序 ~ささやかな晩餐会~
2023.11/24 更新分 2/2
茶の月の25日――俺を含む森辺の一行は、また城下町に招かれることになった。
トゥール=ディンたちが数々の菓子を披露した『麗風の会』からは5日後、シン・ルウ=シンたちに新たな氏が授けられたルウの血族の収穫祭からは2日後という日取りになる。それで4日後にはまた城下町でちょっとしたイベントが開かれる予定であるが、その前に晩餐会の厨を預かってほしいという依頼を受けて、こうして参上したわけであった。
依頼主は、現在ジェノスに滞在している貴き客人がたの筆頭、ジャガルの第六王子ダカルマス殿下である。
ただし今回は、ごく小規模の晩餐会であった。
貴族の側の参席者は、ダカルマス殿下とデルシェア姫、使節団の団長たるロブロスと戦士長のフォルタ、そしてポルアースとフェルメスの6名のみで、森辺の側も俺とアイ=ファ、ユン=スドラとチム=スドラ、マルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアという少数精鋭となる。宿場町における屋台の商売を終えた後、4名のかまど番で12名分の料理を作り、護衛役の2名とともにこちらのテーブルに着いたという格好であった。
これはどこか、ダカルマス殿下が前回帰国する際に開かれた晩餐会を思い出させる様相である。あのときも、ジェノスは飛蝗の騒ぎに見舞われた直後であったため、大々的な祝宴が開かれることにはならなかったのだ。
「大人数には大人数の、少人数には少人数の楽しみがありますからな! このたびはアスタ殿を筆頭とする森辺の方々とじっくり腰を据えて語らいたかったため、こういった内々の晩餐会を開かせていただいたのです!」
ダカルマス殿下は、そのように仰っていた。
まあ、言葉の内容はしごく真っ当であるだろうし、こちらの負担が少ないというのも事実である。試食の祝宴から『麗風の会』ときて、今度はどれだけ大がかりなイベントが企画されるものかと覚悟を固めていた俺は、むしろ拍子抜けしたぐらいの心地であった。
「それにやっぱりゲルドやダーム公爵家の方々などがご一緒ですと、ロブロス殿やフォルタ殿もなかなか心が安らがないご様子ですので、このたびは席を分けさせていただいたのです!」
ダカルマス殿下が仰る通り、別なる場所では別なる晩餐会が開かれていた。ゲルドの貴人に対してはレイナ=ルウを筆頭とするルウの精鋭が、バナーム侯爵家に対してはトゥール=ディンを筆頭とするザザの精鋭が、それぞれ厨を預かった上でお相手をしているのだ。それらはあくまで別々の晩餐会であるため、レイナ=ルウもトゥール=ディンも独自の献立で貴き方々をもてなしているわけであった。
ちなみにゲルドのほうにはサトゥラス伯爵家のリーハイムと外務官の男性と外交官補佐のオーグと占星師のアリシュナ、バナーム侯爵家のほうにはメルフリードの一家とリフレイアがそれぞれ相伴に預かっている。いずれの客人にも失礼がないようにジェノス側の貴族を配しつつ、森辺の側との関係性などもきちんと配慮されているようであった。
なお、ティカトラスの一行はいずれの晩餐会にも加わらず、今頃はサウティの集落で過ごしている。城下町における商談のほうもようやくひと区切りがついて、彼も行動の自由を得たのだ。これからは、しばらく森辺の集落を転々とする予定であるとのことであった。
「……しかし、このような少人数で俺が駆り出されるというのは、なんとも奇妙な心地だ」
チム=スドラがそのようにつぶやくと、ポルアースがすぐさま愛想のいい笑顔を届けた。
「確かにこういう場では、族長筋の殿方が招かれることが多かったものね。でも僕たちとしても、さまざまな氏族の方々と懇意にしていただけるのはありがたい限りだよ。とりわけチム=スドラ殿とは、なかなか腰を据えて語らう機会もなかったしさ」
チム=スドラはかつてマルスタインを襲撃した無法者を捕獲した功績によって、城下町の祝宴に招かれる機会が生じた。それをきっかけにしていくつかの祝宴に招待されていたが、確かにこういう小規模な晩餐会に参席するのは珍しい話であっただろう。俺としても、チム=スドラがジャガルの準礼装の姿でテーブルについている姿は、新鮮でならなかった。
