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異世界料理道  作者: EDA
第八十三章 さらなる饗宴
1432/1686

大試食会の予選大会④~結果発表~

2023.12/14 更新分 1/1

 次なるは、《アロウのつぼみ亭》の卓であった。

 そちらの卓では、準礼装にしてはいささか派手なる衣装に巨体を包み、肉厚の顔に化粧を塗りたくったレマ=ゲイトがででんと待ちかまえている。そのかたわらで菓子を並べているのは、いつも不機嫌そうな顔をした初老の厨番であった。


 そんなレマ=ゲイトたちと向かい合う格好で、さまざまな身分の人々が試食に励んでいる。その中のひとりであったオディフィアが、トゥール=ディンの姿に気づいて灰色の瞳をきらめかせた。


「トゥール=ディン。このおかし、すごくおいしい」


「オディフィア。それよりも先に、ご挨拶でしょう?」


 エウリフィアがやんわりたしなめると、オディフィアはいくぶん慌てた気配をにじませつつ貴婦人の礼をした。同じ礼を返しつつ、デルシェア姫はにこりと笑う。


「ご丁寧に、ありがとうございます。でも、試食会で肝要なのは、料理や菓子の味をしっかり見定めることですわ。ねえ、お父様?」


「まったくもって、その通り! 我々にはかまわず、どうぞそちらの菓子の出来栄えをご堪能ください!」


「わたくしどもは、すでにたっぷり堪能させていただきましたわ。こちらの菓子は、期待通りの出来栄えでありました」


 エウリフィアはたおやかに微笑みつつ、場所を空けるために身を引いた。

 オディフィアもうずうずと身を揺すりながら、それに続く。トゥール=ディンはいくぶん眉を下げつつオディフィアに微笑みかけてから、卓の前に歩を進めた。


《アロウのつぼみ亭》が準備していたのは、今回も饅頭を思わせる菓子だ。

 可愛らしいひと口サイズで、いかにもやわらかそうな生地はほんのり桜色をしている。外見上は、以前から出しているアロウの饅頭と大きな差はなかった。


 しかしレマ=ゲイトは宿屋の名をあげるのに熱心なタイプであるため、きっと趣向を凝らした菓子を準備させたことだろう。俺は大いに期待しながら、その菓子を口に運ぶことにした。


 果たして、俺の期待は報われた。

 そちらの菓子は、まったく想定外の食感を有していたのだ。


 表面の生地は、ごく薄い。数ミリていどの、薄い皮だ。見た目通りにやわらかくて、キイチゴに似たアロウの風味がわずかに感じられる。それに、こんなに薄いのにどこかさくさくとした食感で、ウエハースか何かを思い出させる舌触りであった。


 そしてその下に隠されていたのは、もっちりとした弾力だ。これは明らかに、シャスカ由来の弾力と粘り気であろう。ただし、弾力の割に噛み応えが軽やかであったので、シャスカの餅にギーゴなどを加えてややゆるめに仕上げているものと思われた。そしてそのやわらかな餅に、マンゴーに似たエランで甘みが加えられていたのだった。


 そしてその内側には、さらにねっとりとした餡が隠されている。餅よりも水気の多い、とろとろの餡だ。カスタードクリームを思わせる食感で、そちらはサクランボに似たマホタリとカロン乳の風味が豊かであった。


 甘さは餅が担っており、風味は皮と餡が担っている。そして何より、3種の異なる食感が愉快であった。主体となるのはもっとも質量の大きい餅であるが、薄い皮ととろとろの餡が、楽しい効果を生み出しているのだ。ひと口で食せる小さな菓子の中に、さまざまな喜びが詰め込まれている印象であった。


「これは、美味ですね。アロウとエランとマホタリの組み合わせが素晴らしい味わいですし、食感もきわめて心地好いです」


 トゥール=ディンがそのように述べると、デルシェア姫が「まったくですね!」と同意を示した。


「今回はたくさんの方々がエランを使いこなしていて、誇らしさと口惜しさを同じだけ抱いてしまいます! 南の王都でも、これほどエランを巧みに扱える料理人はそう多くないと思います!」


