茜さす少女(二)
2023.10/10 更新分 1/1
それから時間が流れ過ぎ――ララ=ルウは10歳、シン=ルウは13歳になる年を迎えた。
ララ=ルウは女衆の装束を、シン=ルウは見習い狩人の座を、それぞれ授かる齢である。ふたりにとって、それはまぎれもなく区切りの年であった。
それで、最初に生誕の日を迎えることになったのは、シン=ルウのほうであったが――シン=ルウが見習い狩人として狩人の衣と刀を授かった朝、ララ=ルウは自分でもびっくりするぐらい心を乱すことになってしまった。
もちろんシン=ルウは、この日に備えてたゆみなく修練を積んでいた。しかしその内面は、穏やかで優しいシン=ルウのままであったのだ。そんなシン=ルウが、過酷なギバ狩りの仕事をやりとげられるのかどうか――若くして魂を返すことになったりはしないか――ララ=ルウは、どうしてもそんな不安をぬぐいさることができなかったのだった。
そんなララ=ルウを優しく諭してくれたのは、この近年で兄のジザ=ルウに嫁入りしたサティ・レイ=ルウである。
彼女はすでに魂を返している両親の話を引き合いに出して、ララ=ルウを力づけてくれたのだった。
「死というのは、誰にでも訪れるものだわ。そうだからこそ、最後まで力を惜しまずに、懸命に生きるべきだと思うのよ。死ではなく、生に目を向けるの。そうすれば、きっとわたしの親たちのように、充足した気持ちで魂を返すことができるのじゃないかしら」
いまだ9歳であったララ=ルウに、その言葉を正しく理解することは難しかった。
しかし、両親の死を乗り越えたサティ・レイ=ルウの強さと優しさが、ララ=ルウの心を温かくくるんでくれたのだ。それでララ=ルウは、森から戻ったシン=ルウを笑顔で迎えることがかなったのだった。
それからしばらくしてララ=ルウは10歳となり、女衆の装束を授かった。
シン=ルウに一歩だけでも近づけたような心地で、ララ=ルウはとても嬉しかった。
「ララはずいぶん背がのびたし、顔立ちも大人びてきたねぇ。いつか嫁入りする日が、楽しみでならないよ」
母たるミーア・レイ=ルウは、笑顔でそのように告げてくれた。
「嫁入り」という言葉に、ララ=ルウはつい顔を赤くしてしまう。それはまだ5年ばかりも先の話であったが、ついにララ=ルウもそのような言葉をかけられる齢に達したのだった。
この5年ほどで、ララ=ルウを取り巻く状況はずいぶん変わったように感じられる。
長兄のジザ=ルウは婚儀を挙げたし、次兄のダルム=ルウも立派な狩人に成長したし、長姉のヴィナ=ルウはあちこちから嫁取りを願われているし、次姉のレイナ=ルウも来年には婚儀を挙げられる齢であるし――幼いままであるのは、末弟のルド=ルウと末妹のリミ=ルウのみであるように感じられてならなかった。
しかしそれは齢の離れた兄姉たちに比べてのことであり、もちろんルド=ルウやリミ=ルウも立派に成長している。ルド=ルウはシン=ルウよりもひとつ年少であり、身体もまだまだ小さかったが、取っ組み合いでも木登りでもシン=ルウを打ち負かしていたのだ。それでララ=ルウは、いっそうシン=ルウの身が心配になってしまったのだった。
いっぽうリミ=ルウは、ようやく5歳になったところであったが――しょちゅうひとりで集落を飛び出しては、親たちに叱られていた。もともとは最長老に連れられて集落の外まで散歩に出向いていたのだが、今ではリミ=ルウが最長老の面倒を見ているような様相であり、ついにはひとりでも集落を飛び出すようになってしまったのだ。それでどうやら余所の氏族の女衆と遊んでいるようであったので、まったく呆れた話であった。
それにララ=ルウは齢を重ねたことで、これまで見過ごしてきた数々の事実を知ることになった。
