも言っていたぞ」


 ダリ=サウティがゆったりとした笑顔で応じると、アイ=ファは「そうか」とますます口をへの字にした。


「しかし私は婚儀を挙げるつもりもないので、宴衣装を纏う理由はないように思える。それよりも、余興の力比べに加わるように願われるのではないかと考えていたのだがな」


「そうか。ラッツの家長は、休息の期間に入ったならばファの家に押しかけるつもりであるので、べつにかまわんと言っていたぞ」


「……では、私の苦労はつのるばかりだな」


 と、アイ=ファはついに溜息をこぼしてしまった。

 そこでようやく、広場の中央で動きが見られる。人々が期待に満ちた声をあげると、アウロの家長が「静粛に!」と声を張り上げた。


「それではこれより、狩人の力比べで勇者および勇士となった者たちを祝福する儀を開始する! 儀式の火を!」


 宴衣装を纏った女衆の手で、儀式の火が灯された。

 広場の外周に設置されたかがり火にも点火されて夕闇が退けられると、またこらえかねたように歓声があげられた。


「では、勇者と勇士に祝福の品を捧げる!」


 アウロの家長がひとりずつ名前を挙げると、儀式の火の前に進み出た狩人たちに勇者の証である草冠と勇士の証である草の首飾りが捧げられた。


 的当ての勇者はマトゥアの長兄、勇士はガズの長兄とダゴラ分家の長兄。

 荷運びの勇者はガズの家長、勇士はラッツの家長とベイムの長兄。

 木登りの勇者はベイムの家長、勇士はラッツの家長とアウロの長兄。

 棒引きの勇者はラッツの家長、勇士はガズの家長とガズの長兄。

 闘技の勇者はラッツの家長、勇士はベイムの家長とラッツ分家の家長だ。


 やはり圧巻は、ラッツの家長であろう。頭にはふたつの草冠、胸もとにはふたつの首飾りというのは、ついぞ目にした覚えのない姿であった。

 あとはベイムとガズの家長が草冠と首飾りをひとつずつ、ガズの長兄がふたつの首飾りを授かっており、勇者と勇士の総勢は9名ということになる。その9名に、また大きな歓声と拍手が届けられることになった。


(やっぱり親筋の家長っていうのは、強いな。その中でも、ラッツの家長の力が飛びぬけてるみたいだけど……いちおう他の氏族も、誰かしらが勝ち残れたのか)


 氏族別に考えると、ラッツの血族はふたつの草冠と4つの首飾り、ガズの血族はふたつの草冠と3つの首飾り、ベイムの血族はひとつの草冠と3つの首飾りを授かったことになる。それほど極端な偏りはないし、祝福を授かった狩人の人数はどの血族も3名ずつであるのだ。ラッツの家長の力が傑出していることを除けば、血族の力はおおよそ拮抗しているのではないかと思われた。


(もちろんラッツにはミームっていう眷族もあるから、そのぶん大きな氏族なわけだけど……何にせよ、どの氏族もこれだけの力を持ってるっていうのは、心強い限りだよな)


 俺はこれで、サウティとダイの血族を除くすべての力比べを見届けたことになるのだ。本日の6氏族も、これまでに見届けてきた数々の氏族に決して負けてはいない。それは森辺の同胞が分け隔てなく力をつけている証拠なのであろうから、俺の心は満たされるばかりであった。


「では、勇者と勇士を祝福する儀は、ここまでとする!」


 アウロの家長が一歩退くと、丸太の壇に腰を下ろしたばかりであったラッツの家長が、勢いよく立ち上がった。


「であれば、祝宴の開始だな! この場に群れ集った、すべての者たちよ! 思うさま、祝宴を楽しんでほしい! 母なる森に――あ、いや、母なる森と四大神に、祝福を!」


「祝福を!」の声が、広場の空気をびりびりと震わせた。

 初めての収穫祭となるアラウトや、ひさかたぶりの来場となるリフレイアは、どこか陶然とした面持ちで森辺の民の織り成す熱気にひたっている。あまり感情を見せないサイやサンジュラもそれは同様であり、カルスはひとりでおどおどと目を泳がせていた。