「うむ! 実に美味であるな! さすがは、《アロウのつぼみ亭》です!」


 デルシェア姫もダカルマス殿下も、心から満足そうな笑顔である。レマ=ゲイトは相変わらず猛々しい面持ちであったが、自慢そうに小鼻をふくらませていた。


「これなら確かに、オディフィアのお気に召したでしょうね」


 トゥール=ディンが笑顔で呼びかけると、オディフィアは瞳を輝かせて「うん」とうなずいたが――それからちょっともじもじしながら、トゥール=ディンの腕を引っ張った。

 トゥール=ディンが不思議そうな面持ちで身を折ると、その耳もとにぼしょぼしょと囁きかける。耳をすませると、俺にも辛うじてその内容が聞こえてきた。


「でもね、あっちのおかしもおなじぐらいおいしかったから、オディフィアはどっちをいちばんにするかまよってるの」


「あっちというと……きっと《ランドルの長耳亭》ですね。ヤンやダイアの菓子は、もう口にされたのですか?」


「うん。ヤンのおかしもすごくおいしかったけど、オディフィアはまえにたべたことがあるから、さんばんにする。……あ、それはいっちゃいけないんだった」


 オディフィアは無表情のまま、わたわたと身を揺すった。頭の上に汗のマークが見えるような、微笑ましい所作だ。トゥール=ディンは愛おしそうに微笑みながら、オディフィアの小さな手を握りしめた。


「では、これからは取り決めを破らないように気をつけましょう。わたしもまずは、あちらの菓子をいただこうかと思います」


「うん。……オディフィアは、いっしょにいたらだめ?」


 オディフィアにすがるような眼差しを向けられたトゥール=ディンは、また眉を下げつつ身を起こした。

 すると、それを待っていたかのようにデルシェア姫が声をあげる。


「いよいよ次が、最後の品ですね! それを食べ終えたらトゥール=ディン様も自由の身ですので、オディフィア様もご一緒にいかがですか?」


 オディフィアは元気に「うん!」とうなずいてから、わたわたと貴婦人の礼をした。


「デルシェアさま、おきづかい、かんしゃいたします」


「あはは! こちらこそ、トゥール=ディン様を独占してしまって申し訳ありません! それじゃあ行きましょう、お父様!」


「うむ! 最後は《アロウのつぼみ亭》と互角の手腕を持つ《ランドルの長耳亭》であるから、期待はつのるばかりであるな!」


 そういえば、前回の予選大会では《アロウのつぼみ亭》と《ランドルの長耳亭》が同率三位であったのだ。なおかつ、二位も《玄翁亭》と《南の大樹亭》が同率であったのだから、かなりの大混戦であったのだった。


(それで一位の《キミュスの尻尾亭》と最下位の《タントの恵み亭》も、そんなに大きな差はなかったんだよな。宿場町の宿屋に関しては、力量にそれほど大きな差がないってことなんだろう)


 かえすがえすも、今回参加できなかった《ラムリアのとぐろ亭》と《タントの恵み亭》は気の毒なばかりである。しかしまた、そちらの主人であるジーゼやタパスは試食会の結果にこだわりがないタイプであるようであったので、まだしも幸いなところであった。


 そうして最後にやってきた《ランドルの長耳亭》の卓だが――そちらは、なかなかの大賑わいであった。

 まず、卓の最前列ではリフレイアとアラウト、サイとカルスの4名が試食を楽しんでいる。そして卓をはさんだ向こう側では、宿の主人がゲルドの面々とフェルメスに取り囲まれていたのだった。