ララ=ルウたちが暮らす森辺の集落というのは、決して平穏な世界ではなかったのだ。族長筋のスン家というのはララ=ルウが生まれる前から魂を腐らせており、ルウ家はそれを打倒することを悲願にしていたのだった。
そのために、ルウの血族は強き力を求めている。少し前にリリンという氏族を眷族に迎え入れたのも、より強き力を求めてのことだ。ララ=ルウなどは無邪気にその祝宴を楽しんでいたのみであるが、大人たちの胸にはそんな情念が燃やされていたのだった。
(狩人の力比べだって、あたしはただ面白く見物してただけだけど……男衆は、みんな必死だったんだ)
さまざまな知識を得るたびに、見える光景が変わってくる。それが、大人になるということなのだろうか。
そんな風に考えると、ララ=ルウは少し怖くなってしまったが――しかし決して、怯みはしなかった。シン=ルウが見習い狩人として初めて森に出た日、ララ=ルウも強い気持ちで生きていくと誓ったのだ。シン=ルウと一緒に大人になって、一緒に正しい道を進んでいくのだと考えれば、何も恐れる必要はないはずであった。
◇
そしてまた、収穫祭がやってきた。
シン=ルウが13歳となり、ララ=ルウが10歳となってから、初めて迎える収穫祭である。これが初めての収穫祭となるリミ=ルウは、5年前のララ=ルウのように朝からはしゃいでいた。
「しゅーかくさい、たのしみだねー! リミ、ずっとこのひをたのしみにしてたの!」
きっと5年前には、ララ=ルウもこんな無邪気な笑顔をさらしていたのだろう。ララ=ルウはとても優しい気持ちで、やんちゃな妹の頭を撫でることができた。
「だったら今日は、勝手に集落を飛び出すんじゃないよ? 今日は祝宴の準備で大忙しなんだからね」
「うん! リミもいーっぱいはたらくよー!」
もとよりリミ=ルウも、家の仕事をないがしろにするような人間ではなかった。ただ、ちょうどルウの集落には同じ年頃の娘がいなかったためか、集落の外で出会った娘と遊ぶことが楽しみでならないようであるのだ。しかしやっぱり、血族ならぬ相手とばかり親交を深めるというのは、あまり当たり前の話ではなかった。
「ねえ、リミ。どうせ遊びにいくんだったら、ルティムやレイの集落にでも行けばいいじゃん。それだったら、ミーア・レイ母さんたちもそこまで心配しないと思うよ?」
かまど小屋の食料庫にて、宴料理で使う野菜を草籠の中に放り込みながら、ララ=ルウはそのように告げてみた。
しかしリミ=ルウは「だめー!」と赤茶けた頭を横に振る。
「リミは、アイ=ファにあいたいの! リミは、アイ=ファがだいすきだから!」
「リミが遊んでる娘は、アイ=ファっていうの? いったいどんな娘なのさ?」
「アイ=ファはねー! すっごくやさしくて、すっごくかっこいいの!」
「かっこいい? どうせあんたとおんなじぐらいの、ちびっこなんでしょ?」
ララ=ルウの言葉に、リミ=ルウは「んー?」と小さな頭を傾げた。
「アイ=ファ、なんさいだったっけ……でも、ララよりおっきーよ」
「え? あんた、そんな年の離れた相手と遊んでるの?」
「うん! おもいだした! アイ=ファは、レイナねえとおんなじだよー!」
その返答に、ララ=ルウは呆れ返ることになった。次姉のレイナ=ルウは、すでに14歳なのである。
「ずいぶん酔狂な女衆だね……そいつ、ほんとに大丈夫なの? ルドだって、ファなんて家は聞いたこともないって言ってたよ?」
「だいじょーぶだよ! アイ=ファは、すっごくやさしーから!」
「……そんな年頃の娘でいいなら、ルウの集落にだって山ほどいるじゃん。わざわざ遠出をする意味もないんじゃない?」
「でも、アイ=ファはアイ=ファだから!」
リミ=ルウは、実に幸せそうな顔で笑っている。それでララ=ルウも、それ以上は文句をつける気になれなくなってしまった。