「ではまず6氏族の血族たちが勇者や勇士にお祝いの言葉を届けますので、俺たちはその間に広場を巡って宴料理を楽しみましょう」


「ええ、そうね。こういう場で最初から動き回ることが許されるのは、ありがたい限りだわ」


 リフレイアはとても安らいだ笑顔で、そう言っていた。

 本日、敷物に腰を落ち着けているのは、南の王都の使節団の4名とメルフリードおよびポルアース、それにフェルメスとジェムドの8名のみであったのだ。さすがに23名にも及ぶ貴賓をすべて敷物に留めていては立ち行かないので、そのように取り決められたのだった。


「でもやっぱり、アスタたちがこちらに同行してくれるのは意外だわ。普段であれば、南の王族やゲルドの方々が同行を願ってくるところでしょう?」


「今日はあくまで、6氏族の方々が主催者ですからね。それに俺はつい4日前にも城下町でご一緒したばかりですから、今日ぐらいは勘弁してやろうというお考えなのかもしれません」


「なるほど。それに、そう遠くない日に大試食会というものも開かれるわけだしね」


 そう言って、リフレイアは彼女らしく肩をすくめた。


「でも賭けてもいいけれど、祝宴が終わるまで1度も声がかからないということはないはずよ。それまでは、思うさまアスタたちとの交流を楽しませていただくわね」


「はい。俺もリフレイアやアラウトたちとご一緒できるのは嬉しいですよ」


 かくして、俺たちは熱気に包まれた広場を巡ることになった。

 俺とアイ=ファ、ダリ=サウティとサウティ分家の末妹、リフレイアとサンジュラ、アラウトとサイとカルスという、それなりの大人数だ。しかし、6氏族の血族たちは広場の中央に寄り集まっているので、外周の簡易かまどを巡るのに大きな不都合はなかった。


「それにしても、すごい賑わいね。確かにこれは、ルウの集落の祝宴にも負けていないように感じられるわ」


「ええ。何せ、6氏族の血族だけでも140名前後ですからね。ルウの祝宴で貴族の方々をお招きするときは余所の氏族の人間を招待するために血族の数を抑えるので、一体感という意味では今日のほうがまさっているかもしれません」


「ふうん? でも、その6氏族も3つの血族で構成されているのよね?」


「はい。でも、収穫祭をあげる喜びに変わりはありませんからね」


「なるほど……確かにアスタたちの収穫祭に招かれたときも、こういう熱気であったような気がするわ」


 そう言って、リフレイアは色の淡い瞳に夢見るような輝きを灯した。


「町の人間と交流を深めるために開かれる祝宴というのは、こちらとしてもありがたい限りよ。でも……今日は、血族のお祝いにお邪魔している格好なのよね。だから、森辺の人たちの生々しい喜びを目の当たりにしているような心地で、とても胸が躍ってしまうわ」


「ふむ。そのような気配を区別できるというのは、なかなか大した度量であろうな」


 アイ=ファが真面目くさった面持ちでそのように評すると、アラウトも感じ入ったように「まったくです」と賛同した。


「僕などは、この熱気に圧倒されるばかりです。リフレイア姫は、さすがですね」


「そんな大した話ではありませんわ。アラウト殿も親睦の祝宴とドムの祝宴の両方に参じておられたのだから、わたしの心情もご理解できるのではなくって?」


「はい。確かにこれは、親睦の祝宴よりもドムの祝宴に近い熱気であるように感じられます。あれはディガ=ドム殿に氏が与えられる、血族の祝いの場でしたからね。……でもそれは、リフレイア姫のお言葉を耳にしたからこそ実感することがかないました。自らの度量で察することのかなったリフレイア姫は、きわめて明敏であられるのでしょう」


