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異世界料理道  作者: EDA
第八十三章 さらなる饗宴
1428/1686

新天地②~交流~

2023.11/26 更新分 1/1

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

「よー。そっちも盛り上がってるみてーだなー」


 しばらくして、ルド=ルウもこちらにやってきた。

 それに同行していたリミ=ルウは敷物に料理の大皿を置いてから、アイ=ファのもとにダイブする。狩人の膂力でそれを受け止めたアイ=ファは、幸せそうに目を細めつつ幼き友の赤茶けた髪を撫でた。


「リミ=ルウはまだ働いていたのだな。少しは料理を口にできているのか?」


「うん! でもこの料理はまだだから、ここで一緒に食べるのー!」


 リミ=ルウももうじき11歳になるところであるが、その無邪気さは磨きがかかるいっぽうである。ただこの1年ほどで赤茶けた髪はずいぶんのびて、もうしばらくしたら結いあげる必要が出てきそうだった。


 そんなリミ=ルウが運んできてくれたのは、ギバ・カツやコロッケなど揚げ物の盛り合わせだ。どうやら揚げたてであるらしく、香ばしい芳香が食欲をそそるばかりであった。


「ディグド・ルウとはさんざん語らったから、俺もここに居座わらさせていただくぜー? ま、ここ数日はずっとシン・ルウと一緒に働いてたけどよー」


「あはは。やっぱりルド=ルウも、なかなか新しい呼び方が馴染まないみたいだね」


 俺がそのように声をあげると、ルド=ルウはさっそく好物のコロッケを取り分けながら「そりゃそーだろ」と肩をすくめた。


「こんだけ長々と顔を突き合わせてきたんだから、新しい呼び方なんざ面倒なだけだよ。そんなことでうだうだ言うのはジザ兄ぐらいなんだから、かまいやしねーさ」


「……お前はルウ本家の家人として、血族に規範を示すべき立場であろうが?」


 ダルム=ルウが仏頂面で口をはさむと、ルド=ルウは「へへん」と鼻を鳴らした。


「ダルム兄だって、いまだにヴィナ姉のことをヴィナって呼んでんじゃん。てか、俺にダルム=ルウとか呼ばれたら、そっちのほうこそ尻がかゆくなっちまうんじゃねーの?」


 ダルム=ルウもいまや分家の家長として家を出たため、本家の人間からも氏つきで呼ばれるべき立場であるのだ。舌の回る弟にやりこめられたダルム=ルウは、仏頂面のまま果実酒の土瓶を傾けた。


 しかしまあ、そういった呼び方の習わしは、それほど厳格に取り締まられているわけではないのだろう。きわめて実直な人柄をしたリャダ・ルウ=シンでさえ、しょっちゅうドンダ=ルウのことを「ドンダ」と呼んでいるのだ。近しい間柄であればあるほど、呼称の変更というのは舌に馴染みにくいはずであった。


「何はともあれ、ルド=ルウもお疲れ様。こんなに立派な集落を切り開くのは、大変だっただろう?」


「そりゃまーな。でも、血族中の男衆が集まってたんだから、どうってことねーさ。家の組み上げなんかは、ミダ・ルウがひとりでばんばか進めてたもんなー」


 ミダ・ルウ=シンは、かつてひとりで自分の家を築きあげたという実績があるのだ。熱々のギバ・カツを頬張りながら、ミダ・ルウ=シンはまた嬉しそうに頬肉を震わせた。


「だからやっぱり一番しんどかったのは、余った丸太を他の集落に運ぶときだったなー。一番近いルウの集落でも、半刻以上の距離なんだからよー」


「ああ、やっぱりこれだけ切り開いたら、丸太のほうが余っちゃうんだね。その丸太は、何に使われるのかな?」


「トトス小屋やら犬小屋やらだよ。確かにトトスを寝かせる場所があったら便利だし、犬だってこれからわんさか増えていくんだしなー。ファの家だって、バランたちが来たら犬のための家を増やすってんだろ?」


「うん。今の子犬たちが大きくなるだけで、もう手狭になっちゃうからね。こっちは血族の助けもないから、おやっさんたちにお願いする予定だよ」


 雨季が明けたならば、そんなイベントも待ちかまえているのだ。ファの家の子犬たちもついに生後三ヶ月を突破して、すくすく大きくなっているさなかであるのだった。


「あ、そういえば、シンの家では新しい猟犬を買いつける予定なんだよね?」


 俺がそのように水を向けると、シン・ルウ=シンは穏やかな面持ちで「うむ」とうなずいた。


「ルウの猟犬をこちらに分けては、数が足りなくなってしまうしな。子犬たちが大きくなるのを待ってはいられないので、とりあえず2頭の猟犬を買いつけることになったのだ。雨季の前には、行商人がやってくる手はずになっている」


