合同収穫祭①~ラッツの集落~
2023.12/15 更新分 1/1
大試食会の予選大会の4日後――赤の月の3日である。
その日についに、ガズとラッツとベイムの合同収穫祭が開かれることになった。
昨年はちょうど雨季に休息の期間がぶつかってしまったため、ほとんど1年越しで実現することになった合同収穫祭だ。
ファの近在の6氏族、ラヴィッツとミームとスンに続いて、ようやくガズとラッツとベイムも同じ喜びに身を投じることがかなったのである。もともと彼らはラヴィッツの面々よりも合同収穫祭に前向きな姿勢であったのに、この近年で収穫祭の日取りが間遠になってしまったため、これだけの日数がかかってしまったわけであった。
「何せ今回は、まるまる11ヶ月ぶりの収穫祭なのですからね! 本当に収穫祭というものは、年に1度の祝祭になってしまったようです!」
合同収穫祭の日取りが決定された折、レイ=マトゥアは輝くような笑顔でそのように語っていたものであった。
収穫祭の日取りが間遠になるというのは、ギバの収獲量が上昇した証拠であるのだ。祝祭の機会が減ってしまうのは物寂しい話であるものの、血族の狩人たちがそれだけの成果をあげた誇らしさのほうが上回るはずであった。
ちなみにここ最近のルウの血族やファの近在の6氏族は、9ヶ月ほどの期間を空けて収穫祭を行っている。ガズとラッツとベイムは、それ以上に長きの期間が空けられたわけであった。
それはつまり、それらの氏族がそれだけのポテンシャルを発揮したということなのであろう。ルウの血族などは以前から大層な収獲をあげていたため、猟犬が導入された後も収獲量の上昇値は比較的ゆるやかであったのだ。また、ルウの狩り場にはギバが多いため、現時点でも収獲量がもっとも多いのはルウの血族なのではないかと思われた。
しかし何にせよ、今回の6氏族が急激に収獲量を上昇させたという事実に変わりはない。猟犬の導入ばかりでなく、ファとサウティの協力で確立させた新たなギバ狩りの作法でもって、彼らはさらなる力をつけたようであった。
そんな彼らの合同収穫祭が、ついに開催される。
しかも今回は、城下町から大勢の客人を招待するというオマケつきだ。初めて行う合同収穫祭に貴族の面々を招待するということで、多くの人々がいっそう胸を高鳴らせることになったわけであった。
◇
その当日――俺は早朝から荷車の準備をして、ラッツの集落を目指すことになった。
目的は、城下町からの客人たちの歓待、および宴料理の準備である。歓待の役目を受け持ってくれるならば宴料理の準備にも関わってほしいと、強くお願いされた結果であった。
本来、屋台の休業日は昨日であったが、収穫祭の日取りに合わせて1日ずらすことになった。近年ではなるべく休業日をずらさずに、ファかルウのどちらかが屋台の商売を受け持つというのが通例になっていたものの、今回はどちらも同じ要請を受けたため、このように取り計らうしかなかったわけであった。
もちろん俺もルウの面々も、それを不服に思っているわけではない。それよりも、よそ様の収穫祭にお招きされる喜びのほうがまさっていた。俺たちの役割はあくまで貴族の歓待役であったが、それと同時に収穫祭を行う氏族の面々とも思うさま交流を深めさせていただこうという思惑であった。
「実のところ、ラッツの集落なんて数えるぐらいしかお邪魔したことがなかったからな。何かしらの機会で出向くことがあっても、たいていはかまど番の面々としか交流できなかったしさ」
「私はその逆で、男衆としか顔をあわせる機会はなかった。まあ、こちらも狩人としての手ほどきをするために出向いていたのだから、それが当然であろうがな」
「ああ、血抜きや解体の手ほどきをしたときなんかは、アイ=ファがガズとラッツの男衆に見初められることになったんだっけ。……あいててて。冗談だってば」