「うふふ。森辺の祝宴の場で、貴族らしい社交辞令などはご無用ですわ」


「い、いえ。決して社交辞令のつもりではないのですが……」


 と、リフレイアが悪戯小僧のように笑い、アラウトが頬を赤くする図というものが再現される。

 一見では、おしゃまなリフレイアが年長のアラウトを手玉に取っているかのようであるが――俺はそれよりも、リフレイアが無邪気に甘えており、アラウトが恥ずかしがりながらもしっかり受け止めているように思えなくもなかった。


(まあ何にせよ、仲睦まじいようで何よりだ)


 俺がそのように考えたとき、最初の簡易かまどに到着した。

 そちらにも、それなりの人間が群れ集っている。勇者や勇士の面々に宴料理を配膳しようとしているのだろう。俺たちが大人しく順番を待っていると、そのすぐ前側にいた若い女衆がびっくりまなこで振り返ってきた。


「あ、ど、どうも、お待たせしてしまって、申し訳ありません」


「いえ、どうぞお気になさらず」


 それはあまり見覚えのない娘さんであったので、俺も丁重に応じることにした。宴衣装を纏っているが、まだ12、3歳という年齢であろう。それでいきなり貴族の面々を間近にして、少なからず動揺しているようである。


「本当に、わたしたちのことは気になさらないでね。……あなたはどちらの氏族の御方なのかしら?」


 リフレイアが貴婦人らしくたおやかに問いかけると、その女衆は「はい」と背筋をのばした。


「わ、わたしはアウロ分家の末妹です。貴族に対する礼儀というものをわきまえておりませんので、失礼がありましたらご容赦をお願いいたします」


「こちらこそ、失礼があったらごめんなさいね。……あなたはアスタたちとも、あまり面識がなかったのかしら?」


「は、はい。わたしは若年で、あまりかまど仕事も得意ではありませんので……ファの家の仕事をお手伝いする機会も得られませんでした」


「そうなのね」と、リフレイアはいくぶん考え深げな顔をした。


「森辺の若いご婦人というのはみんな調理が得意で、のきなみアスタの支配下にあるのじゃないかと考えていたのだけれど……森辺には600名にも及ぼうかという方々が住まっているのだから、さすがにそれは浅はかな考えであったようね」


「ちょっとちょっと。支配下というのは、あまりに外聞が悪くありませんか?」


「あら、ごめんなさい。あくまで、武官や兵士を統率する将軍のような意味合いであったのよ。アスタが御伽噺の王のように後宮を設えているなどという意味合いではないから、アイ=ファも誤解のないようにね」


「後宮というのは、よくわからんが……リフレイアも、いよいよ口が回るようになったようだな」


「ええ。森辺の熱気にあてられて、浮かれきってしまっているのよ。粗相をしないように、少しは気を引き締めないとね」


 リフレイアがすました顔でそのように応じると、もじもじしていた女衆が口もとをほころばせた。


「でも、森辺のかまど番は誰もがアスタに感謝して、敬愛の念を抱いているはずです。わたしも家では、家人がアスタから習い覚えた技を手ほどきされていますし……こうしてひさびさにお会いできたことを、心から得難く思っています」


「ああ、それなら初対面というわけではないのね」


「はい。ですが、親しく口をきいたことはありません。アスタがラッツの集落までおもむいてくれたり、あとは復活祭などでこちらが宿場町に下りた際に、遠目にお姿を拝見したぐらいで……」


 そう言って、アウロの女衆はいきなり俺に向かって頭を下げてきた。


「わ、わたしももっと力をつけて、いつかアスタの仕事をお手伝いしたいと願っています。そのときは、どうぞよろしくお願いいたします」


「うん、こちらこそ。立派なかまど番を目指して、頑張ってね」


 俺がそのように答えると、アウロの女衆は頬に血の気をのぼらせながら輝くような笑顔を見せた。

 そのタイミングで料理を受け取る順番が巡ってきたので、その女衆はお盆にたくさんの木皿をのせて立ち去っていく。その後ろ姿を見送りつつ、リフレイアは満足そうに吐息をついた。