「あー。シンの家を分ける前から、猟犬の数は物足りないぐらいだったしなー。今の子犬が大きくなっても、まだまだ持て余すことにはならねーんじゃねーかなー。そもそもアイ=ファやシュミラル=リリンなんかは、ひとりで2頭も使ってるぐらいなんだしよー」


「うむ。ひとりで2頭を扱うのは、かなりの技量が必要になりそうだが……3名に1頭は必要であるように感じるな」


 そんな風に言ってから、シン・ルウ=シンは凛々しい思案顔となった。


「と、いうよりも……ひとりの狩人が2名の狩人と1頭の猟犬に指示を出すというのが、理想的であるように思うのだが……これまでは、なかなか試す機会も得られなかった。新たな猟犬が届いたならば、すぐさま試してみたいところなのだが……雨季では猟犬も鼻が鈍ってしまうため、ちょっと難しいかもしれないな」


「そんな話は、休息の期間が明けてからでいいだろー? 今日は祝宴なんだから、難しい話は脇に置いとけよー」


 と、ルド=ルウが笑いながらシン・ルウ=シンの肩を抱いた。

 シン・ルウ=シンはいくぶん面映ゆそうに微笑みつつ、「そうだな」と応じる。両名が仲良しであるのは周知の事実だが、こういうスキンシップのさまを目の当たりにするのはずいぶんひさびさであるように感じられた。


(ルド=ルウなんかはサバサバしてるし、寂しい気持ちを表に出すようなタイプじゃないだろうけど……仲が良ければ良いほど、嬉しい気持ちも寂しい気持ちもつのるはずだもんな)


 俺が森辺にやってきたばかりで、まだまだ狩人の勇猛さに恐れ入っていた時代、ルド=ルウとシン・ルウ=シンの少年らしいやりとりには、いつも心を和まされていたのだ。ルド=ルウもシン・ルウ=シンもそろそろ少年の時代を脱しつつある年齢であるが、その微笑ましい雰囲気や関係性にはやっぱり何の変わりもないようであった。


「シン・ルウ=シンに、ミダ・ルウ=シン。わたしたちにも、挨拶をさせてちょうだい」


 と、そこに新たな一団がやってきた。レム=ドムとディガ=ドムとドッドという、ドムの家人の一団だ。その先頭に立つレム=ドムはひとりで昂揚をあらわにしており、残る両名ははにかむように笑っていた。


「うむ。ディガ=ドムとドッドは、思うさまミダ・ルウと語らってもらいたい」


 シン・ルウ=シンが落ち着いた調子で答えると、両名はどこかもじもじとしながら着席する。そのさまに、レム=ドムは皮肉っぽく唇を吊り上げた。


「あなたたちは、何を小娘のように恥じらっているのよ? あなたたちみたいに厳つい見てくれをした男衆が身をよじったって、見苦しいだけよ?」


「う、うるせえなあ。ミダ=ルウとは――あ、いや、ミダ・ルウ=シンと顔をあわせるのはひさびさなんだから、しかたねえだろ」


 ディガ=ドムがそのように言い返すと、当のミダ・ルウ=シンは穏やかな眼差しのまま頬肉を震わせた。


「ディガ=ドムに、ドッド……ひさしぶりに会えて、嬉しいんだよ……? 遠くから来てくれて、ありがとうなんだよ……?」


「そりゃあ儀式の日には出向けなかったんだから、今日ぐらいは駆けつけるさ」


「ああ。お前にとっても、大事な祝いの日なんだからな」


 そんな風に語りながら、ドッドは落ちくぼんだ小さな目に涙をためた。


「お前はすげえよな、ミダ・ルウ=シン。俺がぼやぼやしてる間に、2回も氏を授かってよ。いまだにドムの氏を授かれない俺は、自分が不甲斐ないよ」


「うん……? ミダ・ルウはたまたまシン・ルウの家族だったから、新しい氏をもらっただけなんだよ……?」


「それでもお前が新しい氏族の家人に相応しくないと見なされてたら、別の分家に引き取られてたはずさ。お前がそこにそうして座ってることが、お前が立派だっていう証拠なんだよ」