「ああ、ダカルマス殿下にデルシェア姫。こちらの菓子も、素晴らしい出来栄えですわよ」


 まずはリフレイアが、すました面持ちでそのように告げてくる。ただ、アラウトが一緒にいるためか、その目もとには喜びの感情がにじんでいた。

 アラウトは慇懃に一礼してから、俺やトゥール=ディンにも目礼してくる。そのかたわらで、カルスは目を泳がせつつぺこぺこと頭を下げていた。


「みなさん、おそろいでありますな! もしやアルヴァッハ殿は、ご主人にご感想を?」


「うむ。こちら、素晴らしい出来栄えである」


 アルヴァッハは重々しく応じながら、首肯する。その間も、フェルメスがご主人に向かってつらつらと語りかけていた。どうやらアルヴァッハの長広舌を通訳している真っ只中であったようだ。


(ってことは、アルヴァッハはずいぶんお気に召したのかな。これは楽しみだ)


 そんな風に考えながら卓のほうを覗き込んだ俺は、思わず目を丸くすることになった。

 そちらの卓には、菓子ののせられた大皿と取り分け用の小皿、それに大量の突き匙が準備されていたが――さらにその向こう側には巨大な鉄鍋が準備されて、そこから甘やかな芳香を発散させていたのである。


「ふむふむ! これはどういった趣向であられるのでしょうかな?」


 ご主人がフェルメスに捕まっているために、調理助手たる若者がしゃっちょこばって「はい!」と応じた。


「こ、こちらの菓子は、生地に煮汁をからめて食する形式になっております! お手数ですが、そちらの突き匙で菓子を取り分け、こちらの鍋の煮汁におつけください!」


「ほうほう! それは、わたしの知らない作法でありますな! これは、ジェノスに伝わる作法なのでありましょうか?」


「いえ」と応じたのは、リフレイアである。


「わたしもこのような作法は、初めて目にしましたわ。これは宿のご主人の故郷である、アブーフという地の作法であるそうです」


「それは興味深い! では、さっそくいただきましょう!」


 ダカルマス殿下は熱意を剥き出しにして、卓のほうに突進した。

 卓に準備されていたのは、何の変哲もない焼き菓子だ。ピンポン玉のような形状と大きさで、わずかに焼き目がついている。フワノの生地を、炙り焼きか窯焼きにしたのだろうと思われた。


 いっぽう鉄鍋で火にかけられているのは、とろりとした黄白色の煮汁だ。そちらから漂うのは、カロン乳と乳脂と何らかの果実の香りであった。


(ダバッグには、チーズフォンデュみたいな料理があったよな。それを甘く仕上げたような感じか)


 そういえば俺の故郷にも、チョコレートフォンデュというものが存在したはずだ。俺は口にしたことがなかったが、あれも焼き菓子やフルーツなどをとろとろのチョコにまぶして食する形式であるはずであった。


(前回はチーズケーキみたいな菓子で、今回はフォンデュみたいな形式か。アブーフってのは、俺に親しみやすい菓子が流行ってるんだな)


 王家の父娘に続いて、俺もその菓子を食べさせていただいた。

 突き匙に刺した焼き菓子を鉄鍋に沈めると、黄白色の煮汁がねっとりとからみついてくる。チーズほどではないが糸を引くぐらいの粘性で、それがこぼれ落ちないように巻き取る必要があった。


 それほど熱々ではないようなので、思い切ってひと口で食してみると――思わぬ味わいが口内に広がった。

 予想よりも、はるかに果実の味が強い。ただこれは、何の果実であるのだろう。さまざまな風味が入り混じって、すぐには判別できなかった。

 さらにそこに、カロン乳と乳脂の風味が重ねられている。とろけたチーズのような食感で、甘みもきわめて強かった。焼き菓子のほうはほどほどにどっしりと身が詰まっていたが、それでちょうどいいぐらい煮汁のほうも力強い味わいであった。


「これは……美味です! きわめて、美味です!」


 と、立ち眩みでも覚えたように、デルシェア姫が身を揺らした。その背後に控えていた武官のロデはその身に触れていいものかと、先刻のオディフィアに負けないぐらいわたわたしている。