「それに、そちらのお召し物はわたしが最初に準備した内の一着ですからね! その頃から、チム=スドラ様は招待客の候補のおひとりだったということですわ!」
デルシェア姫も満面の笑みで、そのように言いつのった。これは彼女が昨年の早い段階から準備していた衣装であったのだ。
男性用の準礼装は胸もとにまで広がる立派な襟が特徴的で、女性用は大きく開いた胸もとが半透明の織物で覆われているのが他に類を見ない様式だ。おそらくは、こうしてテーブルにつく前提で、胸から上に装飾が集中しているのである。
ただ、半透明の織物は白い肌を適度にぼやかすのに有効な作りをしており、褐色の肌だと逆に素肌の質感を際立たせて、たいそう艶めかしい印象になってしまう。アイ=ファやユン=スドラのようにグラマーだとその効果も倍増であるため、俺としては目のやり場に困るところであった。
ともあれ――晩餐会は賑やかならがも平穏に進行されている。
なおかつ本日はダカルマス殿下の要請に従った献立であったので、王家の父娘は普段以上にご満悦の様子であった。
「わたしは試食の祝宴以来、ずっとこちらの料理の真価というものが気にかかっていたのです! 実に、実に素晴らしい味わいでありますな!」
そんな風に語りながら、ダカルマス殿下はせわしなく料理を口に運んでいた。
本日の主菜は、天ぷらの盛り合わせである。試食の祝宴では食べやすさを優先して、各種の天ぷらを塩で味わっていただいたのだが、ダカルマス殿下は心から満足することができなかったようであるのだ。
本日はタウ油を基調にした天つゆに、薬味もどっさり準備している。長ネギのごときユラル・パを刻んだものに、ショウガのごときケルの根、ワサビのごときボナ、七味チット、柑橘系の風味がするチャッチの皮を干したもの、ダイコンのごときシィマのすりおろし――それらを別々に楽しむために、小皿も余分に準備していただいた。
天ぷらの品目は、クルマエビのごとき甲冑マロール、オクラのごときノ・カザック、アスパラガスのごときドミュグド、ウドのごときニレ、ミョウガのごときノノと、試食の祝宴で供したものはすべて取り揃えている。そこに、前回は着手しなかったマツタケのごときアラルの茸、メライアの食材であるレンコンのごときネルッサ、南の王都の食材であるサツモイモのごときノ・ギーゴ、あとは森辺の民への配慮としてブタ天ならぬギバ天もどっさり準備していた。
そしてさらに、主食はちらし寿司となる。こちらも祝宴では食べやすいように巻き寿司を準備していたので、晩餐会に相応しい形にあらためたつもりであった。
具材はイクラのごときフォランタの魚卵、アマエビのごときマロール、レンコンのごときネルッサの甘酢漬け、塩もみしたキュウリのごときペレ、シイタケモドキの煮物、そして錦糸卵となる。シャスカを甘酸っぱく仕上げる料理というのは、多くの人々にとって食べ慣れる必要があるという話であったので、思うさま食べ慣れていただこうと思案した次第であった。
あとは汁物料理として、牡蠣のごときドエマのミソ汁を準備した。献立はその3品のみであったが、天ぷらの盛り合わせがけっこうなボリュームであるため、健啖家の人々にもご満足いただけることだろう。料理が余れば従者の食事になるというのが城下町の習わしであったので、この12名でも食べきれないぐらいの量を準備したつもりであった。
「やっぱりこのシャスカを甘酸っぱく仕上げた料理というのは、目新しさの極致でありますな! しかし! 美味であることに間違いはありませんぞ!」
「こちらの汁物料理はドエマしか使われていないのに、素晴らしい味わいですね! ドエマの出汁の素晴らしさが際立っていますし、揚げ物料理にもシャスカ料理にもきわめて調和しているように思いますわ!」
そのように騒ぐのは、やはり王家の方々の役割である。
しかしロブロスやフォルタなどもしきりに驚嘆の表情を覗かせつつ、主君の方々に負けない勢いで料理を食している。また、本日はギバ天ぐらいしか獣肉を使った献立が存在しないため、フェルメスもおおよそは同じ喜びを分かち合うことができていた。