 狛犬のように厳つい顔に皺を寄せて、ドッドは笑った。そのはずみで、目にたまっていた涙が頬を伝う。


「俺はべつだんそこまで自分を卑下してるわけじゃねえから、気にしないでくれ。それより俺は、嬉しいんだよ。あんなにぼんやりしてたお前が、こんなに立派な狩人に育ってさ」


「ああ、本当にな。俺たちなんざ、兄貴らしいことは何にもしてやれなかったけど……ルウのみんなが、お前を立派に育ててくれたんだな」


 ディガ=ドムもまた、ギバの頭骨の陰で目を潤ませていた。

 それをなだめるように、ミダ・ルウ=シンはいっそう優しげな眼差しになる。


「ミダ・ルウだってスンの家人だった頃は、ディガ=ドムやドッドのために頑張ることができなかったんだよ……? だから、ドムの人たちに感謝してるんだよ……?」


「へへ。そんな物言いも、すっかり立派になっちまったよな。とにかくこれからは、シンの狩人として頑張ってくれよ」


「うん……ミダ・ルウは、頑張るんだよ……?」


 かつての兄弟であった3名が、とても温かな空気を織り成している。俺がその光景に気持ちを安らがせていると、レム=ドムがまた「ふふん」と鼻を鳴らした。


「仲睦まじいことで、何よりね。それじゃあわたしも、シン・ルウ=シンとご縁を深めさせていただこうかしら」


「うむ。しかしお前は、何やら俺に執心している様子だな。今日は余興の力比べを行う予定もないのだが、どのような思惑なのであろうか?」


「あなたをたぶらかそうなんてつもりはないから、心配はご無用よ。わたしは狩人としてだけじゃなく、剣士としてのあなたにも興味をかきたてられているのよ」


 レム=ドムが熱っぽく言いつのると、シン・ルウ=シンは苦笑をこらえているような面持ちで長い前髪をかきあげた。


「剣士などと称されるのは、いささかならず筋違いであるように思えてならないな。闘技会の祝福の品であった剣も、ずっと物置にしまったままであるし……俺はただの狩人にすぎんぞ」


「だけどあなたは、闘技会で優勝したじゃない」


「それもべつだん、騒ぐような話ではなかろう。闘技会で優勝できる狩人など、森辺にはいくらでもいるのだろうから――」


「今のあなたが闘技会で優勝したって、何も驚いたりはしないわよ。でも、あなたが優勝したのは2年も昔の話でしょう? だったら、今のわたしと同じか、もっと若いぐらいじゃない」


 そう言って、レム=ドムはシン・ルウ=シンにぐっと顔を近づけた。


「もちろんわたしなんて15歳になってから見習い狩人に認められた身なんだから、未熟者なのは百も承知よ。でも、16歳や17歳という若年で闘技会で優勝できる狩人が、この森辺に何人存在すると思うの? やっぱりあなたは、特別な存在であるのよ」


「いや、俺は今も2年前もルド=ルウにかなわぬ身だし、こちらは俺よりもさらに年若いぞ」


「でもルド=ルウはあなたより小柄だから、甲冑を纏ったらあなたほどの力は振るえないはずだわ」


「うるせーなー。言われなくったって、あんな暑苦しいもんを着込むつもりはねーよ」


 目の前であれこれ取り沙汰されたルド=ルウは、不満そうに口をとがらせる。

 いっぽうシン・ルウ=シンは、不思議そうに小首を傾げた。


「お前は本当に、狩人ではなく剣士というものの力量を語っているのだな。そのような話を取り沙汰して、何になるというのだ?」


「わたしはただ、あなたの力量に感服しているだけよ。2年も前にレイリスやロギンやメルフリードを打ち倒せるだなんて、まったく当たり前の話ではないもの」


 レム=ドムのまなじりの上がった目が、いよいよ熱っぽい光を帯びていく。彼女は剣技の指南役として城下町に招かれた際、レイリスやデヴィアスといった強豪たちと剣を交えることになったようであるのだ。その経験が、何かしらの形で彼女の熱情をかきたてたようであった。


(まあ、レム=ドムは前々からシン・ルウ=シンに注目してるみたいだったもんな。それがさらに、ブーストされちゃったわけか)


 俺がそんな風に思案していると、我が最愛なる家長殿が厳格なる声をあげた。


「しかしそれを言うならば、城下町の面々もこの2年ほどで腕を上げているのであろう。私は3回連続で闘技会というものを見届けているが、お前が名をあげた3名はいずれも大きく成長しているように思うぞ」