(まあ、もともとはジバ婆がその娘と仲良くなったって話なんだから……そんなおかしな人間ではないのかな)
そんな風に自分をなだめてから、ララ=ルウは妹の無邪気な笑顔を覗き込んだ
「やっぱりドンダ父さんとかには、そいつのことをあんまり話さないほうがいいのかもね。だからあんたも、勝手に集落を飛び出したりするんじゃないよ?」
「うん! ララ、ありがとー!」
ララ=ルウは苦笑して、妹の頭をぽんと叩いた。
5年前には、姉やシーラ=ルウたちもこんな心地でララ=ルウをあやしていたのだろうか。ララ=ルウこそ、当時はルウの集落でもっとも騒がしい子供だという評判であったのだった。
(ま、大人から見たら、あたしだってまだまだ子供なんだろうけどさ)
そうしてその後は、他の家族とも一緒に祝宴の準備を進め――太陽が中天に至ったならば、ついに狩人の力比べであった。
見習い狩人のシン=ルウも、ついにこの日から力比べに加わるのだ。ララ=ルウはひそかに胸を高鳴らせながら、その姿を見守ることになった。
「それではまず、見習い狩人の勝負から始める! ここで勝ち抜いた5名だけが、真なる力比べに加わることを許す!」
ララ=ルウの父たるドンダ=ルウが、そのように宣言した。
広場には、すでに眷族の家人も集まっている。すべての眷族が集められる収穫祭は年に1度のことであり、本日は幼子や老人などを除く7割ていどの人間が集められていた。
(ここで勝ち残れなかった眷族の見習い狩人は、家に帰されちゃうんだっけ。シン=ルウはルウの人間だから、負けても祝宴に参加できるけど……でも、やっぱり勝ってほしいな)
ララ=ルウがそのように念じる中、見習い狩人の勝負が始められた。
すべての血族の見習い狩人であるので、なかなかの人数だ。おおよそは13歳か14歳の若衆であるため、大人に比べるとみんなほっそりしていて初々しい。そしてその中でも、シン=ルウはひときわ華奢に見えてしまった。
(シン=ルウだってリャダ=ルウの子だから、強いはずだよね)
5年前に勇者になって以来、リャダ=ルウはたびたび8名の勇者に選ばれていた。ひとたび勇者となったからには勝負を挑まれる側となるため、同じ勇者とやりあう機会が失われるのだ。そうすると、リャダ=ルウは難なく3名の相手を打ち負かし、勇者の称号を授かることがかなったのだった。
きっとリャダ=ルウは毎回ドンダ=ルウやダン=ルティムに挑んでいたため、勇者になる機会を得られなかったのだ。現在は、リリンの家長が同じ道を歩んでいる。彼はレイの女衆を嫁に迎えたいと言い出したとき、ルウの血族の家長6名と勝負をして、ドンダ=ルウとダン=ルティムを除く4名を打ち負かした力量なのである。そうしてルウの血族に迎えられてからは、毎回ドンダ=ルウとダン=ルティムに挑み続けては敗北し、8名の勇者に選ばれる機会を逸していたのだった。
(シン=ルウは、相変わらずルドに勝てないみたいだけど……きっと、ルドだって強いんだ。だからきっと、他の見習い狩人に負けたりはしない)
そうしてララ=ルウがひとりでやきもきしていると、ついにシン=ルウの勝負が始められた。
最初の相手は――金褐色の頭をした、レイの長兄である。彼はシン=ルウよりもひとつ年長であり、前回の収穫祭でも見習い狩人の勝負を勝ち抜いていた。
「おお、お前は勇者たるリャダ=ルウの子だったな! ついにお前も、13歳となったのか! 勇者の子がどれだけの腕を持っているか、楽しみなことだ!」
レイの長兄はふてぶてしく笑いながら、そんな風に言っていた。彼はシン=ルウよりも繊細な顔立ちをしており、一見では女衆と見まごうような秀麗さであるのに、ダン=ルティムに負けないぐらい豪放な気性であるようなのだ。
「あー、いきなりラウ=レイかー。シン=ルウのやつ、ついてやがるなー」
と、遠からぬ場所で勝負の見物をしていたルド=ルウが、そんな風に言いたてた。
