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異世界料理道  作者: EDA
第八十二章 群像演舞~九ノ巻~
1403/1686

第一話 茜さす少女(一)

2023.10/9 更新分 1/1

・今回は全9話の予定です。

 ララ=ルウは、昔から気性の激しい子供だと言われていた。

 そもそも赤ん坊の時代から、乳をねだるときは火のついたような騒ぎであったという。ルウ本家の子供たちはいずれも元気であるとされていたが、ララ=ルウはその中でも群を抜いているという評判であった。


「あんたのその真っ赤な髪は、先代家長のドグランにそっくりなんだけどね。そのドグランも、いったん猛ると手をつけられないお人だったんだよ」


 いつだったか、ララ=ルウは母親のミーア・レイ=ルウからそのように言われた覚えがあった。

 しかしララ=ルウは、祖父たるドグラン=ルウの顔を知らない。祖父はララ=ルウの兄であるルド=ルウが生まれた頃に、魂を返してしまったのだ。見知らぬ人間を引き合いに出されても、ララ=ルウには何の感慨も持ちようはなかった。


「まあ、あんたは存分にけたたましいけど、悪さをするような子供ではないからね。そのまま真っ直ぐ育って、ドグランみたいに立派な人間を目指しておくれよ」


 ミーア・レイ=ルウはそんな風に言いながら、大らかに笑っていた。

 しかしララ=ルウは、自分がとりわけけたたましいという自覚も持っていなかった。ルウの集落にはたくさんの幼子がいたが、たいていの子供はけたたましいものであったのだ。子供の内から、そんなに大人しくしていたのは――ララ=ルウの知る限り、分家のリャダ=ルウの子供たちぐらいのものであった。


 分家のリャダ=ルウには、ふたりの子供がいる。長姉のシーラ=ルウと、長兄のシン=ルウだ。シーラ=ルウはララ=ルウより5歳上、シン=ルウは3歳上という齢であった。

 森辺において、幼子がひとりの家人として認められるのは5歳になってからとなる。つまり、シーラ=ルウはララ=ルウが生まれた頃から、すでに立派な家人であった。よって、シーラ=ルウが幼子として騒がしくするさまなど見ようもなかったのだが――それにしても、大人しい子供であったことに疑いはなかった。


 いっぽうシン=ルウも、ララ=ルウが同じ幼子としてともに過ごす相手としては、中途半端な世代であった。ララ=ルウが2歳となった頃には、彼は5歳の幼き家人として家の仕事を手伝う立場であったのだ。それでいて、赤子や幼子の面倒を見るにはまだ幼すぎるため、ララ=ルウはあまり彼と一緒に過ごした記憶がなかった。


 よって、ララ=ルウが先に仲良くなったのは、シーラ=ルウとなる。

 ララ=ルウが3歳になった頃、シーラ=ルウはもう8歳であったのだ。ふたつ年長のヴィナ=ルウやひとつ年少のレイナ=ルウという姉たちとともに、シーラ=ルウは幼いララ=ルウの面倒を見る機会が多かった。


「ルドは、またシン=ルウと遊んでいるのかしら……あの子たちは、ずいぶん気が合うようねぇ……」


 ヴィナ=ルウがそんな風に語っていた通り、シン=ルウはララ=ルウの兄であるルド=ルウと仲良くしていた。ルド=ルウはララ=ルウよりもふたつ年長であり、シン=ルウよりひとつ年少という齢であったのだ。6歳のシン=ルウと5歳のルド=ルウは、その頃から木登りをしたり木の棒を振り回したりして、ずいぶん活発に過ごしていた。


 ただそれは、やんちゃなルド=ルウにシン=ルウが引っ張られていたという面もあったのだろう。ルド=ルウがそばにいないとき、シン=ルウはシーラ=ルウに負けないぐらい大人しく見えたのだ。本家の子供たちがひときわ元気であったために、そちらの姉弟はひときわひっそりと見えてしまうのだった。


 そしてその頃には、そちらの姉弟にも新しい家族が増えていた。シン=ルウの5歳年少となる弟である。母親のタリ=ルウはそちらの面倒を見るのにかかりきりであったため、シン=ルウやシーラ=ルウは幼い身で懸命に仕事を果たしているように見受けられた。


 そんな中、ララ=ルウがシン=ルウの存在を強く意識することになったのは――とある収穫祭の夜のことであった。

 まだ3歳のララ=ルウは、他の赤子や幼子とともに家の中に押し込められている。兄や姉たちはみんな力比べや祝宴を楽しんでいるので、幼子の面倒を見てくれるのは最長老のジバ=ルウや祖母のティト・ミン=ルウ、それに1歳の末弟を抱えたタリ=ルウたちなどだ。その頃は、ジバ=ルウもまだひとりで散歩をできるぐらい元気な身であった。