俺の耳から手を離したアイ=ファは、「ふん」と鼻を鳴らしてから運転に集中した。御者台の脇から顔を覗かせていた俺は、耳をおさえつつ荷台のほうに向きなおる。本日同行しているのは、ユン=スドラとライエルファム=スドラのみだ。他の面々は、各自の荷車で別個にラッツの集落を目指していた。
「そういえば、ライエルファム=スドラはダカルマス殿下やデルシェア姫とお会いするのは初めてでしたっけ?」
「うむ。かつてルウの集落で行われた祝宴には、バードゥ=フォウとチムが出向いていたからな。ジャガルの王族と顔をあわせたことはない」
そんな風に言ってから、ライエルファム=スドラは「ただし」と言葉を重ねた。
「ダカルマスのほうだけは、遠目に姿をうかがった覚えがある。ほんのわずかな時間だがな」
「え? ライエルファム=スドラは城下町の祝宴にも参席していないのに、どこでダカルマス殿下の姿を目にしたのですか?」
「邪神教団を討伐して、ジェノスに戻ったのちのことだ。森辺に戻る前に城下町へと案内されて、ジェノスの領主からねぎらいの言葉と銅貨を受け取る際、ダカルマスもかたわらに控えていた。あれはやたらと、活力の有り余った人間であるようだな」
「あはは。さすが家長の人を見る目は確かですね」
ユン=スドラが笑顔でそう言うと、ライエルファム=スドラはすました顔で肩をすくめた。
「まあ、ユンやアスタたちから伝え聞くだけでも、あやつの活力のほどは知れるというものだ。あれならアルヴァッハやティカトラスといった面々とも正面から渡り合えような」
「あとは、バナームのアラウトたちですね。アラウトは尊敬すべきお人柄ですがまだ若年ですので、ずいぶん気苦労がつのっているようです」
「あのような者どもを相手取っていては、それが当然だな。しかし話を聞く限りでは、懸命に渡り合っているようだ」
「はい。大勢の客人を迎えてジェノスもすっかり賑やかになってしまいましたが、今のところは悪いことも起きていませんしね」
そのように語るユン=スドラは、ずっと嬉しげな笑顔である。彼女はただ本日の合同収穫祭を楽しみにしていただけではなく、付添人がライエルファム=スドラになったことをひそかに喜んでいたのだった。
城下町ではなく森辺の祝宴であるならば、ライエルファム=スドラが付添人になることも珍しくはない。ただ今回は貴族が大きく関わっている案件であるため、ライエルファム=スドラはまたチム=スドラを派遣しようと考えていたのだが――親筋の家長たるバードゥ=フォウからのたっての願いで、自ら出陣することに相成ったのだった。
「城下町の祝宴に若い人間を出そうというのは、俺も同じ考えだ。ただ今回は森辺に数多くの貴族がやってくる貴重な機会であるから、血族の代表としてライエルファム=スドラに見届けてもらえないだろうか?」
バードゥ=フォウは、そのように語っていたらしい。何せライエルファム=スドラというのはフォウの血族のみならず森辺でも有数の賢人であろうから、人を見る目にも大きな期待がかけられているのだ。そうして敬愛する家長が高く評価されていることを、ユン=スドラは誇らしく思っているわけであった。
そんなスドラの面々と楽しく語らっていると、やがて荷車が速度を落とした。ラッツの集落に通ずる横道に入ったのだ。
シンの集落とは異なり、すぐに眼前が大きく開ける。そこには、俺の記憶にあるよりも遥かに広大な広場が待ちかまえていた。
「うわあ。話には聞いてたけど、本当にこれはルウに匹敵するぐらいの広さだな」
もとよりラッツは親筋の氏族であるから、それなりに立派な集落を築いていた。しかし昨年、合同収穫祭を開くと決めた折から広場の拡張に取り組み――それが近年、さらに拡張されたのだという話であった。
フォウやラヴィッツと同様に、まん丸ではなく楕円の形状である。もとは広場を囲むように家屋が建てられていたため、一部の面だけはおおよそ同じサイズを保ったまま、横に横にと広げられた格好であるのだ。しかしそれでも、200名ぐらいは楽に収容できそうな規模になっていた。