それはどういう意味なのかと、ララ=ルウが問い質そうとしたとき――「それまで!」という厳しい声が響きわたった。審判役を受け持っていた、ルティムの長老ラー=ルティムの声である。
ララ=ルウがびっくりして振り返ると、シン=ルウが地面に倒れ伏していた。
レイの長兄は金褐色の髪をかきあげながら、「ふふん」と笑っている。
「なかなか素早い身のこなしだったが、それだけでは俺に勝てんぞ! せいぜい修練を積むことだな!」
そんな言葉を残して、レイの長兄は退いていった。
シン=ルウは顔を伏せたまま立ち上がり、それに続いていく。その姿を見届けてから、ララ=ルウはルド=ルウに向きなおった。
「ねえ! シン=ルウがついてるって、どういう意味さ?」
「あん? あのラウ=レイってのは、見習い狩人で一番の力量だからなー。強い相手とやりあえるのは、嬉しいこったろ?」
「…………」
「心配しなくても、他の連中には負けやしねーよ。シン=ルウは、ラウ=レイに次ぐ力量だろうからなー。……ま、来年には俺がその上をいってやるけどよー」
ルド=ルウの言い草は腹立たしかったが、その言葉は事実を言い当てていた。その後はシン=ルウも敗北を喫することなく、最後の5名まで勝ち残ることができたのだ。
「では、こちらの5名を加えて、狩人の力比べを開始する! 修練の成果を、母なる森に示すがいい!」
そうしてついに、真なる力比べが開始された。
8名の勇者のもとには、数多くの狩人が殺到する。リャダ=ルウやリリンの家長ばかりでなく、狩人のおおよそは強者との勝負を求めているのだ。それもまた、ルド=ルウの言葉の通りであった。
(もちろん、弱い相手に挑むってのは男らしくないんだろうけど……でも、勝てる見込みのない相手ばかりに挑むっていうのは、よくわかんないな……)
ララ=ルウがそのように思案する中、次々に勝負が繰り広げられていく。
そんな中、シン=ルウが最初に勝負を挑んだのは――ララ=ルウの兄たる、ジザ=ルウであった。
「な、なんでシン=ルウは、ジザ兄とやりあおうとしてんの?」
ララ=ルウが思わず声をあげると、ルド=ルウが「んー?」と反応した。
「そりゃー見習い狩人ってのは、若い狩人に挑むのが習わしだからなー。ジザ兄はしょっちゅう勇者になってるけど、前回は勇者になれなかったしよー。勇者じゃない若い狩人で一番腕が立つのはジザ兄だろうから、それで挑んだんじゃねーの?」
「ど、どうしてわざわざ、一番強そうな相手に挑まないといけないのさ?」
「だからそれは、さっき説明しただろー?」
ルド=ルウは平気な顔をしていたが、ララ=ルウはやっぱり納得がいかなかった。
ジザ=ルウはいまだ若年の身であったが、リャダ=ルウと勝ったり負けたりを繰り返している力量であるのだ。リャダ=ルウどころか狩人ならぬルド=ルウにすら勝てたことのないシン=ルウが、ジザ=ルウにかなう道理はなかった。
そんな道理に従って、シン=ルウは呆気なく敗北してしまう。
そして、シン=ルウが次に挑戦したのは――ジザ=ルウと同じぐらい逞しい体格をした、ルティムの長兄であった。
このルティムの長兄もジザ=ルウやリャダ=ルウと同等の力を持っており、これまでに何度か勇者の座を授かっている。よってシン=ルウは、あえなく地に伏すことになってしまった。
「あーあ。あっさり終わっちまったなー。初めての力比べなんだから、ちっとは勝負を楽しめばいいのによー」
そんな風につぶやくルド=ルウのかたわらで、ララ=ルウは無念に震えることになった。
やがてシン=ルウは、片足を引きずりながらこちらに近づいてくる。その細面は、いつも通り落ち着いた表情をたたえていた。
「よー、お疲れさん。いくら何でも、つえー相手を選びすぎじゃねーか?」
「うむ? 強き相手に挑むことが、力比べの正しき姿だろう?」