「確かに、美味です! そして、目新しい! この温かさが、さらに豊かな味わいを生み出しているのでしょう!」


 ダカルマス殿下も快哉を叫ぶと、アルヴァッハが気迫のこもった様子で「うむ」と応じた。


「アブーフ、ゲルド、遠からぬ場所、存在するが、このような作法、未見である。こちら、おそらく、北方の地、ならでは、作法である」


「ふむふむ! 寒冷の地であるがゆえに、温かな菓子が好まれた、と?」


「うむ。ゲルド、保温された菓子、好まれている。だが、こちらの作法、未見である。ゲルド、伝えたならば、大きな反響、期待できよう」


「なるほど! ゲルドとアブーフは遠からぬ位置にありながら、文化の交流をする機会がなかったというお話でありましたな! それがジェノスの地で為されるというのは、実に得難き話でありましょう!」


 ダカルマス殿下の言葉に、アルヴァッハはまた「うむ」と重々しく応じた。


「これも、試食会、恩恵である。あらためて、招待、感謝する」


「いえいえ! 美食家たるアルヴァッハ殿には何としてでもご参加していただきたかったので、こちらこそ感謝しておりますぞ!」


 アルヴァッハとダカルマス殿下の関係性も相変わらずのようであったので、俺はひそかに安堵の息をついた。

 そしてこちらでは、トゥール=ディンとオディフィアがひそひそと言葉を交わしている。やはりトゥール=ディンも、こちらの菓子には大きな感銘を受けたようであった。


「これは本当に、素晴らしい菓子ですね。ただ目新しいというだけでなく、味も練りあげられています。ダカルマスの仰る通り、この温かさが味や香りをいっそう際立たせているのでしょうし……わたしもどう順番をつけていいのか、迷ってしまいます」


「うん。どっちもすごくおいしい。……トゥール=ディンのおかしは、もっとおいしいけど」


 美味しい菓子を立て続けに食して、ふたりの声も弾んでいる。

 それで俺が心を和ませていると、ダカルマス殿下がくりんっと向きなおってきた。


「それではもう一周して、星の行方を定めることにいたしましょう! アスタ殿、トゥール=ディン殿、ここまでありがとうございました! この後は、どうぞご自由にお過ごしください!」


「はい、承知しました。それでは、またのちほど」


 そうしてダカルマス殿下とデルシェア姫は、意気揚々と立ち去っていった。

 すると、ゲルドの面々とフェルメスがこちらに回り込んでくる。ピリヴィシュロの小さな姿を発見して、オディフィアはいっそう瞳を輝かせた。


「ピリヴィシュロさま、やっとあえた。おかし、すごくおいしかったね?」


「はい。きわめて、びみでした。しゅくばまちのたみ、しゅわん、きょうたんです」


 ピリヴィシュロも無表情ながら、黒い頬を火照らせている。

 そしてアルヴァッハは、2メートルの高みから俺を見下ろしてきた。


「アスタ、自由、得たならば、同行、願えようか?」


「あ、はい。アルヴァッハたちも、すでに一周したのですか?」


「否。城下町の料理、これからである」


 すると、ナナクエムが溜息まじりに補足した。


「アルヴァッハ、いちいち、感想、述べるため、停滞、余儀なくされた。定刻、間に合うか、疑問である」


「ああ、そうだったのですか。では、宿場町の料理がすべてお気に召したということでしょうか?」


「否。不満、あれば、それも伝えていた。不興、買っていないか、心配である」


 すると今度は、フェルメスが優美な微笑とともに言葉を添えた。


「いずれの方々も真摯なお気持ちでアルヴァッハ殿のお言葉を受け止めていたようですので、心配はご無用でしょう。アルヴァッハ殿のお言葉がさらなる糧となり、彼らの手腕をいっそう磨くことになるかと思われます」