「おおよその氏族は2年ほど前の地震いでいくつかの家屋を失い、それを再建するために木を伐って、自然に広場が大きくなることになった。なおかつラッツの集落は合同収穫祭に向けてかまど小屋を大きくするために、さらに何本かの木を伐ったそうだな」
何事につけても事情通のライエルファム=スドラが、俺と反対の側から顔を覗かせた。
「そしてこのたびは犬小屋やトトス小屋のためにという名目で、さらに多くの木を伐ったそうだ。あれが、その準備であるようだな」
ライエルファム=スドラの視線を追うと、楕円形をした広場の最果てにどっさりと丸太が積み上げられていた。彼らはこれから休息の期間を迎えるので、小屋はこれから建てられるのだろう。
「シンの集落がトトス小屋を建てたと聞き及び、さっそくそれにならったのだそうだ。まあ、客人を招くために広場を広げる都合もあったのだろうが……ラッツの家長というのは、何につけても行動が早いようだな」
「すごいですね。ライエルファム=スドラは、どこからそういう情報を入手するのですか?」
「収穫祭の日取りを合わせるために、ラッツの眷族たるアウロの狩人がスンの狩り場にまで出向いてきたのだ。スンの狩り場にはそうしてさまざまな氏族が集まるようになったので、俺も得難く思っている」
しかしそれで有益な情報を収集できるというのは、やはりライエルファム=スドラの聡明さなのだろう。俺はひそかに感服するばかりであった。
そうして御者台を下りたアイ=ファが広場を突き進んでいくと、もっとも大きな母屋から何名かの狩人が姿を現す。その内のひとりが、ラッツの家長に他ならなかった。
「おお、アイ=ファたちか! ずいぶん早かったな! しかし荷車は邪魔になるので、表に置いてきてもらおう! すでにいくつかの荷車が置かれているはずだが、目に入らなかったのか?」
「この荷車には、鉄鍋や皿などを積んでいる。まずは、それを下ろすべきであろう?」
「ああ、そうか! こちらから頼んだ話であったのに、これは迂闊だった! 重ね重ね、世話をかけるな!」
そのように語るラッツの家長は、本日も旺盛な生命力をみなぎらせていた。どこかラウ=レイと似たところのある、陽気で豪放な男衆であるのだ。ただし、容姿だけは端麗なラウ=レイと異なり、こちらはいかにも精悍な容姿をしている。年齢も、俺やラウ=レイよりはいくつか上であるはずであった。
そしてラッツの家長の左右には、ガズとベイムの家長も控えている。狩人の力比べは中天からであるが、女衆はかまど仕事のために集結しているはずであるので、彼らも一緒に参じたのだろう。そちらはどちらも厳つい容姿をした壮年の男衆で、ラッツの家長よりも質実な気性が持ち味であった。
「アスタにアイ=ファ、それにスドラの家長と女衆も、足労であったな。世話をかけるが、どうかよろしく願いたい」
と、ガズの家長がかしこまった面持ちで頭を下げてくる。いっぽう平家蟹を連想させる四角い顔をしたベイムの家長は、仏頂面で目礼をしていた。
「では、かまど小屋まで案内しよう! こちらについてくるがいい!」
ラッツの家長じきじきの案内で、俺たちは母屋の裏手に移動する。
するとそちらには、なかなか物珍しい光景が待ち受けていた。
「へえ。こういう形で、かまど小屋を増設したのですね」
母屋の裏に併設されたかまど小屋は、それなりのサイズである。ルウほどではないが、フォウよりは立派なぐらいだろう。
そしてその向かいに、屋外の作業スペースが増設されていた。青空食堂のように革の屋根が張られて、その下に丸太の作業台と3台のかまどが設置されていたのだ。
「明日から、この台やかまどを囲う形で新たなかまど小屋を築くのだ! 収穫祭は年に1度のことになってしまったが、婚儀の祝宴やら何やらで無駄になることはなかろう!」
ラッツの家長は自慢げに言ってから、かまど小屋に向かって「おおい!」と呼びかけた。
「アスタたちがやってきたぞ! 俺はよくわからんから、案内を頼む!」