「なんだか、わたしまで胸が温かくなってしまったわ。さすがアスタは、見知らぬ相手からもあれだけ敬愛されているのね」


「あはは。3年近くにわたって、森辺を引っかき回してきた身ですからね。良きにつけ悪しきにつけ、森辺で俺の名前を知らない人間はあまりいないのだと思います」


「悪しき思いを抱く人間なんて、ひとりもいないことでしょう。城下町でも、アスタの悪口を聞いたことなんて1度もないもの」


 そんな風に語らいながら、俺たちも宴料理を受け取った。

 そちらで働いていたのはラッツの年配の女衆で、配られていたのはシンプルな肉野菜炒めだ。しかしそれを口にしたアラウトは、感じ入ったように目を見開いた。


「これは、素晴らしい出来栄えですね。それに、貝醤やバンベやドミュグドなど、ここ最近で流通した食材がふんだんに使われているようです」


「ええ。それらの食材は、みんな使い勝手がいいですからね。祝宴の場なら、いっそう惜しみなく使われることでしょう」


「でもアスタ殿は、こちらの集落を訪れることも滅多にないのですよね? それでもこうまでアスタ殿の教えがぬかりなく伝えられているというのは……やはり、驚嘆に値するかと思います」


 そう言って、アラウトはカルスのほうに向きなおった。


「カルス、君だったらどう思うのかな? 僕の言葉は、素人考えに過ぎないのだろうか?」


「い、い、いえ! こ、こちらの料理は、素晴らしい出来栄えです! 4日前の試食会で出されていても、決して他の方々の料理に引けを取ることもないでしょう!」


 料理を前にすると熱情のスイッチが入るカルスは、元気いっぱいの声音でそのように答えた。


「やはり、そうだよね。あれは、選りすぐりの料理人による試食会であったのに……これは、驚くべき話です」


「ユン=スドラやレイ=マトゥアといった方々も、アスタの料理を再現する手腕に高い評価を受けていましたものね。そういえば、レイ=マトゥアは今日の主催者である6氏族の一員であるのよね?」


 と、リフレイアも会話に加わってくる。


「それ以外には、どれぐらいの人員がアスタに手ほどきされているのかしら?」


「えーと、屋台を手伝ってもらっているのは6氏族から1名ずつですけれど、下ごしらえなんかではけっこうな人数に助力を願っています。そういう人たちも、不定期ですが勉強会に参加していますね」


「けっこうな人数というのは、具体的に何名ぐらいなのかしら?」


「うーん。ときどき顔ぶれが変わるので、あまり正確な人数は把握していないのですが……各氏族から、3、4名といったところでしょうか。3名以下ではないし、6名以上ではないと思います」


「それじゃあ最大の5名としても、6氏族で30名ということね。だったら、それなりの人数と言えないこともないけれど……それで、140名前後の血族が等しく美味なる料理を味わえるというのは、素晴らしいことね」


「はい。それはつまり、どの氏族の方々でも100名規模の祝宴の調理を過不足なく務められるということなのですからね」


 リフレイアも感服の面持ちであるが、アラウトはそれ以上に真剣な面持ちだ。満足そうに宴料理を食していたダリ=サウティが、そこでひさびさに口をはさんだ。


「アラウトは、何を思ってそのように感じ入っているのであろうか? よければ、お聞かせ願いたい」


「僕は、バナーム城の現状と照らし合わせて、感じ入っています。数々の名料理人を抱えるジェノスはまだしも、バナーム城でこれだけ立派な宴料理を出せる人間はごく限られていますので……その力量の差に、驚かされています」


 アラウトはいくぶん表情をやわらげて、そのように答えた。


「頂点の高さなどは比べることもままなりませんが、裾野の広さの違いにも愕然とさせられたわけですね。これはバナームのみならず、ジェノスにおいても同じことでしょう。ダカルマス殿下やアルヴァッハ殿らが森辺の方々に執着される理由を、今さらながらに実感できた気分です」