「でも、どーせだったら勇者を狙いてーじゃん。最後の8人まで勝ち進めば、あとはつえー相手とやり放題なんだからなー」
「なるほど。しかし今の俺では、勇者の座を目指すこともままならないからな」
シン=ルウは、これっぽっちの無念も抱えていない様子であった。
それでララ=ルウはほっとすると同時に、また複雑な心地を抱え込んでしまう。シン=ルウにはシン=ルウの信念というものが存在するのであろうが――それと同じ気持ちになれないことが、ララ=ルウには不満でならなかったのだった。
(……あたしはもっと、シン=ルウが勝つ姿を見たかったな)
ララ=ルウがそんな思いを噛みしめている間も、広場には怒号のような歓声が渦巻いている。
そうして最後まで勝ち進んだのはドンダ=ルウとダン=ルティムであり、このたびはダン=ルティムが勝利を収めることになった。
そして、8名の勇者の中には、ジザ=ルウとガズラン=ルティムも含まれている。彼らはシン=ルウの挑戦を退けたのち、リャダ=ルウやレイの家長やマァムの家長といった勇者たちを打ち倒して、また新たな勇者に返り咲いてみせたのである。
シン=ルウは、そんな両名に勝負を挑んでいたのだ。
そんな風に考えると、ララ=ルウの胸にはやっぱり複雑な思いが吹き荒れてやまなかったのだった。
◇
その翌年である。
ルウの家は、思わぬ事態に見舞われることになった。
ドンダ=ルウが、ファの娘をルウに迎えるなどと言い出したのだ。
そんなおかしな事態に至ったきっかけは、リミ=ルウであった。リミ=ルウが仲良くしていたアイ=ファという娘の父親が魂を返し、リミ=ルウが悲嘆に暮れることになったのだ。
それでララ=ルウたちルウの家人は、さまざまな事実を知ることになった。
ファの家にはアイ=ファと父親しか家人がなく、すでに分家も眷族も滅んでいるということ。
アイ=ファは女衆の身でありながら、2年前から見習い狩人として森に入っていたこと。
そして――スンの長兄がアイ=ファを襲い、返り討ちにされたことなどである。
以上の事実を知ったドンダ=ルウは、アイ=ファをダルム=ルウの嫁に迎えたいなどと言いだした。
おそらくは――スン家の一件が、決め手となったのだ。スン家と悪縁を持ったアイ=ファをルウの家人に迎えれば、スン家の罪を糾弾できるかもしれない。そんな思惑でもって、ドンダ=ルウはアイ=ファに嫁取りを申し出ようとしているのである。
「もー、あたしにはさっぱりわけがわかんないよ! そんな真似をして、いったい何になるってのさ!」
その翌日、ララ=ルウはシン=ルウに憤懣の思いをぶちまけることになった。
さしもの沈着なるシン=ルウも、切れ長の目を丸くしてしまっている。
「なるほど。だから朝から、分家の家長たちが本家に集められることになったのか。しかし、それにしても……ずいぶん思い切ったことを考えたものだ」
「シン=ルウも、そう思うでしょ? スン家とやりあうために見も知らぬ相手を家人に迎えるなんて、おかしくない?」
「うむ……しかし、最長老やリミ=ルウは、よく見知った相手であるのだろう? そちらのふたりは、なんと言っているのだ?」
「リミはめそめそ泣くばっかりで、話になんないよ。ジバ婆は……今も寝込んでるから、よくわかんない」
最長老のジバ=ルウは昨年あたりからじわじわと身体が弱っていき、寝込むことが多くなっていたのだ。シン=ルウはそちらを案じるように目を伏せながら、「そうか」とつぶやいた。
「最長老も心配だが……まずは、ファの家についてだな。ドンダ=ルウは、本気でそのアイ=ファという娘をダルム=ルウに嫁入りさせるつもりなのだろうか?」
「わかんない。まずは、その娘に会ってからだって言ってたけど……昨日は、すごくおっかない顔で笑ってたよ」