「はい」と顔を出したのは、屋台でお馴染みの女衆であった。俺よりも年長で、最近ますます頼もしくなってきた女衆だ。
「ああ、みなさん。ラッツの家にようこそ。アスタたちをお迎えすることができて、心より喜ばしく思います」
「はい。今日は1日、よろしくお願いします」
俺とユン=スドラが笑顔を返すと、そちらの女衆もゆったり微笑んでくれた。
「調理器具と食器を運んでくださったのですね? では、こちらにお願いいたします」
かまど小屋は、かまどの間と食料庫と解体部屋に分けられている。ラッツの女衆が開いたのは、解体部屋の戸板であった。
そちらには敷物が敷かれていたので、まずは大量の食器を荷下ろしする。今日のように大がかりな祝宴では大量の食器が必要となるため、ふだん屋台で使っているものをまるまる貸し出すことになったのだ。
そして、それだけの宴料理を準備するには、追加の調理器具も必要となる。鉄鍋に鉄板、調理刀にまな板、レードルに計量カップと、こちらもほとんどフル装備だ。調理器具の半分はこちらのかまどの間、残りの半分は隣のかまど小屋まで運ぶことになった。
かまどの間では、すでに大勢の女衆が調理の準備を進めている。ラッツと眷族のアウロ、ベイムと眷族のダゴラ、ガズと眷族のマトゥア――ラッツの眷族でありながら離れた場所に集落を開いているミームを除く、6氏族だ。ただしミームも本日は、13歳以上で未婚の女衆のみかまど仕事の手伝いに駆り出されているのだという話であった。
「その付き添いとして、ミームの家長と13歳以上の未婚である男衆も祝宴に加わります。力比べには加わりませんが、きっと見物のために中天からやってくることでしょう」
「そうですか。参席者の人数は、以前に聞いた通りで変わりはありませんか?」
「はい。こちらの6氏族とミームで146名、森辺の客人が22名、城下町の客人が23名で、合計191名です」
最終的には、そんな大人数に至ってしまったのだ。
そもそもこちらの6氏族だけで、140名近い規模なのである。ファやスドラのように極端に家人の少ない氏族もなく、ラッツの家などは単体で32名という人数であるため、これほどの規模に至るわけであった。
「今の幼子たちが育ったあかつきには、俺たちも新たな眷族を生むことになるのだろうな! まったくもって、めでたい話だ!」
ラッツの家長は、豪放な笑顔でそう言っていた。
ラッツの家は3年ほど前にふたつの眷族を失い、そちらの生き残りの家人を引き取ったため、現在のような人数であるのだ。そういった過去を踏まえると、今の言葉にも小さからぬ重みが感じられてならなかった。
「では、俺たちも語らいの場に戻るか! よければアイ=ファとスドラの家長も、こちらで語らおうではないか!」
「うむ? 私はかまど仕事を見守ろうかと考えていたのだが……」
「かまど仕事など、あとでいくらでも見物できるではないか! とにかく、こちらに来るがいい!」
くどいようだが、ラッツの家長はラウ=レイに負けないぐらい豪放であるのだ。
アイ=ファはひとつ溜息をつき、ついでのように俺の頭を小突いてから、ライエルファム=スドラとともに母屋のほうに向かっていった。
それと入れ替わりで、小さな人影が駆け寄ってくる。それは、レイ=マトゥアに他ならなかった。
「アスタにユン=スドラ、お疲れ様です! 今日はどうぞよろしくお願いいたします!」
「うん、よろしく。レイ=マトゥアは、ますます元気いっぱいだね」
「それはもう! 待ちに待った、合同収穫祭ですから!」
レイ=マトゥアは、見ているこちらまで笑顔になるぐらい喜びの思いをあらわにしていた。
そしてそこに、別なる一団も到着する。マルフィラ=ナハム、フェイ・ベイム=ナハム、モラ=ナハム、ラヴィッツの長兄という顔ぶれである。マルフィラ=ナハムは俺の手伝い、フェイ・ベイム=ナハムはベイムの血族ということで招集されていたのだった。
「マルフィラ=ナハムもフェイ・ベイム=ナハムも、お疲れ様です! 今日はどうぞよろしくお願いいたします!」