「であれば、僥倖であるが……不安、つのるばかりである」


「ともあれ、時間内に試食を終えられるように、次の卓に向かうべきでしょうね」


 と、フェルメスは俺にも微笑を向けてきた。アルヴァッハと同行するならば、もれなくフェルメスもついてくるのだ。

 なおかつ、オディフィアもトゥール=ディンとピリヴィシュロの両方に同行を願っているようである。この後は、いっそうの大所帯で卓を巡ることになるようであった。


                 ◇


 それから、およそ半刻の後――ついに、投票の時間がやってきた。

 貴き身分の方々は別室に移動し、それ以外の面々は書記係の前に列を成す。ただ今回は、それぞれの陣営20名につきひとりずつの書記係が準備されていた。


 まだ最終的な結論を出していなかった俺は、森辺の同胞がのきなみ行列を作ってから最後尾にお邪魔する。過半数の品が申し分のない味わいであったため、俺は悩みに悩み抜いていた。


 何より悩ましいのは、料理と菓子を同時に選評しなければならないのに、3組にしか投票できないことである。料理も菓子も甲乙つけがたい品が目白押しであるのに、星の数がまったく足りていなかったのだ。

 苦渋の決断で、俺は料理に2票、菓子に1票を投じることにした。菓子というのは専門外であるため、やはり料理に票を割くべきであろうと判じたのだ。


 その結果――俺は1位を《玄翁亭》、2位を《ランドルの長耳亭》、3位をティマロということにさせていただいた。


《玄翁亭》は、やはりギラ=イラの扱い方の見事さを重視してのことだ。ギラ=イラの扱い方の難しさを知る人間ほど、ネイルの手腕には感心するはずであった。


 菓子はヤンと《アロウのつぼみ亭》と《ランドルの長耳亭》の三つ巴であったので、フォンデュ形式という目新しさを重んじることにした。それがなければ、三者の品は本当に優劣のつけられない出来栄えであったのだ。


 料理の次点は、ティマロとボズルと《キミュスの尻尾亭》でまた三つ巴であったが――これもやはり、目新しさが決め手であろうか。《キミュスの尻尾亭》のラーメンは食べ慣れた味であるし、ボズルの作りあげるジャガル料理は俺の料理と通ずる部分が多いため、どうしたって城下町の作法を重んじるティマロの料理がもっとも目新しく感じられるのだった。


(レビやヤンには申し訳ないけど、これが正直な感想だからな)


 そうして四半刻ほど集計の時間が取られて――ついに結果発表の段と相成った。

 別室から舞い戻ったダカルマス殿下は、満面の笑みである。そして、小姓の少年が帳面の内容を読みあげる前に、まずはダカルマス殿下が声を張り上げた。


「発表の形式についですが、混乱を招かないように料理と菓子で別々に発表させていただきます! そして、料理も菓子も上位の2名様に大試食会の厨をお預けしようと考えておりますので、そのように思し召しください!」


 大きくざわめいた人々が、すぐさま水を打ったように静まりかえる。

 いったいどのような結果に終わったのか、多くの人々が胸を高鳴らせていることだろう。味比べに関心の薄い俺でも、多少の緊張とは無縁でいられなかった。


「では、集計の結果を発表いたします。まずは、料理の部門――」


 と、小姓の少年がボーイソプラノの声を響かせる。


「第1位は――72の星を獲得された、《セルヴァの矛槍亭》のティマロ様と、《玄翁亭》のネイル様です」


 再びの歓声とどよめきが、大広間にあふれかえった。

 1位は、2名が同率であったのだ。これでもう、大試食会に招かれる2名は決定してしまったわけであった。


 調理着姿のティマロとネイルが進み出て、デルシェア姫の手から黄色の勲章が捧げられる。ネイルは相変わらずの無表情、ティマロは何かしらの激情を抑えているかのような笑顔だ。1位であったことを喜んでいるのか、ネイルと同率であったことを悔しがっているのか、その内心はうかがい知れなかった。