「アラウト殿は、昨年の試食会に参じておられませんでしたものね。あの頃から、森辺の料理人の裾野の広さは大きく取り沙汰されておりましたわ」


「はい。ようやくみなさんの抱かれた感銘を共有できたようで、喜ばしく思います」


 そんな感じに、ようやく話は穏便な場所に着地したようであった。

 かまど巡りを開始したばかりであるというのに、アラウトはすっかり感服したようである。この後もさらなる喜びと驚きを抱いてもらえれば幸いな話であった。


「では、次の宴料理をいただきましょうか。まだまだ挨拶の順番は巡ってこないようですしね」


 空になった木皿を返して、俺たちは進軍を再開させた。

 その間に、広場の熱気はいっそう高まっている。豪華な宴料理と果実酒が、いっそう人々の熱情に火をつけたのだろう。リフレイアやアラウトは、また陶然とした眼差しとなっており――俺と同じように、神話や御伽噺の中に放り込まれたような感慨を噛みしめているのかもしれなかった。


「おお、アイ=ファ! 今日も輝くような美しさだね!」


 と、次のかまどに到着するなり、アイ=ファは溜息をつくことになった。そちらでは、ティカトラスの一行が待ち受けていたのだ。それに同行しているのはラウ=レイとヤミル=レイ、ルド=ルウとレイナ=ルウ、それにリーハイムという顔ぶれであった。


「ティカトラス殿も、ご満悦のようね。ここしばらくはずっと森辺に滞在されているそうですけれど、祝宴はひさかたぶりなのかしら?」


 まるで森辺の民の苦労を肩代わりしようかというように、リフレイアが率先してティカトラスと相対した。目下の貴族が相手であるため、ティカトラスは「そうだね!」と気安く応じる。


「だから、心は弾むいっぽうだよ! アイ=ファにヤミル=レイにレイナ=ルウと、これだけ美しい女人に囲まれれば、なおさらだね!」


「ティカトラス殿、異性の容姿をむやみに褒めそやすのは森辺の習わしに反するでしょう? 今日は血族の大切なお祝いにお邪魔しているのですから、いっそう身をつつしむべきではないかしら?」


 リフレイアがやんわりたしなめると、ティカトラスは恐れ入った様子もなく高笑いを響かせた。まあ、いつも通りのリアクションである。


「ともあれ、楽しい限りだね! さあさあ、君たちもこの素晴らしい宴料理を味わうといい! 森辺の宴料理に外れはないけれど、これもとびきりの逸品だよ!」


 すでに香りで察していたが、そちらで配られていたのはギバ骨ラーメンである。それを担当していたのは、ベイムの女衆らであった。


「アスタにアイ=ファ、族長ダリ=サウティも、お疲れ様です。いま新しい分を仕上げますので、少々お待ちくださいね」


 こちらの女衆らは屋台の下ごしらえに参じている面々であり、麺を茹であげる手つきにもよどみはなかった。

 ティカトラスはリフレイアをはさんでまだアイ=ファに絡んでいるので、俺はこっそりルド=ルウに呼びかけることにする。


「ルド=ルウも、お疲れ様。ティカトラスとずっと一緒で、大丈夫かい?」


「あー。こいつの騒がしさにも、ずいぶん慣れてきたからなー。ヤミル=レイやレイナ姉も、すっかり手慣れたもんだしよー」


 ギバ骨ラーメンをすすりながら、ルド=ルウは悠然と肩をすくめた。ルド=ルウとレイナ=ルウはリーハイムの担当であるが、そちらがティカトラスのお目付け役として同行しているために一蓮托生となっているのだ。


 しかし、リーハイムもべつだん疲れた顔はしていない。ただ、ティカトラスの騒がしさに苦笑しているばかりだ。リーハイムも貴族としては荒っぽい部分を持っているので、ティカトラスのようなタイプも苦にならないのかもしれなかった。