 ただ、その日はシーラ=ルウも同じ家に集められていた。

 シーラ=ルウはあまり身体が丈夫でなかったため、熱を出して寝込むことになってしまったのだ。シーラ=ルウは奥の寝所で寝かされて、ララ=ルウたちはあまり騒がしくしないようにと言いつけられることになった。


 そういった状況であれば、ララ=ルウもむやみに騒いだりはしない。気の毒なシーラ=ルウのために、せいぜい大人しくしていようと思う。

 しかしその分、鬱憤がたまってしまった。もとよりララ=ルウは、収穫祭の日に血が騒いでしまう性分なのである。家の外にわきかえった熱気が、ララ=ルウを刺激するのであろうか。そんな中、家でじっとしていなければならないというのが、ララ=ルウにとっては不満でならなかったのだった。


 よって、その夜のララ=ルウはたいそう不機嫌な心地で過ごしていた。

 そんな折、シン=ルウがひょっこり姿を現したのだ。


「シーラは、まだねてるの?」


 玄関から入ってきたシン=ルウがそのように問いかけると、ジバ=ルウが「ああ……」と優しく微笑みながら答えた。


「さっき寝所を覗いてみたら、ぐっすり眠っているようだったよ……熱さましのロムの葉が効いてるんだろうさ……」


「そう。……ぼくも、しんじょにいっていい?」


「それはべつにかわまないけれど……祝宴はまだ始まったばかりだろう……? ますは宴料理を楽しんできたらどうだい……?」


「でも……シーラが、しんぱいだから」


 シン=ルウがそのように答えると、ジバ=ルウは「そうかい……」といっそうやわらかく微笑んだ。


「あんたは、優しい子だねぇ……それじゃあ、中にお入りよ……シーラ=ルウは、奥から2番目の寝所だよ……」


 シン=ルウはぺこりと頭を下げてから、履物をぬいで上がり込んできた。

 赤子を抱いた母親のタリ=ルウが立ち上がり、シン=ルウとともに寝所へと消えていく。ララ=ルウは毛皮の敷物に寝そべったまま、その背中を見送ることになった。


(へんなの。しゅくえんのほうが、たのしいのに)


 ララ=ルウは、そんな風に考えていた。

 もちろん熱を出した姉が心配だという気持ちはわかる。しかしこの場には、母親であるタリ=ルウも控えているのだ。そもそも病魔に見舞われた家人の面倒を見るのは、女衆の役割であるはずであった。


(ララもはやく、5さいになりたいな。みんなばっかり、ずるいよ)


 ララ=ルウはかつて、戸板の隙間から祝宴のさまを覗き見したことがあった。そのときの熱気や賑やかさが、ずっとララ=ルウの心に残されているのだ。それでララ=ルウは、いっそう血が騒いでしまうのだろうと思われた。


(きょうのゆうしゃは、だれだったんだろう。あとでシン=ルウにきいてみよう)


 ララ=ルウはそのように考えたが、シン=ルウたちはいつまで経っても戻ってこなかった。そうして待ちくたびれたララ=ルウは、いつしかうたたねをしてしまったようであった。


 やがてララ=ルウが目を覚ますと、広間はいっそう薄暗くなっている。

 ララ=ルウの周囲では他の幼子たちも寝入っており、その上に毛布がかけられていた。その眠りをさまたげないように、燭台の明かりが弱められたのだ。


 ララ=ルウの上にも毛布がかけられていたので、それをはねのけながら身を起こす。

 すると、広間の奥にいくつかの人影が座していた。ジバ=ルウとティト・ミン=ルウ――それに、シン=ルウである。ふたりの婆と幼い男児が向かい合っているさまが、ずいぶん奇妙に感じられた。


「……なにしてるの?」


 ララ=ルウがそちらに這いずっていくと、シン=ルウがびっくりしたように振り返ってきた。


「ララ=ルウ、おきたんだね。うるさかったんなら、ごめんね?」


「ううん。うるさくなかった。……なにしてるの?」


「なにもしてないよ。おしゃべりしてただけ」


 ララ=ルウが小首を傾げると、ティト・ミン=ルウが説明してくれた。


「シン=ルウがしばらくシーラ=ルウのそばにいたいっていうから、あたしたちが話し相手になってたんだよ。タリ=ルウは赤子に乳をやるために引っ込んだけど……なかなか戻ってこないから、きっと一緒に眠ってしまったんだろうねぇ」