 その後も小姓の少年は、澄みわたった声で結果を発表していく。

 第2位は、59の星を獲得したボズル。

 第3位は、56の星を獲得した《キミュスの尻尾亭》。

 第4位は、39の星を獲得したサトゥラス伯爵家の料理長。

 第5位は、37の星を獲得した《西風亭》である。


 6組が、2組ずつで近い票を獲得した格好だ。それでもやはり、昨年ほどは極端な結果になっていない。また、このたび勲章が授けられたのは、同率1位の2名のみであった。


「続きまして、菓子の部門です」


 大きくざわめいた大広間が、また静けさを取り戻す。

 しかしそれは、これまで以上の歓声とどよめきに粉砕されることになった。


「第1位は……89の星を獲得された、《ランドルの長耳亭》のランディ様です」


 宿場町陣営の《ランドルの長耳亭》が、堂々の1位を飾ったのだ。

 しかも、料理の部門の両名を超える票数である。それは、本日もっとも高評価であったという証であった。


 ランディという名を持つ小柄なご主人は、ひょこひょことした足取りで進み出る。ずいぶん恐縮しているようであるが、それでも彼らしい穏やかな笑顔だ。デルシェア姫はいっそう朗らかな笑顔で、その胸に黄色い勲章を授けた。


「続きまして、第2位は……67の星を獲得された、ダレイム伯爵家の料理長ヤン様です」


 まだ1位の結果を引きずっている様子で、熱っぽいどよめきと拍手があげられる。

 ヤンは落ち着いた面持ちで、青色の勲章を授かった。


 そしてその後の発表では、また驚嘆の声があげられる。

 第3位は66の星を獲得した《アロウのつぼみ亭》、第4位は43の星を獲得したダイアという結果であったのだ。


《アロウのつぼみ亭》は、2位のヤンと1票差である。それだけの大接戦であったのだ。ちらりとうかがってみたところ、レマ=ゲイトは豪奢な装束に包まれた巨体をわなわなと震わせていた。


 しかしそれよりも人々を驚かせたのは、やはりダイアの結果であろう。ジェノス城の料理長であり、前回の菓子の部門では第2位の座であったダイアが、最下位であったのだ。なおかつ、料理の部門と合わせて考えても、その票数は下から三番目であったのだった。


 ただ俺は、順当な結果だと思っている。今回のダイアの菓子は、見栄えに味が追いついていない印象であったのだ。これでダイアが他の3名に打ち勝っていたら、そちらのほうが驚いていたはずであった。


「本日の結果は、以上となりました! ただ今回は、特別にもうひと組だけ勲章を捧げさせていただきたく思います! 《アロウのつぼみ亭》の方々は、こちらにどうぞ!」


 レマ=ゲイトはびくんっと巨体を震わせてから、初老の厨番とともにのしのしと進み出た。

 デルシェア姫は笑顔で身を引き、その代わりにエウリフィアとオディフィアが進み出る。


「《アロウのつぼみ亭》は、2位のヤン殿と1票差でありましたからな! 本来であれば、大試食会にもお招きしたいところであるのですが……それではあまりに菓子の割合が大きくなってしまいますため、苦渋の思いで自重いたしました! ただその素晴らしい手腕に、心からの賛辞と勲章を捧げさせていただきます!」


 オディフィアの小さな手で、厨番の胸に赤色の勲章が捧げられた。去年の試食会で、第3位の人間に贈られたのと同じ色合いの勲章だ。

 そしてエウリフィアが、仏頂面のレマ=ゲイトににこりと笑いかけた。


「きっとこれからは、あなたがたにも貴族からの仕事が舞い込むのではないかしら。少なくとも、わたくしは次回の『麗風の会』に招待させていただくつもりなので、どうぞよろしくね」


 レマ=ゲイトは仏頂面のまま、貴婦人のように礼を返した。

 そのさまを見届けてから、ダカルマス殿下があらためて声を張り上げる。


「今回も、実に興味深い結果と相成りました! 僭越ながら、わたしから総評めいたものを語らせていただきたく思います! ……まず、菓子の部門で第1位であった《ランドルの長耳亭》はお見事でございました! 菓子の出来栄えもさることながら、やはりアブーフ仕込みの目新しい作法が圧倒的な票数につながったのでしょう! 身分や立場に関係なく、さまざまな御方がその素晴らしい菓子に星を捧げておりましたぞ! これは、アスタ殿やヴァルカス殿が独自の作法でもって素晴らしい結果を打ち立てた昨年の試食会と、通ずるものがあるのやもしれませんな!」