誰を出迎えても、レイ=マトゥアは満面の笑みだ。彼女と仲良しのマルフィラ=ナハムも、嬉しそうにふにゃふにゃ笑っていた。
「ど、ど、どうもお疲れ様です。シ、シンの集落の祝宴に続いてまたご一緒することができて、とても嬉しいです」
「はい! つい4日前には、城下町でもご一緒してますしね! ただ、今日は別々の仕事場なので、それだけが残念です!」
外来のかまど番は、別動部隊として独自に宴料理を仕上げる手はずになっているのだ。なおかつ、レイ=マトゥアはかまど番としての腕を買われて、ひとつの組の取り仕切り役を任されているのだという話であった。
(まあきっと、この6氏族ではこの3人がトップスリーなんだろうしな)
そんな思いを込めて、俺はレイ=マトゥアとフェイ・ベイム=ナハムとラッツの女衆の姿を見回した。
俺は普段から、こちらの6氏族の女衆に屋台の商売の下ごしらえなどを手伝ってもらっている。その中で際立った腕を持っているのは、やはりこの3名であるのだ。同じ時期から屋台を手伝っているガズやダゴラの女衆とも、歴然たる技量の差が生まれていた。
(いや、レイ=マトゥアなんかはアウロの女衆ともども、数ヶ月遅れで屋台に参加したんだっけ。もともとの才能か、あるいはかまど仕事に対する熱心さか……たぶん、その両方が関係してるんだろうな)
それよりも大きな差を体現したのが、ふにゃふにゃ笑っているマルフィラ=ナハムだ。彼女はこの中でもっとも屋台のキャリアが浅かったが、レイナ=ルウにまさるとも劣らない才覚を発揮しているのだった。
しかし、レイ=マトゥアたちだけでも心強い限りであるし、他のかまど番だって十分に実力の底上げが進んでいる。かつてのラヴィッツとミームとスンの合同収穫祭でもそれは立派な宴料理が準備されていたものであるし――それから1年ぐらいを経た現在ならば、あの日にまさる宴料理が期待できるはずであった。
「それじゃあ、アスタたちの仕事場にご案内しますね! 間もなくトゥール=ディンたちもやってくるでしょうから!」
と、まるで自分の集落のように、レイ=マトゥアが案内役を担ってくれた。ここ最近は今日の打ち合わせをするために、たびたびラッツの集落を訪れていたようであるのだ。
俺たちが案内されたのは、北の端に位置する分家のかまど小屋である。そちらは本家よりもいくぶん小ぶりであったが、やはり屋外に作業スペースが設えられていた。
「うん。これなら、余裕だね。ていうか、こっちは10人きっかりなのに、こんなに立派な作業場を独占しちゃっていいのかな?」
「はい! かまど小屋は、他に4つもありますので! ラッツの方々は、ずいぶんゆとりをもってかまどの準備をしてくれたようですね!」
確かに、今日ほど大がかりな祝宴はそうそうないことだろう。ガズやベイムは血族ならぬ相手であるから、収穫祭の他には祝宴をともにする機会もないはずであるのだ。
だからこれはシンの集落と同じように、これからの発展を信じてのことであるのかもしれない。もとよりラッツというのは、サウティに次ぐぐらいの規模を持つ有力氏族であったのだった。
「それじゃあわたしも準備がありますので、これで失礼します! 何かあったら、誰でもいいので近くの女衆に声をかけてください!」
レイ=マトゥアは、跳ねるような足取りで立ち去っていった。
そうして俺たちが準備を進めていると、新たな面々が続々とやってくる。ルウの血族からはレイナ=ルウ、ララ=ルウ、リミ=ルウ、ヤミル=レイ、ザザの血族からはトゥール=ディン、スフィラ=ザザ、そして昨日はダリ=サウティともどもルウ家のお世話になっていたというサウティ分家の末妹だ。これに俺とユン=スドラとマルフィラ=ナハムを加えた10名が、別動隊の総勢であった。
そして本日はいずれの氏族も休息の日に定めたらしく、付き添いの男衆も参じている。ジザ=ルウ、ルド=ルウ、ガズラン=ルティム、ラウ=レイ、ゼイ=ディン、ゲオル=ザザ、ダリ=サウティ――そして、特別ゲストのディック=ドムとレム=ドムである。最近めっきりメルフリードの一家とご縁を深めたレム=ドムも、貴族の側からの要請で参ずることに相成ったのだった。