「……しゅくえんは?」


「祝宴は、まだ続いてるよ。家にいても、そいつはわかるだろう?」


 確かに壁の向こう側からは、まだ賑やかな気配が伝えられていた。

 ララ=ルウは、まじまじとシン=ルウの顔を見つめてしまう。


「どうしてあっちにもどらないの? しゅくえんがおわっちゃうよ?」


「うん。でもさっき、うたげりょうりをはこんでもらったから」


 家で幼子の面倒を見ている女衆のために、宴料理が運び込まれたのだろう。しかし、だからといって、シン=ルウがこの場に居座る理由はないはずであった。


「でも、しゅくえんだよ? どうしてあっちにもどらないの?」


 ララ=ルウがそのように繰り返すと、シン=ルウは困ったように眉を下げてしまった。

 すると、ジバ=ルウがひそやかに笑い声をこぼす。


「それはさっき、ティト・ミンが説明しただろう……? シン=ルウは、シーラ=ルウのそばにいたいんだってさ……」


「でも……しゅくえんなのに……」


「あんただって、ヴィナやレイナが熱を出したら、心配だろう……? 家族を思いやるのは、何もおかしな話じゃないさ……」


 ジバ=ルウはそのように語っていたが、あの元気な姉たちが熱を出したことはなかったので、あまりピンとこなかった。


「よかったら、ララも話し相手になっておあげよ……ララだって、シーラ=ルウとは仲良くしてもらってるんだろう……? あんたたちは、どちらもドグランの孫なんだからねぇ……」


 ララ=ルウはもやもやとした気持ちを抱え込みながら、あらためてシン=ルウに向きなおった。


「きょうのいちばんのゆうしゃは、だれ?」


「いちばんのゆうしゃは、ドンダ=ルウだよ。すごくつよかった」


「そっか! ダン=ルティムにも、かてたんだね!」


「うん。ダン=ルティムも、すごくつよかった。リャダとうさんは、ドンダ=ルウにもダン=ルティムにもまけちゃった」


「すごいね! レイのかちょうは? マァムのかちょうは?」


 ララ=ルウが身を乗り出すと、シン=ルウはまた眉を下げながらいくぶん身を引いた。


「レイのかちょうは、ドンダ=ルウにまけちゃったけど……マァムのかちょうは、おぼえてない」


「なんで? マァムのかちょうも、つよいでしょ?」


「つよいけど……ララ=ルウは、どうしてそんなはなしをききたがるの?」


 すると、ティト・ミン=ルウが笑いながら口をはさんできた。


「ララはこの前、狩人の力比べを覗き見していてね。あとで家長にしこたま叱られたんだけど……ララはこういう元気な娘だから、力比べが楽しいんだろうねぇ」


「うん! はやくおっきくなって、またちからくらべをみたいなー! しゅくえんだって、たのしみだし!」


 そんな風に答えてから、ララ=ルウはシン=ルウに向きなおった。


「しゅくえんは、たのしいでしょ? でも、ここにいたいの?」


「うん。……シーラが、しんぱいだから」


 シン=ルウはいくぶん気恥ずかしそうに目を伏せてしまう。

 しかしララ=ルウは、またこれまでと異なる疑念を抱くことになった。


「ねえ。シン=ルウは、シーラ=ルウのことをシーラってよんでるの? ララは、ヴィナねえとかレイナねえってよんでるよ」


「え? うん……おかしい?」


「おかしくないけど……でも、なんで?」


「わかんない。……とうさんやかあさんがシーラってよぶこえが、すきだからかな」


 シン=ルウは気恥ずかしそうな面持ちのまま、口もとをほころばせた。

 それは何だか、とても魅力的な表情で――外に出られず鬱屈していたララ=ルウの心に、涼やかな風のような感触をもたらしてくれたのだった。


                  ◇


 それからララ=ルウは、シン=ルウと交流を深めることになった。

 とはいえ、ララ=ルウは3歳で、シン=ルウは6歳だ。あちらは家の仕事もあるので、ずっと遊んでいられるわけではない。それでもララ=ルウは足しげくシン=ルウの家まで出向き、彼と交流を深める機会をうかがった。


「なんだよー。シン=ルウはおれとあそぶんだから、ララはじゃまするなよなー」


 と、同じ目的を携えているルド=ルウが、そのように邪魔立てしてくることもある。


「いいじゃん! ルドばっかりずるいよ!」


「ルドってなんだよー。おれはあにきだぞー?」


「いいの! ララはルドをルドってよぶから!」


 姉たちを呼び捨てにするのは何だか気恥ずかしいし、上のふたりの兄たちは年齢も離れているので、決してそんな呼び方を許してくれそうにない。いっぽうルド=ルウは2歳しか変わらないし、身体も小さくて幼く見えたので、ララ=ルウも遠慮せずにすんだ。