「では、すでに覚悟を固めているということだな。ドンダ=ルウはこれをきっかけとして、スン家と決着をつけようと考えているのかもしれん」
ララ=ルウは、思わずシン=ルウに取りすがってしまった。
「それって、スン家と戦うってこと? 森辺の民同士で、殺し合うの? あたし……そんなの嫌だよ!」
「俺だって、人を斬ることなど想像したくもない。しかし……スン家の罪は、いつか裁かなくてはならないのだ」
「でも! 人と人が斬り合うなんて――!」
「すべてを決めるのは血族の長たるドンダ=ルウだし、それを導くのは母なる森だ。まずは、ドンダ=ルウの決定を待つべきではないだろうか?」
そんな風に言ってから、シン=ルウはわずかに頬を赤らめた。
「それから、ララ=ルウ。家族でもない身で肌に触れるのは、その……」
「え? ああ、ごめん!」と、ララ=ルウも真っ赤になって、シン=ルウのもとから飛び離れた。
「……それにさ、ダルム兄のことだって……こんな話、シーラ=ルウが聞いたらどう思うだろう……?」
「うむ……しかしシーラは、ダルム=ルウに嫁入りを願うことはないように思う」
「えっ! なんで? だって、シーラ=ルウは……ダルム兄のことが、好きなんでしょう?」
「うむ、おそらくは。……しかしシーラは、身体が弱い。自分は婚儀を挙げることなく魂を返すことになるだろうと、そんな覚悟を固めてしまっているようであるのだ」
「駄目だよ、そんなの! 身体が弱いって言っても、たまに熱を出すぐらいじゃん! それなのに、好きな相手をあきらめるなんて――!」
「俺も、口惜しく思っている。でもきっと、いつかはシーラの魅力を理解してくれる人間が現れると信じているのだ」
そのように語るシン=ルウは、力比べの勝負に挑む際のように力のある眼差しになっていた。それぐらい、彼は家族のことを思いやっているのだ
そうしてララ=ルウとシン=ルウは、それぞれ大きな不安を抱えながら数日を過ごし――ひとまずは、胸を撫でおろすことになった。けっきょくドンダ=ルウはアイ=ファに嫁取りを願ったが、あちらのほうが拒んだのである。
「あいつはひとりっきりで、狩人として生きるんだってよー。しかも女衆のくせに、無茶だよなー」
父や兄たちとともにファの家まで出向いたルド=ルウは、そんな風に言っていた。
家人も持たない女衆が、たったひとりで狩人として生きていこうというのだ。しかも、族長筋たるスン家と悪縁を結んだ上でのことである。ララ=ルウは安堵すると同時に、大いに呆れ返ることになった。
(つまり……そのアイ=ファって娘は、生きることをあきらめちゃったのかな)
ララ=ルウとしては、そんな風に考えることしかできなかった。
しかしまあ、自分の存在をきっかけにしてルウとスンが争うことになるかもしれないと考えたのなら、わからなくもない。それで自らひとりが魂を返そうと決断したのであれば、見事な覚悟というしかなかった。
(まあ、リミやジバ婆には気の毒だけど……こればっかりは、しかたないよ)
リミ=ルウは相変わらず、時間を見つけては集落を飛び出している。おそらくは、アイ=ファに会いに行っているのだ。ララ=ルウとしては、決してスン家と関わりを持たないようにと言い含めることしかできなかった。
それでこの話は終わったかと思われたが――まったく思いも寄らない形で、再燃することになった。
ファの家にまつわる騒動から2年ばかりも経ってから、リミ=ルウがいきなりアイ=ファを客人としてルウ家に迎えたいと言い出したのである。
ララ=ルウにはさっぱり意味がわからなかったが、それはほとんど寝たきりになってしまったジバ=ルウを救うためであるという。
そうしてララ=ルウたちルウ本家の家人は、アイ=ファのみならずファの家のアスタという得体の知れない異国人をも晩餐に招くことになってしまったのだった。