「それより、リミと一緒じゃなかったんだなー。あいつはさっきから、アイ=ファのことを探してたぜー?」


「え? リミ=ルウは、ガズラン=ルティムと一緒にフェルメスの担当だろう?」


「あっちは敷物に腰を落ち着けて、ジザ兄たちも一緒だからなー。そもそもフェルメスの相手なんざ、ガズラン=ルティムひとりで十分だろ」


 まあ、それはその通りである。名目上はガズラン=ルティムがリミ=ルウの付添人であるために、行動をともにしていたに過ぎないのだ。ここまで我慢したのだから、リミ=ルウにもそろそろ羽をのばしてほしいところであった。


 すると、噂をすれば何とやらで、「あーっ!」という元気な声が響きわたる。そちらを振り返った俺は、ぎょっと身をすくめることになった。


「いたいたー! ほら、あそこだよー! アイ=ファにアスタ、ルドたちと一緒にいたんだねー!」


 リミ=ルウは満面の笑みで、ぶんぶんと手を振っている。ただその小さな姿が、人々の頭上に浮かびあがっていた。広場は人間で埋め尽くされているが、宴衣装を纏ったリミ=ルウの上半身がその上にぽっかりと浮かんでいるのである。


 しばらくして、そのマジックの正体が明かされた。リミ=ルウは、本日の参席者でもっとも長身であるディック=ドムの肩にちょこんと乗っていたのだ。その姿に、ルド=ルウが口をとがらせた。


「お前、そんなとこで何やってんだよ? もうすぐ11歳になろうってんだから、余所の男衆とべたべたひっつくなよなー」


「ひっついてないよー! 間に布をはさんでるから!」


 リミ=ルウは座布団がわりの織布ごと地面に飛び降り、弾みをつけてからアイ=ファの腕にしがみついた。


「なかなかアイ=ファが見つからなかったから、ディック=ドムに手伝ってもらったの! ディック=ドム、どうもありがとうねー!」


「うむ。リミ=ルウは、狩人に負けないほどの目を持っているようだな」


 ディック=ドムは普段通りの重厚なる雰囲気を保持しており、それが何だか微笑ましかった。

 そしてディック=ドムの巨体の陰から、その妹が顔を覗かせる。そちらはティカトラスのかたわらに控えたヴィケッツォの姿に「あら」と目を光らせた。


「あなたも一緒だったのね。今日も袋剣がどっさり準備されているから、余興の力比べを楽しみにしているわよ」


「……森辺の方々の余興にわたしなどが出しゃばるのは、つつしむべきではないでしょうか?」


 ヴィケッツォが素っ気なく言い返すと、レム=ドムは「何を言っているのよ」と不敵に笑った。


「森辺の多くの狩人は、あなたの剣技に感心するはずよ。祝宴に招かれたことを感謝しているなら、それぐらいの返礼はするべきではないかしら?」


「レム。俺たちとて招かれた立場なのだから、お前こそ口をつつしむがいい。すべてを決するのは、取り仕切り役たるラッツの家長であろう」


「それなら、安心ね。あの家長だったら、わたしの味方になってくれるはずだもの」


 そんな感じに、気づくと俺は見知った面々に取り囲まれてしまっていた。

 本日は、普段なかなか顔をあわせる機会のない6氏族の人々とも交流を深めさせていただきたいのだが――土台、俺の周囲には押しの強い人間が居揃っているのである。これだけ強力な面々の間をくぐって新しい交流を求めるというのは、意外に難易度が高いのかもしれなかった。


(それでもまあ、可能な限りは頑張らせてもらうけどな)


 そんな思いを胸の中に抱きながら、俺はまず完成したギバ骨ラーメンを味わわさせていただくことにした。

 祝宴は、まだまだ始まったばかりである。相手が誰であるにせよ、この先にはたっぷり楽しい時間が残されているはずであった。

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