「ったく、ちびララはよけーにうるさくなっちまったなー。シン=ルウだって、こんなちびはじゃまだろー?」


「え? いや……べつに、じゃまではないけど……」


 シン=ルウがもじもじしながらそのように答えると、ルド=ルウは「ふーん?」と小首を傾げた。


「シン=ルウがいいなら、べつにいいけどさー。でも、ララはきになんてのぼれねーだろー? きょうはきのぼりのしゅうれんなんだよー」


「ルドだってちびだから、しゅうれんなんてはやいでしょ!」


「きのぼりは、おもしれーんだぞ。ま、ちびララにはわからねーだろうけどさー」


 そんな風に言い捨てるなり、ルド=ルウはどこへともなく駆け去ってしまった。

 ララ=ルウがシン=ルウとふたりできょとんとしていると、やがてルド=ルウはおかしなものを抱えて戻ってくる。それはギバを吊るために編まれた、蔓草の縄であった。


「ちびララにも、きのぼりのおもしろさをおしえてやるよ。シン=ルウ、こいつでおれとララをしばってくれねーか?」


「え? ララ=ルウをきのうえにつれていくの? そんなの、あぶないよ」


「だいじょーぶだよ。こいつはちびで、かるいしさ」


 ルド=ルウがララ=ルウを背負い、シン=ルウの手によって厳重に縛りつけられる。ララ=ルウはちょっと苦しかったので文句を言ったが、シン=ルウは決して縄をゆるめようとはしなかった。


「じゃ、いくか。とちゅうでこわくなっても、おろしてやんねーからな」


 ルド=ルウは弾んだ声で言いながら、手近な木の幹に跳びついた。

 そうして小さな手足を動かして、するすると木を登っていく。ララ=ルウの重みなど、まったく感じていない様子であった。


 そうしてララ=ルウが下のほうをうかがってみると、シン=ルウが真剣な面持ちで後をついてくる。もしもルド=ルウが手をすべらせても、シン=ルウが何とかしてくれるのではないか――そんな風に考えると、ララ=ルウは妙に心が浮き立ってしまった。


 しばらくすると、梢が頭にかぶさってくる。それが髪にからみつかないように、ララ=ルウはべったりと兄の背中にしがみつくことになった。

 枝葉が邪魔で、周りの様子はさっぱりわからない。これで何が楽しいのかと、ララ=ルウは内心で小首を傾げることになった。


「おー、ついたついた。やっぱり、らくしょーだったなー」


 ガサリと大きな音をたてて、最後の枝葉がララ=ルウの髪をくすぐっていった。

 そうしてララ=ルウが、伏せていた顔を上げてみると――信じ難い光景が眼下に広がっていた。


 一面が、緑である。母なる森が、その全容をララ=ルウの前にさらけだしたのだ。

 どれだけ視線を巡らせてみても、延々と森が広がっている。その向こう側に見えるモルガの山も、暗緑色に染めあげられていた。森の緑と、空の青――それが世界のすべてであった。


「どーだ、すげーだろ? こいつはしゅうらくで、いちばんでっけーきだからなー」


 ルド=ルウは、自分の腰よりも太い枝の上にまたがっている。ララ=ルウがその背中でぽかんとしていると、やがてシン=ルウが追いついてきた。


「ララ=ルウ、だいじょうぶ? こわくない?」


「こわくない! すごいね!」


 ララ=ルウは首をねじ曲げて、背後のシン=ルウを振り返った。

 シン=ルウは、ほっとしたように微笑をこぼす。その切れ長の目が、緑と青の世界を見渡していった。


「すごいよね。ははなるもりは、こんなにおおきいんだ」


「うん! すごいすごい!」


 ララ=ルウがはしゃいだ声をあげると、シン=ルウも嬉しそうに笑ってくれた。

 すると、ルド=ルウが「あー」と声をあげた。


「やべーな。みつかっちまった。おやじたちがもどってきたら、ぶっとばされるかもしれねーなー」


 ルド=ルウの視線は、足もとに向けられている。梢が邪魔で、ララ=ルウにはよく見えなかったが――ただ、遠いところで誰かが悲鳴まじりの声をあげているようだった。


 きっと下に戻ったら、親たちにしこたま叱られることになるのだろう。

 しかしララ=ルウは、それでも悔いが残らないぐらい楽しい思い出を、シン=ルウと共有することがかなったのだった。


                 ◇


 その後もララ=ルウは、シン=ルウと着々と絆を深めていった。

 たいていはルド=ルウも一緒であったが、べつだん不都合なことはない。3人で一緒に遊ぶのも、時にはシン=ルウを取り合うのも、ララ=ルウにとっては楽しいばかりである。親や姉たちなどは、いくぶん呆れている様子であった。