「そういえば、フェルメスはアルヴァッハに同席を願われたりはしなかったのですか?」
レイ=マトゥアが無邪気に問いかけると、フェルメスは優美なる微笑とともに「ええ」と応じた。
「当初はわたしがあちらにご一緒する予定であったのですが……あちらでわたしが口にできるのは食後の菓子のみであったため、アルヴァッハ殿も不憫に思ってくださったようです。ただその代わりに、アリシュナとシュミラル=リリンに同席していただいたのですよ」
「へえ! アリシュナとシュミラル=リリンであれば、フェルメスの代わりが務まるのでしょうか?」
「アリシュナは西の地で生を受けた身でありますし、シュミラル=リリンもまた幼少の頃より行商に参加していました。少なくとも、語彙に不足はないかと思われます」
「そうなのですね! アリシュナもシュミラル=リリンも言葉のたどたどしさはゲルドの方々とあまり差がないようなので、そのような違いがあるとは考えていませんでした!」
「東と西では発音と文法に大きな違いがあるため、どうしても口調はたどたどしくなってしまうようです。それでもきっと、おふたりがそろえば通訳に困ることはないでしょう」
そのように語るフェルメスは優美な表情を保持しつつ、目もとに満足げな感情をにじませていた。本日はティカトラスが同席していないため、ご満悦であるのだろう。もうティカトラスもけっこうな期間をジェノスで過ごしているはずだが、なかなか両者の溝は埋まらないようであった。
ちなみに本年に入ってからでも、ティカトラスが来訪してからすでにひと月以上が経過している。ゲルドとバナームの面々はそれから10日後、南の王都の使節団は半月後に参じたという格好だ。よって、王家の方々と再会してからまだ半月ていどであるわけだが、その期間で城下町に招集されたのはこれで4度目のことであった。
(まあ、過去3回はアルヴァッハたちも同席してるし、今日だってそっちはレイナ=ルウたちがもてなしてるし……それ以外でも、ゲルドの面々はルウとファの晩餐に1回ずつお招きしてるからな。会ってる頻度は、アルヴァッハたちのほうが多いぐらいなのか)
ただそれは、アルヴァッハたちのほうが身軽であるということなのだろう。森辺の晩餐にお招きするとなるとどうしたってジェノスの見届け人と護衛役が付随してしまうものの、それとてジェノスの側の都合であるのだ。ジェノスの側が黙っていれば、アルヴァッハたちは単身で森辺を訪れることも可能であるのだった。
しかし南の王家ともなると、そうはいかない。デルシェア姫が勉強会に参加するだけでも、30名からの護衛役が必要になってしまうのだ。なおかつ、森辺の平常の晩餐に参席するというのは王家の格式が許さないようで、参席できるのは大がかりな祝宴のみであるのだった。
「……そういえば、今年の雨季まであと半月といったところだろうね。我々が招待される森辺の祝宴については、どのような話になっているのかな?」
ポルアースがそのように発言したのは、きっとダカルマス殿下たちの内心を代弁してのことだろう。しかしその場に、明確な言葉を返せる者はいなかった。
「えーとですね、この場には族長筋の方々もいらっしゃらないので、あまりはっきりとしたお返事はできないのですが……以前に族長たちがお伝えした通り、とある氏族の収穫祭にお招きするという話に落ち着きそうです」
「ふむふむ。それは僕たちと交流を持つ機会があまり多くなかった氏族であるという話であったよね?」
「はい。ガズとラッツとベイムを親筋とする、6つの氏族の合同収穫祭ですね。こちらのレイ=マトゥアは、ガズの眷族のひとりでありますよ」
俺がそのように紹介すると、レイ=マトゥアはいっそう昂揚した様子で瞳をきらめかせた。去年は雨季の時期にぶつかって中止を余儀なくされた合同収穫祭が、1年近くを経てついに実現の運びとなったのだ。そこに城下町の客人を招いてみてはどうかと言い出したのは、主催者のひとりであるラッツの家長に他ならなかった。
「俺の血族の中でこれまで貴族と顔を突き合わせたのは、ほんの数人であるからな! 収穫祭に招いてやれば、血族の全員が貴族を目にすることができるではないか! こんなに手っ取り早い話は、なかなか他にあるまいよ!」