「へえ。わたしは2年前の闘技会を目にしていないけれど、その頃のメルフリードたちはへっぽこだったのかしら?」


「いや、メルフリードなどは、私が出会った頃のジザ=ルウと互角の力量であるように思ったが……」


「へえ。あのジザ=ルウと互角だなんて、とんでもない力量じゃない」


「いや、ジザ=ルウはそれ以上に力をつけているので、なおさら比較は難しいのだが……」


 と、アイ=ファまでもがレム=ドムの熱情に押し切られてしまう。

 すると、シン・ルウ=シンが観念したように溜息をついた。


「わかった。白状しよう。あの日の俺は、ふたつの強い思いを抱えていた。それが俺に、本来以上の力を与えてくれたのだろうと思う」


「ふたつの思い? それはどのような話であるのかしら?」


「ひとつは、レイリスとの因縁だ。レイリスの父親は俺との勝負に尻込みをして、悪辣な手段で勝利を得ようとした。それでレイリスは、森辺の狩人が本当にそれだけの力を持っているのか我が身で確認したいと言い出して、闘技会への出場を願ってきたのだ」


「ええ。その話は、もちろんわたしも聞いているわよ。あの頃は、貴族なんて馬鹿ばかりねと呆れたものだわ」


「それはお前が、レイリスの無念を目にしていなかったためであろう。あのときのレイリスは、無念のあまりに悶死しそうなほどであったのだ。それで俺が不甲斐ない姿を見せれば、レイリスの無念は行き場を失ってしまおうから……俺は、何としてでも確かな結果を残さなければならなかったのだ」


 凛々しい面持ちでそんな風に言ってから、シン・ルウ=シンはわずかに頬を赤らめた。


「そして、もうひとつの思いというのは……俺はサンジュラという者に後れを取ってアスタをさらわれてしまったことから、強き力を求めた。だから、町の人間を相手にする闘技会で結果を出せば、もはやサンジュラに後れを取ることはないと証し立てられるように思って……ひそかに奮起することになったのだ」


 それは俺としても、初耳の話である。

 シン・ルウ=シンは赤くなった頬を撫でながら、沈着に努めた声で言いつのった。


「お前を含む他の狩人たちは、それほどの思いを抱えて闘技会に出たわけではあるまい? せいぜいが、力試しという思いであったはずだ。まあ、モラ=ナハムという男衆は秘める思いがあったようだが……ともあれ、俺が本来以来の力を出せたのは、そういった事情からとなる。納得してもらえただろうか?」


「ええ。これ以上もなく納得できたわ。つまりあなたは、誰よりも強き心を持っているということね」


 と、レム=ドムは変わらぬ熱意で黒い瞳を輝かせた。


「やっぱりあなたは、大した人間よ。どうかわたしに、あなたを見習う機会を与えてもらいたく思うわ」


「うむ? 俺を見習うとは?」


「ザザの血族の若い家人が交代でディンやリッドの家に滞在しているという話は、耳に入っているかしら? ようやくわたしにも、その順番が巡ってくるのだけれど……わたしは、シンの家のお世話になりたいのよ」


「なに?」と声をあげたのは、これまで黙って話をうかがっていたダルム=ルウであった。


「それは、如何なる話であるのだ? シンの家は新たな狩り場で仕事を始めるところであるのだから、余所の人間の面倒を見ているいとまなどないぞ」


「わたしは勝手に見習わせていただくから、面倒を見てもらう必要はないわよ。シン・ルウ=シンとは1年ぐらい前にも同じ狩り場で働いていたから、おたがいの呼吸はわきまえているしね」


 1年ぐらい前――それは、前々回の復活祭の時期であろう。当時は拳を負傷したディック=ドムともども、レム=ドムはルウやルティムのお世話になっていたのだ。それはたしか、北の集落にレム=ドムのような敏捷さを活かした狩人がいないため、ルウやルティムの狩人を手本にしたいという申し出であったはずであった。


「あとたしか、シンの家は新たな猟犬を買いつけるという話じゃなかったかしら?」


「うむ。それが、何だというのだ?」


「わたしは北の集落で、猟犬の扱いがもっとも巧みであると言われているのよ。鼻がききにくくなる雨季の間は、猟犬の扱いもいっそう難しくなるものだしね。それならわたしも、少しはあなたがたのお役に立てるのじゃないかしら?」