「なんだか、ララまで男の子みたいねぇ……まあ、ララはもともと元気な子だったけど……」


「やっぱりこれは、ドグランの血なのかねぇ。男衆だったら、さぞかし立派な狩人になっていただろうさ」


 幸いなことに、呆れられても咎められることはなかった。先日の木登りのように危ない真似さえしなければ、血族は仲良く過ごすに越したことはないのだ。とりわけシン=ルウの家は血の縁も深かったので、親同士も懇意にしていたのだった。


 それから、あっという間に2年が過ぎ――ララ=ルウは5歳となり、妹ができた。シン=ルウは、その前の年に新たな弟を授かっていた。


「これでララも、しゅうかくさいにでられるよ! そうしたら、いっしょにしゅくえんをたのしもーね!」


 ララ=ルウがそのように告げると、シン=ルウは優しく微笑みながら「うん」と答えてくれた。

 この頃には、シン=ルウも8歳になっている。まだまだ幼子の部類であるが、それでもシン=ルウはずいぶん大人びて見えた。ひとつ下のルド=ルウがやたらと幼げであるために、余計にそのように思えるのかもしれなかった。


「ちからくらべも、たのしみだなー! ドンダとうさんもリャダ=ルウも、ゆうしゃになれるといいね!」


「ドンダ=ルウは、きっと大丈夫だよ。リャダ父さんは……わからないけど」


「どーして? リャダ=ルウだって、つよいでしょ? ドンダとうさんの、おとうとだもん!」


「うん。だけど……力比べは、2回負けたら終わりだからね。ドンダ=ルウやダン=ルティムに勝てないと、勇者にはなれないんだ」


 シン=ルウのそんな言葉に、ララ=ルウは小首を傾げることになった。


「でも、ほかのかりうどにはかてるでしょ? そうしたら、きっとゆうしゃになれるよ!」


「いや。リャダ父さんは、いつもドンダ=ルウとダン=ルティムに挑んでいるから、8人の勇者になったことはないんだよ」


 そのように語るシン=ルウは、少し寂しそうな目をしていた。

 ララ=ルウは自分まで悲しい気持ちになって、シン=ルウの腕をつかんでしまう。


「なんで? ほかのひとにいどめばいいじゃん! かりうどは、いっぱいいるんだから!」


「リャダ父さんは、あのふたりに勝ちたいんだって。あのふたりに勝てる狩人が、本当の勇者なんだって言ってたよ」


 いまだ狩人の力比べの何たるかもわきまえていないララ=ルウには、まったく理解の及ばない話であった。

 ただわかるのは、シン=ルウが寂しそうな顔をしていることである。


「きっとリャダ=ルウは、ゆうしゃになれるよ! しゅうかくさいでは、いっしょにおうえんしよーね!」


 シン=ルウは寂しげな面持ちのまま、「うん」と言ってくれた。


 そうしてやってきた、収穫祭の当日――ララ=ルウの願いは、思わぬ形で報われることになった。ダン=ルティムが狩りの仕事で肩を痛めて、力比べに出られなくなってしまったのだ。


 リャダ=ルウはドンダ=ルウに負けてしまったが、レイの家長には勝つことができた。そしてその後にはマァムやミンの家長にも打ち勝ち、8名の勇者になることができたのだ。

 その後には再びドンダ=ルウに敗れて、一番の勇者にはなれなかったが――しかしそれでも、8名の勇者ある。レイやマァムやミンの家長に勝てたのだから、リャダ=ルウが血族で屈指の力量であることは証明されていた。


「やったやったー! リャダ=ルウも、ゆうしゃだね!」


 初めて収穫祭に参加できた喜びも相まって、ララ=ルウはこれ以上もなく昂揚することになった。

 そしてシン=ルウも、心から嬉しそうに父親の勇姿を見守っていた。


「ね! リャダ=ルウがゆうしゃになれて、よかったね! シン=ルウも、うれしいでしょ?」


「うん。父さんは、ダン=ルティムと戦えなかったことを残念だって言ってけど……僕は、嬉しいよ」


 そう言って、シン=ルウは幸せそうに微笑んだ。

 その笑顔は、初めての収穫祭の思い出とともに、5歳のララ=ルウの胸に深く刻みつけられることになったのだった。

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