どこかラウ=レイに似たところのあるラッツの若き家長は、陽気に笑いながらそのように語っていたものであった。そうして彼よりも遥かに慎重な気性であるガズやベイムの家長たちも、熟考の末に賛同したという顛末であった。
「確かにこのような機会でも作らない限り、血族の多くは貴族と顔をあわせる機会もなかろうな。……まあ、あのティカトラスという酔狂者は除いての話だが」
「うむ。俺自身、城下町の祝宴はすべて長兄に出向かせているからな。初めての合同収穫祭は、なるべく厳粛に執り行いたいと思う気持ちもなくはないが……ファや族長筋の面々にも助力を願えるのであれば、悪い話ではないかもしれん」
そんな感じに、話はまとまったわけである。
どうして俺がそんなに詳しく事情に通じているかというと、そちらの家長の面々が俺とアイ=ファにも意見を聞きたいと言い出して、ファの家が会議の場と化したためであった。
そんな思い出を反芻しながら、俺はポルアースに向けて言葉を重ねる。
「ただ、これも事前にお話があったかと思いますが、収穫祭というのはあるていど日が迫らないと期日が決定できないのです。遅くても、3日前には目処がつけられるかと思いますが……それで問題はありませんか?」
「うん。いずれの方々も、森辺の収穫祭には強い興味をお持ちであられるからね」
ポルアースがそのように答えると、ダカルマス殿下が「もちろんです!」と元気に割り込んできた。
「森辺の方々の武勇というものは、かねてより話題にあがっておりましたからな! フォルタ殿などはこのたびのお話を聞き及んで以来、ずっと血が騒いでしまっておられるようですぞ!」
「あ、いえ……」と、北の民のように魁偉な姿をしたフォルタは恐縮してしまう。ただその瞳には、ダカルマス殿下が言う通りの熱情がちらりと覗いたように感じられた。
「わたしとしても、楽しみなばかりです! それでそちらの収穫祭というものは、この10日以内に開催されるご予定なのですな?」
「はい。それは間違いないかと思います。それより遅れるようですと、雨季の前触れで天気が崩れがちですしね」
「いや、実に楽しみです! 開催の日を心待ちにしておりますぞ!」
そんな風に言ってから、ダカルマス殿下はぐぐっと身を乗り出してきた。
「では! わたしからも城下町における催しについてお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうかな?」
「あ、はい。城下町と宿場町の方々を集って、試食会を開催するのですよね」
そちらのイベントは、すでに4日後に迫っている。森辺のかまど番は試食をする側であるので苦労も少ないが、宿場町の宿屋の面々はその準備で大わらわであるのだ。
しかし、ダカルマス殿下は「いえいえ!」と肉厚の手を振った。
「それはあくまで、来たるべき催しの前準備に過ぎないのです! その後に控える本番の催しの日取りについて、アスタ殿にご相談させていただきたいのです!」
「ほ、本番の催し? どのような催しを企画しておられるのですか?」
「それはもちろん、ジェノスで有数の料理人を一堂に会する、大試食会でありますな! そちらでは、森辺の方々にも存分に腕をふるっていただきたく思いますぞ!」
やはり、今日のような小規模なイベントの後には大規模なイベントが待ち受けていたようだ。
しかしまあ、俺としては想定の範囲内である。間に小規模のイベントをはさんでもらえただけ、想定よりは苦労も軽減しているはずであった。
「わたしとしては昨年の試食会の結果を踏まえて、森辺と城下町と宿場町から3組ずつの料理人をお招きしたく思っております! 4日後に開かれる試食会は、いわば予選大会であるわけですな!」
ダカルマス殿下は意気揚々と語り始めた。
「わたしの独断で恐縮でありますが、森辺からはアスタ殿とレイナ=ルウ殿とトゥール=ディン殿をお招きしたく思っております! そして、4日後の試食会にて、城下町と宿場町からお招きする御方を2組ずつ選出する予定となっております!」