「いや、しかし……家長のディック=ドムは、そんな話を承知しているのであろうか?」


「ええ。今頃は、ドンダ=ルウに話を通しているところじゃないかしら?」


 シン・ルウ=シンは、深々と溜息をつくことになった。レム=ドムはしっかり外堀を埋めた上で、こんな話を申し出ていたのだ。


「しかし、シンの集落には3つの家しかない。これで客人を滞在させるというのは、あまりに手狭であるし……」


「なんだったら、わたしはトトス小屋でけっこうよ。以前はスドラの朽ち果てかけた家で寝起きしていたぐらいだしね」


「いや、ドムの家長の妹たる人間をそのような場所に押し込めることは許されなかろう」


 これだけ立派に成長したシン・ルウ=シンが、すっかり押されてしまっている。

 それで俺も何か手助けできないものかと、ひとり思案していると――野ウサギのような足取りで、ララ=ルウがこちらに近づいてきた。


「シン・ルウ=シン! 今そこで、ドンダ父さんたちの話を立ち聞きしちゃったんだけど! 休息の期間が明けたら、レム=ドムを預かるの?」


 シン・ルウ=シンは、ここ最近ではまったく見せたことがないぐらい慌てふためいた。


「い、いや、それはまだ詮議の最中で、決定した話ではないのだが……」


「何を迷う必要があるのさ! レム=ドムがそんなに猟犬の扱いに手馴れてるなら、大助かりじゃん!」


 ララ=ルウは晴れやかな笑顔で、そのように言い放った。


「もともとルウは狩人の人数が多かったから、猟犬の数も足りてなかったもんね! 猟犬をしっかり使いこなせるように、レム=ドムに手ほどきしてもらいなよ!」


「いや、しかし……シンの集落は、手狭であるし……」


「手狭って? 本家なんかはゆとりをもって仕上げたんだから、空いてる部屋のひとつぐらいあるでしょ?」


「ほ、本家でレム=ドムを預かれというのか? たとえ狩人であっても、レム=ドムは未婚の女衆なのだが……」


 シン・ルウ=シンの返答に、ララ=ルウは「あはは」と陽気に笑った。


「シン・ルウ=シンは、そんなこと気にしてたのー? レム=ドムは狩人として生きるって決めたんだから、男衆に色目を使うことはないでしょ!」


「そ、そうか。ララ=ルウは、レム=ドムのことを信用しているのだな」


「うん! レム=ドムは、アイ=ファぐらいの強い気持ちで狩人を志したんだろうしね!」


 そんな風に言ってから、ララ=ルウはレム=ドムに向きなおった。

 海のように青いその瞳には、明るい輝きが灯されている。ただそこに、狩人と見まごう気迫がみなぎったように感じられた。


「まあ、それがあたしの見込み違いだったんなら……見損なうだけじゃすまないかな」


「な、何よ。わたしがシン・ルウ=シンに色目を使うわけがないでしょう?」


 あのレム=ドムが、気迫で負けたかのように身を引いてしまう。そのさまを見届けてから、ララ=ルウはにっこり微笑んだ。


「じゃ、心配はいらないね! ドンダ父さんからも了承をもらったら、シンの家で頑張ってよ!」


「わ、わかってるわよ。あなたに言われるまでもないわ」


 レム=ドムは気を落ち着けたいかのように、土瓶の果実酒をあおった。

 そして、ディガ=ドムとドッドがにやにや笑っていることに気づくと、座ったまま足をのばしてその尻を蹴りつける。


「何よ! 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい!」


「いてえなあ。シン・ルウ=シンを見習って、お前も少しは落ち着けよ」


「まったくだ。心の強さも、狩人じゃない女衆に負けちまってるみたいだしな」


「へえ……こんなめでたい席で、わたしに喧嘩を売ろうというつもりであるのね」


「馬鹿、やめろって。料理がこぼれるだろ」


 ディガ=ドムとドッドは料理の木皿を抱えたまま、中腰で逃げ惑う。それをレム=ドムが追い回すさまは、猟犬のじゃれあいさながらであった。

 そんな彼らを、ミダ・ルウ=シンは穏やかな眼差しで見守っている。普段は目にすることのできないドム家の団欒にご満悦であるのだろうか。


 そしてララ=ルウは、いつしかシン・ルウ=シンの隣に腰を下ろしていた。気をきかせたシーラ=ルウが、席を空けてくれたのだ。

 ララ=ルウはにこにこ笑っており、シン・ルウ=シンもいくぶん眉を下げつつ幸せそうに微笑んでいる。シン家の人々は、ついに今夜からこの集落で暮らすことになるのだが――そんな事実も、ふたりの間に暗い影を落としている様子はなかった。

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