「わたしたちなんて、ラッツやガズやベイムとは縁もゆかりもないのだけれどね。でも、狩人の力比べは楽しみでならないわ」
レム=ドムは不敵に笑いながら、そんな風に言っていた。
いっぽうガズラン=ルティムは、穏やかに微笑んでいる。こちらもフェルメスからそれとなくリクエストされて、付添人に選ばれることになったのだ。まあ族長筋の面々は貴族のお相手をするために集まったようなものなのだから、そういう意味では果てしなく正しい人選であるはずであった。
「わたしたちだって、どの氏族とも何のゆかりもないわよ。こんな朝方から引っ張り出されて、迷惑な限りね」
と、ヤミル=レイは冷ややかなポーカーフェイスでそのように言い捨てる。言うまでもなく、彼女とラウ=レイはティカトラスの要請で参席することになったのだ。しかしそれもまた、もてなしの観点から言えばまったく規範から外れていないはずであった。
そうして外来の人間が集結したタイミングで、広場のほうがいっそう騒がしくなる。城下町からも、先行の一団が到着したのだ。ガズラン=ルティムはふわりと微笑んで、俺に呼びかけてきた。
「私たちも、出迎えに行きます。アスタたちは、どうぞ仕事をお続けください」
半数ぐらいの男衆が、広場のほうに向かっていった。
居残り組のひとりであったルド=ルウは、大きくのびをしながらあくびをもらす。
「ったく、こんな朝っぱらから元気なこったよなー。俺たちは、やっぱりここで立ちんぼうか」
「ふふん。こちらは大事な血族を守らなければならんからな。妹の面倒は俺に任せて、お前は伴侶のもとに向かうがいい」
ラヴィッツの長兄にうながされて、モラ=ナハムは立ち去っていった。
しばらくして、物々しい集団がかまど小屋のほうに回り込んでくる。それは大勢の兵士に護衛されたデルシェア姫と、プラティカ、ニコラ、カルスという料理人の一行であった。
「みんな、どうもお疲れさまー! 今日は思うさま、調理の見学をさせていただくよー!」
男の子のように活動的な身なりをしたデルシェア姫は、輝くような笑顔で元気な声を張り上げた。
その間に、戦士長フォルタの指示で兵士たちが散っていく。デルシェア姫に付き添うのはロデのみで、あとは遠巻きに主人を警護するようであった。
「みなさん、どうもお疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
城下町の客人が来訪したからには、俺も出迎える側である。俺もまた、本来はもてなし役として招集された身であるのだった。
ちょっとひさびさの来訪であるプラティカたちも、デルシェア姫に負けないぐらいの熱情をみなぎらせている。まあ、カルスはひとりでおどおどしているが、それはいつものことだ。森辺の陣営は、それぞれの気性に合った作法で挨拶を交わした。
「ポルアース様やアラウト様も一緒に来たけど、あっちで森辺の殿方と語らってるから! わたしたちは、中天までばっちり見学させていただくよー!」
「はい。こちらもちょうど、作業を開始するところでした。作業場は他に4ヶ所あるそうなので、どうぞよろしくです」
「うわー、それは目移りしちゃうね! でもやっぱり、まずはアスタ様たちかな! こんな豪華な顔ぶれは、城下町でも珍しいぐらいだもんねー!」
確かに俺やレイナ=ルウやトゥール=ディンが共同で調理に励むというのは、ここ最近では珍しい話だ。さらにリミ=ルウやマルフィラ=ナハムまで居揃っていれば、デルシェア姫たちの興味をそそってやまないのだろうと思われた。
そうして時間が過ぎるごとに、ラッツの集落はいよいよ賑やかになってきたが――こんなものは、序の口であるのだろう。そして俺たちは本番の賑わいに備えて、立派な宴料理を作りあげなければならないわけであった。