「ああ……だから《南の大樹亭》のナウディスは、作る側ではなく試食する側だったのですか」
「はい! 昨年の試食会にて第2位の座であったヴァルカス殿と第3位の座であったナウディス殿は、予選免除の当確でありますな! それ以外にもう2組ずつ、宿場町と城下町から選出したいと願っております!」
すると、レイ=マトゥアが遠慮がちに発言した。
「昨年も、そうして3組ずつのかまど番で腕を競っていましたよね。でも今回は、料理と菓子で場を分けないということでしょうか?」
「はい! それではどうしても、昨年と同じような顔ぶれになってしまうでしょうからな! それにこのたびは試食会でありながら祝宴の様式を重んじたく思いますので、料理と菓子をともに供していただきたいのです!」
ダカルマス殿下は多大なる熱情をみなぎらせながら、そのように言い放った。
「よってこのたびの大試食会では、勝ち星の集計もいたしません! 昨年の試食会から1年足らずで腕を競うというのは、あまりに時期尚早でありましょうからな! さまざまな料理人の腕を楽しむということで大試食会と銘打ちましたが、このたびの本懐はあくまでその喜びを大勢の方々と分かち合うことに相成ります! アスタ殿にも、ご了承をいただけますでしょうかな?」
「あ、はい。もとより自分は、腕を競うというのがあまり性に合いませんので……そのように取り計らっていただいたほうが、ありがたく思います」
それに、9組の陣営で宴料理を準備するという話であれば、ひと組あたりの負担もずいぶん少ないことだろう。人手にゆとりのある森辺の陣営はまだしも、宿場町や城下町の陣営にとってもそれはありがたい申し出であるはずであった。
(そういう部分は、きちんとダカルマス殿下も考慮してくれてるんだろうな)
昨年の段階で、宿場町や城下町の面々はけっこうな苦労を強いられていたのだ。そういった状況を踏まえた上で、ダカルマス殿下は誰にとっても負担の少ない形式を考案してくれたのではないかと思われた。
「……料理のみで3組だったら、きっとマイムかマルフィラ=ナハムが選ばれていたでしょうから……残念でしたね?」
レイ=マトゥアがこっそり囁きかけると、マルフィラ=ナハムは「と、と、とんでもありません」とぶんぶん首を横に振った。
そして俺のかたわらからは、アイ=ファが凛然と声をあげる。
「それでやはり、そちらの催しにはアルヴァッハやティカトラスやアラウトたちも招かれるのであろうか?」
「はい! そのつもりです! もちろんあちらがご辞退するようであれば、無理にお招きすることはできませんが……現時点で、どなたも快く参席の意思を表明してくださいましたぞ!」
「……それはずいぶん、手回しのいいことだ」
アイ=ファが溜息をこぼすと、ダカルマス殿下がいっそう身を乗り出した。
「もちろん、森辺の方々に参加していただけるかどうかは、これからのこととなります! 明日には族長の方々に使者を出すつもりでありますが! アスタ殿ご本人は、どのようにお考えでありましょうか?」
「はい。家長と族長のお許しをいただければ、参加させていただきたく思います」
俺がそのように答えると、テーブルの陰でアイ=ファが足を蹴ってきた。
もとより王家の方々のご要望には可能な限り応えてほしいと、マルスタインの名でもって通達されている。よほど過酷な内容でない限り、こちらに断るという選択肢はないのだ。よって、アイ=ファが俺の足を蹴ってきたのは――八つ当たりというか、猫が可愛くじゃれつくようなものであった。
(ダカルマス殿下もきちんとこっちの負担を考慮してくれてるんだから、なおさら断りようはないよな)
なおかつ、これは俺にとっても嬉しいイベントである。ヴァルカスと同じ祝宴の厨を預かって、あちらの宴料理も食せるというのは、きわめて貴重な機会であるのだ。これで文句を言ったら、バチが当たるというものであった。
というわけで、目下のスケジュールもようやく段取りが整ったようである。
宿場町と城下町の面々が腕を競う試食会の予選大会に、森辺の合同収穫祭、そして9組の陣営が宴料理を準備する大試食会だ。雨季を目前にしたこの時期も、ジェノスは大いなる熱気に包まれそうなところであった。