 やはりこういう場では、物珍しさや目新しさが重要になってくるのだろう。俺もそれで《ランドルの長耳亭》やティマロに星を捧げたのだから、まったく他人事ではなかった。


「いっぽう料理の部門で第1位となったティマロ殿とネイル殿も、あらゆる層から同じだけの星を捧げられたようであります! ティマロ殿は城下町の作法を重んじつつ森辺や宿場町の方々の心をとらえる手腕をお持ちであり、ネイル殿は西の地で洗練されたシム料理によって数多くの方々を魅了したということなのでしょう! おふたりの手腕には、わたしも心から感服しております!」


 そんな調子で、ダカルマス殿下は得々と語り続けた。

 料理部門の第2位であるボズルも、あらゆる身分の層から均等に票数を獲得できたようである。ただ、票を入れた人間の数は第1位の両名と大差なかったものの、いくつの星を捧げるかという点で小さからぬ差がついたのだという話であった。


 第3位の《キミュスの尻尾亭》は、宿場町の民からの票数が少なめであったらしい。おそらくは、ラーメンに食べ慣れている人間が多くて目新しさに欠けたということであるのだろう。

 その逆で、サトゥラス伯爵家の料理長は貴族や城下町の領民、《西風亭》は宿場町の領民からの票が大半であったらしい。それは本来の活動場所においては相応しい内容であったという証拠であるので、どうか気を落とさずにもらいたい――と、ダカルマス殿下は力強く激励していた。


 そして、菓子部門の第2位と第3位であるヤンと《アロウのつぼみ亭》は、やはりあらゆる層からまんべんなく票を集めていたそうだ。上品さや繊細さを重んじる城下町の層からも、小細工に頓着しない森辺や宿場町の層からも、等しく評価されていたのだ。

 いっぽう第4位のダイアは、貴族や城下町の層が過半数であったという。料理部門と同じ現象が、こちらの部門でも作用していたということであった。


「至極当然の話でありますが、身分や立場に関わりなく星を集められる方々が、試食会においては上位の成績をおさめられるというわけですな! もちろん重要であるのは日々のお役目であるのですから、どうか本日の結果だけにとらわれず、今後も調理の研鑽に励んでいただきたく思います! 本日この場にお招きした10組の方々は、どなたもジェノスの食文化を支える一翼であられるのです!」


 そんな言葉で、本日の試食会は締めくくられることになった。

 しかし会場には、いつまでも拍手が鳴り響いている。これだけの激戦を勝ち抜いた4名と、惜しくも敗れ去った6名を、惜しみなく祝福しているのだろう。もちろん俺も、そのひとりであった。


 勲章を授かった面々は、まだダカルマス殿下のもとに留まっている。第1位の座を授かったネイルとティマロ、ランディという名を持っていた《ランドルの長耳亭》のご主人――そして、第2位のヤンと、第3位である《アロウのつぼみ亭》の厨番およびレマ=ゲイトだ。


 味比べの結果を重んじない俺でも、やっぱり見知った人々が栄誉を授かるのは感慨深いことであった。ネイルやヤンのように交流の深い相手であれば、なおさらである。

 それにティマロも最近は親しくさせてもらっているし、《アロウのつぼみ亭》や《ランドルの長耳亭》にもそれなり以上の親しみを持っている。そして何より、俺は彼らの優れた手腕にめいっぱいの祝福を捧げたい気持ちであった。


(俺も料理を出す側だけど……こんなメンバーで取り組む大試食会ってのは、やっぱり何だか気持ちが弾んじゃうな)


 この顔ぶれに、レイナ=ルウとトゥール=ディン、ヴァルカスとナウディスまでもが加わるとなれば、なおさらである。

 その日はいったいどれだけ豪華な祝宴になるのかと、俺はまんまとダカルマス殿下の思惑通りに期待をかきたてられたわけであった。

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